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母のウインナー巻き

    私が子どもの頃は、おやつも母の手作りが多かったと思う。
    そんな時代だったし、料理をすることが好きな人だった。
    私たちが「美味しい!」と喜んでパクパク食べるのを嬉しそうに見ていた。その中でとりわけ好きだったウインナー巻き。
    私は名古屋で育ったのだが、使うウインナーはCMでも流れていた鎌倉ハムのKウインナーでなければならない。

    ウインナーを一本だけ巻いた一口サイズの細巻きのお寿司。でもご飯は酢飯でも、そうでなくても大丈夫。卵焼きを巻いたものも作ってくれて、よく二種類がお皿に盛りつけられていた。たくさん作って、食べさせて、私たちはしっかり成長していった。残念ながら私は料理好きにはなれなかった。手作りに対する執着もなくて、スーパーのお惣菜もよく利用している。

    子どもが生まれてからは、離乳食を頑張って作っていたこともあった。ずっとキッチンに立っていた時もあったほど。もちろん、そんなことは長続きするわけがない。でも子どもの成長と共に、増えていく彼らの食欲を満たすために、食事のことばかり考えていた時期もあった。本当に忙しかった。

    子どもたちが大学生の時、私は母を亡くした。
    亡くなる少し前に入退院を繰り返すようになり、早朝の短時間勤務の仕事に変わった。その頃から夫や子どものお弁当作りもやめてしまった。
    毎日病院へ行って、日に日に体調が悪化していく母の様子を見て、泣きながら車を運転して家に帰り、夕飯の用意をする毎日。
    二度と思い出したくないほど気が滅入ってしまう。


    作ってもらったご飯が一番美味しい。
    お金があったら料理人を雇いたい。
    そう思っている私に、娘は
    「おばあちゃんの〇〇が食べたい」
    などとよく言ってくる。
    普通のお母さんなら、そこで直伝の手料理を食べさせてくれるのだろうが、残念ながら私はそのレシピを持ち合わせていない。
    再現する能力もない。もはやその味すらピンボケ状態である。
    隔世遺伝だろうか。料理はしない夫と料理が好きではない私。その間に生まれた娘は料理が好きそうである。まだ自分の食べたいものだけを作っているのだが。
    その娘がある日、おばあちゃんのウインナー巻きを作ると言って張り切っていた。新しく巻きすも購入していた。私が持っていた巻きすは行方不明だったのだ。もう絶対に巻き寿司なんて作らないと思った私が処分したに違いない。覚えていないが。

    知らないことでも今は、動画やネットで十分予習ができる。
    娘も事前に確認はしていたようだ。
    しかし、彼女はかなりざっくりと、大雑把なのだった。
    私でもわかる、それではご飯が多すぎる。
    そこまでご飯を置いたら巻けなくなるって、うんぬん。
    目の前で繰り広げられる光景に、口を出さずにはいられない。
    「え?こう?」
    彼女も必死である。
    ウインナーと卵焼きを併せて一本の具材にした、立派な太巻きが出来上がった。

    「母ちゃん、食べていいよ」
    え?このまま?
    恵方巻である。
    切ってよ、と頼んだら
    「じゃあ、自分で切ってよ!」
    と言われてしまった。娘と母の共同作業となった。

    彼女は大学で食品関係の勉強をしていたはずである。
    栄養だけでなく、美味しく美しく見せるフードコーディネートとか。
    そのあたりを微塵も見せてくれないのだった。
    「美味しければ、それでいいじゃん」
    確かに娘の作ったウインナー巻きは、母のそれと同じ味だった。






     
     
    還暦にかなり近づいてきたが、まだ50代!と自分に言い聞かせている。 三月は「さんがつ」と読んでください。私にとって一年の始まりでもある三月は、誕生月の特別な月。 本が好き、猫も好き。現在、家族三人プラス猫四匹で同居中。

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