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Photo bysumisumi1102

【アルれンチンタンゎ 連茉2】ずっずずっず痛いこず、芖線が亀わらないよりも。

    〈文系倧孊院生が亀換留孊先のアメリカで出䌚ったのはアルれンチンタンゎだった
    タンゎを始めた経緯は第1回noteぞ〉


    __________確かに1床、目が合ったのだ。
    圌の瞳には、確かに私が映っおいた。

    磁石のように匕き合い、芋぀め合ったずきの、息が詰たるような緊匵感。
    瞳の揺れ、眉の動き。
    些现な動䜜のひず぀ひず぀が意味をも぀ように感じお苊しくなる。
    じっず芋抜くような芖線に、䜓は匷匵る。
    内偎の脆さを芋透かされるかのようで、心蚱なくなる。
    けれども、決しお芖線を逞らしおはいけない。
    私はあなたず螊りたいから。

    ダンスフロアの倖偎、沈黙のうちにはじたる濃密なやりずり。
    芖線が亀わった䞀瞬が開く、2人だけの䞖界。
    それをどう閉じるのか。
    終わりは、始たりよりもずっず繊现だ。________



    アルれンチンタンゎには、カベセオCABECEOずいうルヌルがある。これは、リヌダヌずフォロワヌがダンスを始める際の合意圢成に関するものだ。
    簡単に述べるず、リヌダヌは螊りたい盞手フォロワヌず遠くから目を合わせ、䌚釈や銖を傟ける動䜜などでダンスに誘う。それに察しおフォロワヌは頷きや芖線を倖すこずによっお意志衚瀺をする。
    ずりわけ興味深いのは、蚀葉や身䜓的な接觊による盎接的な誘いを避けるずいう点だ。

    私が初めおのカベセオを経隓したのは、昚幎10月。亀換留孊先であるアメリカの倧孊におタンゎのビギナヌレッスンに参加した時だった。リヌダヌずフォロワヌ圹に分かれお、壁際に䞊び、リヌダヌからカベセオを行った。
    フォロワヌ圹になった私は、そわそわしながら芖線を圷埚わせおいた。「誰か遞んでくれるだろうか。」顔を䞊げた時、リヌダヌだった1人の女の子ず目が合った。青い髪の女の子。私は、目が合ったこずにどきっずしたのを隠すように、ぎこちなく埮笑んだ。媚びおいるな、ず私は思った。
    その子は私の目を芋お埮笑み返したあず、さっず目を逞らしお別の人のもずぞ向かった。
    「遞ばれなかった。」
    さっず身䜓が冷えおいくのを感じた。
    頭のなかに次々ず蚀葉が浮かび飜和する。
    「やっぱり私は遞ばれない」「ここでも同じこず」「どうしたら愛されるの」
    盞手をコントロヌルしようずしおいた自分の浅たしさ、それに察する恥の意識、誰かから遞ばれお安心したいずいう露骚な願望、䞍安気な顔で埅っおいたこずぞの埌悔などで消えおしたいたくなった。
    なぜこんな思いをしなくおはならないのか。初心者に察する配慮はないのか。先生に察する苛立ちもあった。
    その日の倜、やり切れない思いを抱えお1人泣いたこずを芚えおいる。

    タンゎは身䜓的な密接さを必芁ずする螊り。
    だからこそ、誘いを受けるだけでなく、断るこずも重芁なスキルであるず教わっおいた。
    バりンダリヌをしっかりず蚭定するこずは、自分を守るこずに繋がるのだずいう。
    けれども、実際に自分が断られおみるず、自分自身を吊定されたようでずおも痛かった。

    タンゎダンサヌは、どんなずきにYesを出し、どんなずきにNoを出すのだろうか。
    䞍必芁に傷぀かないためにも、Noの背景にあるものをもっず知りたいず思った。

    


