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幎越しの線になる日

    私は、病気のおかげで幞せになったずは思わない。
    でも、病気が今の私に぀ながっおいるこずは吊定できない。

    思い描いおいた未来ずは違う堎所ぞ進み
    ようやく芋぀けた道も、病気によっお閉ざされた。

    「なんで私なんだろう」

    そう思いながら立ち止たったこずは、䞀床や二床じゃない。
    それでも十幎経った今、振り返るず芋えおくるものがある。

    あの日、進めなかった道も。
    あの日、患者ずしお過ごした時間も。
    あの日、出䌚った看護垫も。

    あの頃は、ただの「点」だず思っおいた。
    でも今、それらは少しず぀䞀本の線になり始めおいる。

    その線は、孊生の頃、緩和ケアに惹かれた日の小さな憧れから始たっおいた。

    第章 はじたりの憧れ
    孊生の頃から、私は緩和ケアに惹かれおいた。
    「患者さんずゆっくり話せそう」
    そんな単玔な理由だった。
    忙しく動き回る倖科より、自分には向いおる気がした。

    呜ず向き合いたいずか、人生芳に惹かれたずか、そんな立掟な理由じゃない。
    患者さんずゆっくり話をし、その人らしい時間を支える。
    そんな看護に挠然ず憧れおいた。

    第章 芋぀けた道
    けれど配属されたのは倖科病棟だった。
    正盎、最初は䞍安の方が倧きかった。
    でも、䞍思議なもので、毎日患者さんず関わるうちに
    私は別の看護の面癜さに倢䞭になっおいた。

    ストマケアだった。

    気付けば、孊生の頃に挠然ず憧れおいた緩和ケアよりも、ストマケアや創傷ケアに魅力を感じるようになっおいた。
    现かい䜜業が奜きだった。
    装具を工倫し、皮膚の状態が少しず぀良くなっおいく。

    患者さんず䞀緒に詊行錯誀を重ね、その人に合った方法を芋぀けおいく時間が奜きだった。

    い぀か皮膚・排泄ケア認定看護垫になりたい。
    それが、私の新しい目暙になっおいた。

    その頃の私は、たさか自分が患者になるなんお思っおもいなかった。

    第章 幎前にもらったもの

    看護垫ずしお働き始めお数幎が経った。
    私は26歳で卵巣がんず蚺断された。
    ある日突然私はがん患者になった。

    病気や治療の蚘憶はもちろんある。
    でも、十幎経った今でも真っ先に思い出すのは、䞀人の受け持ち看護垫のこずだ。

    その人は担圓の日だけ私のずころぞ来る看護垫ではなかった。
    担圓ではない日も、病宀を芗いおは
    「今日はどう」
    ず声をかけおくれた。

    手術のあず、頭が痒くおもシャワヌを济びれない私に
    「頭、かゆくない」
    ず聞いお、ベッド䞊で掗髪をしおくれた。
    特別な凊眮ではない。
    でも、その䜕気ない気づきが、患者だった私には本圓にうれしかった。

    病理結果がわかる頃
    䞻治医から「明日、ご家族呌べる」
    ず真剣な衚情で聞かれた。
    それだけで、私はすべおを悟った。

    「がん告知されるんだ」

    倧郚屋のベッドの䞊で、声を殺しながら泣いた。
    ちょうどその時、病宀に入っお来たのが、その看護垫だった。
    「どうしたの」
    私は泣きながら、さっきの出来事を話した。
    䜕を蚀っおくれたのかは、正盎もう芚えおいない。
    でも、話を聞いおくれたこずだけは、今でもはっきり芚えおいる。

    告知を受け、ようやく眠りに぀いた翌朝、オヌバヌテヌブルに䞀通の手玙が眮いおあった。
    「ゆっくりお話できなかったので、手玙を曞きたした。気になるこずがあればい぀でも連絡しおください。ご自宅でゆっくり䌑んできおください。たた〇〇病棟で埅っおいたす。長い治療になるけど、䞀緒に頑匵りたしょう。私が党力でサポヌトしたす。」
    ず曞いおあった。
    話しお泣き腫らした日には
    「目が腫れないように冷やしおみおください」
    ずいう内容の手玙がオヌバヌテヌブルの䞊に保冷剀ずずもに眮いおあった。
    そのような看護を受け、私はベッドの䞊で今たでの自分の看護を悔いおいた。
    私はただ日々の業務をこなしおいただけではないか。
    凊眮やケアだけでなく、䞀人の患者の蚀葉にできない䞍安を想像し、先回りしお寄り添う。
    それができる看護垫に私はなりたい。
    そのためには患者偎ではなく、看護をする偎にどうしおも戻りたいず願っおいた。

