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九死に䞀生を埗すぎた男、神がデバッグを忘れたずしか思えない件 アンデッバッグド・ラむフ

アンデッバッグド・ラむフ

九死に䞀生を埗すぎた男、神がデバッグを忘れたずしか思えない件

あらすじ
 地方の広告代理店に勀務するごく普通の20代半ばの男性、桜ゞョヌが䜓隓した「痛みのクロニクル幎代蚘」。
 党おの始たりは、仕事で蚪れたメキシコ・テオティワカン遺跡。そこで圌は、人生最倧の䞍条理、すなわち「毒アリにア゜コを咬たれる」ずいう、神様がデバッグを忘れたずしか思えない悶絶玚の灜厄に芋舞われる。
 業火で燃えるような股間の痛みに耐え、意識が遠のく䞭、圌の脳裏には過去に味わっおきた数々の「むタむ」出来事が走銬灯のように駆け巡る。
 これは、前代未聞の数々の受難を、涙ず爆笑で綎ったノンストップ・ノンフィクションである


はじめに

 
 本曞は、地方の広告代理店に勀務するごく普通の20代半ばの男性、桜ゞョヌが䜓隓した「痛みのクロニクル幎代蚘」である。
 党おの始たりは、仕事で蚪れたメキシコ・テオティワカン遺跡。そこで圌は、人生最倧の䞍条理、すなわち「毒アリにア゜コを咬たれる」ずいう、神様がデバッグを忘れたずしか思えない悶絶玚の灜厄に芋舞われる。
 業火で燃えるような股間の痛みに耐え、意識が遠のく䞭、圌の脳裏には過去に味わっおきた数々の「むタむ」出来事が走銬灯のように駆け巡る。
 これは、䞀人の男の尊厳ずハヌドりェアを脅かし続けた数々の受難を、涙ず爆笑で綎った物語である。

第1章股間地獄

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステヌタスCritical Hardware Failure臎呜的なハヌドりェア故障
 


 メキシコの陜光は、暎力的なたでに匷烈だった。 北米出匵の぀いでに蚪れたテオティワカン遺跡。そこで埅ち受けおいたのは、人生最倧の理䞍尜、すなわち「神がデバッグを忘れた」ずしか思えない悶絶玚の灜厄だった。 突然、股間に走る雷鳎のような激痛。
 ぐわぁぁぁぁっ
 真っ赀に熱せられた刀身を抌し圓おられたような熱量に、党身の毛穎から脂汗が噎き出す。
 䜕が起こったのか、皆目芋圓が぀かない
 少々歊道の心埗がある私は、「人前でむやみに隒ぎ立おるのは朔くない」ずいう、この堎では䞀円の䟡倀もない薄っぺらな歊士道粟神をいらぬずころで発揮した。震える手でベルトを緩め、そっずパンツの䞭を芗き蟌む。                   
  なんじゃこりゃ  そこには、珟実離れした阿錻叫喚の地獄絵図が展開されおいた。


 私は、郜䌚ずは蚀いがたいが、田舎ほどではない地方の広告代理店で働いおいた。仕事の䞀環で、日本のある地方自治䜓の幹郚職員ずその地方で開催されたミスコンテスト受賞者等をその垂の姉効郜垂ぞ連れおきおいた。
 䞀行をメキシコのずある街たで匕率しお、珟地公匏行事の合間に芳光先であるテオティワカン遺跡ぞ向かう途䞭だった。
 VIPずミスコン矎女を乗せた貞し切りバスが赀信号で止たるたび、珟地の子䟛たちが土産や食べ物を売ろうず車窓にしがみ぀いおくる。必死の圢盞で「セン゚ン、セン゚ン」ず叫ぶ圌らに気圧され、私は窓を開けお䞀人の少幎に千円札を枡し、ビニヌル袋䞀杯の果物を受け取った。
「サボテンの実ですね。皮をむいおあるので食べやすいですよ」 同乗しおいたスペむン語通蚳の男性が教えおくれた。
 䞀口食べるず、驚くほど甘い。
「矎味いですね サボテンの実、いけたすね」
 圌もそうだろうずいった顔をしおいた。予想以䞊の矎味だ。 私は前垭に座る、実家が寺だずいう偏屈な䞊叞、貝塚にも勧めた。 
「桜君、これはなかなか矎味いね。  ただ、手がぬっちゃりしお気持ち悪いな」 タダでもらっおおいお悪態を぀くのが圌らしい。確かに、袋の䞭は果実の粘液でベタベタだ。
 実を半分ほど食べたずころでギブアップした。袋の口を軜く瞛り、車窓をあけお前埌に車がいないこずを確認しお、サボテンの繁殖を祈り぀぀、できる限り遠くぞ投げ捚おた。
 バスの䞭で手は掗えない。私はハンカチで指先を拭うのが粟䞀杯だった。粘液たみれのハンカチを無造䜜にズボンの巊ポケットぞず抌し蟌んだ。
 ほどなくバスはテオティワカン遺跡に到着した。 䞀面に広がる灰色の石造建築。階段状のピラミッドがそびえ立ち、石畳の間からは生呜力あふれる雑草ずりチワサボテンが顔を出しおいる。


 自生するサボテンを芋るのは、これが初めおではない。玄3幎前、テキサスに䜏む兄を蚪ねた際、圌は私を車で郊倖ぞ連れ出した。      
「ゞョヌ、野生のサボテン芋たこずないだろ」 そう蚀っお、地平線たで続くサボテンの矀生を芋せおくれたのだ。

 兄は昔からスクヌルカヌストの最䞊䜍に君臚し、垞に冷静沈着、宿題を䞀床も忘れたこずがないような人間だった。䞭孊生のずき、䞀床だけ宿題を忘れお教垫に怒鳎られた際も、 「先生、宿題を忘れお困るのは僕であっお、あなたが䜓面を守るために感情的に怒る必芁はありたせん」 ず毅然ず反論したずいう。私はその話を聞いお以来、尊敬する人物は「兄」だず答えるようになった。

 察する私は、小䞭高を通じお䞀床しか宿題を提出したこずがない。その䞀床きりの宿題も、「桜、お前がやるはずがない、嘘を぀くな」ず教垫に決め぀けられ、教宀の埌ろで正座させられた。


 兄ずのテキサスの思い出を、メキシコのサボテンが呌び起こす。   だが、回想に浞る䜙裕は䞀瞬で消し飛んだ。
 テオティワカン遺跡のサボテンの陰で、私は襲われたのだ。 そっず芗いたパンツの䞭。 そこには、私の「生呜の根源」ずも蚀える二぀の宝珠に、無数の赀茶色のアリが狂ったように食らい぀いおいた。
「䜕か」ず蚀わんばかりの平然ずした顔で、ダツらは私の金タマに牙を深く突き立お、脚をぶらぶらずさせながら、重力に身を任せおぶら䞋がっおいる。
  なぜ脚を䜿わない 激痛で脳が倉質したのか、私はアリの懞垂フォヌムに疑問を抱くずいう、光速を超えたタキオン粒子䞊みの速床で的倖れな思考を巡らせおいた。脳科孊的にはスピンドルニュヌロンの仕業だろうが、圓の本人はそれどころではない。
「キョヌ ひゃヌ ぬぐぅヌ」
 人間ずは思えない奇声を䞊げながら、私はなりふり構わずアリを叩き萜ずした。幞い、スヌツのスラックスは脚に䜙裕があり、叩かれたアリたちは次々ず地面に萜䞋しおいった。もしこれがスキニヌゞヌンズだったら  想像するだけで背筋が凍る。
 足元を芋るず、そこはアリたちのテリトリヌだった。私はボヌッず奎らの巣の䞊に立っおいたのだ。 ピラミッドを登っおいく矎女軍団に魅せられお。
無様なガニ股でその堎を脱出し、近くにいた黒曜石売りの男に助けを求めた。
「ガッハハハ アリに金タマを咬たれただず そんな奎は初めおだ」
 男は腹を抱えお倧笑いしたが、貎重な情報をもたらしおくれた。
「毒アリだが心配ねえ、死にゃあしねえ。痛いだけだ。  たあ、めちゃくちゃ腫れるだろうがな」
 毒 毒アリに金タマを咬たれたのか 死なないが、腫れる。 私の金タマは、りチワサボテンのように肥倧するのか
 人類初かもしれない「金タマを毒アリに咬たれた男」ずしお、私はぎこちない足取りで、遺跡を堪胜した䞀行をバスぞ案内した。ミスコン矎女たちやVIPたちは、私の股間の惚劇に気づいおいない。
 しかし、バスが揺れるたびに激痛が走る。座垭に座るこずもたたならず、額からは滝のような汗が流れる。そんな私の異倉に、䞀人の矎女が気づいた。
「どうかしたのですか」
 私は痛みのあたり刀断胜力を倱っおいた。圌女にすべおを正盎に話しおしたった。
「  毒アリに、その、金タマを、咬たれお  」
 軜蔑されるず思いきや、圌女の瞳はキラキラず茝き始めた。
「えっ、嘘、芋せお どんな感じになっおいるの ねえ、芋せお」
 たさか、ミスコン矎女から「あなたの金タマを芋せお」ず懇願される日が来ようずは。本来なら歓喜すべきシチュ゚ヌションだが、今の私にあるのは10段階䞭の10の痛みだけだ。 圌女は私の暪に座り、奜奇心に突き動かされおズボンに手をかけようずする。私は必死に抵抗した。
「無理、無理 本圓に痛いんだ」
 車内の埌方で繰り広げられる、矎女ず私の攻防戊。するず圌女は、真顔で静かに囁いた。
「――毒は吞い出したほうがいいのよ。私がやっおあげる」


 
 私の人生は、い぀だっおこうだ。ここ䞀番ずいうずきに、神様はい぀も、ずんでもない倉化球を投げ蟌んでくる。 意識が遠のく䞭、私は己の半生を支配しおきた「痛み」の蚘憶を呌び芚たしおいた。この激痛は単なる䞍運ではない。私の䞍条理な人生ずいうドラマの、必然の到達点だったのだ。
  すべおは、光を倱った暗闇、県球に突き刺さる針の感觊から始たっおいた。おそらく。


第2章県球泚射

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■□ 9/10]
ステヌタスOptical Sensor Glitch深刻な芖芚システム゚ラヌ
 


「毒は吞い出したほうがいいのよ。私がやっおあげる」
 ミスコン矎女のあたりにも献身的、か぀狂気すら感じる申し出を、私は薄れゆく意識の淵で聞いおいた。党人類の玄40億人が泣いお喜ぶであろう奇跡のシチュ゚ヌション。だが今の私にずっおは、圌女の指先がズボンの生地に觊れるかすかな振動さえ、神経を逆撫でする拷問に等しい。
「  ありがたいが、今はそっずしおおいおくれ。お願いだ」
 蚊の鳎くような声で絞り出し、私は目を閉じた。 バスの揺れに合わせお、股間の「二぀の宝珠」が悲鳎を䞊げる。ズキン、ズキンず脈動するたびに脳内が真っ癜に染たる。
 熱に浮かされ、意識が混濁しおいく。 メキシコの也いた颚が、い぀の間にか、ひんやりずした無機質な病院の空気ぞず倉わっおいった。
 蚘憶のペヌゞが、猛烈な勢いで逆回転を始める。 たどり着いたのは、光を倱った暗闇の䞖界。   私の人生の第䞀歩は完党な暗闇ピッチブラックから始たった。


 時を遡るこず数十幎。それが私の「痛みの原颚景」だ。 どうやら私は3歳の頃に巊目を負傷したらしい。だが、幌い私には䜕が起きたのか理解できず、呚囲に䌝える術も持たなかった。異倉に気づいた母に連れられ、田舎の町医者に通ったが、䞋された蚺断は「結膜炎」。その誀蚺が、私の人生を倧きく狂わせるこずになった。
 5歳になり、保育園に入所しおわずか3日目のこずだ。突然迎えに来た䞡芪は、私をそのたた郜䌚の倧きな県科病院ぞず連れお行った。そこで䞋された宣告は非情だった。 巊目は、すでに倱明しおいた。
「角膜移怍をすれば、あるいは芋えるようになるかもしれたせん」 医垫の説明を聞き、䞡芪は治療費の工面を含め、䞀倧決心をしたずいう。これらのこずは手術埌に䞡芪から聞かされた話であり、圓時の私には䞀切蚘憶がない。
 私の人生の第䞀歩は、完党な暗闇ピッチブラックず、針が萜ちる音さえ聞こえそうな静寂ピンドロップサむレントの䞭から始たった。
 真っ暗闇の䞭、頭の䞭で声がした。
『私は誰 ここはどこ どうしお私はここにいる』
 奇劙な感芚だった。唐突に、頭の䞭で誰かが䜎い声で぀ぶやくのだ。そしお確かに、自分のこずを『私』ず呌んだ。5歳の男児が。
 䞀般的には「自我の目芚め」ず解釈されるのだろうが、本圓にそうだろうか。5歳の幌児が、自分のこずを『私』ず呌ぶだろうか。しかも、成熟した倧人の男のような䜎い声で。 あの時、頭の䞭に居座ったのは、玔粋な「私」だったのか、それずも「別の䜕か」だったのか。その答えは、未だに芋぀かっおいない。
 䞍安定な粟神状態の䞭、暗闇を切り裂くように、今床ははっきりずした「倖の䞖界」の声が届いた。 「絶察安静です」 医垫の声だった。自分が病院のベッドに暪たわっおいるこずを理解した瞬間だった。
 この「絶察安静」ずいう蚀葉こそが、私が自らの意志で刻んだ、人生最初の蚘憶ずなった。
「僕、喉枇いた」
 氎を欲しがる私に、母は濡れたタオルを唇に圓おた。必死にその氎分を吞い取った。「絶察安静」ずいう金科玉条の前では、氎を飲むこずさえ、タオルの繊維から滎る雫を啜るしかなかった。
 誀解しないでほしいが、これは決しお悲壮な思い出ではない。初めお「氎を飲む」ずいう行為を、私はこの方法で孊んだだけなのだ。埌幎、私がコップを䜿わず、蛇口からダむレクトに氎を飲むのが圓たり前になったのは、間違いなくこの時の「タオルの蚘憶」が根底にある。私にずっお、コップを介しお氎を飲むこずは「普通」ではなかったのだ。
 手術から数日が過ぎ、顔面を芆っおいた包垯ず県垯が倖された。
「手術は成功です」 医垫は高らかに宣蚀し、䞡芪は手を取り合っお喜んだ。だが、圓の本人は玍埗がいかなかった。なぜなら、巊目にはほずんど芖力が戻っおいなかったからだ。矯正噚具を぀けおも、䞖界には厚い霧がかかり、がんやりずした茪郭が芋えるだけ。
 医垫に芋えるかず問われ、私はこう答えた。
「お化けが芋える」
 保育園䞭退の5歳児には、それが粟䞀杯の蚀語衚珟だった。

――倱明は免れた。だが、科孊技術の進歩の恩恵には預かれなかった。昚今、悪友から「VRのAVがすごいぞ」ず聞かされるたび、私は切に思うのだ。もしあの時、もっず鮮明な「成功」を掎んでいたら、私のメタバヌス䜓隓はどれほど豊かだっただろうかず――。

 そしお、ここからが本圓の「痛い」時間の始たりだ。 巊目には瞫合した糞が残ったたた。拒絶反応を抑えるため、私は県球に盎接泚射を打぀こずになった。
 点県麻酔をしたずころで、痛みはれロにはならない。 私の脳内の「レコヌディング・スむッチ」は、あの「絶察安静」ずいう蚀葉ずずもにオンになった。蚘録されるのは、来る日も来る日も、県球を貫く銀色の針。 逃げ堎のない県窩がんかの端から、死神のように迫る鋭利な光。それをただ凝芖し続けるしかない入院生掻。それが私の日垞ずなった。
 そんな日々の䞭にも、小さな光はあった。 売店で買っおもらうペヌグルト。それはプリンよりも莅沢で、私の倧奜物になった。 そしお、芋舞いに来る䌯父が持っおきおくれる、我が家では買えないようなオモチャたち。ただし、珠算塟を経営しおいた䌯父の芋舞いには、垞に「そろばんの猛特蚓」ずいうオプションが぀いおいたが。


 半幎埌に退院したが、通院生掻でも「県球ぞの泚射」は続いた。 母は早朝の満員電車に乗り、巊目に倧きな金属補県垯を぀けた、たるで「オペラ座の怪人」のような幌い私を連れ、2時間かけお郜䌚の病院ぞ通った。
 朝の通勀ラッシュ、垭を譲られた蚘憶は䞀床もない。それどころか、垰りの電車で確保した母の垭を、知らない倧人に「どけ」ず奪われるこずさえあった。
「日本人は瀌節を重んじる」などずいう諞倖囜からの矎蟞麗句を聞くたび、私は思う。囜や民族ではない。結局は「人による」のだず。
 こうしお私の幌児期は、降り泚ぐ倪陜を济びるこずなく、砂堎遊びや友人ずの駆けっこでもなく、真っ癜な壁や倩井に囲たれ、消毒液の匂いず、県球を貫く針の感觊ずずもに幕を閉じた。
 この人生のスタヌトラむンが䞍幞だったかどうかは、死ぬ瞬間たでわからないだろう。
 ただ䞀぀、今ならわかるこずがある。 所詮は5歳児。本圓の意味で「痛かった」のは、私の県球ではなく、それを芋守り続けた母芪の心だったのだずいうこずを。それを知ったのは、随分ず先の話になるのだが。


 随分ず先ではないが、母に関しおは解せないこずがあった。
私は䌯父の経営する珠算塟でほが毎日猛烈に「球」を匟いお、幎に数回開催される珠算倧䌚で幟床も勝利を重ねた。たさに血ず汗ず涙の果おに手に入れたトロフィヌの山だった。
 ある日の倕刻、䞭孊校の修孊旅行から垰宅するず、母が家の前でい぀ものようにゎミを燃やしおいた。炎の䞭にくべおいた䜕かに芋芚えがあった私は、嫌な予感を感じお火に近寄った。なんず、母は、無造䜜に「トロフィヌ」をゎミず䞀緒に燃やしおいた。最埌の䞀぀が投げ蟌たれようずした刹那、「ちょっずたった」ず叫んだが・・・・・・。

 

第3章野獣死すべし

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■□□□ 7/10]
ステヌタスCognitive Dampingいじめによる認知機胜の枛退
 


 小孊校に入孊するたで、私の䞖界は半埄数メヌトルの「家族」ず「病院」だけで完結しおいた。退院埌も、人混みを避けるために倖出は犁じられおいた。 病院の倧人たちに「いい子だね、よく我慢したね」ず耒められ、無菌宀のような環境で育った私は、人間関係の築き方など埮塵も知らなかった。
 そんな玔粋培逊の子矊が、小孊校ずいう名の「野獣の檻」に攟り蟌たれたのだ。 そこにいたのは、攻撃的で、感情的で、理由もなく嫌なこずを匷制しおくる凶暎な野獣たちだった。
 「いじめ」ずいう蚀葉すら知らなかった私は、ただ困惑し、叩かれ、眵られた。 そしお、あたり語られない残酷な真実を思い知るこずになる。——「いじめられるず、人間はバカになる」のだ。過床なストレスは思考を停止させ、脳のパフォヌマンスを著しく䜎䞋させる。

 だが、䜓育授業ぞの参加を医垫から蚱された小孊3幎生の頃、私の䞭で䜕かが匟けた。 それたで抑圧されおいた憂さ晎らしを爆発させるように、私は自分を虐めおいた子䟛たちを次々ず「制圧」しおいった。鬱々ずした暗闇ずの決別。私は䞀気に掻発な子䟛ぞず倉貌を遂げた。

 ずころが、神は私の「平穏なシステム」を蚱さなかった。 動きすぎたせいか、移怍した角膜が剥離しかけ、再手術を䜙儀なくされたのだ。 再びの入院。そしお、逃げ堎のない県球ぞの泚射。 流石に慣れた。だが、慣れおはいけなかった。芖力がほずんどないこずに加え、針を芋続けすぎお先端恐怖症が麻痺したせいか、私はゎミや虫が飛んおきおも瞬き䞀぀せず、すべおを県球で受け止めおしたう「バグ」を抱えるこずになった。

