
太めのスローロリス 2026-058|ショートショート『ラッコだ』
【あらすじ】居酒屋を出た帰り道、主人公は思いがけない相手から声をかけられる。酔いのせいか、それとも不思議な出来事なのか。話はかみ合わず、ますます混乱していくばかり。現実と幻想の境目がゆるやかにほどけていく、ちょっとおかしくて少し優しい短い物語。
ある日、古くからある居酒屋から数歩出たところで、野太い声が聞こえた。
「なあ、姉ちゃん。なあ、そこの姉ちゃん」
私はもう人様に姉ちゃんとは言われないので、うるさい酔っ払いがいるなあ程度にしか思っていなかった。
すると、
「いや、だからブルーのTシャツ着てる姉ちゃん。聞こえてんだろ」
肩を。
いや、足のくるぶしを冷たいものが二回ほど触れた。
くるぶし……?!
私の足元には、仁王立ちした緑というより茶色の多めのカエルが、口を大きく開けてこちらを見ていた。
「姉ちゃん、なあ、頼むから立ち止まってくれや」
今度は低姿勢だ。
仕方なく私は立ち止まった。
話を聞くと、どうやら私がさっき飲んでいた居酒屋に恋人がバイトしているらしい。
カエルの従業員は見当たらなかったと伝えると、
「いや、カエルじゃないよ。ラッコだ」
余計混乱した。
「ラッコの従業員も見なかったよ」
そう告げると、
「いや、そんなはずはねえ!」
と、カエルは食ってかかってきた。
しばらくすると、足元でぶつぶつ言い始めた。
「この姉ちゃん、酔っ払ってわかんねーんだな。別のやつに聞くしかねえか」
確かに私は、久しぶりに串焼きを食べながら生ビールを三杯くらい……いや、四杯くらい飲んだ。
だからといって、従業員にラッコがいたかどうか間違えるはずがない。
なんだか理不尽に感じて、カエルに文句を言ってやろうと思った。
気合いを入れて足元を見下ろした。
見下ろした。
カエルの姿はない。
やはり飲みすぎたのだろうか。
すると今度は、お店の引き戸がガラガラと開いた。
「スマホをお忘れです!」
若い従業員が笑顔でスマホを差し出した。
「ありがとうございます」
私はスマホを受け取った。
従業員の手には肉球があった。
可愛い丸顔。
耳も小さく、頭の上にちょこんとついている。
ラッコだ。
作者あとがき
🦦ショートショートを初めて投稿させていただきました。
また、変な話を書いてしまうかもしれません。🤭
お読みいただき、ありがとうございました。🦦