メインコンテンツへスキップ
見出し画像

占い師 久渡星リオによると(9)(最終話)

    桜木 トモ

     火が燃える。遠くで燃えているのではない。足下で燃えている。
     煮炊きをするためではない。私を燃やすために燃えている。

    「熱い」

     足の裏を舐める炎の勢いは弱まることなく、むしろ風の力を借りて勢いよく燃え上がる。
     やがて足の裏だけでは飽き足らず、炎はアリアディーネの全身を包み込む。

    「魔女を殺せ!」
    「混乱の元だ!」
    「我が子を奪った魔女!」
    「早く――死ね!」

     群衆の活気に応えるように、炎の勢いは強くなる。最早、熱いと文句を言うどころではない。痛みに頭の神経がイカれてしまった。必死に息を吸う肺も、熱気で焦げ付き始めている。
     それでも、アリアディーネは最期に見た。炎の向こうに広がる星空を。
     それを聞けば、何を戯言を、と誰もが言うだろう。だって、今は昼間なのだから。だけど、リアは昼間であっても、青空の向こうに星があることを知っている。
     最期の最期。アリアディーネは目を見開いて空の向こうの星を見る。
     見るのは、アリアディーネが助けた子供の運命の星。最後の最後に、どうにか間に合って助けることができた、あの子の未来。
     星を辿れば、あの子の未来はどうにか繋がっているようだ。大きな幸せを手に入れることはないけれど、大きな不幸に合うこともない。
     普通の運命を、あの子は手に入れることができた。

    「クフフ……」
     それを知ることができただけで、アリアディーネは自分の運命に意味があったと感じることができた。

    「魔女が……」
    「笑った……」

     アリアディーネは炎に焼かれながら笑ってみせた。それは、あの子の運命に微笑みかけただけなのだけれど。
     群衆たちは、炎に焼かれてもなお笑う魔女に、薄ら寒いものを感じた。

    <第九話 占い師と先生、祈りの火を見送る。>

    「あーあ、どうしてリアなんかが来ちゃったのかなぁ。バレちゃったじゃん」
    「本当に、ミオさんが……」

     悔しそうに笑うミオに、ダイチは薄ら寒いものを感じる。ミオが犯人だろうということは、リオと推理する中でわかっていた。だが、信じたくはなかった。
     自分が担当した児童じゃない。だけど、お盆や年末年始には必ず村に帰ってきて、武上神社のために働いたり、子供たちと遊んだりするミオを見てきた。
     とても、人を殺すような子には見えなかった。だけど今、薄らと笑うミオを見ると、その自信が根本から揺らいでいく。

    「ミオ、本当なのかい?」

     ミヨコは一気に10歳は歳を取ったような、しゃがれた声でミオに問いかける。いつもしゃんとしている背中も、曲がってしまったように見える。

    「どうしてだと思いますか? ダイチ先生」

     ミヨコを無視して、ミオはダイチに問いかける。

    「簡単にまとめれば、復讐、だろ?」

     ダイチは重たい口を開く。ミオには、きちんと人を殺す理由がある。

    「本当に簡単だし、くだらないまとめ方だけど、それで合っていますよ私の目的は先生の言うとおり、復讐」
    「復讐……? 何だってそんな。いったい誰に? 浦下にかい? 浦下に何かされたのかい?」

     ミヨコはミオの肩を掴んで揺らす。

    「ミヨコさん、ミオさんが恨んでいるのは、浦下さんだけではありません」

     リオの声色も暗い。ダイチがリオの言葉を引き取る。

    「ミオさんが恨んでいるのは、この集落の人全員です」
    「は?」
    「え?」

     ミヨコだけではなく、その場にいた全員が固まってミオを凝視する。ミオは鬱陶しそうにその視線を浴びる。
     ただ一人、タツノスケだけがミオではなくリオとダイチを見る。

    「ミヨコさんは結婚しましたが、子供に恵まれなかった。ミオさんはミヨコさんの孫ということになっていますが、戸籍上は子に当たります。これは、ミヨコさんとミオさんが養子縁組したからです」

     それは武上集落では周知の事実だ。ミヨコは子を産まなかった。それなのに、ミオという孫がいる。

    「では、ミオさんはいったい誰から生まれたのか。それは――」
    「それ以上言うな!」

     ミヨコが今度はリオとダイチの方を向く。先ほどまで魂が抜けたような表情をしていたが、今度は再び鬼女の面ような恐ろしい形相をしている。
     だが、あっさりとミオは事実を述べる。