 勉匷面でも、私は奇劙なスタヌトを切っおいた。 珠算塟を経営しおいた䌯父のおかげで、入孊時点で4桁の暗算をこなしおいた私は、教垫たちから「神童」ず持お囃された。本人にずっおは圓たり前のこずだったが、どうやら普通ではなかったらしい。 しかし、私の才胜はそこがピヌクだったもし、いじめで脳を削られおいなかったら、私はもっずマシな倧人になっおいたのだろうか――知らんけど。


 退院時、県科医から蚀い枡された二぀の犁忌が、私の孊力を決定的に瞛り付けた。 「タバコを吞っおはダメだよ」 そしお、「本を読んじゃダメだよ」ず。 人生ずいう名のレヌスのスタヌトラむンで、私は号砲を聞くこずさえ犁じられたのだ。
 私は、音からすべおを孊ぶしかなかった。 暗算は埗意だが、挢字が曞けない。読解力がない。神童も孊ばなければただの人に成り䞋がる。私は授業䞭も友人ずふざけ合い、家ではテレビず挫画に耜った。 「挫画は『本』ではない」 そう自分に郜合よく医垫の蚀葉を解釈し、自由気たたに遊んで過ごした。
 このたた気楜に過ごせれば、どんなに玠晎らしかったか。 だが、5歳の時に産声を䞊げた、あの『私』ずいう名の゚ンティティが、私の人生を激しく翻匄し始める。
 テストの最䞭、あるいはスポヌツの詊合の決定的な瞬間。 ここ䞀番ずいう堎面で珟れ、私の完璧な流れを冷酷に断ち切るのだ。 『私』が珟れない時の私は、テストも運動も矀を抜く成瞟だった。だが、『私』が降臚した瞬間、手に入れかけおいた成功は指の間から零れ萜ちおいく。
 『私』は味方なのか、それずも砎壊者なのか。 その答えは、未だに出ない。 しかし、私はこの䞍可解な「バグ」を抱えたたた、䞍条理な人生を闊歩しおいくしかないのだ。


 ここで、謝眪をしなければなりたせん。いじめを克服した私は、小孊校卒業たで、私をいじめおいた奎ら党員に「悪魔のような仕打ち」をし続けた「いじめっ子」になり果おたこずを。
 圌らの脳が無事に成長しおいるこずを願う。  ――知らんけど。
 

 

第4章高玚車ずダンス

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステヌタスUrethral Breach尿道ぞの䞍法䟵入
 


 人生で最も屈蟱的で肉䜓的な原初の蚘憶。
 それは、䌯父が経営する珠算塟の遠足垰りに起こった。 「家に垰るたでが遠足です」ずはよく蚀ったものだが、私はたさに自宅の目ず錻の先で、人生の道路を倖れるこずになる。停車したバスから降りた瞬間、私は確認もせず道路ぞ飛び出した。
 ドン キむヌッ、キュキュッ、ズン。
 芋事なたでのはねられっぷりだった。 私を芖認したドラむバヌが、衝突を避けようず急ハンドルを切った。その結果、私は車のサむドミラヌに匟き飛ばされたのだ。 私の䜓はクルクルず宙を舞った。バレリヌナの玠逊があったのかず思うほど、実に芋事な円を描きながら暪ぞ暪ぞず移動し、道路脇の畑に立っおいた朚柵に激突した。
「キャヌッ」
 車掌の悲鳎が静かな田舎道に響き枡る。 急停車した高玚車BMWから、顔を真っ青にしたドラむバヌが飛び出しおきた。 目の前には、息子の垰りを埅っおいた、凍り぀いたように立ち尜くす母。 アスファルト舗装したばかりの道路に、倧人たちの叫びず狌狜が枊巻く。
 圓の本人はずいえば、驚きのあたり声が出なかった。痛みすら感じない。ただ路肩に座り蟌み、キョトンず隒動を眺めおいた。
「ああ  私のせいだわ  」 バスの車掌が泣き厩れおいる。
「僕、倧䞈倫か」 BMWの男が駆け寄っおくる。
 母も必死の圢盞で走っおくる。 たるで映画のワンシヌンを芳るかのような、他人ごずのようにがんやりずした心地でその光景を眺めおいた。

 やがお救急車が到着した。この頃には、私の頭はすっかり冷えおいた。 それどころか、初めお乗る救急車に胞が高鳎っおいたのだ。 明日、孊校でみんなに自慢しおやろう わくわくしながらそんな䞍謹慎なこずを考えおいた。この先に埅ち受ける、本圓の「地獄」も知らずに。


 運び蟌たれたのは、芋知らぬ倧きな病院だった。
「痛いずころがあったら、先生にちゃんず蚀うのよ」 母の切迫した声に、私はキッパリず答えた。
「痛いずころなんお、どこもない」
 だが、倧人は倧げさだ。
「頭を打っおいる可胜性があるので、二日間は入院しお様子を芋たす」
 医垫の蚀葉に私は絶句した。痛くないのに入院 クルクル回っただけだし、腕だっおピンピンしおいるのに――。

 病院のベッドに暪たわったものの、怪我䞀぀ない子䟛には退屈ずいう名の毒が回る。 しばらくしお、運悪く私をはねおしたった運転手が、険しい衚情で芋舞いにやっおきた。手には䜕やら品物を持っおいる。 加害者ず被害者の母が、互いに「すみたせん」ず謝眪し合う奇劙な光景。 ようやく男から差し出された手土産。喜びを抑え぀぀受け取ったそれは、あろうこずか、私が昚日買ったばかりの雑誌『月刊小孊䞉幎生』だった。
「持っおる。昚日買った」 私は悪気なく蚀い攟った。
 男の顔が匕き攣る。 「明日は別のを持っおくるから  」 圌は䞀瀌しお去っおいった。明日は䜕を持っおくるのか、私の関心はすでにそちらぞ移っおいた。

 倜が曎けるずずもに、平穏な入院生掻に暗雲が立ち蟌めた。 激しい尿意が私を襲ったのだ。 トむレに行きたいず母に告げた。
「䜕を蚀っおいるの。絶察安静っお蚀われたでしょ。寝たたた、この容噚にするのよ」
 差し出されたのは、独特なフォルムをした「尿瓶」だった。 テレビのワンシヌンで芋たこずはあったが、たさか自分の「アレ」をここに玍める日が来るずは。
 たあ、やっおみるかず軜い気持ちで尿を出そうずするが、䞀滎も出ない。尿意はあるのに、蛇口が開かない。䜓勢が悪いのか、粟神的なブロックか。焊れば焊るほど、膀胱はパンパンに膚れ䞊がっおいく。 芋かねた母が看護垫を呌んだ。これが、最倧の倧誀算だった。
 やっおきたのは、優しげな埮笑みを湛えた、矎人なお姉さん看護垫だった。 圌女の手には、鈍く光る金属の噚が抱えられおいる。
「さあ、出したしょうね。我慢しなくおいいのよ」 倩䜿のような囁き。だが、次の瞬間、圌女は私の尿道に、冷酷なゎムチュヌブを躊躇なく差し蟌んできた。
「ギャヌッ 痛い痛い痛い」
 私の叫びは病宀に虚しく響いた。 おい、埅お。子䟛のチンポに挿入しおいい倪さのものじゃないだろ 悶絶する私を無芖し、圌女はグむグむず管を抌し蟌んでくる。
「はヌい、すぐ出たすからねヌ。僕、もう少しだけ我慢しおねヌ」 声は聖母、行為は悪魔。 尿意どころか、魂たで吞い取られるような䞍快感。䞀気に排尿は完了した。
「あら、あたり出おないじゃない。たたしたくなったら、い぀でも呌んでね」
 圌女が去っおいく埌ろ姿が、私には邪悪な笑みを浮かべた「魔女」にしか芋えなかった。
 二床ず呌ぶか 頭なんか打っおいないし。次からは呚囲の目を盗んで、自力で尿瓶を䜿いこなしおやるず、私は固く誓った。
 たさか、この「ゎムチュヌブ」ずの因瞁が、この先も続くこずになるずは。 圓時の私は、露ほども思っおいなかったのである。

 

第5章埌頭郚フルスむング

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステヌタスSystem Shutdown䞀時的なシステム匷制終了
 


 私は球技が苊手だった。 片目の芖力では遠近感が絶望的に掎めず、キャッチボヌルさえたたならない。だが、そんな私の事情を知る由もない小孊校のクラスメむトたちは、攟課埌、い぀ものように遊びに誘っおきた。
「今日は䜕しお遊ぶんだ」
「野球やろうぜ」 友人の田䞘が間髪入れずに蚀う。
 メンバヌはわずか6人。圌曰く「投手、捕手、野手䞀人の3察3でなんずかなる」そうだ。


 正盎、野球に愛着はなかった。アニメの攟送を朰しおたで䞭継される恚みもあったし、䌯父に連れられお行った球堎での蚘憶も、ろくなものではなかったからだ。
 その球堎での私の目的は、「メロン味のかき氷」だけだった。 しかし、野球に無関心な私をめがけお、非情にもホヌムランボヌルが飛来した。呚囲の倧人たちが、正確には「ボヌルずいう名の宝」をめがけお、子䟛の私を突き飛ばしながら殺到した。
 䞀口も食べおいないメロン氷は無残に砕け散り、倖野垭の床を緑色に染めた。泣きべそをかく私に、䌯父が買い盎しおきたのは、なぜか「黄色いシロップレモン」のかき氷だった。
「メロンじゃない  」 抗議は䌯父にスルヌされた。
 この時、私の「食ぞのこだわり」ず「倧人ぞの䞍信感」の基瀎が築かれたのかもしれない。


「ゞョヌ、キャッチャヌをやっおくれないか」 田䞘が私にポゞションを打蚺しおきた。
「ピッチャヌじゃダメか」
「いや、キャッチャヌを頌む」
 なぜか圌は、私を扇の芁に据えたがった。芖力は匱いが、䞍思議ず運動神経だけは良かった私は、友人たちの目には「䜕でも無難にこなせる奎」ず映っおいたようだ。
 仕方ない。ここで抌し問答をするのも倧人げない子䟛だがず、圌の提案を匕き受けた。この決断が、のちに「星を芋る」事態を招くずも知らずに。


 私が田䞘の誘いを受け入れたのには理由がある。 田䞘ず西谷。この二人は、私にずっお人生で初めおできた「友人」だったからだ。

 西谷は野性味あふれる男で、どこぞ行くにも自らの足で走った。私ず田䞘が自転車で飛ばす埌を、ひょうひょうずした顔でどこたでも走っお぀いおくる、憎めない颚倉わりな奎だ。
 ある秋の日、西谷の家の前の畑で「焌き芋」を䜜ろうずしたこずがあった。枯れ葉を集めお火を぀けた瞬間、炎は予想を超えお畑䞀面に燃え広がった。
「やべえぞ」ず叫ぶ田䞘。
「俺んちが燃える」ず狌狜する西谷。
「倧䞈倫だろ」ず、私は炎が畑に広がっおいく様を眺めおいた。
 結局、バケツリレヌで事なきを埗たが、翌日教宀で西谷から「掗濯機の蓋が溶けお芪にぶちのめされた」ず怒鳎られた時、私は䞍謹慎にも倧笑いしおしたった。
 実は、焌き芋をやる前に、西谷の家でかくれんがをした。その時家の倖に眮いおあった掗濯機の䞭に隠れようずしお、うっかり蓋の䞊に乗っお壊しおしたった。運良く焌き芋の延焌が掗濯機の蓋を溶かし、蚌拠隠滅ずなったこずはダツには――。


 
 䞀方、田䞘には䞀目眮いおいた。 以前、川遊びをしおいた時、私は悪ふざけで拟った棒きれで、圌の埌頭郚をコツコツず叩き続けた。
「マゞで痛いっお」ず振り返った圌。
 私は青ざめた。 棒の先には、無数の錆びた釘が打ち付けられおいたのだ。圌の埌頭郚からは血が流れおいた。
「すたん、知らなかったんだ  」 平身䜎頭する私に、圌は䞀蚀。
「もうやるなよ。それよりコむ捕ろうぜ」ず笑った。その床量の倧きさに、私は尊敬の念を抱いた。


 野球遊びは神瀟の境内で始たった。䜿うのはテニス甚のゎムボヌルだが、バットは朚補の少幎野球甚だ。
「そこじゃない、もう少し前だ」 田䞘がキャッチャヌの䜍眮取りに现かく指瀺を出す。
 蚀われるがたた、バッタヌのすぐ埌ろぞ移動した。すぐに詊合がはじたり、䞀進䞀退の攻防ずなった。私は、ポロリ、ポロリず捕球し損ないながらも懞呜にピッチャヌ西谷の投げ蟌むボヌルを取った。
 西谷が、これたでにない芋事な速球を攟った。完璧なストラむクゟヌン。 この球を絶察に捕る 私は気合ずずもに䞡腕を䌞ばした。だが、前に出したのは腕だけではなかった。
――ガンッ
 星が降った。 私の顔面は神瀟の也いた土に突き刺さった。
 気が぀くず、仰向けになっお青空を芋䞊げおいた。 田䞘の話では、バッタヌのフルスむングが私の埌頭郚を盎撃し、糞の切れた人圢のようにパタリず前に倒れお気絶したのだずいう。
「ゞョヌ 倧䞈倫か」 䞍安げに䜓育座りで私を芗き蟌む田䞘ず西谷。他の奎らは倧人を呌びに走ったらしい。
 痛い、なんおレベルではない。死の恐怖が脳を支配した。 だが、その瞬間、私のニュヌロンに閃光が走った。
 今ここで倧人に芋぀かり、救急車で運ばれたら――あの「尿道カテヌテル」の魔女ず再䌚するこずになる
「倧䞈倫だ。無事だ。自力で垰る」 私は友人たちの静止を振り切り、ふら぀く足取りでその堎を去った。頭蓋骚のヒビよりも、ア゜コの尊厳を守るこずを遞んだのだ。
 その埌、日垞的に䜕床か意識を倱うこずが起きたが、小孊生らしく、UFOにさらわれお宇宙人に蚘憶を消去されおいるのだず自分に蚀い聞かせ、気にずめないようにした。

 かなり埌のこずだが、頭郚CTを撮る機䌚があった際、医垫が䞍思議そうな顔で蚀った。 「埌頭郚の䞀郚が、富士山のように盛り䞊がっおいたすね」
それは少幎時代の名残であり、少なくずも宇宙人の埋め蟌み物はないこずが科孊的に蚌明された。

 あの事故以来、私たちの草野球でキャッチャヌは田䞘の固定ポゞションになった。


 倧孊生になった頃、駅で偶然再䌚した圌に尋ねた。
「田䞘、今も野球やっおいるのか」
「ああ、もちろん」
「やはり、キャッチャヌか」
 日焌けした顔に癜い歯をのぞかせ、圌はにんたりず笑った。
「ああ。キャッチャヌだけは他人に任せられないからな。  だろ、ゞョヌ」


第6章教宀の闇垂堎

痛み指数[Pain Scale: ■□□□□□□□□□ 1/10]
ステヌタスUnderground Dealer教宀の非公認ディヌラヌ
 


 小孊4幎。理科の授業開始を告げるチャむムたで、あず数分。そこは孊び舎ではなく、欲望が枊巻く「取匕所」ぞず倉貌しおいた。
 教宀の埌方で、キッズたちが矀がっお䜕やら熱狂的にわめいおいる。「これをくれ」「セットで頌む」「安くしろよ」。その必死な背䞭からは、焊燥ず汗の入り混じった、資本䞻矩の初期衝動のような匂いが挂っおいた。たた厄介なトラブルの予感はしたが、この「犁じられた祭兞」の魔力に、私の䞭の野次銬根性が抗えるはずもなかった。
 䜕だ、新䜜のゲヌムか ゚ロ本か いや、もっずダバいものか
「豆電球だ」「也電池だ」「セット䞀匏、早くしろ 先生が来ちたう」  
 人垣の䞭心にいたのは、前山だ。圌はどこから仕入れたのか、実隓に必須の小物を堂々ず売り捌いおいた。それも、孊校前の文房具屋ぞ走っおも間に合わない「絶䜓絶呜のデッドラむン」を狙い撃ちした、゚グいプレミア䟡栌で。理科の実隓ずいう䞍可避のむベントを商機に倉える  物静かな男だず思っおいた前山ぞの評䟡が、私の䞭で「ただの同玚生」から「愛すべきならず者」ぞず跳ね䞊がった。
こい぀、最高にキレおる  
 感心しお芗き蟌んでいるず、座ったたた泚文曞ずいう名の借甚曞を捌いおいた前山ず目が合った。
「桜、ちょうどいいずころに来た。蚈算が远い぀かないんだ。お前、暗算が埗意だろ。このノヌトに蚘録しおくれ」  
 なりゆきで、私は闇垂堎の「レゞ係」を担うこずになった。心拍数は黒板の䞊の時蚈より速く刻たれる。犁忌に觊れる指先の震えは、恐怖ずいうよりは、いや、これは歊者震いのような高揚感だった。
「前山、豆電球はいくらだ ゜ケットは」
「ここに曞いおある。名前ず金額をノヌトに぀けおくれ。頌んだぞ」  
 なるほど、珟ナマを持っおいるガキなどこの堎にはいない。これは「借金の蚌文」だ。明日、この垳簿を元に、圌は確実に債暩を回収する぀もりなのだ。10歳にしおこれほどのサブスクリプション䞊みの回収システムを構築するずは、恐ろしい男である。
 皮肉なものだ。豆電球のフィラメントが攟぀、匱々しいオレンゞの光。私の䞍自由な巊目には、その茝きは境界線を倱ったがやけた光の塊ずしおしか映らない。そんな私自身が正しく認識さえできない「光」を、たさか売るこずになろうずは。神様もなかなか粋なゞョヌクを飛ばしおくれる。
「おい前山、先生が来たらどうする。俺も共犯だぞ」
 焊燥に駆られ、私は黒板の䞊の時蚈を仰ぎ芋た。秒針が無情に垂盎ぞず近づいおいる。
 その時だ。時蚈の真䞋、「正矩の味方」気取りの委員長ず目が合った。
圌女は茪に加わるこずも、止めるこずもできず、ただ匷匵った衚情でこちらを凝芖しおいた。その目は、芏則を砎る者ぞの玔粋な怒りずいうよりは、「秩序が厩壊しおいくこずぞの生理的な恐怖」に怯えおいるように芋えた。圌女にずっお、前山の商売は教宀ずいう神聖な揺りかごを汚す、理解䞍胜なりむルスに映ったのだろう。
「前山、やばい、先生が来る」
「萜ち着け、桜」 前山は眉䞀぀動かさない。 
「芋られおも平気だ」
「なぜだ」
「今は金を受け取っおいない。忘れ物した奎らに、芪切に『貞した』だけだからな」
  絶句した。そこたで蚈算枈みか。私の暗算胜力なんお、こい぀の狡猟なロゞックの前ではただのオモチャに過ぎない。


 教宀の闇垂事件はどういうわけか私が「銖謀者」ずいうこずになっおいお、攟課埌職員宀でたっぷり絞られた。 「あんな倖道なこずをするのは桜しかいない」  あの時時蚈の䞋で震えおいた委員長が、絞り出すような声で担任にデマをチクったせいだ。圌女にずっお、前山は「排陀できない恐怖」だったが、私は「叩きやすい異物」だったわけだ。
 だが、その濡れ衣を晎らそうずは埮塵も思わなかった。私は、自分の䞭に芜生えた「闇垂の共犯者」ずいうポゞションに誇りすら感じおいたからだ。


 この闇垂をきっかけに、私は前山ず攟課埌を共にするようになった。倜になるず家を抜け出し、カブトムシを捕りに林ぞ向かう。懐䞭電灯が描き出す円圢の光のほかは、すべおを飲み蟌むような圧倒的な「真の闇」が支配する䞖界。それは、昌間の教宀で芋せた圌の「闇」ず地続きであるように思えた。
 私は、芋぀けたクワガタを垜子の瞁に倧事に収玍し、その挆黒の翅や角の造圢に、無邪気に酔いしれおいた。だが、隣を歩く前山は違った。
 圌は虫かごを4぀持参し、獲物をテキパキず遞別しお別々のかごに攟り蟌んでいく。「これはSランク、これは売り物にならないBだ」。その手぀きは、もはや密猟者のそれだった。
「前山、その倧量の虫をどうする気だ」
「圓たり前のこずを聞くな。街のペットショップぞ卞すんだよ」  
 やはりな。お前なら、道端に萜ちおいる小石にさえ、もっずもらしい付加䟡倀を぀けお売り抜けるだろう。
 圓時の私は、この「普通じゃない」感芚を共有できるのが、䜕よりも心地よかった。䞍条理な痛みばかりが続く私の人生においお、前山ずの出䌚いは、最高に䞍道埳で、最高に刺激的な「麻酔」だった。


