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12/09/2020:『Dosed』

    テスト期間に入った構内はとても静かで、僕はいつもこの時期が大好きだった。メインキャンパスから歩いて10分のところにある別棟では言語教育が専門に行われており、毎日、朝から晩まで全学の生徒が入り乱れて来る。コの字型の建物は3階建で、大小の教室が20余り。夕方の時間が一番のラッシュ時で、廊下は身動きが取れないほどだ。

    しかし、今はそんな学生もいない。昼過ぎの光が柔らかく建物前の駐車場に注いでいて、守衛さんがどこからか連れて来た犬が、日陰で気持ちよさそうに昼寝をしている。

    僕が担当しているクラスは全講義の中でも一番学生が少なく、よく同僚からは皮肉の的となっていた。仕事量が圧倒的に少ないからだ。教材の準備も、採点も事務処理も、全てが1日で終わってしまう。つまり、この一週間あるテスト期間も僕にとっては半分休暇のようなものだ。それでも出勤はしないといけないから、こうして角の一番小さい教室にいる。ガレージくらいの、小さな、小さな部屋。

    昼過ぎの陽だまりの中で、僕は一人、ただ座っていた。

                     ・・・

    「列車は一度しか目の前に停まらないのよ。あなたがホームにいたとして、それに乗るか乗らないかで、人生が決まるの。」

    彼女はよくこうやって僕に発破をかけてくれていた。風呂上がりで頭にはバスタオルをどこかの先住民族みたいに巻きつけている。手鏡をテーブルの上において、僕からみたらどれも同じように見える液体をいくつも使い分けながら、顔に塗りたぐっていた。

    「私なら、乗るわよ。トランクをほっぽり出してでもね。」

    TVではコメディアンたちが何ならギャーギャーと騒ぎながら楽しそうに笑っていた。でも、そんな彼らも実は、頭の中では凍り付いてしまうほどに冷静な分析をしながら、演じ、立ち振る舞っているのだ。顕示欲、嫉妬、独占、利己。そんな風にして観ると、ちょっと興ざめしてしまう自分がいた。

    「うん、そうだね。じゃ、乗ることにする。」

    と、僕は言った。最初から乗るつもりでいたけれど、勝手に決めてしまうのはまずいと思い、こうして彼女に相談してみたのだが、

    「はい、わかりました。私のことは心配しないで。あなたがいなくなっても死ぬわけじゃないし、畢竟、人は一人で生きていく必要があるのよね。一人で何もできないヤツが、誰かと一緒にいるなって。」

    と、言った。彼女のいうことは至極真っ当で、隙のない正論だった。だから、余計に、僕を寂しく、そして時に悲しくさせた。

    TVから聞こえる声もどこか虚ろで、あまりにも本当のことと、本当のフリをした嘘と、一体何が違うんだろうとか、そういうことを考えた。

                     ・・・

    僕が今乗っている列車は、静かでゆっくりで、誰もいない昼過ぎの午後を走っていた。いや、走っているのだろうか。こうして一人、空っぽの教室にいると、流れる時間が止まってこのまま取り残されてしまうんじゃないかという気持ちになる。でも、そんなことはない。確実に時は流れ、そしてあらゆる物事は変わっていく。1秒1秒を見れば、それは全く変わっていないように見えるだろう。だけど、一定の時間が経ち、もう一度確認しようと振り返ってみたら、もう取り返しのつかにほどにそこにはいなくなっている。

    「このまま取り残されてしまうのかなぁ。」

    昔の写真を見返す。手に取るように、香りが蘇って来るように、あの時の僕らがそこには映っていて、心だけがそこへと戻っていく。

    窓を見やる。

    相変わらず犬は昼寝をしていたけれど、日陰に合わせて違う場所に移動していた。

    僕だけが、いつまでも同じ場所にいるようだった。

                     ・・・

    今日も等しく夜が来ました。

    Red Hot Chili Peppersで『Dosed』。


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    89年生まれ。 今は旅の途中。 saitopanama@gmail.com

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