    「私は島津タツヤとエミリの子。おばあちゃんの兄弟の子の子」

     つまり、ミオから見てミヨコは大叔母にあたり、ミヨコから見てミオは又姪にあたる。

    「知って、いたのかい?」

     ミヨコはミオの出自を隠していた。そして、それを集落全員に隠すよう指示をした。武上神社の神主は直系でなければならない。そうでなければ、オツモリサマの意図を正しく汲み取ることができない。
     だが、ミヨコは子に恵まれなかった。一方、ミヨコの妹は子を成し、孫も生まれた。ミヨコと島津家は密約を取り交わし、生まれてすぐのミオを養子にした。
     そして、その数年後に生まれたのがタツノスケだ。タツノスケも、数年前まで姉がいるなんて知らなかった。

    「タツノスケの家にね、写真があったんだって」

     生まれてすぐ、ミヨコの元に養子に出されるのは決まっていた。ミヨコの決定に異議を挟むことは許されない。逆らえば、村八分に合う。だが、母エミリは限られた時間の中で、一枚だけ写真を撮った。

    「この写真。この赤ちゃんが私だってこと、すぐにわかった。それから、次から次に涙が溢れて止まらなかった。この人が、本当のお母さんなんだって」

     産後すぐの疲労感と、これから訪れる別れから涙を流している女性。これがエミリ。エミリの左の目元には一つだけほくろがある。エミリの腕に抱かれている小さな赤ちゃんがミオだ。ミオの左の目元には、ほくろが2つ並んでいる。エミリのほくろが、そのままミオに移って、さらに増えたような印象を受ける。
     誤魔化しようのない、エミリとミオのトレードマークだ。
     リオとダイチはアスカに『同じ人の写真を使っている』アカウントを教えてもらった。
     写真に写っていたのは、島津エミリ。
     一つは『おみおみ』というアカウントで、これはミオのものだと推測された。もう一つは、『竜田揚げ』というアカウントで、これはタツノスケのものだと思われた。
     ここには大きな意味があると踏んだ二人は、警察に二人の出自を調べてもらった。ミオとタツノスケは実は姉弟だったと裏は取れている。そして、エミリのことを忘れていないという意思表示のように、リオとダイチには見えた。
     だが、真の悲劇はここではない。
     ダイチは一歩前に出る。

    「タスノスケさんのご両親は、亡くなっています。2人は……」

     ダイチは言葉に詰まる。

    「お父さんとお母さんは、『御使い』に選ばれた」

     ダイチの言葉を継いで発言したのは、タツノスケだ。タツノスケの顔は青ざめている。身体も小刻みに震えている。

    「10年前、私のお父さんとお母さんは『御使い』に選ばれた。そのとき私は、変だなって思ったの。だって、『御使い』に選ばれるのは、おじいちゃんとかおばあちゃんばかりだったから」

     それこそ、平安時代とかはどうだったのかはわからないが、近現代になると、『御使い』に選ばれるのは、年寄りばかりになった。それは、神主たちが結果を操っているからでもあるのだが、会議で選ばれるのが老人ばかりだからだ。
     理由は簡単。未来ある若者より、先の短い老人を『御使い』として捧げた方がまだマシだという倫理観からだ。
     だが、タツヤとエミリのときは違った。彼らは30代だったし、何より2人だった。

    「お父さんとお母さんは殺されたの。この人たちに!」

     ミオは見開いた目で住民たちを睨め回す。彼らは、『御使い』という体のいい言い訳を使って、ミオの両親を殺したのだ。

    「だから、占いの結果を歪めたんですか?」

     リオは静かに問う。
     亀甲占いに使う亀の甲羅は神社で保管されていた。最初の占いのとき、ミヨコは岩村が選ばれるように細工していた。だが、実際に選ばれたのは浦下だった。
     ミヨコの他に占いの結果を変えることができるのは、ミオしかいない。

    「どうして浦下さんだったんですか?」
    「別に誰でも良かったんですけどね。ダイチ先生は関係ないから、まぁ、先生以外になればいいなくらいは思ってましたけど」

     ミオにとっての復讐の相手は、集落の人間全員だ。浦下を選びたかったという訳ではなく、適当に人を選んだだけだった。適当に甲羅にヒビを入れた。だから、亀の甲羅はあんなにも大胆に割れていたのだ。