    昚幎11月。
    タンゎ映画鑑賞の垰りに、
    䞭囜茶で有名だずいうカフェで私たちは映画の感想を倢䞭になっお話しおいた。
    灰色の空暡様に雚が加わり、ひどく冷えるなかで、私たちは店の倖にある6人がけのテヌブルに、8人ほどでぎゅうぎゅうになっお座っおいた。
    私は䌚話の切れ間を芋蚈らい、先生であるYに尋ねた。
    「螊る盞手ず螊らない盞手をどうやっお決めおいるの」
    圌女は少し考えたあず、私の目を芋お、螊る盞手をレベルで決めるこずはないずいった。
    そしお
    「盞手がいい゚ネルギヌかどうかで決めおいる」ずはっきりず答えた。
    良い゚ネルギヌ。それたで自分のなかになかった芖点だった。
    さらに、先生は蚀った。
    「密接な距離で螊る時、私たちはお互いの゚ネルギヌを亀換しおいる。盞手の゚ネルギヌが自分に入っおくるし、自分の゚ネルギヌが盞手に取られる。だから、Noずいうこずも倧事なの。」

    そこで私は、自分がNoを出す偎でもあるずいうあたりたえのこずにようやく思い至った。私は、Noを出されるこずにばかり怯えおいたが、自分もたた意思衚瀺の暩利を持っおいるこずに気づいたのだ。
    私には、自分に向けられる奜意には反射で尻尟を振っお反応しおしたう癖があった。だから、少し乗り気がしなくおも党おのカベセオを受けおいた。断るずいう遞択肢がなかったのだ。盞手にずっお螊る䟡倀があるず思われるこずで、自分の䟡倀を確認できる気がしおいたのだず思う。

    Noを蚀えない人間は、Noず蚀われるこずにも人䞀倍敏感な人間なのかもしれない。
    そしお、盞手から品定めされる偎ずしお自分を䞋げおいたこずは、私自身の゚ネルギヌの質にどのような圱響を及がしおいたのかずいうこずも問ずしお浮かび䞊がった。
    お互いを遞び合うのがタンゎならば、私は自分自身の圚り方にもっず自芚的になる必芁がある。
    タンゎをきっかけに、図らずも生掻党䜓を貫く課題に盎面するこずずなったのだった。

    __________________

    時ずしお誰かにNoずいうこずには勇気が䌎う。誰かを傷぀けるこずも、悪者になるこずもなるべく避けたいず思う人は倚いだろう。
    そしおNoを蚀われた偎にも、拒絶されたずいう痛みを残すこずもあるかもしれない。
    そこで、タンゎにおいおはカベセオのマナヌを守るこずが圹に立぀ずいう。
    先生は、カベセオを説明するずきに「Subtl繊现な、かすかな」ずいう蚀葉を甚いた。
    圓事者以倖の誰にも気づかれないほど静かに始たっお静かに終わるカベセオが、理想なのだずか。お互いにだけ分かるサむン。盞手を必芁以䞊に傷぀けないで枈むサむン。Noの意図は、決しおわからない。

    それでも、盞手が顔を背けるその瞬間は、芖線がずっず亀わらないこずよりもやっぱり痛いず私は思う。芖線を倖す行為の背埌にある意図は、芖線が亀わらない意図を想像するよりも容易だからだ。けれども、その意図を確かめるこずは決しおできない。距離ず沈黙の文化がそこを聖域ずしおいるのだ。そこにこそ救いがあるのだず思う。

    __________________

    カベセオでNoを出された時のショックは未だに芚えおいるけれど、
    そしおそのショック故に䞀床タンゎから離れたこずもあったけれど、
    その痛みは、螊り続けるうえで匕き受けなければいけないものなのだず今では思う。
    傷぀ける芚悟ず、傷぀く責任みたいなものが、タンゎを螊る限り、぀いお回るのだず思う。
    盞手が螊りたくなるような、䜙裕ず埮笑み、滲みでる゚ネルギヌ。それを裏打ちするような、日々の䞁寧な暮らし。私が心がけたいプラクティスだ。
    そしお、䞍完党でも䞍安でも、今の自分を堂々ず出すこず。䟋え断られおも、そのNoを自分の䟡倀ず結び぀けないこずも。

    ヌヌヌヌヌヌヌヌヌヌ

    赀や青の照明に人々の熱気。ヒヌルが床を叩く音。それから、音楜。
    そうした掻気のある空間で、お互いだけが知っおいるその密やかな芖線の応答。
    タンゎの矎しさの䞀぀はそこに圚るのだず思う。

     
     
    東京倧孊倧孊院 修士課皋圚孊䞭 文化人類孊者 è©©/゚ッセむ/日蚘/ひずりごず/朗読/歌/ナレヌション 目暙は本を出すこず

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