
夢は見るためにある
東京にいる長男から電話がきた。
嫌な予感。
次男から、「また兄ぃ病んどるで」と聞いていたから。
でも、電話をとると案外明るい声。
ホッとする。
しかし、やはり就職活動にのめり込み、鬱っぽくなっていたそう。
不登校から、高校中退、首都圏の国立理系に入学もコロナの後遺症がひどく留年。なんとか大学院にそのまま進学。
私には、わかっていた。
彼が、就職活動も就職も、一筋縄ではいかないだろう事を。
研究にバイト、やり出したら夢中でやる性格(私にそっくり)、そして、ベースは身体が弱い。
だから、就活始めたらしんどくなるのは目に見えていた。
なのに、彼は早期インターンに応募してるみたいだ。
こう言う時、一緒になって応援するんじゃなく、「適当でいーよー、そんな頑張るのやめなよー」と言った方が彼が良い方向に向かうのを、今までの経験上痛いほど知っている。
いつものように、「そんなむきになるなー、就職できたって、すぐ辞めるかもしんないんだからさー」と諭した。
側から見たら、とんでもない親だ。
「そんなに真面目にやるからだ、就職してもすぐ辞めるかもしれんのだから」など、私の真面目な弟が聞いたら、気絶するかもしれない。
そして、私が中編小説を書き上げたと言ったら、自分も小説を書いていると長男が言い出した。
前から書いているとは聞いていたし、自信作をひとつ見せてもらった時、Geminiに見せたら、わたしよりも文書力があると言われて悔しかった。
「いいやん、小説家目指しなよ」
「えー?そんなん無理やろ」
「でもさ、就職の事考えすぎて煮詰まるより、小説家になるって思っといて、片手間に就活してる気持ちで取り組む方が、気持ちも楽やしうまく行くかもよ」
と言うと
「確かに」
と声が変わった。
「私も長編小説書こうと今、目標立ててるから、あんたも色々書いてみ、夢は叶えるためにあるんじゃなくて、見るためにあるんやで」
と笑いながら言うと、
「母さんらしいなぁ、じゃ長編小説書きあげるの競争しよう」
「ありがとう、なんか気持ち軽くなった。」
と言って明るい声で、電話を切っていった。
昨日煩悩コンプリート人生を送りたいとエッセイで書いたけど、私にとっては、煩悩と夢を見ることは同義語なんだなと、長男と話して思った。
夢も煩悩も、叶わなくてもいい。
持っている事に意味があるのだからと、私は思う。
まだ若い子ども達には、夢が叶うかどうかより、夢を持つ尊さにウキウキしてほしいと思う変わり者の母である。