    「岩村さんはミオさんに唆されて籠の間にやってきたんですね?」

     リオは確認する。本来訪れる必要のない岩村が、わざわざ籠の間に来たのは、そして籠の間に入ることができたのは、ミオの手招きのおかげだ。
     一度の儀式でできるだけ多くの人が死んでくれると、ミオとしては復讐の手間が省ける。ミオは岩村に『予定通り岩村が死ななければ、オツモリサマの怒りが落ちる』とでも言ったのだろう。岩村には元から『御使い』の役目を受け入れるほど正義感のあった。巫女であるミオにそう言われれば、やっぱり自分が、という気になったのは想像に難くない。

    「浦下さんは、籠の間に入って鍵を掛けたはずです。ですが、再度鍵は開けられ、岩村さんが入ることができた。おそらく『儀式に必要なものをお持ちしました』とか言って、適当に理由をつけたのでしょう」

     浦下はミオの言葉の通り鍵を開けた。そして、ミオと一緒に岩村を招き入れた。ミオは岩村と浦下に『どちらが本当の「御使い」なのか決めてほしい』なんて言って、二人に争わせた。そして、競い合うようにして、二人は自らの命を絶った。

    「『御使い』をもう一人捧げるというのも、ミオさんの想定内だったのではないでしょうか。小部屋にあった書物には、『異常事態が発生した場合は、さらに「御使い」を捧げる』とありましたから」

     ミヨコは書物の言葉通りに儀式を執り行った。儀式の間で『御使い』以外の人間が死んでいた。これはオツモリサマが更なる『御使い』を望んでいる証拠に他ならない。

    「次のターゲットが金木さんだったのも、やはり誰でも良かったからかもしれません」

     集落全体が復讐のターゲットならば、誰がどういう順番で『御使い』に選ばれても良かったのだろう。
     そして、アオイも殺すことにより、『やっぱりオツモリサマの怒りは続いている』と認識させる。そして、更に『御使い』を増やすという連鎖が起きる。

    「そんな……ミオ……」

     玄養祭をそんな個人的な復讐のために利用しただなんて。ミヨコは膝から崩れ落ちる。

    「けれど、これは全てミオさんだけが仕組んだのではありませんよね?」
    「え?」

     住民たちの視線が再びリオに向かう。

    「僕が武上集落の存在を知ったのは、SNSの投稿がきっかけです。誰かが、武上集落についての投稿をしたんですよ」

     ダイチはタツノスケに指示して、Now Knows! の画面を見せる。

    「これがリオが見た投稿です」

     『必ず当たる』『伝統的な』『人が死ぬかもしれないのに』『結果を誰にも変えられない』『亀甲占い』という投稿を見て、住民たちは口々に驚きの言葉を漏らす。
     高齢の住民たちにとってSNSというのは未知のものだ。そこに玄養祭が詳しく書かれているのだから、驚くのも無理はない。

    「この投稿をしたのは、タツノスケだよな?」

     ダイチはタツノスケの顔を覗き込む。タツノスケの口の端がにやりと持ち上がる。

    「そうだよ。ま、少し考えればわかるよね」

     当たってほしくない予想が当たってしまい、ダイチは脱力する。

    「だってさ、この集落、ジジババばかりだぜ? それか、スマホも持たない子供たち。俺くらいだろ、Now Knows! してるのなんて」

     推理にもならない推理だと、タツノスケは馬鹿にする。

    「どうしてだ? どうしてそんな……」

     住民の1人がタツノスケに詰め寄る。そもそもこんな投稿がなければ、リオを呼び寄せることだってなかったのに。リオが来なければ、こんなおかしな状況にもならなかったはずなのに。

    「言ったでしょう。復讐ですよ」

     リオは重々しく口を開く。

    「復讐……」

     タツノスケに詰め寄った住民の気勢が削がれる。

    「ミオさんはより実践的な方法で、タツノスケさんはより社会的な方法で、集落全体に復讐をしたんです」

     ミオは『御使い』の数を増やすことで、直接的な住民たちに復讐を。
     タツノスケはNow Knows! を初めとしたインターネットを媒介に、武上集落の人々を社会的に抹殺するという方法で復讐を果たすことにした。
     今でも実際に人を生け贄にする儀式が行われていると世間一般に知られることになれば、誹謗中傷は免れない。そしてそれは、武上集落に住む人たちだけではなく、武上集落から出ていった人たちにも波及する。
     タツノスケが憎んでいるのは、あの日両親を救ってくれなかった全ての人だ。すでに集落を出て行ってしまった人も含まれる。

