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【ホラー短編】『懲役50,000年を物理的に処す』 第2話(全2話)




    ⬛︎42番 死太郎 ウイルス刑



    「これより半財士太郎のウイルス刑を執り行う」

     執行官・福秀は化学防護服に身を包み、椅子に拘束された状態の半財士太郎に近づく。半財は素っ裸で少し寒そうだ。ありとあらゆる悪態を福秀に浴びせてくるが、福秀にとってはすでに慣れたもので、その悪態の言葉たちが耳心地の良いメロディのようにしか聞こえない。

     今回のウイルス刑はとても簡単だ。受刑者に新型の化学兵器ウイルスを感染させる。それだけ。刑期50年を過ごせば釈放だ。
     ウイルス感染時の人体データが採集され研究所に送られる。半財は懲役50,000年を科された大悪党にも関わらず、わずか50年間ウイルス刑を受けるだけで釈放されるのだ。しかも検体としても扱われ社会貢献まで出来る。
     もっとも、致死率99.9%のウイルスを克服できれば、の話だが。

     ウイルス刑が執行された半財士太郎の身体は半日も経たなかった。全身が赤紫色に変色し、目玉の白目の部分は黄土色に濁り、黒目の部分は色彩が失われてうつろになった。頭髪も秒単位で抜け落ち続け、手足の指先は枯れ木のようにしわくちゃになり、そのタイミングで各指の爪が剥がれ落ちた。

    「ごぽぽぽ……、ぐばぁっ!」 

     その間ずっと半財の口からは声にもならない音が漏れ続けた。よだれと血と胃液が混じったものを吐き出す。
     ある時になってそれらの音が止まった。肺が破壊されたのだ。呼気が弱々しくなり、空気を吸うことすら出来なくなったこの生物は、椅子に固定されたまま事切れた。

    「執行開始から4時間25分。半財士太郎の死亡が確認されました」

     生体反応をチェックしていた研究員のアナウンスが聞こえた。
     50年耐えれば釈放だったのに。わずか懲役数時間で済むとは。なんてラッキーなんだ、こいつは。爪を床にばらまいた半財の朽ちた足を俺は化学防護服に守られた足で軽く蹴る。

    「あー、触らないでくださーい。ウイルスの死滅が大変なんですから」

     ウイルスを管理する化学班が福秀にそう言ったが、緊迫感は何も無い。化学班としては正確なデータが採れればそれで良いのだろう。
     ウイルス刑は執行の時間が短い上に楽だ。目の前で士太郎がウイルスに侵されていく様をライブ鑑賞できる。マニアにとっては貴重な体験なのだろうが、福秀にとってはあっさりし過ぎて不満であった。まだまだ何百体も士太郎がいるんだし、たまにはこんなあっさり死ぬのも別に良いか、などと福秀は考えていた。
     そんなことより、殺人ウイルスを完全に滅菌することの方が大事だ。厳重な滅菌処理を何重も経て福秀はようやく控え室に戻って行った。
     ウイルス刑自体よりも滅菌処理の方が大変じゃないか、とまた不満を溜めた。

     ウイルス刑は化学兵器の研究の一環として行われた生体実験だ。
     戦争をしない国日本でなぜこのような化学兵器開発の研究が行われているのか、ただの執行官には知る由もない。
     だがこの生体実験を映像配信で見届けていたのはアメリカ、中国、ロシア、ヨーロッパ諸国の首長たち。生体実験を同時に鑑賞している、ということが互いの牽制となっていたのだった。各々がこのウイルス兵器の存在と威力を把握していて、そのウイルスが日本に存在している。この事実を各国で共有していることが戦争の抑止となる。日本は今超重要な外交戦略の真っ只中にいるのだが、福秀実行はそんなことを知るよしも無い。ウイルスに感染したら自身も半財士太郎クローンのように死んでしまうというのに。

     各国の莫大な資金援助により「超長期懲役刑専用刑務所 エターナル」は運営されている。日本はいつも言いなりである。


    ⬛︎50番、51番 死太郎 決闘刑


    「これより半財士太郎の決闘刑を執り行う」

     執行官・米倉持友之進が宣誓する。執行官の中でも体格が良い米倉持。アメコミに登場するヒーローのような体格をしている。

     50番士太郎の刑が執行される。
     それは51番士太郎との決闘。
     士太郎同士を決闘させ生き残った方は懲役刑が継続。負けた方は死。そう。この決闘はどちらかが死ぬまで行われる。もちろん勝った方も負傷は免れず、怪我をしたまま懲役刑が続くことになる。そのまま怪我が悪化し死亡する場合も考えられる。この決闘刑も過酷な刑の一つだ。

     しかも今回の決闘刑。50番士太郎は素手。51番士太郎にはサバイバルナイフが与えられる。圧倒的な戦力差。50番士太郎に対する刺殺があらかじめ決められているような条件だ。
     そして、50番士太郎と51番士太郎は自分がクローンであることも知らず、突然決闘刑が始まるわけで、50番士太郎にとっては目の前に自分と同じ姿かたちの男がサバイバルナイフを持って現れ、しかも襲いかかってくるわけで、混乱のまま刺し殺されるであろうと予想された。
     この決闘刑。当然のごとくギャンブルの対象になっている特殊懲役刑である。オッズは1,000倍VS1.01倍。もし素手の50番士太郎が勝てたとしたら東京都の財政を狂わせるほどの金額が動く可能性があり、決闘刑は密かに熱く注目されている刑でもある。

     50番士太郎に次いで別室の51番士太郎に決闘刑執行の宣誓がなされた。
     その後厳重な警備の中、二人の死太郎が特別刑務室に移管される。
     対戦相手が知らされない二人は当然自分が勝つことを信じて歩みを進める。
     特別刑務室の鉄扉が二箇所。片方は50番が、もう片方は51番が今か今かと待ち構えている。
     二つの鉄扉がゆっくりとゆっくりと開いた。そしてついに会敵。互いに顔を見合わせ、同時にギョッとする。目の前に自分がいる。しかも51番士太郎の手にはサバイバルナイフが握られている。
     手足にびっしょりと汗をかき、肚に力が入る。目の前の男は誰なんだ。自分なのか。それとも自分の顔に整形された別の懲役刑囚人なのか。混乱した状態の50番に51番が突進してくる。相手が素手であることに気付いた51番は突進してそのまま腹にサバイバルナイフを突き立てようという戦略だろう。
     逃げ場は無い。そのまま迎え撃つには素手では無理。絶体絶命の50番。彼はなんと何を思ったのかダッシュをして立ち向かった。一瞬で諦めたのか?と決闘を観戦している富裕層の人たちが配信の向こうでざわついている。
     51番も向かってくる同じ顔の男に一瞬虚をつかれたが、素手の男が向かってきたところでサバイバルナイフを刺せば終わりであろう。互いにダッシュで駆け寄る。
     あわや刺されるか、というその瞬間。51番がサバイバルナイフの柄を持つ右手に力が入る。右手が異様に汗ばんでいるのをぼんやりと感じる。 
     すると突然50番が転がり込む。意表をつかれた51番は思わず目の前で転んだ男を追うようにサバイバルナイフを地面に向けた。
     だがすでにそこにも50番はいない。50番は身体を丸太のように真っ直ぐにしたまま転がり、51番の足元を目掛けて足払いを狙う。だが51番は反射的にジャンプし50番を飛び越す。サバイバルナイフを持った手で地面を支えることなど出来ず、少しバランスを崩して振り返るのが一瞬遅れた。一方50番は戦略通りとばかりに51番の背中を目掛けて喧嘩キックを喰らわした。
     振り返り切る前に背中を蹴られた51番は、それでも右手からサバイバルナイフは離すまいと力がこもり、そのせいで体勢を立て直すのに手間取る。
     観戦している富裕層の人たちは大いに熱狂。一瞬で50番が殺されると思っていただけにこの展開は予想外であった。ギャンブル参加者の中で酔狂な官僚がただ一人のみ50番にベットしており、よもや勝つかもしれないという段階になって立ち上がって叫びまくっている。無論その声援が決闘刑の二人に届くはずもない。

