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「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第4話

    第4話 ケアマネ、【地域課題】を考える


    「というと?」

     ネルが心の中で思い浮かべたのは、【地域課題】という言葉だ。

    「今回、私わたくしはたまたまアクトン夫妻という、困っている方々に出会いましたわ。けれど、困っているのは彼らだけではないはずです」

     ケアマネとして、忘れてはならない重要な視点だ。個別の支援を通して、その地域が持っている課題を見つける。そして、新たな【社会資源】の創出に向けて働きかけるのだ。

    ===Tips3===

    【地域課題】とは
    例えば「独居高齢者が多く住んでいるため、孤独死のリスクが高い高齢者が多い」など、地域の特性などと関連して発生する課題を指す。近年では、ケアマネが個別のケースに対応する中で『地域課題』を発見する役割を担うことを期待されている。主に市町村などの自治体(地域包括支援センターなど)が、この課題を集積して新たな社会資源の創出を目指している。

    =========

    「あの街には、労働者階級が多く住んでいます。地方から出稼ぎにきて、そのまま住み着いた方も」
    「つまり、アクトン夫妻以外にも、親族や友人に頼ることができない孤立している高齢世帯があるのではないか、ということだね?」
    「ええ。低所得の世帯が多く住んでいるので、深刻な問題を抱える方が他にもいらっしゃるかもしれませんわ」

     ううむと考え込んだネルに、グレアムが微笑む。

    「なるほど」

     グレアムが懐から手帳を取り出した。そこに、何かを書き付けていく。

    「協力しよう」
    「え?」
    「王子として、この問題に取り組もう」
    「ですが……」

     ネルにとっては、ただの情報収集のために持ちかけた話題でしかない。まさか、グレアム自身が協力を申し出るとは思ってもみなかった。

    「といっても、君が言い出したことだから。これは君の仕・事・だよ?」

     グレアムがパチンとウィンクする。

    「未来の大公妃として、国民のことをこれほど考えてくれているとは!」

     大仰に両手を広げたグレアムに、ネルの頬がヒクリと引きつった。第2王子であるグレアムは王になることはない。学院を卒業して成人式を迎えた後は、王子ではなく大公と呼ばれ、国政の重要な役割を担うことになる。
     将来、その妃となるのが婚約者であるネルだ。今のところは、だが。

    「僕は嬉しいよ」

     と、グレアムはうっとりと微笑んだ。

    「あ、いえ、あの、そのぅ……」

     ネルはその笑顔の眩しさに、しどろもどろに曖昧な返事をすることしかできなかった。

     * * *

     使用人にとっては大騒動となった晩餐会の翌朝、彼らを労うためにネルは厨房に来ていた。

    「皆さん、昨夜はごめんなさいね」

     ボーナスを包んで、それを手ずから使用人たちに配るためだ。

    (まずは身近な方に『悪役なんかじゃない』と理解していただかなくては)

     と意気込んで来たネルだったが、使用人たちの様子は予想とはまるで違った。

    「まあまあ、ネルお嬢様!」
    「またボーナスですか!」
    「王子様がいらっしゃる度にいただいて!」
    「逆に申し訳ないですなぁ!」
    「お食事はお気に召していただけましたかな?」
    「次は、いつ頃いらっしゃいますかね?」

     と、使用人たちは親しげにネルに話しかけるのだ。

    (あら?)

     ネルの記憶では、彼女は意地悪な性格で使用人たちにもきつくあたっていたはずだ。

    (……それはゲームをプレイした前世の私わたくしの、ネルというキャラクターについての記憶だわ。もしかして、今世の私わたくしは……)

     どうやら、屋敷の使用人から嫌われてはいないようだ。
     その証拠に、厳つい顔の料理長は『試作品だ』と言って可愛らしい細工の砂糖菓子をネルに差し出しているし、いつもしかめ面の家政婦ハウスキーパーは甘いココアの準備を始めた。どちらもネルの大好物だ。

    「ありがとう」

     と礼を言えば、使用人たちの表情が華やぐ。

    (……私の知っているシナリオと違うのかしら?)

     と考え込んでいたネルのもとに、慌てた様子の執事が駆けてきた。

    「お嬢様、グレアム王子殿下がいらっしゃいました!」
    「殿下が!?」

     ネルは慌てて応接間に向かった。そこには、ネルの父であるクラム伯爵と談笑するグレアムがいた。

    「グレアム殿下、おまたせして申し訳ございません」
    「いいんだよ、ネル。……今日も可愛いね」

     グレアムがうっとりと微笑んで言うと、クラム伯爵も頷いた。

    「我が家の自慢の末娘ですからな」
    「本当に。こんな素晴らしい淑女を育てた伯爵家の皆には、頭が上がらないな」
    「恐縮でございます」

     恥ずかしげもなく言葉を交わす二人に、ネルは目を白黒させるしかない。

    「おっと。ネルの可愛らしさを前に、今日の用事を忘れるところだったよ」

     グレアムが手を叩くと、彼の侍従が一枚の文書を差し出した。立派な文書だった。ツヤツヤで真っ白な上質紙に、流麗な文字が綴られている。グレアムは文書を受け取ってからゴホンと一つ咳払いをして、内容を読み上げ始めた。

    「ネル・クラム伯爵令嬢を特別職に任じる。高齢者の介護に関する諸問題の解決に向けて、必要な策を講じること。また、この文書を以もってその身分を証明する。この文書の提示を受けた者は、速やかに協力すること」

     今度はネルの方に差し出された文書の末尾には、国王の署名と御璽ぎょじが押されている。

    (大変なことになってしまったわ……!)

     と、ネルは内心で震えながらも、確かにその文書を受け取った。国王からの勅旨だ。受け取りを拒否することはできない。

    「昨夜、『まずはあちこちを回って現状把握をしなければなりません。神殿や行政府にも情報収集に行かなければ……』と言っていただろう? この勅旨があれば、仕事がうんとやりやすくなるよ」

     『特別職』とは、行政府や軍部などの組織に所属することなく国政に関わる職務に就く人物に与えられる職位だ。基本的に給与は支払われないが、代わりにその仕事に対して様々な便宜が図られる。

    (仕事が早い……!)

     ネルは内心で舌を巻いた。
     まだ学生でありながら、グレアムは行政府の仕事もこなしている。かなりの辣腕らつわんであると風のうわさに聞いたことはあるが、予想以上だ。

    (予想以上と言うか、予想の斜め上、ですわね)

     ネルは苦笑いを浮かべながらも、グレアムに向けて膝を折った。勅旨を運んできた人物に、王に対する代わりに礼をとるのだ。

    「謹んで、承ります」

    つづく!


    #創作大賞2024 #お仕事小説部門


     
     
    2020年頃から小説家になろうに投稿しているweb小説家です。 2023年10月にKADOKAWA様より書籍化していただき、以降、ぽつぽつと書籍を刊行させていただいております。

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