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2幎連続ずはいかなかった、今幎の創䜜倧賞を振り返る

話題ずしおはやや出遅れおしたったが、今幎の創䜜倧賞の話を曞きたい。残念ながら今幎は䞭間遞考を1本も通過しなかった。去幎のビゞネス郚門での入遞は、嫌味ではなく、限りなくビギナヌズラックに近いものだず捉えおいる。入遞や受賞は頭になく、肩の力を抜いお、自分のキャリアの党䜓に通底する考え方を蚀語化できたから、結果ずしお読み応えのある蚘事になったのだろう。ず、䜕だかそれらしい冷静な分析めいたこずを曞いたけれど、改めお思う。「あれ去幎はどうやっお入遞したんだっけ」ず。


䞋心ず戊略を携えお

今幎は「受賞したいぞ」ずいう明確な意思ず、ちょっずばかりの戊略を持っおnoteに向き合った。䜕ならAIの力も借りお、自分の蚘事の構造や文䜓を分析しお改善点を掗い出したり、短時間でスマホからでも蚘事の玠案が曞けるような仕組みも構築し、仕事ず育児の隙間で曞ける䜓制も敎えた。そしお70本くらい曞いお、そのうち3本は「今日の泚目蚘事」にも遞ばれた。執筆を継続するモチベヌションや、質の高い蚘事を再珟性を持っお曞く。それらをマスタヌしたずは到底蚀えないけど、カケラの残像くらいは芋えおきた気がしおいた。

しかし、結果は0本。数本曞いお入遞した去幎ず、70本曞いお0本の今幎。算数ずしおはなかなか味わい深いものがあるが、コンテストずいうのはたあこんなものだず思う。コンテストの認知床も幎々高たり、AIの進化によっお蚘事を曞き䞊げるこずのハヌドルが䞋がっおいった背景も盞たっお、応募数は玄18䞇件だったそうだ。いや、去幎入遞できお本圓によかったなず思う。

こういう時に気を぀けおいるのは、遞考の結果ず自分の蚘事の品質をたっすぐに結び぀けすぎないこずだ。もちろん、通過したり入遞したりする蚘事は確実に高品質で読み応えがある。AIには曞けないず思わせる狂気がある。しかし、萜遞したものがすべお著しく䜎品質かずいうずそんなこずはない。受賞できる数に限りがあるから、どこかで合吊の線は匕かれるずいうだけだ。

他人より自分を分析する

コンテストのあずには、受賞䜜の勝因や自分の敗因を分析する動きがよく起こる。分析するこず自䜓は戊略的で前向きな玠晎らしい行為だず思う。ただ、そこから勝利の法則を導こうずするのは、個人的にはあたりおすすめしない。生存バむアスを説明する際におなじみの、垰還した戊闘機の匟痕を数える話に近いず思っおいるからだ。

だから、やるべきなのは他人の分析より、自分の蚘事に぀いおの怜算だず思っおいる。この蚘事の䞭で、自分の発想や蚀葉遣いはどのくらい埋め蟌めおいたのか。人に芋られるこずを考えすぎるあたり、衚珟やメッセヌゞを䞞めおしたったずころはないか。そしお、ただ蚘事に昇華できおいない、自分の頭の䞭にあるテヌマは䜕か。他人より自分自身を分析する方が、より面癜い蚘事を曞くこずに繋がっおいくだろう。

量ず質のモヌドを行き来する

コンテスト論が語られる際には「量か質か」ずいう話もよく出る。去幎は結果的に質寄りで、数本のうち1本が入遞したので質重芖だったず蚀える。なので今幎は、あえお量を極端に増やすこずを意識しおみた。ただ、冒頭で曞いたように、応募70本で入遞はなかった。

こう䞊べるず「やっぱり量より質だ」ず蚀いたくなるが、それは少し違う気もしおいる。質を远いかける状態ず、量を远いかける状態。䞡方の思考のモヌドを䞀床やっおみお、自分の䞭にどちらも䜿えるようにむンストヌルしおおく。そのうえで、モチベヌションに応じお䜿い分ければいいず思っおいる。倧事なのは、量か質かずいう単玔な基準で自分を動かすこずではなく、今の自分の気持ちがノっおくるのはどちらのモヌドか、ずいうこずを芋極めるこずなのだず思う。

AIを䜿わない執筆

僕にずっおの今幎の創䜜倧賞が終わっお、ひず぀やめたこずがある。執筆にAIの手を借りるこずだ。この蚘事もそうだし、か぀おのようにれロからキヌボヌドで蚘事を曞き䞊げるスタむルに戻しおいる。これは別に、AIを䜿う執筆スタむルが倱敗だったから戻したずいうこずではない。

AIの手を借りたこずで、仕事ず育児をしながらも、その隙間時間で70本の蚘事を曞くこずができた。同時に、AIをどのように自分の創䜜プロセスに組み蟌むかずいう実隓にもなった。ただ、AIを䜿わないず蚘事を仕䞊げるこずができない身䜓になっおはいけないなず思った。自力でも曞き䞊げられる人が、AIを䜿うずもっずすごいものを曞き䞊げられる。そんな状態がベストだず思う。だからたたそのうち、AIを䜿っお執筆する時期も来るず思うけど、しばらくはこのやり方で曞いおいく぀もりだ。

砂金を芋぀ける

創䜜倧賞に打ち蟌んだ日々は、「どうすれば面癜い蚘事を曞けるのか」ずいう問いを垞に頭の䞭に掲げながら過ごした日々ずも蚀える。冒頭で「どうやっお去幎は入遞したんだっけ」ず曞いたが、面癜い毎日を生き、筆者自身が面癜い人間になる、ずいうのがひず぀の結論だず思う。

これは別に、Youtuberのように砎倩荒な䌁画を実践するずか、お笑い芞人さんのような面癜さではなく、平凡に芋える日垞の出来事の䞭から、独自の芖点や捉え方によっお、ナニヌクな蚘事を曞き䞊げる玠質なのだず思う。面癜い蚘事のテヌマずいうのは、砂浜の砂金のようなものかもしれない。そこには確実にあるんだけど、「そこにあるはずだ」ず信じお根気よく探した人にだけキラリず珟れるのでしょう。

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