     よろけている51番への追撃として二発目の喧嘩キックを喰らわせた。 
     壁際にまで追いやられた51番は蹴られた反動で壁への衝突を避けようと思わず両手をつくが、サバイバルナイフを持つ右手は握られた状態。必然的に握り拳のまま壁に手をつくことになる。右手の指を壁にしこたま打ち付け、さらに蹴られた衝撃を受け流すことも出来ず、そこに三撃目の蹴りが入る。
     思わずサバイバルナイフを落とす51番。それを拾う50番。あとは一方的であった。
     壁を向いた状態の51番の両脚のハムストリングスをザクザクザクと複数回刺し、崩れ落ちる右脇腹も流れるように二回突き刺す。
     仰向けに倒れ込んだ51番から止めどなく鮮血が溢れ出し続ける。血の気を失った顔のままゆっくりと50番を見上げる51番。死を悟ったのか、それともいまだ混乱の中にいるのか。まぶたを開く力も失ったのか、スッと目を閉じる。

     カラン

     サバイバルナイフを手から滑らせ床に落とした50番は大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと長く吐き出した。
     勝った。
     自分と同じ顔をした男に。
     自分と同じ顔をした人物を殺したことなど当然無い50番士太郎はこれまで感じたことのない感情が芽生えた。
     だがそれもわずか。
     大負けした富裕層の一人が50番死太郎の殺害権を購入。即、射殺刑が執行された。特殊刑務室の四方の上部の小窓が開き、機関銃が一斉掃射。 
     50番士太郎のありとあらゆるものが撃ち抜かれた。流れ弾が51番士太郎にも当たり転がった51番士太郎の死体が血飛沫とともに踊るように跳ねる。
     観戦者たちはそれを見て大いに盛り上がり、50番士太郎にベットしていた官僚の男も狂笑をあげ、奇妙に身体をくねらせ踊った。
     都道府県の二つ三つを簡単に左右できるほどの大金を手にした官僚の男は観戦室をあとにした。


    ⬛︎火葬場で話し込むおじさんズ


     順調にクローン士太郎たちへの懲役刑が執行されている。1,000体をほぼ同時進行で執行している彼ら。現時点で約400体が懲役50年を待たずに死亡している。
     執行室の外。執行官控え室の近くに設置されている火葬場という名の焼却炉は毎日フル稼働だ。

    「おい誰だよこんなにぐちゃぐちゃにしたやつ」

     中の村がズタズタになって死んでいる士太郎を足で軽くつつく。

    「露川くんでしょどうせ。彼は若いからねー」

     若さと残忍さが比例するのかよくわからないながらも中の村と福秀は一旦納得した。

    「焼却炉に入れづらくなるから原型をとどめないほどぐちゃぐちゃにするのはやめて欲しいね」
    「先週なんて士太郎の大腸が床に落ちてて大変だったからね。踏んじゃったよ俺」

     それを聞いて中の村と福秀が笑う。

    「うんこ飛び出たよ」

     爆笑するおじさんズ。

    「福秀さんの執行もやり過ぎの時あるよね」
    「えー、そうですか?」
    「そうだよ。張り切り過ぎ」

     士太郎の右腕を焼却炉に放り投げながら米倉持がぼやく。うなずく中の村。「みんなも結構ひどいけどな」と思うが言わないでおく福秀。
     おじさんズ3人はおじさんズと名付けられてはいるが仲が良い訳ではない。みんな大人なのだ。大人だから空気を悪くするような振る舞いも発言もしない。察する。そして仕事を全うする。
     クローン1,000体に異常な刑を執行する。このような特殊な状況によって、不思議な団結が生まれていたのは確かだ。一方で、みんなは執行官仲間でもあるが執行を言い訳にする人殺しの異常者でもある。国からの命令で刑を執行しているとは言え、通常の刑務所とは明らかに違う。刑務所という名の拷問部屋だろう。
     執行官5人はそのことにはあえて触れない様子であった。みんな異常。異常であるがゆえに、半財士太郎の損傷具合という細かい点で牽制し合うのだった。

    「そう言えば」

     中の村がそれとなく話し始める。

    「露川くんの姫神さんに対する態度はどう思う?」
    「あー、ねー」

     3人は含み笑いをする。露川は若さゆえなのか、姫神さゆりに対する好意があからさまであり、しかも姫神の前だと極度につまらない男になってしまう。筋骨隆々で身長180㎝。ファッションモデルのような顔つき。普通にしてれば絶対モテるのに。特殊執行官の時点で普通じゃないのだが。

    「姫神さんとの仲ね。応援したいけどさ。姫神さんもすごく美人でしょ。残念イケメンとじゃあ釣り合わない気がしないでもないよねー」
    「やっぱそう思う?」
    「まぁ決めるのは姫神さんだしね」

     そこに執行を終えた姫神さゆりが現れた。福秀は聞かれたか?と思いドキッとするが、別段聞かれて困るようなことは話していない。姫神も露川からのアプローチに気付いているだろう。気付かないわけがない。この全身からアンテナが突き出しまくってるような鋭敏な女が。

    「おー、おつかれ」
    「姫神さんは何刑の後?」

     中の村と米倉持が福秀のドキドキなど気付かぬ様子で姫神に話しかける。

    「おつかれさまでーす。植樹刑をしてきました!」

     かわいく敬礼のポーズをする姫神。それが不思議とあざとくないから末恐ろしい。あくまで後輩ポジションの振る舞いをする。

    「植樹刑ってどんな感じ?」

     福秀が何気なくたずねる。ほんの一瞬。感覚的なものになるが、わずかに一瞬だけ、返答までの時間が遅れた、気がした福秀。何か聞いてはいけないことを聞いたのか?と反省する前に姫神が答えた。

    「画像見ますー?すごいですよこれ考えた人」

     姫神は自身の特殊端末を取り出し植樹刑の風景をみんなに見せた。

    「うわ」
    「きもちわりー」
    「きもちわりきもちわりきもちわりー」
    「こういうことする写真家居たよな」

     おじさんズが一気に騒ぎ出す。それほどのインパクトが植樹刑にはあった。これまでの刑はどちらかと言えば半財士太郎の肉体にダメージを与える刑が多かった。つまり想像が付きやすい。肉体を殴ったり切ったりする。とてもわかりやすい。残酷ではあるが。
     植樹刑はまったく想像を越えていた。なぜなら半財士太郎の身体に植物が植えられているのだ。肌に植物の茎を突き刺しているのではなく、身体から生えているのだ。見る人によっては現代アートなどと評するだろう。
     植樹されたまま生きなければならない士太郎と、それを執行した姫神。
     画像を見て衝撃を受けたおじさんズ3人は思わず姫神の顔を見てしまう。福秀だけが姫神と目が合った。
     姫神の顔はにこやかに微笑んでいたが、目は真っ直ぐに福秀の目を捉えていたのだった。


    「っていうか全然燃えないね」
    「人体は水分が多いからね」
    「火力が足りない」
    「かと言って焼却炉はここしか無いですし」

     焼却待ちの死体たち。死体から漏れた血液や体液。肉や髪の毛が焼ける臭い。そのような状況で談笑する彼らはすでに人の道を外しているようにしか見えなかった。

    ⬛︎444番 死太郎 復讐刑


     復讐刑。
     それは犯罪コレクター死太郎事件の被害者遺族による執行方法。
     半財士太郎は数多くの犯罪を実行しているため、被害者遺族の人数もとても多い。
     今回の復讐刑は参加権がオークションに掛けられるほどの人気であり、最終的に6つの家族が選出された。
     年齢はバラバラで、娘をレイプされ惨殺された夫婦や、家族を焼殺された遺族などが集まった。
     それぞれの家族には444番士太郎のパーツが割り当てられた。頭部、胴体、右手、左手、右足、左足。
     右足が割り当てられたのは14歳の男の子と12歳の女の子の兄妹だった。この兄妹の母親はすでに亡くなっている。そしてその母親は当時、士太郎の手によって両親と姉を殺されていた。当時女子高生だったその母親は、一家惨殺事件の唯一の生き残りとしてニュースでも話題になった。その後男の子と女の子を出産。その子たちの父親は不明。すべての不幸は半財士太郎によるものであるという教育を幼い兄妹は施された。
     復讐心に身を焼かれたのか、その母親は38歳で亡くなった。残されたのは半財士太郎への復讐を引き継いだ男の子と女の子。周囲の後押しもあり、この兄妹は死刑制度復活運動の先頭に立たされる形となった。
     犯罪コレクター死太郎にかつての極刑を求む。
     死刑賛成派団体の人数は日に日に増えていった。
     そこに目を付けたのがギャンブル狂いのとある業界。犯罪コレクター死太郎の各種懲役刑を賭け事の対象にしているその業界は、今回の復讐刑にも関わっている。
     未成年の兄妹が参加できたのはこの業界の差し金だ。今回のギャンブルは「どの復讐者が士太郎の絶叫を引き出せるか」という判定が曖昧なもの。復讐者の年齢層が高めだと見栄えが良くない。未成年が復讐のために士太郎の肉体を痛めつける。その映像を見たいが為に大金を支払う酔狂な奴もいる。
     未成年兄妹は他の復讐者に比べてオッズが高めに設定されていた。残虐なことが出来ないという大方の予想。そもそも未成年兄妹は亡くなった母親の代理である。ある意味大人たちに利用され、死刑賛成派団体の先頭に立たされただけの少年少女。あくまでギャンブルの添え物という立ち位置だ。