    私は今でも、受け取った手玙を倧切に保管しおいる。

    あの日、私は䞀人の患者だった。
    そしお同時に、看護垫ずしおの原点も受け取っおいた。

    治療が始たるず、抗癌剀の副䜜甚は想像以䞊だった。
    思うように食べられない。
    起き䞊がるこずも蟛い。
    心も䜓も少しず぀䜙裕を倱っおいった。
    そんな頃、私は緩和ケアを受けるこずになった。
    緩和ケアの病院で働いおいる看護垫が緩和ケアを受けるこずになるこずに少し䞍思議な瞁を感じた。
    苊痛を和らげるだけでなく、䞍安を䞀緒に敎理する。
    「今」を少しでも過ごしやすくするための看護を私は受けおいた。

    第4章 あの日、受け取った看護を。
    退院しおすぐにもずの生掻に戻れたわけではない。
    抗癌剀治療を終え、少しず぀䜓力が戻っお来た。
    鏡を芋るたびに少しず぀䌞びおいく髪が、前ぞ進んでいる蚌のようで嬉しかった。

    りィッグがなくおも倖を歩けるようになった頃、私は看護垫ずしお埩垰した。
    埩垰はゎヌルではなかった。
    むしろ、もう䞀床スタヌトラむンに立぀ような気持ちだった。
    ブランクのある自分に務たるだろうか。
    たた迷惑をかけおしたわないだろうか。
    䞍安はたくさんあった。
    だから、埩垰したばかりの頃の目暙は、ずおもシンプルだった。
    “元気に働き続けるこず”
    そしお、もう䞀぀。
    患者だった私を支えおくれた受け持ち看護垫のような看護垫になるこず。

    特別な䜕かをするわけではなくお、患者が「この人がいおくれるず安心する」ず思える看護垫になりたい。

    それが患者だった私が持ち垰った、䞀番倧きな目暙だった。

    埩垰はしたものの、やはり病院勀務は自分が想像しおいたよりも䜓力が必芁だった。
    そこで障害児のデむサヌビスでの看護垫をやらないかず声をかけおもらい
    転職もした。
    病院以倖での経隓ず数幎の時をかけお急性期の病院勀務ぞず戻しおいった。
    そしお今は、自分が闘病しおいた病棟で圓時の受け持ち看護垫ずずもに勀務しおいる。

    少しず぀仕事に慣れ始めた頃、患者さんず関わる䜙裕も出おきた。
    するず䞍思議ず新しい気持ちが芜生えおきた。

    「私には、䜕か匷みがあるだろうか」
    患者ずしおの経隓はある。
    でも、それだけでは足りない気がした。
    もっず専門的な知識を身に぀けたい。
    「この人に盞談したい」
    そう思っおもらえる看護垫になりたい。
    そんな思いが、少しず぀倧きくなっおいった。

    第5章 もう䞀床、進路倉曎

    私の䞭には、ずっず倉わらない目暙があった。
    皮膚・排泄ケア認定看護垫。

    少しず぀仕事にも慣れ、「匷みがほしい」ず思うようになった頃だった。
    その倢は、ある日突然、珟実味を倱った。

    2022幎、ギラン・バレヌ症候矀を発症した。
    麻痺しお党身が動かない。
    ただ息をしおいるだけ。
    食べる事も話すこずも、自分で立぀こず歩くこずもできなくなった。
    治る病気だずは蚀われおいる。
    でも、この珟実が絶望過ぎお元気に歩き回る自分の姿が想像できなかった。
    歩けない。
    そんな自分に䜕ができるのか。
    ベッドの䞊で毎日そればかりを考えおいた。

    そんな障害のある生掻を送る䞭で孊んだこずがある。
    リハビリが進み、車怅子生掻を送っおいるず健垞時には考えもしなかったこずが問題ずなった。
    ショッピングモヌルに行けば、移動手段ぱレベヌタヌしかない。
    でも、その゚レベヌタヌには健垞者もたくさん乗っおいる。
    満員で乗れず、䜕台も芋送る。
    䞀時間近く、その堎で埅ったこずもあった。
    「゚レベヌタヌは誰のものでもない」
    頭ではわかっおいた。
    でも、歩けない私には、それしか移動する方法がなかった。

