
『百円玉一枚から、もう一度』
🍊第67回 3つのお題(昭和ノスタルジー)
🎈お題①:「路地裏に忘れた少年時代」
🐾お題②:「柱に残った背比べの傷」
⏳お題③:「百円玉一枚の大冒険」
お題④イラストから空想した世界を書いて下さい。
僕の名前は圭太。
今は、さえないサラリーマン。
そんな僕の冒険の物語を、聞いてくれるかい?
僕は、おじいさんとおばあさんのいる田舎で育った。
両親は共働きで忙しく、その後、離婚した。
だから僕は、高校を卒業するまで田舎で暮らした。
小学生の頃、両親が帰ってくる日、僕は路地裏を走ったんだ。

久しぶりに会える。
それだけで、うれしかった。
でも、帰ってきたのは父さんだけだった。
それでも僕は、父さんに会えたことがうれしかった。
父さんは、高価なゲームソフトをたくさん買ってくれた。
僕が欲しいものは、それだと思っていたのだろう。
でも、
「圭太、何が欲しい?」
そう聞かれた記憶はない。
十分すぎるほどのおこづかいとゲームソフト。
父さんは、それで僕が喜ぶと思っていたのかな。
母さんは、まめに電話をくれた。
「勉強はしてる?」
「成績は?」
いつもそんなことを聞いた。
「大丈夫だよ。心配かけないから」
僕はそう答えた。
両親が離婚しても、僕の暮らしは変わらなかった。
田舎の家には、大きな柱があった。

誕生日になると、おじいさんが僕を柱の前に立たせた。
「圭太、また大きくなったな」
そう言って、僕の頭のところに線を引いた。
一年に一本ずつ増えていく傷。
中学生になる頃には、おじいさんの背を追い越した。
いつの間にか、柱に線を引くこともなくなった。
そうそう。
小さい頃――たしか小学一年生くらいだったかな。
僕は、
「百円玉一枚の大冒険」
と名づけて、ひとりで冒険に出たことがある。
持っていくお金は、百円玉一枚だけ。
おばあさんにお弁当を作ってもらい、水筒には麦茶を入れてもらった。
まず向かったのは駄菓子屋。
百円でたくさんのお菓子を買うのか。
それとも、一番お気に入りのお菓子に全部使うのか。
僕は迷った末、後者を選んだ。
百円玉はなくなった。
でも僕のカバンには、大好きなお菓子が入った。
さあ、出発だ。
港へ行くと、大きな船が停泊していた。
僕は船の中に入りたくて、辺りをうろうろした。
すると、
「ぼうや、中に入りたいのかい?」
人の良さそうなおじさんが声をかけてくれた。
「うん。見てみたい」
「少しだけだよ」
おじさんは、僕を船に乗せてくれた。
潮の匂いのする甲板に上がった。
そして、いつもとは反対側から自分の町を眺めた。
田舎だと思っていたけれど、案外大きいな。
小学一年生の僕は、そんなことを思った気がする。
船を降りると、今度は岬の灯台まで歩いた。
灯台から眺めた景色は、今でも僕の目の中にある。
そこで、おばあさんの作ってくれたお弁当を食べた。
そして、百円玉一枚と交換した、とっておきのお菓子をほおばった。
うまかったなぁ。
あの頃の僕は、
父さんみたいにパイロットになりたい。
そんなことも思っていた。
やがて僕は、都会へ出たくて東京の大学へ進んだ。
そこで僕は、勉強するより友人たちと遊んだ。
さみしさを紛らわすように。
そして、恋に落ちた。
でも、長くは続かなかった。
恋をするには、僕にはあまりにも感情のひだが少なすぎた。
人を好きになる方法も、
好きだと伝える方法も、
僕はどこかに置き忘れてきたのかもしれない。
今日は久しぶりに、おじいさんとおばあさんのいる田舎へ帰る。
僕の原点の場所へ。
あの路地裏は、まだあるだろうか。
柱には、僕の背比べの傷が残っているだろうか。
港には、今も船がやって来るだろうか。
灯台から見える海は、あの日と同じだろうか。
もう一度、そこから始めようと思う。
百円玉一枚を握りしめて世界へ飛び出した、
あの頃の僕みたいに。
この、さえない人生を――
もう一度、
「百円玉一枚の大冒険」
に変えるために。