     444番士太郎は手術台のようなものに仰向けに固定されている。
     それを囲むように立つ6組の復讐者たち。
     執行官・米倉持友之進が早口で宣誓を読み上げる。

    「これより半財士太郎の復讐刑を執り行う」

     士太郎はこれから行われることを想像して全身の筋肉を硬直させていた。

    「フクシュウ刑」

     執行官の他に老若男女12人が周りに立っている。全員から緊張感が伝わってくる。小学生くらいの女の子はすぐにでも泣き出しそうだ。

     士太郎は手首、肩、首、太ももの付け根、足首をそれぞれ完全に固定されており身動きが取れない。つまりどんなことをしても暴れることは無いということだ。
     復讐刑をするパーツの順番も定められていて、頭部は一番最後になっている。先に死んでしまっては復讐にならないからだ。
     死太郎の口には猿轡が装着された。
     これらにより、復讐刑を実行するご遺族のみなさまには安全に最期の最期までお楽しみにいただけるようになっている、ということだ。

     復讐刑は足から行われるのは常識である。
     心臓から離れた部位から行い、心臓への負担をできるだけ軽くする。死太郎に長生きしてもらうためだ。長生きと言っても、持って1時間ほどだが。もちろんこれは明かされず、表向きは人権保護のための倫理的な振る舞いとして足からが義務付けられている、という理由となる。

     右足をあてがわれた兄妹は、母親の両親、つまり彼らにとっての見たことのない祖父母が士太郎からそうされたと散々聞かされた方法である火による復讐刑を行うようで、震える手でガスバーナーを握っている。妹の方は兄の後ろで兄の服の裾を強く握りぶるぶる震えている。
     震える若い兄妹を見て周りの復讐刑実行者たちは緊張を解くために優しく笑いかけるが、兄妹にとってはその微笑みが余計に不気味であり、ますます震え上がってしまった。刃物を握りにこにこ笑いながら見下ろしてくる大人たちは例え子供じゃなくても怖いに決まっている。
     兄妹は他の復讐刑実行者が手にしている様々な凶器を見て、これから死太郎にどんな復讐が行われるのかを想像し、さらに震えるのだった。
     兄は母親から聞かされたことを思い出した。物心をついた時から、子守歌代わりに何度も聞かされた。
     目の前で両親を焼殺された時のことを。母親はその時、目と耳を塞ぎ、父と母のとても人とは思えないほどの叫び声を聞き続けたそうだ。次第に弱まる叫び声だが、耳の奥ではいつまでもあの叫び声が反射し続けている。焼け落ちていく父の右腕と、燃え果ててしまった綺麗な母の長い髪と。それが現実とは思えず、それでも大好きな父と母が目の前で焼かれ殺されたことを血肉に刻みつけ、ケタケタ笑っている士太郎のことを永遠に許さないことを決めた。幼い兄妹に何度もその話を聞かせた母親は、おそらく壊れていたのだろう。でも兄は、復讐が遂げられずに亡くなった母親のためにも、幼くして復讐教育をされた妹のためにも、僕が代わりに復讐を遂げるのだ、と誓った。
     そして今、その復讐の相手が目の前に拘束されて横たわる。

     割り当てられたのは右足だけだが、士太郎の右足に復讐の全てを懸ける。復讐に意識を集中させると兄は自然と震えが止まった。妹は、覚悟を決めた兄の後ろ姿を見て、あまりの怖さに泣き出してしまった。泣き声により兄の集中力を途切れさせてはならないと、声を押し殺して泣き続けた。兄はかつての兄ではなくなってしまった。そしてそうしたのは全ての元凶であるこの士太郎なのだ。
     妹は頭の中がぐちゃぐちゃになるほど思考が巡り、母のことを想起し、全身から絞り出されるように泣き続けた。泣き声が漏れ出てしまわぬよう、静かに泣き続けた。

     ごうごうと音を唸らせて燃えるガスバーナーの青い炎で士太郎の右足の裏を焼く。士太郎はあまりの熱さに全身の筋肉に緊張が走り、上半身がしなるような動きになるが、しっかりと固定された拘束により台はびくともしない。奇妙に踊る士太郎の右足指たち。
     臭い。吐くほどの肉が焦げる臭気が特別執行室に充満する。
     猿轡を通して響くうめき声の重奏。そして復讐者たちの狂笑が響き渡る。ガスバーナーが炎を噴出する音が伴奏となる。

    「君やるねー」

     左足を割り当てられた老年の男が微笑みかける。
     少年はそれすらも怖く、思わず右足を狙っていたガスバーナーを外してしまった。妹は兄の背中に隠れたまま身を縮め、必死に目をつむっている。

    「お、もういいのかな。では次は俺の番だな」

     左足担当の老年の男がそう告げる。
     左足担当の男の手には工事現場で使うような持ち手が長めのハンマーが握られている。娘が工事現場で殺されたようだ。その娘はレイプされながら身体のいたるところをハンマーで殴打されてやがて絶命した。死太郎は裁判で「殴るたびに膣が締まるのが良かったが、やがて締まりが悪くなったので頭部を潰した」という旨の証言をしていると記録に残っている。これを裁判の時に士太郎が陳述しているのを目の前で聞いていたこの父親の心情は想像を絶するものがある。
     左足担当の老年の男は、まずは左足の小指だけを狙ってハンマーを上から振り下ろした。だが狙いは外れ、左足の甲全体を打ち付ける。
     士太郎の顔が強烈に歪む。猿轡によりくぐもった絶叫。それを見ながら笑う復讐者の大人たち。泣き声を我慢する少年少女。いまだに肉が焼けた臭気が立ち込める煙い室内。異常である。異常で、この場面だけを見たら誰が悪魔なのか、悪魔に復讐するには悪魔になるしかないのか、そのような倒錯した情景が広がっていた。

     復讐刑は執行官・米倉持友之進もずっと楽しみにしていた刑であり、かつ他の執行官に対して優越感を持っていた。復讐者たちは莫大な金を積んでこの場に参加している。米倉持は逆に給料を貰いながらこの刑を見届けることができる。直接士太郎に手を下すことはできないながらも、士太郎への刑執行を管理しているのは米倉持であるので、そのことが米倉持の精神性を気高いものにし、かつ加虐性を満足させてもいた。

    「俺は国の命を受け、報酬を貰いながら復讐させているのだ」

     という正義による万能感を抱きながら、復讐刑を見届けていた。

     俗に、下1桁が4番台の執行は犯罪コレクター死太郎を痛め付けることに特化した懲役刑が多いとされている。その中でも米倉持友之進は残虐性に置いて他の執行官よりも抜きん出ている。ギャンブル狂いの業界人たちもさぞお喜びのことだろう。
     米倉持はちらりとライブ配信中のカメラに目を向けた。
     復讐刑はまだまだ続く。右足を焼かれ、左足を潰されただけではないか。まだ両腕と、腹と、頭が残っている。

    「すぐに死なないでくれよ」

     米倉持はそのことだけが気がかりだった。加虐慣れしていない者は道具の扱い方が分かってない。うっかり動脈を切ってしまったら死へのカウントダウンが一気に早まる。だからその辺りも上手く誘導させなければならない。