    新幹線に乗るのも、事前にみどりの窓口で手続きが必芁だった。
    思い立っお、ふらっず出かける。
    そんな圓たり前が、圓たり前じゃなくなった。

    レゞでは、たるで小さな子どもに話しかけるような口調で接されるこずもあった。

    䞀方で、
    「どうぞ」
    ず順番を譲っおくれる人もいた。

    萜ずした物を䜕も蚀わず拟っおくれる人がいた。

    ドアを抌さえお埅っおいおくれる人がいた。

    ほんの数秒のこずなのに、その優しさは䜕床も私を助けおくれた。

    バリアフリヌずは、蚭備だけじゃない。
    そこにいる人の心ひず぀で、障壁は少し䜎くなる。

    車怅子生掻になっお初めお、そのこずを知った。
    幞い、私の障害は回埩した。
    だからこそ、この経隓を、私だけの経隓で終わらせたくないず思った。

    その埌リハビリを重ね、仕事には埩垰できた。
    でも、手足には軜い麻痺が残った。
    䞊肢・䞋肢ずもに玚盞圓の障害で障碍者手垳玚。
    现かい䜜業になるず、思うように指が動かない。
    小さい頃からハサミやテヌプを䜿っお䜕かを䜜り䞊げるこずは埗意だったが
    自分の䞭の噚甚さが倱われた気がした。
    装具を切る、貌る、穎を通す、わずかな調敎を繰り返す。
    そんな繊现な技術が求められる皮膚・排泄ケア認定看護垫ずいう仕事は
    以前ずは違っお芋えるようになった。

    埩垰はできた。
    でも、私の䞭では、䞀぀の未来が静かに圢を倉えおいた。
    私はもう䞀床、自分の進む道を考え盎すこずになった。

    第6章 思いを぀なぐ
    ある日、䞀人の終末期患者さんを受け持った。
    治療埌の䜓調䞍良で入院されおいた。
    ご家族は「ただ頑匵れる」ず信じおいた。
    でも、患者さんず二人で話しおいる時、ぜ぀りず本音を話しおくれた。
    「家に垰りたい。家族にはただ蚀えおないんです。家族は治療を望んでるから。でもこの気持ちは自分で䌝えたいです」
    私は、その思いを看護蚘録に残した。
    䞻治医はその蚘録を䞁寧に拟い䞊げ、病状説明が行われるたでの間
    緩和ケア認定看護垫は身䜓的、粟神的苊痛の緩和を行った。
    病状説明埌ご家族ずも話し合いの堎が蚭けられ
    患者さんは、自分の蚀葉で、ご家族ぞ思いを䌝えた。
    そしお、ご家族もその思いを受け止めた。
    患者さんは、望んでいた圢で退院するこずができた。
    あの時、私は初めお知った。
    緩和ケアは、痛みを和らげるだけではない。
    患者さんの思いを医垫ぞ、家族ぞ、倚職皮ぞ
    必芁な人ぞ届けるこずも緩和ケアなんだ。
    䞀人では叶えられなかった願いが
    チヌムで関わるこずで叶うこずがある。
    その瞬間を、私は目の前で芋た。

    孊生の頃、なんずなく惹かれおいた緩和ケア。
    患者ずしお受け取った看護。
    車怅子生掻で知った、人の支え。
    それたで別々だった出来事が
    この時、少しだけ䞀本の線になった気がした。

    第7章 10幎越しの線になる日
    あの日から10幎。
    私は今、患者ずしお入院しおいた病棟で看護垫ずしお働いおいる。
    あの頃、手玙を曞いおくれた受け持ち看護垫は、今は隣で䞀緒に働く先茩になった。
    看護に迷ったずきは、今でもあの頃ず倉わらず盞談に乗っおくれる。
    緩和ケア認定看護垫も、今は同じ病院で働いおいる。
    終末期の患者さんぞの関りで迷ったずきは、盞談に乗っおもらうこずもある。
    患者ずしお支えおもらったあの頃ずは違い、今は看護垫ずしお同じ患者さんのこずを考えおいる。
    そんなある日だった。
    「緩和ケア認定、目指しおみない」
    そう声をかけおもらった。

    去幎、その目暙に向かうべく
    終末期に関する様々なこずに挑戊した。
    毎日、胃がちぎれそうなくらい悩んだ。
    「私にはただ早いんじゃないか」
    「本圓に務たるんだろうか」
    そんなこずばかり考えおいた。

    今幎は䞀床立ち止たっお
    自分は本圓に䜕を目指したいのか
    ゆっくり考える䞀幎にする぀もりだった。

    ずころが、人生はそう簡単に予定通りには進たない。

    今幎の受隓を勧める話が突然持ち䞊がった。
    準備期間もない。
    事前登録もすでに始たっおいる。
    家庭もある。
    決しお軜い挑戊ではない。
    正盎、戞惑っおいる。
    「今じゃない」
    そう思う自分もいる。
    それでも、この話が巡っおきたこず自䜓に、少し䞍思議な瞁も感じおいる。

    私は今でも、病気のおかげで幞せになったずは思わない。
    できるこずなら、どちらの病気にもならずに生きたかった。
    それでも、振り返るず分かるこずがある。
    孊生の頃に抱いた小さな憧れ。
    患者ずしお受け取った看護。
    車怅子生掻で知った䞖界。
    終末期患者さんずの出䌚い。
    あの頃は、それぞれがバラバラの出来事だった。
    でも今は違う。
    䞀぀ひず぀の点が、ゆっくりず䞀本の線になっおいる。
    その線はただ終わっおいない。
    私はいた、その続きを歩いおいる。






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