    「まさか、渡星リアが釣れるなんて思っていなかったけれど」

     タツノスケはニヤニヤとした顔を一瞬するが、リアの正体がリオだと思い出してげんなりした表情になる。

    「……俺は、みなさんに確認しなければならないことがあります」

     ダイチは深呼吸してから、住民たちに向き直る。

    「どうしてタツノスケの、そしてミオさんの両親は『御使い』としてしななければならなかったんですか? しかも、毒による自殺ではなく、首を吊るという方法で」

     ミオが先に言ったとおり、『御使い』に選ばれるのは、老人だけだ。
     そして、書物にあった通り、近年では『御使い』の自殺には毒が用いられている。
     それなのに、年若いタツヤとエミリはわざわざ首を吊って死んでいた。それは、どうしてなのか。そこに、今回の事件の根源がある気がする。

    「……罰だったからさ」

     ミヨコは小さく呟く。

    「罰?」

     ダイチは聞き直す。いったい何に対する罰だったのだろうか。それは、幼いタツノスケを残してまで死ななければならないような罪だったのだろうか。

    「そんな訳ないだろうが!」
    「タツノスケ!」

     タツノスケがミヨコに掴みかかる。ダイチはタツノスケを抱きつくようにして止める。だが、怒りに我を忘れたタツノスケの力は強い。

    「たかが蛇を殺しただけだろ! それが、どうしてお父さんとお母さんが死ぬ理由になるんだよ!」

     タツノスケの憤怒に、ダイチは過去を悟る。
     タツノスケが、蛇を殺したのだ。蛇は亀と同様、武上集落で丁重に扱われるべき存在だ。オツモリサマ、すなわち津森玄武の象徴だ。
     それを殺すだなんてこと、罰当たりどころではない。武上集落にとっては、死に値する行為だ。
     タツノスケだって、亀と蛇を丁重に扱うようにと口酸っぱく両親に言われていた。だが、理由を説明されてもわからなかった。亀と蛇はオツモリサマだから、と言われても、意味を上手に理解できなかった。
     幼くとも、昔から理屈っぽかったタツノスケは、両親の説明に納得がいかなかった。いつまでも古臭い迷信を信じているなんて、ダサいと思った。
     だから、蛇を殺してみた。武上集落の周りにある森にはいくらでも蛇がいる。蛇を捕まえるなんて、難しくも何ともない。捕まえて、頭を落として、半分にして。
     そうして遊んでいたら、怖い顔をした母が来て、思いっきり頬を張られた。母は時折情緒不安定になるときがあるけれど、いつも優しくて、タツノスケを殴るなんてことしたことがなかった。
     そこから、タツノスケの記憶は急に冷たくなる。
     集落の住民が来た。住民たちもやっぱり怖い顔をして、タツノスケを見た。最後に、仕事から急いで戻って来た父が来た。父はタツノスケを殴らずに、母を抱き締めた。
     それから、長い話し合いが持たれた。タツノスケは1人で部屋に閉じ込められた。出してと言っても出してもらえなかった。お腹が空いたと言っても無視された。トイレにも行かせてもらえず、やむなく部屋の隅で用を足した。
     お腹が空いて動けなくなり、排泄物の匂いに鼻が麻痺した頃、ようやく鍵が外される音がした。
     タツノスケはよろよろと、久しぶりに部屋の外に出る。そして、見た。
     父と母が、2人並んで天井からぶら下がっているところを。2人の首には縄がしっかりと巻き付いているところを。

    「本当は、お前が死ぬはずだったんだ」

     遠くから、老女の声が聞こえる。

    「だけど、この2人が代わりに罰を受けるというから、そうさせてやったのさ」

     感謝さえ求める老女の声に、タツノスケの意識は遠のいていった。
     それが、タツノスケが最後に見た両親の姿だ。気が付けば、両親は荼毘に付されており、次にタツノスケが見た両親は骨壺に収められていた。
     タツノスケはその後、祖母と共に暮らすことになった。だが、祖母は当然タツノスケのことをよく思ってはいない。食事など最低限な世話だけを義務的に行なった。
     タツノスケの方も、外に出て人と話すような気力はなかった。幸いにも、タツノスケは幼いながらにインターネットを知っており、ゲームやSNSを通じて、世界と繋がることができた。
     そして、武上集落が異常な集落であることを知る。生け贄文化などとっくのとうに廃れており、普通の殺人と変わらないことを知ったタツノスケは、画面の前で呆然とした。
     ならば何のために、タツノスケの両親は死ななければならなかったのか。なぜ、タツノスケの罪は両親の命を持って贖わなければならなかったのか。
     どれだけインターネットを探しても、納得できる理由はない。
     理由のない答えを探してたどり着いた結論が、復讐だとしてもおかしくはない。

