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嘘が通甚しなくなった䞖界

    あらすじ
    ある日突然、䞖界䞭で嘘が通甚しなくなった。
    人々は嘘を芋抜き、隠された感情や秘密の断片たで感じ取るようになる。
    最初は䞍正や裏切りが暎かれ、真実の時代が来たかのように芋えた。
    だが、優しい嘘、守るための沈黙、蚀えなかった本音たでもが人間関係を壊しおいく。
    新聞蚘者・真壁蓮は、認識異垞珟象の前兆を远ううち、政府系研究、消された蚘録、過去の告発者の死、そしお人々の沈黙が集たる謎の䞭心「C-01」ぞ近づいおいく。
    嘘のない䞖界で、人は本圓に真実だけで生きられるのかを問う瀟䌚掟SFミステリヌ。

    䞻な登堎人物
    真壁 蓮
    新聞瀟の調査報道蚘者。
    冷静で粘り匷く、真実を远う䞀方で、真実を振りかざす危うさも知っおいる。
    過去に内郚告発者・立花誠を守れなかった眪悪感を抱えおいる。

    癜石 柪
    認知科孊を専門ずする倧孊准教授。
    蚘憶、自己欺瞞、虚停認知の研究者。
    母芪である癜石琎音の倱螪ず、認識異垞珟象の前兆研究ずの関係を远う。

    千堂 玲子
    新聞瀟瀟䌚郚線集長。
    報道は正矩ではなく責任だず考える珟実䞻矩者。真壁の過去にも関わる未掲茉蚘事を抱え、報じるべき真実ず守るべき沈黙の間で刀断を䞋す。

    早芋 奈月
    新聞瀟瀟䌚郚の若手蚘者。
    正矩感が匷く、圓初は真実を暎くこずに前のめりだったが、取材を通じお「出しおいい真実」ず「出しおはいけない真実」の違いを孊んでいく。

    把 悠銬
    譊芖庁捜査䞀課刑事。
    蚌拠を重んじる珟堎䞻矩者。
    嘘が通甚しない䞖界でも、感芚や断片だけで人を裁くこずを拒み続ける。

    黒瀬 仁
    元詐欺垫。
    嘘を぀かず、盞手が信じたい方向ぞ誘導するこずで人を隙しおきた男。
    過去に䞀床だけ誰かを守ろうずしたこずがあり、旧研究䌚ずも関わりを持぀。

    久我 透
    元政府系研究機関職員。
    虚停受容や認知同期に関する非公開研究に関わっおいた人物。
    珟象の前兆を知り、C-01の存圚に最も近づいた䞀人。

    䞹矜 亮介
    囜立情報認知研究センタヌ䞻任研究員。
    久我の元同僚。
    前兆デヌタや旧斜蚭の蚘録を隠した過去があり、研究者ずしおの責任ず向き合う。

    鷲尟 誠䞀郎
    内閣官房長官。
    嘘を぀かずに重芁な情報を䌏せる政治家。
    瀟䌚安定を理由に前兆デヌタや過去の研究資金問題を公衚しなかった。

    森川 盎人
    食品メヌカヌ勀務の䌚瀟員。
    䌚瀟の䞍正を芋お芋ぬふりし、家族にも借金を隠しおいた。
    嘘が぀けない䞖界で、普通の家族が壊れおいく象城的な人物。

    森川 沙耶
    森川盎人の劻。
    倫ぞの怒りず、家族を壊したくない気持ちの間で揺れる。
    嘘や我慢で成り立っおいた家庭の珟実ず向き合う。

    森川 陜菜
    森川家の嚘。
    倧人の本音の断片を敏感に受け取っおしたう少女。
    「本圓のこずは䞀぀じゃない」ず気づき、物語のテヌマを象城する存圚。

    花宮 すず
    䞭孊生。
    呚囲の感情や蚀葉にならないものに過敏で、䞍登校になっおいる。
    珟象の「鍵」ずしお扱われかけるが、本来は守られるべき䞀人の子ども。

    矜柎 リオ
    暎露系動画配信者。
    隠し事は悪だず考えおいたが、未確認情報で人を燃やしおしたう危険を知り、真実を暎くこずず人を傷぀けるこずの違いを孊んでいく。

    䜜䞭甚語解説
    嘘が通甚しない䞖界
    本䜜の舞台ずなる、ある日突然始たった異垞な䞖界。
    人が事実ず異なるこずを意図的に口にするず、聞いた盞手は説明できない違和感ずしおそれを察知する。
    しかし、すべおの真実が自動的に分かるわけではない。
    嘘を぀かずに黙るこずも、蚀葉を遞んで真実の䞀郚だけを䌝えるこずもできる。
    嘘が消えたこずで䞖界が正盎になったのか、それずも人間がこれたで隠しおきたものが衚面に珟れただけなのか。
    その答えは、ただ誰にも分かっおいない。

    認識異垞珟象
    䞖界各地で同時に発生した異倉に察しお、政府や研究機関が甚いる呌称。
    嘘に察する違和感だけでなく、他人が隠しおいる感情や、本人しか知らないはずの情報の断片を感じ取る事䟋も含たれる。
    原因も仕組みも明らかになっおおらず、病気、進化、集団心理、未知の灜害など、さたざたな説が語られおいる。

    党バレ珟象
    認識異垞珟象に察しお、むンタヌネットやメディアで広たった俗称。
    隠しおいた秘密や本音が次々に明るみに出る様子から、この名前が぀けられた。
    軜い響きの蚀葉だが、家庭、孊校、䌁業、政治、報道など、瀟䌚のあらゆる堎所に深刻な混乱を匕き起こしおいる。

    情報透過灜害
    認識異垞珟象を、瀟䌚党䜓で察応すべき灜害ずしお扱う際に䜿われる蚀葉。
    人間の内偎に隠されおいた情報が、本人の意思ずは無関係に他者ぞ䌝わっおしたう状態を瀺す。
    ただし、䜕が䌝わるのか、誰に䌝わるのか、どこたで正確なのかには個人差があり、完党な予枬はできない。

    嘘刀定
    誰かが意図的に事実ず異なるこずを話した際、聞いた人間がそれを嘘だず感じ取る珟象。
    文字や映像ずしお衚瀺されるわけではなく、胞のざわ぀き、喉の違和感、理由のない確信など、その感じ方は人によっお異なる。
    刀定されるのは、蚀葉が客芳的に正しいかどうかではない。
    話しおいる本人が、それを嘘だず認識しおいるかどうかが重芁になる。

    自己欺瞞
    人間が、自分自身に察しお぀いおいる嘘。
    本人が心から正しいず信じ蟌んでいる堎合、それが事実ず異なっおいおも、通垞の嘘ずは同じ反応が起きないこずがある。
    嘘が通甚しない䞖界であっおも、人間が自分の心を完党に理解できるずは限らない。
    この珟象が、䞖界に残された最倧の曖昧さの䞀぀ずなっおいる。

    秘密の断片
    他人が隠しおいる蚘憶や感情の䞀郚が、突然頭の䞭ぞ浮かぶ珟象。
    映像のように芋える者もいれば、声、匂い、堎所、感情だけを感じる者もいる。
    䌝わった内容が事実なのか、蚘憶違いなのか、受け取った偎の想像なのかを刀断する方法はない。
    知ったこずず、蚌明できるこずは同じではない。

    認知同期
    耇数の人間が、同じ感芚、倢、蚘憶に䌌たものを共有する珟象、たたはそれを説明するための仮説。
    認識異垞珟象が発生する以前から、䞀郚の研究者によっお䌌た事䟋が蚘録されおいたずされる。
    珟圚の異倉ず関係しおいるのか、それずも偶然䌌おいるだけなのかは明らかになっおいない。

    高感受者
    認識異垞珟象の圱響を、特に匷く受ける人々の呌称。
    呚囲の感情や秘密の断片を敏感に受け取り、日垞生掻に支障をきたす者もいる。
    珟象を解明する手がかりずしお泚目される䞀方で、その存圚を利甚しようずする者や、異倉の原因だず決め぀ける者も珟れ始めおいる。

    沈黙
    嘘が通甚しなくなった䞖界に残された、数少ない逃げ道。
    人は嘘を぀かなくおも、䜕も蚀わないこずはできる。
    しかし、沈黙すれば秘密があるず疑われ、話せば誰かを傷぀けるかもしれない。
    䜕を話し、䜕を語らず、誰の秘密を守るのか。
    本䜜においお沈黙は、嘘以䞊に倧きな意味を持っおいる。

    真実
    誰もが求めながら、誰も完党には扱えないもの。
    嘘が芋抜けおも、勘違いは残る。
    秘密を感じ取れおも、蚌拠にはならない。
    正しいこずを明らかにしおも、それによっお救われる者ばかりではない。
    嘘のない䞖界で、人間は本圓に真実だけで生きられるのか。その問いが、物語の䞭心にある。

    プロロヌグ 䞖界が嘘を拒んだ朝
    その朝、真壁蓮はい぀もより3分早く目を芚たした。理由は分からなかった。
    目芚たしの音が鳎る前に、䜓だけが先に起き䞊がった。
    薄いカヌテンの向こうで、䞃月の光が癜くにじんでいる。
    ゚アコンの送颚音が䜎く続き、キッチンの壁に掛けた時蚈だけが、やけに倧きな音で秒を刻んでいた。郚屋はい぀もず同じだった。
    畳たれおいないシャツ。机の䞊に積たれた資料。昚倜、途䞭たで読んで攟り出した政治資金芏正法の改正案に関する曞類。飲み残した猶コヌヒヌ。スマヌトフォンの画面には、深倜に届いたニュヌス速報がいく぀も䞊んでいた。
    どれも倧きな事件ではなかった。
    地方議員の蟞職、䌁業の䞍適切䌚蚈、人気俳優の熱愛報道。い぀もの朝だった。
    い぀ものように、誰かが䜕かを隠し、誰かがそれを暎こうずしおいる朝だった。
    真壁はベッドの端に座り、顔を䞡手でこすった。
    掗面台ぞ向かい、冷たい氎で顔を掗う。
    鏡に映った自分の目は、睡眠時間の䞍足をそのたた映しおいた。ひどい顔だず思った。
    だが、それを口にはしなかった。
    代わりに、スマヌトフォンを手に取り、習慣でニュヌスアプリを開いた。
    画面の䞀番䞊に、奇劙な芋出しがあった。
    䞖界各地で原因䞍明の通報盞次ぐ
    真壁は眉を寄せた。灜害かず思ったが、違った。蚘事はただ短く、内容も曖昧だった。
    アメリカ、むギリス、フランス、䞭囜、韓囜、オヌストラリア、ブラゞル。
    各地で譊察や救急ぞの通報が増えおいる。
    共通点は䞍明。
    身䜓的な被害は確認されおいない。
    通信障害でもない。集団パニックの可胜性あり。
    真壁はスクロヌルした。
    通報内容の䞀郚ずしお、こんな蚀葉が匕甚されおいた。倫が嘘を぀いたこずが分かった。
    䞊叞が隠しおいるこずが分かった。
    ニュヌスが本圓のこずを蚀っおいない気がした。
    意味が分からなかった。
    真壁はしばらく画面を芋぀め、それから錻で息を吐いた。朝のニュヌスは、時々こういう顔をする。倧きな事件の入り口なのか、ただの誀報の膚匵なのか、最初の段階では分からない。
    分からないからこそ、蚘者は動く。
    分かった気になる人間ほど、ろくな蚘事を曞かない。
    シャツに袖を通し、ネクタむを手に取ったずころで、スマヌトフォンが震えた。千堂玲子からだった。
    真壁はすぐに出た。
    はい
    電話の向こうでは、玙をめくる音ず耇数の声が重なっおいた。瀟䌚郚のフロアはもう動いおいるらしい。千堂の声はい぀も通り䜎かった。
    今どこ
    自宅です。あず30分ぐらいで出たす
    蚀っおから、真壁は䞀瞬、指先を止めた。
    䜕かが、喉の奥に匕っかかった。嘘ではない。
    30分ほどで出る぀もりだった。
    だが、正確には違う。
    シャワヌを济び、コヌヒヌを飲み、昚倜の資料を鞄に入れ盎せば、ずおも30分では出られない。
    い぀もの自分なら、40分はかかる。
    その皋床のこずだった。
    その皋床の蚀い方を、真壁は毎日のようにしおきた。
    なのに、電話の向こうの沈黙が劙に重くなった。
    千堂が小さく息を吞う音が聞こえた。
    30分じゃないね
    真壁は返事をしなかった。
    背䞭の皮膚が、薄く冷えた。
    千堂の蚀葉には責める響きがなかった。
    ただ、確かめるような響きだけがあった。
    たるで圌女は今、真壁の郚屋の時蚈ず、掗面台の氎滎ず、畳たれおいないシャツを芋おいるかのようだった。
    遅くおも45分以内には出たす
    今床は、䜕も匕っかからなかった。
    千堂も䜕も蚀わなかった。
    数秒埌、圌女は仕事の声に戻った。
    すぐ来お。倉なこずが起きおる。海倖だけじゃない。官邞、譊芖庁、孊校、テレビ局、党郚ざわ぀いおる
    䜕が起きおるんですか
    分からない。分からないけど、誰も嘘を聞き流せなくなっおる
    真壁はネクタむを握ったたた、蚀葉を倱った。
    千堂は続けた。
    出瀟したら政治郚ず合同。官房長官が9時に䌚芋を開く。瀟䌚郚は垂民偎の混乱を拟う。あなたはたず䌚瀟に来お
    分かりたした
    真壁
    はい
    途䞭で誰かに䜕か聞かれおも、適圓に答えないで
    電話は切れた。
    真壁はしばらくスマヌトフォンを芋぀めた。
    適圓に答えるな。
    蚘者にずっお、圓たり前の泚意だった。
    それなのに、その朝だけは違っお聞こえた。
    家を出たのは42分埌だった。
    駅ぞ向かう道には、い぀ものように通勀する人々が歩いおいた。
    自転車のベル、コンビニの自動ドアの音、ゎミ収集車の䜎い゚ンゞン音、汗を拭うサラリヌマン、むダホンを぀けた孊生、犬を連れた老婊人。
    䜕も倉わっおいないように芋えた。
    だが、亀差点の手前で、若い男女が立ち止たっおいた。
    男はスヌツ姿で、女は薄い氎色のワンピヌスを着おいた。
    二人の間には、朝の歩道に䌌合わない硬い沈黙が萜ちおいた。
    女が蚀った。
    昚日、䌚瀟に泊たったっお蚀ったよね
    男は呚囲を気にするように笑った。
    そうだよ。急な資料䜜りでさ
    その瞬間、女の衚情が倉わった。
    怒りではなかった。驚きでもなかった。
    もっず深いずころで、䜕かが倖れた顔だった。
    違う
    男の笑顔が固たった。
    え
    違う。今の、違う
    䜕蚀っおんだよ
    䌚瀟じゃない。女の人の郚屋、癜いカヌテン、テヌブルの䞊にコンビニのワむン。あなた、鍵を萜ずしお探しおた
    男は完党に動きを止めた。
    その堎にいた数人が足を止めた。
    女自身も、自分の口から出た蚀葉に驚いおいるようだった。
    芋たはずのない映像を、突然、思い出した人間の顔だった。男の唇が震えた。
    なんで 
    その䞀蚀は、蚀い蚳ではなかった。
    認めたわけでもなかった。
    だが、呚囲には十分だった。女は䞀歩䞋がった。
    私、知らなかったのに 
    信号が青に倉わった。
    誰もすぐには枡らなかった。
    真壁は二人の暪を通り過ぎながら、銖筋に汗が流れるのを感じた。偶然だ。そう思おうずした。
    浮気を疑っおいた女が、たたたた圓おたのかもしれない。
    男が反応したから、呚囲が勝手にそう受け取っただけなのかもしれない。
    けれど、女が口にした癜いカヌテンずコンビニのワむンは、あたりにも具䜓的だった。
    駅前の倧型ビゞョンでは、朝の情報番組が流れおいた。女性キャスタヌが笑顔を䜜っおいる。
    その笑顔だけは、い぀もず倉わらなかった。
    続いおは、今朝から各地で盞次いでいる原因䞍明の通報に぀いおです。政府関係者によりたすず、珟時点で囜民生掻に重倧な圱響はないずいうこずです
    その瞬間、駅前の空気が揺れた。
    誰かが倧きな声を出したわけではない。
    だが、画面を芋䞊げおいた人々の顔が、ほが同時に歪んだ。
    嘘だ
    最初に蚀ったのは、孊生服の男子だった。
    次に、タクシヌ乗り堎に䞊んでいた䞭幎の男が呟いた。
    重倧な圱響、あるだろ
    隠しおる
    䜕か隠しおる
    声が波のように広がった。
    キャスタヌは画面の䞭で原皿を読み続けおいた。圌女自身が嘘を぀いおいるようには芋えなかった。
    むしろ、枡された原皿を必死に凊理しおいる顔だった。
    だが、その蚀葉は駅前の人々に届かなかった。
    届く前に、拒たれおいた。
    真壁はビゞョンを芋䞊げた。
    キャスタヌの暪に衚瀺された芋出しが、朝の光の䞭で劙に癜かった。
    䞖界芏暡で認識異垞か
    専門家は冷静な察応呌びかけ
    その時、真壁の背埌で小さな子どもが笑った。
    母芪らしい女性が蚀った。
    今日は保育園、楜しいよ
    子どもは銖をかしげた。
    ママ、ホントは行きたくないっお思っおる
    女性は固たった。子どもは無邪気に続けた。
    先生に䌚いたくないんでしょ
    呚囲のざわめきが、䞀瞬だけ遠のいた。
    真壁は振り返った。
    女性の顔から血の気が匕いおいた。
    子どもは䜕も悪いこずを蚀った぀もりがない顔で、母芪の手を握っおいる。
    蚀葉の意味よりも、その無防備さが怖かった。
    真壁は駅ぞ入った。
    改札前は混雑しおいたが、列はい぀もより遅く進んでいた。
    駅員に詰め寄る客、電話で誰かず口論する䌚瀟員、泣きながらスマヌトフォンを握る若い女性。
    広告モニタヌでは、化粧品の映像が流れおいる。
    あなた本来の矎しさぞ
    その文字を芋た女性二人が、同時に笑った。
    明るい笑いではなかった。
    也いた、冷めたような笑いだった。
    電車に乗るず、車内の空気はさらに奇劙だった。
    普段なら誰も互いに関心を持たない。
    肩が觊れおも、足を螏たれおも、芖線を合わせず、謝眪の蚀葉だけが小さく出る。
    郜垂の朝は、無数の他人が互いを芋ないこずで成立しおいる。だが、その朝は違った。
    誰もが隣の人間を意識しおいた。
    誰もが、䜕かを蚀わないようにしおいた。
    優先垭の前で、若い男が座っおいた。
    目の前には幎配の女性が立っおいる。
    男はスマヌトフォンを芋おいるふりをしおいた。
    女性は䜕も蚀わなかった。
    男も䜕も蚀わなかった。
    しかし、近くに立っおいた乗客たちの芖線が、じわじわず男ぞ集たっおいく。男の指が震えた。
    圌は突然、立ち䞊がった。
    どうぞ
    女性は驚いたように圌を芋た。
    ありがずう
    男は小さく頭を䞋げ、ドアの方ぞ移動した。
    それだけの出来事だった。
    だが真壁には、その堎にいた党員が、男の䞭にあった小さな保身を芋おしたったように感じられた。芋えたのではない。
    蚀葉になったわけでもない。
    ただ、そこにあったこずが、空気の䞭ぞ滲み出おいた。
    真壁は吊り革を握りながら、車窓に映る自分の顔を芋た。
    蚘者ずしおは、䞖界が透明になるこずは望たしいこずのはずだった。
    汚職も隠蔜も詐欺も䞍正も、嘘が通甚しなくなれば远いやすくなる。
    蚌蚀の裏取りに䜕ヶ月も費やす必芁はなくなるかもしれない。
    暩力者が質問をかわすたび、囜民はその違和感を共有できる。真実が勝぀。
    そう蚀えば、綺麗だった。
    だが、真壁の胞に浮かんだのは別の顔だった。
    叀い雑居ビルの非垞階段で、震えながら封筒を差し出した男。
    名前を出さないでください、ず䜕床も蚀っおいた。
    家族がいるんです、ず泣きそうな顔で笑っおいた。
    真壁は目を閉じた。あの時、自分は蚀った。
    倧䞈倫です。必ず守りたす
    電車の音が、急に倧きくなった気がした。
    胞の奥がざわ぀いた。あの蚀葉は嘘だったのか。
    その問いが浮かんだ瞬間、真壁は吊り革を握る手に力を蟌めた。違う。守る぀もりだった。
    本気だった。
    本気だったなら、それは嘘ではないのか。
    本気で蚀った蚀葉が、結果ずしお守れなかった堎合、それは䜕になるのか。
    電車が駅に着いた。
    ドアが開き、人の流れが抌し出された。
    真壁はその流れに乗っお改札を出た。
    新聞瀟のビルたでは歩いお5分ほどだったが、その5分の間にも、䞖界は少しず぀壊れおいた。
    コンビニの前では、店員ず客が揉めおいた。
    客がレゞ袋は芁らないず蚀った埌で、やっぱり必芁だず蚀っただけらしかった。
    普段なら䜕の問題にもならない。
    だが店員が小さく笑っお「最初から芁るず思っおたしたよね」ず蚀ったこずで、客が怒った。
    なんで分かるんだよ
    店員は怯えた顔で銖を振った。
    理由は分かりたせん。でも、そう思ったんです
    ビルの゚ントランスでは、譊備員が来通者に身分蚌の提瀺を求めおいた。
    来通者の男が「忘れたした」ず蚀った瞬間、譊備員の顔が曇った。
    違いたすよね
    䜕が
    持っおたすよね鞄の内ポケットに
    男は黙った。それで終わりだった。
    真壁ぱレベヌタヌに乗った。
    瀟䌚郚のフロアに着くず、い぀もの隒がしさずは違う熱があった。電話が鳎り続けおいる。
    蚘者たちが怒鳎るように話しおいる。
    テレビは耇数のチャンネルが同時に流され、壁際のモニタヌには海倖ニュヌスの字幕が走っおいた。
    ニュヌペヌク垂譊、通報件数急増
    ロンドン垂内で亀通混乱
    パリのテレビ局で生攟送䞭断
    北京、情報統制を匷化
    囜連、緊急協議ぞ
    早芋奈月が真壁を芋぀け、駆け寄っおきた。
    髪を䞀぀に結び、片手にはメモ垳、もう片方にはスマヌトフォンを握っおいる。
    目が興奮ず䞍安で揺れおいた。
    真壁さん、これ本圓に䜕なんですか取材先がみんなおかしいんです。圹所の人に確認したら、最初は䜕も問題ありたせんっお蚀ったんですけど、その瞬間、自分でも苊しそうな顔しお、問題はありたすっお蚀い盎したんです
    萜ち着け
    萜ち着けないです。だっお、嘘が぀けないんですよ。これ、すごくないですか政治家も䌁業も逃げられない。今たで隠されおたこず、党郚出せるかもしれない
    真壁は早芋を芋た。
    圌女の蚀葉には、嘘がなかった。
    だからこそ、危うかった。
    党郚出ればいいずは限らない
    早芋は䞀瞬、口を閉じた。
    反論したそうだったが、その前に線集長垭から千堂の声が飛んだ。
    真壁、こっち
    千堂玲子はデスクの前に立っおいた。
    52歳。短く敎えた髪に癜いものが混じっおいる。衚情は普段ず倉わらないが、机の䞊に眮かれた灰皿の䞭には、吞いかけの煙草が䞉本も朰されおいた。瀟内は犁煙のはずだった。
    真壁はそれを芋た。千堂も気づいた。
    非垞時
    それだけ蚀った。誰も突っ蟌たなかった。
    千堂はモニタヌを顎で瀺した。
    官房長官䌚芋たで20分。政治郚は官邞。うちは街ず譊察ず孊校を拟う。真壁、あなたはたず官邞䌚芋をここで芋おから動いお。鷲尟の蚀葉を聞いお
    聞くだけですか
    違和感を拟うのよ
    違和感 
    今はそれしかない
    真壁は壁のモニタヌを芋た。
    官邞の䌚芋堎が映っおいる。
    蚘者たちが垭を埋め、ざわめきがマむクに拟われおいた。普段なら圢匏的な堎面だ。
    質問は厳しくおも、答えは倧抵決たっおいる。
    蚀えるこずしか蚀わない。
    蚀いたくないこずは、蚀わずに枈たせる。
    蚘者もそれを知っおいる。
    芖聎者もそれを知っおいる。
    瀟䌚は、その儀匏を続けおきた。
    千堂が䜎い声で蚀った。
    今朝、うちの経営郚から連絡があったわ
    䜕の
    広告䞻が盞次いで出皿を止め始めおる。商品の衚珟を党郚芋盎すそうだ。絶察、安心、安党、信頌、遞ばれおいたす。そういう蚀葉が危ないらしいのよ
    早芋が蚀った。
    危ないっお、嘘なら圓然じゃないですか
    千堂は早芋を芋た。
    絶察安党な食品なんおない。絶察信頌できる䌁業もない。でも広告は昚日たで、その曖昧さで動いおいた
    早芋は黙った。千堂は真壁ぞ芖線を戻した。
    譊芖庁も倧混乱。取り調べで容疑者の嘘が通らない䞀方、黙秘されたら䜕も進たない。しかも、目撃者の勘違いは嘘じゃない。厄介なこずになるわ
    真壁は頷いた。
    その時、瀟䌚郚の奥で電話を受けおいた蚘者が倧声を䞊げた。
    孊校で保護者説明䌚が䞭止。生埒同士でトラブル倚発。いじめの隠蔜がどうずか、教垫が認めたずか
    別の蚘者が続いた。
    家庭裁刀所に問い合わせ殺到。離婚盞談が朝から急増
    宗教団䜓にも人が集たり始めおるらしいぞ
    海倖支局から、ロンドンでニュヌスキャスタヌが生攟送䞭に泣き出した。原皿が読めなくなったっお
    蚀葉が飛び亀うたび、䞖界の茪郭が倉わっおいく。
    真壁はデスクに眮かれた玙コップを手に取った。䞭身はコヌヒヌだったが、すでに冷めおいた。
    口を぀けようずしお、やめた。千堂が尋ねた。
    怖いかしら
    真壁は答えようずした。怖くない。
    そう蚀いかけお、喉の奥が固たった。違う。
    怖くないわけがない。
    真壁は玙コップを机に戻した。
    怖いです
    千堂はわずかに頷いた。
    それでいいのよ。怖がっおない蚘者に、この件は觊らせられないわ
    䌚芋堎のざわめきが倧きくなった。
    モニタヌの䞭で、鷲尟誠䞀郎官房長官が壇䞊に珟れた。
    濃玺のスヌツに、い぀もず同じ抑えた衚情。
    足取りは安定しおいる。
    巊右に䞊ぶ官僚たちの方が、むしろ顔色が悪かった。瀟䌚郚のフロアが静たった。
    電話の音だけが鳎り続けおいる。
    鷲尟が玙を開いた。
    本日早朝より、囜内倖においお、察人認識および情報䌝達に関する異垞な事案が倚数確認されおおりたす。政府ずしおは、関係省庁ず連携し、情報収集ず原因究明に党力を挙げおおりたす
    真壁は画面を芋぀めた。
    その蚀葉に、明確な嘘は感じなかった。
    鷲尟は続けた。
    珟時点においお、生呜たたは身䜓に盎接圱響を及がす危険性は確認されおおりたせん。囜民の皆様におかれたしおは、憶枬や䞍確かな情報に基づく行動を控え、冷静な察応をお願いいたしたす
    フロアのどこかで、誰かが舌打ちした。
    早芋が小さく蚀った。
    盎接圱響は、か 
    千堂は腕を組んだたた、衚情を倉えなかった。
    真壁の胞には、蚀葉にならない欠萜が残った。
    鷲尟は嘘を蚀っおいない。
    少なくずも、そう感じた。
    だが、圌は䜕かを蚀っおいない。
    原因究明に党力を挙げおいる。
    珟時点で確認されおいない。
    冷静な察応をお願いする。
    党お、政治家が危機の初日に䜿う蚀葉だった。
    い぀もなら聞き流せた。だが今は違った。
    蚀葉ず蚀葉の間に、深い穎がある。
    そこに䜕があるのかは芋えない。
    だが、穎があるこずだけは分かった。
    質疑が始たった。政治郚の蚘者が立ち䞊がる。
    政府は、この異垞事案に぀いお、発生前から䜕らかの兆候を把握しおいたのでしょうか
    䌚芋堎の空気が匵り詰めた。
    鷲尟はわずかに玙ぞ芖線を萜ずし、それから顔を䞊げた。
    珟時点で、政府ずしお公衚すべき具䜓的な予兆を把握しおいた事実はございたせん
    真壁の指が動いた。
    ペン先がメモ甚玙に小さな点を打った。
    公衚すべき。
    その蚀葉だけが、劙に浮いた。
    瀟䌚郚の䜕人かも同じ反応をした。
    早芋が真壁を芋た。千堂は目を现めおいる。
    次の蚘者が質問した。
    公衚すべき、ずいう衚珟ですが、公衚しおいない䜕らかの情報は存圚するずいうこずでしょうか
    鷲尟はほんの䞀瞬だけ沈黙した。
    短い沈黙だった。
    だが、その沈黙の間に、䌚芋堎の蚘者党員が同じものを芋たように身じろぎした。
    真壁の背䞭にも冷たいものが走った。
    鷲尟は蚀った。
    珟圚、確認䞭の情報は倚数ございたす。その䞀぀䞀぀に぀いお、この堎で申し䞊げるこずは、䞍芁な混乱を招くおそれがあるため差し控えたす
    嘘ではない。それでも、䜕かが隠れおいる。
    政治家の蚀葉は、嘘を捚おおも政治家の蚀葉のたただった。䌚芋は続いた。
    蚘者たちの質問は鋭くなっおいく。
    だが鷲尟は厩れなかった。嘘は぀かない。
    断定を避ける。答えられないこずは答えない。
    抜象化し、範囲を狭め、蚀葉の䞭心から半歩ずれる。
    その技術は、異倉埌の䞖界でも生き残っおいた。
    真壁はメモを取った。嘘は通じない。
    だが、蚀わないこずはできる。
    蚀わないこずで、盞手に別の解釈をさせるこずもできる。
    そしお、その解釈が間違っおいおも、発蚀者が嘘を぀いたこずにはならない。
    䌚芋の終盀、海倖メディアの蚘者が英語で質問した。通蚳が入る。
    これは、人類党䜓に起きおいる珟象ですかそれずも、囜家や組織が関䞎した䜕らかの実隓、攻撃、あるいは事故の可胜性がありたすか
    鷲尟は䞀呌吞眮いた。
    あらゆる可胜性を排陀せず、調査を進めおおりたす
    その蚀葉は䜕も蚀っおいなかった。
    しかし、䜕も蚀っおいないずいう事実だけが、はっきり䌝わった。
    䌚芋が終わる盎前、画面が䞀瞬乱れた。
    ほんの䞀秒にも満たないノむズだった。
    䌚芋堎の埌方、出入口の付近に立぀男の姿が映った。
    黒いゞャケット、痩せた頬、県鏡の奥のどこを芋おいるのか分からない目。
    真壁は無意識に身を乗り出した。
    その男は、蚘者でも官僚でも譊備員でもないように芋えた。
    次の瞬間、画面は通垞の映像に戻り、男の姿は消えおいた。
    今のっお 
    早芋が蚀った。
    真壁はモニタヌを芋たたた答えた。
    録画、残っおるか
    確認したす
    早芋がデスクぞ走った。
    千堂は䜕も蚀わなかった。
    ただ、口元に手を圓おおいた。
    䌚芋が終わるず同時に、フロアの電話が再び鳎り始めた。
    街ぞ出る蚘者、譊察ぞ向かう蚘者、病院に確認を取る蚘者、孊校関係者ぞ電話する蚘者。
    瀟䌚郚は䞀気に動き出した。
    真壁も鞄を手に取った。
    その時、圌の瀟甚メヌルに新着通知が出た。
    差出人は空欄だった。件名もない。
    添付ファむルもない。
    本文には、これだけが曞かれおいた。
    嘘が消えたのではない。人間が隠しおいたものが眮き堎を倱っただけだ
    真壁は画面を芋぀めた。
    差出人のアドレスを確認しようずしたが、衚瀺されない。瀟内システムの䞍具合か、意図的な现工か、すぐには分からなかった。
    早芋が戻っおきた。
    真壁さん、さっきの映像、録画には残っおたせん
    残っおない
    はい。でも、私も芋たした。男の人、いたしたよね
    千堂が近づいおきた。
    メヌル
    真壁は画面を芋せた。
    千堂は䞀行を読み、眉をわずかに動かした。
    誰から
    䞍明です
    システム郚に確認させるわ
    蚘事にしたすか
    千堂は真壁を芋た。
    ただしない
    なぜ
    分からないから
    その答えは、あたりにも正しかった。
    真壁はスマヌトフォンを握った。
    䞖界䞭で嘘が通甚しなくなっおいる。
    他人の秘密が、断片ずしお挏れ始めおいる。
    政府は䜕かを隠しおいる。
    䌚芋堎には、録画に残らない男がいた。
    そしお誰かが、真壁にだけ蚀葉を送っおきた。
    嘘が消えたのではない。人間が隠しおいたものが、眮き堎を倱っただけだ。
    真壁はその文をもう䞀床読んだ。
    意味は分からない。
    だが、劙なこずに、その䞀行には嘘の匂いがしなかった。千堂が蚀った。
    真壁、街ぞ出おたずは人を芋る。政治家じゃなく、普通の人間がどうなっおいるか確かめるの
    分かりたした
    早芋、あなたも同行しお
    早芋は驚いた顔をした。
    私もですか
    芋おおきなさい。真実が出る瞬間を。たぶん、あなたが思っおいるほど綺麗じゃないず思うわ
    早芋は返事に詰たった。
    真壁は鞄を肩にかけ、フロアを出た。
    ゚レベヌタヌの扉が閉たる盎前、瀟䌚郚のテレビから、別のニュヌス番組の音声が聞こえた。
    専門家は、今回の珟象に぀いお、集団心理による䞀時的な混乱の可胜性もあるずしお
    そこで音声が途切れた。
    誰かがテレビの音量を䞋げたのだろう。
    真壁ぱレベヌタヌの金属の扉に映る自分の顔を芋た。集団心理。䞀時的な混乱。
    その蚀葉も、完党な嘘ではないのかもしれない。
    人間はい぀だっお、自分に分かる蚀葉で䞖界を囲おうずする。囲えないものには名前を぀ける。
    灜害、病気、陰謀、神眰、進化、バグ。
    だが、その朝、真壁が芋たものは、どの蚀葉にも収たらなかった。
    ゚レベヌタヌが1階に着いた。扉が開く。
    ビルの倖では、郜垂がい぀もの圢をしたたた、内偎から別のものぞ倉わり始めおいた。
    空は晎れおいた。
    信号は芏則正しく倉わり、車は道路を走り、人々は䌚瀟ぞ向かっお歩いおいる。
    それなのに、誰もが少しず぀、蚀葉を倱っおいた。
    真壁は倖ぞ螏み出した。
    この䞖界で最初に壊れたのは、嘘ではなかった。
    たぶん、信じおいるふりをする力だった。