     米倉持は、自身が担当した104番士太郎の時の「スライス刑」のことを思い出して興奮していた。
     巨大な回転刃で足元から少しずつ士太郎をスライスしていく刑だ。
     始める前の目標は骨盤の辺りまで。つまり陰茎をスライスする予定だった。だが人間は弱い。なんと太ももをスライスした段階で大量に出血し、そのまま意識を失い絶命してしまった。

    「嘘だろ、ちょっと待ってくれよ」

     米倉持はそう思ったがもう遅かった。時間を掛けずにもっとサクサクスライスさせておけば陰茎までスライス出来たのに。
     ギャンブル業界の面々にじっくり見せることにこだわり過ぎてしまった。案の定みなさんご不満だったらしい。
     スライス刑が想定よりも早く終わってしまったので、その後控え室に戻り特殊端末でのチャットを打つ手が止まらなかった。平静を装っていたが姫神さゆりからの返信具合を見ると、米倉持の異常性がバレていたかも知れない。


     過去を想起したせいでほんの一瞬注意が逸れてしまった。今は復讐刑の執行中だ。
     米倉持が復讐者たちを見ると、右手担当はアイスピックで手のひらに穴を開けまくっていたし、左手担当は丁寧に指5本をペンチでぺちんぺちん潰していた。

    「胴体と頭部のご担当の方。その部位は死んでしまう確率が高いため慎重にお願いいたします」

     士太郎の叫び声と復讐者たちの笑い声に負けじと、米倉持は大声で注意喚起をする。
     右足担当の若い兄妹はもうガスバーナーでの復讐が済んだのか呆然と立ち尽くしているので、米倉持はガスバーナーを受け取り、火を止めてあげた。

     胴体担当の復讐者は手術用のメスを。頭部担当の復讐者は木槌とノミを持っている。
     即死は無さそう。復讐者たちは復讐の何たるかを良く理解している。
     米倉持は笑顔になるのを我慢して彼らを見守っている。
     士太郎の絶叫が数値化され、裏ギャンブル業界が一喜一憂する。この世ってなんなんだろうなとほんの少し冷静になる米倉持友之進であった。

    ⬛︎執行官控え室にて


     姫神さゆりは憂鬱な表情を浮かべながら端末をいじっていた。
     生理が来ると姫神さゆりはいつも心も身体も重くなる。今は亡き姉。大人になることなく亡くなった姉の分も併せて生理になったかのような重さを毎回感じる。この肚の奥の重苦しい鈍痛が亡き姉からのメッセージのように感じるのだった。

    「絶対にあの男を赦さない」と。

     露川トシアキは浮かない表情の姫神さゆりを元気付けようと話しかけたり笑わせようと苦心している。おじさんズの3人は「そっとしといてやれよ」と内心思っている。
     話しかけられるほどに表情が曇っていく姫神さゆりを見て焦る露川トシアキと、「もうそれ以上踏み込むな」とハラハラするおじさんズ。
     露川を姫神から離してあげるべく、中の村金助が何とは無しに話し始めた。

    「大体500番くらいまで執行してきたけどなんかあっという間だったな」
    「ほんとにな」

     意図を汲んで福秀実行が返答する。

    「それにしてもよくこんなに毎回いろんな刑を考えるよな」
    「日本の一大プロジェクトとは言えな」
    「マジで絶対に犯罪しちゃダメだなって思うもん」
    「自分が担当した刑で一番やられたくない刑って何?」

     米倉持友之進がみんなにたずねた。
     その質問をきっかけにみんなはこれまで何度も繰り返し半財士太郎を死なせてきた執行刑を思い浮かべる。
     酸素刑。
     風呂刑。
     植樹刑。
     吸血刑。
     スライス刑。
     塩漬け刑。
     照射刑。
     磔刑。
     彼らはこれまでありとあらゆる刑を半財に執行してきた。毎回、詳細な報告書を提出しなければならず、死なせれば終わりというものではない。自ら執行したことを一生背負って生きる覚悟が必要である。それは研修時に嫌というほど叩き込まれた思想であった。
     国に選ばれし特殊執行官。それが途中でくじけるようなことがあれば選出した国の責任にもなる。だから国も慎重で厳重であった。国は国で、アメリカや中国やロシアなどなどからの圧力もある。各5人の執行官の背後には各国の思惑が潜んでいる。執行官同士、お互いに日本国以外の指令を背負っているであろうことは察していたが、自分の国以外は誰がどの国の息が掛かっているかなどはわからなかったし、余計な詮索をするつもりも無かった。
     そもそもそれを知ったところでどうにもならない。
     傾向として、中の村金助が担当する刑は残酷なものが多かった。
     露川トシアキが担当する刑は冷酷なものが多かった。
     米倉持友之進が担当する刑は肉体を痛め付けるものが多かった。
     配信を管理している謎のギャンブル業界によると、やはり半財士太郎が酷い目に遭うものほど観客は熱狂した。想像を絶する金額がやり取りされ、刑一回一回に小国が滅亡するほどの巨額が動く。

    「私は」

     姫神さゆりがゆっくりと話し始める。

    「最後の1人になるまで確実に刑を遂行しなければならない」

     いつになく重苦しい口調で語る姫神。普段の明るさは無く、声の質も低めで、こっちが本当の姫神なのかも知れないな、生理によるものだけではないな、という印象を福秀実行は感じ取っていた。

    「それはみんな同じ気持ちだよ、姫神さん」

     真面目な雰囲気の執行室。こういう時、空気が読める大人たちがいるのは本当にありがたい。姫神は露川など居ないかのような柔らない表情をおじさんズに向けた。

    「ですよねー。ありがとうございます」

     姫神の柔らかさが戻ってきた。戻ったのか、それとも柔らかさを演出する余裕を取り戻したのか。

    「絶対に、誰一人欠けることなく、すべてのクローンにきっちり刑を受けさせましょうね」
    「おー!」
    「やったろう!」
    「もちろん!」

     置いてけぼりの露川。「お、おー」などと無理矢理ノリを合わせている。
     姫神はそれを察し露川の目を見つめてにこり。露川は0.1秒で有頂天となった。おじさんズは「あまりにもチョロ過ぎるよ露川くん」と心の中で思った。


    ⬛︎姫神さゆりととある業界による通話記録



     姫神さゆりは私用のスマホを握りしめている。
     この日はとある業界への定期報告の日であり、姫神さゆりへの評価が下される日でもあった。もちろんこれは法務省も知らない。日本国が関与していない領域で行われている極秘のやり取りである。

    「姫神さん、まずはお疲れ様」

     姫神さゆりは相手の電子音声のような声を聞いて縮み上がる。まずはお疲れ様。どっちの意味だ。労いか、それともお役御免か。

    「ありがとうございます」
    「そう緊張せずに聞いてください」

     平静を装って返事をしたが、姫神の内心など手に取るように分かっている。そんな口調だ。

    「姫神さん。あなたの活躍は大変素晴らしい」

     それを聞いて少し肩の力を抜く。

    「ですが」

     再び緊張。

    「他の執行官の方々が担当する刑の方が盛り上がってるのも事実です」

     担当する刑の種類にも依るのでは?と思う。激しい刑や奇抜な刑はギャンブルが盛り上がるのも当然だろう。実際、おじさんズが担当している刑はどれも倫理観がぶっ壊れているものばかりで、それらは飛び交う賭け金も破格だった。

    「これはですね、姫神さん。刑の種類が理由とも言えないんですよ、姫神さん」

     ドキッとする。まるで私の心の中に盗聴器を埋め込まれているのかと錯覚してしまう。

    「あなたには半財に対する恨みがお有りだ。それはギャンブルに対して大いに貢献しているでしょう。だが他の執行官たちと比べ足りないものがある」

     数秒の沈黙。

    「なんでしょうか」
    「それはね、姫神さん。狂気ですよ。狂ってるんです、他の4人は。特に福秀実行さんは素晴らしい。彼は狂ってる。一番狂ってます」

     唾を飲み込む姫神。奥歯が軋むほど噛み締めている。

    「残りの刑も段々少なくなってきてますからね。想定内の儲けだったら他の人に代わってもらった方が良いのでは?という意見も出ているのも事実なんですよ。残念なことに」

     代わりたくない。絶対に代わりたくない。何のためにここまで続けてきたのか。あと少しなのに。最後の1人は絶対に私が担当しなければならないのに。なんのためにこれまで特殊執行刑を積み重ねてきたのか。最後の最後に私が刑を執行するためだろ。