    「ダイチ先生。俺は何か間違ってた? ミオさんは、何か悪いことをした?」

     問われたダイチは、ゆっくりと首を横に振る。

    「何にも。タツノスケは何も悪いことをしていないよ。ミオさんも」
    「タツノスケは! お蛇様を殺したじゃないか! ミオだって、占いの結果を変えたじゃないか!」

     ミヨコはしゃがれた声で否定する。

    「それは武上集落でしか通用しない常識ですよ。他の地域では、罪ですらない」

     蛇を殺すのは、倫理的な問題があるかもしれない。だが、ペットでもない蛇を殺したところで、何の罪もない。
     占いの結果を意図的に変えるのだって、何か法に触れる訳ではない。ミヨコだって結果を操っていた。
     だが、その中で1つだけはっきりと、明白な罪がある。

    「……けれど、ミオさん。あなたがアオイさんに毒を飲ませたことだけは――言い逃れできない」

     ミオはアオイに毒を飲ませた。それは殺人に当たる。
     重々しく罪を断罪するダイチに、ミオはケタケタと笑う。

    「証拠は? 私がアオイさんに毒を飲ませたという証拠は? 自分で飲んだのかもしれないし、おばあちゃんが飲ませたのかもしれないじゃない」

     証拠は、と言われれば、ダイチの立場は弱い。毒の瓶に付着した指紋が一致したら確実にミオが犯人だと言えるかもしれない。だけど、もしミオの指紋が検出されなかったら? ミオが小瓶に触るときに手袋をしていたら? 証拠は残らない。

    「証拠ならありますよ」

     あまりにもいつも通りの口調でリオが言うもんだから、ミオは意味を取り損ねた。もう一度頭で意味を咀嚼し、それから目を見開く。

    「ないわよ! だって、毒だって川に捨てたんだから!」

     ミオはリオとダイチと共に、金木とアオイの話をしているときに気絶したフリをした。そうして時間を稼ぎ、毒が入った瓶を川に投げ入れた。小さな小瓶だから、探すのは至難の業だ。
     ない。ミオが毒の瓶を持っていたという証拠自体が、ない。
     だが、リオはそんなミオの絶対的な自信を簡単に否定する。

    「ありますよ、ここに」

     ヒステリックに叫ぶミオにリオはとある場所までトコトコと歩いていく。リオが辿り着いたのは、ご神体の前にある水盆。水盆は、大きくて真っ白な布が掛かった机の上に置かれている。
     リオは水盆の下にある布をめくる。

    「布の中に……」
    「スマホが……」

     住民たちもぽかんと口を開けてリオの動作を見守る。布の中から充電器に繋がれたスマホが出てきた。リオはベリベリとガムテープを取り外す。

    「僕は儀式があれだけで終わる訳がないと思っていました。なので、アオイさんにお願いして、事前にスマホを仕掛けて録画してもらっていたんです」

     真っ白な布ではあるが、机よりもかなり大きな布だ。余裕があり、それに伴うしわもある。リオはその皺の間に潜ませるようにスマホを布に貼り付けた。

    「録画は今も続いています。このスマホの中を遡れば、ミオさんがアオイさんに毒を仕掛けた場面も出てくるはずです。必ず」

     リオはスマホから目線を上げて、ミオを見る。隠れがちなリオの目だが、今は真っ直ぐにミオを見据えている。ミオはたじろぎ、そして何とか活路を見出そうと足掻く。

    「だ……から、何よ! 私だけじゃないでしょ! おばあちゃんも! ねぇ、あなたたちだって! たくさんの人を見殺しにしてきたじゃない! 私だけが悪いんじゃない! 捕まるのなら、みんな捕まるわよ!」

     ミオの呼びかけに、住民たちはハッと目を瞬かせる。

    「そうだ! このことが警察にバレたら……」
    「俺たちも捕まるのか?」
    「……」

     しばしの沈黙の後に全員が出した結論は同じだった。

    「殺せ!」
    「あいつらをオツモリサマに捧げろ!」
    「警察が来る前に、殺してしまえ!」
    「殺せば、警察だって何もわかるまい!」

     じりじりと、住民たちが詰め寄ってくる。だが、リオもダイチも一歩も引かず、住民たちと対峙する。

    「もう遅いですよ」
    「ここでのことは、すでに警察に連絡済みですから」
    「まだスマホは警察に繋がっていない!」

     リオとダイチは警察に連絡済みだと言っているが、リオのスマホはまだ110番にコールしていない。ダイチのスマホもタツノスケが持ったままだ。
     リオはもう一台のスマホ、すなわち先ほど回収した、布に取り付けられていたスマホを掲げる。