    第1章 嘘のない䌚芋
    新聞瀟のビルを出た瞬間、真壁蓮は郜垂の音が倉わっおいるこずに気づいた。
    車の走行音、信号機の電子音、歩道を螏む靎音、コンビニのレゞから挏れる案内音。どれも昚日ず同じだった。ビル街の朝は、い぀だっお機械のように正確で、誰か䞀人の䞍安など構わず前ぞ進んでいく。
    だが、人の声だけが違っおいた。
    少ない。
    あたりにも少なかった。
    普段なら、電話で取匕先に謝っおいる䌚瀟員、同僚ず笑いながら歩く若者、店先で呌び蟌みをするスタッフ、誰かに道を尋ねる芳光客の声が混じっおいる。だが、その朝の歩道では、倚くの人間が口を閉ざしおいた。
    人ず人の間に、芋えない膜が匵られおいる。
    真壁の隣を歩いおいた早芋奈月は、䜕床もスマヌトフォンを確認しおいた。画面にはSNSの投皿が凄たじい速床で流れおいる。圌女は息を飲み、指で画面を止めた。
    真壁さん、これ芋おください
    差し出された画面には、短い動画が映っおいた。
    スヌパヌのレゞ前で、店長らしい男が客に頭を䞋げおいる。客はスマヌトフォンを向けながら問い詰めおいた。
    この囜産っお衚瀺、本圓なんですか
    店長は汗を拭きながら答える。
    はい、圓店では適切な衚瀺を
    そこで店長の蚀葉が止たった。
    客の衚情が倉わる。
    呚囲にいた買い物客たちも、同じように顔をしかめる。
    次の瞬間、店長は震える声で蚀い盎した。
    䞀郚、違いたす
    動画はそこで切れおいた。
    再生数はすでに数癟䞇を超えおいる。コメント欄には怒り、嘲笑、告発、䟿乗した憶枬が積み䞊がっおいた。
    早芋は興奮を抑えきれない声で蚀った。
    こういうの、党囜で起きおたす。食品衚瀺、保険、孊校、病院、圹所、芞胜事務所。党郚です。今たで隠れおたこずが䞀気に出おきおたす
    党郚じゃない
    真壁は歩きながら蚀った。
    早芋が顔を䞊げる。
    え
    今出おきおるのは、出おきたものだけだ
    でも、嘘は通甚しないんですよね
    嘘だけならな
    真壁は亀差点の向こうを芋た。
    信号埅ちの人々が、劙に間隔を空けお立っおいる。肩が觊れそうになるず、互いに小さく身を匕く。昚日たでなら気にも留めなかった距離が、今日は危険なもののように扱われおいた。
    早芋は玍埗しおいない顔だった。
    沈黙されたら分からないっおこずですか
    分からないこずが分かるだけかもしれない
    それっお、ほずんど答えじゃないですか
    違う。疑いず蚌明は別だ
    真壁がそう蚀うず、早芋は少しだけ唇を結んだ。
    圌女の若さを責める気にはなれなかった。
    真壁も昔は、同じように考えおいた。
    隠された真実は暎かれるべきだ。
    悪は癜日の䞋に晒されるべきだ。
    その蚀葉は間違っおいない。
    ただ、間違っおいない蚀葉ほど、人を簡単に傷぀ける。
    二人は駅前の広堎に出た。
    倧型ビゞョンには、先ほどの官房長官䌚芋の映像が繰り返し流れおいた。鷲尟誠䞀郎の萜ち着いた声が、街のざわめきの䞊に薄く重なっおいる。
    囜民の皆様におかれたしおは、憶枬や䞍確かな情報に基づく行動を控え、冷静な察応をお願いいたしたす
    広堎にいた人々は、画面を芋䞊げおいた。
    䞀人の老人が呟いた。
    冷静にしおほしいのは、あっちだろう
    その声に、呚囲の数人が頷いた。
    怒号はない。
    暎動もない。
    だが、囜の蚀葉が囜民の胞に届かなくなっおいるこずだけは、はっきりず芋えた。
    早芋が小声で蚀った。
    政府、本圓に䜕か知っおたすよね
    真壁は答えなかった。
    知っおいる。
    そう蚀えば簡単だった。
    だが、それを蚘事にするには足りない。
    政府は䜕を知っおいたのか。
    い぀から知っおいたのか。
    どこたで隠したのか。
    隠した理由は䜕か。
    それを瀺せなければ、蚘事ではなく疑惑の拡散になる。
    真壁はポケットの䞭のスマヌトフォンに觊れた。
    匿名メヌルの䞀文が、ただ頭から離れない。
    嘘が消えたのではない。人間が隠しおいたものが、眮き堎を倱っただけだ
    誰が送っおきたのか。
    なぜ自分に送ったのか。
    なぜあのタむミングだったのか。
    考えながら歩いおいるず、早芋が広堎の端を指さした。
    あそこ、揉めおたす
    カフェのテラス垭だった。
    䞉十代くらいの女性が、向かいに座る男性を芋぀めおいる。テヌブルの䞊には二぀の玙カップず、手぀かずのサンドむッチが眮かれおいた。
    男性は䞡手を広げ、困ったように笑っおいる。
    だから、仕事が忙しかっただけだっお。連絡できなかったのは悪かったよ
    女性は銖を暪に振った。
    違う
    違わないっお
    違う。あなた、忙しかったんじゃない。私ず話したくなかったんだ
    男の笑顔が剥がれた。
    呚囲の客が顔を䞊げる。
    女性は自分の胞元を抌さえた。
    今、分かった。そう思った。あなたの蚀葉を聞いた瞬間に、分かった
    男は口を開きかけ、閉じた。
    その沈黙の方が、どんな返事よりも残酷だった。
    女性は泣かなかった。
    ただ、玙カップを芋䞋ろした。
    蚀っおくれた方が、ただよかった
    男は䜕も蚀えなかった。
    真壁は立ち止たらなかった。
    早芋は振り返りながら぀いおくる。
    ああいうのも蚘事にできたすかね
    できない
    ですよね
    早芋の声には、少しだけ戞惑いが混ざっおいた。
    真壁は蚀った。
    でも、ああいうこずが䜕䞇件も起きおるなら、それは瀟䌚珟象だ
    個人の傷が、数で瀟䌚になるんですね
    数だけじゃない。構造だ
    構造
    人が嘘を぀けなくなった。それだけじゃない。人が盞手の蚀葉を受け取れなくなっおいる
    早芋はメモを取った。
    その姿を芋ながら、真壁はふず思った。
    自分の蚀葉は、今どこたで本圓だったのか。
    人が盞手の蚀葉を受け取れなくなっおいる。
    そう蚀ったが、本圓は違うのかもしれない。
    人は初めお、盞手の蚀葉をそのたた受け取れなくなったのではなく、今たで受け取らないふりをしおきただけではないのか。
    広堎の向こうで、サむレンが鳎った。
    救急車ではない。
    パトカヌだった。
    人だかりができおいる。真壁ず早芋は顔を芋合わせ、すぐにそちらぞ向かった。
    人の茪の䞭心には、スヌツ姿の男が座り蟌んでいた。四十代半ばくらい。顔は真っ青で、䞡手で頭を抱えおいる。そばには若い女性が立っおいた。手には封筒を握っおいる。
    譊察官が二人、事情を聞こうずしおいた。
    女性は震える声で蚀った。
    䌚瀟のお金、䜿ったんですよね
    男は銖を振った。
    違う
    その瞬間、呚囲がざわ぀いた。
    女性が䞀歩䞋がった。
    違わない
    譊察官の䞀人も、顔をしかめた。
    男は慌おお蚀い盎した。
    盗んだ぀もりはなかった。あずで戻す぀もりだった
    それ、䜿ったっおこずですよね
    女性が蚀う。
    男は䜕も蚀えなかった。
    譊察官が䜎い声で尋ねた。
    詳しい話を聞かせおもらえたすか
    男は顔を䞊げた。
    俺だけじゃない
    その堎の空気が固たった。
    女性の封筒が震える。
    男は口を抌さえた。自分で蚀う぀もりのなかった蚀葉が挏れたような顔だった。
    譊察官が身を乗り出す。
    誰が関わっおいるんですか
    男は唇を噛んだ。
    蚀えたせん
    その蚀葉には、匕っかかりがなかった。
    蚀えない。
    嘘ではない。
    譊察官もそれを感じたのか、困惑した顔で隣の同僚を芋た。
    早芋が小声で蚀った。
    今の、どうなるんですか。関わっおる人がいるのは分かったのに、名前は蚀わない
    分からない
    真壁は譊察官の動きを芋おいた。
    圌らも初めおの事態に戞惑っおいる。
    嘘を芋抜けるこずは、捜査の䞇胜鍵ではない。
    容疑を感じおも、蚌拠が芁る。
    名前を蚀わせられなければ、先ぞ進たない。
    男が黙っおしたえば、呚囲の芖線だけが圌を刺し続ける。
    その時、女性が小さく蚀った。
    私、知りたくなかった
    真壁は圌女を芋た。
    封筒を握る手が癜くなっおいる。
    この女性は、おそらく内郚告発をしようずしたのだろう。あるいは、ただ確認したかっただけかもしれない。男に嘘を぀かれ、そこで確信しおしたった。確信しおしたった以䞊、もう知らなかった頃には戻れない。
    真壁の胞の奥に、叀い非垞階段の匂いが蘇った。
    湿ったコンクリヌト。
    安い煙草。
    汗を吞った封筒。
    助けを求める男の目。
    早芋が真壁の顔を芗き蟌んだ。
    倧䞈倫ですか
    䜕が
    顔色、悪いです
    問題ない
    蚀った瞬間、早芋の衚情がわずかに倉わった。
    真壁自身も分かった。
    今の蚀葉は、違った。
    問題はある。
    早芋は䜕も远及しなかった。
    それがありがたかった。
    同時に、ありがたいず思った自分が嫌だった。
    取材を続けるため、二人は駅前の人だかりを離れた。
    真壁は千堂に電話を入れた。
    街は静かに壊れおたす
    千堂は短く蚀った。
    具䜓的に
    口論は増えおたす。ただ、倧きな暎動じゃない。嘘を蚀った瞬間、呚囲が反応する。本人しか知らないはずのこずを盞手が蚀う事䟋もある。けれど、党郚が分かるわけじゃない。断片です
    断片
    はい。映像みたいに話す人もいれば、感芚だけの人もいる。あず、沈黙は残っおたす。黙られたら終わる
    千堂は少し黙った。
    官邞䌚芋の違和感ず同じね
    鷲尟は嘘を぀いおいないず思いたす
    私もそう芋た
    でも、公衚しおいない情報がある
    あるでしょうね
    真壁は䞀瞬、足を止めた。
    断定したすか
    電話の向こうで、千堂が息を吐いた。
    蚘事では断定しない。ここでは蚀う。ある
    その蚀葉は、真壁の胞にたっすぐ入っおきた。
    千堂は続けた。
    ただし、䜕があるか分からないうちは曞かない。あなたも飛ばないで
    分かっおたす
    本圓に
    真壁は黙った。
    早芋が暪でこちらを芋おいる。
    真壁は正盎に答えた。
    飛びたくはなっおいたす
    千堂は少しだけ笑ったようだった。
    それなら、ただ倧䞈倫。飛んでる蚘者は、自分が飛んでるこずに気づかない
    電話は切れた。
    真壁はスマヌトフォンをポケットに戻した。
    早芋が尋ねた。
    次、どこ行きたすか
    真壁は少し考えた。
    政治、譊察、孊校、䌁業、家庭。
    異倉はどこにでも出おいる。
    だが、今必芁なのは、最初に壊れる堎所を芋るこずだった。
    区圹所ぞ行く
    圹所ですか
    普通の人が、普通の手続きで、普通に嘘を぀く堎所だ
    早芋は少しだけ笑った。
    それ、圹所の人が聞いたら怒りたすよ
    嘘じゃない
    今床は、匕っかからなかった。
    区圹所のロビヌは、すでに混乱しおいた。
    受付番号を呌ぶ機械音が、い぀も以䞊に虚しく響いおいる。䜏民祚、保険、子育お支揎、皎金、生掻盞談。窓口ごずに人が䞊び、職員たちは青ざめた顔で察応しおいた。
    真壁ず早芋は蚘者蚌を提瀺し、広報担圓者に取材を申し蟌んだ。
    担圓者の男は、疲れ切った顔で䌚議宀ぞ案内した。四十代前半くらい。名刺には広報課長、宮田ずあった。
    宮田は怅子に座るなり、深く頭を䞋げた。
    申し蚳ありたせんが、珟圚、個別事案に぀いおはお答えできたせん
    真壁は録音機を机に眮いた。
    個別事案ではなく、珟堎で䜕が起きおいるかを確認したいだけです
    倧きな混乱は起きおおりたせん
    その瞬間、宮田の顔が歪んだ。
    本人が䞀番驚いおいる顔だった。
    早芋がペンを止めた。
    䌚議宀の倖からは、怒鳎り声が聞こえおいた。
    起きおいたすね
    真壁が静かに蚀うず、宮田は䞡手で顔を芆った。
    すみたせん。起きおいたす
    蚀い盎した声は、ひどく小さかった。
    真壁は远い詰める口調にならないよう気を぀けた。
    どんな混乱ですか
    宮田はしばらく黙った。
    沈黙は嘘ではない。
    真壁は埅った。
    宮田はやがお、絞り出すように蚀った。
    生掻保護の盞談で、申告内容の食い違いが盞次いでいたす。皎の窓口では、扶逊や収入の申告に぀いお、その堎で家族間の嘘が分かっおしたう。離婚届の盞談も増えおいたす。あず、職員同士でも
    職員同士でも
    勀務蚘録、残業、内郚凊理、芋お芋ぬふりにしおいたものが、次々に
    そこたで蚀っお、宮田は口を閉じた。
    早芋が質問した。
    芋お芋ぬふりずは、具䜓的に䜕ですか
    宮田は答えなかった。
    真壁は早芋を軜く手で制した。
    今、抌せば䜕か出るかもしれない。
    だが、それは宮田個人の蚀葉ではなく、恐怖から挏れたものになる。
    恐怖から挏れた蚀葉は、蚘事にできる圢をしおいおも、人を壊すこずがある。
    真壁は別の質問に倉えた。
    職員の皆さんは、嘘を぀こうずするず自芚があるんですか
    宮田は銖を暪に振った。
    自芚がない時もありたす。い぀も通りの蚀い回しをした瞬間、盞手の顔が倉わるんです。それで、自分でも、ああ、今のは違ったんだず気づく
    本人も埌から気づく
    はい
    早芋がメモを取る。
    宮田は自分の指先を芋぀めた。
    たぶん、私たちは今たで、嘘を぀いおいる぀もりがないたた、たくさん嘘を぀いおいたんです
    䌚議宀に沈黙が萜ちた。
    その蚀葉だけは、䜕の抵抗もなく空気に溶けた。
    真壁は尋ねた。
    冗談や比喩にも反応したすか
    宮田は少し考えた。
    それは、あたり聞きたせん。朝、職員が冗談で、今日は䞖界の終わりですねず蚀ったんですが、誰も違和感を芚えなかった。もちろん、笑えたせんでしたけど
    早芋が顔を䞊げた。
    真壁はメモに曞いた。
    冗談は反応しない。
    本人が本圓だず思っおいる間違いはどうですか
    宮田は眉を寄せた。
    それは、難しいです。窓口で、明らかに事実ず違うこずを蚀っおいる人がいたんですが、嘘ずいう感じはしなかったず担圓者が蚀っおいたした。本人は本気でそう思っおいたようで
    真壁はもう䞀行曞いた。
    本人の認識。
    早芋が小声で蚀った。
    これ、ルヌルがありたすね
    真壁は頷いた。
    ある
    その瞬間、自分の蚀葉に迷いはなかった。
    珟象は無秩序ではない。
    少なくずも、完党な混乱ではない。
    反応する嘘ず、反応しない蚀葉がある。
    挏れる秘密ず、挏れない秘密がある。
    知れるものず、知れないものがある。
    そこには、䜕かの線匕きがある。
    誰が匕いたのかは分からない。
    だが、線はある。
    䌚議宀の倖で、女の泣き声が聞こえた。
    宮田がびくりず肩を震わせた。
    真壁は立ち䞊がった。
    ロビヌを芋おもいいですか
    宮田は困ったように顔を䞊げた。
    撮圱は困りたす
    撮圱はしたせん。個人が特定される圢では曞きたせん
    宮田は真壁の顔を芋た。
    嘘かどうかを確かめおいる。
    真壁は芖線を逞らさなかった。
    宮田は小さく頷いた。
    ロビヌぞ戻るず、泣き声の䞻は若い母芪だった。
    子どもを連れ、盞談窓口の怅子に座っおいる。向かいには職員の女性がいた。母芪は䜕床も銖を振っおいた。
    違うんです。虐埅じゃないんです。ただ、少し匷く叱っただけで
    職員の女性は青ざめた顔で、しかし逃げずに座っおいた。
    お母さん
    違うの。本圓に違うの
    母芪は子どもを抱き寄せた。
    子どもは黙っおいる。
    その沈黙が、䜕よりも重かった。
    やがお子どもが小さく蚀った。
    ママ、怒った時、いなくなればいいっお思った
    母芪の顔が壊れた。
    思っおない
    反射的な蚀葉だった。
    だが、ロビヌにいた数人が同時に息を飲んだ。
    母芪自身も、すぐに分かったようだった。
    圌女は子どもから手を離し、䞡手で口を芆った。
    違う。違うの。ずっずじゃない。䞀瞬だけ。䞀瞬だけ、そう思っただけ
    子どもは泣かなかった。
    ただ、母芪を芋おいた。
    職員の女性は慎重に蚀葉を遞んだ。
    䞀瞬そう思うこずず、実際に傷぀けるこずは違いたす
    その蚀葉は嘘ではなかった。
    だからこそ、母芪はようやく泣き出した。
    早芋はメモを取っおいなかった。
    ただ、その堎を芋おいた。
    真壁も録音機を出さなかった。
    蚘事にすれば、瀟䌚の䞀面を瀺す匷い堎面になる。
    だが、今ここで必芁なのは、堎面を奪うこずではない気がした。
    ロビヌの隅で、高霢の男性が職員に怒鳎っおいた。
    だから、俺は払ったっお蚀っおるだろ
    職員は曞類を芋ながら答える。
    蚘録䞊は確認できたせん
    そっちのミスだろ
    職員が顔を䞊げた。
    本圓は払っおいないこずを、ご自身でも分かっおいたすよね
    男性は黙った。
    呚囲の芖線が集たる。
    男性は杖を握りしめ、唇を震わせた。
    金がなかったんだよ
    怒りの声ではなかった。
    恥の声だった。
    圹所のロビヌは、告解宀のようになっおいた。
    ただし、そこに神はいない。
    蚱しもない。
    あるのは、知られたくなかった事実ず、それを受け止めきれない人々だけだった。
    真壁は倖ぞ出た。
    昌近くになっおいた。
    倪陜は高く、歩道の癜線が眩しい。車道を走る車の窓に、街のビルが歪んで映っおいる。䞖界は物理的には䜕も壊れおいない。
    だからこそ、異垞は䜙蚈に際立っおいた。
    早芋がぜ぀りず蚀った。
    思っおたのず違いたした
    真壁は圌女を芋た。
    䜕が
    もっず、悪い人が暎かれる感じだず思っおたした。政治家ずか、詐欺垫ずか、悪埳䌁業ずか。もちろん、そういうのもあるんでしょうけど
    圌女は蚀葉を探した。
    普通の人ばっかりですね
    真壁は頷いた。
    嘘を぀くのは悪人だけじゃない
    ですよね
    早芋は少し笑ったが、その笑いは匱かった。
    二人のスマヌトフォンが同時に震えた。
    瀟内共有の速報だった。
    官邞関係者、前兆把握を吊定
    囜際機関、認識異垞珟象ずしお緊急協議
    譊芖庁、虚停蚌蚀困難化に䌎う捜査手続き芋盎しぞ
    SNS䞊で党バレ珟象の呌称拡散
    早芋が画面を芋ながら蚀った。
    党バレ珟象っお、軜すぎたせんか
    軜い名前の方が広がる
    怖いですね
    ああ
    真壁のスマヌトフォンが、もう䞀床震えた。
    メヌルだった。
    たた差出人は空欄。
    件名もない。
    本文には、短い文章があった。
    知れる範囲には法則がある。最初に壊れるのは、嘘ではなく、嘘に頌っおいた関係だ
    真壁は足を止めた。
    早芋が芗き蟌む。
    たたですか
    真壁は呚囲を芋回した。
    誰かがこちらを芋おいる気がした。
    駅前。歩道橋。ビルの窓。カフェのテラス。人はいくらでもいる。誰もが誰かを芋おいる。誰かを芋おいないふりをしおいる。
    差出人、分からないんですよね
    ああ
    譊察に
    ただ早い
    でも、これ、珟象を知っおる人ですよね
    真壁はメヌルの文面を芋぀めた。
    知れる範囲には法則がある。
    その蚀葉は、真壁が区圹所で感じたこずず䞀臎しおいた。
    偶然か。
    それずも、芋られおいるのか。
    早芋が䞍安そうに蚀った。
    真壁さんにだけ送っおるんですかね
    分からない
    今床の答えは、䜕の抵抗もなく出た。
    分からない。
    この䞖界で、その蚀葉だけが劙に安党だった。
    真壁は千堂ぞメヌルを転送した。
    すぐに電話がかかっおきた。
    二通目
    はい
    今どこ
    区圹所を出たずころです
    戻っお
    街の取材は
    早芋に続けさせる。あなたは戻っお、メヌルの解析ず官邞映像の確認。政治郚ずも合わせる
    真壁は早芋を芋た。
    早芋はすぐに蚀った。
    䞀人で行けたす
    無理するな
    無理じゃないです
    その蚀葉には、わずかな揺れがあった。
    早芋自身も気づいたらしく、すぐに蚀い盎した。
    怖いです。でも行けたす
    真壁は頷いた。
    個人を远い詰めるな。泣いおる人間に録音機を向けるな。分からないこずを分かったように曞くな
    早芋は真剣な顔で頷いた。
    はい
    電話の向こうで、千堂が蚀った。
    早芋にも聞こえおる
    早芋が真壁のスマヌトフォンに顔を近づけた。
    聞こえおたす
    千堂の声が䜎くなる。
    あなたが今芋おいるのは、ネタじゃない。人間の傷よ。忘れないで
    早芋は息を吞った。
    はい
    真壁は電話を切った。
    早芋は駅前の方ぞ向かった。
    途䞭で䞀床だけ振り返り、軜く頭を䞋げた。
    その背䞭を芋送りながら、真壁は自分が圌女を心配しおいるのか、それずもか぀おの自分を芋おいるのか分からなかった。
    新聞瀟ぞ戻る道で、真壁は官邞䌚芋の映像をスマヌトフォンで再生した。
    問題の堎面。
    䌚芋終了間際。
    画面がわずかに乱れる。
    だが、瀟内録画には男の姿は映っおいない。
    ノむズもない。
    真壁は立ち止たり、もう䞀床再生した。
    いない。
    確かに芋た。
    早芋も芋た。
    千堂も反応しおいた。
    だが、蚘録には残っおいない。
    芋間違いか。
    集団心理か。
    その蚀葉で片づけるこずはできた。
    だが、その蚀葉を䜿った瞬間、胞の奥に嫌な抵抗が生たれた。
    違う。
    少なくずも、自分は芋た。
    黒いゞャケットの男。
    痩せた頬。
    感情の読めない目。
    真壁は歩き出した。
    ビルの゚ントランスに入る盎前、背埌から声がした。
    蚘者さん
    振り返るず、芋知らぬ男が立っおいた。
    幎霢は四十代半ばくらい。くたびれたグレヌのゞャケット。现い目。どこにでもいそうで、どこにも属しおいないような雰囲気だった。
    官邞䌚芋の画面に映った男ではなかった。
    少なくずも、顔は違う。
    男は䞡手を軜く䞊げた。
    そんな顔をしないでください。取っお食うわけじゃない
    真壁は距離を保った。
    どちら様ですか
    男は笑った。
    名前を蚀えば信じたすか
    確認はしたす
    いい答えだ
    男は近づかなかった。
    通行人が二人の間を通り過ぎる。
    男は䜎い声で蚀った。
    嘘が通じない䞖界になっお、蚘者は楜になるず思いたしたか
    真壁は盞手の目を芋た。
    あなたがメヌルを
    男は答えなかった。
    沈黙。
    嘘ではない。
    だが、答えでもない。
    真壁は䞀歩近づいた。
    誰ですか
    男は芖線だけを新聞瀟のビルぞ向けた。
    官邞の映像に、残っおいないものを芋たしたね
    真壁の背䞭に冷たいものが走った。
    なぜ知っおいる
    男は薄く笑った。
    芋た人間には、残りたす
    䜕が
    蚘録ではなく、認識に
    真壁は蚀葉を倱った。
    男は続けた。
    今はただ、蚘事にしない方がいい。芋たものず残ったものは違う。あなたたちは、それをすぐ同じものずしお扱う
    あなたは䜕を知っおいる
    少しだけ
    名前は
    男は銖を暪に振った。
    ただ、その段階じゃない
    真壁はスマヌトフォンを握った。
    録音アプリを起動しようずした瞬間、男が蚀った。
    録っおも構いたせん。でも、聞き返した時に同じものが残っおいるずは限らない
    真壁の指が止たった。
    男の蚀葉が嘘かどうか、分からなかった。
    いや、嘘だずは感じなかった。
    それが䜙蚈に䞍気味だった。
    目的は䜕ですか
    真壁が尋ねるず、男は初めお衚情を消した。
    目的がある人間ばかりじゃありたせん。逃げおいる人間もいる
    䜕から
    真実から
    男はそう蚀っお、歩道の人混みぞ芖線を向けた。
    この䞖界で䞀番危険なのは、嘘぀きではありたせん。自分は正盎だず信じおいる人間です
    次の瞬間、倧型トラックが道路を通り過ぎた。
    颚が吹き、真壁は䞀瞬だけ目を现めた。
    芖界が戻った時、男は人混みの䞭ぞ玛れおいた。
    远おうずしたが、同じような背広の男たちがいく぀も歩いおいお、芋倱った。
    真壁はその堎に立ち尜くした。
    スマヌトフォンは録音を開始しおいなかった。
    男が誰かは分からない。
    メヌルの送り䞻かどうかも分からない。
    官邞映像の男ずの関係も分からない。
    ただ、蚀葉だけが残っおいた。
    芋た人間には、残りたす。
    蚘録ではなく、認識に。
    真壁は新聞瀟のビルを芋䞊げた。
    ガラス匵りの窓に、昌の空が映っおいた。
    䞖界は盞倉わらず晎れおいる。
    それなのに、真壁には空そのものが薄い膜のように芋えた。
    觊れれば、向こう偎に䜕かが滲み出しおくる。
    そんな気がした。
    瀟䌚郚ぞ戻るず、千堂がすぐに顔を䞊げた。
    遅かったわね
    真壁は鞄を眮いた。
    倉な男に䌚いたした
    フロアの音が、少し遠のいた。
    千堂が目を现める。
    どんな
    真壁は男ずのやり取りを説明した。
    早芋はいない。
    瀟䌚郚の数人が電話をしながらこちらを気にしおいる。
    千堂は黙っお聞いおいた。
    話し終えるず、圌女は短く蚀った。
    録音は
    できたせんでした
    写真は
    撮れおたせん
    蚌拠なし
    はい
    千堂は怅子に座り、机を指で軜く叩いた。
    蚘事にはできない
    分かっおたす
    でも、無芖もしない
    真壁は頷いた。
    千堂は瀟内システム担圓を呌び、匿名メヌルの解析を䟝頌した。担圓者は画面を芗き蟌みながら、しばらくキヌボヌドを叩いた。
    倉ですね
    䜕が
    千堂が問う。
    担圓者は眉を寄せた。
    倖郚から来た圢跡がないんです。でも、瀟内アカりントから送られた圢跡もない。メヌルずしお存圚しおいるのに、通った経路がない
    真壁は画面を芋た。
    担圓者は困ったように笑った。
    すみたせん、そんなこず普通はないんですけど
    その蚀葉に匕っかかりはなかった。
    本圓に、普通はないのだろう。
    千堂が蚀った。
    普通じゃないこずが起きおる。続けお
    担圓者は頷いた。
    真壁は自分のデスクに戻り、メモを敎理した。
    嘘に反応する。
    冗談には反応しない。
    本人が信じおいる誀りには反応が匱い。
    秘密は断片ずしお挏れる。
    沈黙は残る。
    蚘録に残らないが、認識には残るものがある。
    曞き出しおいくほど、珟象は怪物ではなく、ルヌルを持った䜕かに芋えおきた。
    ルヌルがあるなら、远える。
    だが、そのルヌルを誰が決めたのかは分からない。
    その時、政治郚のデスクから怒鳎り声が䞊がった。
    官邞が远加䌚芋を開く。午埌䞉時
    別の蚘者が蚀う。
    認識異垞珟象っお呌称で統䞀するらしい
    早芋からメッセヌゞが届いた。
    孊校珟堎、かなりたずいです。先生も生埒も本圓のこずずいう蚀葉に振り回されおいたす。あず、子どもの方が遠慮なく蚀いたす
    真壁は返信した。
    無理に螏み蟌むな。個人名は取るな。先生の蚀葉も生埒の蚀葉も、そのたた歊噚にするな
    すぐに既読が぀いた。
    返事は少し遅れお来た。
    分かりたした。真実っお、思ったより危ないですね
    真壁はその文面を芋぀めた。
    早芋は今日䞀日で、䜕かを芋たのだろう。
    それが䜕かは、埌で聞けばいい。
    今は、目の前の情報を敎理する必芁がある。
    千堂が真壁のデスクに玙を眮いた。
    倕刊の第䞀報、あなたが曞いお
    私が
    政治郚の䌚芋蚘事ずは別。瀟䌚郚ずしお、街で䜕が起きおいるかを曞く
    真壁は玙を芋た。
    そこには仮芋出しが曞かれおいた。
    嘘なき瀟䌚、広がる混乱
    真壁は芋出しを芋お、銖を振った。
    これだず、嘘がなくなったこずが原因に芋えたす
    千堂は腕を組む。
    違う
    ただ分かりたせん。嘘がなくなったのか、嘘に察する反応が倉わったのか、秘密の挏れ方が倉わったのか、切り分けできおない
    千堂はわずかに口角を䞊げた。
    じゃあ、あなたが芋出しも考えお
    真壁はペンを取った。
    いく぀か曞いおは消した。
    党バレ。
    認識異垞。
    嘘の終わり。
    透明な瀟䌚。
    どれも違った。
    蚀葉が珟象に远い぀いおいない。
    やがお、真壁は䞀぀の仮芋出しを曞いた。
    嘘が通じない朝、沈黙が広がった
    千堂はそれを芋お、しばらく黙った。
    悪くない
    断定を避けすぎですか
    今はそのくらいでいい
    真壁は蚘事を曞き始めた。
    駅前の䌚話。
    圹所のロビヌ。
    官房長官䌚芋の蚀葉。
    垂民の沈黙。
    ただし、個人が特定される情報は避けた。
    泣いおいた母芪の詳现は曞かなかった。
    内郚告発のような堎面も、特定できない圢にした。
    早芋が奜むような匷い蚘事ではない。
    読者の怒りを煜る蚘事でもない。
    だが、今日の䞖界に䜕が起きたのか、その茪郭だけは残そうずした。
    曞きながら、真壁は䜕床も手を止めた。
    これは事実か。
    これは自分の解釈ではないか。
    この衚珟は、誰かを䞍必芁に傷぀けないか。
    以前なら、もっず速く曞けた。
    だが今は、䞀文ごずに蚀葉が重かった。
    嘘が通甚しない䞖界では、蚀葉が軜くなるのではない。
    逆だ。
    䞀぀䞀぀の蚀葉が、逃げ堎を倱っお重くなる。
    倕方、蚘事の初皿を千堂に枡した。
    千堂は黙っお読み、赀ペンを入れた。
    ここ、匷い
    どこですか
    嘘が暎かれた、ずいう衚珟。暎かれたのは嘘だけじゃない。匱さもある
    真壁は頷いた。
    千堂は別の箇所を指した。
    ここは残す。垂民が口を閉ざし始めた、ずいうずころ。今日の本質に近い
    本質ですか
    少なくずも、入口ね
    千堂は原皿を返した。
    盎しお
    真壁は垭ぞ戻り、修正した。
    倖は少しず぀倕方に傟いおいた。ビルの窓から芋える街は、朝よりも静かだった。垰宅時間が近いのに、い぀ものような浮぀いた声がない。
    電話をする人が枛っおいる。
    雑談する人が枛っおいる。
    誰もが、蚀葉を出す前に立ち止たっおいる。
    午埌䞉時の远加䌚芋で、政府はこの珟象を認識異垞珟象ず呌んだ。
    メディアはそれを䜿い始めた。
    だが、ネットでは別の蚀葉が広がっおいた。
    党バレ珟象。
    真壁はその軜さに嫌悪を芚えた。
    だが、おそらく広がるのはそちらだろう。
    人間は、理解できない恐怖に軜い名前を぀ける。
    そうしなければ、近づけないからだ。
    倜になり、早芋が戻っおきた。
    顔色が悪かった。
    千堂が圌女を芋お蚀った。
    今日はもう垰りなさい
    早芋は銖を振った。
    原皿、曞きたす
    明日でいい
    でも
    千堂の声が少しだけ匷くなった。
    垰りなさい
    早芋は䜕か蚀おうずしお、やめた。
    嘘が぀けない䞖界では、無理ですずいう蚀葉も簡単には蚀えない。
    圌女は小さく頷いた。
    分かりたした
    真壁は声をかけた。
    早芋
    はい
    䜕を芋た
    早芋はしばらく黙った。
    そしお、䜎い声で蚀った。
    小孊生が、友だちに蚀っおたした。あなたのこず、本圓は嫌いだったっお。蚀われた子は泣いおたした。蚀った子も、埌から泣いおたした。本圓のこずなのに、どうしお泣くのか分からないっお
    真壁は䜕も蚀えなかった。
    早芋は芖線を萜ずした。
    本圓のこずっお、思ったより雑に人を刺すんですね
    それだけ蚀っお、圌女はフロアを出おいった。
    千堂も䜕も蚀わなかった。
    真壁はデスクの画面に戻った。
    蚘事はほが完成しおいる。
    最埌の䞀文だけが決たらなかった。
    嘘が通甚しない䞖界で、人々は真実に向き合い始めおいる。
    違う。
    それでは綺麗すぎる。
    嘘が通甚しない䞖界で、人々は互いの真実に傷぀き始めおいる。
    それも違う。
    真実だけが人を傷぀けるわけではない。
    傷぀けおいるのは、真実そのものではなく、それを扱う準備のない瀟䌚かもしれない。
    真壁はしばらく考え、最埌の䞀文を曞いた。
    嘘を倱った瀟䌚は、ただ真実の扱い方を知らない
    送信する前に、圌はその䞀文を芋぀めた。
    嘘ではない。
    少なくずも、今の自分にはそう思えた。
    蚘事を送るず、䜓の力が抜けた。
    千堂がデスクの向こうから蚀った。
    真壁
    はい
    今日は垰っおもいい
    ただ残りたす
    千堂は少しだけ目を现めた。
    垰りたくないんでしょう
    真壁は答えに詰たった。
    それは図星だった。
    家に垰れば、䞀人になる。
    䞀人になれば、叀い蚘憶が戻る。
    非垞階段。
    封筒。
    倧䞈倫ですずいう蚀葉。
    守れなかった男。
    真壁は正盎に蚀った。
    垰りたくないです
    千堂はそれ以䞊聞かなかった。
    なら、コヌヒヌ買っおきお。私の分も
    犁煙の次はカフェむンですか
    非垞時
    真壁は少しだけ笑った。
    その笑いには、䜕の匕っかかりもなかった。
    自販機のある廊䞋ぞ向かう途䞭、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    たたメヌルだった。
    差出人は空欄。
    本文には、䞉行だけ。
    鷲尟は嘘を぀いおいない
    政府は原因を知らない
    だが、前兆を芋おいた者はいる
    真壁は廊䞋の真ん䞭で立ち止たった。
    蛍光灯の癜い光が、床に冷たく䌞びおいる。
    遠くで瀟䌚郚の電話が鳎っおいる。
    真壁はゆっくりず息を吐いた。
    政府は原因を知らない。
    だが、前兆を芋おいた者はいる。
    この䞀文が本圓なら、今日䞀日の混乱は始たりに過ぎない。
    嘘が通甚しない䞖界で、ただ誰かが䜕かを隠しおいる。
    そしお、その誰かは、嘘を぀かずに隠しおいる。
    真壁はメヌルを千堂ぞ転送した。
    送信完了の衚瀺が出た瞬間、廊䞋の奥で人圱が動いた。
    黒いゞャケットの男が、曲がり角の向こうぞ消えたように芋えた。
    真壁は走った。
    曲がり角を曲がる。
    そこには誰もいなかった。
    自販機の䜎い唞りだけが続いおいる。
    床には、䜕も萜ちおいない。
    防犯カメラが倩井から廊䞋を芋䞋ろしおいた。
    真壁はカメラを芋䞊げた。
    蚘録には残るのか。
    それずも、たた残らないのか。
    圌はしばらくその堎に立っおいた。
    やがお、スマヌトフォンが震えた。
    千堂からの返信だった。
    戻っおきなさい
    䞀人で远わない
    真壁は画面を芋぀めた。
    远いたい。
    そう思った。
    だが、今远えば、䜕かを芋぀ける前に、自分の䞭の䜕かを芋倱う気がした。
    真壁は自販機で猶コヌヒヌを二本買った。
    冷たい猶を握るず、指先が少しだけ珟実に戻った。
    瀟䌚郚ぞ戻る前に、圌はもう䞀床だけ廊䞋の奥を振り返った。
    誰もいない。
    それでも、䜕かが残っおいる。
    芋た人間には、残りたす。
    男の蚀葉が、頭の䞭で静かに響いた。
    その倜、新聞瀟の茪転機はい぀も通り回った。
    玙にむンクが乗り、蚀葉が刷られ、束になり、街ぞ運ばれおいく。
    嘘が通甚しない䞖界になっおも、新聞はただ出る。
    ただし、その玙面に茉る蚀葉は、昚日たでずは違う重さを持っおいた。
    真壁は窓の倖を芋た。
    倜の街には明かりが灯っおいる。
    家庭の窓。
    䌚瀟の窓。
    病院の窓。
    孊校の窓。
    その䞀぀䞀぀の内偎で、誰かが蚀えなかったこずを抱え、誰かが聞きたくなかったこずを聞いおいる。
    䞖界はただ終わっおいない。
    だが、昚日たでの䞖界は確かに終わった。
    そしお、誰もただ、その終わり方を説明できなかった。

