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Photo byizu_hiraya

第4話 玫陜花倶楜郚-癜(SHIRO)-5502字

    サンチョ@ç·Žç¿’äž­

    梅雚の底は、い぀もひんやりず冷たい。
    「少し、コンビニたで行っおくるよ。炭酞氎が切れおいただろう ぀いでに、君の奜きなアむスでも買っおこようか。そうだ君の傘、借りるね」
    玄関から、倫のどこたでも穏やかで、滋味に富んだ声が聞こえた。
    私はリビングの゜ファに座ったたた、小さく銖を傟げお、い぀ものように花が綻ぶような埮笑みを返した。
    「ええ、ありがずう、あなた。お気を぀けお」
    パツン、ず小気味よい音を立おおビニヌル傘が開く気配がし、静かに玄関のドアが閉たる。
    䞉軞の鍵がガチリ、ガチリ、ガチリず噛み合う音が、激しい雚の音に掻き消されおいく。
    倖はバケツをひっくり返したような豪雚だ。窓ガラスを叩く芏則的な氎滎の音が、家の䞭の濃密な静寂をかえっお色濃く匕き立おおいる。
    私は立ち䞊がり、倫が今しがたたで座っおいたダむニングチェアぞず歩み寄った。
    そこには、さっきたで倫のいた臭いが残っおいる。
    りッディなコロンの臭い。
    テヌブルの䞊には、倫が飲み干したばかりのガラスコップが眮かれおいる。埮かなレモンの銙りず、消えかけた炭酞の気泡が、ガラスの内偎にいく぀かの小さな氎滎ずなっおぞばり぀いおいた。
    私はそのコップを䞡手でそっず包み蟌むようにしお持ち䞊げ、光に透かしおみる。
    倫の指王が、綺麗に、四箇所。
    圌はい぀も、物事を完璧にコントロヌルしおいるず確信しおいるずき、指先に無駄な力が䞀切入らない。たるで䞖界そのものを優しく愛撫するかのように、滑らかに、静かに、物を掎む。
    私は、ずっず他人の顔色を窺っお生きおきた。
    盞手が䜕を求め、䜕に䞍快感を抱くのか。その现かな呌吞の乱れ、喉仏の埮かな䞊䞋、目の動きのミリ単䜍の倉化。それを瞬時に察知し、先回りしお、盞手が最も安心する「無害で、退屈で、埓順な人間」ずいう薄い皮膜を完璧に挔じおみせるこず。
    それが私の、この䞖界での呌吞の仕方だった。
    䞖間の人はそれを、気匱で内気な人間の、哀れな凊䞖術だず思うのだろう。
    「い぀もニコニコしおいお、䜕を考えおいるか分からないけれど、本圓に優しい奥さん」
    近所の䞻婊たちも、私のこずをそう評しおいるのを知っおいる。
    けれど、違う。
    本圓は、たるで違うのだ。
    私はただ、芋たかった。
    私が培底的に埓順で、無抵抗で、声を持たない空気のような「背景」に培したずき、目の前の人間がどれほど醜く油断し、その内臓のような本性を曝け出しおくれるのか。
    私ずいう「完璧に平らな鏡」に映し出される、他人の歪んだ、醜悪な顔色を芋るのが、たたらなく奜きだった。私にずっお顔色を窺うずいう行為は、怯えでも䜕でもない。
    獲物が油断しお、その柔らかい腹を芋せるのをじっず埅぀、蜘蛛の巣のようなもの。
    スマヌトフォンの画面が、私の手元で静かに震えた。
    閉じられた箱庭の䜏人たちが、歪んだ歌を歌い始めおいる。

    AO 結局、男なんお蚘号でしか動かない。あの人が私に隠れおコ゜コ゜口座を動かしおいるログを眺めおいるず、たるで心臓の音を盎接聎いおいるみたいで、ゟクゟクする。

    PINK わかるヌりチのパパも、あのタバコ吞わせ始めおから、完党に私の「犬」だよ「これを吞うず、君の蚀うこずが党郚正しく聞こえる」っお、本気で信じ蟌んでるの。バカみたい。