    「やれます。必ずお気に召す結果をお出しします。ですから次回もよろしくお願いいたします」

     スマホを握りながら姫神は深々と頭を下げる。誰にも見られていないはずだが、ギャンブル業界の人々に見られているかのように頭を下げた。

    「期待してますよ。あなたの狂気」

     電子音声のような声が消える。

    「私は必ずやり遂げなければならない」

     姫神は亡き姉のことを想う。姉を憑依させ、姉と共に刑を執行する。姉の魂を穢したくないと思っていたが、もうそんなことは言っていられない。ここで執行官を降ろされたら姉の恨みを晴らすことも出来ないのだ。たかだか200人程度の半財士太郎で済まさない。必ず半財士太郎に懲役50,000年を喰らわせてやる。そう決意を新たにする姫神さゆりであった。


    ⬛︎701番から750番 死太郎 受胎刑


     受胎刑。
     それは少子化対策の一環として人体実験に選ばれた刑である。
     701番から750番の合計50体の半財士太郎クローン体。
     彼らは人工子宮移植手術を受け、その後母体の管理と受胎実験に特化した特別な独房で十ヶ月を過ごす。当然のことながら他の刑同様、死亡した場合はそこで刑の終了となる。

     人工子宮に着床する精子は士太郎自身のものの他に、他の長期懲役刑の囚人たちから採取したものを使用している。比較実験のためだ。
     無事妊娠、出産できた場合は、そのまま特別独房にて残りの刑期を過ごしてもらう。子は実験体として別の施設に移され、子の育成経過は産みの父である士太郎へと逐一報告される。
     倫理的、また道徳的観点から、産みの父である士太郎に対する配慮であるとされているが、実際は士太郎に対し後悔や嫌悪感、父性、イライラ、孤独感、不安感、涙もろさなど、ありとあらゆる母性的な感情を新たに植え付けるためにあった。懲役刑をよりハードにするためのものなのだ。
     この受胎刑も他の刑同様、計画関係者の反対意見はゼロで即決定した。

     受胎刑を担当するのは姫神さゆり。女性執行官がこの刑を受け持つことに反対する者たちも一部いたが、姫神さゆり本人の強い希望もあり担当に抜擢されたのだ。
     男の妊娠を女が担当する。この構図がギャンブル業界にもウケが良かった。


     人工子宮が移植される状況は士太郎の意識が覚醒した状態で行われたし、精子がクローン士太郎のものである事もしっかりと説明がなされた。一回で着床するかわからないため、精子の注入は着床が確認されるまで何度も行われた。
     着床後も胎児の育成状況を超音波で士太郎に見せたし、士太郎が自らの肚の中で蠢く自分の精子から誕生した生物が、どのような感じか、今どのような心境であるかも逐一報告させた。
     そしてこの前代未聞の受胎刑の様子は鑑賞権が高額で売買された。
     妊婦ならぬ妊夫となった士太郎たちは、自殺してしまわぬよう管理された。精神が不安定な士太郎は拘束された。まさに産むためだけの肉道具、それが701番から750番までの半財士太郎であった。
     自らを痛め付ける行為。そして胎児を痛め付ける行為が確認された場合は人工子宮の切除と、新たな人工子宮の移植が行われた。そして再び自身の精子を注入され、強制的に妊娠させられた。

     50体の妊夫に対して無事出産出来たのは40体。10体はまた着床からやり直し。
     一度目で出産した40体の士太郎たちも、多くが精神を病み、その後の二度目の強制妊娠と出産に成功したクローン士太郎はわずか3体であった。残りの47体は男が子を宿すという生命倫理に反する行いを肉体が拒絶するかのように、未熟児のまま出産したり、堕胎した。
     一度目で産まれた士太郎の子供たちも順調には成長せず、中には片目が無かったり脳の半分が無いまま産まれた子もおり、その映像を見続けた士太郎ほど精神が病みやすいという研究結果も得られた。
     それらの映像配信は異様なほど盛り上がり、配信料は跳ね上がった。
     ギャンブル業界からの姫神に対する評価も上がり、姫神はますます受胎刑へとのめり込んでいった。
     半財を妊娠させる。妊娠できない半財に対して罵る。子宮を持ってるくせに、と。埋める身体のくせに、と。

     妊夫は出産の際の産道が存在しないため、陰茎を手術し、尿道を拡張して産道の代わりとした。そのため50体の士太郎たちは排尿のたびに苦痛が生じた。
     胎児が大きくなるにつれ産道代わりの尿道が圧迫された。排尿困難になりちょろちょろと漏れるように排尿をする。排尿時の苦痛がじわじわ長引く。それが毎日毎日起きた。妊娠中も、出産後も、第二弾の妊娠中も、ずっとじわじわ尿道が痛み続けていた。

    「懲役が50年に短縮する」

     そんな希望は妊娠させられる苦痛と、出産後の苦痛によってあっさり打ち消された。この地獄が50年も続くなど耐えられない、と50体の士太郎たちはそれぞれ思った。
     第三弾妊娠・出産を待たずして士太郎たち全ては死亡した。もちろん産まれた子たちも全て死亡した。
     受胎刑は2年も持たずに完了したのだった。

     当然のことながら士太郎から産まれた子たちはホルマリン漬けにされて中国の闇ブローカーの間で高額取り引きされている。

    ⬛︎801番から900番 死太郎 解剖医提供


     801番から900番までの100体の士太郎クローン体については、懲役刑とは名ばかりであった。
     彼らは医者の卵や法医学者の卵などに向けて生きたまま検体にされた。

     まず彼らは様々な方法で殺された。なぜなら世の中には様々な死に方が存在するからだ。焼死体。絞殺死体。溺死体。事故死。墜落死。爆死。などなど、ありとあらゆる死体となって、未来ある学徒たちのために立派な検体となった。
     犯罪コレクター死太郎のクローン100体は、医学界にとって大いに貢献した。自由に人体実験をしていい生体が手に入ったのだ。しかもクローン体である。クローン技術の躍進にも大いに貢献した。

     当然のことながら、これら100体の解剖はそのまま現在進行している各種の懲役刑にも影響を与えている。他の士太郎たちが壮絶な刑を受けても即死することなくできるだけ長く懲役刑を全うしていられるのは、この100体の解剖実験の成果である。つまり日本だけでなく世界規模で貢献しているのだ。超長期懲役刑冥利に尽きるだろう。

     圧刑では死なないギリギリの荷重と厚みを調整できた。
     飢餓刑では体重管理と存命日数の延長に貢献した。
     剥刑では筋肉から皮膚をきれいに引き剥がすための薬品開発に貢献した。
     ウイルス刑ではウイルス兵器開発とワクチン開発に貢献した。
     受胎刑では人工子宮の開発と、男性妊夫の出産方法の確立に貢献した。
     その他にもありとあらゆる懲役刑の成功のために士太郎の検体は大いに貢献したのである。
     一人はみんなのために。みんなは一人のために。
     まぁ全て士太郎でしか無いのだが。


     懲役刑執行官たちも自由に各種の解剖に立ち会うことができ、自身が受け持つ懲役刑の参考としたようである。
     その後は特殊端末でのチャットが活発になるのが定番となった。
     特に福秀実行と中の村金助と米倉持友之進のおじさんズ3人は熱心に情報共有をしていた。
     流れるチャットを姫神さゆりは醒めた目で眺めていた。





    ⬛︎950番 死太郎 摘出刑



     姫神さゆりは半財士太郎の特殊懲役刑を執行する度にいつも思う。
     当時幼かったさゆりは姉を目の前で犯され殺された。その時のことをいつも思い出す。この男の顔を見ると。
     クローンとして21歳の彼らは、22年前に姫神さゆりの姉を惨殺した頃の姿をしている。だから何度も何度も特殊懲役刑を喰らわしてもまったく心は晴れなかった。いくらでも復讐できる。絶対に最後までやり遂げる。姫神さゆりから狂気が身体から立ち昇って見えた。表情も心なしか執行官研修時とは別人のようであった。執行官同士の会話の時は相変わらず柔らかい表情であったが、心から笑っていないのが丸わかりであった。何かを必死で押さえ込んでいるような、そんな対話の仕方であった。


