
死にたがりは、なぜ生きるのか。
【前回の記事】
幸せが大きければ
小さな幸せに気づけなくなる。
日々の小さな幸せを
見つけにいく。
それが私だ。
(※前回の記事はこちら↓)
人間一人で生きていけない。
そんなことを嫌って言うほど
“大人”と言う人に聞かされていた。
そんなわけあるか、
生きたいように生きる。
他人なんて関係ない。
小娘だった私はそう反発した。
たが、
何も無くなった私はどうだ。
失業手当をもらっても尽きていく貯金。
何もしないで夜な夜な遊んでいる劣等感。
どこにも所属していないという疎外感。
私は今すぐにでも押しつぶされそうだった。
私と言う人間が
誰にも認知されることなく消えていく。
そんな恐怖感に押しつぶされた。
その時
ふと出てきたのが
マズローの5段階欲求。
介護士なら誰でも聞いたことあるだろう。
人間には5つの本能的な欲求があり、
下位の欲求が満たされると
上位の欲求へと移行するという心理学理論。
そう言うものだ。
ふと思った。
私はどこが不足しているのか。
1番下は生理的欲求。
その次は安全の欲求。
そこまでは満たされているのだろう。
その次の社会的欲求。
昔は所属の欲求とか言われてただろう。
私はそこが欠けているのだと思った。
どこにも所属していない。
会社という所属。
家庭という所属。
そう言う社会的所属に私はいなかったのだ。
INTJの私が分析を始める。
寂しい。
悲しい。
怖い。
苦しい。
そのような感情が溢れてやまないのはなぜか。
社会的欲求を欲しているからだ。
そしたらどうしたらいいのか。
欲求が満たされても
その感情は無限に嫌だと言うほど溢れてくる。
人生なんてほとんど悲しくて苦しい。
そんな時どうすればいいのか。
他の人間はどうしているのか。
SNSで満たされて見える人は現状どうなのか。
疑問が無限かのように溢れ出てくる。
酒を飲みながら
そんな疑問に立ち向かって一人で考えてる時、
クラブで遊んでいる人間の表情を
思い返した。