    第2章 正盎者たちの炎䞊
    翌朝、䞖界は少しだけ新しい習慣を芚えおいた。
    駅のホヌムでは、人々がスマヌトフォンを芋ながら口を閉ざしおいた。昚日たでは、通勀途䞭の電話も、眠そうな挚拶も、軜い愚痎もあった。今朝は違う。誰もが蚀葉を飲み蟌む前に、その蚀葉が自分を裏切らないか確かめおいるようだった。
    電車内の広告も倉わっおいた。
    昚日たで倧きく掲げられおいた、絶察満足、業界最高氎準、誰でも簡単、安心の品質ずいった文字のいく぀かに、癜い玙が貌られおいた。急堎しのぎの修正だった。剥がれかけたテヌプの端が、車内の送颚で小さく震えおいる。
    真壁蓮は吊り革に぀かたり、その玙を芋䞊げた。
    蚀葉は消されおいた。
    だが、消された跡の方が目立っおいた。
    隣に立぀䞭幎の男が、広告を芋お錻で笑った。
    安心っお曞くのも怖くなったか
    誰も返事をしなかった。
    笑いも起きなかった。
    男は自分の声が思ったより響いたこずに気づき、すぐに芖線を萜ずした。
    真壁のスマヌトフォンには、未読の通知が積み䞊がっおいた。
    ニュヌスアプリ。
    瀟内連絡。
    匿名メヌルの解析報告。
    早芋奈月からのメッセヌゞ。
    それから、SNSで拡散されおいる動画のリンク。
    党バレ珟象ずいう蚀葉は、わずか䞀日で瀟䌚に定着し始めおいた。
    軜い。
    軜すぎる。
    だが、軜さは恐怖を遠ざける。人は、本圓に怖いものほど、笑える名前を぀けたがる。
    真壁は動画を䞀぀開いた。
    画面には、若い女性が映っおいる。掟手なメむク。明るい髪。黒いパヌカヌ。背景は自宅らしいが、照明もマむクも敎っおいる。芖聎者数はリアルタむムで増え続けおいた。
    矜柎リオ。
    昚日の倕方から䞀気に名前が広がった暎露系配信者だった。
    圌女は画面の向こうで、劙に明るい声で喋っおいた。
    はい、みんなおはよ。䞖界、終わっおる 終わっおない たあ、終わったのは嘘぀きだけっおこずで、今日もいきたしょう
    コメント欄が凄たじい速床で流れおいる。
    党バレ姐さん来た
    今日も裁いおくれ
    昚日の食品停装マゞで続報頌む
    政治家やれ
    うちの䌚瀟も晒したい
    真壁は眉を寄せた。
    矜柎リオは䞀枚の画像を画面に出した。食品メヌカヌの瀟名。瀟屋の写真。商品パッケヌゞ。いく぀かの瀟員らしき人物のSNSアカりント。
    その䞭に、芋芚えのある名前があった。
    堂島フヌズ。
    昚日、瀟内共有で䞊がっおいた食品衚瀺疑惑の䌚瀟だった。
    そしお、早芋が取材予定に入れおいた䌚瀟でもある。
    矜柎リオは笑顔で蚀った。
    昚日から情報、めちゃくちゃ来おたす。堂島フヌズさん、これ本圓に倧䞈倫ですか 囜産っお曞いおる商品、䞀郚違うんじゃないですか しかも珟堎の人、知っおたよね 知っおお黙っおた人、いたすよね
    画面の端に、匿名投皿のスクリヌンショットが映る。
    営業の森川っお人が知っおたらしい
    䞊叞に蚀ったけど握り぀ぶされたっお聞いた
    家族いるから黙っおたらしいよ
    森川
    真壁は動画を止めた。
    心臓の音が䞀぀、重くなった。
    森川盎人。
    昚日、区圹所で聞いたような䞀般的な名前ではない。早芋が昚日の取材メモで送っおきた、堂島フヌズの営業担圓者の名前だった。
    ただ蚘事にはしおいない。
    新聞瀟内の取材予定にも、最小限の関係者しかアクセスできないはずだった。
    どこから挏れた。
    電車が駅に到着した。
    真壁は降りる人波に抌されながら、瀟に向かう足を速めた。
    新聞瀟の瀟䌚郚は、朝から異垞な熱を垯びおいた。
    テレビモニタヌは耇数の局を映しおいる。SNS監芖甚の画面には、党バレ、堂島フヌズ、食品停装、森川ずいう単語が次々ず流れおいた。電話は鳎り続け、蚘者たちは怒鳎るように確認を取っおいる。
    早芋奈月が自垭の前で立っおいた。
    顔色が悪い。
    真壁を芋぀けるず、圌女はすぐに近づいおきた。
    真壁さん、森川さんの名前が出おたす
    芋た
    私、誰にも挏らしおたせん
    蚀葉が速かった。
    自分でも疑われる可胜性を分かっおいる声だった。
    真壁は早芋を芋た。
    分かっおる
    早芋の顔が少し緩んだ。
    だが、それで安心できる状況ではない。
    千堂玲子が線集長垭から声をかけた。
    真壁、早芋、こっち
    二人は千堂のデスクぞ向かった。
    千堂の机には、昚倜の玙面、瀟内メモ、堂島フヌズの䌚瀟抂芁、SNS投皿の印刷が䞊んでいた。煙草の匂いはしない。代わりに、濃いコヌヒヌの匂いがした。
    千堂は䜎い声で蚀った。
    堂島フヌズの件、うちが動く前にネットが先に走った
    早芋が蚀う。
    情報源は分かりたせん。でも、森川盎人さんの名前たで出おいたす。䌚瀟の営業担圓で、衚瀺問題に関わる取匕先ずの窓口だったようです
    本人には接觊した
    昚日、電話だけです。今日の午埌に䌚う予定でした
    真壁が尋ねた。
    電話で䜕を話した
    早芋はメモを芋た。
    衚瀺に぀いお知っおいるこずがあるか尋ねたした。森川さんは最初、知りたせんず蚀いたした。でも、そのあずすぐ、知っおいるこずはありたす、ず蚀い盎したした。詳しくは䌚っお話したいず
    その電話、誰かに聞かれおいた可胜性は
    分かりたせん。䌚瀟の携垯にかけたした
    千堂が目を现めた。
    䌚瀟偎から挏れた可胜性もある。内郚告発者が別にいる可胜性もある。矜柎リオが取材先に盎接接觊しおいる可胜性もある
    真壁は印刷された投皿を手に取った。
    文字は軜い。
    だが、そこには人の人生が乗っおいる。
    営業の森川っお人が知っおたらしい。
    家族いるから黙っおたらしい。
    それが事実かどうかは分からない。
    だが、䞀床ネットに出れば、ほずんどの人間は事実ずしお扱う。嘘が通甚しない䞖界になったこずで、人々は逆に、断片的な真実に飛び぀きやすくなっおいた。
    千堂は蚀った。
    真壁、早芋。森川本人に䌚っお。䌚瀟にも取材を入れる。ただし、圌を犯人扱いするな
    早芋が頷く。
    はい
    千堂は続けた。
    それから矜柎リオにも接觊しお。情報源は聞き出せなくおもいい。圌女が䜕を根拠に晒しおいるのか確認する
    真壁は千堂を芋た。
    矜柎リオを蚘事に入れたすか
    入れるかどうかは取材埌。これは食品衚瀺の話だけじゃない。真実を晒す瀟䌚の話になっおる
    真壁は頷いた。
    千堂は最埌に、早芋ぞ芖線を向けた。
    早芋
    はい
    焊らない。あなたが昚日芋た子どもず同じこずをしないで
    早芋は息を止めたような顔をした。
    真壁は千堂の蚀葉の意味を理解した。
    本圓のこずだから蚀っおいい。
    それは、今の䞖界でもっずも危険な考え方になり぀぀ある。
    早芋はゆっくり頷いた。
    分かっおいたす
    その蚀葉には、昚日よりも重さがあった。
    堂島フヌズ本瀟は、郜心から少し倖れた再開発地区にあった。
    ガラス匵りの十階建おビル。゚ントランスには、自然掟食品、安心の食卓、家族に届ける品質ずいう文字が䞊んでいる。昚日たでなら䜕の違和感もなかった蚀葉が、今日は劙に薄っぺらく芋えた。
    入り口には報道陣が集たっおいた。
    テレビカメラが䞉台。ネットメディアの蚘者。スマヌトフォンを構えた䞀般人。瀟員が出入りするたびに、質問が飛んだ。
    衚瀺停装は事実ですか
    森川さんはどこにいるんですか
    瀟長は䌚芋しないんですか
    瀟員たちは顔を䌏せ、足早にビルぞ入っおいく。
    真壁ず早芋は蚘者蚌を提瀺し、広報ぞ取材を申し蟌んだ。受付の女性は顔を青ざめさせ、電話で確認を取った埌、二人を小さな応接宀ぞ通した。
    応接宀の壁には、堂島フヌズの商品ポスタヌが食られおいた。
    子どもが笑顔でスヌプを飲んでいる。
    お母さんの安心を、毎日の食卓ぞ。
    早芋はそのポスタヌを芋お、芖線を逞らした。
    しばらくしお、広報担圓の男性が入っおきた。五十代前半。髪はきれいに敎えられおいるが、額には汗が浮いおいた。
    広報郚の矢島です。本日は、短時間でお願いできたすでしょうか
    真壁は録音の蚱可を取った。
    矢島は頷いたが、その頷きはどこかぎこちなかった。
    真壁は尋ねた。
    埡瀟の商品衚瀺に぀いお、䞀郚で原産地衚瀺に疑矩が出おいたす。事実関係を教えおください
    矢島は甚意しおいた玙を芋た。
    匊瀟ずしたしおは、珟圚、事実確認を進めおおりたす。珟段階で䞍適切な衚瀺があったずは認識しおおりたせん
    その瞬間、応接宀の空気が倉わった。
    早芋のペンが止たる。
    矢島自身も、蚀葉の終わりで顔を歪めた。
    圌は玙から目を離し、唇を噛んだ。
    真壁は静かに蚀った。
    今の発蚀は、蚂正されたすか
    矢島は長く息を吐いた。
    蚂正したす
    声がかすれおいた。
    䞀郚商品に぀いお、䞍適切な衚瀺があった可胜性は把握しおいたす
    い぀から把握しおいたしたか
    矢島は黙った。
    真壁は埅った。
    早芋も、远い打ちをかけなかった。
    矢島は机の䞊で䞡手を組んだ。
    少なくずも、䞉か月前には瀟内で指摘がありたした
    指摘したのは森川盎人さんですか
    矢島の肩がわずかに揺れた。
    それに぀いおは
    蚀葉が止たる。
    圌は目を閉じた。
    森川だけではありたせん
    だけ。
    その蚀葉に、真壁は反応した。
    森川さんも含たれる
    矢島は答えなかった。
    沈黙は嘘ではない。
    しかし、その沈黙は十分すぎるほど語っおいた。
    早芋が質問した。
    森川さんは、今どちらに
    矢島は芖線を萜ずした。
    本日は出瀟しおおりたせん
    䌚瀟ずしお連絡は取れおいたすか
    取れおいたす
    匕っかかりはない。
    安党は確認できおいたすか
    矢島は答えなかった。
    真壁ず早芋は顔を芋合わせた。
    真壁は䜎い声で尋ねた。
    森川さんに䜕があったんですか
    矢島の喉が動いた。
    自宅前に人が集たっおいるず聞いおいたす
    早芋の顔色が倉わった。
    自宅前
    ネット䞊で䜏所の䞀郚が出回ったようで
    真壁は怅子から立ち䞊がりかけた。
    䜏所が特定されたんですか
    矢島は苊しそうに頷いた。
    完党な䜏所ではありたせん。ただ、最寄り駅ずマンション名らしき情報が
    早芋がスマヌトフォンを確認する。
    真壁さん、出おたす
    画面には、森川盎人の名前、家族構成、勀務先、そしお自宅近蟺を瀺す投皿が流れおいた。
    森川盎人、逃げた
    家族いるのに食品停装隠蔜
    こういう普通の顔した奎が䞀番悪質
    嚘いるらしいぞ
    真壁の胞に冷たい怒りが広がった。
    ただ䜕も確認されおいない。
    森川がどこたで知っおいたのか。
    䜕をしたのか。
    䜕をしなかったのか。
    それすら分からない。
    だが、ネット䞊ではすでに刀決が出おいた。
    真壁は矢島に蚀った。
    森川さんの連絡先を教えおください
    矢島は銖を暪に振る。
    個人情報ですので
    報道目的ではなく、本人の安党確認です
    矢島は迷った。
    その迷いの䞭に、䌚瀟を守る蚈算ず、森川を心配する感情が混ざっおいるように芋えた。
    早芋が蚀った。
    䌚瀟ずしお圌を守る぀もりはありたすか
    矢島は口を開いた。
    もちろん
    蚀い終える前に、圌は顔をしかめた。
    真壁は静かに芋おいた。
    矢島は蚀い盎した。
    守らなければならないずは思っおいたす
    実際には
    察応を協議䞭です
    それは嘘ではなかった。
    だが、あたりに遅かった。
    真壁は名刺を差し出した。
    森川さんに、私ぞ連絡するよう䌝えおください。取材ではなくおも構いたせん。困っおいるなら、譊察か匁護士に぀なげたす
    矢島は名刺を受け取った。
    その手は震えおいた。
    堂島フヌズを出るず、報道陣の声が䞀斉に飛んだ。
    瀟内で䜕を聞いたんですか
    森川さんの居堎所は
    䞍正は認めたしたか
    真壁は答えなかった。
    早芋も唇を結び、人混みを抜けた。
    通りの反察偎では、若い男がスマヌトフォンを掲げお生配信しおいた。
    今、堂島フヌズ本瀟前です。新聞蚘者っぜい人が出おきたした。やっぱり䞭で䜕かあったっぜいですね
    早芋が足を止めかけた。
    真壁は小さく銖を振った。
    盞手にするな
    でも、ああいうのが
    分かっおる。だから今は森川だ
    早芋は悔しそうに頷いた。
    その時、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    非通知ではなかった。
    知らない番号。
    真壁はすぐに出た。
    真壁です
    数秒、䜕も聞こえなかった。
    背埌でざわめきがある。屋倖の音ではない。宀内。テレビの音。子どもの泣き声。
    男の声がした。
    堂島フヌズの森川です
    声は震えおいた。
    真壁は歩道の端に移動した。
    森川さん、今どちらですか
    家です。劻ず嚘もいたす
    倖に人が集たっおいるず聞きたした
    いたす。䜕人か。スマホ向けお、むンタヌホン鳎らしお、名前を呌んで
    声の向こうで、女性が䜕かを蚀った。
    子どもの泣き声が少し倧きくなる。
    森川は息を詰たらせた。
    私が悪いんですか
    真壁は答えなかった。
    森川は続けた。
    いや、悪くないずは蚀いたせん。知っおいたした。党郚じゃない。でも、知っおいた。䞊に報告もしたした。けど、それ以䞊は
    蚀葉が途切れる。
    真壁は慎重に尋ねた。
    なぜ、それ以䞊動かなかったんですか
    森川はしばらく黙った。
    それから、たるで自分の䞭にある蚀葉を䞀぀ず぀取り出すように蚀った。
    生掻があったからです
    その声には、嘘がなかった。
    䜏宅ロヌンがありたす。嚘の孊校もある。劻にも心配かけたくなかった。䌚瀟を敵に回しお、仕事を倱うのが怖かった。母の医療費の借金も、ただ残っおいお
    電話の向こうで、女性が䜎く蚀った。
    借金
    森川の息が止たった。
    真壁は目を閉じた。
    たずい。
    森川は劻に借金を話しおいなかったのだ。
    森川の声が厩れた。
    沙耶、違う。いや、違わない。ごめん。今は
    劻の声は震えおいた。
    䜕それ。医療費っお䜕。借金っお䜕
    子どもが泣く。
    倖から誰かの声がした。
    森川さん、出おきお説明しおください
    別の声が笑う。
    嘘぀けないんだから、出ればいいじゃん
    森川は電話口に戻った。
    真壁さん、助けおください。䜕を話せばいいんですか。䜕を話したら、これ以䞊、家族が壊れずに枈みたすか
    真壁は返事に詰たった。
    蚘者ずしおの蚀葉ならある。
    知っおいるこずを話しおください。
    事実を敎理したしょう。
    䌚瀟の責任ず個人の責任を分けたしょう。
    だが、森川が求めおいるのは蚘事のための蚌蚀ではない。
    家族が壊れないための蚀葉だった。
    そんなものを、真壁は持っおいなかった。
    森川さん
    はい
    今、倖の人間に説明しないでください
    でも
    倖の人間は、あなたの話を聞きに来たんじゃない。裁きに来おいる可胜性がありたす
    森川は息を飲んだ。
    真壁は続けた。
    譊察に通報しおください。今すぐ。䌚瀟にも匁護士にも連絡を。私たちも近くたで行きたす。ただし、無理に取材はしたせん
    本圓ですか
    本圓です
    今の蚀葉に匕っかかりはなかった。
    森川は少しだけ息を吐いた。
    分かりたした
    電話は切れた。
    早芋が芋䞊げる。
    森川さんですか
    自宅にいる。倖に人が集たっおる
    行きたしょう
    行く。ただし、撮らない。远い詰めない
    はい
    二人はタクシヌを拟った。
    車内で早芋はSNSを远い続けおいた。森川のマンション名は、完党に特定されおはいない。しかし、最寄り駅ず倖芳写真が出回っおいる。誰かが過去の投皿や䞍動産サむトから掚枬したのだろう。
    そこに、矜柎リオの配信告知が流れおきた。
    本日昌、堂島フヌズ隠蔜瀟員の件、远加情報出したす
    コメント欄は祭りのようだった。
    真壁は画面を芋お、思わず䜎く蚀った。
    隠蔜瀟員
    早芋が唇を噛む。
    ただそう決たったわけじゃないのに
    決たったこずにした方が、芋やすいんだ
    誰にずっおですか
    芋おる人間にずっお
    早芋は画面から目を離した。
    タクシヌの窓の倖では、昌の街が流れおいた。ファストフヌド店の前に孊生が䞊び、配送員が自転車で車道を走り、信号埅ちの芪子が手を぀ないでいる。
    日垞は続いおいる。
    その日垞のすぐ隣で、誰かの人生が芋䞖物にされおいる。
    森川盎人の自宅マンション呚蟺には、すでに数人の人圱があった。
    報道陣ではない。
    若い男女が四人。䞭幎の男が䞀人。党員がスマヌトフォンを持っおいる。マンションの入口から少し離れた歩道に立ち、䞊階を芋䞊げたり、゚ントランスを撮圱したりしおいた。
    真壁ず早芋は少し離れた堎所でタクシヌを降りた。
    早芋が小声で蚀う。
    あれ、䞀般人ですよね
    䞀般人だから厄介なんだ
    譊察は
    ただ来おない
    真壁はマンションぞ近づいた。
    若い男がスマヌトフォンをこちらに向けた。
    あ、新聞の人ですか 森川に取材
    真壁は足を止めた。
    撮圱はやめおください
    男は笑った。
    別に嘘぀いおないですよ。聞いおるだけ
    撮圱をやめおください
    䜕で やたしいこずあるんですか
    その蚀葉に、呚囲の数人が反応した。
    やたしいこずがあるから撮られたくない。
    今の瀟䌚では、その短絡が簡単に成立する。
    早芋が䞀歩前に出た。
    ここは個人の䜏居です。家族もいたす。あなたたちがしおいるこずは取材ではありたせん
    男は口元を歪めた。
    じゃあ䜕
    早芋は䞀瞬詰たった。
    真壁が代わりに蚀った。
    嫌がらせです
    男の顔が倉わった。
    は 俺らは真実を知りたいだけで
    真実を知るために、子どものいる家の前でスマホを向ける必芁はない
    男は䜕か蚀い返そうずした。
    その時、遠くからパトカヌの音が近づいおきた。
    集たっおいた人々がざわ぀く。
    䞭幎の男が小さく舌打ちし、足早に離れおいった。
    若い男女もスマヌトフォンを䞋ろした。
    真壁はマンションの゚ントランスぞ向かった。むンタヌホンで森川の郚屋を呌ぶず、数秒埌、かすれた声が返っおきた。
    真壁さんですか
    はい。早芋もいたす。無理なら䞊がりたせん
    少し沈黙があった。
    䞊がっおください
    オヌトロックが開いた。
    ゚レベヌタヌの䞭で、早芋は䜕床も深呌吞しおいた。
    真壁は蚀った。
    緊匵しおるなら、無理に質問しなくおいい
    倧䞈倫です
    蚀っおから、早芋は顔をしかめた。
    すみたせん。倧䞈倫じゃないです。でも、できたす
    真壁は頷いた。
    それでいい
    森川家の玄関を開けたのは、森川盎人本人だった。
    䞉十䞃歳。写真で芋たよりも痩せお芋えた。髪は乱れ、ワむシャツの襟はよれおいる。目の䞋には濃い圱があった。
    すみたせん、こんな
    森川は䜕に謝っおいるのか分からないたた頭を䞋げた。
    宀内からはテレビの音が聞こえる。リビングの隅には、小孊生くらいの女の子が膝を抱えお座っおいた。森川陜菜。母芪の沙耶はダむニングテヌブルのそばに立ち、真壁たちを譊戒するように芋おいた。
    真壁は玄関先で蚀った。
    入っおも倧䞈倫ですか
    沙耶が答えた。
    倧䞈倫じゃないです
    宀内の空気が止たった。
    沙耶自身も、少し驚いたように目を䌏せた。
    そしお、蚀い盎すのではなく、そのたた続けた。
    でも、倖にいる人たちよりは、話を聞いおくれそうなので
    森川は䜕か蚀いたそうに劻を芋た。
    沙耶は芋返さなかった。
    真壁ず早芋はリビングに通された。
    郚屋はごく普通だった。
    䜎い゜ファ。子どものランドセル。冷蔵庫に貌られた孊校の予定衚。テヌブルの䞊には、開封されたたたの菓子袋ず、飲みかけの麊茶。壁には家族䞉人で撮った写真が食られおいる。
    写真の䞭の森川は笑っおいた。
    沙耶も陜菜も笑っおいた。
    その笑顔が本物だったのかどうかを考え始めるず、この郚屋そのものが壊れおしたいそうだった。
    真壁は録音機を出さなかった。
    今日は取材ずしおではなく、たず状況確認で来たした。録音もしたせん
    沙耶が尋ねた。
    蚘事にはするんですか
    真壁は正盎に答えた。
    䌚瀟の䞍正や瀟䌚の混乱に぀いおは曞く可胜性がありたす。ただ、ご家族の個人的な事情をそのたた晒す぀もりはありたせん
    沙耶は真壁を芋た。
    その目が、嘘を探しおいる。
    やがお、圌女は小さく頷いた。
    分かりたした
    森川は怅子に座った。
    手を膝の䞊で組み、䜕床も指を動かしおいる。
    早芋が優しく尋ねた。
    森川さん、衚瀺の問題に぀いお、い぀知りたしたか
    森川は目を閉じた。
    最初に違和感を持ったのは半幎くらい前です。取匕先から入っおくる原料の産地ず、商品に衚瀺されおいる内容が合わない気がしお。䞊叞に確認したした
    䞊叞は䜕ず
    問題ない。確認枈みだず
    森川は唇を噛む。
    その時は、信じたした
    早芋がわずかに反応した。
    森川もそれに気づいた。
    いや、違いたす。信じたかったんです。問題ないこずにしたかった
    沙耶が初めお倫を芋た。
    森川は芖線を萜ずしたたた続ける。
    䞉か月前に、別の郚眲の人から、やっぱりおかしいず聞きたした。その時には、たぶん䞍適切な衚瀺があるんだず思いたした。でも、私には決定暩がない。営業が隒いでも、䞊が動かないならどうにもならないず
    それは本心ですか
    早芋が尋ねた。
    森川は少しだけ顔を䞊げた。
    本心です
    蚀葉は通った。
    だが、真壁には、その䞋に別のものがあるように感じられた。
    沙耶が静かに蚀った。
    違うでしょ
    森川の肩が震えた。
    沙耶は怒鳎らなかった。
    どうにもならないんじゃなくお、どうにかするのが怖かったんでしょ
    森川は黙った。
    その沈黙が答えだった。
    陜菜がリビングの隅で、小さく膝を抱え盎した。
    パパ、悪いこずしたの
    森川は嚘の方を向いた。
    陜菜
    悪いこずしたの
    子どもの問いは、刃物のようにたっすぐだった。
    森川はすぐには答えられなかった。
    沙耶も目を䌏せた。
    真壁も早芋も、口を挟めなかった。
    やがお森川は、かすれた声で蚀った。
    悪いこずを、止めなかった
    陜菜はその蚀葉を理解しようずしおいるようだった。
    それは、悪いこず
    森川の目に涙が浮かんだ。
    悪いこずだず思う
    陜菜は黙った。
    真壁は胞の奥が重くなるのを感じた。
    この䞖界では、子どもにさえ、曖昧な慰めが䜿えない。
    䜿えないから、芪は䞍完党な真実を差し出すしかない。
    だが、子どもがそれを受け止められるかどうかは、たた別の問題だった。
    沙耶が蚀った。
    借金のこずも話しお
    森川は顔を䞊げた。
    今ここで
    今ここで嘘぀けないなら、埌でも同じでしょ
    その声は静かだったが、怒りより深いものがあった。
    森川は真壁たちを芋た。
    真壁は蚀った。
    ご家族の話です。私たちは垭を倖せたす
    沙耶は銖を暪に振った。
    いえ。聞いおください。どうせ、もう倖にはいろんなこずを曞かれおいるんです。だったら、少なくずも誰かには、ちゃんず聞いおほしい
    森川は䞡手で顔を芆った。
    それから、ゆっくり話し始めた。
    借金は、母芪の医療費だった。
    地方に䜏む母が倒れ、手術ず入院が続いた。公的な制床で賄えない郚分が出た。兄匟は頌れなかった。森川は劻に盞談しようずしお、できなかった。
    家蚈はすでに厳しかった。
    䜏宅ロヌン。嚘の習い事。生掻費。
    母芪を助けたいずいう気持ちず、劻に責められたくない気持ちず、自分が長男ずしお䜕ずかしなければずいう芋栄が混ざった。
    最初は少額だった。
    すぐ返せるず思った。
    そのうち、返すために別の借り入れをした。
    沙耶は黙っお聞いおいた。
    衚情はほずんど動かなかった。
    だが、テヌブルの端を握る指だけが癜くなっおいた。
    森川は蚀った。
    蚀えなかった。心配をかけたくなかった
    沙耶の顔が歪んだ。
    それ、半分嘘
    森川は䜕も蚀えなかった。
    沙耶の声が震えた。
    心配をかけたくなかったんじゃなくお、責められたくなかったんでしょ
    森川は唇を噛んだ。
    そうだず思う
    早芋が目を䌏せた。
    真壁は森川を責める気にはなれなかった。
    圌は悪人ではない。
    それが、䜕より残酷だった。
    悪人なら蚘事は曞きやすい。
    構図も䜜りやすい。
    だが森川は、どこにでもいる普通の人間だった。
    普通に働き、普通に家族を愛し、普通に怖がり、普通に黙った。
    その普通さが、今の䞖界では眪の圢をしお浮かび䞊がっおいる。
    窓の倖で、誰かの声がした。
    森川さヌん、説明しおくださいよ
    陜菜がびくりず肩を震わせた。
    沙耶が嚘を抱き寄せる。
    森川は立ち䞊がろうずした。
    真壁が止めた。
    出ない方がいい
    でも、近所に迷惑が
    今出おも、説明にはなりたせん
    森川は力なく座り盎した。
    早芋が窓際ぞ行き、カヌテンの隙間から倖を芋た。
    譊察が来おいたす。倖の人たちに話をしおたす
    沙耶は小さく息を吐いた。
    その時、テレビから明るい音楜が流れた。
    昌の情報番組だった。
    画面には矜柎リオの配信映像が映っおいる。
    コメンテヌタヌが蚀った。
    圌女のような存圚は、たさに新時代の監芖圹ずも蚀えるかもしれたせんね。嘘が通甚しない瀟䌚では、垂民䞀人䞀人が
    隣の女性コメンテヌタヌが顔をしかめた。
    でも、それは少し危険ではないでしょうか。個人が十分な裏取りもなく
    最初の男が笑った。
    いや、今は裏取りがなくおも嘘はバレるわけですから
    その瞬間、スタゞオの空気が倉わった。
    女性コメンテヌタヌが男を芋た。
    叞䌚者も䞀瞬止たった。
    男は自分の発蚀が雑だったこずに気づいたのか、慌おお蚀い盎した。
    もちろん、慎重さは必芁ですが
    真壁はテレビを芋぀めた。
    裏取りがなくおも嘘はバレる。
    それは、今もっずも広がっおはいけない誀解だった。
    嘘はバレる。
    だが、勘違いは嘘ではない。
    掚枬も嘘ではない。
    悪意ある沈黙も、郜合のいい切り取りも、受け手の勝手な解釈も、そのたた残る。
    むしろ、嘘が通甚しないずいう安心感が、人々から慎重さを奪っおいる。
    森川のスマヌトフォンが鳎った。
    䌚瀟からだった。
    圌は画面を芋お、出るか迷った。
    沙耶が蚀った。
    出れば
    森川は通話を抌した。
    盞手の声は挏れ聞こえた。
    広報の矢島だった。
    森川さん、䌚瀟ずしおは、珟時点では個人での発信を控えおいただきたいず
    森川は目を閉じた。
    䌚瀟は私を守っおくれるんですか
    電話の向こうが詰たった。
    スピヌカヌではないが、沈黙はその堎にいた党員に䌝わった。
    森川は笑った。
    也いた笑いだった。
    分かりたした。守らないんですね
    矢島が䜕かを蚀おうずした。
    森川は続けた。
    すみたせん。違いたすね。守りたいずは思っおいる。でも、䌚瀟の方が倧事なんですね
    たた沈黙。
    森川は電話を切った。
    沙耶は䜕も蚀わなかった。
    陜菜は母の服を握っおいる。
    早芋が䜎い声で蚀った。
    ひどい
    真壁は森川を芋た。
    䌚瀟の䌚芋はありたすか
    倕方に瀟長が察応するず聞いおいたす
    堂島瀟長ですか
    森川は頷いた。
    真壁は立ち䞊がった。
    䌚芋を確認したす。森川さん、今は倖に出ないでください。譊察に状況を説明しおください。匁護士にも盞談を
    森川は疲れた顔で頷いた。
    沙耶が真壁を芋た。
    蚘事にするなら、倫だけを悪者にしないでください
    真壁は圌女の目を芋た。
    玄束はできたせん
    沙耶の顔が匷匵る。
    真壁は続けた。
    事実を確認しお曞きたす。䌚瀟の責任も、森川さんの沈黙も、瀟䌚の晒し方も。誰か䞀人を悪者にしお終わらせる蚘事にはしたせん
    沙耶はしばらく真壁を芋おいた。
    そしお、ゆっくり頷いた。
    それなら、お願いしたす
    陜菜が小さく蚀った。
    パパ、捕たるの
    誰もすぐには答えられなかった。
    森川が嚘の前に膝を぀いた。
    分からない
    その答えは残酷だった。
    だが、嘘ではなかった。
    陜菜は泣きそうな顔で蚀った。
    分からないの、嫌だ
    森川は嚘を抱きしめた。
    沙耶も、その肩に手を眮いた。
    䞀瞬だけ、家族の圢が戻ったように芋えた。
    だが、壊れたものが元通りになったわけではない。
    ただ、壊れたたた、䞉人が同じ堎所に座っおいるだけだった。
    マンションを出るず、倖の人だかりは少し枛っおいた。
    譊察官が二人、残っおいた数人に泚意しおいる。
    その䞭の䞀人が、去り際に蚀った。
    やたしいこずなければ出おくればいいのに
    真壁はその背䞭を芋た。
    やたしいこず。
    その蚀葉は䟿利だ。
    盞手を远い詰める偎が、自分の加害性から目を逞らすために䜿える。
    早芋が隣で蚀った。
    私、昚日たで矜柎リオみたいな人のこず、少し矚たしいず思っおたした
    真壁は黙っお聞いた。
    早いし、匷いし、みんなが芋おくれるし。隠しおるものを暎くっお、分かりやすいじゃないですか
    今は
    早芋は銖を暪に振った。
    怖いです。あの人、間違っおるこずを蚀っおるずは限らない。でも、正しいずも限らない。なのに、人を動かせおしたう
    真壁は頷いた。
    䌚いに行くぞ
    矜柎リオにですか
    ああ
    矜柎リオは、郜内の小さな配信スタゞオにいた。
    事務所所属ではなく、耇数の配信者が共同で䜿うレンタルスペヌスらしい。ビルの五階。゚レベヌタヌを降りるず、壁には防音材が貌られ、廊䞋には照明機材が眮かれおいた。
    事前に連絡を入れるず、矜柎は意倖にもすぐ取材を受けるず蚀った。
    新聞 いいですよ。叀いメディアの人が今どう思っおるか、興味あるんで
    通された郚屋には、リングラむト、カメラ、マむク、モニタヌが䞊んでいた。机の䞊にぱナゞヌドリンクの猶が䞉本。壁には、配信甚の背景パネルが立おられおいる。
    矜柎リオは、画面で芋るより小柄だった。
    だが、目の力が匷い。
    圌女は怅子に足を組んで座り、真壁ず早芋を倀螏みするように芋た。
    真壁さんず、早芋さんでしたっけ。堂島フヌズ行っおたしたよね
    早芋が眉を寄せる。
    芋おいたんですか
    矜柎は笑った。
    芋おたずいうか、送られおくるんですよ。情報。今はみんな蚘者ですから
    真壁は録音の蚱可を取った。
    矜柎は軜く頷く。
    どうぞ。切り抜きされおも困るんで、こっちも録りたすね
    圌女は自分のスマヌトフォンを机に眮いた。
    真壁は尋ねた。
    堂島フヌズの森川盎人さんの名前を出した根拠は䜕ですか
    矜柎は肩をすくめた。
    耇数の情報提䟛です
    裏取りは
    本人が知っおたこずは、ほが確定ですよね
    ほが確定ず事実は違いたす
    矜柎は笑った。
    新聞っぜい
    早芋が蚀った。
    森川さんの自宅前に人が集たっおいたす。お子さんも怯えおいたす
    矜柎の笑顔が少し消えた。
    それは私が行けっお蚀ったわけじゃないです
    でも、名前を出したこずで人が動いた
    じゃあ隠せばよかったんですか 知っおた瀟員の名前を
    早芋は答えに詰たった。
    矜柎は前のめりになった。
    あなたたち新聞はずるいですよね。公益性ずか裏取りずか蚀っお、出すか出さないかを自分たちで決める。で、結局、暩力者ずか䌁業に配慮しお遅くなる。今は違う。嘘が通じないんだから、隠す方がおかしい
    真壁は静かに聞いおいた。
    矜柎の蚀葉には、単玔な嘘はない。
    圌女は本気でそう思っおいる。
    だからこそ厄介だった。
    真壁は尋ねた。
    あなたの情報提䟛者が勘違いしおいる可胜性は考えたすか
    矜柎は䞀瞬黙った。
    考えたすよ
    その蚀葉には、わずかな揺れがあった。
    圌女自身も気づいたらしく、舌打ちした。
    考えたいずは思っおたす。でも、党郚確認しおたら間に合わない。今この瞬間にも、誰かが蚌拠を消すかもしれない
    蚌拠を消す人間がいるこずず、確認䞍足で人を晒しおいいこずは別です
    矜柎は真壁を睚んだ。
    じゃあ、あなたは誰を守りたいんですか。森川 堂島フヌズ 嘘぀いおた偎
    誰かを守るために来たんじゃない
    じゃあ䜕しに
    壊れ方を芋に来た
    矜柎の衚情が倉わった。
    壊れ方
    真壁は頷いた。
    あなたが暎いおいるのは、䌁業の䞍正だけじゃない。人が他人の真実を消費する仕組みだ
    矜柎は笑わなかった。
    早芋は黙っお二人を芋おいた。
    矜柎は䜎い声で蚀った。
    消費、ね
    違いたすか
    違うっお蚀いたいですけど
    そこで矜柎は蚀葉を止めた。
    圌女はモニタヌに流れるコメント欄を芋た。
    そこには、堂島フヌズ、森川、晒せ、逃がすな、家族も知っおたのかずいう文字が螊っおいた。
    矜柎の顔に、初めお迷いが浮かんだ。
    でも、あい぀らが悪いこずしたのは事実でしょ
    真壁は答えた。
    事実の可胜性は高い
    䜕ですか、それ
    ただ確認䞭だからです
    矜柎は苛立ったように怅子の背にもたれた。
    だから遅いんですよ、新聞は
    遅いこずが悪い堎合もある
    真壁は蚀った。
    でも、早いこずが暎力になる堎合もある
    矜柎は黙った。
    郚屋の空調音だけが響いた。
    やがお、圌女は少し䜎い声で蚀った。
    私、昔いじめられおたんです
    早芋が顔を䞊げる。
    矜柎はモニタヌを芋たたた続けた。
    先生も芪も、みんな蚀いたした。蚌拠がない。勘違いかもしれない。盞手にも事情がある。ちゃんず確認する。そうやっおる間に、こっちは毎日壊れおいくんですよ
    その声には、挔技ではないものがあった。
    だから、嘘が通じない䞖界になっお、やっずだず思った。やっず、隠しおた奎らが逃げられなくなるっお
    真壁は矜柎を芋た。
    その痛みは本物だ。
    だが、本物の痛みが、他人を傷぀ける免眪笊になるわけではない。
    早芋が静かに蚀った。
    それでも、森川さんの嚘さんは関係ありたせん
    矜柎は早芋を芋た。
    嚘
    小孊生です。怯えおいたした
    矜柎の衚情が埮かに揺れた。
    コメント欄は流れ続けおいる。
    矜柎は手を䌞ばし、モニタヌの電源を切った。
    郚屋が少し暗くなった。
    家族のこずは、出しおない
    あなたが出しおいなくおも、呚りが掘りたす
    早芋の声は震えおいたが、逃げなかった。
    あなたには、それが分かっおいたはずです
    矜柎は反射的に蚀い返そうずした。
    だが、蚀葉が出なかった。
    沈黙が萜ちる。
    それは、初めお圌女が自分の正矩を疑った沈黙に芋えた。
    真壁は立ち䞊がった。
    今日の配信で、未確認情報を远加で出す予定ですか
    矜柎は答えなかった。
    真壁は続けた。
    出すなずは蚀いたせん。ただ、出した埌に誰が壊れるかは考えおください
    矜柎は顔を䞊げた。
    それ、脅しですか
    違いたす
    その蚀葉はたっすぐ通った。
    矜柎は目を逞らした。
    考えたす
    匕っかかりはなかった。
    少なくずも、その瞬間の圌女は本圓に考える぀もりだった。
    スタゞオを出るず、早芋は深く息を吐いた。
    疲れたした
    ああ
    でも、少し分かりたした。矜柎リオも、ただ面癜がっおるだけじゃない
    だから厄介なんだ
    真壁ぱレベヌタヌのボタンを抌した。
    悪意だけなら分かりやすい。善意や正矩が混ざるず、人は止たりにくくなる
    早芋は小さく頷いた。
    本気で信じおるこずは嘘じゃない
    真壁は圌女を芋た。
    早芋は自分で蚀っおから、少し驚いたような顔をした。
    これ、昚日から䜕床も出おたすよね
    ああ
    なら、嘘が通甚しない䞖界でも、本気で間違っおる人は止められない
    ゚レベヌタヌが到着した。
    扉が開く。
    䞭には誰もいなかった。
    真壁は乗り蟌みながら蚀った。
    たぶん、そこが穎だ
    倕方、堂島フヌズの瀟長䌚芋が開かれた。
    真壁ず早芋は新聞瀟ぞ戻り、瀟䌚郚のモニタヌでそれを芋た。
    堂島修䞀瀟長は、深く頭を䞋げた。
    このたびは、匊瀟商品に関する䞀連の報道および情報拡散により、お客様、お取匕先様、関係者の皆様に倚倧なるご心配をおかけしおおりたすこずを、深くお詫び申し䞊げたす
    千堂が暪で呟いた。
    ご迷惑じゃなく、ご心配
    真壁はメモを取った。
    堂島瀟長は続けた。
    珟圚、瀟内調査委員䌚を蚭眮し、事実関係の確認を進めおおりたす。珟時点で、健康被害に぀ながる重倧な問題は確認されおおりたせん
    早芋が小さく蚀った。
    健康被害には、か
    真壁は頷いた。
    嘘ではないのだろう。
    だが、焊点をずらしおいる。
    衚瀺が正しかったかどうかではなく、健康被害があるかどうかに話を移しおいる。
    蚘者が質問した。
    䞍適切な原産地衚瀺があったこずは認めたすか
    堂島瀟長は玙を芋た。
    その点に぀きたしおは、珟圚調査䞭であり、断定的な回答は差し控えたす
    䌚芋堎がざわ぀いた。
    嘘ではない。
    調査䞭なのは本圓かもしれない。
    だが、瀟内では䞉か月前に指摘があった。
    森川だけではない耇数の瀟員が知っおいた。
    堂島瀟長がどこたで知っおいたかが焊点だった。
    別の蚘者が尋ねた。
    瀟長ご自身は、衚瀺の問題をい぀把握されたしたか
    堂島瀟長は顔を䞊げた。
    詳现に぀いお報告を受けたのは、昚日でございたす
    瀟䌚郚の空気が揺れた。
    真壁は画面を芋぀めた。
    嘘ではない。
    だが、䜕かが違う。
    詳现に぀いお。
    昚日。
    ぀たり、詳现ではない圢では、もっず前に把握しおいた可胜性がある。
    蚘者がさらに問う。
    詳现ではない報告は、以前から受けおいたずいうこずですか
    堂島瀟長は黙った。
    その沈黙は長かった。
    カメラのフラッシュが䜕床も光る。
    やがお堂島は蚀った。
    懞念があるずいう報告は受けおおりたした
    早芋が机を握った。
    逃げた
    千堂が蚀った。
    逃げおるけど、嘘は぀いおない
    真壁は堂島の顔を芋た。
    枩厚そうな顔。
    瀟員を家族のように語る経営者。
    だが今、その家族の䞀人である森川盎人は、自宅で䞖間から裁かれおいる。
    䌚芋の終盀、蚘者が森川の名前を出した。
    ネット䞊では、営業担圓の森川盎人氏が関䞎しおいたずの情報が広がっおいたす。䌚瀟ずしお森川氏の責任をどう考えたすか
    堂島は目を䌏せた。
    個別の瀟員に関する詳现は差し控えたす
    䌚瀟ずしお守る考えはありたすか
    堂島は顔を䞊げた。
    瀟員は倧切な仲間であり、適切に察応いたしたす
    真壁の胞に、匷い違和感が走った。
    早芋も息を飲んだ。
    千堂が䜎く蚀った。
    仲間、ね
    堂島瀟長はすぐに蚀い盎さなかった。
    おそらく、圌はその蚀葉を本気で蚀っおいる。
    瀟員は倧切な仲間。
    その認識自䜓は嘘ではないのだろう。
    ただし、䌚瀟を守るためなら、その仲間に責任を背負わせるこずもできる。
    人間は、自分の䞭に矛盟を抱えたたた、本気で綺麗な蚀葉を蚀える。
    そのこずが、真壁にはひどく怖かった。
    䌚芋が終わる盎前、矜柎リオの配信が始たった。
    瀟䌚郚の別モニタヌに映し出される。
    矜柎はい぀もの明るさを少し抑えおいた。
    堂島フヌズの件、远加情報を出す予定でしたが、未確認の個人情報が含たれおいるため、今日は出したせん
    コメント欄が荒れた。
    逃げた
    圧力
    ぀たんね
    新聞にビビった
    矜柎は画面を芋た。
    ぀たんないっお蚀っおる人、いるけどさ。これ、人の家族も絡んでるんで。䌚瀟の責任ず個人の責任は分けたす。出すなら確認しおから出したす
    圌女は䞀瞬、蚀葉に詰たった。
    それから、少し苛立ったように続けた。
    別に日和ったわけじゃないです。間違えお誰かを壊したくないだけ
    その蚀葉には、嘘がなかった。
    真壁はモニタヌを芋぀めた。
    早芋が小さく息を吐いた。
    止たりたしたね
    䞀床はな
    千堂が蚀った。
    でも、瀟䌚党䜓は止たらない
    その通りだった。
    矜柎リオが止めおも、別の誰かが流す。
    誰かが怒り、誰かが晒し、誰かが裁く。
    止められるのは䞀぀の配信だけで、矀衆の欲望ではない。
    倜、真壁は森川に電話を入れた。
    森川は疲れ果おた声で出た。
    譊察が倖の人たちを垰しおくれたした
    よかったです
    よくはないです
    すぐに蚀い盎す必芁はなかった。
    その蚀葉は正しかった。
    森川は続けた。
    劻ず話したした。借金のこずも、䌚瀟のこずも。嚘は、寝たふりをしおいたす。たぶん起きおいたす
    真壁は窓の倖を芋た。
    新聞瀟のフロアには、ただ倚くの蚘者が残っおいる。誰もが疲れた顔で、䜕かを远い続けおいる。
    明日以降、必芁なら匁護士を玹介したす
    ありがずうございたす
    森川は少し黙った。
    真壁さん
    はい
    私、家族のために黙っおいたんだず思っおいたした
    真壁は䜕も蚀わなかった。
    でも、違いたした。家族を蚀い蚳にしお、自分を守っおいたんだず思いたす
    その声は震えおいた。
    だが、逃げおいなかった。
    それに気づいたからっお、䜕かが蚱されるわけじゃないんですよね
    そうですね
    真壁は答えた。
    残酷な返事だった。
    それでも、嘘ではなかった。
    森川は小さく笑った。
    ですよね
    電話は切れた。
    真壁はしばらくスマヌトフォンを芋おいた。
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    たただった。
    真壁は本文を開いた。
    人は嘘を憎むのではない
    自分が信じたかったものを壊されるこずを憎む
    黒瀬仁を探せ
    真壁の指が止たった。
    黒瀬仁。
    その名前を芋た瞬間、叀い事件蚘録の匂いが蘇った。
    投資詐欺。
    結婚詐欺。
    架空事業。
    被害者の自殺。
    蚌拠䞍十分。
    逃げ切った男。
    嘘が通甚しない䞖界で、最も居堎所を倱うはずの人間。
    詐欺垫。
    真壁は千堂の垭ぞ向かった。
    千堂はメヌルを読み、目を现めた。
    黒瀬仁
    知っおいたすね
    あなたが远っおいた男でしょう
    逮捕できたせんでした
    把刑事も远っおいた
    真壁は頷いた。
    千堂はしばらく考えた。
    嘘が通甚しない䞖界で、詐欺垫を探せ、か
    早芋が暪から芗き蟌む。
    どういう意味ですか
    真壁は答えた。
    分からない
    だが、胞の奥では別の感芚があった。
    黒瀬仁なら、この䞖界で䜕が起きおいるかを別の角床から芋るかもしれない。
    嘘が䜿えなくなった䞖界で、詐欺垫は死ぬのか。
    それずも、嘘を䜿わずに人を隙す方法を知っおいるのか。
    真壁はメヌルの最埌の䞀文を芋぀めた。
    黒瀬仁を探せ。
    その蚀葉には、呜什の圢をした焊りがあった。
    真壁は、誰かが遠くからこちらを芋おいるような感芚を芚えた。
    蚘録には残らない。
    だが、認識には残る。
    窓の倖で、倜の街が静かに光っおいた。
    その光の䞀぀䞀぀の䞋で、人々は今日も䜕かを隠しおいる。
    嘘が通甚しない䞖界になっおも、秘密は消えない。
    ただ、秘密の眮き堎だけが、少しず぀なくなっおいく。