 埌日談だが、圌がなぜそこたで「数字」ず「察䟡」に執着し、成人しおから、なぜ迷走するように宗教の門を叩き続けたのか。仏教から新興宗教、キリスト教を経お、厳栌な神職の資栌を埗ながらも、結局はその座を捚おお地元の小孊校の特殊孊玚の補助に収たった。その支離滅裂な遍歎を、私は今も「理解」できおいない。
 だが、それでいいのだ。 圌が私の䞭で「芪友」ずいう唯䞀無二の座を占めおいるのは、圌が理解可胜だからではない。むしろ、その逆だ。圌は、瀟䌚が甚意したどんな「正解」の型にもはたらない、絶察的な他者であり続けおいる。
 垞日頃、連絡を取り合うような仲ではない。しかし、私が仕事の䞍条理に抌し朰されそうになったり、人生のデバッグに倱敗しお途方に暮れおいるず、圌はどこからずもなく珟れる。 「駅前のカフェ、新しい豆が入ったらしいぞ」 そんな、どうでもいい誘い文句ずずもに。
 圌は私の痛みを分析しないし、安っぜい蚀葉で癒やそうずもしない。ただ、あの闇垂ずは異なる穏やかな目で、がやけた私の芖界の隣に座っおいる。その「理解䞍胜な男」がもたらす、根拠のない安らぎ。
 䞍条理な痛みばかりが続く私の人生においお、前山ずの出䌚いは、最高に䞍道埳で、そしお最高に「救い」に満ちたバグだったのだ。
 
  たあ、そんな綺麗な話で終わらせる぀もりはない。  
 結局、あの日職員宀で怒鳎られた私の暪で、圌はちゃっかり「善意の貞䞻」ずしお先生に耒められおいたわけだから。
 本圓、食えないダツだ。


第7章浜蟺の離岞流

痛み指数[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10]
ステヌタスOceanic Drift離岞流による匷制デバッグ
 


 幌少期の私は、プヌルや海はもちろん、ちょっずした氎遊びさえ犁じられおいた。その反動だろうか、私にずっお「海」は未知の冒険が詰たった最高の聖域だった。
 倏䌑み、䞡芪の車で遠くの海岞ぞ連れお行っおもらう時間は栌別だった。泳ぎはたるでダメだったが、海の家で借りた分厚い「タむダチュヌブ」の浮き茪に身を預け、ぷかぷかず波に揺られおいるだけで、私の䞖界は晎れやかに広がった。
 倪平掋の開攟感も良かったが、父の垰省぀いでに蚪れる日本海も印象深かった。近くの岬が「自殺の名所」だず教えられおからは、子䟛心に薄気味悪さを感じもしたが、倪平掋に比べお海はどこたでも柄み枡り、浜蟺には芋たこずもない生き物たちが息づいおいた。

 あの日も、絶奜の海遊び日和だった。 い぀ものように浮き茪で波にたかせお挂っおいた時のこずだ。突然、䜕者かに足を思い切り匕っ匵られ、私の䜓は氎䞭ぞず匕きずり蟌たれた。 異倉にいち早く気づいたのは、近くを泳いでいた父だった。圌は猛烈な勢いで助けに向かっおきた。
  なぜ、バタフラむなんだ
 溺れながらも、父の豪快な泳法を冷静に芳察しおいた。緊急事態にバタフラむを遞ぶ父のセンスに疑問を抱き぀぀も、なんずか救助された私は、父から「危ないから浜蟺で遊んでいろ」ず厳呜された。しぶしぶダドカリを捕たえながら、足銖を濡らす皋床の「安党な氎遊び」に興じおいたのだが  。
本題はここからだ。私はなぜか、その「安党なはずの浜蟺」で溺れるこずになった。

 突劂ずしお、背埌から巚倧な波が私を飲み蟌んだ。凄たじい流速で、私の䜓は䞀気に沖ぞず運ばれおいく。
 うわあ なんだこれ 
 䜕が起きたのか理解が远い぀かない。だが、盎感した。このたたでは確実に死ぬ。 私をさらった犯人は、圓時はただ名も知られおいなかった「離岞流リップカレント」ずいうや぀だ。突然珟れるその死の奔流に、私はピンポむントでたたたた捕たっおしたったのだ。「たた」には瞁があるのだ。
 うん、これは溺れるな。
 䞍思議なほど冷静だった。呚囲には誰もいない。頌みのタむダチュヌブもない。 愛甚しおいたスむカ暡様のビヌチボヌルが、芖認できないほどの速さで氎平線の圌方ぞず流されおいく。
 あい぀ずは、今日でお別れか  。 長幎連れ添った盞棒を芋送るような、寂寥感に満ちた気持ちでボヌルの行方を眺めおいた。

 だが、しばらくしおある事実に気が぀いた。 あれ   苊しくない。 さっきは溺れたのに、今はなぜか䜓が沈たない。わけがわからないが、ふず閃いた。いっそ、朜っおみよう
 倧きく息を吞い蟌み、海䞭ぞ。柄んだ氎の向こうに海底が芋えた。砂地だ。 カニ、発芋 私のテンションは䞀気に跳ね䞊がった。死の恐怖はどこぞやら、私はカニを捕たえるこずに党神経を集䞭させた。海面で息を継ぎ、再び朜っおはカニを远う。数回のトラむの埌、぀いにその獲物を仕留めた。砂浜で芋かけるのずは明らかに圢が違う、立掟なカニだ。
 興奮気味にカニを握りしめ、海面に浮䞊した。 倪陜が眩しい。目が痛い。 目を芋開いお朜れば海氎が染みるのは圓たり前だが、圓時の私は、次からはゎヌグルを぀けようず、海ずの友情を深めた達成感に浞っおいた。
 最高だ 気持ちいい
 顔を氎面に出し、ふず浜蟺を芋るず、カニを远っおいるうちにい぀の間にか岞に近づいおいた。足が぀く。 悠々ず歩いお浜に戻るず、そこには黒山の人だかりができ、隒然ずした空気が挂っおいた。
「子䟛が溺れたぞ」
「誰か救助を」
 倧人たちが叫んでいる。どうやら䞀倧事のようだ。
 やはりな。埗䜓の知れない䜕かに足を匕っ匵られたり、突然沖ぞ流されたり、この海には「䜕か」がいるのだな。 私はテレビのミステリヌ特番のレポヌタヌのような気分で、他人事のように海を振り返った。
――隒ぎの䞻圹が自分であるこずに気づくたでは。
 どうやら、私が沖ぞ流され、そのたた海䞭に消えおいく姿を目撃した人がいたらしい。姿が芋圓たらない我が子に、䞡芪は最悪の事態を芚悟し、半狂乱になっおいた。
 そこぞ、珍しいカニを掲げお、「これ、凄いでしょ」ず䜕事もなかったかのように珟れた息子。
 私は茝かしい冒険譚を語り始めたが、䞡芪からは蚀葉にならない怒りの鉄拳を食らった。䞀方で、兄からは「お前、すげえな」ず称賛を济びた。結果ずしお、私の䞭では倧満足の海氎济ずなった。

 残念なのは、この䞀件以来、二床ず海に連れお行っおもらえなかったこずだ。 少幎時代の海遊びの蚘憶は、この「死の淵でのカニ捕り」を最埌に途絶えおいる。
 理由は  たあ、聞くたでもないだろう。

 

第8章猟奇的な女子

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■□□□□□ 5/10]
ステヌタスPsychological Harassment粟神的蹂躙
 


 小孊生の頃、私の蚘憶に深く刻み蟌たれた女子が二人いる。 その䞀人が明里あかりだ。珟代の蚀葉を借りるなら、圌女は玛れもない「ストヌカヌ」だった。おそらく本人にその自芚はないだろうが、圌女の執着は子䟛の「いたずら」ずいう境界線を軜々ず越えおいた。
 男子小孊生にずっお、攟課埌の遊び盞手は同性の友人ず盞堎が決たっおいる。男子は男子、女子は女子。それが暗黙の秩序だった。 ずころが、圌女は違った。授業䞭だろうが攟課埌だろうが、隙あらば私にからんでくるし、ちょっかいをかけおくる。その執拗な远跡がい぀始たったのかは定かではないが、小孊5幎生の冬、プレハブの仮蚭校舎で起きた「あの事件」だけは、脳现胞に焌き付いお離れない。

 プレハブ教宀の䞭倮では、ストヌブの䞊のダカンが、雲を吐き出す韍のように猛烈な湯気を吹き䞊げおいた。私は教垫の目を盗んでは、家から持ち蟌んだ逅や蜜柑をストヌブの䞊に䞊べお焌くこずに情熱を泚いでいた。 もちろん教垫に芋぀かるようなヘマをするこずなく。
 結露で真っ癜に曇った窓を眺めながら、私の巊目には「倩然の曇りガラス」でも嵌め蟌たれおいるのだろうかず、がんやり考えおいた時だ。背埌に座る明里が、い぀ものように私の背䞭を぀぀いおきた。 たたか。䞀䜓䜕がしたいんだ、こい぀は。 無芖を決め蟌んでいたその刹那、耇数の衝撃音が同時に爆発した。
 シュ、バスン、グサ、ガン
 目から火花が飛び散った。錻の䞋の急所に、金槌で殎られたような、のたうち回るほどの激痛が走る。 圌女は、硬質なプラスチック補の䞋敷きを氎平にしお、背埌から䜕の前觊れもなく党力で私の顔面に叩き蟌んだのだ。あたりの痛さに、私は授業䞭であるこずも忘れ、人目も憚らず涙を流した。
「ごめん。  痛かった」 泣きじゃくる私を芋お、圌女は珍しくしおらしい声を出した。
「痛えよ お前にも同じこずやっおやろうか」 怒鳎り返したものの、女子に手を䞊げるわけにもいかず、袖で涙を拭った。
「明里、やりすぎだ。怖すぎるわ」
「いいわよ。私にもやっおみお」
「  いや、無理。死ぬぞ」
「ごめんね、桜が泣くなんお  」
 ざわ぀くクラスメむトたち。しかし、う぀むく明里ず泣いおいる私の姿を芋お、連䞭は勝手に玍埗したような顔で囁き合った。 「たたい぀もの痎話喧嘩か」
 ちげヌよ 断じお違う 私の心の叫びを䜙所に、䜕事もなかったかのように授業は再開された。そんな䞍条理な日垞が卒業たで続くこずになる。


 圌女の猟奇的な行動は、幎生の倏、プヌルの授業埌にクラむマックスを迎えた。 私はプヌルの授業が終わるず、い぀も猛ダッシュで教宀ぞ戻るのを日課にしおいた。濡れお肌に匵り付く、あの気味の悪い氎泳パンツを䞀秒でも早く脱ぎ捚おたかったからだ。

 教宀のドアをガラリず開け、誰もいないこずを確認しお、自垭の前で䞀気にパンツを䞋ろした。 ふう、爜快   解攟感に浞る私。だが、このルヌティヌンを圱で監芖しおいる「远跡者」がいるこずなど、想像さえしおいなかった。
「芋た」
 突然絶叫が響いた。 ドアの前に立っおいたのは、肩で激しく息を切らした明里だった。圌女は、生たれたたたの姿になった私を、射抜くような芖線で凝芖しおいた。 母芪や看護垫以倖の女性に、初めお「聖域」を晒した瞬間だった。
「  本圓に、芋たのか」
「ええ、芋たわ」
 慌おおタオルで股間を隠す。圌女は、フルマラ゜ンを完走した盎埌の遞手のように党身を震わせながら、勝ち誇ったような異様な茝きを瞳に宿しおいた。私の俊足に、女子である圌女が远走しおくるずは、完党に蚈算倖だった。
「、  小さいわね」 ポツリず圌女がのたたった。
「うるせえ 泳いで冷えたから瞮んでいるだけだ」
「じゃあ、もう䞀回芋せおよ」
「バカか 芋せるわけねヌだろ それよりお前、その栌奜でいいのか」
 ようやく、圌女は自分の姿に気づいたらしい。氎浞しの女子甚スクヌル氎着のたた、髪から滎を垂らしお教宀に立っおいる自分に。
「キャッ こっち芋ないでよ」
「芋るか さっさず曎衣宀ぞ行け」
 こんな調子で、歪で、しかし熱烈な関係は続いおいった。 ――あの日が来るたでは。


第9章残酷な初恋の終焉

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■□ 9/10]
ステヌタスHeartbreak & Concussion心の挫折ず脳震盪
 


 小孊校最埌の倏䌑み。 海での「離岞流事件」以来、私は海を犁じられた。その反動で、私は連日垂民プヌルに通い詰めおいた。泳ぎの埌は、゜ヌダ味の棒アむスが定番だ。もうメロン味ぞの執着はない。重芁なのは、朚の棒に刻たれた「圓たり」の文字、ただそれだけだった。

 さお、ここからが本題だ。なぜ私が、快適な垂民プヌルを捚おお、わざわざ孊校の25メヌトルプヌルぞ向かったのか。そこには、ある「りワサ」があった。
「䞃海が、孊校のプヌルに出没するらしい」
 悪友から届いたその䞀報が、私の運呜を狂わせた。
 圓時、私には奜きな女子がいた。䞃海なおみだ。 圌女はクラスで䞀番の秀才。察する私は、勉匷こそ冎えないが、授業䞭にクラスを笑わせる明るい性栌から、担任に「灯台ずうだい」ずいうあだ名で呌ばれおいた。
 皆を明るく照らす番人か。悪くない。 胞を匵っおいた私だが、それが日本最高孊府の名東倧東京倧孊を冠した匷烈な皮肉だったず気づくのは、ずっず埌のこずだ。
 実は、クラスでは私ず圌女は「倫婊」ず冷やかされる公認の仲だった。圌女も私に奜意を寄せおいる――。そんな甘い期埅が、私を「Day 3」に及ぶ孊校プヌル朜入䜜戊ぞず駆り立おたのだ。


Day 1 賜は投げられた
 孊校のプヌルは垂民プヌルに比べお蚭備も貧匱だ。だが、そこに圌女がいるならそこはパラダむスだ。私は家から氎着を履いお自転車を飛ばした。 到着するやいなや、プヌルサむドで目を凝らすが、圌女は芋圓たらない。小さなプヌルなら、偶然身䜓が圓たっおも䞍思議ではないずいう䞍埒な劄想を抱き぀぀、人混みをかき分けお探した。だが、結局この日は空振りに終わった。䜕ずも蚀い衚せない虚脱感が襲う。あい぀、ガセネタを掎たせやがったか ず友人を疑っおみたが、いや、圌女は受隓勉匷の合間に来おいるはずだず勝手に自分を玍埗させた。
Day 2苛立ちず䞍審者
 2日目も、圓然のように孊校ぞ向かった。だが、この日もプヌルは、垂民プヌルぞ行けない「有象無象のちびっ子たち」で溢れかえっおいた。 あヌ、こい぀らはどうしお垂民プヌルぞ行かないんだ  圌女を芋぀け出せない焊燥感から、ただ玔粋に氎遊びを楜しむ子䟛たちに、身勝手な八぀圓たり的感情を抱いた。
「おい東倧、お前は䜕をしおいるんだ」 監芖員の担任教垫に声をかけられた。
 プヌル内をうろ぀きながら女子を執拗に远い求める私の姿は、誰の目にも䞍審者そのものだったのだろう。しかし教垫の声は党く気にずめなかった。圌女に䌚うこずで、頭はいっぱいだった。
Day 3Veni, vidi, vici? 来た、芋た、勝った
 ぀いに、その時が来た。 
 いた 3日目にしお圌女を芋぀けたのだ。
 圌女も私に気づき、芖線が亀差する。私たちは運呜で結ばれおいる――そう確信しおいた。教宀の出入り口で偶然鉢合わせ、顔面を激突させお、唇ず唇がぶ぀かる事故を䜕床も繰り返しおきた仲なのだから。
 高揚感で思考回路がショヌトした私は、あろうこずか、最も無謀な行動に出た。圌女にカッコいいずころを芋せたい。その䞀心で、飛び蟌み台から高く跳躍し、氎面ぞずダむブした。 ――深さわずか1メヌトルほどの、歩けるほど浅いプヌルに向かっお。
 ゎンッ
 頭がプヌルの底を盎撃した。 次に気づいた時、私は氎面に浮かんでいた。顔は氎に浞かっおいるのに、息をしおいない。気絶するず溺れないんだな。ず倉な感心をしたが、盎埌、殺人的な激痛が襲っおきた。私は目的も忘れ、腫れ䞊がった頭を抱えお逃げるように垰宅した。己の愚行ぞの恥ずかしさで悶絶し、二床ず孊校のプヌルぞ行くこずはなかった。


 そのたた倏は去り、季節はものすごい早さで移り倉わり、バレンタむンデヌがやっおきた。 欧米の方には説明が必芁だが、日本のバレンタむンは、「女子が䞀方的に男子ぞチョコレヌトを莈り、愛を告癜する」ずいう、男子にずっおは䞀䞖䞀代の審刀の日なのだ。
 私の詊算では、チョコは2個もらえるはずだった。本呜の䞃海ず、䟋の猟奇的女子、明里から。だが、攟課埌の教宀で1人になっおも、䞋駄箱を確認しおも、䜕も起きない。
 人前では枡しにくいのだろうず自分に蚀い聞かせ、クラスメむトが去るたで期埅を蟌めお教宀に残ったが、無情にもその重倧な日の幕は䞋りた。
トボトボず力なく、敗残兵のように垰宅した私を埅っおいたのは、さらなる絶望だった。 居間には、戊利品のように3぀ものチョコを手にした兄がいた。
「  ゞョヌ、䞀぀食べるか」 兄が向けたのは、玔粋な、しかしそれゆえに堎違いな優しさだった。今の私には、それが「残酷な倩䜿のささやき」にしか聞こえない。
「いらん」 私は吐き捚おるように蚀うず、倕食も食べずにふおくされお垃団を被った。悲しみず、行き堎のない怒りがこみ䞊げおきた。
 翌朝、孊校ぞ登校する道すがら、1孊幎䞋の仲のよい埓兄匟から、同孊幎の女子からチョコをもらったず聞かされた。
「あのかわいい子からか」孊校でも噂が飛び亀うほどの1孊幎䞋の矎少女。
「そうなんだけど・・・・・・」なぜか圌は鬱々ずしおいた。
 なぜ嬉しそうではないのだコむツは だが、圌が浮かれず、むしろ沈み蟌んでいた理由は玍埗がいった。教宀のクラスメむトが芋守る䞭、孊校䞀の矎少女からチョコを枡された圌。もちろん嬉しかったが、他の男子の嫉劬がひどすぎお、無芖されるようになったそうだ。やはり圌の人生も䞀筋瞄ではないようだ。埓兄匟だけに血は争えないずいったずころか。


 埌日、私は残酷な真盞を知るこずになる。明里の芪友から呌び出され、バレンタむン事件の真盞を打ち明けられたのだ。
「実は、二人ずもあなたに枡す぀もりだったのよ。でも、明里が䞃海さんに盞談したの。『私、ゞョヌが奜き。でも遞ばれるのは私じゃない。だから、二人ずも枡さないこずにしたしょう』っお。䞃海さんは別の䞭孊ぞ行くから、結局離ればなれになるし  それで二人で決めたのよ」
 絶句した。恐るべし、女子 ロシア文豪ツルゲヌネフの小説『初恋』で䞻人公の父から遺蚀ずも呌べる息子ぞの助蚀が頭に浮かんだ。「女の愛を恐れよ  」
 明里の「独占欲」ず、䞃海が䞋した「静かな別れの遞択」。私は途方に暮れた。以来、私は明里を蚱せず、高校たで続いた圌女の぀きたずいを䞀切無芖し続けた。圌女の初恋を私もたた残酷に終わらせたのだ。

 今では埌悔しおいる。歪ではあったが仲がよかった明里ずは、せめお友人関係を続けおもよかったず。


 䞃海ずは、その埌䜕床か「運呜」のように再䌚した。
 卒業埌の倏祭り。人混みをかき分けながら歩いおいたら、提灯の明かりの䞋、济衣姿の圌女ずバッタリ出䌚った。目が合った瞬間、喧隒が消え、2人だけが挆黒の宇宙に浮かんでいた。
「  誰ず来た」 絞り出した勇気はたったの䞀蚀だった。
「兄ず  」 偶然の再䌚で声を倱ったのは䞃海も同じだった。
「俺も」
「同じなんだ」䞃海は、はにかむような笑顔を芋せた。
 これだけの䌚話で私の胞はずきめいおいた。
 刹那、宇宙は消え、祭りの雑螏が急に出珟した。そしお䞃海ず私は反察方向ぞ人混みに流された。圌女を必死に探したが、やがお立ちすくんでしたった。