     姫神が執行官に選ばれたのはとある業界と契約したからであった。その業界はギャンブルを目的としている。要人たちが多数関わっている闇のギャンブル組織だ。
     半財士太郎に殺された被害者遺族をスカウトし、特殊懲役刑執行官へと推挙する。半財士太郎に恨みを抱く復讐者は執行官になれるし、ギャンブル組織は犯罪コレクター士太郎に関するギャンブルを有利に進めることができる。いわばギャンブル組織の駒としてエターナルに送り込まれたのが姫神さゆりというわけだ。

     姫神さゆりにはとある目的があった。士太郎への復讐は何度も実行できたが所詮はクローン体。オリジナルではない。それにクローン体それぞれに懲役50年を科すと言えど、実際はすぐに死ぬ。懲役刑ですら無い。
     姫神の目的。それはオリジナルの士太郎に対して姉がされたことを仕返してやることだった。
     言わばこれまでクローン体へ執行してきた特殊懲役刑の数々は本番への予行演習。オリジナル士太郎への最終執行に向けての助走でしかない。
     予行演習では主に、解剖によって士太郎の人体の特徴を把握したり、どの程度で死に至りやすいかなどを実験した。
     闇のギャンブル組織におぜん立てをしてもらうために粛々と従い続けた。嫌な思いをしてでも特殊執行刑を繰り返し続けた。
     すべては本体執行のために。


     今回の摘出刑は読んで字のごとくクローン士太郎から様々なものを摘出する刑だ。当然死んでしまう。だがすぐに死ぬことの無いように臓器の摘出時に輸血が行われる。もちろん他の士太郎クローンの血液が当てがわれた。ある意味自給自足。また各種臓器を摘出した際には機械で作られた代理臓器で延命された。この代理臓器の機械も研究や実験の対象である。人類の為にクローン体が実験となる。素晴らしいことだ。
     人類に貢献したとしても士太郎に殺された人たちは決して救われないし、遺族も同様に永久に救われないだろう。ただ唯一、直接の復讐だけが救いとなる。


     士太郎の摘出刑は、全身麻酔はおこなわれない。
     意識だけははっきりとした状態にし、首から下全体に麻酔が効いた状態で開腹。胃を摘出し機械の胃を仮で装着。次に膵臓。次に肝臓。次に腎臓、という具合に、姫神さゆりは手際良く士太郎の身体の中をいじくり回す。そこに遠慮や繊細さなどは皆無。時間管理系パズルゲームのようにテキパキと処理した。
     血液が噴出しないよう執刀された部位に謎の液体が噴霧された。
     痛みは感じないはずだが士太郎は自身の身体から臓器が抜かれ機械の臓器と交換されるたびに表情を歪めて嗚咽を漏らした。

    「うぐぅ……、ぅぅ」

     吐きそうになってもすでに胃など無い。すぐには死ねない時間が士太郎の精神をじわじわと蝕み、それに伴い歪んだ表情が徐々に正気を失っていく。

     その流れで股間に着手した。士太郎はぴくりと表情を動かす。それを見た姫神は強烈な嫌悪感を露わにした。おぞましい。士太郎の腸骨と恥骨に沿ってメスで斬り込む。陰嚢と陰茎をセットで綺麗に取り除きステンレス製の手術用トレイにゆっくりと置いた。
     男性器と睾丸を失った士太郎はもう何もかもを諦めた表情をしている。
     一番最後は眼球と脳などがある頭部。さすがに脳を摘出すると死亡するため一番最後に行われる。眼球と脳が最後なのは、自分の身体から臓器が抜かれるのを最期まで見届けさせるためだ。

     姫神は、摘出した陰部を慎重に冷蔵保存した。
     幼き姉を蹂躙した士太郎のクローンの陰部を大事に大事に冷蔵保存した。
     その時の姫神の表情は執行官としてのどの表情でも無かった。
     淡々と職務を全うする食肉解体業者のように平穏であった。




    ⬛︎1番 死太郎 その運命について


     今にも雨が降り出しそうなくもり空。
     士太郎が収監されている「長期懲役刑専用刑務所エターナル」は昼間だというのに暗い森の中で重々しく佇んでいる。
     建設されて間もないこの刑務所は、囚人を1,000人収監できるにも関わらずまだ半財士太郎ただ一人しか収監されていない。懲役50,000年を科された男を一人収監するにしては仰々しい。
     二重の堀と刑務所とをつなぐ跳ね橋が降り、3台の黒い車がそこを通って刑務所へと入っていった。その真ん中の車に乗っているのは日本国法務大臣。半財士太郎にとある宣告をするために来たのだった。


    「半財士太郎くん。君に懲役50,000年を50年に一気に短縮できる権利を与えよう」

     椅子に拘束されている士太郎の前に突如現れた男。士太郎は彼が法務大臣であることを知らない。高級なスーツに高級な腕時計をしているその男は、士太郎にそんな提案を持ちかけてきた。
     懲役が一気に千分の一に短縮?そんな美味い話があるか。士太郎はそう思ったが、話だけでも聞こうと右の眉をぴくりと上げて軽くほほえんだ。
     それをきっかけに法務大臣はゆっくりと計画について話し始めた。

     これから約1,000体の半財士太郎クローンを作成するということ。
     クローン体が20歳になったらそれぞれに特殊刑を執行するということ。
     現在25歳である半財士太郎本人は、クローン体作成に許諾した瞬間から別の人間に成り代わってもらうということ。
     その人物の名前は福秀実行(ふくひでさねゆき)だということ。
     そして、クローン作成から20年後。45歳となった半財士太郎改め福秀実行は、クローンたちへの刑執行官となって国に仕えるということ。
     以上のことを説明された。

     説明を聞いている間、半財士太郎は目の前の男が嘘をついていないか注意深く観察していた。そもそもクローンというのもSFみたいであり得ないが、自分が執行官として自分のクローンたちに刑を与える、ということが信じられなかった。それでは自分自身に対する刑が執行されず、しかも国家公務員として働けるということになってしまう。あれだけの悪辣な残虐非道な犯罪を繰り返してきた自分が、懲役刑を一切チャラにしてもらえ、しかも国家公務員になる。世間がそんなことを許すはずがない。おそらくこの目の前の男はかなりの上層部の要人なのだろう。士太郎はそんなことを考えていた。
     それを見透かしたかのように法務大臣は説明を付け足した。

    「疑うのも無理は無い。君にとってメリットしか無いからね」

     法務大臣はそう話しながら長い足を組んだ。柔和な表情を絶やさないのが逆に士太郎の不安を掻き立てる。

    「君は顔を整形してもらう。そして半財士太郎としての記憶を消す。新たに福秀実行としての記憶にすげ替える。つまりこの世に存在する犯罪コレクター死太郎はクローン1,000体だけになるんだよ」
    「俺は俺じゃなくなる……」
    「そう。君の代わりはクローンたちが引き継ぐ」


     自分のクローンを自分で苦しめ続ける。確かにこれなら全てを知っている奴らからすれば十分極悪な刑罰の与え方に思えるかも知れない。自分の分身を、そうとは気付かずになぶり続けるのだ。
     クローン人間を生成するだけでも倫理観が問われるというのに、刑執行をオリジナル体にやらせるのだ。グロテスクであるし、なぜか士太郎はこれが気に入った。
     士太郎にとって断る理由などひとつも無い。ひとつも無いからこそ怪しんだ。怪しいがこのまま牢屋の中で一生を過ごすより、クローン化して記憶を消去し、福秀という男として生まれ変わる方が面白そうだ。飽きたらまた誰彼構わず殺しまくれば良い。その福秀という新たな人格に士太郎の異常性が残っていたらの話だが。

     しばしの沈黙。だが法務大臣は士太郎の表情から許諾に大きく傾いているのを感じ取った。足を組み直す。そのタイミングで士太郎は「どうすればいい?」と法務大臣に言った。ほんの少し口角を上げる法務大臣。

    「何も。あとは周りの言うことに従っていれば良い。半財士太郎は消えない。クローンが1,000体いるからね。君自身は福秀実行という男として新たな人生を生きる。そして半財士太郎のクローンが代わりに懲役刑の受刑者となる」