    「さっきからずっと、警察にリアルタイムで映像が送られていますよ」

     リオは遠隔操作で、撮影中の動画をずっと警察に送っていた。だから、警察は今ここで行われたリオとダイチに対する殺人未遂も、ミオの自白も、ミヨコを初めとする住民たちが秘密にしてきた恐ろしい真実も、全て知っている。

    「……殺せ」

     ミヨコは冷静に住民たちに命令する。

    「殺せ。どうせ全てがバレてしまったのなら、せめて殺せ」

     つまり、せめてもの憂さ晴らしにリオとダイチを殺せと言っている。骨を切らせて肉を裁て、とでもいうべきか。捕まる前にせめてリオとダイチを道連れにしてやるという気らしい。
     住民たちの目の色が変わる。普段は気の良い優しい人たちなのに、野菜や惣菜を分けてくれるような人たちなのに、その面影はどこにもない。ただ目の前の敵を排除しようと襲いかかってくるゾンビのように、ダイチは感じる。
     ダイチは思わず一歩後ろに下がる。ここにいる老人たちに、力で負けるとは思わない。だが、人を殺すことさえも恐れない意思の強さに、たじろいでしまう。
     一歩、また一歩とリオとダイチに老人たちの包囲網が迫ってくる。縄を握り締める音さえも、聞こえてきそうな距離だ。

    「そこまでだ」

     だが、そこに鋭い声が割り込む。同時に、息の揃った靴音が籠の間に入ってくる。

    「警察だ。深森ミオ及び深森ミヨコを殺人の疑いで逮捕する。また、住民のみなさんには、事情聴取でご同行いただきます」

     最初に入ってきた警察官が、紙を順番に二枚掲げる。ミオとミヨコの逮捕状のようだ。

    「私は何もしていない! 毒だって、アオイさんが勝手に飲んだだけで!」
    「私は何もしていないよ! ちょっと占いの結果を変えただけだ!」

     似たようなことを言いながら、ミオとミヨコは警察に捕らえられて去っていく。住民たちも、警察に取り囲まれながら、出て行く。

    「久渡星リオさんと林野ダイチさんですね。お二人もご同行願います」
    「それは、いいですが。どうやってここに?」

     集落へと繋がる道は大雪で通れなくなっていたはずだ。それなのに、警察はどうやってここまで来たのだろう。

    「昼夜を問わず、ずっと雪かきをしていましたから」

     重機も入れない山道を、警察は懸命に雪かきをして駆けつけてくれたらしい。

    「お疲れさまでした。それから、ありがとうございます」

     ダイチは思わず頭を下げる。

    「お礼を言われるようなことは何も。仕事をしただけです」

     そう言って謙遜する警察官に、ダイチはもう一度頭を下げた。
     遠くで、炭が最後の息を吐くようにしゅっ……と鳴いて消える音がした。

     武上集落の一連の事件は、集落の狂気と今でも続く因習というセンセーショナルな話題を伴って、世間に知れ渡った。
     ダイチはマスコミが必要以上に騒ぎ立て、集落の子供たちが奇異の目にさらされたりしないか心配していた。
     だが、幸いなことに、武上集落には渡星リアという化け物コンテンツを築き上げたリオがいた。
     リアは動画を通して、武上集落の一部の老人たちが暴走した結果だということ、現在武上集落に住む子供たちやその大人たちは儀式に一切関わっていないこと、興味本位で彼らの私生活を覗き見ないこと、などと注意喚起を促した。
     ほとんどのファンや、普通の倫理観を持った人々は、リアの言葉を真剣に聞き入れ、武上集落に対する過度な関心を捨てた。
     一部、過激なファンや迷惑系を名乗る輩が武上集落を訪れようとしたが、警察が追い返した。武上集落に行くには、細い一本道しかないというのが、今回は良い方向に働いた。
     そして、月日は流れ、雪深い武上集落にも春が訪れようとしている。世間の話題は、武上集落の事件から、政治家の贈収賄に移り変わった。ミオやミヨコの判決はまだ出て織らず、現在も拘留が継続されている。
     ダイチは今日も教室で授業をしている。

