
優しさに触れる朝
マンションで幾度かみかけた住人(人懐こそうなおばあさん)が、マンションの郵便受けを丹念に拭いている。
これ、見知らぬ人がやっていたら少し怖いんだけど(実際、びっくりしたし)、ああ、あのおばあさんかと風貌を確認してほっ。
時刻は朝10時頃だ。多くの住人が出勤した頃に、ひっそりとやっているのだろう。
きゅっきゅっとポストをきっちり拭いていく。真面目な性格が伺える拭き方だ。一直線にぴゅーっと布巾を滑らせたりは絶対にしない。きちんと拭けているか、拭き残しがないか、逐一確認。
その様子をマンションを隔てた道路越しにぼんやり眺める。
――向こうも私の顔を覚えている。オートロック式のマンションなので鍵をごそごそ探していたら、おばあちゃんがたったっと小走りで寄ってきてあけてくれた。
感謝の言葉をもそもそ言い、階段をのぼり始める。が、思い直して、まだ拭き掃除に勤しむ彼女に心の中で声をかける。
(綺麗にしてくれて)ありがとう
念が通じたのか、視線がぶつかり合う。互いに視線をそらさない。もう一度、目線だけで彼女に伝える。拭き掃除もしてくれてありがとうと。
伝わったと見えて、彼女はほころんだ表情で笑う。立ち去りがたい、あたたかい笑顔に胸をうたれた。
そういえば、ポストが常にピカピカなのだ。
ステンレスのかっこいいポストなので汚れは目立ちにくい。でも、誰かが綺麗にしないと一瞬でくすむし、上部には静かに埃がたまっていくだろう。
それをひっそりと整えてくれている人がいるのだ。
気付かぬうちに、誰かの優しさを享受していることってあるのだなあと。ひとつ、気づくことが出来て良かった。
ありがとう。
今度は勇気を出して、声にできますように。