    第3章 嘘を぀かない詐欺垫
    黒瀬仁の名前は、叀い傷に䌌おいた。
    觊れる぀もりがなくおも、ふずした瞬間に痛む。痛むたび、そこに傷があったこずを思い出す。治ったわけではない。ただ、日垞の䞭に埋もれおいただけだ。
    真壁蓮は、瀟䌚郚の資料宀にいた。
    窓のない小さな郚屋だった。壁䞀面の棚には、過去の蚘事、裁刀蚘録、取材メモの写し、叀いスクラップが詰め蟌たれおいる。玙ず埃ず叀いむンクの匂いが、空調の匱い颚に混じっおいた。
    午前六時半。
    新聞瀟のフロアはただ人が少ない。だが、昚日たでの瀟䌚ではない。培倜明けの蚘者が数人、机に突っ䌏しお眠っおいる。テレビは音を絞られたたた、早朝ニュヌスを流し続けおいた。
    嘘が通甚しなくなっお䞉日目。
    䞖界は壊れながら、少しず぀その壊れ方に慣れ始めおいた。
    真壁は棚から䞀冊のファむルを抜き出した。
    衚玙には、倪い黒マゞックでこう曞かれおいる。
    黒瀬仁関連
    投資詐欺
    未立件
    ファむルを開くず、耇数の写真が珟れた。
    黒瀬仁。
    圓時䞉十代半ば。现身で、柔らかい笑みを浮かべた男。写真ごずに髪型も服装も違う。スヌツ姿。䜜業着姿。県鏡をかけた姿。セミナヌ講垫のようにマむクを握る姿。どれも別人のように芋えるのに、目だけは同じだった。
    盞手を芋おいるようで、盞手の奥にある欲望を芋おいる目。
    真壁は写真の䞀枚を指で抌さえた。
    黒瀬は、嘘぀きだった。
    少なくずも、真壁はそう思っおいた。
    だが、昚倜の匿名メヌルが頭から離れない。
    人は嘘を憎むのではない
    自分が信じたかったものを壊されるこずを憎む
    黒瀬仁を探せ
    詐欺垫を探せ、ではない。
    黒瀬仁を探せ。
    送信者は、黒瀬をただの犯眪者ずしお扱っおいない。䜕かの鍵ずしお芋おいる。
    真壁はファむルの䞭から、被害者リストを取り出した。
    名前のいく぀かには赀線が匕かれおいる。
    安西修。
    投資詐欺被害埌、自殺。
    劻、安西由玀。
    真壁はその名前で手を止めた。
    圓時、真壁は安西由玀に䌚っおいる。
    倫を倱ったばかりの圌女は、ひどく静かな人だった。怒りを叫ぶのではなく、たるで自分の内偎ぞ沈めるように話しおいた。
    倫は隙されたんです。
    あの人は、悪くないんです。
    党郚、黒瀬ずいう男が悪いんです。
    真壁は、その蚀葉を疑わなかった。
    疑う必芁がないず思っおいた。
    だが今なら分かる。
    その蚀葉の䞭にも、圌女自身が芋たくなかったものが隠れおいたのかもしれない。
    資料宀の扉が開いた。
    早芋奈月が顔を出した。玙コップを二぀持っおいる。髪は軜く乱れおいお、目の䞋には薄い圱があった。
    ここにいるず思いたした
    真壁はファむルから目を離した。
    早いな
    眠れなかったので
    早芋はそう蚀っおから、少し顔をしかめた。
    正確には、寝たんですけど、䜕床も起きたした
    真壁は玙コップを受け取った。
    ありがずう
    早芋は隣に立ち、ファむルの写真を芋䞋ろした。
    この人が黒瀬仁ですか
    ああ
    普通ですね
    詐欺垫は普通に芋える方が匷い
    早芋は写真を䞀枚手に取った。
    嘘が通甚しない䞖界になったら、こういう人っお終わりじゃないんですか
    普通はそう思う
    違うんですか
    真壁はコヌヒヌを䞀口飲んだ。
    苊い。
    昚日よりも濃く感じた。
    黒瀬は昔から、嘘そのものより、盞手が䜕を信じたがっおいるかを䜿う男だった
    早芋は眉を寄せた。
    どういうこずですか
    䟋えば、絶察に儲かるずは蚀わない
    投資詐欺なのに
    蚀わない。代わりに、こう蚀う。今この情報に觊れおいる人は限られおいたす。刀断が早い人ほど、機䌚を掎んでいたす。私は無理に勧めたせん。あなたが決めるこずです
    早芋は少し考えた。
    嘘は蚀っおない
    そうだ。だが、盞手は勝手に思う。これは儲かる話だ。自分は遞ばれた偎だ。今決めなければ損をする
    盞手に誀解させる
    盞手が誀解したくなる堎所ぞ連れおいく
    早芋は写真を戻した。
    それ、嘘より悪質じゃないですか
    そういう時もある
    時も
    真壁はファむルを閉じた。
    問題は、隙された偎にも欲望があるこずだ
    早芋は口を開きかけお、閉じた。
    昚日の森川家を思い出しおいるのだろう。
    悪い人間だけが悪いこずをするわけではない。
    匱い人間も、怖い人間も、普通の人間も、䜕かを遞び損なう。
    資料宀の倖から、千堂玲子の声がした。
    二人ずも、朝から蟛気臭い堎所にいるわね
    線集長は入口に立っおいた。片手にはタブレット。もう片方には、い぀もの濃いコヌヒヌ。
    黒瀬の件、動きがあった
    真壁は顔を䞊げた。
    芋぀かったんですか
    芋぀かったずいうより、出おきた
    千堂はタブレットを真壁に枡した。
    画面には、昚倜投皿された短い動画が映っおいた。
    雑居ビルの䞀宀。
    数人の男女が䞞いテヌブルを囲んでいる。奥に立぀男が、ゆっくり話しおいる。
    黒瀬仁だった。
    幎霢を重ねおいるが、すぐに分かった。髪は短く、無粟髭があり、服装は安物のゞャケット。だが、声は蚘憶の䞭のたただった。
    軜く、柔らかく、盞手の譊戒心を撫でるような声。
    黒瀬は蚀っおいた。
    私は䜕も売りたせん。信じろずも蚀いたせん。ただ、この䞖界で䞀぀だけ確かなこずがありたす。嘘が通甚しなくなったからずいっお、人は賢くなったわけじゃない
    郚屋の䞭に笑いが起きる。
    黒瀬は埮笑んだ。
    むしろ、今の方が隙されやすい。なぜなら皆さん、嘘じゃない蚀葉を、本圓の答えだず思い始めおいるからです
    動画はそこで切れおいた。
    投皿者のコメントにはこうあった。
    嘘぀けない䞖界で詐欺垫が講挔しおるのダバすぎ
    堎所は䞍明。
    投皿日は昚倜。
    真壁は画面を芋぀めた。
    黒瀬は逃げおいない。
    むしろ、姿を芋せおいる。
    千堂が蚀った。
    把刑事に連絡した。向こうも远っおる
    早芋が尋ねた。
    譊察が先に接觊するんですか
    黒瀬に逮捕状は出おいない。珟時点では、譊察が䌚いに行く理由も匱い
    真壁はタブレットを返した。
    こっちは
    千堂は短く答えた。
    䌚う理由ならある
    メヌルの件ですか
    それもある。黒瀬がこの珟象の抜け道を知っおいるなら、蚘事の栞心になる
    早芋は䞍安そうに蚀った。
    危なくないですか
    真壁はファむルを鞄に入れた。
    危ない
    早芋の衚情が固たる。
    真壁は続けた。
    だから行く
    千堂が目を现めた。
    䞀人では行かせない
    早芋を連れお行くのは危険です
    早芋がすぐに反応した。
    行きたす
    盞手は詐欺垫だぞ
    蚘者です
    その蚀葉には迷いがなかった。
    昚日ずは違う。
    圌女は怖がっおいる。
    それでも、芋に行こうずしおいる。
    千堂は二人を芋比べ、少しだけため息を぀いた。
    把刑事も合流する。譊察ずしおではなく、個人的な情報亀換ずいう圢で。黒瀬の居堎所は今、確認䞭
    どうやっお
    千堂はタブレットを持ち䞊げた。
    動画に映っおいる壁のポスタヌ。小さく店名が入っおる。早芋、あなた気づいた
    早芋は画面を芗き蟌み、目を现めた。
    あ、本圓だ。ラむブバヌの告知ポスタヌですね。神田の
    動画の郚屋は、そのバヌの䞊にある貞し䌚議宀らしい
    真壁は立ち䞊がった。
    行きたす
    千堂は䜎い声で蚀った。
    黒瀬の蚀葉に乗らないで
    分かっおいたす
    本圓に
    真壁は答えに詰たった。
    分かっおいる。
    そう蚀い切りたかった。
    だが、黒瀬の名前を芋た瞬間から、胞の奥に叀い怒りが蘇っおいる。
    安西修の死。
    蚌拠䞍足。
    逃げた男。
    自分の蚘事にできなかった事件。
    真壁は正盎に蚀った。
    乗せられる可胜性はありたす
    千堂は頷いた。
    なら、ただいい
    神田の雑居ビルは、昌前だずいうのに薄暗かった。
    䞀階は閉たったラむブバヌ。黒い看板に、色耪せたバンドのステッカヌが貌られおいる。階段は狭く、壁には叀いチラシが重なり、ビヌルず煙草ず埃の匂いが染み蟌んでいた。
    䞉階の貞し䌚議宀の前に、把悠銬が立っおいた。
    四十䞀歳。譊芖庁捜査䞀課の刑事。倧柄で、短く刈った髪に鋭い目をしおいる。スヌツは少しくたびれおいるが、姿勢には隙がない。
    把は真壁を芋るず、枋い顔をした。
    盞倉わらず、面倒な名前に近づくな
    そちらこそ
    俺は近づきたくお近づいおるわけじゃない
    早芋が小さく頭を䞋げた。
    早芋です
    把は圌女を䞀瞥した。
    若いのを連れおくる盞手じゃないぞ
    早芋は怯たなかった。
    それは真壁さんにも蚀われたした
    把は錻で息を吐いた。
    なら、二人分聞いたず思っお芚えずけ
    真壁は扉を芋た。
    䞭からは、かすかな話し声が聞こえる。
    黒瀬は䞭に
    把は頷いた。
    いる。だが、䜕かやっおるわけじゃない。盞談䌚だずよ
    盞談䌚
    嘘が぀けない瀟䌚で生き抜くための察話䌚。参加費は無料
    早芋が眉を寄せた。
    無料なんですか
    把は苊い顔をした。
    だから䜙蚈に面倒だ。金を取っおない。商品も売っおない。違法性が芋えない
    真壁は扉に手をかけた。
    把が䜎く蚀った。
    真壁
    䜕です
    あい぀は嘘を぀かないかもしれん
    真壁は振り返った。
    把は続けた。
    だが、正盎なわけじゃない
    真壁は頷いた。
    扉を開けるず、宀内の空気がゆっくりこちらぞ流れおきた。
    長机が円圢に䞊べられ、十人ほどの男女が座っおいた。幎霢も服装もばらばらだ。䌚瀟員らしい男、䞻婊らしい女性、若い孊生、定幎埌に芋える老人。誰もが疲れた顔をしおいる。
    その䞭倮に、黒瀬仁がいた。
    圌は怅子に浅く座り、参加者の話を聞いおいた。真壁たちが入っおきおも、驚いた様子はない。むしろ、来るこずを知っおいたように、ゆっくり顔を䞊げた。
    お久しぶりです、真壁さん
    その声に、真壁の䞭の叀い䜕かが反応した。
    黒瀬仁
    はい。今はその名前で倧䞈倫です
    早芋が小さく息を飲んだ。
    把は入口近くに立ったたた、腕を組んだ。
    黒瀬は参加者たちぞ向き盎った。
    すみたせん。少し来客です。今日はここたでにしたしょう。䜕か売り぀ける぀もりはありたせんので、安心しお垰っおください
    参加者の䞀人、五十代くらいの女性が䞍安そうに尋ねた。
    先生、たた来おもいいですか
    黒瀬は少し困ったように笑った。
    先生はやめおください。来るかどうかは、ご自分で決めおください
    でも、ここに来るず少し楜になるんです
    楜になる堎所には、䟝存しすぎない方がいい
    その蚀葉には嘘がなかった。
    女性は頷き、鞄を持っお立ち䞊がった。
    参加者たちは䞀人ず぀郚屋を出おいく。把が圌らの顔を確認しおいたが、止めはしなかった。
    最埌に若い男が黒瀬ぞ頭を䞋げた。
    ありがずうございたした。自分、圌女に党郚話したす
    黒瀬は銖を傟げた。
    党郚、はやめた方がいいかもしれたせんよ
    男は驚いた顔をした。
    でも、嘘は駄目なんですよね
    黒瀬は埮笑んだ。
    嘘ず、蚀わなくおいいこずは違いたす
    男は戞惑ったたた出おいった。
    扉が閉たる。
    郚屋には、真壁、早芋、把、黒瀬だけが残った。
    黒瀬は机の䞊の玙コップを片づけながら蚀った。
    いい時代になりたしたね。誰もが正盎者になった気分で、誰もが他人を裁ける
    真壁は近づいた。
    䜕をしおいる
    盞談に乗っおいたした
    今床は救枈者か
    黒瀬は小さく笑った。
    詐欺垫より儲かりたせんよ。無料ですし
    把が䜎く蚀った。
    金以倖にも取れるものはある
    黒瀬は把を芋た。
    盞倉わらず怖い顔ですね、刑事さん
    お前を芋る時はこうなる
    光栄です
    真壁は机に写真を眮いた。
    安西修。
    黒瀬の過去の詐欺事件の被害者。
    黒瀬は写真を芋た。
    䞀瞬だけ、目の奥の枩床が倉わったように芋えた。
    だが、すぐに元の柔らかな衚情に戻る。
    懐かしい名前ですね
    真壁の声が䜎くなった。
    懐かしいで枈むず思っおいるのか
    枈むずは思っおいたせん
    その蚀葉は通った。
    嘘ではない。
    だが、反省の深さたでは分からない。
    真壁は続けた。
    安西修は死んだ
    知っおいたす
    あなたが隙した
    黒瀬は怅子に座り盎した。
    私は、投資すれば必ず儲かるずは蚀っおいたせん
    把の眉が動いた。
    早芋が息を飲む。
    真壁は拳を握った。
    そういう話をしおいるんじゃない
    でも、倧事な話です
    黒瀬は静かに蚀った。
    私は安西さんに、刀断材料を芋せた。遞んだのは圌です
    詐欺垫の理屈だ
    そうです。詐欺垫の理屈です
    黒瀬はあっさり認めた。
    真壁は䞀瞬、蚀葉を倱った。
    黒瀬は続ける。
    でも、この䞖界ではその理屈が前より芋えやすくなった。人は嘘だけで隙されるわけじゃない。垌望で隙される。焊りで隙される。怒りで隙される。正矩で隙される。自分は被害者だずいう物語で隙される
    早芋が口を開いた。
    だからっお、隙す偎の責任が消えるわけじゃないですよね
    黒瀬は早芋を芋た。
    その目は優しかった。
    優しいこずが、かえっお䞍快だった。
    消えたせん
    じゃあ、なぜそんな蚀い方を
    責任が䞀぀しかないず思うず、芋えるものが枛るからです
    早芋は黙った。
    把が䞀歩前に出た。
    今ここに集たっおいた人間から、䜕を聞き出しおいる
    䜕も。圌らが勝手に話すんです。劻に嘘を぀いた。䌚瀟で黙っおいた。友人を裏切った。芪を憎んでいた。みんな、嘘が぀けなくなっお、正盎になる方法を探しおいる
    それを利甚する気か
    黒瀬は銖を暪に振った。
    利甚するなら、もっず䞊手くやりたす
    この蚀葉には埮かな匕っかかりがあった。
    真壁はそれを感じた。
    黒瀬自身も気づいたらしく、口元を歪めた。
    蚂正したす。利甚する気がたったくないずは蚀いたせん。人間芳察の癖は抜けたせんから
    把が錻を鳎らした。
    正盎で結構だな
    今の䞖界では、正盎者ほど疑われたすよ
    黒瀬は真壁ぞ芖線を戻した。
    それで、私に䜕を聞きたいんですか。過去の眪ですか。それずも、今の䞖界で詐欺垫がどう生き残るかですか
    真壁は鞄からスマヌトフォンを取り出し、匿名メヌルの文面を芋せた。
    黒瀬仁を探せ。
    黒瀬は画面を芋た。
    衚情は倉わらなかった。
    だが、ほんの䞀瞬、たばたきが遅れた。
    真壁はそれを芋逃さなかった。
    心圓たりがあるな
    黒瀬は笑った。
    心圓たりずいう蚀葉は䟿利ですね。あるずもないずも蚀えたす
    どっちだ
    ありたす
    嘘ではない。
    真壁は胞の奥が匷く脈打぀のを感じた。
    早芋が身を乗り出す。
    誰が送ったんですか
    そこたでは知りたせん
    これも通った。
    把が蚀った。
    では、䜕を知っおいる
    黒瀬は怅子の背に䜓を預けた。
    その文を曞いた人間は、私を詐欺垫ずしおではなく、芳枬点ずしお芋おいる
    芳枬点
    早芋が繰り返す。
    黒瀬は指先で机を軜く叩いた。
    この珟象が起きお、倚くの人は思った。嘘が消えた。悪人が終わる。瀟䌚が透明になる。けれど、私は違うず思った
    なぜ
    私は昔から、嘘だけで人を隙しおきたわけじゃないからです
    真壁は黙っお聞いおいた。
    黒瀬はゆっくり蚀葉を遞んだ。
    人間は、盞手の蚀葉を聞いおいるようで、実際には自分の䞭にある物語を聞いおいる。私はその物語に、少しだけ道を䜜っおあげる。するず盞手は勝手に歩く
    それを詐欺ず蚀う
    真壁が蚀うず、黒瀬は頷いた。
    はい
    あたりに玠盎な肯定だった。
    把が䜎く唞った。
    胞糞悪いな
    黒瀬は把を芋た。
    刑事さん、あなたも同じこずをしたすよ
    把の目が鋭くなった。
    䜕だず
    取り調べで、盞手が話したくなる道を䜜る。蚌蚀者が思い出したくなるように順番を敎える。嘘を芋抜くために沈黙を眮く。違いたすか
    把は黙った。
    黒瀬は埮笑んだ。
    違わないようですね
    䞀緒にするな
    同じではありたせん。でも、構造は䌌おいる
    真壁は二人の間に入るように蚀った。
    黒瀬、あなたは異倉前から䜕か知っおいたのか
    黒瀬の笑みが薄くなった。
    䜕か、ずは
    嘘が通甚しなくなる前兆だ
    黒瀬はしばらく黙った。
    その沈黙は長かった。
    早芋が息を止めおいる。
    把も動かない。
    やがお黒瀬は、小さく息を吐いた。
    異倉そのものを知っおいたわけではありたせん
    前兆は
    䌌たものはありたした
    真壁の背筋が冷えた。
    い぀
    数幎前から
    数幎前
    早芋の声が跳ねた。
    黒瀬は圌女を芋た。
    誀解しないでください。䞖界がこうなるず知っおいたわけじゃない。ただ、時々、盞手が嘘を぀く前に、嘘を必芁ずしおいる理由が分かるこずがありたした
    把が蚀った。
    心理読みの話か
    そう片づけるこずもできたす
    違うのか
    黒瀬は答えなかった。
    真壁は尋ねた。
    久我透を知っおいるか
    黒瀬の衚情が、今床ははっきり倉わった。
    わずかに目が现くなった。
    その倉化だけで十分だった。
    早芋が真壁を芋る。
    把も黒瀬の前に出た。
    知っおるな
    黒瀬は笑わなかった。
    名前だけです
    匕っかかりはなかった。
    だが、真壁は続けた。
    䌚ったこずは
    黒瀬は黙った。
    把が䜎い声で蚀った。
    答えろ
    黒瀬は肩をすくめた。
    䌚ったこずはありたす
    真壁は息を詰めた。
    匿名メヌル。
    官邞映像に残らなかった男。
    前兆を芋おいた者。
    黒瀬仁。
    久我透。
    線が、ゆっくりず぀ながり始めおいる。
    だが、ただ圢にはならない。
    真壁は尋ねた。
    どこで䌚った
    ある研究䌚です
    䜕の
    人間が嘘を信じる仕組みに぀いお
    郚屋の空気が凍った。
    早芋は目を芋開いた。
    把の衚情から、怒り以倖のものが消えた。
    真壁はゆっくり蚀った。
    政府系の研究か
    黒瀬は銖を傟けた。
    䞻催者の肩曞きたでは確認しおいたせん
    嘘だな
    真壁が蚀った瞬間、黒瀬は少し笑った。
    今のは違いたすね。正確には、確認しようず思えばできたが、しなかった。知らない方が郜合がよかった
    早芋が小さく蚀った。
    そんな蚀い逃れが
    蚀い逃れではありたせん。人間の基本動䜜です
    黒瀬は静かに蚀った。
    知れば責任が生たれる。だから人は、知らないたたでいるこずを遞ぶ
    真壁は森川盎人の顔を思い出した。
    知っおいた。
    でも、党郚じゃない。
    知りたくなかった。
    その構造は、詐欺にも䌁業䞍正にも家庭にも政治にもある。
    黒瀬は続けた。
    久我ずいう男は、私に質問したした。人はなぜ、明らかに怪しい話を信じるのか。嘘ず分かっおいおも、なぜ救われたがるのか。私は答えたした。嘘だから信じるんじゃない。自分に必芁だから信じるんだ、ず
    真壁はメモを取る手を止めた。
    久我は䜕ず蚀った
    圌はこう蚀いたした
    黒瀬は目を现めた。
    もし人間が、自分に必芁な嘘を受け取れなくなったら、瀟䌚はどうなるず思うか
    誰もすぐには蚀葉を出せなかった。
    その問いは、今の䞖界そのものだった。
    早芋が震える声で蚀った。
    それ、い぀の話ですか
    䞉幎前です
    真壁は黒瀬を芋぀めた。
    䞉幎前。
    異倉のずっず前。
    久我透は、たるでこの䞖界を予期しおいたかのような問いを投げおいた。
    黒瀬は蚀った。
    私は答えたした。人間は嘘がないず正盎になるのではなく、黙るようになる、ず
    第1章の街の沈黙が、真壁の䞭で蘇った。
    駅前。
    圹所。
    家庭。
    新聞瀟。
    誰もが蚀葉を遞び、やがお口を閉ざしおいく。
    黒瀬はその未来を、䞉幎前に蚀っおいた。
    真壁は尋ねた。
    その研究䌚の蚘録は
    持っおいたせん
    参加者は
    芚えおいる人もいたす
    名前を出せ
    黒瀬は真壁を芋た。
    出したら、あなたは蚘事にしたすか
    確認しおからだ
    確認する前に、誰かが晒すかもしれない
    だからこそ、こちらで確認する
    黒瀬はしばらく真壁を芋぀めた。
    その目には、詊すような光があった。
    真壁さん、あなたはただ蚘者でいられるず思っおいたすか
    真壁の眉が動いた。
    どういう意味だ
    昚日たでの蚘者は、嘘を暎く仕事でした。けれど今は、嘘が勝手に壊れおいく。では蚘者は䜕をするんですか
    真実を確認する
    真実は、確認されるたで埅っおくれたすか
    黒瀬は机の䞊に眮かれたスマヌトフォンを指した。
    今の䞖界では、断片が先に走る。怒りがそれを拟う。正矩が加速させる。あなたが確認しおいる間に、人は壊れる
    真壁は返せなかった。
    昚日の森川家。
    矜柎リオの配信。
    匿名投皿。
    自宅前に集たる矀衆。
    そのすべおが黒瀬の蚀葉を裏づけおいた。
    だが、だからずいっお、確認を捚おるわけにはいかない。
    真壁は䜎く蚀った。
    それでも確認するしかない
    黒瀬は少しだけ笑った。
    いいですね。そういう䞍噚甚さは嫌いじゃありたせん
    把が苛立った声を出した。
    茶化すな。久我の居堎所を知っおいるか
    知りたせん
    これは通った。
    連絡手段は
    ありたせん
    これも通った。
    真壁は尋ねた。
    久我は、あなたに䜕をした
    黒瀬の衚情が䞀瞬だけ消えた。
    質問しただけです
    真壁は違和感を芚えた。
    嘘ではない。
    だが、足りない。
    質問された以倖に、䜕があった
    黒瀬はしばらく黙った。
    それから、芖線を窓のない壁ぞ向けた。
    あの研究䌚の埌、劙な倢を芋るようになりたした
    早芋が声を朜めた。
    倢
    ええ
    黒瀬は軜く笑ったが、その笑いは薄かった。
    知らない人間の郚屋。知らない女の泣き声。癜いカヌテン。濡れたアスファルト。叀い非垞階段。そういう断片が、時々
    真壁の胞が止たった。
    叀い非垞階段。
    早芋が真壁を芋た。
    把も気づいたようだった。
    真壁は声を抑えた。
    非垞階段
    黒瀬は真壁を芋た。
    あなた、心圓たりがある顔をしおいたすね
    真壁は答えなかった。
    胞の奥で、あの封筒の感觊が蘇る。
    新人蚘者時代の内郚告発者。
    雚の匂い。
    非垞階段。
    倧䞈倫ですずいう嘘に䌌た蚀葉。
    なぜ黒瀬がそれを倢に芋る。
    いや、黒瀬は真壁の過去を調べおいた可胜性もある。
    詐欺垫ならそれくらいする。
    だが、今の黒瀬の蚀葉に嘘は感じなかった。
    真壁は自分の動揺を抌し殺した。
    その倢は、い぀たで続いた
    異倉の盎前たで
    盎前
    最埌に芋た倢は、䞖界䞭の人間が同じ郚屋にいる倢でした。誰も喋らない。けれど党員が、隣の人間の隠しおいるものを知っおいる
    早芋が腕を抱いた。
    怖いですね
    黒瀬は頷いた。
    ええ。ずおも
    その蚀葉には、初めお玠盎な恐怖があった。
    把が蚀った。
    なぜ今たで黙っおいた
    黒瀬は圌を芋た。
    話したずころで、誰が信じたすか
    今なら信じるず思ったのか
    今なら、皆さん信じすぎる。だから困っおいる
    真壁は黒瀬の顔を芋た。
    嘘が通甚しない䞖界で、詐欺垫が真実を語っおいる。
    しかし、それをそのたた信じおいいわけではない。
    真実を語る詐欺垫ほど、扱いが難しいものはない。
    黒瀬は立ち䞊がった。
    そろそろ行きたす
    把が扉の前に立぀。
    ただ話は終わっおいない
    任意でしょう
    そうだ
    では、垰りたす
    把の顔が険しくなる。
    真壁は黒瀬に蚀った。
    逃げるのか
    黒瀬は振り返った。
    逃げたすよ。逃げるのは埗意です
    安西由玀さんに䌚え
    その名前を出した瞬間、黒瀬の顔から笑みが消えた。
    郚屋の空気が倉わった。
    早芋も息を止める。
    把が黒瀬の反応を芋逃さなかった。
    黒瀬は静かに蚀った。
    䌚っおどうするんですか
    あなたの蚀葉を聞きたい人がいる
    圌女が聞きたいのは、私の蚀葉ではなく、私の埌悔でしょう
    埌悔しおいないのか
    黒瀬は真壁を芋た。
    しおいたす
    その蚀葉は、通った。
    真壁は䞀瞬、䜕も蚀えなかった。
    黒瀬は続けた。
    でも、埌悔は償いではありたせん。謝眪も、盞手が望む圢でなければただの自己満足です
    なら、䜕もしないのか
    䜕もしないこずが、せめおもの誠実さになる堎合もありたす
    把が吐き捚おるように蚀った。
    䟿利な理屈だ
    ええ。䟿利です。だから私は信甚されない
    黒瀬は扉ぞ向かった。
    把は退かなかった。
    数秒、二人は無蚀で向き合った。
    把はやがお舌打ちし、半歩だけ暪ぞずれた。
    たた逃げるなら、今床は远う
    黒瀬は小さく頭を䞋げた。
    い぀も远っおいるでしょう
    扉が閉たった。
    黒瀬の足音が階段ぞ遠ざかっおいく。
    把はすぐに远わなかった。
    早芋が尋ねた。
    いいんですか
    把は苊々しい顔で蚀った。
    逮捕状もない。任意で止め続ければ、こっちが悪くなる
    真壁は机に残された玙コップを芋た。
    黒瀬は䜕も眮いおいかなかった。
    だが、蚀葉だけは残しおいった。
    䞉幎前の研究䌚。
    久我透。
    嘘を信じる仕組み。
    共有されたような倢。
    知らないはずの非垞階段。
    真壁は頭の䞭で情報を䞊べた。
    すべおが぀ながっおいるように芋える。
    だが、぀ながっお芋えるこずず、実際に぀ながっおいるこずは違う。
    詐欺垫は、その差を利甚する。
    早芋が小さく蚀った。
    真壁さん
    䜕だ
    さっき、非垞階段っお蚀葉に反応したしたよね
    真壁はすぐに答えなかった。
    早芋は続けた。
    聞いおはいけないこずなら、聞きたせん
    その蚀い方が、真壁には少し痛かった。
    昚日たでの早芋なら、勢いで螏み蟌んできたかもしれない。
    だが、圌女は䞀日で孊んでいる。
    人の傷に螏み蟌むこずの怖さを。
    真壁は蚀った。
    昔の取材のこずだ
    黒瀬が知っおいるはずのないこずですか
    調べれば知れるかもしれない
    でも、倢だず蚀っおいたした
    詐欺垫の蚀葉だ
    早芋は真壁を芋た。
    嘘には聞こえたせんでした
    真壁は答えなかった。
    それが問題だった。
    把が二人の䌚話を遮るように蚀った。
    黒瀬の蚀葉は半分で聞け
    早芋が尋ねる。
    半分は信じるんですか
    把は苊い顔をした。
    党郚疑っおたら、あい぀の萜ずした本圓を拟えない
    真壁は把を芋た。
    慣れおたすね
    十幎近く远っおるからな
    把は扉ぞ向かった。
    久我透の件は、こっちでも圓たる。ただし、蚘事にする前に䞀報入れろ
    譊察の蚱可は取りたせん
    蚱可じゃない。譊告だ
    把は振り返った。
    真壁、今の瀟䌚は火薬庫だ。お前らの蚘事䞀本で火が぀く
    分かっおいたす
    把の目が鋭くなる。
    分かっおいる人間ほど、火を぀ける時は静かに぀ける
    そう蚀い残し、把は郚屋を出おいった。
    真壁ず早芋は、しばらく無蚀で立っおいた。
    早芋がノヌトを芋返す。
    黒瀬、怖いですね
    ああ
    でも、分かりやすい悪人には芋えたせんでした
    だから怖い
    真壁は窓のない壁を芋た。
    黒瀬は反省しおいるず蚀った。
    それは嘘ではなかった。
    だが、反省しおいる人間が、再び人を操らないずは限らない。
    優しい蚀葉を知っおいる人間ほど、それを歊噚にもできる。
    ビルを出るず、昌の光が眩しかった。
    通りでは、䌚瀟員たちが昌食ぞ向かっおいる。匁圓屋の前に列ができ、店員が声を匵っお泚文をさばいおいる。嘘が通甚しなくなっおも、人は腹が枛る。昌䌑みは来る。唐揚げ匁圓は売れる。
    その普通さが、真壁には奇劙に芋えた。
    䞖界は倧きな謎に包たれおいるのに、誰かは今、味噌汁の具が少ないこずに䞍満を持っおいる。
    その方が、たぶん人間らしい。
    早芋がスマヌトフォンを芋お蚀った。
    矜柎リオが黒瀬の動画に反応しおたす
    真壁は画面を芗いた。
    矜柎リオの投皿。
    嘘぀けない䞖界で詐欺垫が正論っぜいこず蚀い出すの、マゞで䞀番危ないや぀
    コメント欄には賛同が集たっおいる。
    黒瀬を晒せ
    詐欺垫が偉そうにすんな
    被害者に謝れ
    䜏所特定ただ
    真壁は顔をしかめた。
    たた始たるな
    早芋はすぐに投皿をスクロヌルした。
    黒瀬の過去の被害者も反応しおたす。安西由玀さんの名前も
    真壁は足を止めた。
    䜕
    早芋は画面を芋せた。
    そこには、匿名の投皿があった。
    黒瀬仁のせいで倫を亡くした安西由玀さんを知っおいる
    黒瀬を蚱すな
    真実を暎け
    真壁は歯を食いしばった。
    安西由玀の名前たで出おいる。
    誰が出した。
    過去の蚘事から蟿れる情報ではある。だが、今の流れで圌女の名前を出すこずに、どんな意味がある。
    真実を暎け。
    その蚀葉が、昚日から䜕床も圢を倉えお珟れる。
    だが、人は真実を暎くず蚀いながら、その真実に関わる人間の痛みたでは芋ない。
    早芋が蚀った。
    安西さんに連絡したすか
    真壁は頷いた。
    する
    取材ずしおですか
    真壁は少し黙った。
    たずは安党確認だ
    安西由玀は電話に出なかった。
    真壁は留守番電話に短いメッセヌゞを残した。
    真壁です。ネット䞊で安西さんのお名前が出おいたす。取材のお願いではありたせん。安党確認のため、ご連絡ください
    電話を切るず、早芋が䞍安そうに蚀った。
    倧䞈倫でしょうか
    分からない
    分からない。
    この蚀葉を蚀う回数が増えおいる。
    だが、それは無力さの衚明ではなく、今の䞖界で唯䞀誠実な出発点なのかもしれない。
    新聞瀟ぞ戻る途䞭、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    メヌルではない。
    着信だった。
    衚瀺された名前を芋お、真壁は䞀瞬、眉を寄せた。
    氎原銙織。
    匁護士。
    元恋人。
    早芋が気づいお、少し離れた。
    真壁は通話を抌した。
    久しぶり
    銙織の声は、蚘憶よりも少し硬かった。
    今、話せる
    少しなら
    黒瀬仁に䌚った
    真壁はビルの壁際に立ち止たった。
    なぜ知っおいる
    把さんから連絡があった。あなたが無茶をしそうだっお
    真壁は目を閉じた。
    あの刑事は
    心配しおるんでしょ
    監芖だ
    同じこずよ
    真壁は返事をしなかった。
    銙織は続けた。
    黒瀬の過去の被害者が、たたネットで掘られおる。安西由玀さんの名前も出おいる
    今、連絡したずころだ
    圌女、以前うちの事務所に盞談に来たこずがある
    真壁は顔を䞊げた。
    い぀
    二幎前。黒瀬ぞの民事の件。ただ、結局進めなかった
    なぜ
    銙織は少し黙った。
    倫が完党な被害者ではないかもしれないこずを、圌女自身が薄々分かっおいたから
    真壁は声を倱った。
    銙織の蚀葉は続いた。
    誀解しないで。詐欺の被害に遭ったこずは事実。黒瀬の責任が消えるわけじゃない。でも、安西修さんは、他の知人を勧誘しようずしおいた圢跡があった。成功すれば玹介料が入る仕組みだった
    真壁は叀い資料の䞭の安西修の顔を思い出した。
    被害者。
    自殺した男。
    隙された人。
    そのラベルの䞋に、別の可胜性が隠れおいた。
    銙織は静かに蚀った。
    真実は、人を綺麗に分けおくれない
    真壁は壁にもたれた。
    今、それを痛感しおる
    でしょうね
    銙織の声が少し柔らかくなった。
    蓮
    名前で呌ばれたのは久しぶりだった。
    胞の奥に、別の痛みが走る。
    あなたは黒瀬を远う時、自分の過去も䞀緒に远っおる
    䜕の話だ
    ずがけられない䞖界になったでしょ
    真壁は黙った。
    銙織の声は責めおいなかった。
    それでも、逃げ堎を塞ぐようにたっすぐだった。
    あなたは真実を远っおいるんじゃない。自分を蚱す理由を探しおいる時がある
    真壁はスマヌトフォンを握る手に力を蟌めた。
    今それを蚀う必芁があるのか
    あるず思ったから蚀っおる
    その蚀葉には、匕っかかりがなかった。
    真壁は芖線を萜ずした。
    安西さんの件、情報を送っおくれ
    送る。ただし、蚘事にするなら慎重に
    分かっおる
    本圓に
    今日、䜕床目かの問いだった。
    真壁は少しだけ笑った。
    笑えない状況なのに、笑っおしたった。
    みんな、それを聞くな
    銙織もわずかに息を挏らした。
    それだけ信甚がないのよ
    ひどいな
    事実
    通話はそこで切れた。
    真壁はスマヌトフォンを䞋ろした。
    早芋が少し離れた堎所から戻っおくる。
    倧䞈倫ですか
    真壁は答えようずしお、やめた。
    問題ない。
    そう蚀えば、たた匕っかかる気がした。
    倧䞈倫ではないが、動ける
    早芋は頷いた。
    最近、その答えが䞀番信甚できたす
    真壁は苊笑した。
    新聞瀟ぞ戻るず、瀟䌚郚の空気はさらに慌ただしくなっおいた。
    黒瀬仁の動画が拡散され、過去の詐欺事件が次々に掘り返されおいる。被害者の名前、家族、叀い蚘事、裁刀にならなかった案件。断片が断片を呌び、憶枬が怒りを連れおくる。
    千堂はすでに動いおいた。
    真壁、黒瀬の蚘事は今日出さない
    真壁は鞄を眮いた。
    なぜです
    ネットの流れに乗る圢になる。こっちが事実確認できおいるのは、黒瀬が察話䌚にいたこず、久我透ず接觊しおいた可胜性を語ったこず、過去に詐欺疑惑があったこずだけ
    十分では
    䞍十分
    千堂の声は鋭かった。
    黒瀬を悪魔にする蚘事なら十分。でも、今必芁なのはそれじゃない
    真壁は反論しなかった。
    できなかった。
    千堂は続けた。
    今日は、詐欺被害者の名前がネットで晒され始めおいるこずを曞く。黒瀬の過去ではなく、真実を求める䞖論が被害者たで巻き蟌んでいるこずを曞く
    早芋が頷いた。
    私、SNS偎を远いたす
    お願い。個人名は絶察に玙面ぞ出さない
    はい
    真壁は自垭に座り、黒瀬ずの䌚話を敎理した。
    久我透。
    研究䌚。
    嘘を信じる仕組み。
    必芁な嘘。
    倢。
    非垞階段。
    どれも蚘事にするには危うい。
    蚌拠が足りない。
    しかし、無芖するには重すぎる。
    そこぞ、電話が鳎った。
    瀟内の代衚番号から転送されたものだった。
    真壁が出る。
    瀟䌚郚、真壁です
    電話の向こうで、女性の声がした。
    安西です
    真壁は背筋を䌞ばした。
    安西由玀さんですか
    はい
    声は静かだった。
    以前䌚った時ず同じ静けさだった。
    ただ、その奥に抌し殺した疲れがある。
    ご連絡ありがずうございたす。ネットの件、倧䞈倫ですか
    安西は少し黙った。
    倧䞈倫ではありたせん
    すみたせん
    あなたが謝るこずではありたせん
    その蚀葉は真っ盎ぐだった。
    真壁は蚀葉を遞んだ。
    今、お名前が出回っおいたす。ご自宅や勀務先に圱響が出る可胜性がありたす。必芁なら匁護士や譊察に
    真壁さん
    安西が遮った。
    黒瀬に䌚いたしたか
    真壁は答えた。
    䌚いたした
    電話の向こうで、短い息が聞こえた。
    あの人は、䜕ず蚀っおいたしたか
    真壁は迷った。
    黒瀬の蚀葉をそのたた䌝えるべきか。
    䌝えれば、安西をさらに傷぀けるかもしれない。
    だが、隠せばそれもたた別の暎力かもしれない。
    真壁は慎重に蚀った。
    埌悔しおいるずは蚀っおいたした
    安西は沈黙した。
    長い沈黙だった。
    やがお、圌女は蚀った。
    そうですか
    その声からは、安堵も怒りも読み取れなかった。
    真壁は続けた。
    ただ、それで䜕かが償われるわけではないずも
    安西は小さく笑った。
    笑いずいうより、息が挏れた音だった。
    分かっおいるんですね、あの人
    少なくずも、蚀葉では
    蚀葉だけでは足りたせん
    はい
    でも、蚀葉すらないよりは、たしなのかもしれたせん
    真壁は䜕も蚀えなかった。
    安西は続けた。
    真壁さん、私は倫を被害者だず思っおきたした。今もそう思っおいたす
    はい
    でも、倫が本圓に䜕も知らなかったのか。危うい話だず分かっおいなかったのか。人を誘おうずしおいなかったのか。私は、考えないようにしおきたした
    その告癜は静かだった。
    だが、真壁には重かった。
    考えたら、倫を責めるこずになる気がしたんです。死んだ人を責めるなんお、できなかった
    安西さん
    でも、嘘が通甚しなくなったからでしょうか。昚日からずっず、倫の顔が違っお芋えるんです。私が芚えおいる倫の顔ず、䜕かを隠しおいた倫の顔が、重なっお
    電話の向こうで、圌女が息を敎える音がした。
    私は、䜕を知りたいんでしょうね
    真壁は答えを持っおいなかった。
    安西も答えを求めおいるわけではないのかもしれない。
    黒瀬に䌚いたすか
    真壁が尋ねるず、安西はすぐには答えなかった。
    しばらくしお、圌女は蚀った。
    今は無理です
    分かりたした
    でも、い぀かは䌚わないずいけない気がしたす
    その蚀葉に嘘はなかった。
    真壁は短く瀌を蚀い、電話を切った。
    机の䞊のメモには、黒瀬の蚀葉が残っおいる。
    人は嘘だけで隙されるわけじゃない。
    垌望で隙される。
    焊りで隙される。
    怒りで隙される。
    正矩で隙される。
    自分は被害者だずいう物語で隙される。
    真壁はペンを眮いた。
    黒瀬は人を操る。
    だが、圌の蚀葉の䞭には、無芖できない真実が混ざっおいる。
    それこそが䞀番危険だった。
    倜、真壁は蚘事を曞いた。
    黒瀬仁の名前は出さなかった。
    過去の詐欺事件の被害者たちが、党バレ珟象以埌、再びネット䞊で晒され始めおいるこず。
    真実を求める声が、加害者だけでなく、被害者や遺族たで巻き蟌んでいるこず。
    嘘が通甚しない䞖界でも、断片的な情報が誀解ず憶枬を生むこず。
    被害者ずいう蚀葉も、人を䞀぀の圹割に閉じ蟌める危険があるこず。
    早芋が暪でSNSの流れを確認しながら蚀った。
    この衚珟、少し匱くないですか
    真壁は画面を芋る。
    真実を求める動きが、圓事者の生掻を脅かしおいる。
    匱いか
    ネットの私刑っお曞いた方が䌝わるかも
    真壁は少し考えた。
    私刑は匷い。実際に脅迫や自宅蚪問がある事䟋には䜿える。でも、党郚を私刑ず呌ぶず、ただ疑問を持った人たで含めるこずになる
    早芋は頷いた。
    そうですね。すみたせん
    謝るこずじゃない
    千堂が埌ろから原皿を芗いた。
    いいず思う。ただ、この䞀文は盎しお
    圌女が指したのは、真壁が最埌に曞いた文だった。
    嘘を蚱さない瀟䌚は、い぀の間にか人を蚱さない瀟䌚ぞ倉わる
    千堂は蚀った。
    悪くない。でも、少し決めすぎ
    真壁は画面を芋぀め、文を消した。
    しばらく考え、曞き盎す。
    嘘を蚱さない瀟䌚は、人を蚱さない瀟䌚ぞ近づく危うさも抱えおいる
    千堂は頷いた。
    そのくらい
    早芋が苊笑した。
    匱いけど、正確ですね
    真壁は蚀った。
    今は正確さの方がいる
    蚘事を送信したのは、午埌十時を過ぎおいた。
    瀟䌚郚の窓の倖では、倜の街が静かに光っおいる。
    その時、真壁の瀟甚メヌルに新着通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    黒瀬は嘘を぀かない
    だが、黒瀬の蚀葉を信じるな
    次は癜石柪に䌚え
    圌女は嘘ず蚘憶の境界を知っおいる
    真壁は画面を芋぀めた。
    癜石柪。
    認知科孊研究者。
    蚘憶、自己認識、虚停認知。
    数日前、政府䌚芋の埌に専門家コメントずしお名前が出おいた。真壁も資料を取り寄せようずしおいた人物だ。
    千堂が隣に立った。
    たた
    真壁はメヌルを芋せた。
    千堂は読み、静かに蚀った。
    黒瀬の次は研究者
    早芋が芗き蟌む。
    嘘ず蚘憶の境界
    真壁はスマヌトフォンを握った。
    今日、黒瀬は蚀った。
    本人が信じたいものを、人は信じる。
    安西由玀は蚀った。
    倫の顔が違っお芋える。
    森川は蚀った。
    家族のためだず思っおいた。
    それは嘘なのか。
    蚘憶違いなのか。
    自己欺瞞なのか。
    人間が自分自身を隙しおいる時、この䞖界はどう反応するのか。
    真壁は窓の倖を芋た。
    嘘が通甚しない䞖界で、ただ誰も芋抜けおいないものがある。
    それは、他人に぀く嘘ではない。
    自分に぀く嘘だった。
    瀟䌚郚のテレビでは、深倜ニュヌスが流れおいる。
    画面の䞭で、キャスタヌが慎重に蚀葉を遞んでいた。
    政府は本日、認識異垞珟象に぀いお、匕き続き冷静な察応を呌びかけおいたす
    その声は萜ち着いおいた。
    しかし、真壁にはもう、萜ち着いた声ほど䞍安に聞こえた。
    䜕かが、ただ隠れおいる。
    嘘ではなく。
    沈黙でもなく。
    蚘憶の奥に。

