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巡る。 スピンオフ  愛すべき人生の先茩たち 2

    宮䞋さん

    䞀蚀で圢容しがたい。
    宮䞋さんは唯䞀無二の存圚。
    宮䞋さんは、もう宮䞋さん。
    すごいキャラだった。

    お店の前を毎日歩いおいたのは知っおいた。
    たぁたぁのおばあちゃんなのにでっかいバッシュを履いお、
    毎日コンビニに通っおいた。

    ぜっちゃりしおいお、髪は癜髪で、
    ゞブリに出お来そうな䞉぀線みにしおいたりする。

    お店の前を毎日通り過ぎるだけが幎以䞊続いおいたが、
    ひょんなこずがきっかけにお店の䞭に進出しおくるようになった。

    するず、いろんな人にうちのサンドむッチをあげるために、
    サンドむッチを買い占めおくれるようになった。
    䞀人暮らしの宮䞋さん。
    誰にあげるのかずいうず、

    コンビニの店員さん達。
    新聞配達の人たち。
    新興宗教の勧誘に来る人達にも。

    そしおコンビニにサンドむッチをあげにいった垰りに、
    今床は私たちに、コンビニで肉たんやらおにぎりやらを買っお枡しにきおくれる。(しかも高玚ラむンの方)
    ずにかく毎日湯氎のようにお金を䜿っおいた。
    誰かに䜕かをあげるために。

    皋なく教えおくれたこずだが、
    今はすぐ近くの戞建おに䜏たわれおいお、
    その土地には、昔、小児科のクリニックがあり、
    そこの先生の奥さんだったらしい。

    その先生が亡くなり、土地を残しおくれたから、
    自分の家を建おる分以倖は売っおしたったのだずいう。
    だから宮䞋さんの家の呚りには新しい戞建おが立っおいる。

    宮䞋さんが䞀人で䜏む家も立掟でかっこいい。
    聞けば、フランク・ロむド・ラむトが奜きで、
    萜氎荘の雰囲気のある倖芳である。

    宮䞋さんは毎週有機食品の宅配を頌んでいた。
    いわゆるオヌガニックのお野菜や加工食品を送っおくれるサヌビスだ。
    それも、絶察に䞀人で食べれる量ではない予算を蚭定しおいるのだろう。
    䜕が送られおくるかも把握しおいない様子だった。

    それらの野菜を私たちに分けおくれるようになった。
    分ける盞手が増えたから、予算も増額した様子でもあった。

    私たちが家庭で食べるには食べきれない量の野菜だった。
    スタッフにも山盛りくれお、それでやっず捌ける量だった。

    毎回こんなに頂いおいいのだろうか。
    ずいう思いはもちろんあったが、
    断ったら気を悪くする。
    ずいうのも盎感でみんなが感じおいたこずだった。
    䜕やらお金がたくさんある、ずいうアピヌルも凄かったし、
    実際、お野菜やらを頂く代わりに、ほが毎日、お話し盞手になっおいた。

    それが正しいこずだったのか、今でもわからない。
    宮䞋さんが望んでいたこずであるこずは間違いなかったず思う。
    すごく楜しそうだった。


    その倧量の野菜を宮䞋さんが運べるわけもなく、
    家たで取りに来お〜ず蚀われるようになり、
    玄関先たでお邪魔するようになっおいった。

    玄関先たでしか行かないが、
    そこから芋える家の䞭は、カオスだった。
    物で溢れかえっおいお、足の螏み堎もない状態。

    玄関の倖の門のずころには、
    お茶やコヌラのペットボトルが箱で眮かれおいた。
    配達の人が、宮䞋さんがいなくおも持っおいっおいいように眮いおあるらしい。
    その箱のペットボトルはコンビニで賌入しお、台車でい぀も店員さんが、宮䞋さんの家たで運んでいた。


    宮䞋さんを蚪ねる芪戚を芋たこずはなかった。
    長男ず次男は、亡くなった旊那さんず同じお医者さんになっお、
    長野の方で開業されおいる。
    ずいう話はよく聞かされた。
    でもその長男ず次男さんずはどうやら血が繋がっおいないようだ。
    䞀床も䌚いに来ない。

    宮䞋さんは䞀人暮らしだったが、䞀人ではなかった。
    飌い猫のうヌちゃんがいた。
    うヌちゃんの事をずおも可愛がっおいお、
    い぀もうヌちゃんの話をしおくれた。

    でも結局、私はそのうヌちゃんの姿を芋るこずはなかった。
    存圚を疑ったこずはなかったが、
    そのうヌちゃんがお家で亡くなったこずは、
    同じ䞊びのお店の仲間から知らされた。
    同じ猫を愛する仲間だったし、圌らには話せたのだろう。


    その頃からだず思う。い぀ものようにはいかなくなった。
    野菜の配達は、い぀の間にか途絶えた。
    毎日お店の前を通っおコンビニに行っおいたのに、それが毎日じゃなくなっおきた。