 盎埌の倏の終わり、たたしおも偶然、いやもう運呜ずしかいいようのない出䌚いをした。それはテニスの倧䌚で圌女の䞭孊を蚪れた時のこずだ。トむレから出おきお濡れた手でコヌトぞ戻ろうずする私に、圌女はそっず自分のハンカチを差し出した。
「拭いお」
「ああ  」
 呚りの女子たちが冷やかす。
「あの子でしょ。䞃海が奜きな子は。かわいいじゃない、付き合っちゃいなよ」
 私は赀面し、無䜜法に手を拭くず、「はい」ずだけ、瀌も蚀わずハンカチを返しお、坊䞻頭だが埌ろ髪を匕かれるような耇雑な気持ちを敎理できないたたその堎を離れた。
 去りゆく私の背䞭に、圌女の声が響いた。
「――ばヌか」
 それが、私が聞いた圌女の最埌の蚀葉だった。優秀な圌女の隣に立぀自分を想像できず、ただ圌女の成長の劚げにはなりたくなかったのだ。私には圌氏になる資栌はないず。
 初恋は叶わなかった。それ以来、二床ず圌女ず䌚うこずはなかった。 けれど、圌女を忘れたこずは䞀床もない。圌女は今も私の䞭に居続けおいる。少女の姿のたた、氞遠に。「ばヌか」ずいう、あの透き通った声ずずもに。


 埌日談だが、高校生になった私は、クラスでたたたた埌ろの垭だった女子の名字が䞃海ず同じだったので、圌女に尋ねた。
「君の名字ず同じの女子ず小孊校の頃仲が良かったんだ」
「䞃海さんのこず」
「圌女を知っおるの」
「ええ、芪戚なの」
「頌みがあるんだけど」
「なに」
「俺が䌚いたがっおいるず䌝えおくれないか」
「・・・・・・別にいいけど」
「ありがずう。頌んだよ」
 倩にも昇る気持だった。こんな偶然があるのか。ただ、2人に結び぀けられた赀い糞は぀ながっおいたのか
 しかし、1週間たっおも埌ろに座る女子から䜕も蚀っおこない。業を煮やしお、本圓に䞃海に聞いおくれたのか、呚りにクラスメむトがいないタむミングで尋ねた。
 圌女はバツが悪そうに芖線を逞らした。
「䌚いたくないっお」
「は」
「だ・か・ら、䌚わないっお」
「どうしお」
「察しが悪いわね。䞃海モテるでしょ。最近圌氏ができたんだっお」
 そんな銬鹿な あれほど・・・・・・。 返す蚀葉が出おこなかった。
 私を初恋の底なし沌に眮き去りにしお、圌女はサッサず通りがかりのプリンスに匕き䞊げおもらったずいうこずか 暫く茫然自倱ずしお身動きできなかった。玔癜な魂を喪倱した。


 翌幎、友人から䞃海ず同じ名字の女子に぀いお劙な話を聞かされた。
「ゞョヌ、お前、意倖ずモテるんだな」
「その自芚は党くないが」
「芚えおいないか、去幎入孊したおの教宀でお前の埌ろの垭にいた女子のこず」
「芚えおるよ。䜕しろ小孊校の女子ず同じ名字だったからな」
「圌女、お前のこずが奜きなんだっお」
「は それは、い぀のこずだ」
「入孊しお盎ぐらしい」
「たさか そんな・・・・・・。 嘘だず蚀っおくれ、ゞョヌ」
「ゞョヌはお前だろ。䜕蚀っおいるんだ。ハハハ」
 事情を䜕も知らない友人は面癜おかしくただにんたりずしおいた。
 こんなこずがあり埗るのか ホントに圌女は䞃海に䌝えたのか 「察しろ」ずいったのは、圌女の気持ちのこずか 奜きな男子から恋のキュヌピット圹を頌たれた圌女の気持ちを察しろず  。
 『  女の愛を恐れよ』
――真実は知らんけど。

 

第10章盞撲をするず

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステヌタスUrethral Invasion v2.0尿道䟵入・再起動


 䞭孊生になった私は、本来なら卓球郚に入るはずだった。郚長を務める兄がおり、顧問からも熱烈な勧誘を受けおいたからだ。だが、私はテニス郚を遞んだ。理由は2぀。片目では卓球の超高速倉化に察応できないずいう物理的限界。そしお、圓時流行っおいたテニスアニメぞの安易な憧れである。

 しかし、入郚しおみれば珟実がアニメを超えた。球拟い専門のはずの1幎生でありながら、倏の倧䌚で先茩や他校生を撃砎。数10人の郚員がひしめく䞭で、わずか3枠のレギュラヌになっおしたったのだ。
「桜のタむミングに合わせろ」 コヌチの檄が飛ぶ䞭、党郚員の前で暡範ボレヌを披露する日々。先茩の嫉劬よりも、背埌に突き刺さる䜕10人もの芖線が、私の粟神を削り取っおいった。

 そんな折、䜓育の授業で「小さな悲劇」が起きた。皮目は盞撲。 察戊盞手は、䞭孊生ずは思えぬ䜓躯から「おっさん」ず枟名される重量玚の秀才。圌は私の本胜的な動きを研究し、緻密な「察ゞョヌ戊略」を緎っおいた。 芋合う2人。䜓育教垫の合図。勝負は䞀瞬だった。
 ガシッ、ふわ、ガンッ
 圌にタックルされ、鮮やかに足をすくわれた。 その瞬間、倩動説が正しかったかのように、倩空がクルリず回転した。コペルニクスには申し蚳ないが。そしお瞬時にブラックアりト。私は重力に逆らえず、埌頭郚をしたたかに地面ぞ叩き぀けた。私のシステムは匷制終了した。 ちなみに勝負は、盞手の「危険行為」による反則勝ち。気絶しお勝぀ずいう䞍条理である


 目が芚めるず、そこには芋芚えのある倩井があった。   あの病院か。尿道か。マゞか。
 傍らには心配そうな母芪。医垫は䞀週間の安静を告げるが、私の関心は䞀点に集䞭しおいた。「トむレ」だ。 前回、尿瓶しびんを拒吊しお地獄を芋た私は、今回こそスマヌトに「尿瓶デビュヌ」を食る぀もりだった。しかし、頭痛のせいか、あるいは「絶察安静」ずいう呪文のせいか、蛇口は固く閉ざされたたた䞀滎も出おこない。出そうずすればするほど、意志ず肉䜓は乖離しおいく。
「お母さん、ちょっずあっちぞ行っおいおくれないか」 思春期の入り口に立぀少幎ずしお、母芪の前で「息子」がトランスフォヌムする姿を芋せるわけにはいかない。だが、そんなナむヌブな願いは、にこやかに珟れた看護垫によっお粉砕された。

 圌女の手には、䟋の「無慈悲なゎムチュヌブ」が握られおいた。
「早い、早すぎるよ、スレッガヌさん  」 脳裏に悲劇の連邊軍パむロットの名シヌンが浮かぶ。が、珟実も無情だ。二床目なら痛くないなどずいう垌望的芳枬は、䟵入の瞬間に絶叫ぞず倉わった。
「痛い痛い」
 慣れなどない。異物が尿道を蹂躙する痛みに、思春期の矞恥心など䞀瞬で蒞発した。


 1ヶ月埌、郚掻に埩垰した私を埅っおいたのは、「桜は退郚した」ずいう顧問の盛倧な勘違いだった。入院の事実は共有されず、私のレギュラヌ座は跡圢もなく消えおいた。 だが、䞍思議ず悔しさはなかった。ようやく「普通」に戻れた解攟感が心地よかった。
 ふず思い出すのは、小孊生の頃に兄ずケンカしお、背負い投げで沈めた蚘憶だ。 泣き出す兄の姿を芋お、私は知った。「勝぀こずの虚しさ」を。それ以来、私は勝負を譲るこずを芚えた。この「勝ちを譲る」性栌が、圓時の私の安堵感に繋がっおいたのかもしれない。

 頭蓋骚ず尿道。䞊䞋から攻め立おられた䞭孊時代の受難は、これで打ち止めだず信じおいた。 そう、尿道に関わる䞍条理など、この先の人生で二床ず起こるはずがないず――。

 

第11章登山家の勇気

痛み指数[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10] ステヌタスDignity at the Brink of Exposure露出寞前の尊厳


 䞭孊3幎生、最埌の䜓育祭でのこずだ。 それは、党校生埒が玅癜に分かれ、リレヌ、バレヌボヌル、バスケットボヌル、綱匕き、玉入れなど、倚皮倚様な皮目で競い合う祭兞である。これらの皮目を䟋に挙げた理由は、蚀うたでもなく、私自身がそのすべおに参加したからだ。
 私の孊校では、䜓育祭の締めくくりは決たっお「旗取り合戊」だった。グラりンドの䞡端に垂盎に立おられた「竿」――いや、長さ5メヌトルはあろうかずいう盎埄20センチほどの「棒」の先にくくり぀けられた旗を、敵味方が奪い合う。䜓栌のいい生埒数人が支えるその棒をよじ登っお奪いにいくのだ。
 倕刻が近づき、ほがすべおの競技が終了した。いよいよ埅ちに埅った旗取り合戊の時を迎える。私の芚悟はすでに決たっおいた。今幎こそ、あの旗を手にするのは私だず。
 私は玅組。暙的は、癜組の守る旗である。
 バヌン 号砲が鳎り響く。
 私は瞬時に、被っおいた赀い垜子を短パンの埌ろポケットに隠した。そしお䞀目散に、癜組の「オダゞ」連䞭老け顔の重量玚たちが支える棒めがけおダッシュした。
 癜組が守る棒の呚囲には、すでに赀い垜子の集団が矀がっおいたが、守備に阻たれなかなか取り付くこずができないようだった。  筋曞き通りだ。
私は癜組のふりをしお棒に近づき、支え手の「オダゞ」に叫んだ。
「肩を貞せ」
「おう、ゞョヌか。わかった」
 圌は私を味方だず信じお疑わず、䞭腰になり、私を背に乗せた。次の瞬間、圌は勢いよく立ち䞊がり、私を棒めがけお射出した。 思わず、「桜、行きたヌす」ず、カタパルトから発進するモビルスヌツのパむロットさながらに叫んでいた。
 棒にしがみ぀くず同時に、私は隠しおいた赀い垜子を取り出しお被り、本性を珟した。敵を頭䞊ぞ送り届けおしたったこずに気づいた癜組の「オダゞ」は、愕然ずしお「ガンダム」の名台詞を攟った。赀い垜子を被った私にむけお。
「はかったな シャヌ」
「隙されるお前がいけないのだよ フフフ  」
 圌を県䞋に残し、棒を登り続ける。䞋から足を匕っ匵ろうずする「癜い奎ら」を「赀い私」が蹎飛ばしながら。
 あず䞀息で旗に手が届く。あず50センチ。 その瞬間、短パンの埌ろをグむッず掎たれた。 ええい、構うものか、あず30センチだ しかし、私はその時気づいおしたった。掎たれおいるのは短パンだけではない。ブリヌフもしっかりず鷲掎みにされおいるこずに。
 1センチ進むごずに、私のパンツがずり䞋がっおいく。 すでに半ケツ状態だ。ク゜ッ このたた党校生埒の前でフルチンになれずいうのか 勝利か、それずも男の尊厳か。進退窮たったその刹那、私は地䞊から芋䞊げる1人の女子ず目が合っおしたった。
「明里」
 その瞬間、私は理解した。 急倉した悪倩候を前に、山頂を目前にしお匕き返す登山家の、あの「真の勇気」ずいうものを。
 これたでか。あず䞀歩。あず数センチ  。なぜ私の人生は、い぀もこうなんだ 私が断腞の思いで静止した次の瞬間、我が玅組の旗が奪われ、競技終了の合図が響いた。
 勝負を締めくくったのは、孊校䞀の人気者だった。こういう「持っおる奎」ずいうのは、本圓に実圚するのだ。私は己の卑怯な戊略を棚に䞊げ、䞀方的に圌を矚んだ。
 だが、最悪の事態だけは避けられた。そう自分に蚀い聞かせるこずにした。 もちろん最悪の事態ずは、圌女に、少しは成長したはずの「䞋半身の党貌」を芳られるこずに他ならない。
――成長したのかどうかは知らんけど。

 

第12章アホな男子高校生

痛み指数[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10] ステヌタスBone Glitch & Urethral Freedom骚のバグず尿道の解攟


 䞭孊校では勉匷など䞀床もしなかったが、家から最も近い新蚭公立高校に滑り蟌んだ。本圓は初恋の圌女がいる私立ぞ行きたかったが、我が家の経枈状況は、教育費のすべおを優秀な兄垞に孊玚委員長、深倜たで猛勉匷ぞ党振りしおいた。
 実は、この新蚭高校の敷地には、か぀お父が働いおいた玡瞟工堎があった。父は倒産によっお職を倱っおいる。その「倱職の地」ぞ息子がのうのうず通うのだから、父の心䞭は耇雑だっただろう。土䞋座しお入孊を蚱しおもらった圓時の自分に蚀いたい。「せめお勉匷しろ」ず。


 高校でもテニス郚に入った。緎習で倧きな怪我はなかったが、ある日、巊足の薬指に地味な痛みが走った。近所の敎圢倖科でレントゲンを撮るず、医垫が半笑いで蚀った。
「君、関節が䞀぀倚いね」
「関節じゃなくお骚折だろ」
「そうそう、折れおるね」自分の持ちネタかしらないが、笑いを堪えながら骚折を告げる医垫。
 適圓な蚺断でギプスを巻かれたが、心圓たりは柔道の授業しかなかった。重量玚の盞手に螏たれたアレだ。

「授業䞭の怪我の手続きが面倒なんだよ」ずがやく教垫に、「なんずかなるので倧䞈倫です」ず返しおしたう自分の人の良さが恚めしい。

 骚折は「地味に痛い」が、男子高校生にずっおは「ギプス」は英雄の蚌だ。
「スゲヌ」
「さすが桜」
 アホな友人たちの称賛を济び、私は骚折したたた䜓育祭で披露する組䜓操の緎習に励むずいう「究極のアホ」を挔じた。

 䜓育祭圓日。せっかく緎習したにもかかわらず、䞋痢でトむレにこもっお実挔をサボっおしたった。トむレから戻り、組䜓操の盞方が1人グランドで途方に暮れおいる姿を遠巻きに眺めおいた。
 挔技終了埌、悠然ず珟れた私に盞方が吠えた。
「桜 お前どこぞ行ったんだ 俺人で立ち  」盞方は半泣きで声を詰たらせた。
「ああ、知っおいる。芳おいたからな。 ハハハッ」
「笑い事じゃねえ」
 私は申し蚳なさよりも、笑いが止たらなかった。圌がひずりで挔技前半たで必死に゚アギタヌならぬ、゚ア組䜓操をしおいたのがあたりにも可笑しかったからだ。


 アホな䌝説は続く。修孊旅行代わりのスキヌ合宿の倜だ。
 深倜の倖出犁止、トむレすら行けないずいう軟犁状態。睡魔ず闘う私を襲ったのは、猛烈な尿意だった。
 我慢が限界に達した私は、やおら窓を開け、2階にある郚屋の窓枠を掎んで身を乗り出し、倜空ぞ向かっお攟尿した。
「桜、お前スゲヌな」
 それを芋た友人が二人加わり、䞉人の攟尿犯ストリヌマヌが䞊んだ。だが、階䞋は教垫の郚屋だった。
「誰だ」
 ドアを蹎砎っお珟れた䜓育教垫。郚屋の党員が廊䞋で正座させられ、説教された。私は、説教の最䞭に寝萜ちするずいう荒業を披露した。翌朝、友人に運ばれお垃団にいた私は、たたしおも「歊勇䌝」を曎新しおしたった。


 英語だけは趣味のように埗意だった。
「垝王切開C-sectなんお単語、テストに出るかよ」ず笑う友人を尻目に、私はラゞオ英䌚話で牙を研いでいた。
 ぀いに実力を詊す日が来た。兄がハヌバヌド倧孊の孊生2人を連れおきたのだ。 1人の名前は「  䞉䞖The Third」。䞖界史の教科曞から飛び出しおきたような名前ず金髪の巚人を前に、私は無謀にも挑んだ。
 だが、本堎のネむティブ英語は、私の耳を玠通りしおいった。 「  Yes.」 適圓に答えた私に、圌らは呆れ顔で「Nooo」ず返した。兄から「英語を䜕幎勉匷しおるのか聞かれたんだぞ」ず教えられ、私は赀面した。結局、「私は英語が苊手です」ず癜旗を䞊げるしかなかった。

 翌日孊校で、我が家にハヌバヌドの孊生がホヌムステむしおいるこずを英語が埗意な友人、加藀に話した。圌ずは、英語を勉匷するために短波ラゞオを䞀緒に買いに行った仲だ。
「䌚わしおくれ」机を揺らしながら興奮気味に懇願する加藀。
「構わんが、恥をかいおも知らんぞ」
「Go for a broke だよ」
 早速、その晩圌を「金髪ザ・サヌド」に匕き合わせた。
 䜕ず蚀うこずだ。䌚話が成立しおいる。圌は晩飯を぀いでに食べ、さらには留孊生ず我が家の家族写真にも映り蟌んだ。
 英語に自信を぀けた圌は、埌に東京倖囜語倧孊ぞ入孊し、䞻垭で卒業した。今も実家には額瞁に入った写真が食っおある。圌からは最近手玙の䞀぀も送っおこない。圌の運呜の歯車を回す手助けをしおやったのに党く薄情なダツだ。
 実家に垰省する床にダツの顔を芋るので私は笑いを堪えながら思い出さざるを埗ない。アフロヘアヌのダツを。ダツが人生の最倧の過ちず公蚀しおいた矎容院で誀発泚したアフロヘアヌ。たさか我が実家に青春の恥郚がい぀たでもさらされおいるずは思いもしたい。


 高校生ず蚀えば恋愛話は避けお通れない。クラス内でも、誰ず誰が付き合っおいるずか、おせっかいにも、私を女子ずくっ぀けようずの䌁みがあったり、いろいろずあった。ありすぎたが・・・・・・。
 私は、恋愛に関しおは、心に空いた穎を埋める術を持たなかった。䞋駄箱に届く手玙を、読みもせず他の箱ぞ攟り蟌むような無味也燥な日々。
 どれだけ呚囲が浮足立ずうずも、私の心の䞭には垞に䞀人の少女がいた――「䞃海」。
 恋ずは「萜ちる」ものであり、䞀床萜ちれば二床ず這い䞊がれない奈萜なのだず、私は知るこずずなった。この執着は呪いなのか、それずも、これほどたでの想いを知ったこずは幞運だったのか。

  確か、ツルゲヌネフの『初恋』は、䞻人公りラゞミヌルが初恋をひきずったたた、40歳独身で圓時を回想する物語だった。
 私もこの先同じ蜍を螏むのかどうかは、知らんけど。


第13章麻酔無しで削り取る

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステヌタスTortured Spy & Counterfeit Signer拷問されたスパむず代筆者


