
それでも私が私で在りたかった〜デートDV私に起きた全ての事〜#46【創作大賞2026応募版】
それでも私が私で在りたかった
数日後、福祉から連絡が入った。
今日、荷物を運び出し、物件を明け渡すという。
あの部屋には、もう私たち親子の痕跡は何も残らない。
誠一は荷物の行き先を探ろうとしたかもしれない。けれど荷物は福祉が管理している。もう追うことはできない。
そう思うと、不思議と心は穏やかだった。
翌週、私は息子の住む街へ向かい、不動産会社を訪ねた。
事情を話すと親身に耳を傾けてくれ、一件目から安心して相談できる会社に出会えた。
案内された物件の中には、以前から気になっていた部屋があった。
玄関を開けると、柔らかな光が部屋いっぱいに広がる。
築年数は古くても室内はきれいにリノベーションされ、新しいエアコンや照明、モニター付きインターホンも備えられていた。
洗濯機置き場の横には収納として使えそうな空間もある。
ここに棚を置こう。
カーテンは明るい色にしよう。
そんなことを考えている自分に気づき、思わず笑みがこぼれた。
逃げるための部屋ではない。
これから生きていくための場所だった。
契約へ向けた手続きを進め、その日のうちに物件が決まった。
すると、もう一つの知らせが届く。
保護命令が発令された。
誠一は審問には来なかったという。
最後まで自分の言葉で向き合うことなく、この出来事は静かに幕を閉じた。
怒りも、悲しみもなかった。
ただ、
「終わった。」
その一言だけが胸に浮かんだ。
振り返れば、あの日の私は、生き延びることだけで精一杯だった。
恐怖の中で、自分らしささえ見失っていた。
それでも、多くの人に支えられ、一歩ずつ前へ進んできた。
傷ついた過去は消えない。
失った時間も戻らない。
それでも私は、その過去だけで人生を終わらせたくはなかった。
誰かのためではなく、自分の人生を、自分の足で歩いていきたい。
そう願い続けた先に、ようやく今日という日があった。
それでも私は、私で在りたかった。
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