【短編】人生やり直し屋
ここは人生やり直し屋
いかにも怪しげな店主が言う。
「いらっしゃい、毎度どうも。
この薬を飲めば過去のある時点に戻って別の人生を歩むことが出来ます。
もちろんそれまでの記憶が無くなったり、何をしても結局は運命は変わらないなんてこともない。正真正銘のやり直し。
値段はべらぼうに高いが効果はお墨付きですよ。まあ、記憶以外に持っていけないのだから全財産だって惜しくはないでしょうが。」
男は夢見心地で店主の話に聞き入った。
若い頃に成功を夢見て起業したが軌道に乗るまで長くかかり、家庭を顧みなかったせいで妻や子供からも愛想を尽かされた。家にいてもまるで他人同士のようだ。
会社は大きくなり、通帳の残高が増えはしたがそれだけだった。車に腕時計、ギャンブルに夜遊びなどに熱中することもなかった。若い頃に熱望したが金がなくて出来なかったことも、今やろうとすると疲れるだけだ。
やり直したい。温かい家庭でも人に称えられるような仕事でもいい。とにかく金以外の何か、ここではない違う場所に辿り着きたい。そのためならいくら掛かろうと気にはしない。
「よろしいのですね?過去に戻るわけなのでやっぱりなしとかは出来ませんよ?…決意は固そうですね。それでは行ってらっしゃい、良い人生を。」
2回目の人生は順調だった。
無理に働くことはせず、若くして結婚した。家庭を一番と考えて寄り道もせず家へ帰り、夫婦仲は良好だった。
しかし、暮らし向きは良好とは言い難い。記憶の中の預金通帳を思い出すことが多くなり、これも家族のためと株取引に手を出した。
勝算はあった。なんといっても人生2回目。いつどんなことが起きてどんな株が高騰するかは分かっていたのだから、金で金を買うようなものだと思っていた。
結果は惨敗。起きるはずの出来事は思った時期に起きず、空回りしては損を出すの繰り返しだった。全てを妻に黙っていたため、発覚した事で愛想を尽かされた。人生2回目だから上手くいくはずだったなんて言えるはずもない。
必死の思いでまたも怪しげな店を訪ねた。
「おや。いらっしゃい、毎度どうも。今回の人生はどうですか?前回の人生を活かしてさぞ素晴らしいものに…なってない?それは残念ですね。なになに株で大損したと。ちゃんと言ったじゃないですか運命は変わらないなんてことはないと。あなたの運命が変わるのだから世界の運命だって変わりますよ。
もう一度、やり直したい?いいですが今は一文無しでしょうから…では今回の人生の記憶を下さい。それでやり直せるなら安いものでしょう?」男は喜んで記憶を差し出して、また次の人生に旅立った。
ひとりになったところで誰に言うでもなく店主がつぶやく。
「これで何回目でしょうね。懲りないお客様だ。毎度どうも、御贔屓に。」