    「今日の授業はここまで。質問はあるか?」
    「……ダイチ先生、いなくなるって本当?」

     リンが一生懸命声を張り上げる。いつもは元気で騒がしいくらいのリンだが、この質問はちょっと勇気がいったのだろう。だが、他の児童たちを代表して聞いてくれた。

    「うん。実は、春から武上小学校には新しい先生が来ます。代わりに俺は違う小学校に行きます」
    「えー!」
    「やだー!」
    「なんでー!」

     堰を切ったように子供たちが話し始める。みな、ダイチとの別れを惜しんでくれている。

    「……もしかして、ミオちゃんのせい?」

     アスカがポツリと呟く。いくら大人たちが心を砕いて事件の暗部を見せないようにしても、子供は敏感に誰が悪いのか、何があったのかを嗅ぎつける。
     憧れのお姉さんであるミオが何かしら悪いことをして、警察に捕まったということはわかっている。そして、ミオの逮捕にダイチが絡んでいることも感じている。
     ダイチは笑って手を横に振る。

    「違うよ。異動っていうんだけど、小学校の先生って、何年かに一度代わるんだよ。アスカは初めてかもしれないけど、リンはわかるだろ?」
    「うん。ダイチ先生の前は、ヨウヘイ先生だった」
    「だから、ミオさんのせいじゃないよ」

     と言いつつ、半分はミオのせいだとも思う。ダイチが武上小学校に勤めたのは3年間。前任者は5年で、だいたい5年ずつのサイクルで武上小学校の先生は替わる。田舎だから、なかなか代わってくれる人が見つからないのだ。
     それでも、ダイチがこのタイミングで異動を命じられたのは、やはり事件の影響もあるだろう。ダイチは犯人ではないし、殺人を手伝った訳でもない。むしろ更なる被害を食い止めた側だ。
     教育委員会としては、事件に関わった人物が児童に関わるというのは、世間体がよろしくないらしい。ダイチは次の異動で別の小学校ではなく、教育委員会の内部で働くことになる。
     左遷ではなく、出世コースに乗る栄転ではある。だが、できるだけ児童たちと関わりを持ちたいダイチにとってはありがた迷惑でしかない。

    「ダイチ先生~、行かないで~!」
    「行かないで~!」

     セイヤやアスカなど小さい子供たちが次々に泣き始める。ダイチはそれを抱き締めてやる。高学年の子まで涙ぐんでいる。

    「次の先生も、きっと好きになれるさ」

     ダイチは子供たちを慰める。どんな先生が来たって、この子たちはきっと仲良くやっていける。

    「ダイチ先生がいいの~」
    「ダイチ先生~」
    「あ、あれ?」

     だが、さらに子供たちは泣いてしまう。

    「先生、子供心がわかってないね」

     来月からは中学生になり、集落の外にある学校で寮生活が始まるリンだけが、大人ぶって笑った。だけど、その後ハグを求められた。

     子供たちに泣かれ、いつもより遅くなった帰り道、ダイチは意外な人物と会った。

    「タツノスケ? どうしたんだ?」

     ダイチの家の前にタツノスケが立っていた。タツノスケが家の外に出ること自体が珍しいのに、ダイチを尋ねてくるなんて。ダイチはぎょっとした目でタツノスケを見る。

    「ダメかよ、俺が来たら」
    「もちろんいいけど。珍しいからさ」

     ダイチは家の鍵を開ける。あれほど自由気ままに出入りしていた武上集落の住民たちだが、事件以降、きちんと鍵を掛ける習慣が身についた。
     ダイチの家だけではなく、集落の全ての家には盗聴器が仕掛けられていた。仕掛けたのはタツノスケ。だが、命じたのはミヨコだ。ミヨコはタツノスケに命じて村中の家に盗聴器を仕掛け、住民たちの弱みを握っていたらしい。だから、住民たちはミヨコに逆らえなかったし、ミヨコは住民たちを操ることができた。
     家に鍵をかけなかったのは昔からの慣習だが、それを逆手にとった形だ。今ではどの家も鍵をかけることが当たり前になっており、鍵をかけ忘れて慌てて戻るという光景も目にするようになった。
     タツノスケを家に上げると、猫がやってくる。金木が飼っていたきんちゃんだ。死んでしまった金木の代わりに、ダイチがきんちゃんを引き取り飼うことにした。
     ダイチはきんちゃんを一撫でしてから、タツノスケに特製のドクダミ茶を出してやる。

