
6/30
僕はこの空の色が好きだ。タブレットから聞こえてくる歓声と落胆の声を背に、ベランダで煙を吐く。一斉に動き始めたタイムラインを流しながら、今日の終わりと始まりを同時に迎えるその顔は何の感情も映さない。きっと数時間後には普段とは少しだけ違った日常を送っているはずだ。いや、それこそが日常なのだろうか。
空は、誰のものでもない色をしている。青とも灰ともつかないその境界を眺めていると、自分まで輪郭を失っていく錯覚を覚える。ポケットの中でスマートフォンが一度だけ震えた。見なくても誰からか分かっている。通知音は切ってあるのに、振動だけは律儀に仕事をする。
『寝てないの?』
短い一文。
画面を閉じて、煙草を灰皿に押し付ける。返信はしない。どうせあと数時間もすれば、直接会うことになる。その時にはもう、今まで通りの「おはよう」は使えない。使えたとしても、それはきっと昨日までの意味じゃない。
タブレットからは誰かのインタビューが聞こえてくる。誰かが勝って、誰かが負けた。世界は数え切れないほどの勝敗でできていて、そのどれもが当事者以外には数秒で消費されていく。画面の向こうでは人生が変わった人間がいて、こちら側では僕が最後の一本に火をつける。案外、その違いなんて大したものじゃないのかもしれない。
空は、少しだけ灰色に傾いていた。僕は最後の煙を吐き出し、それを今日最初のため息にした。