     そう言うと法務大臣は立ち上がり部屋を出た。士太郎はまだ軽い混乱の中にいた。信じ切ったわけでも無い。だが成るように成れだ。どうせ懲役50,000年なんだ。今更何を怖がることがあるというのか。

     すぐに知らない男たちが入ってきた。自動式小銃を構えマスクをした男たち。白衣を着た男たち。早口で宣誓書を読み上げる男もいる。その宣誓では、これから半財士太郎はクローン生成に全面協力すること。そしてクローン生成が安定したら人権をクローン体へ譲渡すること。その後福秀実行へと整形して記憶をすげ替えることが読み上げられた。
     半財士太郎はなぜかふと、この選択が大きな間違いだと直感した。これまで大量に生物を殺し続けてきた者の直感とでも言おうか。虫や動物や人間を狩る側だった自分が今度は狩られる側に回ったのを直感したのだった。もう自分は永久に狩る側に回ることなどあり得ないだろうという確信のようなものがあったのだった。


    ⬛︎1,000番 死太郎 時間刑


     その部屋には誰もいなかった。

     福秀実行執行官が1,000番目の士太郎の懲役刑を執行するために入ったその部屋は、他の独房と同じような構造で、脚が低い机や、便器なども同じく配備されている。
     ただ肝心の特殊懲役刑執行対象の士太郎がいないため専用端末で外部の司令室と連絡を取り合い確認を急いだ。

    「部屋を間違えたようです」
    「その部屋で合っている。1,000番目の士太郎のその部屋で合っているよ」
    「ですが士太郎がいません」
    「まずは椅子に座りたまえ」

     司令室の指示に従い椅子に座る福秀。
     しばらくすると露川トシアキと姫神さゆりも部屋に入ってきた。2人の手には見たことも無い機械と薬品が握られていた。

    「おお、露川くん姫神さん。君たちはなんでここに?司令室からの指示か?」

     福秀がそう話しかけると2人は互いに目を合わせ、少し小馬鹿にしたような表情を浮かべながら福秀の方を見つめ返した。

    「まぁ指示と言えば指示ですねー」

     姫神がおっとりとした口調で答えた。だがこの女は信用ならない。なぜか福秀は警戒心を高めた。この女の口から聞きたく無いことが吐かれそうな、そんな予感がした。

    「座ってください、福秀さん」

     思わず立ちあがろうとした福秀に対して、いつになく冷たく言い放つ露川。この男はこんなに精悍な振る舞いをしたことがかつてあっただろうか。いつも姫神さゆりに対してデレデレしてたくせに。

    「これより半財士太郎の時間刑を執り行う」

     姫神さゆりがよく通る声で宣誓する。露川トシアキは厳粛な顔つきで福秀を見下ろしている。福秀は周りをキョロキョロ見回しどこに半財士太郎がいるのかと探す。

    「座れ福秀!」

     叫ぶ露川。手にはいつの間にか特殊警棒が装備されている。思わず身を硬直させて椅子の背もたれにのけ反った。次の瞬間福秀の両手に椅子から飛び出してきた拘束具がはめられた。

    「え?な、なんだよこれ」
    「すでにお気付きでしょ?」

     姫神さゆりが妖しく微笑む。聞きたくない。聞きたくないが福秀はすでにとある可能性に勘付いてしまっている。福秀に対するこれまでの姫神の態度や言動。そして今のこの状況。この部屋には執行官が3人いるのではなく、姫神と露川の執行官2人と、受刑者として福秀がいるのではないか。
     姫神は福秀の青ざめた表情を見てふふっと笑った。

    「さすが優秀な執行官の福秀さん。勘が鋭い」

     露川は拘束されている福秀の頭に謎の器具を装着してスイッチを起動した。そして特殊端末に「記憶集積装置、準備完了です」と告げる。
     記憶集積装置?なんの機械だこれは。
     姫神が優しく丁寧に状況の説明と、これから行われることを福秀に教えた。その口調はまるで聞き分けの悪い幼稚園児に言い聞かせる保育士のようだった。

     まずはじめに福秀実行という人物など存在しないと告げられた。
     次に、あなたはオリジナルの半財士太郎張本人であり、約20年前に法務大臣からクローン計画を持ちかけられた。そして顔の整形をして記憶を消され執行官として新たな人生を歩んだのだと教えられた。
     1,000人のクローン士太郎と、実在しなかった福秀実行とが誕生したのだと。

     福秀実行という存在しない人物に記憶をすげ替えられているため、これから半財士太郎の時の記憶を呼び戻す作業をおこなうと言われた。
     さらに、これまで懲役刑執行で死んでいった998体のクローンたちの記憶をすべて、記憶の蘇った半財士太郎に移植すると言われた。

    「そして」

     姫神が、にいっと口角を上げる。
     これまで見たことのない姫神の笑顔。

    「半財士太郎に懲役50,000年を物理的に処す」


     頭に装着した記憶集積装置が作動したようだ。装着から伸びた太いコードが部屋の壁にあるパネルに繋がっている。福秀はパニックになりながらもどこか冷静に今起きていることを客観視していた。頭の装置が駆動音を鳴らし、頭蓋骨に響く。福秀としての記憶がぐちゃぐちゃに脳内を飛び回った。
     執行官としての日々。半財への復讐。両親が惨殺されたこと。半財を懲らしめたことでスッキリしたこと。ありとあらゆる福秀としての記憶が、自分の意思とは無関係に引っ張り出されたりかき乱されたりする。脳が熱い。福秀実行の25歳までの記憶はすべて捏造されたものだった。目の前で両親を惨殺されてないし、復讐のために看守を目指してもいない。ありもしない記憶のために生き、そしてクローンを殺しまくったのか。


     次に脳内に浮かんだのは半財士太郎としての幼少期からの記憶だった。消されていた記憶が呼び起こされていく。
     蟻を一匹一匹丁寧に潰して殺したこと。
     田中カケルくんの足を石で潰したこと。
     家庭教師をしたこと。
     そして、20歳になって生まれて初めて人間を殺したこと。
     半財としての記憶を取り戻していくにつれ顔つきが福秀のものとは全くの別人になっていった。整形し、さらに45歳となっているため元の半財とは似ても似つかない顔立ちなのだが、表情やその奥に渦巻いている黒い感情が半財のそれであった。顔立ちは福秀。だが顔つきは半財。脳内も、半財の記憶が増えていくことで執行官福秀だった時の記憶との混濁があった。自分に様々な懲役刑をしていたのは自分だった。憎んだ相手は自分だった。

     ピーピーピー

     装置が電子音を鳴らす。

    「半財士太郎の記憶復旧の確認が取れました」

     露川と姫神はそう司令室に告げた。

    「了解。これより998体の記憶集積に移行する」
    「了解」

     福秀改めオリジナル半財の頭部の装置へ膨大な量のデータが送信された。998体の刑執行時の脳内データが管理されており、当時の死の直前までの感情や思考、肌感覚に至るまでほぼ正確に半財の脳内へ移植することが可能となっていた。
     復元再生率は9割に至るとされている。
     今半財は、2番目から999番目までの犯罪コレクター死太郎の刑執行から死亡時までの記憶が、順番に流し込まれている。データ化した情報のため本来であれば瞬時に移植することも可能であった。だが姫神の発案で移植完了までの時間を最大まで引き延ばしてある。
    「一度に脳内に膨大なデータを送信してしまうと脳神経が焼き切れてしまう恐れがあります」とうそぶいて。
     だが本当の理由は単純。「発狂してしまったらもったいないから」だった。

     半財クローン998体が刑を受けて死ぬまでの記憶。それを一体ずつ丁寧にオリジナル半財士太郎の脳に刻み付けられている。若い頃の自分とまったく同じ姿のクローン体が非道なことをされている。身体が小刻みに震え、拘束されていない両足をばたつかせている。両手首を堅く拘束されているため腕は動かせないが、手のひらは反りかえるほど強く開かれている。
     眼球が飛び出るほど見開き充血していて、よだれや鼻水が垂れている。
     時折「いやだ」や「助けて」と小さくつぶやいている。
     998回分の死ぬまでの記憶。記憶集積作業は8時間以上にも及んだ。
     時々心停止を引き起こしそうになったが、露川によるアドレナリンの投与のおかげで心臓が止まることは無かった。
     もし時間刑になる前に半財が死亡してしまった場合、露川と姫神だけでなく執行官チームも司令官なども重大な罰が与えられる。そのためみんな緊張が途切れなかった。
     そう。1,000番目最後の特殊懲役刑・時間刑はまだ執り行われていない。今は準備段階。半財オリジナルの記憶を呼び起こし、998体分の執行の記憶を移植する段階。
     オリジナル半財士太郎の記憶にクローン体998体分の死が刻まれた。様々な死に方。様々な苦痛。

