
あの日、トイレで声をかけた人と今
私には親友がいる。
彼女との出会いは、中学一年生の入学式の日だった。
学校のトイレで見かけた彼女は、目が大きく愛らしく、どこか話しかけやすい雰囲気をまとっていた。
私は思い切って声をかけた。
まるで『チャリーとチョコレート工場』のベルーカとバイオレットが「友達になりましょう」と言うような感覚で。
その後、同じクラスであることが分かり私たちの関係は始まった。
中高一貫で6年間同じ学校に通ったものの、同じクラスになったのは二度とだけ。
しかし部活動はずっと一緒で、私は部長、彼女は副部長を務めた。
長い付き合いの中で、相手を羨ましく思うこともあり、彼女には私にはないものを持っており何事もそつなくこなす姿に嫉妬したことがある。
しかし、後になり彼女もまた私に対して同じような感情を抱いていたことを知った。互いに羨望や嫉妬を感じながらも、それが関係を壊すことはなかった。
意外なことに私たちは学生時代に2人で遊んだ回数は片手もいかない。
それでも、いつも気づけば隣にいる存在だった。
私が彼女を本当の意味で親友だと感じ始めたのは、卒業後からである。大学生になってからは毎月のように会い、コロナ禍でもリモートをするなど、何でもない話や近況を語り合った。
大学はお互い違うので、駅で待ち合わせていたが驚くほど毎回時間がズレてしまう彼女。
それでも気にせず、会った途端から話しをしながら歩き、行き先は何も言わなくても駅直通のショッピングモールへ足が勝手に進む。
着いたもののどこへ行くか決めておらず、話途中で「どこいく?」が合言葉。
そんなこんなで4年間会い続けた。
社会人になった今は地方と都会に離れて暮らしているが、帰省するたびに時間を作って会ってくれる。
私も年に一度は旅行がてら彼女の元を訪ねる。
彼女は人当たりがよく、友人も多い。そんな彼女が数ある人間関係の中で、今も私との縁を大切にしていることを嬉しく思う。
学生時代の私は、「親友とはいつも一緒にいて、何でも話せる存在」だと思っていた。
しかし今は違う。
会う頻度や距離ではなく、「離れていても自然に会いたいと思える」こと、「会えば昨日の続きのように話せる」ことこそが親友なのだと感じている。
あの日、トイレで一目惚れしたように声をかけた彼女は、今ではかけがえのない親友である。