 倧孊受隓に倱敗した。 仲の良かった孊友3人は東京の有名倧孊ぞ進孊し、4人の䞭で䞀番優秀だず自負しおいた私だけが、行きたくもなかった地元の3流倧孊ぞ通うこずになった。絶望の淵で、人はこうしお死にたくなるのだず、その真っ暗な感情を初めお理解した。
 だが、倧孊事務局に呌び出されたこずで、運呜の歯車が回り出す。
「君はあず数点足りず、奚孊生にはなれなかった」
 事務局員の蚀葉に、私は己の慢心を猛烈に恥じた。3流倧孊ず䟮っおいたが、真面目に詊隓問題を解いおいれば孊費免陀で芪に恩返しができたのだ。私はどこたでアホなのか。
 しかし、事務局員はこう続けた。 「代わりに、特別にマンツヌマンで指導しおくれる教授を手配した。通垞の講矩以倖でも、圌から孊べるようにしおある」
 捚おる神あれば拟う神あり。そこで出䌚ったのが、英囜玳士のような出で立ちで、第二倖囜語はラテン語を孊びたいず事務局に申し立おた、埌に友人ずなる豊田だ。
「ラテン語か」思わず口走っおしたった。通垞第二倖囜語で遞ぶ蚀語ではない。
 圌は瀌儀正しく自己玹介した。思わず私も「桜です。よろしく」ずかしこたっお挚拶した。
 圌は、どの講矩でも最前列に座り、真面目に授業をうけるだけではなかった。昌食をキャンパスの倖で食べる際、道路を暪切っお向かいにある定食屋に行くにも、メヌトル先の暪断歩道たで行っお匕き返しお来る。私は、本物の真面目な人間がこの䞖には存圚するず知った。
 圌のような人物がなぜこの倧孊にいるのか謎だったが、その事情を聞いおはならないような気がしおいた。私のような䞍条理に芋舞われたかもしれないず。
 私の受隓倱敗の原因は、単なる勉匷䞍足だけではなかった。高3の頃から芖界に玐状の物䜓が挂う「飛蚊症」が悪化し、教科曞を远うこずさえ苊痛だった。さらには祖母の死、そしお䜕より父芪からの凄惚なDV。壁に穎が開くほどの蹎り、病床の私を垃団越しに暎行する狂気。 「お前は生たれおくるんじゃなかった」 そんな蚀葉を济び続ける日々。兄は「遊んでいおも受かる奎は受かる」ず切り捚おたが、私には蚀い蚳が必芁だった。


 陰鬱な倧孊生掻が始たったが、䞀぀だけ、解決せねばならない「䞍名誉な懞念」があった。 男性噚に、ニキビのような発疹が䞀぀できおいたのだ。身に芚えはない。だが、倚感な時期ゆえに「もしや」ずいう䞍安が私を蝕む。私は密かに地元の泌尿噚科を受蚺した。 若い男性医垫は、私の股間を䞀目芋るなり、的倖れな質問を投げた。
「コンタクトは」
「いえ、県鏡ですが」
「  そうではなく、女性ずのアレSEXだよ」
「アレ  ありたせん。私は童貞です」
 医垫は䞍思議そうに「尖圭コンゞロヌマだね」ず性病を疑い、軟膏を凊方した。しかし、毎日塗っおも悪化する䞀方。
 再受蚺した私に、医垫は無機質に告げた。 「生䜓怜査をしよう」 
 私は、その怜査の「真意」を理解しおいなかった。
「暪になっおパンツ脱いで」
 医垫の蚀うがたた、ベッドに暪になり、䜕が行われるのかず頭を持ち䞊げお自分の股間を芋た、その瞬間。医垫の手には、手術甚のメスが鈍く光っおいた。
「ちょっず痛いからね」
 その「ちょっず」は、人類が蚱容できる範囲を遥かに超えおいた。 麻酔なしで、メスが亀頭の肉を削ぎ萜ずす。鮮血が噎き出し、自分の䞀郚だった肉片が分離する。
「ぎゃあああああああ」
 絶叫が蚺察宀に響く。これはスパむの拷問か 䞭孊時代、将来の倢に「スパむか殺し屋」ず曞いお職員宀ぞ呌び出された私ぞの、神からの残虐な返答か
 さらに、远い打ちをかけるように「トドメ」が埅っおいた。亀頭ぞの盎接泚射だ。針がゆっくりず、痛みずいう名の毒を肉の奥深くに䟵入させおいく。痛芚には限界点があるこずを知った。意識を倱う盎前で、ようやく凊眮が終了した。
「痛かった」
「痛いです  」 私は瀕死の状態で喘いだ。


 埌日、ベテラン医垫による蚺断結果は「ただの包茎による炎症だね。異垞なし」ずあっさりしたものだった。あの拷問は「誀蚺」による無駄な肉䜓損壊だったのだ。
「念のため、尿道の怜査もしおおこうか」
”第3回尿道遞手暩”
 嘘だろ。第1回小孊校、第2回䞭孊校に続き、人生3床目の「尿道遞手暩」の開幕か。今床は䜕をぶち蟌む぀もりだ。
 ドナドナの曲が聞こえおくるかのように連れお行かれた手術宀で、私は胃カメラを圷圿ずさせる、黒くお倪く長いダツを目にした。
「先生、たさかそれを  」
「これではなくお、こっちの现いカメラそれでも十分倪いをね」
「麻酔ずかは  」
「ないよ。じゃあ、入れおいくからね」
 前回䞭孊時代の教蚓から、私は「早い、早すぎるよ、スレッガヌさん  」ずいう台詞を脳内で準備しおいた。しかし、珟実はあたりにも非情だった。 台詞を思い浮かべる暇いずたさえ䞎えられず、黒い䟵入者は猛烈なスピヌドで私の聖域を蹂躙した。
「うぐっ  」
 台詞どころか、悲鳎すら喉の奥で抌し朰された。 魂が口から挏れ出し、モニタヌに映る自分の内臓を眺めるだけの「肉の塊」ず化した。結局、どこにも異垞はなく、「包茎手術」を勧められただけで終わった。
 医垫は「保護者の同意曞」を圓たり前のように手枡した。 二十歳前の倚感な息子が、芪に「包茎の手術をするから名前を曞いおくれ」などず頌めるはずがない。私は駐車堎に止めた原付バむクに跚り、股間の違和感に耐えながら決意した。母の筆跡を真䌌お、自分でサむンするしかないず。


 埌に、瀟䌚人になり、猛烈な残業に远われる䞭で股間に違和感を芚えお郜䌚のクリニックを受蚺した。医垫はあっさりず蚀った。 「ただの炎症だね。長時間座りすぎによる前立腺炎だよ」
 あの田舎の病院での拷問、誀蚺、そしお停造サむンたでしお受けた手術。 私の青春は、垞に「䞍条理な痛み」ず「尿道ぞの䟵入」によっお圩られおいた。か぀おの先茩も、同じく残業地獄で泌尿噚科に通い、最埌は過劎でこの䞖を去った。 私の股間の受難は、単なる病ではなく、この理䞍尜な䞖界そのものずの戊いだったのかもしれない。
――知らんけど。
 

 

第14章銃ず匟䞞

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステヌタスGlobal Survivor & Accidental Target地球人ぞの脱皮ず䞍運な暙的


 倧孊線は終わりかずお思いの読者を裏切るようだが、ただ続くのである。舞台は異囜の地ぞ。入孊から3幎間で卒業単䜍を取り終えおいた私は、家庭教垫などのアルバむトで皌いだ僅かな軍資金を手に、憧れの米囜短期留孊ぞず螏み出した。目的地は、日本人がたずいないであろう「Deep South」、米囜南郚の倧孊だ。
 䜓育通でクラス党員ず「新幹線乗車の緎習」をした蚘憶しかない田舎者の私にずっお、初フラむトがいきなりシカゎ行きの囜際線。゚コノミヌの隣垭には、信じられないほどの巚挢癜人のおやじが鎮座しおいた。
 初䜓隓の機内食に興奮し、付け合わせのレモンを勢いよく絞るず、あろうこずか汁がおやじの顔面を盎撃。
「I am sorry.」――これが、私の蚘念すべき本堎の英語の第䞀声ずなった。

 䞍安に駆られおいるず、近くに座っおいた同䞖代のアゞア人から「空垭には自由に座っおいいんだ」ず“仕組み”教わった。巚挢の隣で10時間耐えるよりはず5人掛けの垭ぞ移動し、熟睡。目芚めるず、機内食を食べ損ねた私に、圌は「キッチンぞ行けばタダで軜食が食える」ず、さらなる“仕組み”を教えおくれた。驚いたのは、圌もたた「初フラむト」だったこずだ。「咎められるたで䜕でもやっおみる」ずいう圌の野性味あふれる合理性に、型にハマっおいた私は衝撃を受け、ようやく自分が「地球人」になれそうな予感を抱いた。


 シカゎ空枯で名も知らない圌ずは別れ、アトランタぞの乗り継ぎのため、空枯内ホテルで䞀泊した。
 倕食で䜕を食べたか芚えおいないが、デザヌトだけは鮮明に蚘憶しおいる。ストロベリヌプディングだ。
 苺のプリンだろうず想像しおいたが、り゚むタヌが運んできたのはカクテルグラスに山盛りのただの苺のだった。しかも、堅い苺。こんなカリカリする食感の苺を食べたのは生たれお初めおだった。憧れの地での初食の蚘憶――カリカリ苺


 シカゎからアトランタを経由し、セスナのような小型機で蟿り着いた南郚。 寮の郚屋探しでは、ビヌル瓶が散乱した郚屋や、異臭のする郚屋を避け、最も衛生的ず思われた3人郚屋を遞んだ。しかし、この遞択が地獄ぞの入り口だった。
 初日、挚拶代わりのピザを振る舞うも、ルヌムメむトの䞀人は明らかに人皮差別的な冷淡さで手を付けなかった。そんな冷戊状態で、ある晩、事件は起きた。シャワヌを济びおいるず、バスルヌムのドアが激しく叩かれた。
「Get out! 」
「なぜ俺の郚屋にあんな奎私がいるんだ」
 䜕が起こっおいるのか ただ事ではないこずは確かだ。急いでタオルを䞋半身に巻き付け、恐る恐るリビングぞ出た。そこには明らかに犯眪者らしい黒人3人ず、察峙するルヌムメむト2人がいた。
 その䞭倮、テヌブルの䞊には、拳銃ず匟䞞が無造䜜に眮かれおいた。
「Just say hello.」 冷淡な方のルヌムメむトが私に呜じた。私は震えながら「Hello.」ずだけ蚀い残し、自宀ぞ逃げ蟌んだ。本物の銃ず、熊のような倧男。死の予感に震えながら聞き耳を立おるず、冷淡だった圌が意倖にも私を擁護しおいた。
 犯人は、銃の密売で退孊になった元䜏人だった。 翌朝、恐怖で郚屋替えを懇願する私に、倧孊偎は冷たく蚀い攟った。「決めたのは君だろう」――私は英語以䞊に「自己責任」ずいう䞖界の冷培なルヌルを叩き蟌たれた。


 しばらくしお人皮のる぀がである倧孊構内では、ブラゞル、アルれンチン、台湟など、䞖界䞭から集たった若者たちず友人になった。しかし、その亀流の䞭で最も死を身近に感じたのは、アラブの友人たちずの間に起きた「宗教芳の衝突」だった。
 ある日、私は䞍甚意にも圌らに宗教の話を振っおしたった。日本人らしい「非科孊的なものはどの宗教も同じだ」ずいう、ある皮フラットで無頓着な疑問を口にしたのだ。だが、それは圌らにずっお䜕物にも代えがたい絶察的な聖域ぞの䟮蟱であった。
 空気が䞀瞬で凍り぀いた。気づけば、私は数人のアラブ人に包囲されおいた。 䞀䜓どこから持ち蟌んだのだず驚愕するような、矎しい曲線を描く本物の倧刀シャムシヌルが抜かれ、私の銖筋に冷たく抌し圓おられた。
「今ここでお前の銖をはねる」
 友人だったはずの男の目は、冗談など䞀切通じない、敬虔な信埒ずしおの怒りに燃えおいた。
 私は逃げ堎がないこずを悟った。構内の廊䞋に静かに座り蟌み、刀の冷たさを感じながら、ただ䞀蚀、芳念しお堂々ずした態床で答えた。
「  お奜きにDo as you please」
 目を逞らさず、死を受け入れたその態床が、逆に圌らの心を打った。アラブの文化には、死を恐れぬ勇敢な者ブレむブ・ワンに察し、敵味方を問わず深い敬意を払うずいう粟神が息づいおいたのだ。
 緊迫した沈黙の埌、圌らは刀を匕き、私を「真の友人」ずしお認め始めた。それどころか、友奜の蚌ずしお、圌らが纏っおいる癜い垃カフィヌダず、それを固定する銬の毛でできた黒い茪むカヌル――぀たり、民族衣装䞀匏を私に莈るずたで蚀い出したのだ。あたりに極端な振れ幅に困惑し぀぀も、私はそれを䞁重に断った。
 この䞀件で、私は骚身に染みお孊んだ。人類の戊争の歎史の倚くが宗教絡みであるこず、そしお他者の聖域に螏み蟌むこずがどれほど臎呜的な結果を招くかずいう「囜際瀟䌚の鉄の掟」を。それは教科曞で習う英語よりも遥かに重く、私の血肉ずなる教蚓だった


 倧孊生掻に慣れ、子䟛の頃から倢芋おいた「謎の䞉角地垯バミュヌダ」ぞ向かうこずにした。そこは私にずっお、航空機や船舶が応然ず姿を消す、恐怖ずロマンに満ちた「䞖界最倧のミステリヌスポット」だった。
 フロリダからの飛行機は、酞玠マスクが降りおくるほど激しく乱高䞋した。これぞバミュヌダ・トラむアングルの掗瀌か ず期埅に胞を膚らたせお着陞した。
 呑気に芳光客気分で出口に向かおうずしおいるず、いきなり、がしっず䞡腕を抱えられた。機関銃を持った譊備員人に。
 
 䜕事 ず思う間もなく別宀ぞ連れられる。䞀䜓党䜓䜕が起こっおいる。
 
 機関銃を小脇に抱えた係官が蚀う。
「君は䞀床この島に入ったら米囜には戻れない。匕き返すなら今だぞ」
 
「どういうこず」
 
 管理官は続けお説明する。
「米囜に戻るためにはリ゚ントリヌビザがいる」
 
 初耳である。旅行䌚瀟は䜕も蚀わなかった。ここが英囜領だず。そうバミュヌダは米囜の沖合に浮かぶ島だが米囜ではないのだ。
 
「マゞか」ず萜胆しおいたら、「孊生か」ず聞いおくる。
 ã€Œãã†ã ã€ãšç­”える。
 ã€Œå­Šç”ŸèšŒã¯æŒã£ãŠã„るか」
 ã€Œã“こにある」ず、米囜倧の孊生蚌を係官に芋せる。
 ã€Œãªã‚“だ、じゃ倧䞈倫。行っおいい」ず玠っ気なくあしらわれた。
 ä»ŠãŸã§ã®ç„¡é§„な緊匵感を埋め合わせろ ず蚀いたいくらいにあっけなく入囜蚱可された。
 
 スゲヌ、孊生蚌。䞇胜か 日本垰っおも持っおよ。――垰囜早々玛倱しおしたうのだが。
 
 無事に入囜しお目にした光景は、私を打ちのめした。 そこは謎に包たれた魔の海域などではなく、日本の芞胜人もお忍びで蚪れるずいう、ただの「掗緎された高玚リゟヌト地」だったのだ。
 魔の䞉角地垯の䌝説はどこぞ行ったのか。芳光客向けに敎えられた矎しい景色を前に、私の抱いおいた神秘的な憧憬は、音を立おお厩れ去った。タヌコむズブルヌの海も、ピンクサンドビヌチも、確かに矎しかった。しかし、それは「謎」ではなく「商品」ずしおの矎しさだった。たた䞀぀、私の倢ず憧れが、珟実ずいう名の光に晒されお消倱した。


 あっずいう間に留孊期間は過ぎおいき、資金も底を぀き始めおいた。理由は単玔である。思いのほか米囜南郚料理が口に合ったのだ。バッファロヌりむングやコヌンブレッド。フラむドオクラにフラむドトマト。䞭でも倧孊脇の店で䞭囜人コックが䜜るバッファロヌりむングは至犏だった。垰囜埌これらの味を探し続けおいるが、お目にかかったこずはない。名叀屋名物の手矜先も倪刀打ちできない皋矎味かった。人生最埌に食べたいものを聞かれたら、迷いなくあのバッファロヌりむングだ。
 


 ずいうわけで最埌の1週間はコヌンフレヌクだけで凌いで、留孊を終え、蟿り着いたニュヌペヌク。そこでも匷烈な掗瀌が埅っおいた。
 YHに向かうタクシヌを降りる際、私は確かに20ドル札を支払った。しかし、運転手は平然ずこう蚀い攟った。 「お前がくれたのはこの2ドル札だ。あず20ドル払え」
 瞬時に詐欺だず分かった。なぜなら圌が手にしおいたのは、滅倚にお目にかかれない、幞運の象城ずも呌ばれる貎重な「2ドル玙幣デュヌス」だったからだ。私が支払った20ドル札を、圌は䞀瞬の早業で手持ちの2ドル札にすり替えたのだ。
「わかった。では、私が払ったずいうその2ドル札を返しおくれ」 私は食い䞋がった。その垌少䟡倀を知っおいたからこそ、せめおその札を手に入れたいず考えたのだ。
 しかし、ドラむバヌは「これはチップずしおもらう」ず拒絶。
「远加で40ドル払うからその札を枡せ」ずさえ亀枉しおみたが、無駄だった。
 これ以䞊の抌し問答は危険だ。盞手が銃を取り出し、最悪の事態ホヌルドアップになるこずだけは避けなければならない。私は怒りを抌し殺し、呜の代䟡ずしおさらに20ドルを支払った。
 ニュヌペヌクぞは、政治や経枈の䞖界の䞭心を䞀目芋おおこうず蚪れたのだが、タクシヌの件で高揚感はなくなった。
「䞇胜な孊生蚌」割匕料金で囜連本郚を芳光し、危うくハヌレムで降りかけ、最埌にティファニヌでなぜか2本の銙氎を買ったこずしか思い出せない。
 少幎の頃から抱いおいた米囜ぞの憧れはもろくも厩れ去り、垰囜した。

 忘れおしたいたい蚘憶なのだが、実家ぞ垰る床に嫌でもニュヌペヌクを思い出すのだ。ティファニヌで賌入した銙氎の1本が、今も、実家の䟿所の片隅に鎮座し、あの䞍条理な日々の残り銙を挂わせおいるからだ。
 ――い぀たでこの銙氎が匂いを攟ち぀づけるかは知らんけど。

 

第15章免蚱はもらえない

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■□□□□ 6/10]
ステヌタスWorkaholic Elite & Sydney Weird過劎死ラむンの粟鋭ずシドニヌの謎


 3流倧孊の孊生ながら、孊業にだけは専念しおいたおかげで、就職戊線で受けた詊隓はすべお合栌した。某省庁をはじめ、いく぀もの公的機関から声がかかったが、結局私が遞んだのは、䌯父に勧められた「暇そうな田舎の広告代理店」だった。
 圓初の目論芋はこうだ。定時で仕事を切り䞊げ、倜は法埋孊校に通っお叞法詊隓に合栌する。
 䌯父の蚀う通り、確かに暇な郚眲は倚かった。しかし、私が配属されたのは、地獄のような残業を匷いられる郚眲だった。終電は圓たり前、逃せばタクシヌか、さもなくば翌日たで䞀睡もせずに働く。劎働基準法も36協定も、私の郚眲には適甚されない「孊校では習わない法埋」が支配しおいた。満員電車の䞭で胞が苊しくなり、意識を倱ったこずさえ䞀床ではない。

 そんなある日、組合幹郚が嬉々ずしお私の元ぞやっおきた。 「やったぞ君、党囜で3䜍だ」 聞けば、党瀟員3䞇人の䞭で幎間の残業時間数が党囜3䜍だずいう。劎働組合が喜ぶセリフか ず毒づきたくなったが、䞊䜍2名の数字を芋お絶句した。2,000時間を超えおいる。自分のこずは棚に䞊げ、この人たちは䞀䜓どうやっお生きおいるんだず他人を心配しおしたうほど、私の感芚は麻痺しおいた。


 入瀟2幎目の晩秋、私は珟状を打砎すべく「シドニヌ掟遣遞考詊隓」を受けたいず䞊叞に申し出た。 䞊叞は「君ぱリヌトだ。このたたいけば出䞖は間違いなし。合栌しおもその埌は『根無し草』になるだけだ」ず、䞀方的な瀟畜理論で撥ね぀けた。私は出䞖など1ミリも興味はなかったが、掚薊がなければ受隓すらできない。ワヌカホリックの疲れもあり、䞀床は諊めお肩を萜ずした。
 ずころが翌日、䞊叞が手のひらを返した。
「桜君 詊隓を受けおくれ。囜際郚から盎接指名が来た」
 瀟長盎属の囜際郚からの芁請に、自分の評䟡を気にした䞊叞が屈したのだ。こうしお私は詊隓に合栌し、残業地獄から脱出しおシドニヌ勀務を勝ち取った。
 本堎の英語を孊び盎し、垰囜したら倖務省か囜連ぞ転職しよう。 そう明るい未来を描いおいた私に、出発前日、囜際郚の幹郚が釘を刺した。
「君がすぐ蟞めるようなこずがあれば、この研修制床自䜓を廃止する。  いいな」
 冷や汗が出た。なぜ私の心を芋透かしおいる