    「ドクダミ茶……」
    「嫌いか?」
    「別に? ダイチ先生、武上集落からいなくなったら、どうやってこれ作るの?」
    「俺の異動のこと知ってたのか」

     ダイチは苦笑する。相変わらず、集落では噂が回るのが早い。ダイチの異動の話はタツノスケにまで伝わったようだ。
     タツノスケは、罪には問われなかった。タツノスケが行ったのは、盗聴器を仕掛けること、武上集落の古い因習を世間に広めることくらいだ。
     しかも、両親はミヨコたちによって自殺させられた。むしろ保護の対象だということで、児童相談所やらカウンセラーやらが出張ってきていた。タツノスケはそれらを拒否した。
     タツノスケは株トレードで儲けた金もあって金銭的にも自立している。今更人の手なんていらない。児童相談所やらカウンセラーにそういう事情を説明したのは、ダイチだった。

    「向こうに戻ったら、ドクダミ茶の代わりにジャスミンティーでも飲むよ」
    「へぇ、結構ミーハーなんだね。幻滅した」
    「嘘に決まってるだろ。市販のドクダミ茶でも飲もうかな」

     ドクダミなら住宅街でも見つけられるかもしれないが、排ガスや動物の糞尿に塗れたドクダミをわざわざお茶にしようとは思わない。

    「それで、何しにきたんだ?」

     用事もないのにタツノスケがわざわざダイチの家を尋ねはしない。何か言いたいことがあるのだろう。ダイチはきっかけを作ってやる。

    「……俺、通信制の高校、きちんと卒業する」
    「うん。頑張れ」

     タツノスケが家で通信制の高校の授業を受けていることは、ダイチも知っている。だが、株トレードほど真剣にやっている訳ではないようで、手の付けられていないテキストが溜まっていることも知っていた。
     それを真剣にこなそうというのは、前向きな進歩でとても良いことだ。ダイチは茶化したりせずに、素直に応援の言葉を述べる。

    「……それで、大学に行こうと思う」
    「大学かぁ。いいじゃん」
    「普通の、大学に行こうと思う」
    「普通の?」

     タツノスケが強調する『普通』の意味がわからなくて、ダイチは戸惑う。

    「だから……、普通に大学に行って、出席するやつってこと。通信制じゃなくて」

     つまり、タツノスケは学校に登校して、授業に出席して、そういう『普通の』大学生になりたいと言っているらしい。
     それは、10年間家に引きこもっていたタツノスケにとって、大きな進歩だ。進化と言ってもいいかもしれない。

    「いいじゃん。応援する」

     ダイチはタツノスケの肩を応援の意味を込めて叩いてやる。

    「痛い。暴力反対」
    「悪い」
    「これだから、体育会系は……」

     ぶつくさと文句を言うわりに、タツノスケは嫌そうな顔をしない。俯いてきんちゃんを熱心に撫でる。

    「そうだ、ご飯食べていくか? 唐揚げだ」
    「食べる」

     家に帰っても冷凍食品の唐揚げを食べるだけだ。なら、ダイチの特製唐揚げを食べた方がまだマシだ。
     男子高校生として健全な食欲を見せたタツノスケが帰った後、ダイチはパソコンを立ち上げる。手はいつものルーティンとして、Visionary Visionのページを探す。
     一番上のサジェストには、髪で目が隠れたキャラクターが『クフフ』と笑っている。ダイチの手は滑らかにその画像をクリックする。

    『星の民のみんな~、こんばんは〜。
     渡星リアだよ。今日はみんなから寄せられたお悩みを解決するコーナーをやるよ~』

    「コイツは、今日も変わらないな」

     事情聴取も終わった後、リオは帰っていった。リアの動画の更新頻度を見るに、いつも通りの生活に戻ったようだ。
     ダイチはぷしゅりと缶ビールを開け、リアの声に耳を傾ける。同時に、スマホにメッセージが届く。

    『ダイチさん、異動って本当ですか?』
    「なんでコイツまで知ってるんだよ」

     どこまで噂が広まるのは早いのか。タツノスケあたりが情報を漏らしたのだろう。
     ダイチは溜息を吐きつつ、リオに返信をしてやる。
     にゃお、ときんちゃんが一鳴きしてから、丸まって寝息を立て始めた。

     
     
     
    小説を投稿しつつ、エッセイ?日記?も書けたらと思います。

    あなたへのおすすめ