     そしてこれからいよいよ時間刑となる。


     時間刑とは何か。
     それは体感時間の加速度が10,000倍になる薬物を投与の刑。
     現実時間での1時間が体感時間で約420日に相当する。
     現実時間での7日間が体感時間で約200年に相当する。
     現実時間が1年過ぎる頃、体感では10,000年経過していることになる。つまり現実時間での5年が体感50,000年に相当する。
     半財士太郎は脳内で50,000年生き続けるわけだ。これが懲役50,000年執行の真実。数々のクローン体への人体実験と科学技術と、姫神さゆりの異常な執念とによって結実した凶悪な懲役刑。

    「永き旅へ」

     露川トシアキ執行官が半財士太郎にそのように告げ時間刑の薬物を投与する。
     ここからは半財は外界からの刺激にうまく反応できなくなる。7日間が200年に引き延ばされる体感速度。つまり、現実時間での刺激を五感で認識できないのだ。
     時間刑の執行を終えた露川トシアキは退出した。部屋には時間と記憶の激流に飲み込まれている半財士太郎と、妖しく半財を見つめる姫神さゆりの二人だけとなった。

     時間加速薬物を投与された半財はほぼ活動しなくなった。体感時間と現実時間とにズレが発生しているため身体が適応しない。半財は寝たきりのまま必要な栄養素だけを与えられ続ける病人のようになっていた。
     半財の頭の中では、呼び起こされた半財士太郎としての25年間の記憶と、執行官・福秀実行として生きた20年の記憶と、クローン体998体分が受けた特殊刑の数々の記憶とが入り乱れている。何年も。何年も。



     大量に老若男女を犯し、殺し、大量に自分の顔をしたクローン体を死なせてきた。執行官として自分の顔をした男を死なせ、クローン体として5人の執行官に拷問と呼ぶには生ぬる過ぎるほどの非道な目に遭わされた。

     50年経った。100年経った。寿命はとっくに切れているはずだが、半財はそれでも生き続けている。食事もしていないのに、それでも死なない。半財は鈍い脳で思考する。何年も何年も。なぜ老衰しないのか。何年も生きているのに。うまく身動きが取れない。でもそれもあまり気にならない。自分は生きているのか死んでいるのか。それもよくわからない。頭が働かない。ただ息を吸って、ただ息を吐く。何年も。何年も。
     998人分の壮絶な死。998回死んでいるのにまだ生きている自分。同じくらいの人数を殺してきた自分。

     200年、300年と半財は生き続けている。不老不死の薬の実験体になったのだろうか。400年。500年。まだ死ねない。思考も鈍り、身体も動かしにくい。ただ寝たまま1年、2年と過ぎ去っていく。寝たまま何十年も過ぎていく。
     脳は霧が掛ったように思考がすっきりしない。寝ぼけているような感覚。罪悪感と復讐心と恐怖心と絶望とが何度も何度も脳を掻き乱す。何年も、何十年も、何百年も。

     自らの肚で50人分の子を育てた記憶。母となり、十ヶ月もの間胎児と生き、その内10体の胎児は肚のままでそのまま死に、人工子宮から胎児を掻き出された記憶。絶望して泣いた記憶。死んだ我が子に謝罪した記憶。刑務官に対して「この子を手厚く葬って欲しい」と懇願した記憶。それを断られた記憶。ゴミを見るような目で見られた記憶。俺が殺してきた数々の女たちの中にも妊婦が何人か居た。あの妊婦たちも俺に助けてくださいと地に頭を擦り付けて腹を守りながら懇願していた。それを俺は無視した。ゴミを見るような目で。そんな記憶も思い起こされた。母子共々ナイフで貫いた記憶だ。母体をレイプしながら腹にナイフを突き立てた記憶だ。俺は肚に自分の精子で子を宿し、俺を犯し、俺の腹にナイフを突き立てた。そんな妄想と記憶が混濁し、その濁流に飲み込まれて泣き喚いた。泣き喚いているはずだが涙はまったく流れていない。

     執行官・福秀実行として過ごした記憶。それは数々の士太郎に刑を執行した記憶。その正義と快楽の執行の記憶が反転する。士太郎として数々の刑執行を受けてきた時の記憶が一気に流れ込む。俺は士太郎であり福秀でもある。
     ウイルスで死んだ。毒薬を飲んで死んだ。自分自身と決闘して殺されたし殺した。右足をガスバーナーで焼かれ、左足をハンマーで何度も何度も殴打された。足元からスライスされた。内臓にバイオ植物を植え付けられた。血を吸われた。内臓を全部抜かれた。人体実験のようにいろんな方法で殺された。天井に押し潰された。
     それら全ての死ぬまでの記憶が、ゆっくりとゆっくりと、何百年にも渡り、じわじわと脳に流れ込んできて、俺はゆっくりとゆっくりと絶望し、苦痛に身を焼かれ、後悔の時を過ごした。何百年も何千年も。

     いつ俺の肉体は朽ちるのだろう。早く朽ちて欲しい。早く殺して欲しい。生きたくない。殺してくれ。1,000人目の士太郎が現れて俺を殺してくれないか。
     だがもしその1,000人目の士太郎こそがオリジナルで、俺はただ時間刑を受刑しているだけのクローンだとしたら。俺のこの今の全記憶が1,000人目のオリジナルの俺に引き継がれ、再び俺は新しく50,000年を過ごし直さなければならないのか。50,000年を何度繰り返せば終わる?



     半財士太郎は脳の牢獄に全ての記憶を流し込まれ、終わらない絶望を生き続ける。
     よだれを垂らしながらぴくりとも動かない寝たきりの半財士太郎を、姫神さゆりは見下ろしている。
     半財士太郎は惚けた表情のまま泣いているようなヘラヘラ笑っているような、そんな不思議な表情をしながら涙を流し続けている。

    「半財士太郎。お前は今後、自我が崩壊することも、発狂することも無い。クローン達の実験の成果だ。お前の脳はギリギリのラインで正常さを保ち続けていく」

     国家公務員特殊執行官・姫神さゆりは極秘任務を遂行するエージェントでもあった。 
     超長期懲役刑専用刑務所エターナルに潜入し、ここで得た情報をとある業界に提供する。その成果を条件に最後の懲役刑執行を半財士太郎本人に喰らわせることができた。


     姫神さゆりは半財に殺された姉のことを思い出していた。姉は半財へのこれまで行ってきた懲役刑に対して納得してくれただろうか。
     半財に蹂躙された幼き姉。その時の姿が大人になった今もずっと脳にへばりついている。あらゆる穴をこの男に犯された。喉が潰れるほど泣き叫んでいた姉と、恐怖で身がすくみガタガタ震えていた自分。


     姫神さゆりは半財士太郎クローンから摘出した陰部を保冷バッグから取り出した。どす黒い大きな芋虫のような陰茎にしわしわの睾丸がぶら下がっている。
     姫神さゆりは、半財士太郎の口を開けて冷えた陰部をぶち込んでやった。

    「永遠にしゃぶってな」

     半財の時間刑はまだ体感で1,000年ほどしか経過していない。
     残り49,000年をこれまでの拷問の記憶と共に過ごせ。口に自分のちんぽを突っ込まれながら。
     口に突っ込まれたものをちんぽだと認識できるまでに何年掛かるだろう。そしてちんぽだと認識してから何万年生きるだろう。
     姫神はさわやかな表情で半財の顔面に唾を吐いた。

     空には太陽がとても強く光り輝いていた。

     

    【完】
     



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    「社会が平和になるために思索し続けるnote」 ◯創作大賞2026中間選考通過せし者 考えることが大好きです。 映画や漫画の感想、社会について。 執筆のお仕事お待ちしております。 ※引用とかご自由にどうぞ。その際出典を併記していただけると嬉しいです。

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