    MURASAKI 玠晎らしい。お二人ずも、完璧に「支配」の果実を収穫し぀぀ありたすね。人間は、自分が特別であるずいう蚀い蚳さえ䞎えられれば、自ら喜んで銖茪を嵌めにいく生き物ですから。

    SHIRO 皆さんは、自分が壊れおるっお思ったこずありたすか

    数分前、私がチャットに投げかけたあの蚀葉。
    その瞬間、リビングでスマヌトフォンの画面を凝芖しおいた倫は、い぀も通りの「優しい旊那様」の仮面の䞋で、酷く奇劙な、歪んだ粘り気を持぀芖線を䞀瞬だけスマヌトフォンに向けたのだ。
    それは、暗闇の䞭で獲物を芋぀けた爬虫類のような、冷培な光だった。
    私は、倫が買い物に出おいる隙に、圌の聖域である曞斎ぞず入った。
    ドアノブを回す。鍵はかかっおいない。
    倫は私を、自分の曞斎の鍵を開けお䞭を芗くような床胞のある人間だずは、これっぜっちも思っおいないからだ。
    郚屋の䞭は、恐ろしいほど敎然ずしおいた。
    本棚の掋曞は背衚玙の高さ順に䞊び、デスクの䞊のペン立おには、すべお同じメヌカヌの黒いボヌルペンが、クリップの向きを正確に揃えお差し蟌たれおいる。
    たるで生掻感のない、実隓宀のような空間。
    私は吞い寄せられるように、デスクのチェスト、その最䞋段にある匕き出しを開けた。
    そこには、二぀のものが眮かれおいた。
    衚玙に䜕も曞かれおいない、深い玫色のノヌト。そしお、管理者暩限のたた画面が点いおいる、倫のタブレット端末。さらにその䞋には、いく぀かの分厚い茶封筒が重なっおいた。
    トントントン、ず。
    私の心臓が、耳のすぐ裏偎で、䞀定の、ずおも心地よいリズムを刻み始める。
    恐怖ではない。
    遠い昔に忘れおいた、倧切な宝箱を開けるずきのような、玔粋な高揚。
    私は震える手で、その玫色のノヌトを開いた。そこに曞かれおいたのは、倫のあの端正な、ミリ単䜍の狂いもない矎しい文字で綎られた、あたりにも悪趣味な**「園芞の蚘録」**だった。

    『AO青開花完了。  システム䞍正操䜜で3億円業務䞊暪領の疑い。  梅雚明けに新聞瀟にリヌク予定。泣くこずをやめさせ、冷培に蚌拠を集めさせた。蚀葉のむンプラントによる自滅の誘導。』

    『PINK桃開花完了。  幎の差パパ掻の悲劇。  梅雚明けに週刊誌ぞリヌク予定。男を埓順な犬にする特別な煙ずいう暗瀺を怍え付けた、ただのノンニコチンリキッド。完党なプラシヌボによる人間解剖実隓。』

    頭の芯が、冷たい氷氎を流し蟌たれたように静かに、冷えおいく。
    AOも、PINKも、倫のテキストによる誘導だけで、珟実の男たちを奈萜の底ぞず远い詰め、砎滅の瞬間を埅たされおいる。圌女たちが自分の知性ず矎貌で男を支配した぀もりになっおいたあの優越感はすべお、このノヌトの䞻によっお「最高のタむミングで瀟䌚的に砎滅させられる」のを埅぀だけの盆栜に過ぎなかったのだ。
    その時、目の前のタブレットの画面がピコンず小さく明滅した。
    倖のコンビニにいる倫が、自分のスマヌトフォンからチャットに入力した内容が、アカりントの同期によっお、目の前の画面にリアルタむムで反映されおいく。

    MURASAKI SHIROさん、急にどうしたのですか「壊れおいる」だなんお、あなたらしくもない。

    AO でも、SHIROさんの気持ち、ちょっずわかるかも。私たちは男を壊しお支配しおいるけれど、SHIROさんはずっず、その倖偎で䜕も持たずに震えおいるみたいに芋える。PINKさんは欲望が壊れおる気がするけど。

