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長い散歩52日目

    サイテー散歩

    2024/7/5 Friday

    今日は端島はしまに行きます。軍艦島の方がわかりやすいですね。
    昨日の朝予約して、昼うなぎを食べるころ「明日波高い場合上陸できず」の電話がありましたが、今朝上陸可のメールが来ました。
    長崎港ターミナルに車を停め、乗船名簿、世界文化遺産ゆえ?誓約書にサインし9時出港。ガイドを聞きながら軍艦島まで小一時間で到着しました。
    ドルフィン桟橋を上陸する頃は晴れ間も広がり、夏の日差しに「夢の跡」が浮かび上がります。この廃墟の島をどう見るかは人それぞれでしょうが、見たまんまでも胸に迫るものがあります。
    人間のあくなき欲望か、自然との闘いか。もともと岩山だった島は、明治の頃から6回にわたり拡張され3倍の大きさになり、最盛期には5000人を超える人が生活し世界一の人口密度だったそうです。その頃の島に行ってみたかったなぁ。
    島は3ヵ所の広場とそれをつなぐ通路のみの見学になります。ガイドさんの説明を聞きながら周るのですが、この島の石炭だけが強粘結炭(知らんけどー)という質の高いものだったのを初めて知りました。製鉄により日本の産業、また、あの痛ましい戦争を支えたのです。

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    軍艦島に上陸

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    ガイドさんが解説してくれます。

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    中央岩盤の上は幹部用の社宅 右奥は小中学校 手前に石炭が山積みされていたそうです。

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    赤土は明治頃の護岸「天川工法」この環境ですごい長持ちです。

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    立坑は600mを超え、ケージは秒速8mで降りる。怖っ!

    当時の採掘現場は過酷なもので、コンプラ、**ハラとか言ってる人には無理な職場ですね。それゆえ高給で、家族の生活水準も東京を上回っていたそうです。岩の島には水もなく、当初は雨水、海水蒸留で賄っていたのでしょうが、最終的には本土野母岬から海底パイプで給水していたそうです。
    採炭後、眼を除いて真っ黒な鉱員は、作業着のまま海水風呂に入り服を脱ぐと、2回目も海水風呂に入り、最後に真水の風呂で塩分を落としたそうです。故に浴槽は3ヵ所。スーパー銭湯でダラダラしてる私には想像もつきません(笑)

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    本土から水を引き入れた穴
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    水は中央の給水塔に汲み上げて使用
    左の灯台は無人島になってから設置されたもの。

    家族も含めた住居はすべて当時としては珍しい鉄筋の団地、エレベータは無かったので、それぞれ団地に渡り廊下がかけられ、階下に降りず通学等移動が出来たそうです。天空の城?
    もともと岩の島、唯一土があるのは小学校校庭に持ち込まれた土だけで、緑が生い茂り町を飲み込むことはなさそうです。だから徐々に朽ちていくのかなと思ってましたが、最大の敵は台風で、遮るものの無い絶海の孤島では台風で建物や堰堤が破壊されてきたそうです。下の写真中央は、大正時代に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート造りの7階団地、次の台風で崩壊するだろうと言われながら延命しているようです。見れるのもあとわずかかもしれません。

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    回りが海なのに、広場の海側にプール跡があります。子供たちは海水プールで泳ぎの練習をしてから、外海で泳いだとのことですが、結構荒海で怖いです。
    その他細かいところはカッツアイ!Webでも沢山解説していますので、そちらをどうぞ。

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    1時間ちょっとの見学を終え、船に乗船。船は島を2周して海から島が見られます。

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    島は、次来る時また形を変えているでしょう。

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    東から見た島 一番軍艦らしく見えるところ

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    西からの軍艦島

    往復とも同じ航路ですが、帰りは2階のオープンデッキで帰りました。
    近辺の島々も、炭鉱はあったそうですが、いずれも軍艦島に石炭より質は落ち、規模は小さかったそうです。そのうちの小さな岩礁は横島と言って、閉山後なぜか海中へと沈んだそうです。
    不思議に思い調べたらいろいろ出てきました。

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    横島 これがもと島だったとは・・

    その他、航路は女神大橋をくぐりスケールの大きい造船工場や海自の船が見れたり、船のガイド説明で勉強になりました。

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    女神大橋
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    NTTの海底ケーブル敷設船

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    イージス艦
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    護衛艦でしょうか?新造船 カッケー!

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    下船時にもらえる上陸証明書

    港に戻り、せっかくだから本場のちゃんぽんを食べようとgoogle先生チョイスの店に向かいます。ここからはスーちゃんの出番です。
    昼時で店は満席。空くまで町をぶらぶらしてみました。長崎は自転車に乗れない人がいるという都市伝説があるくらい自転車は少なく、車道は狭いし、歩道は石畳でデコボコするし、自転車環境は良くありません。おまけに自転車も走行できない一通やアーケードも多く、半分ぐらい押して歩きました。それもまた楽しいです。

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    長崎水辺の森公園

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    狭いうえに路面電車、確かに地元の人は自転車乗りませんね。

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    眼鏡橋
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    ハート岩!じゃなかったようです。。

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    どこの町にもありますアーケード街

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    長崎新地中華街

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    旧長崎税関下り松派出所  現べっこう工芸館

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    旧香港上海銀行 長崎支店 記念館

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    ここらへん夜は楽しそう。

    13時半ごろお店に行くとまだ混んでる様子。2階のちゃんぽんミュージアムを見てから入店しました。
    ちゃんぽんより皿うどんのほうが好みですが、やっぱりちゃんぽんを食べました。美味しかったです。

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    なるほど
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    錦糸卵がチャーミング

    食後、もうひと走り。船から見えた通称ソロバンドックを見に行きました。
    ソロバンの玉があって、そこに船を曳き上げるのかと思いましたが、違いました。玉じゃなくて軸がソロバンだったんですね。
    日本最古のレンガ建造物、曳き上げ小屋は現在保存修理中で足場に覆われていました。
    車に戻り、また昨日の平谷温泉行っちゃいました。はまってます。

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    明治の風を感じます。なんちゃって。

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    西洋の外圧により工業化が進んだわけですね。

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    なるほど

    明日はどこに行こうかな。

     
     
     
    サイテーさんって呼ばれてます。 でも明日こそサイコー!タブン。。 伸びしろあるほうがいいですよね?ね?

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