 出発の日、空枯には倧勢の知人が芋送りに来た。 「こんなに芋送りが倚いや぀は初めおだ」ず囜際郚の瀟員は感心しおいたが、私の心境は正反察だった。なぜ来る。この䌚瀟に未緎など埮塵もないずいうのに  。抱く必芁のない眪悪感に、少しだけ胞が痛んだ。


 米囜で孊んだはずの「䞖界の仕組み」は、シドニヌでも圢を倉えお私を襲った。 空枯ぞ迎えに来た前任者は、開口䞀番「今幎は忙しくなるよ。私は2人しか来客がなかったから楜だったけど」ず、どうでもいい自慢話を始めた。匕継ぎず称しお連れ回された3日間のうち、2日は圌の芳光に付き合わされただけだった。
 極め付けは車だ。
「こっちでは車がないず死ぬよ。私の䞭叀車を150䞇円で譲っおあげる」
 なし厩し的に買わされたその「䞭叀の䞭叀車」は、珟地の同僚から蚀わせれば「Bloody rip off!ク゜みたいなボッタクリだ」ずいう代物だった。実際、私が垰囜する際の査定額は、わずか10䞇円。芋事なたでにカモにされたのだ。
 前任者が垰囜し、私はボンダむビヌチから埒歩3分ずいう、莅沢すぎるほど広いアパヌトで䞀人暮らしを始めた。仕事でもプラむベヌトでも頻繁に車を走らせるこずになるため、ニュヌサりスりェヌルズ州の運転免蚱を至急取埗するこずにした。
 詊隓は筆蚘ず実技で構成されおいるが、その実技がなんずも䞍可解だった。なんず、「自分の車で詊隓䌚堎に行き、その車に詊隓官を同乗させおテストを受ける」ずいうシステムなのだ。
 私の堎合は日本で囜際運転免蚱蚌を取埗しおいたので法的には問題ないが、ふず疑問が浮かんだ。
 珟地の方々は無免蚱状態で詊隓䌚堎たで行き、萜ちたらたた無免蚱運転しお垰るわけなのか うヌん、どういうこず

 日本のラむセンス取埗にかかる膚倧な劎力ず費甚を考えるず、その手軜さは雲泥の差だ。実に簡単、いや簡単すぎる。しかし、この「簡単なはずの詊隓」で、私は予期せぬ壁にぶち圓たるこずになる。

 ニュヌサりスりェヌルズ州の運転免蚱詊隓で自分の車に詊隓官を乗せお走る実技詊隓。私の運転は完璧だった。しかし、詊隓官の口から出たのは驚愕の蚀葉だった。
「君の運転はパヌフェクトだが、合栌させられない」
 圓時、これは新聞沙汰になるほどの倧きな人皮差別問題ずなっおいた。「アゞア人だから」ずいう理由だけで萜ずされる理䞍尜。 埌日、問題が公に報じられた埌に再受隓するず、今床はあっさりず合栌した。
 ちなみに筆蚘詊隓には、日本では考えられない項目があった。「ワむングラス3杯たでは飲酒運転OK」ずいうルヌルだ。
 ――珟圚もそのルヌルなのかは知らんけど。
 
 
 
 

 

第16章クリケットぎっくり腰

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■□□ 8/10]
ステヌタスAussie Culture Survivor豪州文化の掗瀌ず身䜓の神秘


 シドニヌ支瀟の入口には、ゲむの守衛がいた。今でこそ日本でもLGBTQずいう蚀葉が浞透しおいるが、圓時の欧米ではそれが日垞の颚景だった。私は圌がゲむであるこず自䜓は党く気にならなかったが、毎朝、圌の口から発せられる「ガラマむ」ずいう謎の単語を理解するのには、䞞1週間を芁した。   え、ナニ ず困惑し続けお7日目。ようやくそれが「Good day, mateグダむ・マむ」であるず刀明した。
 たた、私の教育係ずなった幎配の瀟員は生粋のオヌゞヌオヌストラリア人で、その蚛りは匷烈だった。若い䞖代の珟地人でさえ「圌が䜕を蚀っおいるのか分からない」ず匙を投げるレベルである。底抜けに明るく芪切な圌は毎日熱心に話しかけおくれるのだが、悲しいかな、私には䞀蚀も聞き取れない。 米囜の南郚蚛りも酷かったが、アラブやむンド、そしおこの地の蚛りに比べれば、米英の英語の違いなど些现なこずだ。「英語は䞖界共通語であり、無数のバリ゚ヌションがある」ずいう珟実を、シドニヌの職堎で思い知らされた。


 私は積極的に同僚たちの茪に入り、「リキッドランチ」を共にした。 パブでビヌルを飲むのが昌食代わりずいう、豪快な文化だ。そこには「䞀人䞀回ず぀党員に奢り合う」ずいう匷固な仕組みShoutがあった。䞉人で行けば、少なくずも「スクヌナヌ」ず呌ばれる䞭ゞョッキサむズのビヌルを3杯、぀たみなしで流し蟌むこずになる。
 䌑日も珟地人ずの亀流を心掛けたが、なぜかある日本囜領事ず意気投合しおしたい、頻繁に遊び回る矜目になった。圌の愛人ず思しき日本政府機関勀務の女性も加わり、日本人同士で矀れるのは本意ではなかったが、䞍思議ず居心地の良い遊び仲間ずなっおいた。


 そんな折、オヌゞヌの友人からクリケットの緎習に誘われた。ロヌンボりリングやオヌストラリアラグビヌなど、䞀通りの珟地スポヌツを芋分したタむミングでの絶奜の機䌚だ。二぀返事でOKしたが、これが埌に惚劇を招くこずになる。
 緎習堎所の公園は、シドニヌ䞭心郚から車で30分ほど。珟地集合ず聞き、玄束の時間通りに着くず、驚いたこずに緎習はすでに始たっおいた。 圌らも時間を守るどころか前倒しするこずがあるのか 意倖な䞀面に驚いおいるず、䜓栌の良いプレヌダヌから「ピッチャヌをやっおみろ」ず声がかかった。野球の芁領で投げようずするず、「腕を曲げずに、真っ盎ぐ䌞ばしたたた投げるんだ」ずルヌルを教えられた。
 蚀われるがたた、党力で投げ蟌んだ。 するずバッタヌがピッチャヌフラむを打ち䞊げ、私がそれを鮮やかにキャッチ。その瞬間、敵味方の双方から倧歓声が沞き起こった。同僚からは絶賛され、盞手バッタヌからも「ナむスピッチ」ず興奮気味に握手を求められた。 ルヌルすら知らない私は、クリケットにおいおピッチャヌフラむを捕るこずが、いかに高床で皀有なプレヌであるかを、呚囲の熱狂によっお知らされたのだ。
 投球に飜きた私は、今床はバッティングバットマンを頌たれた。
「360床どこぞ打っおもいい。ずにかく圓おお振り抜け」ずいうシンプルな助蚀を受け、私は打垭に立った。 ボヌルが攟たれる。私は党身党霊を蟌めおバットを匷振した。
 その瞬間、腰に激痛が走った。 アニメヌションのコマ送りのように、スロヌモヌションで䞖界が歪み、私はそのたた芝生にうずくたった。 高校時代のテニス以来、運動らしい運動をしおいなかった身䜓に、あの倉則的な投球ず匷匕なフルスむング。どこかが壊れるのは必然だった。人生初の「ぎっくり腰」である。

「スゲヌぞ、腰  」

 芝生に倧の字に暪たわりながら、私は感動しおいた。指先をほんの少し曲げただけで、腰に痛みが走る。身䜓のあらゆる動きの起点に「腰」があるずいう身䜓メカニズムの神秘を、私は激痛の䞭で発芋したのだ。転んでもただでは起きない、いや、痛すぎお起き䞊がれなかっただけだが、ある皮の喜びさえ感じおいた。
 やがお日は暮れ、緎習も終わり、同僚たちも心配そうに立ち去っおいった。 こんなずころで䞀晩明かすわけにはいかない。 自らに蚀い聞かせ、車のシヌトを限界たで埌ろに倒しお寝そべるような姿勢で運転し、腰の痛みず栌闘しながらなんずか垰宅した。

 翌日、クリニックで蚺察を受けた際、同僚は私の容態を「crook back」ず呌んだ。日本で習った「魔女の䞀撃」ずは単語が違うが、こちらではそう呌ぶのだろうず玍埗し、以来、私の英単語垳に「ぎっくり腰crook back」が刻たれた。 正盎、今でもその語源が正しいかは知らんけど
 以来、「ぎっくり腰」は私の人生に幎䞀回必ず発症する、招かれざる「恒䟋行事」ずなっおしたったのである。
 

 

第17章毒クラゲで危機䞀髪

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■□□□ 7/10]
ステヌタスCairns Survivor & Supernatural Witnessケアンズの生存者ず怪異の目撃者


 シドニヌ赎任の噂は、日本にいる友人知人の間にあっずいう間に広たった。おかげで我が家は、ホテル代を浮かせたい来蚪者たちの栌安宿ず化し、私は無料の芳光ガむドずしお駆り出される日々を送るこずになった。 そんな䞭で、ようやく䞡芪に恩返しらしいこずができるのは嬉しかった。䞀週間ほどの芳光旅行にやっおきた䞡芪を連れ、あちこちの名所を案内した。しかし、埌日圌らが「䞀番楜しかった思い出」ずしお語ったのは、意倖なものだった。
 それは、「私が二人を街䞭に眮き去りにし、少額の豪ドルだけを枡しお仕事ぞ行き、その間に二人だけで芳光したこず」だずいう。 ぀たない英語で銀行ぞ行き、日本円を豪ドルに䞡替したこず。カフェで泚文の仕方が分からず、隣の客ず同じものを指差しお頌んだこず。珟地の人に「ここに䜏んでいる日本人」ず間違われお道を尋ねられたこず  。そんな些现な経隓が、䜕より蚘憶に刻たれたそうだ。
 䞀方、芪父の楜しみは毎朝のボンダむビヌチの散歩だった。「芋知らぬ矎女がにっこり挚拶しおくれる」ず、今でも濁った県を茝かせお語る。そう、ボンダむは有名なトップレスビヌチなのだ。
今の様子は知らんけど。


 続いお、テキサスで働いおいた兄もシドニヌぞやっおきた。シドニヌ芳光を早々に切り䞊げ、なぜか兄匟二人でケアンズぞ飛ぶこずになった。 優秀な兄のこずだ、綿密なプランを立おおいるに違いない。 そう高を括っおいたが、珟地でレンタカヌを借りるなり圌は蚀い攟った。
「お前、オヌストラリア詳しいだろ。任せるわ」
「シドニヌ近郊ならずもかく、倧陞党土に粟通しおるわけないだろ」ず蚀い返したが、時間は惜しい。
 ホテルのパンフレットから盎感で遞んだのが、「タむガヌモス耇葉機での遊芧飛行」だった。
 小さな滑走路にポツンず眮かれた機䜓は、キャノピヌ颚防もない剥き出しの代物。パむロットがプロペラを力任せに手で回しお゚ンゞンをかける姿は、戊時䞭のれロ戊の映画そのものだ。
「手動匏か  」兄が珍しげにその動䜜を凝芖した。
 䞀抹の䞍安を抱えながら離陞するず、颚を党身に受ける爜快感に包たれた。倧型機では味わえない「鳥の芖点」に感動し、歓声を䞊げようずしたその瞬間、私の機䜓の゚ンゞンが突劂停止した。
「うわあああ」
 機䜓は自由萜䞋を始める。隣を飛ぶ兄の機䜓も同じように萜ちおいく。死を芚悟したが、それはパむロットによるお決たりの空䞭パフォヌマンスだった。二床ほどの宙返りを経お、心臓が止たるような思いで地䞊ぞ戻った。兄も「驚いたな」ず挏らしおいたが、私はなぜか「たあ、あんなもんだよ」ず知ったかぶりをした。


 その埌、ビヌチでゞェットスキヌを借りた。スポヌツ䞇胜を自負する兄匟ゆえ、すぐに乗りこなせるず思っおいたが、珟実は厳しかった。2時間栌闘しお、ようやく2床ほど立おたものの、タヌンすらできずに時間切れ。兄も「難しいものだな」ず呟いおいた。
 手持ち無沙汰になった私たちは、目の前の沖合に芋える、小島のような浅瀬たで泳いでいくこずにした。 玔癜の砂州に䞊陞した瞬間、異様な光景に立ちすくんだ。地面が蠢いおいる。無数の、芋たこずもない鮮やかな青色のカニが矀れをなしおいたのだ。 そしお、その島にはもう1人、5歳ほどの金髪の少幎がいた。 芪の姿は芋圓たらない。その矎しい少幎は、無衚情のたた、機械的な動䜜でカニたちを螏み぀け、虐殺を続けおいた。その幌くも端正な顔に感情はなく、ただカニを殺す䜜業に没頭しおいる。

 盎感が知らせる緊急アラヌトが脳内に響く。
――ここは、来おはいけない堎所だ
 埗䜓の知れない恐怖に襲われ、急いで島を離れた。兄は凄たじい速さのクロヌルで岞ぞ向かう。私は平泳ぎで、逃げるように埌を远った。 ふず、振り返った。   そこには、口角を「ニダリ」ず䞊げおこちらを芋぀める少幎の姿があった。

 コバルトブルヌの海、突き抜けるような倪陜の䞋。それなのに、拭いきれない邪悪な䜕かが私を芆っおいた。 必死に岞ぞ向かっお泳いでいた時、突然、手銖に鋭い痛みが走った。 芋るず、青く现長い玐のようなものが巻き付いおいる。手繰り寄せるず、その先には半透明の物䜓。
  クラゲ
 その正䜓を芋た瞬間、ビヌチの看板を思い出した。猛毒を持぀「カツヲノ゚ボシ」、別名ブルヌボトルだ。 危機管理胜力が極限で発動したのか、私は猛スピヌドで岞ぞ䞊がり、垞備されおいた酢を患郚に济びせた。幞い、数日の痛みず腫れだけで枈んだが、「もう䞀床刺されたらアナフィラキシヌで死ぬのではないか」ずいう䞍安が今も消えない。

 埌から思えば、ゞェットスキヌ甚にりェットスヌツず手袋を着甚しおいたのに、なぜピンポむントで露出しおいた手銖を刺されたのか。あの少幎は䜕者だったのか。海ずの盞性が悪いのか、それずも超自然的な䜕かに魅入られたのか  。

 オヌストラリアでの日々は、思い出すだけでも䞀苊劎なほど、あたりにも濃密な䜓隓の連続だった。
 だが、ただ語らなければならないこずがある。

第18章ヌヌディストビヌチの眠

痛み指数[Pain Scale: ■■■□□□□□□□ 3/10]
ステヌタスDistracted Lifesaver煩悩に負けた救助者


 小孊校からの友人、前山。か぀お教宀でクラスメむト盞手に商売をしおいたほど商魂たくたしい圌ずは、地元での就職先が近かったせいか、通勀電車の䞭で偶然の再䌚を果たした。
「桜、あたり詳しくは蚀えないが、俺は囜家公務員だ」
 秘密めいた態床で語る圌ず居酒屋で飲み明かし、ようやく聞き出した職は、なんず囜皎局の査察郚――いわゆる「マルサ」だった。
 クラスメむトから金を巻き䞊げおいたあの前山が、今や囜民から皎金巻き䞊げる、いや、脱皎を暎くプロになっおいるずは。 その埌、もう䞀人の旧友・田䞘も亀えお遊ぶようになったが、春には私のシドニヌ赎任が決たっおいた。 「向こうぞ行ったら遊びに来いよ。芳光案内は任せろ」 そう玄束を亀わし、半幎埌。前山は玄束通り、䞀人でシドニヌぞやっおきた。


 愛車に圌を乗せ、ボンダむのフラットアパヌトぞ向かった。数日間、定番の芳光地を巡った埌、前山が切り出した。
「ボトムレス・ビヌチ党裞ビヌチに行きたい。○○ビヌチずかいう所だ」
「よくそんな情報を仕入れおきたな」
 私は圌の盞倉わらずの情報収集胜力に、小孊校時代の面圱を芋た。珟地で聞き蟌みをするず、確かにそのビヌチは実圚するようだが、そこに入るには自分も真っ裞になる芚悟が必芁らしい。
「前山、脱げるか」
「ずりあえず、行くだけ行っおみようじゃないか」
 地図を頌りに車を走らせるこず䞀時間。ようやく蟿り着いたその浜蟺には、驚くほど人圱がなかった。
「䞀䜓どこがボトムレスなのだ。ガセネタじゃないのか」
 毒づく私を制しお、前山は「お前はい぀も急ぎすぎる」ず嗜めた。
 するず、その盎埌だった。䞀人のブロンド矎女が悠然ず歩いおきお、我々の目の前で寝そべった。圌女はおもむろにビキニの玐を解き、文字通り「ボトムレス」の状態になる。
「圓たりだな。蚀った通りだろ」 前山は勝ち誇った顔をしおいた。
 察する私は蚀葉を倱い、脳内で「サンオむルでも塗りたしょうか」ずいう党男性共通の劄想を展開しおいた。  なぜ俺はこういう時のための英語を勉匷しおこなかったんだ ず埌悔の念に駆られ぀぀、ふず隣を振り返るず――前山の姿が、応然ず消えおいた。
 どこぞ行った 芖界の端で金髪の矎神を捉え぀぀呚囲を芋枡すず、前山はい぀の間にか海ぞ入り、沖の方で無邪気に手を振っおいた。 おい、矎女を芋逃しお泳いでいる堎合か  ず突っ蟌もうずしたが、様子がおかしい。圌は叫んでいる。いや、どんどん遠くぞ流されおいる。
   やばい、離岞流だ  助けに行こうずしたその時、どこからずもなく珟れた屈匷なオダゞが、凄たじい速さで海ぞ飛び蟌んだ。あっずいう間に前山を確保し、浜ぞず匕き揚げおきた。 救出された前山に察し、オダゞは烈火のごずく怒鳎り散らしおいた。
「看板が芋えねえのか リップカレント離岞流泚意っお曞いおあんだろ」
「  読めん」
 流暢な英語でしれっず返す前山の姿が、あたりに滑皜で、私は死にかけおいた芪友を前に思わず倱笑しおしたった。 海岞をよく芋るず、わずか10メヌトルほどの間隔で2぀の看板が立っおいた。「このサむンの間は離岞流泚意」――地元の人間なら絶察に近づかない死のトラップに、圌は真っ向から飛び蟌んでいったのだ。
「お前どうしお助けに来おくれなかったんだ」
 安堵からか、恚めしそうに責める前山に、私は答えた。
「いや、飛び蟌もうずしたらあのオダゞに制されたんだよ。プロに任せろっおな」
 嘘ではない。ただ、その瞬間の私の意識の99が「党裞のブロンド矎女」に釘付けになっおいたこずだけは、墓堎たで持っおいく秘密だ。
 結局、゚ロスの高揚感はサバむバルの緊匵感にかき消され、前山は「垰ろう」ず䞀蚀。

 埌日、私は䞀人であのボトムレス・ビヌチぞ蟿り着こうず䜕床も詊みたが、なぜか2床ず芋぀けるこずができなかった。
 垰囜したら、前山に尋ねおみよう。あれは本圓に珟実だったのか、それずも砂䞊の楌閣だったのか。 薄情な奎ず思われようが、友人が溺れかけた恐怖よりも、あの時芋た「矎神」の残像が、今も私の蚘憶を離さないのである。
 

 

第19章奎らの䜏凊に

痛み指数[Pain Scale: ■■□□□□□□□□ 2/10]
ステヌタスSelfish Navigator & Matchmaker無自芚な恋のキュヌピッド


 高校時代のテニス郚の友人「ひさし」が、はるばるオヌストラリアぞ遊びに来た。 しかし、すでに倧勢の友人知人を案内し続けおいた私は、正盎なずころシドニヌ芳光にはもう、うんざりしおいた。そこで、ただ到着したばかりの圌を無理やり説き䌏せ、ゎヌルドコヌストぞ連れ出すこずにした。
「えヌ、もう少しシドニヌを芳たいのに」
「シドニヌなんお芳るずころはもうない。それより、ゎヌルドコヌストでスキュヌバのラむセンスを取れ。日本に垰っお䞀生自慢できるぞ」
「  それもそうかな」
蚀質は取った。さっそく予玄だ。実は、圌にラむセンス取埗を勧めたのはあくたで建前で、本音はシドニヌで既に免蚱を持っおいた私が、ただゎヌルドコヌストの海で朜りたかっただけだ。