    PINK えヌ、私は壊れおるっおいうより、ただ可愛いものが欲しいだけだしヌ。SHIROさん、もっず自分を解攟すればいいのに😘

    MURASAKI 案じるこずはありたせんよ、SHIROさん。間もなく梅雚が明けたす。そのずき、あなたにも「本圓の自分の色」が芋぀かるはずです。私が、それを芋届けおあげたすから。

    タブレットの画面に䞊ぶ、倫のあたりにも欺瞞に満ちた優しい蚀葉。
    私は、玫色のノヌトの最埌のペヌゞ、盎前にむンクが滲んだばかりの最新の蚘述に目を萜ずした。そこには、私の名前があった。

    『SHIRO癜芳察継続。開花芋蟌み最高。
    圌女だけは分からない。どこぞ向かうのか読めない。私の前では垞に完璧な、埓順で退屈な䞻婊を挔じおいる。だが、過去のメモにある䞀文が脳裏を離れない。――死んだ蝉の腹を開いおみたかった。
    圌女は他人の顔色を窺うだけの、色を持たない無害な背景だ。だが、自分でも気づいおいない挆黒の狂気を抱えおいる。圌女が私の正䜓に気づき、この匕き出しを開けたずき、䞀䜓どんな色に「開花」するか。恐怖に顔を歪め、私に瞋り付くのか。その矎しい厩壊の瞬間を、私は䞀番近くで芋届けたい。』

    「ふふ  ふふふっ」
    私の口から、小さく、也いた笑いが挏れた。
    それは静かな曞斎の空気に溶け蟌み、奇劙な残響を残した。
    幌い頃の蚘憶が、濁流のように脳裏に蘇る。
    小孊生の頃の、ある倏の終わりだった。
    じりじりず肌を焌くような西日の䞭、公園の砂堎に、䞀匹の蝉が転がっおいた。もう動かない、死んだ蝉。通りかかる子䟛たちは「汚い」「気持ち悪い」ず蚀っお顔を顰め、母芪たちは「觊っちゃダメよ」ず子䟛の手を匕いお通り過ぎおいく。
    けれど、私は違った。
    私はその蝉を、そっず䞡手で包み蟌むようにしお拟い䞊げた。ただ埮かに倏の熱を孕んだ、硬い茶色の殻。
    私は知りたかったのだ。
    この生き物は、あんなに狂ったような倧音量で䞖界を鳎らし、自己を䞻匵しおいたのに、死んでしたったら、その内偎には䞀䜓どんな「静寂」が詰たっおいるのだろう。倖偎はこんなに頑䞈な殻で芆われおいるのに、その䞭身は䞀䜓、どんな圢をしおいるのだろう。
    私は人気のない朚陰にしゃがみ蟌み、芪指の爪を、蝉の腹の现い割れ目にぐっず突き立おた。
    じりじり、ず嫌な音を立おお殻が裂ける。
    䞭から溢れ出たのは、也燥しかけた、どろりずした、蚀葉にならない色の内臓だった。内臓は、生々しい悪臭を攟ちながら、私の指先を汚しおいった。
    そのずき、私は生たれお初めお、䞖界ず本圓の意味で「繋がれた」ような、狂おしいほどの深い安らぎを芚えたのだ。可哀想ずか、気味が悪いずか、そういう感情は䞀切なかった。
    ただ、完璧に閉じられた䞖界を、私の手で、力尜くで「開く」ずいう行為そのものが、私の脳髄を痺れさせた。
    ああ、そうだった。
    倫は勘違いしおいる。私は、壊れたものを芋お安心するような、そんな受動的な人間じゃない。他人の顔色を窺っお、盞手に合わせお圢を倉えるだけの、可哀想な人圢なんかじゃない。
    私が、私の手で、綺麗に壊しおあげたかったのだ。
    倫は、私が私自身の「顔色を窺う」ずいう性質によっお、この匕き出しを開けるこずすら、すべお蚈算に入れおいたのだろう。私にこのノヌトを芋せ、すべおを知られた恐怖に震え、私の完璧な「䞻婊の仮面」がピキピキず音を立おお割れ、絶望しお泣き厩れるような「矎しい開花」を、特等垭で鑑賞するために。
    「私を『色を持たない無害な劻』だず思っお  。本圓に、愛おしい人」
    私はノヌトを胞に抱きしめた。倫の䜓枩が残っおいるかのように、ノヌトは冷たかった。
    倫は他人を芳察するこずにかけおは倩才的だったかもしれない。けれど、あたりにも臎呜的な盲点があった。
    それは、「自分自身が芳察される偎に回る」ずいう可胜性を、䞀瞬たらずも想像しおいなかったこずだ。
    圌は私を檻の䞭のモルモットだず思っおいた。けれど違う。
    モルモットのフリをしお、檻の隙間から、圌が倜な倜なノヌトに狂気を曞き連ねる埌ろ姿を、ずっず、ずっず、うっずりず芳察しおいたのは私のほうだ。
    私を芳察しおいる぀もりで、その実、私の匵り巡らせた蜘蛛の巣に、自ら喜んで絡たりにきおくれた、愛しい、愛しい私の旊那様。
    ねえ、あなた。私は本圓に、蝉の腹だけを開きたかったのかしら
    胞の奥から、どろりずした、熱い愛着のようなものがせり䞊がっおくるのを感じた。それは「殺意」ずいうレベルでは到底括りきれない、もっず玔粋で、もっずおぞたしい、完党な融和ぞの欲求だった。
    私はノヌトを元の䜍眮に、寞分の狂いもなく戻した。匕き出しの角床も、倫が開けたずきず党く同じ䜍眮に。
    そしお、ゆっくりずリビングに戻り、い぀もの゜ファに腰を䞋ろした。
    壁の時蚈の針が、チクタクず音を立おお進む。
    倖の雚は、さらに激しさを増しおいた。たるでこの家を、䞖界のすべおから切り離された密宀にするかのように、蜟々ず鳎り響いおいる。
    私の手元のスマヌトフォンの䞭では、AOずPINKがただ、MURASAKIの蚀葉に導かれながら、自分たちの小さな勝利を祝い合っおいる。

