
足を揉みながら、私は人に慣れていく
朝7時43分。
研修のことを考えながら、少し眠いなと思っている。今日が整体の研修、最後の日だ。
いよいよ来てしまった。ついに来ちゃいましたか、という感じがする。

結局、菓子折りは買っていない。
一緒に練習してくれた人たちに、今までありがとうございました、みたいな気の利いたお菓子を持っていけばよかった。そう思いながら、結局何も買えなかった。
別の店舗で働くことになるから、たぶん最後は、ぺこっとして終わりなのだと思う。
それが少し寂しい。
まだ人の足を揉める気がしない
研修は終わる。
でも、だからといって「人の足を揉めます」と胸を張れるかというと、全然そんな気がしない。
まだその域に達していない気がする。
足でも、肩でも、背中でもいい。人の体に触って、「ここ凝ってますね」と自信を持って言える気がしない。
肩甲骨を触って、「全然はがれてないっすね」とか、さすがにそんなことは言わない。でも「バキバキっすね」くらいは言うかもしれない。
いや、言うな。
でも、人の体に触る仕事は、たぶん他の職種よりずっと気を使う。
触れていい場所、触れ方、力加減、距離感。全部が難しい。
人の体にはATフィールドがある
ふと思った。
整体って、エヴァンゲリオンみたいだな、と。

話の風呂敷を畳める自信はない。
エヴァンゲリオンは、たぶん、人と接するのが苦手な人たちの話だ。シンジくんのお父さんであるゲンドウさんが、人類とかもう無理だから全部まとめてぐちゃぐちゃにして一つにしちゃったらいいんじゃないか、みたいなことをする話だと思っている。
違ったらごめん。
でも、人と人の間にはたしかにATフィールドがある。
距離感とか、境界線とか、触れてほしくないところとか、入ってきてほしくない場所とか。そういうものが、誰にでもある。
人と人は、ぴったりくっつけない。
でも整体師は、その境界線の近くまで行く。
服の上からでも、体に触る。硬くなっているところを探す。力を入れすぎないように、でも弱すぎないように、相手の体の反応を見ながらほぐしていく。
これはもしかしたら、人類補完計画よりすごいことをやっているのではないか。
そんなことを朝から考えている。
私は、すごい職業に就こうとしているのかもしれない。
「痛いです」と言われるたびに謝っている
研修中、相手の体を揉ませてもらう。
痛いです、と言われる。
そのたびに私は、あーごめんなさーい、と言っている。
本当にすみません、と思う。
怪我をさせているわけではない。たぶん、そこまでひどいことはしていない。でも、もしかしたら揉み返しが来ているかもしれない。
だから余計に、菓子折りを持っていきたかった。
「今まで私の練習台になってくださってありがとうございました。痛かったですよね。ごめんなさい」
そういう気持ちを、何かしらの焼き菓子に託したかった。
しかし買っていない。
本当に気が利かない。すまそ。
足裏には、その人の生活がある
足裏には反射区というものがある。
どこを揉むと、体のどこに対応しているか。そういう地図みたいなものがある。
足裏を揉んでいると、その人の生活が少しだけ見える気がする。
肩がつらい人は、パソコン作業で姿勢が固まっているのかもしれない。夜勤が多くて、体のリズムが崩れているのかもしれない。腰をかばっているうちに、別のところまで硬くなっているのかもしれない。
するとあっちが悪くなる。
こっちがかばう。
さらに別の場所が疲れる。
体は、思っているより全部つながっている。
そしてそれが、足裏にも出る。

足を揉むというのは、ただ足を揉むことではないのかもしれない。その人の生活の端っこに触らせてもらうことなのかもしれない。
人に触りながら、人に慣れていく
私はたぶん、人の体に触る練習をしながら、人に慣れる練習もしている。
人の体に触る。
痛くないか聞く。
少し力を抜く。
また触る。
ここは大丈夫ですか、と確認する。
そういうことを繰り返しながら、少しずつ、人との距離を覚えていく。
人のATフィールドをいきなり破るのではなく、ここまでなら大丈夫ですか、と聞きながら、そっと近づいていく。
それは、思っていたよりいい仕事だと思う。
心理カウンセラーは、たぶん人に触らない。話を聞く仕事だ。エステやマッサージは近いけれど、整体はもっと体の調子に直接触れる感じがある。
人に実際に触って、少しずつ心を許してもらう仕事。
そう考えると、けっこう責任が重い。
でも、面白い。
優しい人間でありたい
整体師として、私はまだ全然できない。
足の反射区も覚えきれていない。力加減も難しい。どこを押したらどうなるのか、自信を持って言えないところも多い。
それでも、人にとって優しい人間でありたいとは思う。
体を触らせてもらう仕事だからこそ、余計にそう思う。
痛かったら言ってください、とちゃんと聞ける人でいたい。ごめんなさい、とすぐに言える人でいたい。わからないことを、わからないまま偉そうにしない人でいたい。
人の体に触るということは、人の生活の近くに行くことだ。
そこに土足で入らないようにしたい。
研修最終日の朝
今日で研修が終わる。
菓子折りは買っていない。
足の反射区も全部は覚えていない。
人の体を触ることにも、まだ少し緊張している。
でも、足を揉みながら、私は少しずつ人に慣れている。
痛いです、と言われて謝る。
力を抜く。
もう一度触る。
その繰り返しの中で、たぶん私は整体師になっていく。
人に触る仕事をするということは、人の近くにいても逃げない練習なのかもしれない。
それでは、研修最終日に行ってきます。