    第4章 蚘憶は嘘を぀くか
    癜石柪の研究宀は、倧孊の端にあった。
    郜心から少し離れたキャンパスは、倖の混乱が嘘のように静かだった。広い歩道の䞡偎には銀杏の朚が䞊び、朝の光が葉の隙間から现かく萜ちおいる。講矩棟ぞ向かう孊生たちは、い぀もより口数が少なかったが、それでも若さの熱だけは残っおいた。
    自転車のベル。
    玙パック飲料を開ける音。
    講矩開始を知らせるチャむム。
    䞖界が倉わっおも、倧孊は倧孊の顔をしおいた。
    だが、掲瀺板の前で足を止めた時、真壁蓮はそこにも異倉の跡を芋た。
    本孊における認識異垞珟象ぞの察応に぀いお
    カりンセリング窓口の拡充
    講矩䞭の䞍甚意な発蚀ぞの泚意喚起
    SNSぞの個人情報投皿犁止
    孊生同士の真実確認行為の犁止
    最埌の䞀文だけが、ひどく䞍気味だった。
    真実確認行為。
    昚日たで存圚しなかった蚀葉が、もう倧孊の公匏文曞に茉っおいる。
    早芋奈月が掲瀺板を芋䞊げた。
    真実確認行為っお、嫌な蚀葉ですね
    ああ
    でも、たぶん起きおるんでしょうね。私のこず本圓は嫌いずか、あの日䜕しおたずか、わざず聞く人
    真壁は孊生たちを芋た。
    数人の男女がベンチに座っおいる。䌚話はしおいるが、どこかぎこちない。盞手の反応を恐れるように、笑い声が小さかった。
    蚀葉が詊隓玙になっおいる。
    䜕気ない䌚話でさえ、盞手の本心を暎く道具になる。
    癜石柪の研究宀は、認知科孊研究棟の四階にあった。
    廊䞋は癜く、静かだった。壁には脳画像や認知実隓のポスタヌが貌られおいる。蚘憶圢成、虚停蚘憶、自己認識、意思決定。どの文字も、今の䞖界では劙な生々しさを持っおいた。
    研究宀の扉には、小さな名札があった。
    癜石 柪
    准教授
    認知科孊・蚘憶認識研究宀
    真壁がノックするず、䞭から萜ち着いた声が返っおきた。
    どうぞ
    扉を開けるず、研究宀の䞭は敎理されおいた。
    本棚には専門曞が隙間なく䞊び、机の䞊にはノヌトパ゜コン、録音機、実隓甚の資料、脳波枬定に䜿うらしい機噚が眮かれおいる。窓際には芳葉怍物が䞀鉢だけあり、葉の先が少し也いおいた。
    癜石柪は机の向こうに立っおいた。
    䞉十二歳。
    写真で芋たよりも若く芋えたが、目の奥には疲劎があった。肩にかかる黒髪を埌ろで軜くたずめ、癜いシャツにグレヌのゞャケットを矜織っおいる。化粧は薄い。衚情は静かで、盞手を歓迎しおいるのか譊戒しおいるのか読みにくかった。
    真壁さんですね
    はい。こちらは早芋です
    早芋が頭を䞋げた。
    癜石は二人に怅子を勧めた。
    取材は䞉十分ほどでお願いしたす。午埌から実隓がありたすので
    真壁は録音機を出した。
    録音しおも
    構いたせん。こちらも蚘録したす
    癜石は自分の録音機を机に眮いた。
    その所䜜には無駄がなかった。
    真壁は最初の質問を投げた。
    認識異垞珟象に぀いお、先生はどう芋おいたすか
    癜石は少し考えおから答えた。
    珟時点では、断定できたせん
    その蚀葉には䞀切の揺れがなかった。
    むしろ、今の䞖界で最も信甚できる蚀葉の䞀぀に聞こえた。
    ただし、報道やSNSで䜿われおいる嘘が通甚しないずいう衚珟は、かなり雑です
    早芋が身を乗り出した。
    雑、ですか
    はい。少なくずも、私たちが芳察しおいる範囲では、珟象は単玔な真停刀定ではありたせん。本人が意図的に事実ず違うこずを䌝えようずした堎合、聞き手に匷い違和感が生じる。䞀方で、本人が本気で信じおいる誀情報には、同じ反応が出ないこずがある
    真壁は昚日のメモを思い出した。
    区圹所。
    本人が信じおいる誀り。
    黒瀬の蚀葉。
    信じたいものを人は信じる。
    ぀たり、嘘かどうかは事実そのものではなく、本人の認識に䟝存する
    癜石は頷いた。
    その可胜性が高いです
    では、本人が自分に嘘を぀いおいる堎合はどうなりたすか
    癜石の芖線が、少しだけ鋭くなった。
    そこが䞀番難しい
    研究宀の倖で、誰かの足音が遠ざかっおいく。
    癜石は続けた。
    人間は、自分の動機を正確に理解しおいたせん。自分では家族のためだず思っおいおも、実際には保身が混ざっおいる。誰かを蚱したず思っおいおも、怒りが残っおいる。信じおいるず思っおいる蚘憶が、埌から䜜られたものかもしれない。本人に悪意がなくおも、内面は矛盟しおいたす
    早芋がメモを取りながら蚀った。
    その堎合、珟象は反応するんですか
    安定したせん
    安定しない
    完党な嘘ずしおも、完党な真実ずしおも凊理されにくいように芋えたす。聞き手には、違和感、濁り、欠萜ずしお䌝わるこずがある
    真壁は思わず呟いた。
    欠萜
    癜石が圌を芋た。
    心圓たりがありたすか
    真壁は鷲尟官房長官の䌚芋を思い出した。
    嘘ではない。
    だが、蚀葉ず蚀葉の間に穎がある。
    政治家の発蚀に、それを感じたした
    癜石はわずかに頷いた。
    政治家だけではありたせん。私たちは日垞的に、自分の䞭の矛盟を蚀葉で敎えおいたす。今、その敎え方が厩れおいる
    早芋が顔を䞊げた。
    蚀葉で敎えるっお、嘘を぀くずいうこずですか
    必ずしもそうではありたせん
    癜石の声は淡々ずしおいた。
    人は自分を保぀ために物語を必芁ずしたす。私はこういう人間だ。あの時の私は間違っおいなかった。あの人を憎んでいない。家族を愛しおいる。仕事に誇りを持っおいる。そうした自己理解は、事実の完党な写しではありたせん
    真壁は聞いおいた。
    癜石の蚀葉は研究者のものだったが、同時にどこか個人的な痛みを含んでいるようにも聞こえた。
    それを党郚嘘ず呌ぶのは乱暎です
    早芋はペンを止めた。
    でも、事実ず違うなら嘘では
    癜石は早芋を芋た。
    責める目ではなかった。
    では、蚘憶違いは嘘ですか
    早芋は答えに詰たった。
    癜石は続けた。
    幌い頃の蚘憶を、あなたは完党に正確だず蚀えたすか。怒りの䞭で芋た盞手の衚情を、正しく芚えおいたすか。誰かに裏切られた時、その人の過去の優しさたで、同じ重さで思い出せたすか
    早芋は黙った。
    癜石は手元の資料を䞀枚差し出した。
    今日の午埌、簡単な認知実隓を行いたす。公開できる範囲で芋孊しおいただいお構いたせん。ただし、被隓者の個人情報は出せたせん
    真壁は資料を受け取った。
    そこには、実隓項目が䞊んでいた。
    意図的虚停発話
    誀蚘憶再生
    自己正圓化発話
    隠蔜意図の有無
    察人関係匷床による反応差
    真壁は最埌の項目で手を止めた。
    察人関係匷床
    癜石は蚀った。
    珟象には、関係性が圱響しおいる可胜性がありたす。赀の他人より、家族や恋人、被害者ず加害者、教垫ず生埒の方が、深い情報が䌝わりやすい
    それは、なぜですか
    分かりたせん
    即答だった。
    ただ、芳察䞊はそう芋える。関係性が匷いほど、隠された情報の断片が挏れやすい
    早芋が蚀った。
    断片ずいうのは、映像みたいなものですか
    人によりたす。映像、感情、匂い、音、単語、身䜓感芚。完党な文章ずしお共有されるわけではありたせん。だから誀解が起きる
    真壁の胞に、昚日の母芪ず子どもの堎面が浮かんだ。
    いなくなればいいっお思った。
    䞀瞬の感情。
    それが子どもぞ䌝わった時、その子はどう受け取るのか。
    芪の䞀瞬の疲劎を、愛されおいない蚌拠ずしお受け取っおしたったら。
    真壁は尋ねた。
    先生は、この珟象をどう呌んでいたすか
    癜石は少しだけ口元を緩めた。
    笑みずいうより、諊めに近かった。
    研究宀内では、暫定的に虚停䞍党ず呌んでいたす
    虚停䞍党
    嘘が消えたのではなく、嘘や自己修正がうたく機胜しなくなっおいる状態ずいう意味です。ただ、正匏な甚語ではありたせん
    真壁はメモに曞き留めた。
    虚停䞍党。
    嘘が壊れた。
    それは、䞖界が正盎になったずいうより、人間が自分を包んでいた膜を倱ったように聞こえた。
    癜石の机の䞊に眮かれたスマヌトフォンが震えた。
    圌女は画面を確認し、わずかに眉を寄せた。
    真壁は尋ねた。
    急ぎですか
    被隓者の䞀人がキャンセルです。仕方ありたせん。この状況ですから
    その時、研究宀の扉が匷くノックされた。
    返事を埅たずに、若い男性研究員が顔を出した。
    癜石先生、森川さんが来おいたす
    真壁は反応した。
    森川
    研究員は真壁たちを芋お戞惑った。
    癜石が蚀った。
    森川盎人さんです。今日の実隓協力者の䞀人です
    早芋が真壁を芋た。
    森川盎人。
    堂島フヌズの営業担圓。
    昚日たで瀟䌚的な炎䞊の䞭心にいた男。
    癜石は真壁たちの反応を芋お、静かに蚀った。
    取材察象ずしお䌚うのではありたせん。実隓協力者ずしおです
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    だが、本圓に分かっおいるのか。
    自分の䞭で、蚘者ずしおの関心が動いたのを真壁は吊定できなかった。
    癜石はそれを芋抜いたように蚀った。
    真壁さん
    はい
    今から芋るものを、そのたた蚘事にできる材料だず思わないでください
    分かっおいたす
    今床の蚀葉には、少しだけ匕っかかりがあった。
    癜石の目が现くなる。
    真壁は蚀い盎した。
    思わないようにしたす
    癜石は小さく頷いた。
    その方が正確です
    実隓宀は、研究宀の隣にあった。
    癜い壁、癜い机、透明な仕切り。䞭倮には怅子が二぀向かい合わせに眮かれ、片方には被隓者が座る。もう片方には質問者。倩井の隅にはカメラがあるが、癜石は録画ではなく蚘録甚だず説明した。
    森川盎人はすでに怅子に座っおいた。
    昚日よりさらに疲れお芋えた。スヌツではなく、薄いグレヌのシャツに黒いパンツ。目の䞋の圱は濃く、無粟髭が䌞びおいる。
    真壁たちを芋るず、森川は少し驚いたように立ち䞊がった。
    真壁さん
    今日は芋孊だけです
    はい
    森川の声は小さかった。
    癜石が圌に声をかける。
    森川さん、無理はしないでください。途䞭でやめおも構いたせん
    倧䞈倫です
    森川は反射的に蚀った。
    その瞬間、圌自身が顔をしかめた。
    すみたせん。倧䞈倫ではないです。でも、やりたす
    癜石は衚情を倉えずに頷いた。
    それで構いたせん
    実隓には、日野圩ずいう粟神科医も同垭しおいた。
    䞉十八歳。穏やかな衚情の女性だった。癜衣は着おいない。柔らかいベヌゞュのカヌディガンを矜織り、森川の斜め埌ろに座っおいる。
    途䞭で負担が匷くなったら、私が止めたす
    日野は真壁たちにもそう説明した。
    森川は深く息を吞い、怅子に座り盎した。
    癜石が正面に座る。
    これからいく぀か質問したす。事実確認ではなく、ご自身の認識を確認するものです。答えたくない質問には、答えなくお構いたせん
    森川は頷いた。
    癜石は最初に、簡単な事実確認から始めた。
    名前、幎霢、職業、家族構成。
    森川は淡々ず答えた。
    反応はない。
    次に、昚日の出来事。
    自宅前に人が集たったこず。
    䌚瀟から電話があったこず。
    劻に借金が知られたこず。
    森川の声は少しず぀揺れおいったが、答えは通った。
    癜石はメモを取りながら、静かに質問した。
    食品衚瀺の問題に぀いお、あなたはい぀から䞍適切な点があるず認識しおいたしたか
    森川は目を䌏せた。
    䞉か月前です
    癜石は頷く。
    なぜ公的機関や倖郚に盞談したせんでしたか
    森川は蚀った。
    家族を守るためです
    その瞬間、実隓宀の空気が濁った。
    芋えるものではない。
    音がしたわけでもない。
    ただ、そこにいた党員が、同じ違和感を受け取った。
    早芋が小さく息を飲む。
    森川自身も、怅子の䞊で身じろぎした。
    癜石は責めなかった。
    今の蚀葉を、もう少し分解できたすか
    森川は唇を噛んだ。
    家族を守るため、だず思っおいたした
    今床は違和感が少し匱たった。
    癜石は続ける。
    他には
    森川は䞡手を握りしめた。
    仕事を倱いたくなかった
    反応はない。
    䌚瀟に逆らうのが怖かった
    反応はない。
    自分が悪者になるのが嫌だった
    反応はない。
    森川の声が震えた。
    家族を守るためっお蚀えば、自分でも玍埗できたんです
    実隓宀は静たり返った。
    真壁は、胞の奥が重くなるのを感じた。
    森川は嘘を぀いおいたのか。
    それずも、自分の動機の䞀郚しか芋おいなかったのか。
    癜石は尋ねた。
    今の時点で、家族を守るためずいう説明は嘘だず思いたすか
    森川は長く黙った。
    日野が圌の様子を芋おいる。
    やがお森川は蚀った。
    党郚が嘘ではないず思いたす
    違和感はなかった。
    でも、党郚が本圓でもない
    これにも違和感はなかった。
    癜石は小さく頷いた。
    ありがずうございたす
    早芋がノヌトに䜕かを曞いおいる。
    真壁はその手が少し震えおいるこずに気づいた。
    癜石は次の質問に移った。
    奥様に借金を話さなかった理由は䜕ですか
    森川は疲れた顔で笑った。
    心配をかけたくなかった
    たた、濁りが生たれた。
    だが、今床は森川もすぐに自分で銖を振った。
    違いたす。責められたくなかった。情けないず思われたくなかった。母を助けたこずたで、間違いだず蚀われるのが怖かった
    癜石は尋ねた。
    奥様は、それを間違いだず蚀う人だず思っおいたしたか
    森川は黙った。
    目に涙が浮かぶ。
    思っおいたせんでした
    では、なぜ
    私が、そう思われるのを怖がっおいただけです
    実隓宀の䞭に、誰も觊れられない沈黙が萜ちた。
    日野が柔らかく蚀った。
    少し䌑みたしょうか
    森川は銖を振った。
    続けたす
    その蚀葉には匕っかかりがない。
    続けたいのか、続けなければならないず思っおいるのか。
    その違いは、真壁には分からなかった。
    癜石は質問を倉えた。
    あなたは、自分を悪人だず思いたすか
    森川はすぐに銖を暪に振った。
    思いたせん
    反応はない。
    では、善人だず思いたすか
    森川の顔が歪んだ。
    思いたいです
    その蚀葉は、真壁の胞に残った。
    思いたい。
    事実ではない。
    だが嘘でもない。
    人間の倚くは、たぶんその堎所で生きおいる。
    癜石は実隓を止めた。
    今日はここたでにしたしょう
    森川は息を吐いた。
    日野が氎を差し出す。
    森川は玙コップを受け取り、䞡手で握った。
    真壁は録音機を芋た。
    そこには、確かに蚘録が残っおいる。
    だが、この実隓宀で起きた最も重芁なものは、音声には残らない気がした。
    蚀葉の前埌に生たれた濁り。
    誰かの顔が倉わる瞬間。
    自分自身の説明が厩れる時の沈黙。
    それは蚘録よりも認識に近い。
    芋た人間には、残りたす。
    黒瀬の蚀葉が蘇った。
    実隓の䌑憩䞭、森川は廊䞋の怅子に座っおいた。
    日野がそばにいる。
    早芋は少し離れお、窓の倖を芋おいた。
    真壁が隣に立぀ず、早芋は小さく蚀った。
    あれ、蚘事にできないですね
    そうだな
    でも、芋なかったこずにもできない
    ああ
    早芋は手垳を閉じた。
    森川さん、悪いこずをしたず思いたす。でも、今芋おいたら、悪い人ですっお曞けなくなりたした
    真壁は癜い廊䞋の先を芋た。
    研究棟の壁には、脳の暡匏図が貌られおいる。
    人間の刀断も、蚘憶も、感情も、図にすれば領域ず回路になる。だが、その図は森川の震える声を説明しおくれない。
    悪い人です、で終わる蚘事は楜だ
    早芋は頷いた。
    楜な蚘事ほど、読たれたすよね
    ああ
    それでも曞いちゃ駄目なんですよね
    真壁は圌女を芋た。
    駄目ずいうより、足りない
    早芋は少し考えおから頷いた。
    足りない、ですね
    䌑憩埌、実隓宀には別の被隓者が入った。
    安西由玀だった。
    真壁は思わず立ち䞊がりかけた。
    安西は圌を芋お、静かに䌚釈した。
    黒いワンピヌスに、薄い灰色のカヌディガン。髪は埌ろでたずめられおいる。以前䌚った時ず同じように、背筋が䌞びおいた。だが、頬は少しこけお芋えた。
    癜石が確認する。
    安西さん、本圓に倧䞈倫ですか
    安西は答えた。
    倧䞈倫ではありたせん。でも、逃げおも同じなので
    その蚀葉に、誰も䜕も蚀わなかった。
    日野が同垭し、実隓が始たった。
    癜石は慎重に質問した。
    ご䞻人に぀いお、安西さんはどのように蚘憶しおいたすか
    安西は前を芋たたた答えた。
    優しい人でした
    反応はない。
    真面目で、䞍噚甚で、人を疑うこずが苊手な人でした
    反応は、わずかに濁った。
    安西自身が眉を動かした。
    癜石は远い詰めず、静かに尋ねる。
    今の蚀葉に、ご自身で違和感がありたすか
    安西は目を䌏せた。
    人を疑うこずが苊手、ずいうより
    圌女は少し息を吞った。
    自分に郜合のいい話を疑いたくない人でした
    濁りが消えた。
    真壁は思わず拳を握った。
    安西修の人物像が、静かに倉わっおいく。
    被害者。
    優しい倫。
    隙された人。
    その茪郭に、欲望や匱さが加わる。
    それでも圌が被害者でなくなるわけではない。
    ただ、単玔な被害者ではなくなる。
    癜石は続けた。
    ご䞻人が投資話に関わった時、安西さんは危うさを感じおいたしたか
    安西は黙った。
    長い沈黙だった。
    感じおいたした
    反応はない。
    なぜ止めなかったのですか
    安西の手が膝の䞊で握られた。
    止めたした
    空気が少し濁る。
    安西は自分で気づいたように、ゆっくり銖を暪に振った。
    いえ。匷くは止めたせんでした
    癜石は静かに埅぀。
    安西は続けた。
    倫が嬉しそうだったんです。やっず自分も家族のために倧きなこずができるっお。私は、それを壊したくなかった
    危険だず思っおいたのに
    はい
    安西の声は震えおいた。
    本圓は、私も少し期埅しおいたした。お金が増えたら、楜になるかもしれないず。倫だけが欲を出したわけじゃない。私も、芋ないふりをした
    真壁は息を止めた。
    安西がずっず閉じ蟌めおいたものが、今、蚀葉になっおいる。
    だが、それは救いではなかった。
    真実が出おきたからずいっお、安西の顔は明るくならない。
    むしろ、圌女は倫の死埌ずっず守っおきた蚘憶を、自分の手で厩しおいるように芋えた。
    癜石は柔らかく蚀った。
    安西さん、それを認めるこずは、ご䞻人の被害を吊定するこずではありたせん
    安西は癜石を芋た。
    本圓にそう思いたすか
    癜石は答えた。
    思いたす
    その蚀葉は通った。
    安西の目から、涙が䞀筋萜ちた。
    でも、倫を責めるこずになる
    日野が静かに蚀った。
    責めるこずず、理解するこずは違いたす
    安西は䞡手で顔を芆った。
    癜石は実隓を止めた。
    ここで終わりたしょう
    安西は銖を暪に振った。
    もう少しだけ
    日野が圌女の様子を芋お、癜石に芖線を送る。
    癜石は慎重に頷いた。
    安西は顔を䞊げた。
    私は、黒瀬を憎んでいたす
    反応はない。
    でも、黒瀬だけを憎んでいれば、倫を綺麗なたたにしおおけた
    反応はない。
    だから、黒瀬を憎むこずにしがみ぀いおいた
    誰も動かなかった。
    真壁は喉の奥が詰たるのを感じた。
    黒瀬の蚀葉が蘇る。
    自分は被害者だずいう物語で隙される。
    その蚀葉は残酷すぎる。
    だが、安西の告癜は、それを完党には吊定できなかった。
    癜石は実隓を終えた。
    安西はしばらく怅子に座ったたただった。
    やがお立ち䞊がり、真壁の方ぞ歩いおきた。
    真壁さん
    はい
    今のこずを、蚘事にしたすか
    真壁はすぐに答えなかった。
    安西は真壁を芋おいる。
    詊しおいるわけではない。
    ただ、確認しおいる。
    真壁は蚀った。
    安西さんの蚱可なく、個人的な内容をそのたた蚘事にはしたせん
    安西は頷いた。
    そのたたではなくおも、曞いおください
    真壁は驚いた。
    いいんですか
    名前は出さないでください。でも、曞いおください。被害者も、ずっず被害者の圢のたたではいられないず
    圌女の声は震えおいた。
    そう曞けば、誰かが楜になるかもしれたせん。苊しくなるかもしれたせん。でも、私は今たで、倫を守っおいる぀もりで、自分の蚘憶を守っおいただけなのかもしれない
    真壁は蚀葉を倱った。
    早芋も黙っおいる。
    安西は静かに頭を䞋げた。
    黒瀬に䌚うかどうかは、ただ分かりたせん
    急ぐ必芁はありたせん
    はい
    安西は日野に付き添われ、実隓宀を出おいった。
    廊䞋に残った真壁は、しばらく動けなかった。
    癜石が隣に来た。
    蚘者には、重い堎面でしたか
    真壁は正盎に答えた。
    重すぎたす
    癜石は窓の倖を芋た。
    研究者にも重いです
    その蚀葉は静かだった。
    真壁は圌女を芋た。
    先生は、なぜこの研究を
    癜石はすぐには答えなかった。
    研究宀の窓から、キャンパスの䞭庭が芋える。孊生たちは昌䌑みを終え、講矩棟ぞ向かっお歩いおいた。
    癜石は蚀った。
    人間は、自分が思っおいるほど自分を知っおいないからです
    それが研究理由ですか
    衚向きは
    真壁は圌女の暪顔を芋た。
    癜石は自分の発蚀に匕っかかったように、少しだけ目を䌏せた。
    蚂正したす。孊問的には、それが理由です
    個人的には
    癜石は黙った。
    沈黙は嘘ではない。
    だが、そこには明確な壁があった。
    真壁はそれ以䞊螏み蟌たなかった。
    癜石は意倖そうに圌を芋た。
    聞かないんですか
    今は
    蚘者なのに
    蚘者でも、䜕でも聞いおいいわけではない
    癜石の目が少しだけ和らいだ。
    それを本気で蚀える蚘者は、少ないかもしれたせん
    昚日たでは、私も蚀えなかったかもしれたせん
    癜石はわずかに頷いた。
    䞖界が倉わりたしたからね
    真壁は蚀った。
    人間の方が、倉わらざるを埗なくなっおいるのかもしれたせん
    研究宀ぞ戻るず、癜石は䞀枚の資料を机から取り出した。
    これはただ倖郚に出しおいない芳察メモです。公開資料ではありたせん。芋せるだけです
    真壁は受け取った。
    そこには、耇数の事䟋が短く蚘録されおいた。
    倫婊間で、配偶者の過去の䞍貞を映像断片ずしお知芚
    教垫ず生埒間で、教垫の隠しおいた諊念を生埒が感情ずしお知芚
    長幎の芪友間で、嫉劬感情が単語ずしお䌝達
    面識のない他者間では、原則ずしお断片知芚は匱い
    ただし、匷い眪悪感たたは恐怖を䌎う情報では、関係性が薄くおも反応する䟋あり
    真壁は最埌の行で止たった。
    関係性が薄くおも
    癜石は頷いた。
    䟋倖がある。ただ数は少ないですが
    匷い眪悪感や恐怖
    はい。隠そうずする力が匷いほど、逆に挏れやすくなる可胜性がありたす
    早芋が蚀った。
    秘密を匷く守ろうずするほど、挏れるんですか
    断定はできたせん。ただ、そう芋える事䟋がありたす
    真壁は匿名メヌルを思い出した。
    人間が隠しおいたものが、眮き堎を倱っただけだ。
    隠す力が匷いほど、眮き堎を倱う。
    癜石は真壁の衚情に気づいた。
    䜕かありたすね
    真壁は迷った。
    匿名メヌルのこずを話すべきか。
    癜石は研究者だ。
    だが、出䌚ったばかりの盞手でもある。
    久我透の名前。
    黒瀬仁。
    研究䌚。
    どこたで共有するべきか。
    早芋が真壁を芋た。
    圌女も刀断を埅っおいる。
    真壁は蚀った。
    匿名でメヌルが届いおいたす
    癜石の衚情が倉わった。
    内容は
    真壁はスマヌトフォンを取り出し、これたでのメヌルを芋せた。
    癜石は䞀぀䞀぀読み、最埌の文で手を止めた。
    圌女は嘘ず蚘憶の境界を知っおいる
    癜石の顔から、わずかに血の気が匕いた。
    真壁はそれを芋た。
    心圓たりがありたすか
    癜石は答えなかった。
    沈黙。
    今床の沈黙は、単なる譊戒ではない。
    恐怖が混じっおいる。
    真壁は畳みかけなかった。
    癜石はスマヌトフォンから目を離し、机に手を眮いた。
    送信者は
    分かりたせん。瀟内システムにも経路が残っおいない
    癜石は眉を寄せた。
    メヌルずしお届いおいるのに、経路がない
    はい
    癜石は䜕かを考え蟌んだ。
    早芋が尋ねた。
    先生、この文に心圓たりがあるんですか
    癜石はしばらく黙った埌、蚀った。
    久我透ずいう名前に、心圓たりがありたす
    真壁の背筋が䌞びた。
    䌚ったこずが
    盎接はありたせん
    その蚀葉に匕っかかりはない。
    ただ、母の叀い資料の䞭に、その名前がありたした
    研究宀の空気が倉わった。
    早芋がペンを握る。
    真壁は慎重に尋ねた。
    お母様は
    癜石は芖線を萜ずした。
    倱螪しおいたす。私が子どもの頃に
    久我透ず関係が
    分かりたせん
    声は淡々ずしおいた。
    しかし、その淡々さこそが、癜石が必死に感情を抑えおいる蚌拠に芋えた。
    母は心理孊の研究に関わっおいたした。正匏な研究者ではありたせん。臚床珟堎に近い立堎だったず聞いおいたす。父は䜕も問題はなかったず蚀い続けたした
    そこで癜石の声が、わずかに揺れた。
    でも、䜕も問題がなかった家庭から、母芪が突然消えるずは思えなかった
    真壁は黙っお聞いた。
    癜石は続けた。
    私は、母が出おいく前倜の蚘憶を持っおいたす。父ず母が蚀い争っおいた。母が泣いおいた。私は廊䞋でそれを芋おいた
    その蚘憶が
    本物なのか分かりたせん
    癜石は自分の指先を芋た。
    子どもの蚘憶です。埌から父ぞの怒りや、母ぞの思慕で圢が倉わった可胜性もある。研究者ずしおは、そう考えるべきです
    個人ずしおは
    癜石は真壁を芋た。
    母は、䜕かを隠しおいたず思っおいたす
    その蚀葉は、嘘ではなかった。
    ただし、事実でもただない。
    匷い確信ず、蚌拠のない蚘憶。
    その間に癜石柪は立っおいる。
    真壁は静かに蚀った。
    久我透の名前が出おきた資料は、今もありたすか
    癜石は銖を暪に振った。
    ありたせん。父が凊分したず蚀いたした
    本圓に凊分したず
    癜石の顔が少し硬くなった。
    分かりたせん
    早芋が蚀った。
    お父様に確認は
    䜕床もしたした。答えはい぀も同じです。䜕も知らない。母は自分の意思で出おいった。研究ずは関係ない
    癜石はゆっくり息を吐いた。
    今なら、その答えがどう響くのか、確かめられるかもしれたせん
    その声には恐怖があった。
    真壁は蚀った。
    䌚う぀もりですか
    癜石はすぐには答えなかった。
    窓の倖で、颚が銀杏の葉を揺らしおいる。
    研究者ずしおは、䌚うべきです
    嚘ずしおは
    癜石は目を䌏せた。
    䌚いたくありたせん
    その蚀葉には、䜕の濁りもなかった。
    午埌の実隓が終わる頃、倧孊の倖には数人の報道関係者が集たり始めおいた。
    癜石の研究が泚目されおいるこずは、すでに䞀郚メディアで報じられおいた。認識異垞珟象を科孊的に説明する可胜性のある研究者。そういう分かりやすい肩曞きが、圌女に貌られ぀぀あった。
    研究宀を出る前、癜石は真壁に蚀った。
    蚘事にするなら、珟象の説明を単玔化しないでください
    努力したす
    努力ではなく、しおください
    真壁は圌女を芋た。
    癜石の衚情は真剣だった。
    嘘が通甚しない、ずいう蚀葉だけが広がるず、人は自分の感じたこずを真実だず思い蟌むようになりたす。感じた違和感は、蚌拠ではありたせん。断片は、答えではありたせん
    分かっおいたす
    今床は匕っかからなかった。
    癜石は頷いた。
    なら、お願いしたす
    早芋が頭を䞋げる。
    今日はありがずうございたした
    癜石は早芋を芋お、少しだけ柔らかい衚情になった。
    あなたは、昚日から䜕かをかなり芋た顔をしおいたす
    早芋は驚いた。
    分かりたすか
    顔に出おいたす
    嘘は぀けたせんね
    癜石は銖を暪に振った。
    顔に出るこずず、嘘が芋えるこずは別です
    早芋は少し照れたように笑った。
    その笑いには、匕っかかりがなかった。
    倧孊を出るず、倕方の光がキャンパスを薄く染めおいた。
    孊生たちが講矩棟から流れ出おくる。誰かが笑っおいる。誰かが黙っお歩いおいる。ベンチでは、恋人らしい二人が距離を眮いお座っおいた。
    女が蚀った。
    今、奜きっお蚀われおも、怖い
    男は俯いた。
    俺も、蚀うのが怖い
    それだけの䌚話だった。
    だが、真壁にはその二人が、䞖界の䞭心で立ち尜くしおいるように芋えた。
    早芋が暪で呟いた。
    嘘だけじゃなくお、蚀葉党郚が怖くなっおたすね
    ああ
    でも、黙っおおも駄目なんですよね
    黙るこずが必芁な時もある
    難しいですね
    難しい
    真壁は空を芋䞊げた。
    倕暮れの空は、薄い橙色だった。
    䞖界が倉わっおも、空は嘘を぀かない。
    そんな安っぜい感想が䞀瞬浮かび、すぐに消えた。
    空は䜕も蚀わないだけだ。
    新聞瀟ぞ戻る電車の䞭で、真壁は癜石の蚀葉を敎理した。
    嘘は事実ずのズレだけではなく、本人の認識が関わる。
    蚘憶は事実の録画ではない。
    自己欺瞞は、嘘ずも真実ずも凊理されにくい。
    関係性が匷いほど、秘密の断片は挏れやすい。
    匷い眪悪感や恐怖は、距離を越えるこずがある。
    それらは珟象の法則の䞀郚に芋えた。
    しかし、同時にすべおが人間の心理ずしおも説明できる。
    珟象そのものなのか。
    人間が珟象に意味を䞎えおいるだけなのか。
    境界は曖昧だった。
    瀟ぞ戻るず、千堂玲子が埅っおいた。
    どうだった
    真壁は鞄を眮いた。
    嘘が通甚しないずいう理解は雑です
    千堂は小さく笑った。
    たた面倒な蚘事になりそうね
    面倒です。でも、ここを間違えるず危ない
    早芋が資料を広げた。
    本人が本気で信じおいる誀情報は、嘘ずしお反応しない可胜性がありたす。自己欺瞞はさらに曖昧です。぀たり、嘘が通甚しないからずいっお、本人の発蚀が事実ずは限らない
    千堂は真剣な顔になった。
    それは重芁ね
    真壁は頷いた。
    瀟䌚党䜓が、違和感を蚌拠だず思い始めおいたす。そこを抑える蚘事にしたい
    千堂は腕を組んだ。
    癜石先生のコメントは䜿える
    䜿えたす。ただ、かなり慎重に
    芋出しで煜れないわね
    早芋が苊笑した。
    煜ったら怒られたす。癜石先生に
    千堂は真壁を芋た。
    それで、久我透は
    真壁は癜石の母芪の話を簡朔に䌝えた。
    千堂の衚情が倉わった。
    癜石先生の母芪の資料に、久我の名前
    はい。ただし、資料は残っおいない。父芪が凊分したず
    黒瀬、癜石、久我
    千堂は机を指で軜く叩いた。
    線は芋える。でも、ただ现すぎる
    分かっおいたす
    千堂は蚀った。
    蚘事では久我に觊れない。今日は、嘘ず蚘憶の境界に絞る
    真壁は頷いた。
    原皿を曞き始めた。
    タむトルはなかなか決たらなかった。
    嘘が通甚しない䞖界の萜ずし穎
    蚘憶違いは嘘なのか
    自己欺瞞は裁けるか
    どれも匷いが、どれも少し違う。
    真壁は本文から曞き始めた。
    瀟䌚で広がる党バレ珟象ずいう呌称。
    その䞀方で、研究者の間では、珟象を単玔な真停刀定ず芋るこずぞの譊戒が匷たっおいる。
    本人が本気で信じおいる誀情報。
    蚘憶の倉圢。
    自己正圓化。
    家族や被害者遺族の蚌蚀。
    感じたこずず蚌明されたこずの違い。
    蚘事を曞きながら、真壁は䜕床も手を止めた。
    森川の実隓内容。
    安西の告癜。
    癜石の母芪。
    どこたで曞けるのか。
    どこから先は、他人の痛みを玙面に茉せるだけになるのか。
    早芋が暪で資料を確認しながら蚀った。
    安西さんの話、匿名なら入れたすか
    真壁は画面を芋た。
    被害者遺族の䞀人は、亡くなった家族を完党な被害者ずしお蚘憶するこずで、自らを支えおきたず語った。
    真壁はその文を消した。
    ここたで曞くず、圌女の痛みを䜿いすぎる
    でも、本人は曞いおほしいず
    だからこそ、慎重にする
    早芋は頷いた。
    じゃあ、こうですか
    圌女は自分のメモを読み䞊げた。
    被害者や加害者ずいう蚀葉も、人間の蚘憶を単玔化するこずがある。珟象はその単玔化たで揺さぶっおいる
    真壁は画面を芋た。
    それ、䜿う
    早芋は少し嬉しそうにした。
    だが、すぐに衚情を匕き締めた。
    ありがずうございたす
    原皿の最埌に、真壁は癜石のコメントを眮いた。
    感じた違和感は、蚌拠ではありたせん。断片は、答えではありたせん。人間は、自分の蚘憶にさえ慎重であるべきです
    その文を打ち蟌んだ時、真壁は自分自身に向けられおいるように感じた。
    自分の蚘憶にさえ慎重であるべき。
    非垞階段。
    封筒。
    倧䞈倫です。
    あの蚘憶は、どこたで正確なのか。
    自分は本圓に、守る぀もりだったのか。
    それずも、蚘事の䟡倀ず告発者の安党を倩秀にかけた自分を、埌から矎化しおいるだけなのか。
    真壁は手を止めた。
    背埌から千堂の声がした。
    真壁
    はい
    今、過去に沈みかけおた
    真壁は振り返った。
    千堂は原皿を芗き蟌むでもなく、ただ真壁を芋おいた。
    沈んでいたした
    戻っおきなさい。今は原皿
    はい
    原皿を送ったのは、午埌九時過ぎだった。
    千堂が赀を入れ、早芋が事䟋の衚珟を確認し、法務にも通した。
    蚘事の芋出しは、最終的にこうなった。
    嘘が消えたのか、蚘憶が揺れたのか
    千堂は蚀った。
    地味だけど、今はこれでいい
    早芋は肩を回しながら蚀った。
    掟手な芋出しより怖いです
    真壁も同意した。
    嘘より蚘憶の方が怖い。
    嘘は盞手を隙す。
    蚘憶は自分ごず倉えおしたう。
    倜の瀟䌚郚は、昚日より少し静かだった。
    だが、それは萜ち着いたからではない。
    党員が蚀葉を遞ぶこずに疲れおいた。
    真壁は自垭で、癜石柪の資料をもう䞀床開いた。
    母の叀い資料に久我透の名前があった。
    その䞀文だけが、頭から離れない。
    するず、瀟甚メヌルに通知が出た。
    真壁は画面を芋た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は短かった。
    蚘憶は嘘を぀かない
    だが、蚘憶は真実の圢をしお倉わる
    癜石柪の母芪は、倱螪したのではない
    真壁は怅子から立ち䞊がった。
    早芋が驚いお振り返る。
    どうしたした
    真壁は画面を芋せた。
    早芋の顔から血の気が匕いた。
    倱螪したのではない、っお
    千堂も近づいおきた。
    メヌルを読み、目を现める。
    生きおいるずいう意味か、死んでいるずいう意味か、あるいは別の意味か
    真壁は答えられなかった。
    差出人はい぀ものようにない。
    経路もおそらく残らない。
    だが、文だけは確かにそこにある。
    癜石柪の母芪は、倱螪したのではない。
    その䞀文は、癜石の人生そのものに觊れおいる。
    蚘事にできる情報ではない。
    しかし、無芖できる情報でもない。
    真壁はスマヌトフォンを手に取った。
    癜石ぞ連絡するべきか。
    今すぐ䌝えるべきか。
    それずも、確認できない情報で圌女を傷぀けるだけか。
    早芋が蚀った。
    これ、先生に䌝えない方がいいんですか
    真壁はしばらく黙った。
    沈黙は嘘ではない。
    だが、沈黙で守れるずは限らない。
    千堂が䜎く蚀った。
    真壁、刀断しお
    真壁は癜石の蚀葉を思い出した。
    感じた違和感は、蚌拠ではありたせん。
    断片は、答えではありたせん。
    ならば、このメヌルも答えではない。
    ただの断片だ。
    断片をそのたた枡せば、人はそれを答えにしおしたう。
    真壁は蚀った。
    今倜は䌝えたせん。たず、この文の意味を確認したす。癜石先生には、久我透に぀いお远加確認したいこずがあるずだけ連絡したす
    千堂は頷いた。
    それがいい
    早芋はただ䞍安そうだった。
    でも、もし本圓に倧事なこずだったら
    倧事だからこそ、枡し方を間違えられない
    真壁は癜石ぞ短いメヌルを送った。
    本日はありがずうございたした。久我透氏およびお母様の資料に぀いお、远加で確認したいこずがありたす。明日以降、お時間をいただけたすか。
    送信するず、すぐに既読は぀かなかった。
    真壁は怅子に座り盎した。
    画面には、匿名メヌルの文が残っおいる。
    蚘憶は嘘を぀かない
    だが、蚘憶は真実の圢をしお倉わる
    癜石柪の母芪は、倱螪したのではない
    窓の倖では、倜の街が静かに光っおいた。
    その光の䞋で、人々は眠ろうずしおいる。
    だが、眠りの䞭にも蚘憶はある。
    倢はある。
    忘れたはずの声が、戻っおくるこずもある。
    真壁は、自分の掌を芋た。
    あの日、非垞階段で受け取った封筒の重さを、ただ芚えおいる。
    その蚘憶が本物なのか。
    それずも、自分が眰を必芁ずしお䜜り盎した重さなのか。
    答えは出なかった。
    ただ䞀぀だけ、はっきりしおいた。
    この䞖界で最も深く隠されおいるものは、他人に぀いた嘘ではない。
    自分の䞭で、真実のふりをしお眠っおいる蚘憶だった。

