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妹の涙~母から私への虐待①

    このタイトルで文章を書いたのは、2020年5月26日。
    この約5年間、『note』を更新しなかった。(3年前に推しがグループを脱退することについての文章は書いていたが。)
    自分自身の病気も増え、家族が転勤で単身赴任になったり、両親の病気も増えたり進行したり、この記事の中に出てきた妹にも変化があったり、自分の心や病気への向き合い方の変化もあり、これは続きやこの5年間について書いて残したほうがいいと思った。私の体調もあるので頻繁には更新出来ないかもしれないが。
    書き進めるために、改めて投稿することとした。

    ***********************************************

    あれは、私が大学生の時だったろうか。

    何の話からか、親子間で何かがあったのか、詳しいことは覚えていない。

    覚えているのは、妹が、

    「私はあの時、本当にお姉ちゃんが殺されるかと思った。」

    と私に向かって、涙を流しながら話したこと。


    私が中学3年生か、高校1年生の時の出来事だ。
    妹は、怯えながらヒーターの隙間から見ていたのだ。

    母親が狂ったように、私に馬乗りになり首を絞めながら、包丁を突きつけたことを。

    私も、本当に刺されて死んでしまうかと思った。

    何故、殺されずに済んだのか、はっきりとしない。
    妹が、母にやめてくれ、と言ったのか、私が母に対して「警察に電話するぞ。」と言ったのか。
    自己防衛で、暴力を振るったのかもしれない。

    母は、完全に狂っていた。

    心に深く傷がついたのは私だけではなかった。というより、私以上に妹が傷ついていたのだ。

    体を震わせながら、机に向かっていたのは私は知っていた。

    妹は、勉強をするふりをして、涙を流していたのだろう。

    母の私への虐待は、祖母が生きている時も、祖母が泣きながら注意するくらいだった。
    私は、全て覚えている。

    今なら、すぐに逮捕事案。そして私たち姉妹は、児童相談所行きだったろう。

    私の家庭環境について、虐待について、両親のこと、妹のこと、私のことは、ひとつのnoteに収まらないので、分けて書いていこうと思う。

    このことだけを書いていくと、結構キツいので、他のことを書きながら、合間合間に書くことにする。どれだけ凄かったかは、初めのほうに書いた、妹の涙と言葉に全て集約されている。

    私が子供を産まなかった理由は、母からの虐待によるものだ。

    私が、大学で心理学を専攻したこと、正義感の強い前職に就いたこと、何故ひとりで頑張らないといけないのかも、母からの虐待が原点のような気がする。の強い前職に就いたこと、何故ひとりで頑張らないといけないのかも、母からの虐待が原点のような気がする。

    家に寄り付かなかったこと、自立が早かったこと、独り暮らしをしたこと、家族以外の、外の人間と接することが多く、そしてその人たちに育てられたこと。

    私の中で、『点』と『点』が【線】になる。

    何故、『虐待の早期発見や通報が必要なのか』、に繋がればいいと思う。
    絶望で終わらせたくはない。希望に向けて書くことにした。

    綺麗事は書かない。自分の心をえぐって真実を書く。

    この話は今だからこそ書けること。
    母が、どういう人間であるかが理解できたから。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門
    #エッセイ #人生

     
     
    プロフィールは、タイトル【自己紹介】に書いています。のんびり更新。