【小説】座敷わらし咲く #11 咲くと宇宙人の遭遇
私は、JR嵯峨野線の太秦(うずまさ)駅から朝の電車に乗ります。
朝練があるので、6時台前半の電車に乗らねばなりません。
朝の6時台で、すでに電車は満員です。
一両目の先頭扉あたりなんかはきゅうきゅう詰めになります。
別に私は一両目に乗る必要はないのだけれど、毎日一両目に乗ります。
なぜなら、あの女と勝負するからです。
京都駅について、先頭車両の扉が開いた瞬間のあの戦闘モードの臨場感がたまんない!
零戦が低空飛行するみたいに、私は、日本一長い京都駅の0番ホームをダッシュするの。
女は太秦(うずまさ)駅の次の花園駅から乗り込んできます。
女は知略に長けていて、一番最後に乗り込んできます。
花園駅で一番最後に乗り込んで、扉ぎりぎりに身体を押し込んで乗れば、京都駅までの残りの駅は反対側の扉が開閉するので、新たな乗客に押し込まれることもなく、ポールポジション獲得です。
あとはポールポジションを死守すればよい。
女はポールポジションを奪おうとするおじさんが押し寄せたら、そこを死守するため、容赦なく脛を蹴り上げます。
弁慶の泣き所を蹴られたおじさんは激痛に身悶え苦しみながら涙を流しています。
かなりの猛者がいて、女の蹴りをかわしながら尻で女を押しやろうとしていました。流石に前を向いて押すのはヤバいと見えます。
女は、座席に手を突っ張り、踏ん張りながら、からだを折り曲げ、恐ろしいパワーでもって、お尻で、男のお尻を押し返します。
男は背後の乗客がきゅうきゅう詰めで、行場がないので、垂直に頭上方向に向かうしか道がありません。
男は、自然に、垂直方向に1mほど飛び出しました。
女の勝ちです。なかなかの見ものでした。
女は身なりの良いスーツを着て、艶のあるロングヘアーをしています。
きっとキャリアウーマンに違いないです。
歳は30代なかばに見えます。
この女を美人と言う人は多いかも知れない。
でも私はちっとも美人だと思ったことがありません。
なんかこう違和感があるのです。
ひょっとしたら、人間かどうかもあやしいのです。
一時期、どっかの私立の小学校1年くらいの子らが制服を着てこの車両に乗って通学していました。
学年が上の子が、小さい子らを引率していました。その様子はまるで親のイノシシがウリ坊を連れているみたいでした。
一両目に乗るおじさんたちは、スクラムを組み、このウリ坊らをすし詰めの乗客の圧から守りました。
おじさんたちはスクラムを組みながら、目を細めてウリ坊たちを見つめました。
ウリ坊の1人がいないと、「おい。今日は1人おらへんぞ!」と心配そうに言い、皆で情報を共有しました。
見知らぬおじさんたちの間で、プロジェクトXみたいな心温まる繋がりができていました。
それは、実に美しい光景でした。
ウリ坊たちが騒がしくしている時がありました。
子どもだからはしゃぐのは当たり前です。仕方がありません。
私たちは気になりませんでしたが、そのキャリアウーマンふうの女はウリ坊たちに向かって、
「あなた達!うるさい!静かにしなさい!」と威嚇しました。
とても恐ろしかったのでしょう、ウリ坊たちは翌日からは来なくなりました。
おじさんたちは深く悲しみました。
なんかこう、この女には、たしかにきれいだけれども、女性としての美しさがありませんでした。
女性って、女性から見ても、どんな女性でも、女性らしく、美しい部分があるじゃないですか。
顔の作りや、身体の線、髪の毛のしなやかさ、佇まい、どこかに美しさを秘めているものです。
この女は、そういう意味では女には違いなかったけど、女としての一切を感じませんでした。
私は、この女にもどこかに美しさがあるはずだと思って、性善説の方向から目を細めて女を凝視し、女としての成分の抽出に試みました。
藝術家がよくやる手法です。
女の姿がデフォルメされて、何らかの美が抽出されるはずです。
私は、1分くらいは考えたと思う。
ところが、女から現れたのは宇宙人でした。
私は「わー!」と叫びました。
き、きさまは宇宙人だったのか!
そうか、そうか、きさまは宇宙人だったのか!ここで会ったが100年目と、芝居がかって言いたいところだわ!
そうかそうか、どういう事情か知らないけど、それなら、今までの数々のミラクルな非礼は許しておいてあげるわ。
それ以来私は女との勝負を楽しみはじめました。
女は京都駅につくと、出走ゲートが開いた競走馬のように疾走するのです。
女がいつも先頭を走り、その左翼にラグビーみたいなラインが形成されます。2番手にどこかのサラリーマン、3番手は私。
ボールが渡ってきたら、パスでつないだかも知れない。
これらのラインの人たちは、私以外、次の乗り継ぎがキワキワだから走っているのです。多分。
2番手の男性は、西宮神社の福男選びで優勝したんじゃないか?
障害物(人)のある場所でのステップの切り方が、こなれている。
私は3番手です。こういう勝負事は、ものすんごく楽しかったです。
女は私と同じ大阪行のホームを目指しました。
女は間一髪で大阪行の新快速に乗れたり、乗れなかったり、勝負は五分五分のようでした。
3番手の私は、女の顛末を確認できました。
女は新快速に乗れなかったら、バレリーナみたいに、くるっとクールにターンして、どこかに去りました。
あまりにもクールで、華麗なターンだったので、女はひょっとして、これをするために、勝負してたのかも?と訝ったくらいです。
こんなふうになるんだったら、もう一本早い電車に乗ってくればいいじゃんと私は思いました。アホちゃう?
さて、いつもの洋書を読む先生の隣に並びに行くとするか。
その前に汗を拭いて、身だしなみを整えなくちゃ。