 空枯に到着するなり、予玄しおいた幎代物のオヌプンカヌを借りた。 ギラ぀く倪陜、心地よい海颚。ラゞオからは INXS の「Suicide Blonde」がアップテンポに流れ出す。最高に気持ちいい。
 海岞沿いのダむビングスクヌルに到着し、近くのコむンパヌキングに車を停めた時だった。ひさしがめざずく䜕かを芋぀けた。
「おい、あれは䜕だ」ひさしが驚くように呟いた。
こちらに向かっお、二人のブロンド矎女が歩いおくる。しかも、ビキニ姿だ。
「やあ 君たち、こんなずころで䜕をしおいるんだい」尋ねる私に、矎女たちは圓たり前のように答えた。
「お金をあげおいるのよ」
「ハむ」どういうこず
 聞けば、圌女たちはパヌキングメヌタヌの時間が切れそうな車を芋぀けおは、自分たちのコむンを投入しお回っおいるのだずいう。
「芳光客ぞのサヌビスよ。駐車違反で切笊を切られたら、せっかくの旅行が台無しでしょ」
「マゞかよ、ゎヌルドコヌスト  」 ひさしは感動しおいた。
 文字通り「ゎヌルド」なホスピタリティに、圌の䞍満は䞀気に吹き飛んだようだった。
「桜、お前の勝手には呆れるけど、ここに来お正解だったわ」
 安䞊がりなダツだ。


 そこから3日間、ひさしはラむセンス取埗の講習ぞ、私はファンダむビングのグルヌプぞず別行動になった。 ダむビングは2人1組の「バディ」を組むのが鉄則だ。そしお幞運なこずに、私のバディは北欧から来た譊察官の矎女だった。圌女は3ヶ月のバカンスを満喫䞭だずいう。
「ゞョヌ、1週間皋床の䌑みはバカンスずは呌ばないのよ」 2本目のダむブを終え、ランチを共にしおいるず、圌女から烈烈たる日本瀟䌚批刀が始たった。
「1ヶ月は䌑たないず。日本人は働きすぎよ、クレヌゞヌだわ。そんなに劎働環境が悪いのに、䞀䜓䜕のために働いおいるの」
 䜕のため  金か 生きるためか 䌑暇を取ればクビが飛び、遊びに行く䜓力すら削られる日本の珟実を説明しながら、私は自問自答せざるを埗なかった。
 この北欧矎女ずの進展も期埅したかったが、3日目には私のバディは小汚い珟地のおっさんに亀代しおいた。


 ひさしを無理やりダむビングに付き合わせた圢になったので、さすがに申し蚳ないず思い、垰りに近くのワニ園ぞ寄るこずにした。
「デケヌな、クロコダむル  」
 園内にうじゃうじゃず蠢く、獰猛な恐竜の生き残り。ひさしはその嚁圧感に完党に腰が匕けおいた。䞀方の私は、圌らが攟぀異様な「ワニ臭」に錻がもげそうになっおいた。それは、爬虫類特有の、むせ返るような匷烈な獣臭だった。
 ワニ園を出た埌、私たちはなぜだか近くの湿地垯をぶらぶらず散歩するこずにした。そこには本来、決しお芋逃しおはならない譊告板が立っおいたはずなのだが、二人ずもそれを完党に玠通りしおいた。 数10メヌトルほど歩きながら、昔話に花を咲かせおいた時だ。ふず、蚘憶に新しい「あの臭い」が錻に぀いた。
「ひさし、走るぞ」
 叫ぶず同時に、猛スピヌドでその堎を駆け出した。 党速力で逃げながら湿地に目をやるず、氎面に二぀の光る県が浮かんでいるのが芋えた。 もし、あの「ワニ臭」に気づくのがあず数秒遅れおいたら。あるいは、ワニ園でその臭いを孊習しおいなかったら  。
 私たちは今頃、ゎヌルドコヌストの湿地で「奎らの逌」になっおいたかもしれない。


 さお、スキュヌバダむビングのラむセンス取埗に散々文句を蚀っおいたひさしだが、実は垰囜埌、驚くほどの矎人ず結婚した。

「どこであんな矎人ず出䌚ったんだ」 し぀こく問い詰める私に、圌はバツが悪そうに癜状した。
「  沖瞄の海でダむビングをしお、そこでバディになった圌女ず  」

 オヌストラリアの看板にはよくこう曞いおある。 「If there is water, assume there is a crocodile氎があるなら、ワニがいるず思え」
 だが、ひさしにずっおは違ったようだ。 「海に朜れば、矎女がいる」 それが圌の正解だったのだ。私は北欧矎女ず瞁がなかったずいうのに、この野郎は
 私の「勝手な誘い」が、たさか友の運呜の扉を開くこずになろうずは――スキュヌバダむビングの魔力、恐るべし。
 ただし、誰もがスキュヌバダむビングの恩恵にあずかれるかどうかは知らんけど。

 

第20章ダンダヌストヌム

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■□□□ 7/10]
ステヌタスSolo Outback Explorer荒野の孀独な探玢者


 25歳の誕生日。それは私の人生においお、単なる加霢以䞊の、法的な「自由」を意味しおいた。オヌストラリアでは25歳を境に、ようやくレンタカヌずいう名の「自由の翌」を無条件で手にするこずができるからだ。私はさっそく、倧陞の心臓郚アリススプリングスで盞棒レンタカヌを調達し、オヌストラリアの「ヘ゜」ぞず向かった。
 目的地はりルル゚アヌズロック。
 匷颚に煜られ、身䜓を岩肌にめり蟌たせるように屈めながら、前を行く銀髪の矎女が残す足跡を暙識代わりに远い、私は぀いにその頂ぞず蟿り着いた。360床、地平線たで遮るもののないアりトバックの絶景。高所ぞの恐怖で「ナニ」が瞮こたる䜙裕さえ奪われるほどの圧倒的なスケヌルだ。

 日没前、岩の呚囲をゆっくりずドラむブしおいるず、空は魔法のようなグラデヌションに染たっおいった。鮮やかなブルヌから燃えるようなオレンゞ、深いルビヌ、そしお神秘的なノァむオレット玫色ぞ。やがお、芋たこずもない密床の星々が、コズミックブラックの闇の䞭で瞬き始める。
「私は挆黒の芇者だ  」
 南十字星に向かっお、独り吠えた。孀独な倜特有の、恥ずかしくも高朔な「厚二病」的゚キサむティング。荒野の真ん䞭で、私は自分が䞖界の䞭心にいるような錯芚に酔いしれおいた。


 翌日、私はさらなる北の果お、ダヌりィンを目指しお走り出した。 地平線の圌方たで、定芏で匕いたように続く䞀本道。スピヌドメヌタヌは時速150キロを指しおいる。窓を開ければ、銀灰色に茝くナヌカリの鋭い銙りが、灌熱の颚ずずもに車内ぞ流れ蟌む。 誰ずもすれ違わない、音のない䞖界。このたた地球の端から飛び出しおしたうのではないかずいう䞍安ず、䞍思議な充足感が亀互に抌し寄せおくる。しかし、その莅沢な静寂は、倩から振り䞋ろされた抗いがたい力によっお唐突に切り裂かれた。

 空は瞬く間に鉛色ぞず倉貌し、芖界を焌き尜くす巚倧な皲劻が、爆撃のように倧地を貫き始めた。
 ダヌン ドヌン ピシッ バリバリ
 それはもはや「音」ずいう抂念を超えおいた。倧気そのものが連続しお爆発しおいるかのような、物理的な衝撃波。珟地人が「ヘクタヌHector the Convector」ず呌び畏れる、狂気的なサンダヌストヌムだ。
 呜の危険を本胜で察知し、私は路肩に車を寄せた。レンタカヌずいう名の薄い鉄の箱の䞭で、ただ身䜓を䞞めお震える。あたりの恐怖に脳がショヌトしたのか、口からは堎違いな独り蚀が挏れた。
「  あたらなければ、どうずいうこずはない」
 赀い圗星ばりの匷がりを口にしおみたが、その盎埌、目ず錻の先にあるナヌカリの巚朚が、凄たじい爆音ずずもに真っ二぀に裂けるのを目撃した。私は即座に前蚀を撀回した。
「いや  盎撃したら即死だった」
 震える膝を抌さえながら、私は䞍条理な笑いを感じおいた。死の淵でアニメのセリフを匕甚する。そんな滑皜な自分に察し、䞍思議ずわずかな誇らしささえ抱いおいた。


 その時だった。激しい萜雷の応酬が、倧気䞭に倧量のオゟンを創り出し、この䞖のものずは思えない奇跡を珟出させた。 䞖界が、玫ノァむオレットに染たったのだ。
「ああ  ノァむオレット」
 窓の倖に広がるナヌカリの森も、果おしなく続くアスファルトも、すべおが神秘的な玫色の光に包たれおいる。それは、神の怒りずいうよりは、あたりにも荘厳で、矎しい「浄化の光」カタルシスだった。
 その光に照らされたずき、私の䞭で䜕かが匟けた。 角膜移怍から始たった、私の歪な半生。暗闇の䞭で『私』ずいう意識が産声を䞊げ、県球に突き刺さった針の蚘憶から始たった、痛みず䞍条理の積み重ね。か぀おの絶望も、癒えない心の傷跡も、この凄たじい嵐ず降り泚ぐ玫の光によっお、跡圢もなく掗い流されおいくのを感じた。

 この嵐は、私を裁きに来たのではない。過去の執着も、誰にも蚀えない苊しみも、すべおを無れロに垰すために倩から降ろされた、救枈の光だったのだ。激痛ず恐怖に震えおいた私の心は、この圧倒的な景芳の䞭で、䞍思議なほど静かに、そしお枅らかに凪いでいった。
 私は再び、アクセルを螏み蟌んだ。
「あたらなければ、どうずいうこずはない」
 今床は自分を欺くための匷がりではなく、新しい䞖界ぞ螏み出すために。

 だが、人生ずはそう容易く事が運ぶものではない。 この浄化の盎埌、次なる「痛み」のステヌゞが、音もなく背埌から迫っおいたのである。
 

 

第21章ヘリスキヌずクッキヌ

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■□□□□ 6/10]
ステヌタスAccidental Safety Warning生きた教蚓ずなった男


 日本垰囜埌、私は同時通蚳の逊成孊校ぞ通うこずになった。圓時の勀務先には専門の通蚳がおらず、英語が埗意なだけの「普通の瀟員」がその堎を凌いでいた。私もその䞀人ずしお評䟡されおいたが、実地での英語力は䞋降線を蟿る䞀方。「これではダメだ」ずいう危機感ず䌚瀟の方針が重なり、私は倜の孊校ぞず送り出されたのだ。
 幞い、残業が枛ったこずで䌑暇も取りやすくなっおいた。私は心身の掗濯ずばかりに、旧友・前山を誘っおカナダぞのスキヌ旅行を䌁おた。


 旅皋は韓囜゜りル経由。乗り継ぎの埅ち時間を利甚した垂内芳光が組み蟌たれおいた。空枯でガむドを埅぀私たちの前に、䞀人の男が歩み寄っおきた。流暢な日本語を操る、スヌツ姿の男だ。
「日本語ができる女子倧生、玹介するよ」
 おっきり公匏のガむドだず思い蟌んでいた私たちは困惑した。前山が「どうする」ず私に耳打ちする。
「いや、ダメだろ」ず答え぀぀も、「しかし埌孊のために  。䜕事も経隓だよな」ず、我々の態床は絵に描いたように優柔䞍断に揺れ動く。そこぞ本物の女性ガむドが珟れた。
「探したしたよ 最近、空枯で日本人を颚俗ぞ誘う業者が倚いのです。気を぀けおくださいね」
 去り行く男の背䞭を芋送りながら、私たちは「ガむドだず思っおいたんだよ」ず、自分たちの煩悩を必死に誀魔化した。誀魔化せたかどうかは知らんけど。

 ゜りル芳光䞭、カナダぞ向かう日本人高校生や、恋人に䌚いに垰囜するずいうカナダ人女性ず芪しくなった。私は䜕を血迷ったか、ツルゲヌネフの『初恋』の䞀節を匕甚し、圌女に脈があるか詊しおみた。 「Do you often risk your life for a moment pleasure?䞀瞬の悊楜のために、呜を懞けるこずはあるかい」
「No!」 即答だった。ロシア文孊の重厚な問いかけも、カナダ人女性の珟実的な䟡倀芳の前には䞀瞬で霧散した。私の英語力の問題か、魅力の問題かは知らんけど。


 りィッスラヌのスキヌ堎に到着した翌日、私たちは憧れのヘリスキヌに挑んだ。ヘリで未螏の山頂ぞ降り立ち、ベテランガむドの導きで新雪を切り裂く。それは、通垞のゲレンデでは決しお味わえない究極の快感だった。
 しかし、数本目の滑降䞭に悲劇は起きた。転倒した際、跳ね䞊がったスキヌ板が埌方ぞ䞀回転し、私の埌頭郚を盎撃したのだ。 あたりの寒さに感芚が麻痺しおいたが、ゞンゞンずした鈍い痛みがあった。倧したこずはないだろうず滑り続けようずした私に、ガむドが冷培に告げた。
「お前の滑った跡を芋おみろ」
 振り返るず、玔癜の雪面に点々ず赀い斑点が残されおいた。   俺の血か
「続けるか」ずの問いに「もちろん」ず答え、私はさらに2本の滑降を完遂した。滑り終えた埌の充実感は、流血の痛みを忘れさせるほどだった。

 その倜、ホテル近くにあった地䞋の巚倧なバヌでカラオケを熱唱した。100人皋で埋め尜くされおいた䌚堎からは割れんばかりの倧歓声。数人ず握手を亀わし、「スタヌ」になった気分でホテルぞ戻り、深い眠りに萜ちた。


 深倜、激しいノックの音で目が芚めた。ドアを開けるず、日本人ツアヌガむドが青ざめた顔で立っおいた。
「今すぐ病院ぞ行きたしょう」
「 なぜ」ず問い返す私に、圌は絶句しながらベッドの枕を指差した。 そこには、ホラヌ映画さながらに真っ赀に染たった枕があった。芖芚的な衝撃を受けた途端、埌頭郚の痛みがにわかに増しおきた。
 ふもずのクリニックぞ担ぎ蟌たれるず、幎配の医垫が蚺断を䞋し、若手の医垫が瞫合を担圓するこずになった。だが、この若手医垫が曲者だった。 圌は巊手にクッキヌを持ち、あろうこずかクッキヌを頬匵りながら私の傷口を瞫おうずしたのだ。
「ちょっず埅お、消毒も麻酔もしないのか」
「  いるのか」
「圓たり前だ、しおくれ」
「わかった。  このクッキヌ、うたいぞ。君も食べるか」
「埌でいただくから、今はそのクッキヌをしたっおくれ」
 私は蟌み䞊げる䞍条理な怒りを抑えお頌み蟌んだ。圌は枋々クッキヌを癜衣のポケットにねじ蟌み、ようやく「適切な」凊眮を開始した。局所麻酔のおかげで痛みは消えたが、䜕針瞫ったかは芚えおいない。 凊眮が終わるず、圌はニコニコしながらクッキヌの箱を差し出し、「奜きなだけ持っおいけ」ず促した。たさに珟代のクッキヌモンスタヌ。私はありがたく䞀枚頂戎し、病院を埌にした。


 垰囜埌、前山から意倖な話を聞かされた。 「お前、りィッスラヌで有名人になっおるぞ」
「やはり、あのカラオケが倧奜評だったからな」
「いや、ヘリスキヌだ」
 圌の同僚がりィッスラヌでヘリスキヌをした際、ガむドからこんな泚意を受けたずいう。
「先日、頭を怪我した日本人がいた。圌は垜子すら被っおいなかった。皆さん、最䜎限垜子は必ず着甚するように」
 私はおっきり、あの倜の歌声が䌝説になったのだず自惚れおいた。だが珟実は、安党教育の「生け莄」ずしお、私の流血事件が語り継がれおいるだけだった。 クッキヌモンスタヌ医垫から「垰囜埌にCTを撮れ」ず蚀われたのを思い出し、撮圱だけは枈たせた。蚺察結果は芚えおいないが。

 ツルゲヌネフの問いに「No」ず答えた圌女は正しかった。䞀瞬の悊楜ヘリスキヌのために呜を懞けた結果、私はカナダの雪山に血ず、そしお消えない矞恥心を眮いおくるこずになったのだから。
 しかしながら、今もこの泚意事項が続けられおいるかは知らんけど。

 

第22章テオティワカン遺跡

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステヌタスCritical Hardware Failure臎呜的なハヌドりェア故障
 


 5歳たで蚘憶を遡り、数々の“痛い”を思い出しおきた私の旅。その到達点が「毒アリに金タマを咬たれる」ずいう、神の悪戯ずしか思えない惚劇になろうずは。
 
OMG
 
それは、毒よりも甘い誘惑だった。普通の男性なら狂喜乱舞するであろう、矎女からの「金タマ吞い出しオファヌ」。
だが、私の股間は今、毒アリどもに蹂躙された盎埌の生々しい戊堎なのだ。
 
「結構です。埌で冷やすので。ずにかく今はそっずしおおいお」
 
差し出された愛の救いの手を、私は玉の痛みゆえに、あたりにも冷培に振り払っおしたった。埌の祭りである。
 ã“のやり取りを他の矎女達が芋逃すはずがない。いや間違いなく聞き耳を立おおいたに違いない。
 ã€Œç§ã«ã‚‚芋せお」
 今床は矎女3人から懇願されるこずになる。私の金タマはパンダが䜕か珍獣か
 ã€ŒèŠ‹ã‚‹ã ã‘ã ã‹ã‚‰ïŒã€
 いやいや觊る気でもあるのか
 ã€€ãšã‚“でもない奜奇心なのか、䜕なのか知らないが、どれだけ玉を芋たいんだ
 きっずこの先私の人生においおこんな僥倖は蚪れないだろうなどずは、たったく、1ミリたりずも考えなかった。それほどに玉が痛かったのだ。痛みが私の思考ず身䜓を完党に支配しおいた。
 いくら20代半ばの男性でも毒アリに金タマを咬たれた盎埌には異性に察する欲求など党くないだろう。きっず傟囜の矎女クラスの誘惑でも動じるこずはないず蚀い切れる。煩悩を焌き尜くした聖人ではなく、単にタマが痛すぎる男の本音だ。
 
 そうこうしおいるうちになにやら車内がざわ぀いおきた。前方のお偉方も埌方で起こっおいる「隒動」に気が぀かないはずはない。
 ã€Œé™ã‹ã«ã—お。早く垭に戻っお」
 私は面倒なこずになっおはいけないず圌女たちを远い払った。
 ズキズキ玉が疌く。そっずパンツの䞭を芗き蟌んでみる。やはり先ほどより腫れおきた。
 サボテンの実がりチワサボテンになるようなら、今倜ホテルのコンシェルゞェに盞談しよう。
 私の頭の䞭は倜のパヌティヌでの通蚳の仕事ず、玉のサむズのこずでいっぱいだった。矎女たちのこずなどすっかり忘れおいた。
 
 その倜、パヌティヌでの仕事をなんずかこなした。通蚳業務に集䞭しおいたせいか玉の痛みが少々和らいだようだった。
 急ぎ郚屋に戻り、痛みはなくならないが医者に行くたでもないず改めお自分に蚀い聞かせ、ホテルのフロントに郚屋たで氷を持っおくるよう頌んだ。
 
 その盎埌、郚屋の電話がなった。フロントから「氷が無い」ずいう電話かず思い぀぀受話噚をずる。
 ã€Œç§ã®éƒšå±‹ã«æ¥ãŠãã‚ŒãŸã›ã‚“か」
 矎女からの電話だった。なんでもトむレが故障したずかで芋おほしいずのこずだ。
 ã€Œã²ã‚‡ã£ãšã—お、トむレットペヌパヌを流したの 玙は流さずゎミ箱に捚おるんだよ」
 受話噚越しに私は圌女に海倖あるあるを説明した。そのようだった。詰たったらしい。
 ã€Œãƒ•ロントに䌝えおおくからしばらく埅っおいお。私は今郚屋を出られないので」そう䌝えおあっさり電話を切った。
 理由はずもかく、矎女から「郚屋に来おほしい」ずのお誘いを断る若い独身男性がいるだろうか。
 やはり、アリの毒を君の口で吞い出しお欲しいず頌めばよかったのか。
その結果どうなるかは知らんけど。
 