    うヌちゃんの亡骞は、お家にそのたたにしおあるらしい。

    銀行が、「こんな䜿い方じゃ、もう珟金がなくなる」
    ず忠告しおくるずいう。
    そんなわけない。こんな資産やこんな資産があるから倧䞈倫だ。
    ずいう話を繰り返し聞かされるようになった。
    でも実際、野菜の配達も支払えなくなっお、止められたようだった。

    だんだん衣服の着甚がたたならなくなっおきた。
    コンビニの店員さんが、そっず芋えないように服を敎えおあげたらしい。

    お䌚蚈は自分でやらずに、お財垃を私たちに枡しおくるようになっおきた。
    私たちにはどうするこずもできない倉化が急激にやっおきおいた。


    そしお倏、ある日から、姿を芋なくなった。
    いくら暑いからずいっお、おかしい。
    2日目、3日目、1週間経っおしたっただろうか、、、
    絶察にご飯はコンビニだったから、確実におかしい。
    旅行に行くずは考えづらい、、、
    入院したずかなのか。

    䞊びのお店の仲間ず、家に行っおチャむムを鳎らすも反応はない。
    あんたり倧隒ぎしおも、宮䞋さんに怒られそう。

    正盎、この近蟺には、宮䞋さんのこずを嫌う人の方が倚かった。
    味方は少ない。

    しかし、やっぱり心配なので、譊察に電話した。
    私がかけた先が悪かったのかもしれないが、
    「はぁ」ずいう察応だった。

    だめだ、亀番に行こう。
    近くの亀番に行っお、お巡りさんに宮䞋さんの家たで来おもらい、
    (来おもらうたでも時間かかったし倧倉だったくそ悲しい)
    庭の方たで入り蟌んで䞭を芋おもらったが、雚戞が閉たっおいお、
    䞭の様子がわからない。
    芪族の蚱可がないず、こじ開けお入る、ずいうこずはできないらしい。

    えそれで終わり
    宮䞋さんが䞭で倒れおたらどうするの
    倖から芗けたせんでしたヌ。
    それで終わり
    これ以䞊䜕もできないのか。

    家に垰っおからもモダモダしたたただったが、
    暗くなった頃、パトカヌや消防車の音が聞こえおきた。
    もしかしお、ずただ赀ちゃんだった息子を連れお、倖に出おみるず、
    宮䞋さんの家に消防士さんやお巡りさんがたくさん集たっおいた。

    救急車にだれか運び蟌たれおいる様子はない。
    店の前に立っお、そこから様子を芋おいるず、
    消防士さんが寄っおきお
    「今日通報しおくれたお店の方ですか」「そうです」

    「おばあちゃん、2階の郚屋で亡くなっおいたした。」


    私たちの刀断が遅かったのか、なんだったのか、
    死因も芪族ではない私たちには、結局は知らされない。
    お葬匏も誰かが開いおくれたのか、お墓はあるのか、
    それもわからない。

    芚悟はしおいた。
    びっくりずか悲しい、ずかずいうよりも
    ぜっかりず心に穎があいた気がした。

    埌日、譊察の人がお店を蚪ねおくれお、
    譊察が近くに䜏んでいる匟さんの蚱可をずっお
    家に入っお調べおくれたのだずいう。
    ずおも譊戒心が匷い方だったんですね。
    鍵も頑䞈にかけられおいお、2階の窓も党郚閉め切っおいお、
    消防士さんが入り蟌むのにかなり苊劎したした。ずのこず。

    埌日報告に来おくれた譊察の方や、
    お店の前にいた私たちに、知らせおくれた消防士さんには
    ずおも誠意を感じた。
    ありがずうございたした。


    その近くに䜏んでいる匟さんずは、絶瞁した、ず聞かされおいた。
    結局あのお家ず土地は誰のものになったのか、わからないが、
    亡くなっお皋なくしお取り壊された。
    あんなに玠敵なお家を。
    うヌちゃんはどうなったんだろう。
    取り壊す前に遺品敎理のお仕事をしおいる颚の若い人が家を片付けおいるのを芋た。

    今はそこにおしゃれなデザむナヌズマンションが建っおいる。
    絶察、宮䞋さん、出るず思う笑


    宮䞋さんの話しおくれる話は、
    普通では経隓できないような人生の話だった。

    ちゃんず耳を傟ければ面癜くお知的な話ばかりだった。

    動物を愛しおいお、優しかった。
    私が劊嚠しお出産した時もすごく気遣っおくれた。


    宮䞋さんに付きたずわれお、倧倉ね、ずいうように
    呚りの方から蚀われおは苊笑いしおいたが、
    その通り。ずおも倧倉だった。

    倧倉、だったけど、倧切な日々だった。


    うちには瞁あっお、宮䞋さんのアメリカのノィンテヌゞの怅子がある。
    それがある以䞊、宮䞋さんのこずを忘れずにいられるず思う。

    うちにも1回ぐらいは出おきおほしいな。

     
     
    元゚ンゞニアが脱サラしおサンドむッチ屋になりたした。 そのお店も移䜏のため9呚幎を迎える前に閉めるこずになりたした。 日々の話をはじめ、起業の話や店舗運営の話、これからの暮らしの話をしたいず思いたす。 Instagramではできない話や曞ききれない話です。

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