    第5章 蚌明できない真実
    譊芖庁の廊䞋は、い぀もより静かだった。
    静かずいうより、音が慎重だった。
    誰かが電話で話す声も、足音も、ドアの開閉も、どこか抑えられおいる。人間は、自分の声が䜕を挏らすか分からなくなるず、歩き方たで倉わるのかもしれない。
    真壁蓮は、譊芖庁本郚の䞀角にある面談宀ぞ案内された。
    壁は薄い灰色で、机ず怅子以倖に䜙蚈なものはない。窓の倖には郜心のビル矀が芋えたが、厚いガラス越しの景色はどこか珟実感が薄かった。
    先に来おいた早芋奈月は、ノヌトを膝の䞊に眮き、背筋を䌞ばしお座っおいた。
    真壁さん、把さんから䜕か聞いおたすか
    詳しくはただ
    殺人事件っお聞きたした
    ああ
    真壁は怅子に座った。
    昚日の倜遅く、把悠銬から短い連絡があった。
    明日、来られるか。劙な事件がある。
    それだけだった。
    劙な事件。
    嘘が通甚しない䞖界になっおから、劙ではない事件の方が少ない。
    だが、把がわざわざ呌ぶずいうこずは、単なる事件ではないのだろう。
    早芋は䞍安そうに蚀った。
    嘘が぀けないなら、殺人事件の捜査は楜になりそうなのに
    真壁は銖を暪に振った。
    楜になる郚分はある。でも、党郚じゃない
    容疑者に聞けばいいんじゃないですか。あなたが殺したしたかっお
    黙秘されたら終わりだ
    早芋は唇を結んだ。
    それは、そうですね
    それに、殺したいず思ったこずず、殺したこずは違う
    その蚀葉を口にした時、真壁は自分の胞にわずかな抵抗を感じた。
    誰かに死んでほしいず思ったこずがある人間は、どれくらいいるのだろう。
    䞀瞬だけなら。
    怒りの䞭なら。
    痛みの䞭なら。
    その感情たで裁かれる䞖界になった時、人間はどこに逃げればいいのか。
    扉が開き、把悠銬が入っおきた。
    い぀も通りくたびれたスヌツ姿だったが、顔には明らかな疲劎が浮かんでいた。目の䞋に圱があり、顎には剃り残しがある。
    把は怅子に座るなり、玙の資料を机に眮いた。
    悪いな、朝から
    真壁は資料ぞ目を萜ずした。
    被害者の写真。
    珟堎芋取り図。
    関係者䞀芧。
    事件発生は昚倜二十䞉時過ぎ。
    堎所は郜内のマンション䞀宀。
    被害者は䞉十六歳の男性、秋山悟。職業は䞍動産䌚瀟勀務。
    死因は埌頭郚打撲による急性硬膜倖血腫。宀内の床で倒れおいるずころを発芋された。凶噚ず芋られる眮物が珟堎にあった。
    第䞀発芋者は同じマンションに䜏む元亀際盞手、北沢真由。
    容疑者ずしお浮䞊しおいるのは、被害者の同僚である盞銬培。䞉十八歳。
    早芋が資料を芋ながら尋ねた。
    なぜ盞銬さんが容疑者に
    把は腕を組んだ。
    被害者ず金銭トラブルがあった。前日に口論しおいる。珟堎マンションの防犯カメラに、事件時刻の前埌、盞銬らしき人物が映っおいる
    らしき
    真壁が繰り返すず、把は頷いた。
    垜子ずマスク。映像は粗い。断定はできん
    早芋が続けた。
    本人は䜕ず
    把は机を指で叩いた。
    殺しおいない、ず蚀った
    真壁は把の顔を芋た。
    その蚀葉に反応は
    把は少し黙った。
    なかった
    早芋が息を吞った。
    じゃあ犯人じゃないんですか
    把は圌女を芋た。
    そう簡単なら呌んでない
    真壁は資料をめくった。
    䜕が匕っかかっおいる
    把は声を萜ずした。
    盞銬は、被害者を殺したいほど憎んでいた
    早芋のペンが止たる。
    把は続けた。
    それを本人も認めおいる。殺しおやりたいず思ったこずはある。昚日の倜も、秋山の郚屋の前たで行った。䞭に入ろうか迷った。だが、入らずに垰った。そう蚀っおいる
    真壁は資料の䞭の時系列を芋た。
    殺しおいないずいう発蚀は通った。でも、殺意はあった
    そうだ
    蚌拠は
    足りない
    把は短く蚀った。
    盞銬の靎底ず珟堎の埮量な泥が䌌おいる。だが、この雚の䞭じゃ決定打にならん。凶噚からは被害者の指王しか出おいない。盞銬の服にも血痕はない。珟堎近くにいた可胜性は高いが、䞭ぞ入った蚌拠がない
    早芋が困惑したように蚀った。
    でも、殺意があっお、郚屋の前たで行っおいお、防犯カメラにも
    把の声が鋭くなった。
    だからずいっお逮捕できるず思うか
    早芋は蚀葉を止めた。
    把はすぐに少しだけ声を抑えた。
    悪い。怒鳎る話じゃなかった
    いえ
    早芋は銖を振った。
    把は資料を䞀枚めくった。
    問題はそこじゃない。被害者の元亀際盞手、北沢真由が蚀っおる。盞銬が犯人だず分かる、ず
    真壁は顔を䞊げた。
    分かる
    盞銬の名前を聞いた瞬間、秋山が倒れおいる映像ず、盞銬の怒りが同時に流れ蟌んできたらしい
    早芋が小さく蚀った。
    秘密の断片
    把は頷いた。
    北沢は被害者ずかなり揉めおいた。別れた埌も連絡を取っおいた。関係性が匷い。珟象の圱響を受けた可胜性はある
    真壁は癜石柪の蚀葉を思い出した。
    関係性が匷いほど、隠された情報の断片が挏れやすい。
    ただし、断片は答えではない。
    北沢は、盞銬が殺した堎面を芋たのか
    把は銖を暪に振った。
    そこが曖昧だ。芋えたのは、盞銬が秋山を憎んでいる感情ず、床に倒れた秋山の映像。盞銬が凶噚を振り䞋ろす映像ではない
    真壁は息を吐いた。
    䞖論はもう盞銬犯人で動いおいるな
    把は苊々しく笑った。
    動いおいるどころじゃない。矜柎リオが取り䞊げるかもしれん。ネットでは名前もほが出おいる
    早芋がスマヌトフォンを確認した。
    盞銬培で怜玢するず、もう出おいたす。勀務先も
    把は机を叩いた。
    殺意がある人間を、殺人犯ずしお扱う。それが今の空気だ
    真壁は資料を閉じた。
    把さんは、なぜ我々を呌んだんですか
    把は真壁を芋た。
    この事件を曞け、ずは蚀わない
    では
    曞くなら、感じた真実ず蚌明できる真実は違うず曞け
    把の声は䜎かった。
    俺たちは今、䞖論から突き䞊げられおる。嘘が通じないのに、なぜ逮捕しない。被害者が犯人を感じ取っおいるのに、なぜ動かない。そう蚀われおる
    実際には
    感じただけでは逮捕できない
    把は真壁を芋据えた。
    だが、逮捕しなければ、譊察は犯人を守っおいるず蚀われる
    早芋が尋ねた。
    盞銬さんに䌚えたすか
    把は䞀瞬迷った。
    任意の事情聎取䞭だ。本人が了承すれば
    真壁は蚀った。
    北沢真由さんにも䌚いたい
    把の衚情が険しくなる。
    圌女はかなり䞍安定だ
    無理には聞きたせん
    把は真壁をじっず芋た。
    そう蚀う蚘者ほど聞く
    今は、聞かないこずも芚えたした
    把は少しだけ錻で息を吐いた。
    芚えたおか
    はい
    その返事に、早芋が少しだけ苊笑した。
    把は立ち䞊がった。
    たず盞銬だ。顔を芋おおけ
    取調宀ではなく、別の小さな面談宀に盞銬培はいた。
    痩せた男だった。
    䞉十八歳にしおは老けお芋える。髪は乱れ、ネクタむは倖され、癜いシャツの袖口が皺になっおいた。䞡手は机の䞊に眮かれおいるが、指先が䜕床も震えおいた。
    把が玹介するず、盞銬は真壁たちを芋た。
    目には眠っおいない人間の赀みがあった。
    新聞ですか
    声はかすれおいた。
    真壁は名刺を出した。
    真壁です。こちらは早芋。無理に話しおいただく必芁はありたせん
    盞銬は笑った。
    無理に話さなくおも、黙っおたら犯人だず思われるんでしょう
    誰も答えなかった。
    その通りだからだ。
    盞銬は真壁の名刺を芋぀めた。
    どうせ曞くんですよね。殺意があった同僚、ずか
    真壁は怅子に座った。
    曞くかどうかは、ただ決めおいたせん
    本圓ですか
    本圓です
    盞銬は真壁を芋た。
    少しだけ、顔の緊匵が緩んだ。
    すみたせん。もう、誰の蚀葉も信甚できなくお
    把が壁際に立ったたた蚀った。
    盞銬さん、さっき話した範囲で構いたせん。昚日の倜のこずを、もう䞀床
    盞銬は喉を動かした。
    秋山の郚屋の前たで行きたした
    その蚀葉は通った。
    殺しおやりたいず思っおいたした
    早芋のペンが止たる。
    盞銬は自分で蚀っお、目を閉じた。
    本圓に、思っおいたした。あい぀に金を取られお、仕事でも責任を抌し぀けられお、婚玄者にも嘘を吹き蟌たれた。人生を壊されたず思った
    真壁は静かに聞いた。
    盞銬は続けた。
    だから、話を぀けに行った。いや、違う
    圌は自分で銖を振った。
    殎る぀もりでした。郚屋に入ったら、殎っおいたず思いたす
    その蚀葉も通った。
    把の顔は動かない。
    盞銬は䞡手を握りしめた。
    でも、入らなかった。むンタヌホンを抌す前に、怖くなっお垰った
    䜕が怖くなったんですか
    早芋が尋ねた。
    盞銬は圌女を芋た。
    自分がです
    反応はない。
    このたただず、本圓に殺すかもしれないず思った。だから垰った。駅前の防犯カメラにも映っおいるはずです
    把が蚀った。
    駅前のカメラには、あなたらしき人物が映っおいたす。ただ、時刻が埮劙に合わない
    盞銬は目を芋開いた。
    合わない
    珟堎を離れたずされる時刻から、駅前に映るたでの間が長すぎる
    盞銬は呆然ずした。
    歩いおいたした
    どこを
    分かりたせん
    早芋が顔を䞊げた。
    盞銬はすぐに蚀った。
    本圓に分からないんです。頭が真っ癜で、気づいたら駅の近くにいた
    把は衚情を倉えなかった。
    その間に、郚屋ぞ戻った可胜性は
    盞銬の顔が歪んだ。
    ありたせん
    その蚀葉に、真壁はわずかな濁りを感じた。
    早芋も反応した。
    把の目が现くなる。
    盞銬は怅子から身を乗り出した。
    違う。殺しおたせん。殺しおないのは本圓です
    殺しおいない。
    その蚀葉には濁りがない。
    だが、郚屋ぞ戻っおいない、には濁りがあった。
    真壁は慎重に尋ねた。
    盞銬さん、郚屋ぞ戻った蚘憶はない、ずいう意味ですか
    盞銬は真壁を芋た。
    蚘憶はないです
    今床は通った。
    把が䜎く蚀った。
    蚘憶がない時間がある
    盞銬は䞡手で顔を芆った。
    でも、殺しおない。殺しおないんです。自分がやったなら、今こんなふうに蚀えないはずですよね。嘘ならバレるんですよね
    早芋は䜕も蚀えなかった。
    真壁も答えなかった。
    嘘ならバレる。
    だが、蚘憶がなければ。
    本人が本気でやっおいないず思っおいたら。
    それは嘘になるのか。
    癜石柪の声が蘇る。
    本人が本気で信じおいる誀情報には、同じ反応が出ないこずがある。
    盞銬は震える声で蚀った。
    俺は、殺意があっただけで殺人犯になるんですか
    真壁は盞銬を芋た。
    答えは簡単だった。
    ならない。
    だが、その簡単な答えを蚀うには、珟実が耇雑すぎた。
    殺意だけで殺人犯にはなりたせん
    盞銬の顔がわずかに緩んだ。
    真壁は続けた。
    ただ、あなたが珟堎近くにいたこず、蚘憶が曖昧な時間があるこずは確認しなければならない
    盞銬は頷いた。
    分かっおいたす
    その蚀葉には、諊めに近い響きがあった。
    面談宀を出るず、早芋は廊䞋で立ち止たった。
    真壁さん、盞銬さんは犯人だず思いたすか
    真壁は即答しなかった。
    把が少し離れた堎所でこちらを芋おいる。
    分からない
    早芋は頷いた。
    私もです。でも、殺しおないっお蚀葉は、本圓っぜかった
    本圓っぜい、は蚌拠じゃない
    早芋は唇を噛んだ。
    分かっおいたす。でも、今の䞖界では、みんなそれを蚌拠にしたがる
    把が近づいおきた。
    次は北沢真由だ。ただし、長くは無理だ
    北沢真由は、譊芖庁ではなく近くのホテルの䞀宀に保護されおいた。
    被害者の元亀際盞手であり、第䞀発芋者であり、今は䞖間からも远われ始めおいる。事件発芚盎埌、圌女が盞銬の名前を口にしたこずが、どこからか挏れたらしい。
    ホテルの廊䞋には私服譊官が䞀人立っおいた。
    把が身分を瀺し、真壁たちは郚屋に入った。
    宀内のカヌテンは閉められおいた。昌間なのに、郚屋は薄暗い。ベッド脇の怅子に北沢真由は座っおいた。二十九歳。髪は肩たであり、顔は青癜い。手には玙コップを握っおいる。
    圌女の隣には女性譊察官がいた。
    把が䜎い声で蚀った。
    北沢さん、新聞瀟の真壁さんず早芋さんです。話せる範囲だけで構いたせん
    北沢はゆっくり顔を䞊げた。
    新聞
    その声は消えかけおいた。
    真壁は怅子に座らず、少し距離を眮いた。
    無理なら出たす
    北沢は銖を暪に振った。
    どうせ、みんな曞くんでしょう
    党員が同じではありたせん
    蚀った瞬間、北沢の目が真壁を芋た。
    真壁の胞にわずかな緊匵が走る。
    だが、圌女の衚情に倉化はなかった。
    嘘ではない。
    少なくずも、真壁は自分が党員ず同じではないず信じおいる。
    それが事実かどうかは別ずしお。
    北沢は玙コップを握りしめた。
    私は、秋山を助けに行ったわけじゃありたせん
    把がわずかに眉を動かした。
    初めお出る話なのだろう。
    北沢は続けた。
    別れおからも連絡が来おいたした。やり盎したいっお。謝りたいっお。でも、本圓はお金の盞談だった。分かっおたのに、私は行った
    なぜですか
    早芋が優しく聞いた。
    北沢は目を䌏せた。
    ただ、私のこずを必芁ずしおいるず思いたかったから
    郚屋の空気が重くなる。
    北沢は小さく笑った。
    銬鹿ですよね
    誰も吊定しなかった。
    安易な慰めは、嘘になるこずがある。
    北沢は続けた。
    郚屋に入ったら、秋山が倒れおいたした。血は少しだけ。最初は酔っお寝おるのかず思った。でも、顔が
    圌女は蚀葉を止めた。
    女性譊察官がそっず声をかけた。
    無理しなくおいいです
    北沢は銖を振った。
    その時、分かったんです。盞銬さんだっお
    真壁は静かに尋ねた。
    䜕が芋えたんですか
    北沢は目を閉じた。
    芋えた、ずいうか。盞銬さんの顔。怒っおいる顔。秋山を芋䞋ろしおいる感じ。手が震えおいお。殺しおやりたいっおいう声みたいなものが
    凶噚を持っおいたしたか
    北沢は眉を寄せた。
    分かりたせん
    秋山さんを殎る堎面は
    芋おいたせん
    把が静かに息を吐いた。
    真壁は続けた。
    それでも、盞銬さんが犯人だず感じた
    北沢は顔を䞊げた。
    感じたんじゃありたせん。分かったんです
    その蚀葉に、匷い確信があった。
    だが、その確信が真実かどうかは別だった。
    真壁は癜石の蚀葉を思い出しながら尋ねた。
    北沢さんは、盞銬さんが秋山さんを憎んでいたこずを以前から知っおいたしたか
    北沢は黙った。
    知っおいたした
    秋山さんから聞いおいた
    はい
    秋山さんは、盞銬さんに぀いお䜕ず蚀っおいたしたか
    北沢の衚情が歪んだ。
    し぀こい奎だっお。逆恚みしおいるっお
    それを信じおいたしたか
    信じおいたした
    そこに、わずかな濁りがあった。
    北沢自身も気づいたようだった。
    いえ。信じたかったんだず思いたす。秋山が悪い人だず思いたくなかったから
    早芋が小さく息を吞った。
    北沢は続けた。
    別れた埌も、私はあの人を完党に嫌いになれなかった。ひどいこずをされたのに。お金も貞したし、嘘も぀かれた。それでも、あの人には事情があるず思っおいた
    盞銬さんのこずは
    邪魔な人だず思っおいたした
    北沢はすぐに口を抌さえた。
    自分の蚀葉に怯えたようだった。
    すみたせん。今の、ひどい
    早芋が静かに蚀った。
    ひどい感情があるこずず、ひどい人間であるこずは違いたす
    北沢は早芋を芋た。
    その目から涙が萜ちた。
    でも、私は盞銬さんが犯人だったらいいず思っおいたのかもしれない
    郚屋の空気が凍った。
    把の目が鋭くなる。
    北沢は䞡手で口元を芆い、震えながら蚀った。
    そうしたら、党郚分かりやすいから。秋山は被害者で、盞銬さんは犯人で、私は秋山をただ奜きだった銬鹿な女で枈むから
    真壁は蚀葉を倱った。
    断片は、答えではない。
    北沢が受け取ったものは、盞銬の殺意かもしれない。
    あるいは、北沢自身が望んだ物語ず、盞銬の怒りの断片が混ざったものかもしれない。
    把が䜎い声で尋ねた。
    北沢さん、盞銬が犯人だずいう発蚀を、蚂正したすか
    北沢は顔を䞊げた。
    分かりたせん
    その答えは震えおいたが、真っ盎ぐだった。
    盞銬さんの怒りは感じたした。秋山を憎んでいたのは本圓だず思いたす。でも、殺したずころを芋たわけじゃない
    把は頷いた。
    その確認が必芁でした
    北沢は泣きながら蚀った。
    私のせいで、盞銬さんは
    把は遮った。
    あなたのせいず決たったわけではありたせん
    北沢は把を芋た。
    本圓にそう思っおいたすか
    把は䞀瞬黙った。
    そしお蚀った。
    思っおいたす
    その蚀葉は通った。
    北沢はようやく少しだけ息を吐いた。
    ホテルを出た埌、早芋はしばらく無蚀だった。
    倖の空は曇っおいた。
    歩道には、譊芖庁前を行き亀う人々がいる。タクシヌ、芳光客、報道関係者、譊察官。街は、事件䞀぀で立ち止たらない。
    早芋がぜ぀りず蚀った。
    感じたこずっお、こんなに危ないんですね
    真壁は頷いた。
    ああ
    でも、北沢さんが䜕かを感じたのも本圓ですよね
    そうだ
    それが蚌拠じゃない
    そうだ
    早芋は苊しそうに笑った。
    真実っお、䜿いづらいですね
    䟿利なものじゃない
    譊芖庁ぞ戻るず、把の顔がさらに険しくなっおいた。
    たずいこずになった
    真壁は問い返した。
    䜕が
    盞銬の名前が完党に出た。勀務先も䜏所も
    早芋がスマヌトフォンを芋る。
    矜柎リオじゃありたせん。別の暎露アカりントです。盞銬培は殺人犯っお断定しおたす
    把が䜎く吐き捚おた。
    殺人犯じゃない。少なくずも、ただな
    その時、廊䞋の奥から刑事が䞀人走っおきた。
    把さん、盞銬の自宅に人が集たっおいたす。家族から通報
    家族は
    劻ず䞭孊生の息子がいたす。珟圚、所蜄が向かっおいたす
    把は舌打ちした。
    真壁、来るなず蚀っおも来るんだろうな
    行きたす
    邪魔はするな
    したせん
    早芋も立ち䞊がった。
    把は圌女を芋た。
    危なければ䞋がれ
    はい
    盞銬の自宅は、郊倖の䜏宅街にあった。
    现い道に戞建おが䞊び、倕方の空気には倕飯の匂いが混じっおいる。どこかの家から味噌汁の匂いがし、別の家から子どもの笑い声が挏れおいた。
    その普通の䜏宅街の䞀角に、人が集たっおいた。
    十人ほど。
    倚くは若者だったが、䞭幎の男もいた。スマヌトフォンを構え、盞銬家の門の前に立っおいる。䞭には、わざず倧きな声で話す者もいた。
    殺人犯の家っおここ
    息子いるらしいよ
    芪父が人殺しずか終わっおる
    早芋の顔が青ざめた。
    把は車を降りるなり、䜎い声で怒鳎った。
    䜕をしおいる。ここは個人宅だ。離れろ
    集たっおいた䞀人が振り返った。
    譊察が犯人守っおるんですか
    把の目が鋭くなる。
    盞銬培は珟時点で逮捕されおいない。犯人ず決たった事実もない
    でも、殺したいっお思っおたんだろ
    別の若い女が蚀った。
    それもう犯人じゃん
    把が䞀歩近づいた。
    殺意ず殺人は違う
    男が笑った。
    そんなの法埋の屁理屈だろ。嘘぀けない䞖界なんだから、悪意が芋えた時点でアりトじゃん
    真壁はその蚀葉を聞き、背筋が冷えた。
    悪意が芋えた時点でアりト。
    その䟡倀芳が広がれば、誰も生き残れない。
    なぜなら、人間の䞭に䞀床も悪意が生たれないこずなど、ありえないからだ。
    早芋が小さく蚀った。
    本気で蚀っおる
    ああ
    本気で蚀っおいる。
    だから嘘ではない。
    だからこそ、止めるのが難しい。
    把ず所蜄の譊察官たちが矀衆を䞋がらせおいる間、真壁は盞銬家の玄関を芋た。
    カヌテンの隙間から、誰かがこちらを芋おいる。
    䞭孊生くらいの少幎だった。
    すぐにカヌテンが閉たった。
    真壁の胞に鈍い痛みが走った。
    父芪が殺意を抱いおいた。
    父芪が殺人犯かもしれない。
    父芪の名前がネットに晒されおいる。
    その党郚を、少幎は䞀日で济びおいる。
    門の倖で、若い男がただ叫んでいた。
    出おきお説明しろよ
    把が男の前に立った。
    これ以䞊続けるなら、迷惑行為ずしお察応する
    男はスマヌトフォンを向けた。
    今の撮りたした。譊察が垂民を脅しおたす
    把は䞀瞬、拳を握った。
    真壁はその暪顔を芋た。
    把の怒りは本物だ。
    だが、怒りのたた動けない。動けば、それもたた切り取られる。
    譊察官たちが矀衆を少しず぀遠ざける。
    完党には消えない。
    圌らは少し離れた角で、ただ家を芋おいる。
    早芋が䜎い声で蚀った。
    これ、蚘事にしたしょう
    真壁は圌女を芋た。
    䜕を
    盞銬さんが犯人かどうかじゃなくお、殺意があったずいう断片だけで家族たで远い詰められおいるこずを
    真壁は頷いた。
    曞く
    その時、把のスマヌトフォンが鳎った。
    圌は通話に出た。
    把だ。䜕
    顔色が倉わった。
    分かった。すぐ戻る
    通話を切った把は、真壁たちを芋た。
    凶噚の再鑑定で、埮量の皮膚片が出た
    真壁は息を止めた。
    盞銬のものか
    把は銖を暪に振った。
    ただ照合䞭だ。ただ、盞銬のものではない可胜性が高い
    早芋が目を芋開く。
    別の人物
    かもしれん
    把は車ぞ向かった。
    だから蚀っただろう。感じた真実だけで人を裁くな
    譊芖庁ぞ戻る車の䞭で、誰も長くは話さなかった。
    真壁は窓の倖を芋おいた。
    倕方の街には、無数の明かりが灯り始めおいる。飲食店の看板、駅の照明、マンションの窓。人々はそれぞれの堎所ぞ垰っおいく。
    だが、その垰る堎所すら、今は安党ではない。
    誰かの怒りがネットに乗れば、家庭の玄関先たで届く。
    譊芖庁に戻るず、把はすぐ捜査本郚ぞ向かった。
    真壁ず早芋は、埅機甚の郚屋で情報を敎理した。
    早芋のノヌトには、今日の蚀葉がいく぀も䞊んでいる。
    殺意ず殺人は違う
    感じた真実ず蚌明できる真実は違う
    断片は答えではない
    悪意が芋えた時点でアりト
    真壁は最埌の䞀文を芋お、眉を寄せた。
    それ、芋出しには匷すぎるな
    早芋は頷いた。
    分かっおたす。でも、瀟䌚がそっちぞ行きそうで怖いです
    ああ
    しばらくしお、把が戻っおきた。
    顔には、わずかな緊匵があった。
    皮膚片の簡易照合が出た。盞銬ではない
    早芋が息を吐いた。
    じゃあ
    ただ犯人ずは断定できないが、別の人物が凶噚に觊れおいた可胜性が高い
    真壁は尋ねた。
    誰だ
    把は資料を机に眮いた。
    被害者の元亀際盞手、北沢真由
    早芋の顔が固たった。
    北沢さん
    把は頷いた。
    ただし、第䞀発芋者だから凶噚に觊れた可胜性はある。本人は觊れおいないず蚀っおいたが
    その発蚀は
    把は苊い顔をした。
    濁った
    真壁は目を閉じた。
    北沢は盞銬の殺意を感じた。
    盞銬が犯人だず分かったず蚀った。
    だが、自分が凶噚に觊れたこずは曖昧だった。
    それは、䜕を意味するのか。
    早芋が小さく蚀った。
    北沢さんが犯人なんですか
    把は鋭く蚀った。
    決めるな
    早芋ははっずした。
    すみたせん
    把はすぐに声を萜ずした。
    いや、そう思うのは自然だ。だが、今の俺たちは自然に思ったこずほど疑わなきゃならない
    真壁は頷いた。
    北沢さんは、発芋時に混乱しお凶噚に觊れた可胜性もある
    そうだ
    あるいは、觊れたこずを芚えおいない
    それもある
    あるいは
    真壁は蚀葉を止めた。
    把が続きを蚀った。
    あるいは、圌女が殺した
    郚屋の空気が重くなった。
    把は怅子に座り、䞡手を組んだ。
    だが、北沢は秋山をただ奜きだったず蚀っおいる。殺したいずは感じなかったず
    早芋が蚀った。
    それは嘘では
    嘘の反応はない
    真壁は癜石の蚀葉を思い出した。
    人は、自分の感情さえ正確に理解しおいない。
    誰かをただ愛しおいるず思いながら、憎んでいるこずもある。
    蚱したず思いながら、殺したいほど怒っおいるこずもある。
    それは嘘なのか。
    真実なのか。
    自分でも分からない感情は、どこぞ分類されるのか。
    把は䜎く蚀った。
    真壁、この蚘事を曞くなら、盞銬も北沢も犯人扱いするな
    分かっおいたす
    把は真壁を芋た。
    䞖間は次の犯人を欲しがる。盞銬が揺らげば、次は北沢だ。被害者の元恋人。第䞀発芋者。凶噚の皮膚片。十分に燃える
    早芋が険しい顔で蚀った。
    燃える、っお嫌な蚀い方ですね
    把は疲れたように笑った。
    嫌な蚀い方しか残っおないんだよ
    真壁は立ち䞊がった。
    癜石先生にコメントを取りたす
    認知科孊者か
    感じた断片ず蚘憶、自己認識に぀いお聞く必芁がある
    把は頷いた。
    頌む。こっちも圌女に正匏な協力を䟝頌するかもしれん
    譊芖庁を出た時、空はすでに暗かった。
    早芋はスマヌトフォンでSNSを確認しながら、険しい顔をしおいた。
    もう北沢さんの名前も出始めおいたす
    早いな
    盞銬じゃないかもっお情報が挏れたんだず思いたす。次は女が怪しいっお
    真壁は足を止めた。
    誰が挏らしおる
    分かりたせん
    分からない情報で、人が動く
    はい
    早芋は画面を芋ながら蚀った。
    これ、終わらないですね。誰か䞀人を犯人にしおも、次の断片が出たらたた燃える
    真壁は頷いた。
    真実が出れば終わる、ずいう考えが間違っおいるのかもしれない
    じゃあ、䜕なら終わるんですか
    真壁は答えられなかった。
    新聞瀟ぞ戻る途䞭、癜石柪から電話があった。
    真壁は歩道の端に寄っお出た。
    癜石先生
    癜石の声は、い぀も通り萜ち着いおいた。
    メヌルを拝芋したした。久我透の件ですね
    はい。ただ、その前に別件でコメントをいただきたい事件がありたす
    真壁は、秋山悟の殺人事件に぀いお、個人名を出さずに説明した。
    殺意を持っおいた人物。
    それを感じ取った元亀際盞手。
    しかし、物蚌は別の方向を瀺し始めおいるこず。
    癜石は黙っお聞いおいた。
    説明を終えるず、圌女は蚀った。
    兞型的に危険な状況です
    危険
    人は断片を受け取るず、欠けおいる郚分を自分の知識や感情で補いたす。今回の堎合、盞銬さんの殺意ずいう断片ず、被害者が倒れおいる映像が結び぀いた。受け取った偎は、それを䞀぀の物語ずしお理解しおしたった可胜性がありたす
    真壁はメモを取った。
    北沢さんが嘘を぀いたわけではない
    そうです。圌女は、本圓にそう感じたのかもしれたせん。ただし、感じた内容が事件の党䜓を正確に衚しおいるずは限らない
    では、蚘事では
    断片は蚌蚀ではなく、手がかりずしお扱うべきです。蚌拠ではありたせん
    癜石の声は少し匷かった。
    それから、殺意や憎悪のような感情は、それ自䜓が眪ではありたせん。瀟䌚がそこを混同し始めるず、人間は自分の内面を持぀こずすら蚱されなくなる
    真壁はその蚀葉をそのたたメモした。
    自分の内面を持぀こずすら蚱されなくなる。
    䜿わせおいただいおも
    構いたせん。ただし、文脈を歪めないでください
    もちろんです
    䞀瞬、電話の向こうに沈黙が萜ちた。
    癜石が蚀った。
    昚倜のメヌルの件ですが
    真壁の手が止たった。
    はい
    今日、父に連絡したした
    お父様に
    はい。母の資料ず久我透に぀いお、改めお聞きたした
    真壁は息を詰めた。
    䜕ず
    癜石の声は少しだけ䜎くなった。
    父は、䜕も知らないず蚀いたした
    その蚀葉は
    通りたせんでした
    車の音が、遠くで流れおいた。
    癜石は続けた。
    明日、父に䌚いたす
    真壁は蚀葉を遞んだ。
    私たちが同行する必芁は
    ありたせん
    即答だった。
    その蚀葉には迷いがない。
    これは、たず私の問題です
    分かりたした
    ただ、䌚った埌でお話しするかもしれたせん
    い぀でも
    癜石は小さく息を吞った。
    真壁さん
    はい
    私は今、研究者ずしおではなく、嚘ずしお動こうずしおいたす。だから、刀断を間違えるかもしれない
    その告癜は静かだった。
    真壁は蚀った。
    人は、自分のこずになるず間違えたす
    蚘者もですか
    蚘者もです
    癜石は少しだけ笑ったようだった。
    では、お互い慎重に
    通話は切れた。
    新聞瀟ぞ戻るず、千堂玲子がすでに埅っおいた。
    把から抂芁は聞いた
    真壁は鞄を眮いた。
    蚘事にしたす
    方針は
    事件そのものの犯人探しではなく、殺意ず犯眪、断片ず蚌拠の違いを䞭心に。盞銬も北沢も匿名。事件の詳现も最小限
    千堂は頷いた。
    芋出しは
    真壁は少し考えた。
    感じた真実は、蚌拠になるのか
    千堂は腕を組んだ。
    悪くない。ただ、問いが匷い。本文で必ず答えを濁さず曞いお
    早芋が蚀った。
    答えは、蚌拠にはならない、ですよね
    真壁は頷いた。
    ただ、手がかりにはなるかもしれない
    千堂は短く蚀った。
    そこが難しいわね
    原皿は、これたでで最も曞きにくかった。
    䞀歩間違えれば、盞銬を犯人扱いする蚘事になる。
    別の䞀歩を間違えれば、北沢を虚蚀者扱いする蚘事になる。
    たた別の䞀歩を間違えれば、譊察が真実を無芖しおいるように芋える。
    真壁は䜕床も曞いおは消した。
    容疑者。
    関係者。
    殺意。
    疑い。
    断片。
    蚌拠。
    どの蚀葉も重い。
    早芋はSNSの流れを远いながら、危険な投皿をたずめおいた。
    真壁さん、これ入れたすか。悪意が芋えた時点でアりトっお投皿、かなり拡散しおいたす
    真壁は画面を芋た。
    悪意が芋えた時点でアりト。
    それは、今日の瀟䌚の危うさを象城しおいた。
    入れる。ただし、投皿者が特定されない圢で
    はい
    千堂は別の机で、譊察担圓ずやり取りしおいる。
    逮捕はただなし。任意継続。凶噚の件は譊察発衚前だから曞けない。匂わせも駄目
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    曞けない事実がある。
    だが、曞けないからこそ、蚘事の方向は明確になった。
    誰が犯人かではない。
    なぜ、人は犯人を欲しがるのか。
    真壁は本文にこう曞いた。
    認識異垞珟象によっお、人は他者の嘘や隠された感情に気づきやすくなった。しかし、感じ取ったものは必ずしも事実党䜓ではない。怒りを感じたこずは、暎力を振るった蚌拠ではない。殺意があったこずは、殺人を犯した蚌明ではない。
    早芋が暪から読んだ。
    匷いですね
    匷く曞く必芁がある
    でも、正確です
    真壁は続けた。
    法は、人の内面を裁くためではなく、行為を裁くためにある。嘘が通甚しない時代になっおも、その境界を倱えば、瀟䌚は真実ではなく恐怖によっお人を裁くこずになる。
    曞きながら、真壁は把の顔を思い出した。
    蚌拠を拟うしかない。
    死䜓は喋らない。
    嘘を芋抜ける䞖界でも、死䜓は喋らない。
    事件の真盞は、ただ分からない。
    その分からなさを、瀟䌚は耐えられなくなっおいる。
    原皿の最埌に、癜石のコメントを入れた。
    断片は蚌拠ではありたせん。断片を受け取った人が嘘を぀いおいないずしおも、その解釈たで正しいずは限らない。人間が自分の内面を持぀こずたで蚱されなくなれば、嘘のない瀟䌚ではなく、心の䞭たで裁く瀟䌚になりたす。
    千堂はその箇所を読んで、しばらく黙った。
    いい
    早芋も頷いた。
    怖いけど、必芁だず思いたす
    蚘事を送信したのは、午埌十䞀時前だった。
    瀟䌚郚の空気は重かった。
    誰も達成感のある顔をしおいない。
    スクヌプを曞いたわけではない。
    犯人を暎いたわけでもない。
    むしろ、䞖間が欲しがる答えを出さない蚘事を曞いた。
    読たれないかもしれない。
    叩かれるかもしれない。
    それでも、出すべき蚘事だった。
    真壁が垭を立った時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    法は嘘を裁くためにあるのではない
    人間が真実に耐えられない時、法は最埌の壁になる
    把悠銬の過去を調べろ
    真壁は息を止めた。
    把悠銬の過去。
    その名を芋た瞬間、今日の把の蚀葉が蘇った。
    蚌拠なしに裁くこずはできない。
    感じた真実だけで人を裁くな。
    その執着には、理由がある。
    真壁はメヌルを千堂に芋せた。
    千堂は読み、顔をしかめた。
    次は把
    早芋も画面を芋た。
    過去っお、䜕でしょう
    真壁は答えなかった。
    だが、予感はあった。
    把は、ただ法を守っおいるのではない。
    過去に、法を螏み倖しかけたこずがあるのかもしれない。
    あるいは、螏み倖した埌悔を抱えおいるのかもしれない。
    真壁はスマヌトフォンを握った。
    匿名の差出人は、黒瀬を瀺し、癜石を瀺し、今床は把を瀺した。
    それぞれの人物が、この䞖界の別の亀裂を持っおいる。
    嘘を぀かない詐欺垫。
    蚘憶に怯える研究者。
    蚌拠にこだわる刑事。
    ならば、次に芋えるものは䜕か。
    千堂が蚀った。
    真壁、把にはすぐ聞かないで
    なぜ
    本人の過去を、差出人䞍明のメヌル䞀通でこじ開けるのは危険
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    今床の蚀葉には、わずかな匕っかかりがあった。
    千堂はそれに気づいた。
    本圓は聞きたい
    はい
    なら、今倜は聞かない
    真壁は画面を閉じた。
    倖では、倜の街が静かに眠ろうずしおいた。
    だが、眠れない人間がいるこずを、真壁は知っおいる。
    盞銬培。
    北沢真由。
    秋山悟の遺族。
    把悠銬。
    癜石柪。
    そしお、自分自身。
    嘘が通甚しない䞖界になっおも、事件は消えない。
    むしろ、人間の䞭にあった感情が、蚌拠の顔をしお珟堎に珟れる。
    怒り。
    未緎。
    恐怖。
    保身。
    愛情。
    憎悪。
    そのどれもが本物で、どれもが真盞ずは限らない。
    真壁は瀟䌚郚の窓に映る自分の顔を芋た。
    この䞖界では、嘘を暎くより難しい仕事が残っおいる。
    真実に芋えるものを、疑うこず。
    それができなければ、嘘のない䞖界は、冀眪のない䞖界にはならない。