 しばらくしお、埅望の氷が郚屋に届けられた。シャンパンかワむンでも冷やすず思ったのだろう。氷はアむスボックスに入っおいた。至極圓然のこずだが。
 瀌を蚀っおキュヌブアむスで満たされたボックスを受け取った。ホテルスタッフもたさかこのボックスの甚途たでは想像しおいないだろう。滟った金タマをチャポヌンずいれるずは。
 
 どうやっお股間を氷で冷やそうか考える以前に行動に移しおいた。その箱に氎を泚ぎ、熱く肥倧化し぀぀あった玉をダむブさせた。冷たすぎるが、このたた䞭腰のスクワットの態勢で暫く冷やそう。
 だがこの姿勢はキツむ。腰に異倉を感じる。これではギックリ腰になる。そう思い、バスタブやらトむレやら、楜に冷やせる堎所を求めお郚屋䞭を埘埊した。䞋半身裞のたたで。そこぞ郚屋のドアベルが鳎る。
 
 誰だこの非垞時に、鬱陶しい
 股間にアむスボックスをあおたたたドアの芗き窓を芗くず、なんず件の矎女が立っおいるではないか。
 ドアを開けるわけにはいかない。かずいっおどうやっおこの状況をしのぎ切るか。
 
 居留守を䜿うこずにした。静かに音䞀぀立おずにドアベルが数回抌されるのを無芖続けた。やがおあきらめたようで、立ち去ったようだった。
――アメリカでの銃密売屋の襲撃、タスマニアのカゞノホテルで深倜にドアを叩きながら叫ぶ襲撃者などを躱した必殺技。居留守。
 
 ほっずしお、玉を冷やすこずに専念した。ベッドに䞡手を぀いたカ゚ルのような姿勢で䞡膝を曲げるずいい具合に股間を冷やせた。しかしながら、玉以倖の敏感な噚官も冷やされるのが難点だ。竿を手で持ち䞊げお玉だけ氷氎に぀ける。
ヌヌよもや地球の裏偎でこんなこずをする矜目になろうずは  。
 
 しばらくするずほずんど股間の感芚がなくなっおきた。これ以䞊続けるず埌々圱響が出るのではないかず思い、アむスボックスはずりあえずテヌブルに眮き、シャワヌを济びるこずにした。ゆったりずバスタブに浞かっおリラックスしたかったのだが、玉を枩めたくはなかったので断念した。
 バスルヌムから出るず再び玉をアむスボックスぞダむブさせた。そこでドアベルが鳎った。
 
 今床はなんだ。ドアの小窓を芗いおみる。
 たたかしかも矎女が人増えおいる。
そういえば「郚屋から出られない」ず電話で圌女に釈明したこずを忘れおいた。私が郚屋にいるこずを圌女は確認枈みだったのだ。
 さっきはトむレにでもはいっおいるず思っおいったん匕き䞊げたのか。ならば今床は無芖できそうにない。芳念し぀぀も、郚屋になだれ蟌たれおはかなわないず、ドアチェヌンを倖さずドアをそっず開けた。
 
「倧䞈倫ですか」
優しく聞いおくる圌女たち。
 ã€Œäœ•ずかね」
 ã€Œéƒšå±‹ã«å…¥ã£ãŠã‚‚いいですか」
 ã€Œã‚·ãƒ£ãƒ¯ãƒŒæµŽã³ãŠã„たから、ちょっず今は  」
 ã€Œæ°—にしなくおいいですよ」
 私が気にする。がに股で股間を氷氎に浞した姿を。
 こい぀ら䜕ずしおでも毒アリに咬たれた金タマがみたいのかもはや盞手が矎女だずいう認識は完党になくなっおいた。
 
「明日も色々ず行事があるから早く郚屋で寝た方がいいよ。私は倧䞈倫だから」
 ã€Œç—›ãã¯ãªã„のですか」
 ã€Œã©ã“が」あえお女性の口からは蚀いにくいよう質問で返す。
 私の狙いは倖れ、「ア・゜・コですよ」ずさらっず聞いおきた。うら若き乙女が億面もなく。
 矎女にずっおは普通の事なのかもしれない。男の玉を芋るこずなど。それでも、毒アリに咬たれお腫れた金タマを芋る機䌚などあるわけがないのだ。その機䌚を逃したくないずいう欲求が乙女の恥じらいを忘れさせおいるのだろう。しかも、毒アリすら魅了するような銙しい玉ならなおさらだ。
 
 そこぞいいタむミングで郚屋の電話が鳎った。声の䞻はプレむボヌむで名高い新聞蚘者からだった。
 ã€ŒåœŒå¥³ãŸã¡èª°ã‚‚郚屋にいないのだが、君ず䞀緒にいるの」
 さすが名うおのプレむボヌむ。矎女3人の郚屋にアタックしたようだ。事実、郚屋にあげおはいないので、「いいえ」ずだけ返事をした。
 
「どこぞ行ったのだろう。ひょっずしお君䜕か聞いおいないか」
 ã€ŒçŸ¥ã‚ŠãŸã›ã‚“。おやすみなさい」ずすぐ電話を切った。
 
 たったくこの男は女の事しか頭にないのか。ずいうよりも、䞀緒に海倖出匵しおいるのが矎女3人。しかも飛び切りの矎女。同じホテルに泊たったのなら、これぐらいのこずは普通の男ならするのだろう。ずもかく受話噚越しに圌女たちの声でも聞かれたら倧事だ。圌の事だ、すっずんで来るに違いない。
 
「仕事の打ち合わせが入った。皆早く郚屋ぞ戻っおね。明日も早いからおやすみ」ず、この電話を利甚させおもらい、圌女たちを远い返すのに成功した。
 


 
 翌朝、朝食のビュッフェを食べおいるず、件の女性がスッず自然に私の隣に座っおきた。
 
「おはようございたす」
 昚倜䜕事もなかったかのように明るく挚拶された。
 ã€ŒãŠã¯ã‚ˆã†ã€ãšã“ちらも普通に挚拶する。やたしいこずは䜕ひず぀ないので、いわゆる呚囲に悟られるようなカップル的な雰囲気を醞し出すようなこずはない。
 
「お付き合いしたせんか」
 突然圌女は切り出しおきた。
 ã€Œã¯ã£ïŒŸã€
 ã€Œä»˜ãåˆã„たしょうよ」
 äœ•を蚀っおくるのだ。朝䞀番に。昚倜䜕かあればただしも、玠っ気なくあしらったのに。
 そうか昚倜矎女人で郚屋を蚪れ、どちらが先に私を口説き萜ずすか競争でもしおいるのだな。
 瞬時に小孊生の頃の苊い思い出がよみがえった。そしおこう圌女に投げかけた。
「君、日本出発の時圌氏が荷物持っおゲヌトたで芋送りに来おいたでしょ」
 私は出発時に空枯ぞ䞀番入りしお䞀行を出迎えおチェックむンの手䌝いをしたため、最埌に空枯ぞ悠然ず珟れたこの矎女を鮮明に芚えおいたのだ。
 ã€€ã—かし圌女は䞀切動じるこずなく「やだ。埓匟ですよ」ず。
「そんなわけあるか」
 å–‰å…ƒãŸã§å‡ºãŠã„たが、喉元を過ぎおいた。口にしおしたった。ダバむ。圌女の顔を芋られない。
 ã€Œãƒ›ãƒ³ãƒˆã«é•いたすよ」ずいう割に、その埌圌女は䞀蚀も話しをしなかった。やはり図星だったのだろう。
 
ずもかく、䞀通りメキシコでの仕事を終えお䜕事もなく無事に垰囜した。勿論、私の玉も無事に通垞サむズに戻っお。䞀般男性の普通サむズかどうかは知らんけど。
 
 日本ぞ垰囜埌も圌女達ず仕事を共にする機䌚があり、その郜床件の女性からお誘いを受けた。
 ã€Œç§ã®ç•ªå·ã¯ã“れだから」ず電話番号のメモを枡される。
「付き合いたしょう」ず蚀われおも、「たたか」ずいう感じだった。
どんな矎女でも䞀床ドン匕きしおいるので、誘われおも高揚感などは䞀切なかった。
「君の笑顔も僕には通甚しないよ」ず蚀っお、䞁重に断った぀もりであったのだが。
「そんなこず蚀う人初めお」ず䞊機嫌にさせおしたった。圌女には逆効果だった。きっず圌女の人生で自分の誘いを断る男性などいなかったのだろう。
 
 結局のずころ、床圌女ずお出かけするこずになったのだが、倕食を共にしたこずは䞀床もなく、いわんや男女の仲になるこずもなかった。䜕ずなく、私ず䌚った埌に別の男ず䌚うのだろうなず感じおいた。
 なぜか私には、圌女が、あの黒曜石売りのオダゞにしか思えなかったのだ。倱瀌ながら。
 
 そしお圌女がようやく諊めおくれる日が来た。
 それは、正月䌑みに入る前の倜だった。案の定、䌚っお話しただけで、はいさよならずいう流れだった。矎女だから少々もったいないなず䌚っおいただけで、特に愛情も芜生えず、それでいいかず割り切っおいたずころ、「幎末幎始泊りで旅行ぞ行きたしょうよ」ず真顔で誘っおきた。
 ただ食事さえしたこずないのに。䞀䜓党䜓䜕を考えおいるのか。しかし私は圓時同時通蚳の倜孊に通っおおり、その宿題がたたっおいたため、たたもや正盎に返答した。
 ã€Œå¹Žè¶Šã—で勉匷する぀もりなんだ。英語の課題が溜たっおいおね」
 するず圌女の顔が鬌の様な圢盞に䞀倉した。
 
「そんな人いるわけがないじゃない 嘘を぀くならもっずたしな嘘を぀いおよ」
 
 そう蚀うず、怒り心頭の様子でドスドスず立ち去っお行った。以埌圌女から連絡が来るこずはなかった。勿論私から連絡するこずも。
 
 実のずころ、矎女3人のうちのもう1人別の女性ず飲みに行ったこずがあった。圌女からは自分の習っおいるフラメンコの舞台を芋に来おほしいずチケットいただいたので、舞台を拝芋した。圌女の螊る姿はずおも綺麗だった。
挔技が終わるや吊や、あの時の新聞蚘者が舞台袖にから圌女に花束を枡しおいた。
 さすが、プレむボヌむ。女性の扱い方を心埗おいるず感心しお䌚堎を埌にした。圌女は知り合いにチケットを配っおいただけであり、私はその他倧勢の1人だったずいうわけだ。以埌圌女ずも䌚うこずはなかった。
その埌矎女たちがどうなったかは知らんけど。
 
 
――い぀でも䜕凊でも「䞃海」を探しおいた、私の心の奥底にしたい蟌んだ、あれほどたでに玔粋な初恋のメモリヌ。
 
 そんな倧切な心の宝石箱に保管しおいた初恋。それを、タコス屋の看板を目にした時、あるいは街角でマリアッチの音楜が流れおくる床に、無意識に股間をおさえおしたう、「毒アリ、金タマ・ミスコン矎女」ずいう薄汚れた蚘憶に䞊曞きされようずは  。
 神に䞀蚀申し䞊げたい。
「私が『初恋』の䞻人公のように、い぀たでも過去の蚘憶に瞛られお独身のたた生きないようにず、匷制的に䞊曞きしおくれたのかもしれたせんが、いくらなんでも、この䞊曞きの仕方はあんたりではないですか」
床が過ぎるわ」

 

第23章䞍条理の果おに

痛み指数[Pain Scale: ■■■■■■■■■■ 10/10]
ステヌタスExistence as a Misprint誀怍された存圚
 


桜ゞョヌ
 実は、これが私の本名ではない。 私のファヌストネヌムは、挢字䞀文字で「柔」ず曞く。
 だが、䞡芪ず兄を陀き、これたでの人生でこの名を正しく呌んでくれた者は誰䞀人ずしおいなかった。小孊校の教垫、クラスメむト、病院の埅合宀での呌び出し、そしお瀟䌚人になっおからの名刺亀換。あらゆる堎面で、私は自分の名前が「ダワラ」でも「ゞュり」でもないこずを説明し続けおきた。その䞍毛な時間の环積は蚈り知れない。
 実の祖母でさえ、死ぬたで私の名を正しく呌ぶこずはなかった。
「じゅうくん、こっちにおいで」
「  おばあちゃん、ちがうよ」
「やわら  」
 小孊3幎生の自己玹介の時、私は぀いに諊めにも䌌た決断を䞋した。「これからは、俺のこずを『ゞョヌ』ず呌んでくれ」。 正確には「じょうじ」なのだが。読めるか
 䞭孊二幎生になったある日、私は意を決しお父に名前の由来を尋ねた。
「お前も知っおいるだろう。あの有名な映画俳優だ。宇宙船に乗っお、耳の尖った宇宙人ず䞀緒に旅をする  。その登堎人物を挔じた日系人俳優の名前から、䞀字いただいたんだ」
 私は即座に、冷ややかな反論を突き぀けた。 「間違っおいる。そもそも、あの俳優の名前は挢字ですらない。ゞョヌゞ・タケむだ」
 するず父は、動じるこずもなく蚀葉を濁した。「いや埅およ、あれは確か、高名な占い垫に盞談しお決めたんだったか  」
 あたりにも皚拙な嘘。私は悟った。この男は、次男である私のこずなど、はなから県䞭になかったのだ。 埌に母から聞いた話では、私の出産時に立ち䌚ったのは父ではなく、母の実兄である私の䌯父だったずいう。「お前が生たれる倢を芋た」ず、深倜の授産斜蚭に駆け぀けたのは䌯父だった。
 出生の翌日、名前すら考えおいなかった父は、圹所の窓口で、その堎で思い぀いた昚倜テレビで芳た映画俳優の名前を蚘入した。テキトヌな挢字を、その堎の思い぀きで。そしお圹所も圹所だ。よくもそんな出鱈目な名前を、確かめもせずに受理したものだ。 その瞬間、私の存圚は公的に「異物」ずしお登録され、私のアむデンティティは氞久に「誀怍」されたたた固定されたのである。


 私の「むタむ」遍歎は、出生の翌日から始たっおいた。そう諊めおいたのだが、䞍条理の底はさらに深かった。
 
 メキシコ出匵から垰囜した私は、土産を枡そうず、䞡芪を誘っお喫茶店で談話しおいた。ちなみに、土産は黒曜石ではない。せっかく「䞀぀土産に買っおやる」ず申し出たにもかかわらず、あのオダゞは売り蟌みを忘れお、黒曜石売り仲間に「金タマを毒アリに咬たれた男」の話を蚀いふらしに行っおしたったからだ。
 珈琲が運ばれおくるたでの静かな時間。私は䜕気なく、䞡手をテヌブルの䞊に眮いた。それを芋た母が、唐突に声を䞊げた。いや、それは悲鳎に近い叫びだった。
「あんたの手、どうしおそんなに小さいの」
 その䞀蚀は、か぀おアりトバックで济びたサンダヌストヌムのように、私の脳倩を盎撃した。愕然ずしお自分の手を芋぀める。確かに、私の手は、産みの芪である小柄な母よりもなお、小さかった。 だが、それ以䞊に私を打ちのめしたのは、その事実を今さら指摘するのが「あなたなのか」 ずいう絶望的なたでの䞍条理だった。

 そしお同時に、私は間抜けにもすべおを理解した。
 なぜ、少幎時代の私は゜フトボヌルやドッゞボヌルがあれほど苊手だったのか。
 なぜ、テニスラケットは垞に女性甚の现いグリップでなければならなかったのか。
 なぜ、兄から「ギタヌの簡単なコヌドすら抌さえられない」ずなじられたのか。
 なぜ  。
 すべおの答えは、私の「小さな手」にあった。そしお、その䞍郜合な真実を、産みの母自身がたるで「新皮の未知の生物」を発芋したかのように突き぀けおくる。
 名前も違う、手のサむズも違う  。私は最初からこの家族の『異物』だったのだ。
 

 埐々に芖界ががやけおくる。あのオヌストラリアの倕日ずは真逆のグラデヌションで。
 䜕かを吐き出しそうだ。先ほど食べた喫茶店のスパゲッティか。いや、胃液か。違う、そうではない。どす黒い毒  闇だ。口や錻や目からドロドロしたタヌル状の闇があふれ出おくる。
 私の䞭に蓄積された䞍条理ずいう名の真っ黒な毒が堰を切ったように溢れ出し、䞖界そのものを芆い尜くした。
 
 私は、あの5歳の県球手術埌の底知れない暗闇の䞭ぞず、真っ逆さたに舞い戻っおいた。
 挆黒の䞖界。
 自分ではない別の「声」が、絶え間なく頭の䞭に響いおいた。
「お前は誰だ」
「ここはどこだ」
「どうしおお前はここにいる」

 

あずがき

Epilogue: No Worries? No, Big Worries!
 この物語を最埌たで読み進めおくださった、皀有で奇特な読者様ぞ。
 人生を振り返れば、それはさながら「痛みの博芧䌚」のようでした。5歳で芚醒し、県球に鋭利な針を突き刺されたあの日から、私の䞖界は垞に「次は䞀䜓、䜕が来るのか」ずいう、諊めにも䌌た冷ややかな期埅感ず共にありたした。
 バットで頭蓋を叩き割られようず、尿道に埗䜓の知れない管を通されようず、初恋の成就を無慈悲に粉砕されようず。あるいは、メキシコの巚倧なピラミッドの麓で、毒アリに己の急所を捧げようず。その瞬間の私は、垞に「痛芚の限界点」を冷静に芳察するような、どこか北の囜から送り蟌たれたスパむのような心地でいたした。
「なぜ、私だけがこんな目に」 そう倩を仰ぎ、嘆いた倜もありたした。しかし、今なら分かりたす。
 䞖界は、私に「普通」ずいう安息を蚱さなかった。その代わりに、「痛み」ずいう匷烈なフィルタヌを通すこずで、人々の剥き出しの優しさや残酷さ、そしお自分の䞭に眠る異垞なたでの奜奇心ず、驚異的な適応胜力を教えおくれたのです。
 メキシコの熱垯倜、矎女からの誘いを冷培に断り、股間を氷氎で冷やしおいたあの時、私の心は「正しい嘘」を぀けない己の䞍噚甚さに震えおいたした。しかし、その滑皜で、あたりに正盎すぎる姿こそが、「桜ゞョヌ」ずいう人間の真実だったのでしょう。
 今、私の「通垞サむズ」に戻った日垞の䞭で、この血ず汗ず笑いの蚘録を綎り終えたした。
 もし、あなたが今、䜕らかの困難や䞍条理な痛みに盎面し、立ちすくんでいるのなら、どうか思い出しおください。 地球の裏偎には、果物の銙りのデオドラントスプレヌをしたばかりに、猛毒のアリに金タマを蹂躙され、それでもなお翌朝には䜕食わぬ顔でビュッフェを堪胜しおいる男がいたずいうこずを。
 人生に「No worries問題ない」なんお日は、たず来たせん。 実態は倧抵「Worries問題だらけ」です。
 けれど、その耐え難い困難も、悶絶するような痛みでさえも、い぀かは「知らんけど」ずいう魔法の蚀葉ず共に、最高の笑い話に倉えられる日が必ず来たす。それを、「通垞の3倍」にたで腫れあがった蚘憶が、そしお誀怍されたたたのアむデンティティが蚌明しおいたす。
「尿道結石など足぀がマッサヌゞだぜ」ず「痛み」の基準倀を蚈る物差しをドブに捚おた男がいるこずをどうか芚えおいお䞋さい。
 あなたのこれたでの「痛み」が、い぀か誰かの「勇気」、あるいは「爆笑」に倉わるこずを心から願っおいたす。

 さお、かなり割愛しおお届けした桜ゞョヌの物語ですが、これでもただ、ようやく20代半ばに差し掛かったずころです。この先の「さらなる痛み」をご披露できるかどうかは、読者の皆様次第。
――知らんけど。


【線集埌蚘】
本曞は登堎人物の名前をはじめ、物語ずしおの構成䞊、倚少の脚色を加えおはいたすが、すべお著者の身に起きた真実に基づく゚ピ゜ヌドです。
完
 


いいなず思ったら応揎しよう