    AO 梅雚明け、楜しみね。私の圌の人生が、どんな音を立おお厩れるか。

    PINK うん新しいバッグ買っおもらったら、もうあのパパには甚はないし。管理人さん、その時はお祝いしおね。

    MURASAKI ええ、もちろん。お二人の最高の瞬間を、私は誰よりも特等垭で祝犏したすよ。

    カチャリ、ず静かに、玄関のドアが開く音がした。
    䞉軞の鍵が解攟される、芏則的な金属音。
    「ただいた。やっぱり凄い雚だね。はい、玄束のアむスだよ。少し寒かったかい」
    玄関から入っおきた倫は、ビニヌル傘を玄関の倖に眮き、端正な顔立ちにい぀もの優しい、完璧な埮笑みを浮かべお私を芋た。その目の奥には、隠しきれない期埅ず、歪んだ愉悊がギラギラず茝いおいる。
    圌は、きっず私が曞斎に入ったこずに気づいおいるはずだ。盎感的にそう思えた。
    圌は今、私が恐怖でガタガタず震え、自分の正䜓を知っお泣き叫ぶ瞬間を、今か今かず埅ち望んでいる。
    倫はゆっくりず私に近づき、私の顔を芗き蟌もうず、䞀歩、歩みを進めおきた。
    私は立ち䞊がり、倫を迎え入れた。
    私の顔には、これたでで䞀番深く、優しく、慈愛に満ちた「聖母」のような埮笑みが浮かんでいたはずだ。
    我が子を珟実のすべおから匕き剥がし、自分の腕の䞭だけで窒息させる盎前に芋せるような、あの底なしの、濁った埮笑み。
    「おかえりなさい、あなた」
    私の声は、雚の音に溶けおいくほどに甘かった。
    倫の目の奥の「愉悊」が、埮かな、本圓に埮かな「困惑」ぞず倉質するのを、私は芋逃さなかった。
    圌の蚈算が、圌の矎しい園芞の蚘録が、今、私の皮膚のたった䞀ミリの埮動によっお、音を立おお狂い始めようずしおいた。
    梅雚明けたで、あず十日。

     
     
     
    蚀葉で遊園地を䜜っおは壊す人。 ここに曞くものは党郚‚「ごめんね」ず「ありがずう」を‚ちゃんず蚀えるようにする緎習です テヌマごずにマガゞン分けしたした。

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