8/31 ルナティック・クライシス3
ただ、そこにあるもの。
前回までの「ルナティック・クライシス」では、妖精たちの持つ本質や人が願う善意を極限まで進めた世界を表現してきました。
今回は少し違います。
願いや祈りでもなく、正しさでもない。
ただ、そこにあるもの。
鉱石は大地から生まれます。
文明を支える資源となり、道具や建物となり、薬となり、美しい装飾品にもなります。
ですが、その量や濃度、粒子、光、反応が生命の許容量を越えた時、
大地の恵みは、全く違う姿を見せます。
それらは誰かを傷つけようとしているわけではありません。
悪意もありません。
ただその性質のまま、存在しているだけです。
もし、大地から生まれる全ての驚異が余すことなく世界を満たしたなら、そこは美しい楽園になるのでしょうか。
それとも生命の存在できない大地になるのでしょうか。

臨界の光が羽となる、生命の途絶えた大地

銀色の流体が満たす、触れることのできない世界

青い結晶が大地を染める、美しさと毒の世界

白光が燃え続ける、目を開けることのできない世界

黄金色の結晶に覆われた、静かな死の大地

緑の結晶が息づく、生命の息づかない世界

桃色の結晶が咲く、花のない大地

透明な粉末が暴風に舞う、呼吸のできない世界
今回のペトラが表すものは、
「鉱物、大地の奇跡の極致」
そして、その先にあるものは、
「生命圏の死」です。
鉱石が生命を攻撃するわけではありません。
生命を滅ぼそうと考えることもありません。
ただ、無機物の存在と量が世界を占めた時、生命の暮らせる土壌、水、空気が失われていきます。
それは攻撃によって生命が消える世界ではなく、生命が存在するための余地そのものがなくなった世界です。
大地が与えてくれるものは、私たちの世界を支えています。
それが生命の許容量を越えた時、
恵みは毒や粉塵、放射線、燃焼、汚染へと姿を変えます。
ペトラは怒っているわけではありません。
世界を滅ぼしたいわけでもありません。
ただ、鉱石の妖精として大地から生まれる驚異を完全に顕現させただけです。
だからこそ彼女のガーネットの瞳は悪意ではなく、警告灯なのかもしれません。
世界は悪意に満ちていなくても、死の世界になり得ます。
ただそこにあるものが私たちの許容量を越えた時、美しさと恐怖は同じ大地の上に並びます。
そんな鉱石に魅力を感じ、歩み寄る人もいます。
その魅力、美しさが生命を削るものだとわかっていれば恐ろしく見えるのでしょうか。
…みなさまにはこの世界がどのように見えるでしょうか。
美しく見えますか?
それとも…恐ろしい世界に見えますか?
人が美しいと感じるもの、魅力的に映るもの。
それは意外と破滅に向かう「何か」だとしたら。
それを無意識にわかっていて、我々が近付いているのだとしたら。
それは他ならぬ狂気なのかもしれませんね。