    第6章 教宀の透明な悪意
    教宀には、嘘を぀けない子どもたちがいた。
    それは、真壁蓮が想像しおいたよりもずっず静かな光景だった。
    朝の䞭孊校は、倖から芋るず以前ずほずんど倉わらない。校門の前では教垫が生埒を迎え、䜓育通の方からはバスケットボヌルの匟む音が聞こえ、校庭では郚掻動の朝緎を終えた生埒たちが汗を拭いおいる。昇降口には䞊履きの音が響き、廊䞋には消毒液ず黒板消しの粉の匂いが混じっおいた。
    それなのに、空気だけが違っおいた。
    明るい声が少ない。
    笑い声はあるが、すぐに途切れる。
    誰かが䜕かを蚀うたび、呚囲の生埒がその蚀葉の埌ろにあるものを探すように顔を䞊げる。
    廊䞋の掲瀺板には、昚日匵られたばかりらしい玙があった。
    盞手の本心を確かめる質問をしない
    本圓のこずでも、盞手を傷぀ける蚀葉は䜿わない
    噂や断片を広めない
    困った時は先生に盞談する
    その四぀の玄束は、小孊生向けの暙語のように䞞い字で曞かれおいた。
    だが、そこに曞かれおいる内容は、あたりにも重かった。
    早芋奈月が掲瀺物を芋䞊げ、䜎い声で蚀った。
    孊校っお、瀟䌚の瞮図ですね
    真壁は頷いた。
    瀟䌚より早く倉わるかもしれない
    子どもだからですか
    倧人ほど建前を守る蚓緎をしおいない
    早芋は教宀の方を芋た。
    廊䞋の先から、生埒たちのざわめきが聞こえる。
    それっお、良いこずなんでしょうか
    真壁は答えなかった。
    この数日で、良いこずず悪いこずを簡単に分ける蚀葉はほずんど信甚できなくなっおいた。
    圌らを案内しおいた䜐䌯矎乃里は、二十九歳の囜語教垫だった。
    淡い玺のカヌディガンに癜いブラりス。髪は埌ろで䞀぀にたずめおいる。生埒に向ける衚情は柔らかいが、目元には疲れが浮かんでいた。
    すみたせん。校内は今、かなり萜ち着かなくお
    䜐䌯は䜕床目かの謝眪を口にした。
    真壁は蚀った。
    無理な取材はしたせん。個人名も出したせん
    䜐䌯は真壁の顔を芋た。
    その目に、嘘を探すような緊匵が走る。
    数秒埌、圌女は小さく頷いた。
    お願いしたす。生埒たちを、芋䞖物にはしないでください
    したせん
    早芋もすぐに頷いた。
    玄束したす
    その蚀葉に濁りはなかった。
    䜐䌯の肩が少しだけ䞋がった。
    校長宀で簡単な説明を受けた埌、二人は䞉幎二組の授業を埌方から芋孊するこずになった。
    教宀に入るず、生埒たちの芖線が䞀斉に向いた。
    䞉十人ほどの䞭孊生。
    制服の襟元を厩した男子、髪をきっちり結んだ女子、机に突っ䌏しおいた生埒、こちらを奜奇心で芋る生埒、露骚に嫌そうな顔をする生埒。
    子どもたちは倧人より正盎だ。
    そのこずが、今は恐ろしく感じられた。
    䜐䌯が教壇に立぀。
    今日は、蚀葉に぀いお少し話したす。取材の方が来おいたすが、皆さんの名前や顔が出るこずはありたせん
    前列の男子が小さく蚀った。
    本圓かな
    呚囲が䞀瞬ざわ぀いた。
    䜐䌯はその男子を責めなかった。
    疑うのは自然なこずです。でも、盞手を傷぀ける蚀い方にならないようにしたしょう
    男子は肩をすくめた。
    本圓のこず蚀っただけです
    その蚀葉に、教宀の空気が少し硬くなった。
    真壁は埌方でメモを取った。
    本圓のこず蚀っただけ。
    この数日、䜕床も聞いた蚀葉だった。
    䌚瀟でも、SNSでも、譊察でも、家庭でも。
    そしお孊校でも。
    䜐䌯は黒板に倧きく曞いた。
    本圓のこず
    その䞋に、少し間を空けお曞く。
    蚀っおいいこず
    さらに、その䞋に曞いた。
    蚀い方を考えるこず
    䜐䌯はチョヌクを眮き、生埒たちぞ向き盎った。
    この䞉぀は、党郚同じではありたせん
    埌ろの垭の男子が笑った。
    朝倉ミナトだった。
    圌は、同玚生の䞭でも劙に倧人びお芋える少幎だった。
    现い䜓぀きに冷めた目で、怅子にもたれペンを指で回しおいた。
    圌は蚀った。
    先生、それっお建前ですよね
    䜐䌯は圌を芋る。
    どうしおそう思うの
    ミナトは淡々ず答えた。
    本圓のこずを蚀うず傷぀くから、蚀わないようにしたしょうっおこずでしょ。それっお結局、嘘を぀けっおこずじゃないですか
    教宀の䜕人かが頷いた。
    䜐䌯はすぐには答えなかった。
    真壁はその沈黙に泚目した。
    教垫は今、蚀葉を遞んでいる。
    昚日たでなら、道埳的な答えを返せたかもしれない。
    でも今は、薄い綺麗事を蚀えば、生埒に芋抜かれる。
    䜐䌯は蚀った。
    嘘を぀け、ずは蚀っおいたせん
    ミナトが蚀う。
    でも、本音を隠せっお蚀っおる
    䜐䌯は頷いた。
    隠すこずが必芁な時もありたす
    教宀がざわ぀いた。
    女子生埒の䞀人が声を䞊げた。
    それっお、悪いこずを隠しおもいいっおこずですか
    別の男子が蚀う。
    いじめずか隠したら駄目じゃん
    䜐䌯の衚情がわずかに匷匵った。
    その反応を、真壁は芋逃さなかった。
    この教垫には、いじめをめぐる過去がある。か぀お盞談された問題を倧きく扱えなかった蚘憶が、今の蚀葉に圱を萜ずしおいる。
    䜐䌯は深く息を吞った。
    悪いこずを隠すのず、盞手を傷぀けないために蚀葉を遞ぶのは違いたす
    ミナトが蚀った。
    誰が決めるんですか
    みんなで考えたす
    逃げた
    その䞀蚀に、教宀が凍った。
    䜐䌯の顔が少し青くなる。
    早芋が隣で息を飲んだ。
    ミナトは続けた。
    先生、今、答えられないから、みんなで考えるっお蚀いたしたよね
    䜐䌯は䜕も蚀わなかった。
    沈黙は嘘ではない。
    だが、生埒たちの芖線が䞀斉に䜐䌯ぞ向かう。
    教垫が答えられない。
    それだけで、教宀の力関係が倉わる。
    その時、教宀の䞭倮あたりに座っおいた女子生埒が立ち䞊がった。
    森川陜菜だった。
    真壁は瞬きをした。
    目の前の垭にいるのは、森川陜菜ではない。
    䌌た髪型の別の生埒だった。
    真壁は自分の疲れを自芚した。
    この数日、森川家の映像が頭に焌き぀きすぎおいる。
    生埒は、青朚莉子ずいう名前だった。机の䞊の名札にそう曞かれおいる。
    莉子は俯いたたた、小さく蚀った。
    じゃあ、私はどうしたらよかったんですか
    䜐䌯が圌女を芋る。
    青朚さん
    莉子は震える声で続けた。
    昚日、真垆に蚀われたした。私のこず、本圓は前から嫌いだったっお。䞀緒にいるず疲れるっお。話が぀たらないっお。クラスの子も、みんな少し思っおたっお
    教宀の䞀角で、女子生埒が顔を䌏せた。
    おそらく、その真垆ずいう生埒だろう。
    莉子は続けた。
    本圓のこずだから、怒ったら駄目なんですか。私が傷぀いたのは、嘘じゃないですよね
    䜐䌯の目が揺れた。
    真垆ずいう女子生埒が泣きそうな顔で立ち䞊がった。
    違うの。私、そんなに蚀う぀もりじゃなかった
    莉子が振り返る。
    でも蚀った
    本圓に思っおたのは、䞀郚だけで
    䞀郚でも思っおたんでしょ
    莉子だっお、私のこず面倒だっお思ったこずあるじゃん
    その瞬間、莉子の顔が倉わった。
    圌女は蚀葉を倱った。
    教宀の党員が気づいた。
    莉子にも、真垆ぞの䞍満はあった。
    真垆が口にした瞬間、それは嘘ではないず共有されおしたった。
    莉子は唇を震わせた。
    思ったこずはあるけど、蚀わなかった
    真垆は泣きながら蚀った。
    じゃあ、そっちの方がずるいじゃん
    教宀の空気が割れた。
    誰も笑わない。
    誰も止められない。
    本圓のこずが、次々に出おくる。
    だが、それは枅朔な真実ではない。
    互いの小さな嫌悪、疲れ、嫉劬、面倒くささ、優越感、劣等感。
    日垞の友人関係が、芋ないこずで保っおいた無数の棘。
    それが、䞀気に机の䞊ぞばらたかれおいる。
    䜐䌯が教壇から降りた。
    二人ずも、今はそこで止めよう
    ミナトが蚀った。
    止めるんですか。本圓のこずなのに
    䜐䌯は圌を芋た。
    今床は逃げなかった。
    止めたす
    ミナトの衚情が少し動く。
    䜐䌯は続けた。
    本圓のこずでも、人を傷぀けるために䜿われたら、それは暎力になりたす
    暎力
    そうです
    䜐䌯の声は震えおいた。
    しかし、通った。
    嘘ではなかった。
    先生は、本圓のこずを蚀うなずは蚀いたせん。でも、盞手を逃げ堎のない堎所に远い蟌む蚀葉は止めたす
    教宀は静たり返った。
    ミナトは䜐䌯を芋おいた。
    䜕か蚀い返そうずしお、やめた。
    その沈黙は、負けたからではなく、考え始めたからのように芋えた。
    チャむムが鳎った。
    授業はそこで䞭断された。
    䜐䌯は生埒たちに䌑み時間を告げ、莉子ず真垆を別々に保健宀ぞ向かわせた。二人の女子生埒に付き添わせ、自分も埌から行くず蚀った。
    教宀から生埒たちが出おいく。
    だが、誰も倧きな声で話さなかった。
    廊䞋に出たミナトが、真壁たちの暪を通り過ぎる時、ふず足を止めた。
    新聞の人ですよね
    真壁は頷いた。
    そうだ
    今の、曞くんですか
    個人が分かる圢では曞かない
    そうじゃなくお
    ミナトは真壁を芋た。
    倧人は、こういうのを芋お、子どもは残酷だっお曞くんでしょ
    真壁は答えなかった。
    ミナトは続けた。
    でも、俺たちが残酷になったんじゃない。倧人が今たでごたかしおたこずを、俺たちが先に蚀っただけだず思いたす
    早芋が蚀った。
    それで、傷぀く人がいおも
    ミナトは早芋を芋た。
    傷぀くのが嫌なら、最初から綺麗な関係だず思わなければいい
    本圓にそう思う
    早芋の問いに、ミナトはすぐ頷きかけた。
    だが、その途䞭で止たった。
    圌は芖線を逞らした。
    思う
    蚀葉には埮かな濁りがあった。
    本人も気づいたのか、舌打ちした。
    思いたい
    真壁はその蚀葉を聞き、森川盎人を思い出した。
    善人だず思いたい。
    人は、願望を真実の圢にしお自分を支える。
    ミナトは去り際に蚀った。
    倧人が嘘を぀けなくなっおから、急に匱くなっただけですよ
    その背䞭を芋送りながら、早芋が呟いた。
    匷がっおたすね
    ああ
    でも、党郚嘘でもない
    そうだな
    䜐䌯は保健宀から戻るず、職員宀暪の小さな盞談宀ぞ真壁たちを案内した。
    そこには、孊幎䞻任らしい男性教垫ず、スクヌルカりンセラヌがいた。だが、取材には䜐䌯だけが応じるこずになった。
    䜐䌯は怅子に座るず、深く息を吐いた。
    すみたせん。芋苊しいずころを
    真壁は録音機を机に眮く前に尋ねた。
    録音しおも倧䞈倫ですか
    はい
    䜐䌯は頷いた。
    ただ、生埒の名前は
    出したせん
    早芋も頷いた。
    䜐䌯は指先を膝の䞊で組んだ。
    昚日から、ああいうこずが䜕床も起きおいたす
    友人関係の本音ですか
    はい。最初は、いじめや悪口が衚面化しお、これで救われる子もいるず思いたした
    実際に救われた生埒も
    いたす
    䜐䌯の声には、そこだけ確かな力があった。
    ずっず吊定されおいたいじめが、加害偎の発蚀で明らかになりたした。保護者も孊校も、もうごたかせたせんでした。その子は、初めお自分の蚀葉を信じおもらえたず蚀いたした
    早芋はメモを取った。
    䜐䌯は続けた。
    でも、その䞀方で、本圓のこずを蚀うこずが新しいいじめになっおいたす
    新しいいじめ
    あなた、嫌われおるよ。先生、本圓はあなたに期埅しおないよ。芪はあなたより匟の方が奜きだよ。そういう蚀葉を、盞手が傷぀くず分かっお投げる生埒がいたす
    真壁は蚀った。
    嘘ではないから、正圓化される
    䜐䌯は頷いた。
    そうです。本圓だからいいでしょ、ず
    蚀葉に疲れが滲んでいた。
    早芋が尋ねた。
    先生は、どう察応されおいるんですか
    䜐䌯は少し笑った。
    分かりたせん
    その蚀葉は、あたりにも玠盎だった。
    教垫なのに、分からないず蚀うのは怖いです。でも、分かったふりをするず、生埒にすぐ芋抜かれたす
    真壁は䜐䌯を芋た。
    先ほどの授業で、止めたすず蚀いたしたね
    はい
    あれは、先生の本心ですか
    䜐䌯はしばらく黙った。
    本心です
    濁りはなかった。
    ただ、私は過去に止められなかったこずがありたす
    真壁も早芋も、すぐには質問しなかった。
    䜐䌯は自分から続けた。
    以前、いじめの盞談を受けたした。その子は、クラスで孀立しおいたした。悪口を蚀われた、無芖された、持ち物を隠された。私は分かっおいたした。でも、蚌拠が足りないずか、本人同士で話し合いをずか、孊校の方針ずか、そういう蚀葉で時間を䜿っおしたった
    圌女の手が震えた。
    その子は転校したした
    早芋のペンが止たる。
    䜐䌯は蚀った。
    私は、守りたかったんです
    空気がわずかに濁った。
    䜐䌯自身がそれに気づき、顔を歪めた。
    違いたす。守りたかった。でも、同時に、問題を倧きくするのが怖かった。保護者察応も、管理職からの評䟡も、クラスが壊れるこずも怖かった
    真壁は黙っお聞いた。
    䜐䌯は涙をこらえるように、少し䞊を向いた。
    だから今日、止めたすず蚀った時、本圓はその子に蚀っおいたのかもしれたせん。今床は止めたす、ず
    その蚀葉には嘘がなかった。
    しかし、過去が戻るわけではない。
    救えなかった生埒は、もうこの教宀にはいない。
    早芋が静かに蚀った。
    蚘事にしおもいいですか。個人が分からない圢で
    䜐䌯は少し迷った埌、頷いた。
    曞いおください。教垫も、嘘が぀けなかったから急に正しくなるわけではないず
    真壁は頷いた。
    分かりたした
    盞談宀を出るず、廊䞋の向こうで小さな隒ぎが起きおいた。
    保健宀の前に数人の生埒が集たっおいる。
    䜐䌯がすぐに向かった。
    真壁ず早芋も少し距離を眮いお぀いおいく。
    保健宀の扉の前で、朝倉ミナトが立っおいた。
    その前には、先ほど泣いおいた真垆がいる。莉子は䞭にいるらしい。
    真垆は涙を拭きながら蚀った。
    あんたに䜕が分かるの
    ミナトは無衚情だった。
    分かんないよ
    じゃあ蚀わないで
    でも、お前、莉子に謝る気あるの
    真垆は蚀葉に詰たった。
    ミナトは続けた。
    謝れば蚱されるず思っおるなら、それも嘘じゃん
    真垆の顔が歪む。
    䜐䌯が間に入った。
    朝倉くん、今はやめよう
    ミナトは䜐䌯を芋た。
    先生、これも暎力ですか
    䜐䌯は答えた。
    今の蚀い方は、盞手を远い詰めおいたす
    でも本圓ですよね
    本圓かどうかではなく、今ここで蚀う必芁があるかです
    ミナトはしばらく黙った。
    そこぞ、保健宀の䞭から別の声がした。
    先生
    か现い声だった。
    䞭から逊護教諭に付き添われお、䞀人の少女が出おきた。
    花宮すず。
    十四歳。䞍登校の生埒。
    前髪が長く、顔色は癜い。制服ではなく、薄いパヌカヌに長いスカヌトを履いおいた。人の倚い廊䞋に出ただけで、息苊しそうに肩を瞮めおいる。
    䜐䌯が驚いた顔をした。
    花宮さん、無理しないで
    すずは銖を暪に振った。
    聞こえたから
    その䞀蚀に、廊䞋が静たり返った。
    ミナトが眉を寄せる。
    䜕が
    すずは圌を芋なかった。
    芖線は床に萜ちおいる。
    聞こえるんじゃない
    圌女は小さく蚀った。
    残っおるの
    真壁の胞が跳ねた。
    花宮すず。
    前章構成で、珟象の法則に関わる重芁な違和感を語る少女。
    圌女の蚀葉が、今ここで出た。
    䜐䌯がそっず近づく。
    花宮さん、䜕が残っおいるの
    すずは䞡耳を塞ぐように手を䞊げたが、耳には觊れなかった。
    蚀った蚀葉じゃない。思ったこず。蚀えなかったこず。嫌いっお蚀った埌に、違うっお思ったこずも。ごめんっお蚀う前に、蚱しおほしくないっお思ったこずも。党郚、残っおる
    真垆が泣き出した。
    莉子が保健宀の䞭から顔を出しおいた。
    すずは震えながら続けた。
    蚀葉より、残っおるものの方がうるさい
    早芋は身じろぎもせず、すずを芋おいた。
    真壁はメモを取らなかった。
    取れなかった。
    すずの蚀葉は、蚘録されるこずを拒むような匱さを持っおいた。
    ミナトが䜎く蚀った。
    䜕それ。胜力者みたいなこず蚀っお
    すずは初めおミナトを芋た。
    その目は怯えおいたが、逃げおはいなかった。
    あなたも残っおる
    ミナトの顔が倉わった。
    䜕が
    すずは小さく蚀った。
    信じたい
    廊䞋の空気が凍った。
    ミナトの目が倧きくなる。
    すずは続けた。
    でも、信じたら負けるっお思っおる
    黙れ
    ミナトの声は鋭かった。
    䜐䌯がすぐに蚀った。
    朝倉くん
    ミナトはすずを睚んでいた。
    分かったようなこず蚀うな
    その蚀葉には、濁りがあった。
    怒りず恐怖が混ざっおいる。
    すずは䞀歩䞋がった。
    逊護教諭が圌女を支える。
    䜐䌯はミナトに向き盎った。
    今の蚀葉で、花宮さんは傷぀いた
    ミナトは拳を握った。
    俺だっお傷぀いた
    その蚀葉は通った。
    䜐䌯は䞀瞬、蚀葉を倱った。
    ミナトは続けた。
    人の䞭を勝手に芋られるのは、暎力じゃないんですか
    誰もすぐには答えられなかった。
    真壁はすずを芋た。
    圌女は自分の感芚を歊噚ずしお䜿ったわけではない。
    ただ、耐えきれず蚀った。
    だが、蚀われたミナトも傷぀いた。
    真実は、蚀う偎が匱者であっおも、盞手を刺すこずがある。
    䜐䌯は静かに蚀った。
    暎力になるこずもありたす
    すずの顔がさらに癜くなった。
    䜐䌯はすぐに圌女を芋る。
    でも、花宮さんが悪いず決めおいるわけではありたせん。みんなで、どう扱えばいいか分からないんです
    ミナトが笑った。
    たた分からない
    䜐䌯は頷いた。
    分からない。でも、分からないから、考えるのをやめたら駄目だず思う
    今床は、教宀ではなく廊䞋で沈黙が萜ちた。
    チャむムが鳎った。
    次の授業の始たりを告げる音だった。
    だが、廊䞋にいる誰もすぐには動かなかった。
    攟課埌、真壁ず早芋は䜐䌯の案内で、花宮すずず短く話すこずになった。
    堎所は図曞宀の奥にある小さな読曞スペヌスだった。
    本棚に囲たれたその堎所は、校内で䞀番音が少ない。窓からは校庭が芋える。郚掻動に向かう生埒たちの声が遠くに聞こえたが、ここでは厚い玙の局に吞われおいるようだった。
    すずは怅子に浅く座り、膝の䞊で䞡手を重ねおいた。
    䜐䌯ず逊護教諭も同垭しおいる。
    真壁は録音機を出さなかった。
    録音はしたせん。メモも、必芁な範囲だけにしたす
    すずは小さく頷いた。
    早芋が優しく蚀った。
    無理に話さなくお倧䞈倫です
    すずは早芋を芋た。
    その蚀葉は、静かです
    早芋は少し驚いた。
    静か
    すずは頷いた。
    本圓に無理に話さなくおいいず思っおるから
    早芋の衚情が少し揺れた。
    ありがずう
    すずはたた芖線を萜ずした。
    真壁は尋ねた。
    花宮さんが蚀った、残っおる、ずいうのは、い぀から感じるようになったんですか
    䞖界が倉わった日から
    それたでは
    人の顔色は、前から分かりたした。でも、今みたいじゃない
    今は、どう違う
    すずは蚀葉を探した。
    蚀葉が終わった埌に、ただ䜕かが残っおいたす。蚀ったこずより、蚀わなかったこずの方が匷い時がありたす
    真壁は癜石の芳察メモを思い出した。
    感情、音、匂い、単語、身䜓感芚。
    秘密は文章ではなく断片ずしお䌝わる。
    それは、誰に察しおも
    すずは銖を暪に振った。
    近い人ほど匷いです。先生ずか、クラスの人ずか。知らない人は匱い。でも、すごく匷く隠しおいる人は、知らなくおも残りたす
    真壁の手が止たった。
    匷い眪悪感たたは恐怖を䌎う情報では、関係性が薄くおも反応する䟋あり。
    癜石のメモず䞀臎する。
    早芋が尋ねた。
    匷く隠しおいる人っお、どういう感じ
    すずは目を閉じた。
    痛いです
    痛い
    頭じゃなくお、ここ
    すずは胞の真ん䞭を抌さえた。
    その人が隠しおいるものが悪いかどうかは、分かりたせん。ただ、隠す力が匷いず、痛い
    真壁は匿名メヌルを思い出した。
    人間が隠しおいたものが、眮き堎を倱っただけだ。
    隠す力が匷いほど挏れる。
    すずは、珟象の法則を䜓感ずしお語っおいるのかもしれない。
    䜐䌯が心配そうに蚀った。
    花宮さん、疲れたら止めよう
    すずは銖を振った。
    倧䞈倫
    その瞬間、圌女は自分で少し苊笑した。
    倧䞈倫じゃない。でも、蚀わないず、もっず残る
    早芋はその蚀葉をノヌトに小さく曞いた。
    すずは窓の倖を芋た。
    私、前に、死ねばいいのにっお思ったこずがありたす
    䜐䌯の顔が匷匵った。
    逊護教諭も身を乗り出す。
    すずは続けた。
    いじめおきた子に。死ねばいいのにっお、本圓に思った。その子が次の日、階段で転んで怪我をしたした。私が思ったからじゃないっお分かっおる。でも、䞖界が倉わっおから、その時の気持ちが盞手に残っおいたんじゃないかっお思うようになっお
    声が震えた。
    私が悪いのかもしれないっお
    䜐䌯がすぐに蚀った。
    花宮さん、それは違う
    すずが䜐䌯を芋た。
    䜐䌯は蚀葉を遞び盎した。
    少なくずも、あなたがそう思ったこずず、その子が怪我をしたこずが぀ながっおいる蚌拠はありたせん
    すずは小さく頷いた。
    先生、今の蚀葉、怖がっおる
    䜐䌯の顔が少し歪んだ。
    うん。怖い。あなたを傷぀けない蚀い方を探しおいる
    その正盎さに、すずは少しだけ衚情を緩めた。
    それは、嫌じゃないです
    真壁はそのやり取りを芋おいた。
    本圓のこずを蚀うこずは暎力になる。
    だが、蚀葉を遞んだ正盎さは、時に盞手を救う。
    嘘ではなく、慎重さ。
    隠蔜ではなく、配慮。
    その違いを、この䞖界はただ孊んでいない。
    図曞宀を出た埌、早芋は廊䞋で立ち止たった。
    花宮さん、特別な胜力者っおわけじゃないんですよね
    真壁は頷いた。
    そう扱ったら危険だ
    でも、珟象を匷く受けおいる
    感受性が高いんだろう。もずもず人の顔色や感情に敏感だった。それが異倉で増幅された
    早芋は眉を寄せた。
    なら、他にもいるかもしれないですね
    いるだろうな
    そういう人たち、耐えられるんでしょうか
    真壁は答えられなかった。
    癜石柪に連絡する必芁がある。
    花宮すずの蚌蚀は、圌女の研究ず぀ながる。
    ただし、慎重に扱わなければならない。すずを研究察象ずしお消費するようなこずは避けなければならない。
    職員宀ぞ戻る途䞭、校庭から倧きな声が聞こえた。
    だから、本圓のこず蚀っただけだろ
    真壁ず早芋は顔を芋合わせた。
    䜐䌯がすぐに走り出す。
    校庭の端で、男子生埒二人が向き合っおいた。呚囲には数人の生埒が集たっおいる。䞀人は䜓栌のいい男子、もう䞀人は小柄な男子だった。
    䜓栌のいい男子が叫ぶ。
    お前が郚掻で邪魔なのは本圓だろ みんな思っおるよ
    小柄な男子は唇を噛み、拳を握っおいた。
    蚀わなくおもいいだろ
    本圓なんだから仕方ないだろ
    本圓なら䜕蚀っおもいいのかよ
    小柄な男子が突っ蟌んだ。
    二人の肩がぶ぀かる。
    呚囲がざわ぀く。
    䜐䌯が間に入ろうずした瞬間、ミナトが暪から声を䞊げた。
    やめずけよ
    党員がミナトを芋る。
    䜓栌のいい男子が蚀う。
    䜕だよ、ミナト
    ミナトは面倒くさそうに頭をかいた。
    それ、正盎なんじゃなくお、ただ気持ちよくなっおるだけだろ
    男子の顔が倉わった。
    は
    ミナトは続けた。
    本圓のこずを蚀っおる俺、正しい、っお思いたいだけ。芋おおだせえ
    その蚀葉は鋭かった。
    だが、先ほどたでずは少し違った。
    盞手を壊すためずいうより、止めるために䜿われおいた。
    それでも傷぀く蚀い方ではある。
    䜐䌯はミナトを芋た。
    ミナトは芖線を逞らした。
    䜕ですか
    䜐䌯は少しだけ埮笑んだ。
    ありがずう。でも、蚀い方はあずで考えよう
    ミナトは舌打ちした。
    めんどくさ
    その蚀葉には、少しだけ照れが混じっおいた。
    真壁はその堎面をメモした。
    倉化は小さい。
    だが、確かにある。
    正盎さを歊噚にしおいた少幎が、その歊噚を止めるために䜿った。
    それが成長なのか、ただの気たぐれなのかは分からない。
    だが、物語はこういう小さな揺れを芋逃しおはいけない。
    倕方、真壁ず早芋は孊校を出た。
    校門の倖で、䜐䌯が深く頭を䞋げた。
    今日はありがずうございたした
    真壁は蚀った。
    こちらこそ。蚘事は慎重に曞きたす
    䜐䌯は頷いた。
    お願いしたす。子どもたちは、今ずおも危ういです。でも、悪い子たちではありたせん
    分かっおいたす
    早芋が蚀った。
    䜐䌯先生も、無理しすぎないでください
    䜐䌯は少し驚いた埌、笑った。
    ありがずうございたす
    その笑顔には疲劎があった。
    だが、嘘はなかった。
    孊校を出お駅ぞ向かう道で、早芋はずっず黙っおいた。
    倕方の䜏宅街には、カレヌの匂いが挂っおいた。ランドセルを背負った小孊生が走り、母芪が自転車の埌ろに幌い子を乗せお通り過ぎる。塟の看板に明かりが灯り始めおいる。
    日垞は続いおいる。
    孊校で起きおいるこずを知らないような顔で。
    早芋がようやく口を開いた。
    私、子どもの頃に友だちぞひどいこずを思ったこず、たぶんありたす
    真壁は歩きながら聞いた。
    蚀わなかっただけで。蚀わなかったから、なかったこずになっおる。でも今の䞖界だったら、その子に䌝わっおいたかもしれない
    誰にでもある
    だから怖いんですよね
    早芋は空を芋䞊げた。
    誰にでもあるものが、誰にでも芋えるようになるっお
    真壁は頷いた。
    瀟䌚は、誰にでもある悪意を芋ないこずで成り立っおいたのかもしれない
    じゃあ、芋えるようになったら
    扱い方を芚えるしかない
    芚えられたすかね
    真壁は答えなかった。
    駅前に着いた時、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    癜石柪からだった。
    電話に出るず、圌女の声が聞こえた。
    今、少し話せたすか
    はい
    父に䌚いたした
    真壁は足を止めた。
    早芋もすぐに衚情を匕き締める。
    䜕か分かりたしたか
    電話の向こうで、癜石が息を敎えた。
    父は、母の資料を凊分しおいたせんでした
    真壁は目を现めた。
    残っおいたんですか
    はい。党郚ではありたせん。ですが、久我透の名前が入った資料がありたした
    内容は
    癜石はしばらく黙った。
    人間の認知ず虚停受容に関する研究䌚の参加者䞀芧です。母の名前、久我透、䞹矜亮介、そしお
    圌女の声がわずかに揺れた。
    黒瀬仁の名前がありたした
    真壁は息を止めた。
    黒瀬が語った䞉幎前の研究䌚。
    久我透。
    人間が嘘を信じる仕組み。
    そこに癜石の母もいた。
    線が、さらに倪くなる。
    癜石先生、その資料を芋せおいただけたすか
    芋せたす。ただ、もう䞀぀劙な蚘茉がありたす
    䜕ですか
    参加者の䞀郚に、芳察察象ずいう印が付いおいたした
    真壁の胞が冷えた。
    芳察察象
    はい。研究者ずしお参加しおいた人ず、芳察察象ずしお扱われおいた人が混圚しおいるようです
    黒瀬は
    芳察察象偎です
    癜石は続けた。
    母の名前は、協力者偎にありたした
    久我は
    研究責任者ではありたせんが、䞭栞メンバヌの䞀人です
    真壁は駅前の人波を芋た。
    誰もがスマヌトフォンを芋ながら歩いおいる。
    その䞭に、嘘を信じる仕組みを研究されおいた人間がいた。
    嘘を必芁ずする人間。
    嘘を芋抜く人間。
    嘘を信じさせる人間。
    そしお今、䞖界は嘘を拒んでいる。
    癜石が䜎い声で蚀った。
    それから、父は母に぀いお、倱螪したのではないず蚀いたした
    真壁の手に力が入った。
    匿名メヌルの文ず䞀臎する。
    どういう意味ですか
    母は、自分の意思で消えたのではなく、保護されたのだず
    誰に
    分かりたせん。父はそこから先を蚀いたせんでした
    蚀えなかった
    癜石は少し沈黙した。
    蚀いたくなかったのだず思いたす。そしお、その蚀葉には濁りがありたした
    真壁は目を閉じた。
    癜石の母芪は、倱螪したのではない。
    保護された。
    誰に。
    なぜ。
    䜕から。
    癜石は蚀った。
    明日、資料を持っお䌺いたす
    新聞瀟ぞ
    はい。ただし、蚘事にする前に、私にも敎理する時間をください
    もちろんです
    通話は切れた。
    早芋が尋ねた。
    癜石先生、䜕お
    真壁は内容を䌝えた。
    早芋は顔を匷匵らせた。
    黒瀬、久我、癜石先生のお母さんが同じ研究䌚に
    ああ
    それ、異倉ず関係ありたすよね
    真壁はすぐには答えなかった。
    関係がある。
    そう蚀いたくなる。
    だが、ただ蚌拠は足りない。
    関係があるように芋えるこずず、因果関係があるこずは違う。
    今日の事件で、それを嫌ずいうほど芋た。
    関係がある可胜性は高い
    早芋は頷いた。
    可胜性
    今はそれ以䞊曞けない
    分かっおいたす
    新聞瀟ぞ戻るず、瀟䌚郚は孊校関連の通報で混乱しおいた。
    党囜の孊校で、いじめ、教垫の発蚀、芪子関係、生埒同士の本音確認が問題化しおいる。文郚科孊省は緊急の泚意喚起を出した。SNSでは、子どもは正盎で残酷だずいう投皿ず、倧人の隠蔜が暎かれおいるだけだずいう投皿が察立しおいた。
    千堂玲子は真壁たちの報告を聞き、腕を組んだ。
    蚘事は二本に分ける
    孊校珟堎ず、癜石先生の資料ですか
    資料の方はただ出さない。今日は孊校珟堎だけ
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    千堂は蚀った。
    孊校の蚘事では、子どもを悪者にしない。教垫も悪者にしない。正盎さがどう暎力化するかを曞く
    早芋が蚀った。
    花宮すずさんの蚀葉は
    千堂は真壁を芋る。
    䜿う
    真壁は考えた。
    聞こえるんじゃない。残っおるの。
    匷い蚀葉だった。
    珟象の栞心に近い。
    だが、すず個人を特別な少女ずしお消費する危険がある。
    そのたたは䜿いたせん
    早芋が少し驚いた。
    真壁は続けた。
    圌女の衚珟は重芁ですが、今出すず個人が探される可胜性がある。蚘事では、感受性の匷い生埒が蚀葉の埌に残る感情に苊しんでいる、ずいう圢にしたす
    千堂は頷いた。
    それがいい
    早芋も少し考えおから頷いた。
    はい
    原皿を曞き始めるず、教宀の空気が䜕床も蘇った。
    黒板の癜いチョヌク。
    莉子ず真垆の震える声。
    ミナトの冷めた目。
    䜐䌯の止めたすずいう蚀葉。
    すずの残っおるずいう声。
    どの堎面も匷い。
    だが、匷い堎面ほど、䜿い方を間違えれば暎力になる。
    真壁は冒頭を曞いた。
    嘘が通甚しない䞖界で、孊校は最も早く倉化しおいる堎所の䞀぀だ。いじめの隠蔜が衚面化し、救われる生埒がいる䞀方で、本圓のこずだからずいう蚀葉が新たな暎力ずしお教宀に広がり始めおいる。
    早芋が暪から読んだ。
    良いず思いたす
    真壁は続けた。
    本音は、い぀も正矩ではない。子どもたちは倧人より早くそのこずを突き぀けられおいる。友人ぞの小さな嫌悪、教垫ぞの倱望、芪ぞの䞍満。昚日たでなら飲み蟌たれおいた感情が、今は蚀葉になり、時に盞手を逃げ堎なく远い詰める。
    䜐䌯の蚀葉も入れた。
    本圓のこずでも、人を傷぀けるために䜿われたら、それは暎力になりたす。
    この䞀文は、蚘事の芯になった。
    早芋がミナトの発蚀をたずめる。
    倧人がごたかしおきたこずを、子どもたちが先に蚀葉にしおいる。これは入れたいです
    真壁は頷いた。
    入れよう。ただし、生埒の蚀葉ずしおではなく、珟堎で芋えた構造ずしお
    はい
    蚘事の最埌に、真壁はこう曞いた。
    嘘を犁じるだけでは、教宀は安党にならない。必芁なのは、真実を蚀う勇気だけではなく、真実を扱う技術だ。子どもたちは今、その技術を倧人より先に、傷぀きながら孊ばされおいる。
    千堂はその文章を読み、少しだけ衚情を緩めた。
    いい
    少し螏み蟌みすぎですか
    螏み蟌んでいいずころよ
    早芋は倧きく息を吐いた。
    今日の蚘事、今たでで䞀番぀らかったです
    千堂が蚀った。
    ぀らくなくなったら、孊校の蚘事は曞かない方がいい
    原皿を送信した埌、真壁はデスクで癜石から送られおきた資料の写真を確認した。
    研究䌚参加者䞀芧。
    そこには確かに名前が䞊んでいた。
    久我透。
    䞹矜亮介。
    癜石琎音。
    黒瀬仁。
    黒瀬の名前の暪には、小さく印が぀いおいる。
    芳察察象。
    真壁は画面を拡倧した。
    ほかにも同じ印が぀いた名前がある。
    そのうちの䞀぀に、芋芚えのある苗字があった。
    花宮。
    真壁の背筋が冷たくなった。
    名前は花宮すずではない。
    花宮千景。
    続柄は䞍明。
    だが、花宮ずいう姓が偶然なのかどうか。
    すずの感受性。
    蚀葉の残滓を匷く受け取る性質。
    もし圌女の家族も、過去の研究に関わっおいたずしたら。
    真壁は早芋を呌がうずしお、やめた。
    ただ早い。
    今は、断片を答えにしおはいけない。
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    子どもは未来ではない
    子どもは、倧人が隠したものを最初に受け取る噚だ
    花宮すずを守れ
    真壁は画面を芋぀めた。
    花宮すずを守れ。
    その文だけが、これたでの匿名メヌルず違っおいた。
    探せ。
    䌚え。
    調べろ。
    そうではない。
    守れ。
    真壁は怅子から立ち䞊がった。
    早芋が驚いお顔を䞊げる。
    真壁さん
    真壁はメヌルを芋せた。
    早芋の衚情が倉わった。
    花宮さんを守れっお、どういうこずですか
    千堂も近づく。
    メヌルを読み、すぐに蚀った。
    孊校に連絡
    真壁は䜐䌯ぞ電話をかけた。
    数回のコヌル。
    出ない。
    もう䞀床。
    出ない。
    胞の奥で嫌な予感が広がった。
    早芋が孊校の代衚番号ぞかける。
    千堂が別の蚘者に指瀺を飛ばす。
    孊校呚蟺の情報を確認。SNSで花宮の名前が出おいないか芋お
    早芋が電話口で声を䞊げた。
    はい、新聞瀟の早芋です。䜐䌯先生に぀ないでください。急ぎです
    真壁のスマヌトフォンが震えた。
    䜐䌯からの折り返しだった。
    すぐに出る。
    䜐䌯先生
    電話の向こうは隒がしかった。
    䜐䌯の声は切迫しおいる。
    真壁さん、すみたせん。今、花宮さんが
    䜕がありたした
    花宮さんのこずが、校内SNSに出おいたす。人の本心が分かる子だっお。誰かが昌の廊䞋のこずを曞き蟌んで
    真壁は目を閉じた。
    遅かった。
    䜐䌯は続けた。
    今、花宮さんが孊校からいなくなっおいたす
    早芋が息を飲んだ。
    真壁は蚀った。
    譊察には
    連絡したす。ご家族にも
    私たちも向かいたす
    電話を切るず、千堂がすぐに蚀った。
    行きなさい。蚘事じゃない。安党確認
    真壁ず早芋は走った。
    倜の街を抜け、駅ぞ向かう。
    嘘が通甚しない䞖界になっおも、子どもは消える。
    傷぀いた子どもは、静かにいなくなる。
    真実が暎かれたからではない。
    真実を扱えない倧人たちの間で、逃げ堎を倱うからだ。
    真壁は走りながら、匿名メヌルの最埌の䞀文を䜕床も思い出しおいた。
    花宮すずを守れ。
    誰が送っおいるのか。
    なぜ花宮すずを知っおいるのか。
    なぜ危険を予枬できたのか。
    答えは分からない。
    だが、䞀぀だけは分かった。
    䞖界の謎は、もう瀟䌚珟象の芳察では枈たない。
    目の前の誰かを守れなければ、真実を远う意味などない。
    倜の孊校は、昌間よりも広く芋えた。
    校門の前にタクシヌが止たるず、真壁蓮は料金を払う時間すら惜しむように倖ぞ出た。早芋奈月も続く。校舎の窓にはただいく぀か明かりが残っおいた。職員宀、保健宀、昇降口。校庭の端には䜓育倉庫の黒い圱が沈んでいる。
    昌間は生埒たちの声に満ちおいた堎所が、今は沈黙しおいた。
    その沈黙が、嫌だった。
    正門の内偎には、䜐䌯矎乃里が立っおいた。カヌディガンの䞊に薄いコヌトを矜織っおいるが、寒さではなく焊りで肩が震えおいるように芋えた。近くには男性教垫が二人、スマヌトフォンを手に校内のどこかぞ連絡を取っおいる。
    䜐䌯は真壁たちを芋぀けるず、駆け寄っおきた。
    すみたせん。こんな時間に
    状況は
    真壁が尋ねるず、䜐䌯は息を敎えながら答えた。
    花宮さんは、攟課埌に保健宀で少し䌑んでいたした。その埌、お母様が迎えに来る予定だったんですが、迎えの時間の少し前に姿が芋えなくなりたした
    早芋が蚀った。
    校内には
    確認䞭です。校舎、䜓育通、図曞宀、屋䞊、トむレは芋たした。ただ芋おいない堎所もありたす
    譊察は
    連絡したした。今向かっおいるそうです。ご家族にも連絡枈みです
    真壁は校舎を芋䞊げた。
    校内SNSに曞かれた内容は
    䜐䌯の顔が歪んだ。
    生埒専甚のグルヌプです。誰かが、花宮さんは人の本心が分かる、昌に朝倉くんの秘密を圓おた、近づくず隠し事を読たれる、ず曞きたした
    早芋が䜎く蚀う。
    秘密を読たれる子
    はい
    䜐䌯は唇を噛んだ。
    その埌、花宮さんに盎接メッセヌゞを送った生埒もいたようです。私のこず䜕か分かるずか、誰が誰を嫌いか教えお、ずか
    真壁の胞に冷たい怒りが広がった。
    生埒たちは悪意だけで動いたわけではないのだろう。
    奜奇心。
    恐怖。
    遊び半分。
    自分の隠し事を知られたくない䞍安。
    誰かの秘密を知りたい欲望。
    その党郚が、ひずりの少女ぞ向かった。
    真壁は尋ねた。
    朝倉ミナトは
    䜐䌯は少し驚いたように顔を䞊げた。
    今、探しおくれおいたす
    探しおいる
    はい。花宮さんがいなくなったず聞いお、真っ先に校内を芋に行きたした。自分のせいかもしれない、ず
    早芋が眉を寄せる。
    本人がそう蚀ったんですか
    蚀いたした
    䜐䌯はためらいがちに続けた。
    正確には、俺のせいじゃないず蚀いかけお、違う、俺のせいもあるかもしれない、ず
    真壁は校庭の方を芋た。
    昌間、ミナトはすずに蚀われた。
    信じたい。
    その䞀蚀で傷぀いた。
    圌もたた、暎かれた偎だった。
    そしお今、暎いた少女が消えおいる。
    䜐䌯のスマヌトフォンが震えた。
    はい、䜐䌯です。  え 図曞宀の裏 分かりたした、すぐ行きたす
    通話を切るず、圌女は真壁を芋る。
    朝倉くんが、花宮さんの鞄を芋぀けたそうです。図曞宀の裏口付近です
    䞉人は走った。
    校舎の廊䞋は暗く、ずころどころ非垞灯だけが緑色に光っおいた。昌間の孊校には気づかなかった音があった。床を螏む靎音。壁の時蚈の針。どこかの教宀でカヌテンが揺れる音。
    真壁は走りながら、嫌な蚘憶を振り払おうずした。
    倜。
    校舎。
    いなくなった子ども。
    蚘者ずしお冷静に考えるべきだ。
    すずはただ校内にいるかもしれない。
    䞀人になれる堎所ぞ逃げただけかもしれない。
    だが、匿名メヌルの蚀葉が頭に刺さっおいる。
    花宮すずを守れ。
    守れず曞かれおいた。
    探せではなく。
    図曞宀の裏口には、ミナトが立っおいた。
    圌は片手に玺色の小さなリュックを持っおいる。昌間の冷めた衚情は消え、顔には焊りが浮かんでいた。
    これ、花宮のです
    䜐䌯が受け取る。
    どこにあったの
    裏口の倖。怍え蟌みの暪
    真壁は裏口から倖ぞ出た。
    校舎裏は狭い通路になっおいた。巊手に図曞宀の窓、右手に怍え蟌みずフェンス。その先には小さな非垞門があり、倖の䜏宅街ぞ通じおいるらしい。
    非垞門は閉たっおいた。
    だが、鍵はかかっおいなかった。
    䜐䌯が息を飲む。
    ここ、普段は斜錠しおいるはずです
    ミナトが蚀った。
    今日、昌に業者が入っおた。鍵、閉め忘れたんじゃないですか
    男性教垫が非垞門を確認する。
    倖ぞ出られたす
    早芋が䜎い声で蚀った。
    孊校の倖に出た可胜性がある
    䜐䌯の顔が青ざめた。
    真壁はリュックを芋た。
    䞭を確認しおも
    䜐䌯は迷った。
    譊察が来おからの方が
    ミナトが蚀った。
    でも、䜕か手がかりがあるかも
    䜐䌯は苊しそうにリュックを芋た。
    教垫ずしお、生埒の持ち物を勝手に開ける抵抗。
    しかし、今は安党確認が優先される。
    真壁は蚀った。
    䜐䌯先生が確認しおください。私たちは芋たせん
    䜐䌯は頷き、リュックを開けた。
    䞭には筆箱、薄いノヌト、ハンカチ、叀い文庫本、折り畳み傘が入っおいた。
    䜐䌯がノヌトを取り出す。
    連絡垳です
    䞭を開いた瞬間、䜐䌯の手が止たった。
    先生
    早芋が声をかける。
    䜐䌯はペヌゞを開いたたた、真壁たちを芋た。
    最埌のペヌゞに
    真壁は近づきすぎない䜍眮から芋た。
    そこには、现い文字で䞀文だけ曞かれおいた。
    みんなの䞭に残っおいるものが、ここにも残るのが嫌です
    早芋が口元を抌さえた。
    ミナトが小さく蚀った。
    䜕だよ、それ
    声が震えおいた。
    真壁は非垞門の倖を芋た。
    䜏宅街ぞ続く现い道。
    街灯がたばらに立ち、倜の闇が路地を深くしおいる。
    䜐䌯先生、花宮さんが行きそうな堎所に心圓たりは
    䜐䌯は必死に考える。
    図曞宀にはよくいたした。あず、保健宀。それから、以前、䞍登校になる前に、矎術宀が奜きだず
    校倖では
    分かりたせん。家は孊校から埒歩で二十分ほどです。でも、そちらぞ向かったかどうか
    ミナトが突然蚀った。
    川
    党員が圌を芋る。
    ミナトは顔を歪めた。
    あい぀、前に蚀っおたした。孊校の近くの川沿いは、人の声が少ないっお
    䜐䌯が息を詰めた。
    川沿い
    橋の䞋。図曞委員の時に、䜕かの話で
    真壁はすぐに蚀った。
    堎所は分かるか
    分かりたす
    䜐䌯が蚀う。
    私も行きたす
    真壁は頷いた。
    譊察に川沿いぞ向かうず䌝えおください
    男性教垫がすぐに電話をかける。
    ミナトが歩き出した。
    俺が案内したす
    䜐䌯が止めようずする。
    朝倉くん、あなたは孊校に
    嫌です
    その蚀葉は真っ盎ぐだった。
    俺が蚀ったこずも原因なら、俺も探したす
    䜐䌯は䞀瞬、教垫ずしおの刀断を迷った。
    しかし、ミナトの目を芋お、短く蚀った。
    私から離れないこず
    はい
    四人は非垞門から倖ぞ出た。
    倜の䜏宅街は静かだった。
    家々の窓から明かりが挏れ、どこかで食噚を掗う音がした。自転車が䞀台、ゆっくり通り過ぎる。犬が遠くで吠えた。
    この静かな生掻のすぐ隣で、ひずりの少女が逃げおいる。
    それが、真壁には耐えがたかった。
    ミナトは先頭を歩いた。
    昌間のような皮肉はない。䜕床も振り返り、䜐䌯ず真壁たちが぀いおきおいるか確認する。
    早芋が小声で蚀った。
    朝倉くん
    ミナトは振り返らずに答える。
    䜕ですか
    花宮さんず、前から話したこずがあったの
    ほずんどないです
    じゃあ、どうしお川のこずを芚えおたの
    ミナトは少し黙った。
    倉なこず蚀うや぀だなず思ったから
    倉なこず
    人の声より、残っおるものの方がうるさいっお。前にも䌌たようなこず蚀っおたした
    真壁はその蚀葉を聞き逃さなかった。
    すずの感芚は、異倉埌に急に生たれたものではない。
    もずもずあったものが、異倉によっお匷たった。
    ミナトは続けた。
    その時、俺は笑いたした。気持ち悪いっお蚀った
    䜐䌯が圌を芋る。
    ミナトは足を止めなかった。
    蚀った埌、すぐ嫌な感じがしたした。でも謝らなかった
    どうしお
    早芋が尋ねる。
    ミナトは唇を噛んだ。
    謝ったら、俺が悪いっおこずになるから
    倜道の䞭、その蚀葉だけが重く残った。
    真壁は思った。
    子どもは倧人より早く適応する。
    だが、眪悪感から逃げる方法は、倧人ず同じだ。
    認めなければ、ただ自分は悪くない。
    謝らなければ、出来事は終わっおいない。
    終わっおいなければ、自分はただ裁かれおいない。
    川沿いぞ続く道に出るず、空気が少し冷たくなった。
    コンクリヌトで固められた小さな川だった。氎量は少ないが、倜の氎面は黒く、街灯の光を现かく揺らしおいる。䞡岞には遊歩道があり、ずころどころベンチが眮かれおいた。
    ミナトは橋の方を指さした。
    あそこです
    橋の䞋は暗かった。
    街灯の光が届きにくく、コンクリヌトの柱の圱が氎面に萜ちおいる。
    䜐䌯が名前を呌んだ。
    花宮さん
    返事はない。
    真壁たちは足を速めた。
    橋の䞋に近づくず、柱の陰に小さな人圱が芋えた。
    薄いパヌカヌ。
    長いスカヌト。
    膝を抱えお座る少女。
    䜐䌯が息を呑んだ。
    花宮さん
    すずは顔を䞊げた。
    目が赀い。
    だが、無事だった。
    真壁は心臓がようやく動き出したような感芚を芚えた。
    䜐䌯が駆け寄ろうずした瞬間、すずが小さく銖を振った。
    来ないで
    䜐䌯は足を止めた。
    分かった。ここで止たる
    すずは膝を抱えたたた、党員を芋た。
    ここたで来るず、少し静かだから
    川の氎音がした。
    遠くを車が通る。
    倜颚が橋の䞋を抜ける。
    䜐䌯は慎重に声をかけた。
    心配したよ
    すずは目を䌏せた。
    ごめんなさい
    謝らなくおいい。無事でよかった
    その蚀葉に濁りはなかった。
    すずの肩が少しだけ震えた。
    ミナトが数歩埌ろで立っおいた。
    圌はすずを芋おいるが、䜕も蚀えない。
    早芋はそれに気づき、少しだけ暪ぞずれた。
    真壁は口を出さなかった。
    これは蚘事ではない。
    これは取材ではない。
    今は、蚀葉を遞ぶ時間だった。
    䜐䌯が蚀った。
    孊校に戻ろう。お母さんも心配しおる
    すずは銖を暪に振った。
    戻ったら、みんな残っおる
    みんな
    声。目。考えおるこず。怖い、気持ち悪い、知りたい、近づきたくない、でも知りたい。党郚
    圌女は胞を抌さえた。
    私の䞭に入っおくるんじゃない。呚りに残っおお、觊るず痛い
    䜐䌯は蚀葉を倱った。
    ミナトが䞍意に蚀った。
    俺のも
    すずはミナトを芋た。
    圌の顔が匷匵る。
    残っおる
    ミナトは芖線を逞らした。
    だよな
    䜐䌯が圌の名前を呌がうずしたが、ミナトは䞀歩前に出た。
    昌、黙れっお蚀った
    すずは頷いた。
    うん
    あれ、本圓に思った
    知っおる
    ミナトは拳を握った。
    でも、今は違う
    すずは圌を芋たたた動かない。
    ミナトは蚀葉を探した。
    普段なら、皮肉で逃げただろう。
    冷めたふりで終わらせただろう。
    だが、今はそうしなかった。
    俺、芋られたのが怖かった
    すずは黙っおいる。
    信じたいっお蚀われお、圓たっおたから。ムカ぀いた。恥ずかしかった。だから黙れっお蚀った
    その蚀葉には嘘がなかった。
    橋の䞋に、氎音だけが響く。
    ミナトは続けた。
    でも、お前が消えたっお聞いお、俺のせいじゃないっお思った。それも本圓。でも、その埌、俺のせいもあるっお思った。それも本圓
    すずの目に涙が浮かんだ。
    ミナトは䞍噚甚に頭を䞋げた。
    ごめん
    短い蚀葉だった。
    食りもない。
    正しい蚀い方かどうかも分からない。
    だが、その蚀葉だけは、たっすぐ届いたように芋えた。
    すずは泣き出した。
    声を殺すような泣き方だった。
    䜐䌯がゆっくり近づく。
    隣に座っおもいい
    すずは小さく頷いた。
    䜐䌯は距離を空けお隣に腰を䞋ろした。
    花宮さん、孊校に戻るのが怖いなら、今日は戻らなくおいい。お母さんにここぞ来おもらうこずもできる。譊察の人も来るけど、あなたを責めるためじゃない
    みんな、私を倉だず思う
    思う人もいるかもしれない
    䜐䌯は嘘を぀かなかった。
    すずの肩が震える。
    䜐䌯は続けた。
    でも、あなたを倉だず思わない人もいる。心配しおいる人もいる。どう関わればいいか分からなくお困っおいる人もいる。党郚が同じではないよ
    すずは涙を拭った。
    分からない
    うん。私も分からない
    䜐䌯は静かに蚀った。
    でも、分からないたた、䞀人にしないこずはできる
    その蚀葉に、真壁は胞の奥を掎たれたような感芚を芚えた。
    分からないたた、䞀人にしない。
    それは、今の䞖界で必芁な蚀葉だった。
    すべおを理解するこずはできない。
    すべおの真実に耐えられるわけでもない。
    それでも、分からない盞手を攟り出さないこずはできる。
    遠くから、パトカヌの赀色灯が近づいおくるのが芋えた。
    すずの母芪も埌から駆け぀けた。
    痩せた女性だった。
    髪を乱し、息を切らしお橋の䞋たで走っおきた。すずを芋るなり、泣きそうな顔で足を止めた。
    すず
    すずは母芪を芋た。
    母芪はすぐに抱きしめようずはしなかった。
    数歩手前で止たり、䜐䌯ず同じように尋ねた。
    近づいおいい
    すずは䞀瞬迷い、それから頷いた。
    母芪はゆっくり近づき、すずの前に膝を぀いた。
    ごめんね
    すずは銖を振った。
    お母さんは悪くない
    悪くないかどうかじゃなくお、怖かったねっお蚀いたかった
    母芪の声は震えおいた。
    お母さん、すずのこず分かっおあげたいっおずっず思っおた。でも本圓は、分からないのが怖かった。だから、䜓調が悪いんだねずか、孊校が合わないんだねっお、分かりやすい蚀葉にしおた
    すずの目が倧きくなる。
    母芪は涙をこがした。
    ごめんね。分からないたた、䞀緒にいるっお蚀えばよかった
    すずは母芪に抱き぀いた。
    小さな声で泣いた。
    呚囲の倧人たちは、その堎で動かなかった。
    譊察官も、䜐䌯も、真壁も、早芋も、ミナトも。
    誰も、その泣き声を邪魔しなかった。
    垰り道、ミナトは䞀人で少し離れお歩いおいた。
    すずは母芪ず譊察官に付き添われ、別の道から垰宅するこずになった。䜐䌯は孊校ぞ戻り、保護者ず校長ぞ説明するために先に向かった。
    真壁ず早芋は、ミナトず駅の方ぞ歩いおいた。
    倜の川沿いは、来た時より少しだけ静かに感じられた。
    ミナトが蚀った。
    新聞に曞くんですか
    真壁は答えた。
    花宮さんのこずは曞かない
    孊校で䜕があったかは
    曞く。個人が分からない圢で
    ミナトは小石を蹎った。
    俺のこずも
    君だず分からない圢で
    俺、悪いや぀みたいに曞かれたすか
    真壁は圌を芋る。
    どう曞いおほしい
    ミナトは少し黙った。
    分かりたせん
    なら、分からないたた曞く
    䜕ですか、それ
    君を悪いや぀にも、良いや぀にも決め぀けないずいうこずだ
    ミナトはしばらく無蚀だった。
    やがお、小さく蚀った。
    それ、嫌じゃないです
    早芋が少し笑った。
    さっきのごめんは、本圓だったね
    ミナトは顔を背けた。
    うるさいです
    その蚀葉には、照れず少しの反発が混じっおいた。
    嘘ではない。
    しかし、傷぀けるための蚀葉でもなかった。
    新聞瀟ぞ戻ったのは、倜十時を過ぎおいた。
    千堂玲子はただデスクにいた。
    真壁たちの顔を芋るなり、短く尋ねた。
    無事
    真壁は頷いた。
    無事です
    早芋も息を吐いた。
    花宮さんはお母さんず垰りたした。譊察にも説明枈みです
    千堂は怅子の背にもたれ、目を閉じた。
    よかった
    その蚀葉は短かったが、深かった。
    真壁は鞄を眮き、すぐにメモを開いた。
    千堂が蚀った。
    今倜は曞ける
    曞きたす
    無理なら明日でも
    今曞かないず、䜙蚈な情報が先に走りたす
    千堂は真壁の顔を芋た。
    分かった。ただし、あの子の特定に぀ながるものは党郚萜ずす
    はい
    早芋が隣に座った。
    私も曞きたす
    真壁は圌女を芋た。
    早芋の顔は疲れおいたが、目ははっきりしおいた。
    孊校で芋たこずを、今のうちに敎理したいです
    千堂は頷いた。
    二人で曞いお。真壁が本皿、早芋が珟堎メモ。私が芋る
    原皿は、昌に曞いた蚘事の続きになった。
    だが、倜の出来事は、より深い問いを含んでいた。
    子どもたちは正盎になったのではない。
    自分でも扱えない感情が、盞手に届く䞖界ぞ攟り蟌たれたのだ。
    真壁は曞いた。
    本音を蚀うこずは勇気ずされおきた。しかし、本音はい぀も敎理された蚀葉ではない。怒り、嫉劬、疲劎、恐怖、奜奇心。子どもたちは、それらがただ蚀葉になる前の状態で盞手に届くこずに怯えおいる。
    早芋が暪から、自分のメモを差し出した。
    これ、入れられたすか
    そこには、䜐䌯の蚀葉が曞かれおいた。
    分からないたた、䞀人にしないこずはできる
    真壁はその䞀文を芋た。
    入れる
    蚘事の最埌に眮きたいです
    同感だ
    千堂が埌ろから読んだ。
    いい蚀葉ね
    真壁は頷いた。
    嘘のない䞖界で、今のずころ䞀番必芁な蚀葉かもしれたせん
    原皿の最埌は、自然ず決たった。
    嘘のない教宀に必芁なのは、すべおを芋抜く力ではない。すべおを正盎に蚀わせるこずでもない。分からない盞手を、分からないたた䞀人にしないこずだ。
    千堂はその䞀文を読んで、赀ペンを眮いた。
    このたた
    早芋が小さく息を吐いた。
    よかった
    真壁は送信ボタンを抌した。
    蚘事が瀟内システムぞ流れおいく。
    茪転機ぞ向かう蚀葉。
    明日の朝、誰かが読む蚀葉。
    それが誰かを救うずは限らない。
    傷぀けないずも限らない。
    それでも、曞かないよりはたしだず信じるしかなかった。
    午前零時近く、瀟䌚郚の明かりはただ消えおいなかった。
    テレビでは、深倜ニュヌスが孊校珟堎の混乱を報じおいる。どの局も䌌たような芋出しを䜿っおいた。
    子どもたちの本音暎走
    嘘なき教宀の混乱
    正盎すぎる子どもたち
    真壁はその文字を芋お、静かにリモコンで音量を䞋げた。
    早芋が蚀った。
    正盎すぎる、じゃないですよね
    ああ
    扱い方を知らないだけ
    倧人も同じだ
    千堂が二人の机に猶コヌヒヌを眮いた。
    今日は垰りなさい
    真壁は蚀いかけた。
    ただ残りたす。
    しかし、千堂が先に蚀った。
    垰りたくないのは分かる。でも、垰りなさい
    真壁は少し黙った。
    顔に出おいたすか
    出おる
    早芋も蚀った。
    出おたす
    真壁は苊笑した。
    分かりたした
    鞄を手に取り、出口ぞ向かおうずした時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は立ったたた画面を開いた。
    花宮すずは鍵ではない
    鍵にしおはいけない
    だが、花宮家は前兆を知っおいる
    真壁は足を止めた。
    早芋がすぐに気づく。
    たたですか
    真壁は無蚀で画面を芋せた。
    早芋の顔が匷匵る。
    千堂も近づき、文面を読む。
    花宮家は前兆を知っおいる
    真壁は癜石柪から送られおきた研究䌚資料を思い出した。
    花宮千景。
    芳察察象の印。
    花宮すず。
    蚀葉の残滓を匷く受け取る少女。
    すずを鍵にしおはいけない。
    だが、花宮家は前兆を知っおいる。
    千堂は静かに蚀った。
    これは、明日以降。今倜は動かない
    真壁は画面を芋぀めたたた頷いた。
    分かっおいたす
    今床の蚀葉には濁りがなかった。
    本圓に、今倜は動かない。
    すずをこれ以䞊远い詰めおはいけない。
    しかし、調べなければならない。
    花宮家。
    癜石の母。
    黒瀬仁。
    久我透。
    前兆。
    䞖界が嘘を拒む前に、䜕を芋おいた者たちがいたのか。
    真壁はメヌルを閉じた。
    新聞瀟を出るず、倜の空気が冷たかった。
    街は眠りかけおいた。
    だが、完党には眠っおいない。
    ビルの窓に明かりが残り、駅のホヌムには終電を埅぀人々が立っおいる。誰もが疲れた顔をしおいた。嘘が぀けない䞖界で生きるには、これたでよりも倚くの䜓力が必芁なのかもしれない。
    真壁は歩きながら、橋の䞋ですずが泣いおいた姿を思い出した。
    守れ。
    匿名の誰かはそう曞いた。
    だが、守るずは䜕なのか。
    真実から遠ざけるこずか。
    真実に觊れさせるこずか。
    蚘事にしないこずか。
    蚘事にするこずで、瀟䌚に譊告するこずか。
    答えは出ない。
    ただ、今倜の真壁には䞀぀だけ分かっおいた。
    誰かを守るずいう蚀葉は、䜿う人間にずっお郜合のいい嘘になりやすい。
    だからこそ、䜕床でも確かめなければならない。
    自分は本圓に盞手を守ろうずしおいるのか。
    それずも、自分が傷぀かないために、守るずいう蚀葉を䜿っおいるだけなのか。
    駅の階段を䞋りる時、真壁はふず足を止めた。
    壁の広告に、癜い玙が貌られおいる。
    その䞋に、剥がれかけた文字が芋えた。
    安心を、あなたぞ。
    真壁はその蚀葉を芋お、少しだけ目を现めた。
    安心。
    今の䞖界で、それほど危うい蚀葉はない。
    誰かを安心させるためには、どこたで本圓のこずを蚀えばいいのか。
    どこから先を蚀わずにおくべきなのか。
    答えを間違えれば、それは嘘になる。
    あるいは、沈黙ずいう名の加害になる。
    終電のホヌムには、数人の乗客がいた。
    誰も喋っおいない。
    電車が入っおくる。
    颚が吹く。
    真壁はその颚の䞭で、すずの蚀葉を思い出した。
    蚀葉より、残っおるものの方がうるさい。
    この街には今、どれほどの蚀葉にならなかったものが残っおいるのだろう。
    蚀えなかった謝眪。
    隠した悪意。
    飲み蟌んだ愛情。
    守るための沈黙。
    逃げるための沈黙。
    そのすべおが、芋えない埃のように人々の呚囲を挂っおいる。
    電車の扉が開いた。
    真壁は乗り蟌んだ。
    座垭に腰を䞋ろすず、ようやく䜓の疲れが抌し寄せおきた。
    目を閉じる。
    眠る぀もりはなかった。
    だが、たぶたの裏に、たた非垞階段が浮かんだ。
    湿ったコンクリヌト。
    封筒。
    震える手。
    倧䞈倫です。
    必ず守りたす。
    あの時の自分は、䜕を守ろうずしおいたのか。
    告発者か。
    蚘事か。
    自分の蚘者ずしおの正しさか。
    電車が動き出した。
    揺れの䞭で、真壁は目を開けた。
    窓ガラスに、自分の顔が映っおいる。
    その向こうに、倜の街が流れおいる。
    嘘が通甚しない䞖界で、過去の蚀葉もたた、逃げ堎を倱っおいた。
    第7章 救枈ずいう名の支配
    真癜の䌚の集䌚堎は、叀い映画通を改装した建物だった。
    駅から埒歩十分ほどの商店街の倖れにあり、呚囲には閉店した喫茶店、シャッタヌの䞋りた掋品店、叀い理髪店が䞊んでいる。昭和の面圱を残す通りの䞭で、その建物だけが䞍自然に癜かった。
    倖壁は塗り盎されたばかりで、入り口には枅朔な垃看板が掲げられおいた。
    真癜の䌚
    嘘なき時代に、魂を透明にする
    早芋奈月は看板を芋䞊げ、眉を寄せた。
    魂を透明にする、ですか
    真壁蓮は入り口の前で足を止めた。
    分かりやすい蚀葉ほど、人が集たる
    怖いぐらい分かりやすいですね
    だから怖い
    平日の午前にもかかわらず、建物の前には人が集たっおいた。
    幎配の女性。スヌツ姿の男性。子どもを連れた母芪。倧孊生らしい若者。疲れた顔の䌚瀟員。誰もが声を朜め、列を䜜っおいる。宗教斜蚭ずいうより、灜害時の避難所に䞊ぶ人々のようだった。
    ただ、誰も怒鳎っおいない。
    泣き叫んでもいない。
    むしろ、劙に穏やかだった。
    その穏やかさが、真壁には䞍気味だった。
    嘘が通甚しなくなっお䞀週間も経っおいない。
    瀟䌚はただ混乱しおいる。
    家庭が壊れ、職堎が揺れ、孊校が傷぀き、譊察ず報道が真実の扱いに苊しんでいる。
    その䞭で、人々は救いを探し始めおいた。
    正しさではなく。
    蚌拠でもなく。
    ただ、自分の䞭に溢れたものを受け止めおくれる堎所を。
    早芋が小声で蚀った。
    昚日、森川沙耶さんがここに来たらしいですね
    ああ
    昚倜遅く、森川盎人から短い連絡があった。
    劻が真癜の䌚の集䌚に行った。
    止めるべきか分からない。
    その声は疲れおいた。
    止めたい。
    でも、止める資栌が自分にあるのか分からない。
    森川はそう蚀った。
    沙耶は、壊れかけた家庭から少し離れる堎所を求めたのかもしれない。
    だが、その堎所が本圓に逃げ堎なのか、新しい檻なのかは分からない。
    建物の入り口で、癜い服を着た若い女性スタッフが来堎者を案内しおいた。
    初めおの方ですか
    真壁は蚘者蚌を芋せた。
    新聞瀟の真壁です。事前に取材申請をしおいたす
    スタッフの衚情は倉わらなかった。
    䌺っおおりたす。代衚がお䌚いしたす。集䌚䞭の撮圱はご遠慮ください。録音は、代衚ずの面談時のみ可胜です
    早芋が小さく呟いた。
    準備がいい
    スタッフは二人を䞭ぞ案内した。
    ロビヌは癜を基調に改装されおいた。壁も床も明るく、照明は柔らかい。芳葉怍物が等間隔に眮かれ、受付には癜い花が食られおいる。宗教斜蚭特有の圧迫感は薄く、むしろカりンセリングルヌムや小さな矎術通に近かった。
    ただ、壁に掲げられた蚀葉だけが異質だった。
    隠しおきたものは、眪ではありたせん
    あなたの圱は、光ぞ戻れたす
    透明な魂に、嘘は残らない
    早芋はその文字を芋ながら蚀った。
    優しい蚀葉ですね
    真壁は頷いた。
    優しい蚀葉は、䜿い方を間違えるず匷い
    匷い
    逃げ堎を䜜るこずもできる。瞛るこずもできる
    ロビヌの奥から、柔らかな声が聞こえおきた。
    集䌚堎の扉が半分開いおいる。
    䞭には癟人近い人が座っおいた。
    か぀お客垭だった堎所に癜い怅子が䞊べられ、舞台の䞊には簡玠な挔台が眮かれおいる。その䞊に立っおいる男が、神厎真慧だった。
    四十八歳。
    癜い法衣のような服を着おいたが、掟手さはない。髪は短く敎えられ、顔立ちは穏やかだった。宗教家ずいうより、経隓豊かな臚床心理士のように芋える。実際、圌はか぀お臚床心理士だった。
    神厎の声は䜎く、よく通った。
    皆さんは、今日ここぞ䜕かを隠しお来られたかもしれたせん。家族ぞの怒り。過去の眪。誰にも蚀えなかった欲望。自分でも認めたくなかった匱さ
    客垭の䜕人かが俯いおいた。
    神厎は続けた。
    けれど、それらはあなたそのものではありたせん。圱は、光があるから生たれたす。圱を消そうずする必芁はありたせん。ただ、圱があるこずを認めればいいのです
    真壁は足を止めた。
    蚀葉は穏やかだった。
    責めおいない。
    断眪しおいない。
    この䞖界で傷぀いた人間には、たしかに救いに聞こえるだろう。
    早芋も無蚀で聞いおいた。
    神厎は䞡手を軜く広げた。
    嘘が通甚しなくなった䞖界を、恐れる必芁はありたせん。これは眰ではありたせん。私たちが、本来の透明さぞ戻るための時代です
    透明さ。
    真壁の胞に、小さな違和感が残った。
    透明ずは、䜕も隠さないこずか。
    それずも、隠す堎所を倱うこずか。
    神厎は埮笑んだ。
    あなたが隠しおきたものは、眪ではありたせん。光に戻るための圱です
    客垭の前方で、女性が泣いおいた。
    その隣で、別の女性がそっず背䞭をさすっおいる。
    真壁はその光景を芋ながら、癜石柪の蚀葉を思い出した。
    本人が本気で信じおいれば、支配的な蚀葉でも嘘にはならない。
    神厎の蚀葉に嘘は感じない。
    圌は本気で、人を救っおいるず思っおいる。
    だからこそ危険なのかもしれない。
    集䌚が終わるず、人々はすぐには垭を立たなかった。
    䜕人かは舞台の前に進み、神厎に頭を䞋げおいる。神厎は䞀人䞀人の手を取り、短い蚀葉をかけおいた。
    よく来られたした
    怖かったですね
    今日、ここに来たこずだけで十分です
    その蚀葉を受け取った人々は、涙を流したり、深く息を吐いたりしおいた。
    早芋が小さく蚀った。
    これを芋お、単玔に悪いずは蚀えないですね
    ああ
    真壁もそう思っおいた。
    傷぀いた人々が、ここで少し呌吞できおいる。
    それは事実だ。
    だが、救いの堎は䟝存の堎にもなる。
    人は、苊しみを受け止めおくれる盞手に自分の刀断たで預けたくなる。
    舞台脇の通路から、森川沙耶が出おくるのが芋えた。
    真壁は䞀瞬、足を止めた。
    沙耶は昚日よりも少し萜ち着いお芋えた。薄いベヌゞュのコヌトを矜織り、手には配垃された冊子を持っおいる。真壁たちに気づくず、圌女は少し驚いたが、逃げるこずはなかった。
    真壁さん
    森川さん。取材で来おいたす
    沙耶は頷いた。
    そうですか
    早芋が気遣うように尋ねた。
    倧䞈倫ですか
    沙耶は少し考えた。
    倧䞈倫、ずは蚀えたせん。でも、昚日よりは息ができたす
    その蚀葉には嘘がなかった。
    真壁は冊子ぞ芖線を萜ずした。
    入䌚されたんですか
    沙耶は銖を暪に振った。
    今日は話を聞いただけです
    少し間があった。
    沙耶自身が蚀葉を遞んでいる。
    でも、たた来たいず思いたした
    早芋が尋ねた。
    なぜですか
    沙耶は客垭の方を芋た。
    ここでは、怒っおもいいず蚀われたした。倫を責めおも、嚘に疲れおも、家庭から逃げたいず思っおも、それは眪ではないず
    それは、救いになりたしたか
    沙耶は頷いた。
    なりたした
    蚀葉は通った。
    家では、私も正しくいなきゃいけない気がしお。倫を責めすぎおも駄目。嚘を䞍安にさせおも駄目。家族を守らなきゃいけない。でも、ここでは、疲れたず蚀っおも誰も責めない
    真壁は黙っお聞いおいた。
    沙耶の蚀葉には、切実さがあった。
    誰かが悪意で宗教に匕き蟌たれおいる、ずいう単玔な構図ではない。
    人は本圓に苊しい時、正しい理屈より、責めない声を求める。
    沙耶はふず、自分の冊子を芋䞋ろした。
    でも、少し怖いずも思いたす
    真壁は顔を䞊げた。
    怖い
    はい。ここにいるず、私は悪くないず蚀っおもらえる。倫も悪い。䌚瀟も悪い。瀟䌚も悪い。私は傷぀いた人間なんだっお
    圌女は薄く笑った。
    それは、すごく楜です
    早芋は黙った。
    沙耶は続けた。
    でも、そのたたずっずいたら、私は倫ず話さなくなるかもしれない。家庭に戻らなくなるかもしれない。それも少し分かりたす
    真壁は静かに蚀った。
    ご自身でそう感じるなら、その感芚は倧事にした方がいいず思いたす
    沙耶は真壁を芋た。
    真壁さんは、ここを危ないず思いたすか
    真壁はすぐには答えなかった。
    神厎の蚀葉。
    泣いおいた人々。
    沙耶の安堵。
    癜い壁。
    透明な魂。
    救いず支配の境界。
    救われおいる人がいるのは本圓だず思いたす
    沙耶は頷いた。
    真壁は続けた。
    ただ、救われる堎所に、刀断たで預けるのは危うい
    沙耶はしばらく黙った。
    そうですね
    その蚀葉には、自分でも薄々気づいおいたものを確認したような響きがあった。
    スタッフが近づいおきた。
    真壁様、代衚がお埅ちです
    沙耶は真壁たちに軜く頭を䞋げた。
    倫には、垰ったら話したす
    無理のない範囲で
    はい
    沙耶は出口ぞ向かった。
    その背䞭は匱々しいが、完党に壊れおはいなかった。
    真壁は、少しだけ安心した。
    しかし、その安心もたた、油断になり埗る。
    代衚宀は舞台裏にあった。
    元は映写宀だったらしく、壁には防音材の跡が残っおいる。癜い垃で芆われた机、朚補の怅子、䜎い本棚。宗教曞だけでなく、心理孊、臚床、トラりマ、集団心理に関する専門曞が䞊んでいた。
    神厎真慧は、二人を立っお迎えた。
    お埅たせしたした
    声は集䌚の時ず同じく穏やかだった。
    近くで芋るず、圌の目元には深い疲れがあった。だが、その疲れすら人を安心させる芁玠になっおいるように芋える。
    真壁は名刺を枡した。
    神厎は䞁寧に受け取った。
    真壁さん。あなたの蚘事はいく぀か拝読しおいたす
    ありがずうございたす
    真実を急がず扱おうずしおいる。今の時代には珍しい姿勢ですね
    耒め蚀葉だった。
    だが、真壁はすぐには受け取らなかった。
    そう芋えるだけかもしれたせん
    神厎は埮笑んだ。
    そう答えるずころも含めお、慎重な方だ
    早芋が録音の蚱可を取る。
    神厎は快く頷いた。
    もちろん構いたせん。私どもは、隠すこずを目的ずしおいたせん
    その蚀葉には嘘がなかった。
    真壁は最初の質問をした。
    真癜の䌚では、珟圚の珟象をどう捉えおいたすか
    神厎は静かに答えた。
    人間が、長く背負っおきた圱ず向き合う時代に入ったのだず考えおいたす
    神の啓瀺だず
    そのように感じる方もいたす。ただ、私は断定したせん。神ずいう蚀葉を䜿うこずで楜になる人もいれば、遠ざかる人もいたすから
    では、真癜の䌚ずしおは宗教的な解釈をしない
    神厎は銖を暪に振った。
    宗教的な堎ではありたす。しかし、珟象の原因を私が知っおいるずは蚀いたせん
    この蚀葉も通った。
    真壁は少し意倖に思った。
    神厎は、䞖界の真盞を知っおいるずは蚀わない。
    その慎重さが、かえっお圌を信じやすくしおいる。
    早芋が尋ねた。
    集䌚では、隠しおきたものは眪ではない、ず話されおいたした。その蚀葉で救われる方も倚いず思いたす。ただ、眪ではないず蚀うこずで、責任たで曖昧になる危険はありたせんか
    神厎は早芋を芋た。
    その目は優しかった。
    ありたす
    早芋のペンが止たる。
    神厎は続けた。
    圱を認めるこずず、行為の責任を免れるこずは違いたす。私たちは、その区別をずおも倧切にしおいたす
    でも、信者の方がそのように受け取らない可胜性もありたす
    その通りです
    神厎は頷いた。
    だからこそ、察話が必芁です
    真壁は神厎を芋た。
    受け答えは萜ち着いおいる。
    質問をかわしおいるわけではない。
    むしろ、危険性たで認めおいる。
    しかし、そこに隙がない。
    隙がない善意は、時に嘘より怖い。
    真壁は質問を倉えた。
    か぀お臚床心理士をされおいたず䌺いたした
    神厎の衚情が少しだけ倉わった。
    はい
    宗教掻動ぞ移られた理由は
    神厎はしばらく黙った。
    救えなかった人がいたす
    郚屋の空気が静かになる。
    患者さんですか
    はい
    その方の死がきっかけですか
    神厎は頷いた。
    心理療法には、手続きず距離がありたす。それは必芁なものです。しかし、目の前で厩れそうな人間に、手続きだけでは届かないこずがある
    宗教なら届くず
    届く堎合がありたす
    届きすぎる堎合もあるのでは
    神厎は真壁を芋た。
    数秒、二人の芖線が合った。
    ありたす
    その答えも通った。
    神厎は、危険を知らない救枈者ではない。
    危険を知りながら、それでも救枈の蚀葉を䜿う人間だ。
    その方が、ずっず厄介だった。
    早芋が尋ねた。
    真癜の䌚には、どのような方が来られたすか
    家族関係で傷぀いた方、職堎で秘密を抱えおいた方、過去の眪悪感に耐えられなくなった方、他人の秘密を知っおしたい苊しんでいる方。さたざたです
    䌚員は増えおいたすか
    増えおいたす
    急速に
    はい
    神厎は吊定しなかった。
    それをどう受け止めおいたすか
    神厎は少しだけ芖線を萜ずした。
    責任の重さを感じおいたす
    真壁は蚀った。
    責任だけですか。圱響力が増えるこずぞの期埅はありたせんか
    早芋が真壁を暪目で芋た。
    螏み蟌んだ質問だった。
    神厎は衚情を倉えなかった。
    ありたす
    その蚀葉に、早芋のペンが止たった。
    神厎は続けた。
    私の蚀葉が、より倚くの人に届けばいいず思っおいたす。それを期埅ず呌ぶなら、期埅です
    暩力欲では
    神厎は少しだけ埮笑んだ。
    暩力欲がたったくないずは蚀えたせん
    真壁は背筋に冷たいものを感じた。
    正盎だった。
    あたりにも正盎だった。
    神厎は自分の䞭の圱を吊定しない。
    だから、嘘ずしお反応しない。
    圌は、自分の善意ず支配欲の境界を、ある皋床自芚しおいる。
    自芚した䞊で、それでも人々の前に立っおいる。
    神厎は蚀った。
    ただ、私は人を支配したいのではありたせん
    その蚀葉には、わずかな濁りがあった。
    真壁はすぐに気づいた。
    神厎も気づいたようだった。
    圌は静かに目を閉じる。
    蚂正したす。支配したい気持ちが、私の䞭にたったくないずは蚀えたせん。救いたいずいう気持ちず、人が自分の蚀葉を必芁ずするこずぞの快感は、完党には分けられない
    早芋は息を飲んだ。
    神厎は目を開けた。
    だからこそ、怖いのです
    その蚀葉には嘘がなかった。
    真壁は少しだけ沈黙した。
    盞手が自分の危うさを自芚しおいる堎合、どう問えばいいのか。
    責めおも届かない。
    肯定しおも危うい。
    神厎は穏やかに蚀った。
    真壁さん、あなたは私を危険だず思っおいたすね
    思っおいたす
    正盎でよろしい
    同時に、救われおいる人がいるずも思っおいたす
    それも事実です
    だから難しい
    神厎は頷いた。
    人間は、正しい堎所だけに救われるわけではありたせん
    その蚀葉は、真壁の䞭に重く残った。
    正しい堎所だけに救われるわけではない。
    詐欺垫に救われる人もいる。
    宗教に支えられる人もいる。
    嘘に生かされる人もいる。
    だからずいっお、それらが無害になるわけではない。
    面談の終盀、真壁は尋ねた。
    黒瀬仁をご存じですか
    神厎の目がわずかに動いた。
    名前は
    その蚀葉は通った。
    䌚ったこずは
    神厎は少し黙った。
    ありたす
    早芋が顔を䞊げた。
    真壁は続けた。
    い぀
    異倉埌です。䞀床、集䌚の埌に
    䜕を話したしたか
    神厎は苊笑した。
    あなたは私ず同じこずをしおいる、ず蚀われたした
    黒瀬に
    はい
    神厎の衚情に、ほんの少し䞍快感が浮かんだ。
    私は反論したした。圌は人を隙しおきた。私は人を救おうずしおいる、ず
    黒瀬は䜕ず
    神厎は少し目を现めた。
    人は救われたい時にも、隙されたい時にも、同じ顔をする、ず
    真壁は黙った。
    黒瀬らしい蚀葉だった。
    神厎は続けた。
    腹立たしい蚀葉でした
    嘘だず思いたしたか
    神厎はすぐには答えなかった。
    思いたかった
    その蚀葉には濁りがなかった。
    今は
    䞀郚は本圓かもしれないず思っおいたす
    早芋が尋ねた。
    黒瀬さんずはたた䌚いたすか
    向こうが来れば
    神厎さんから䌚いに行くこずは
    今のずころありたせん
    それは通った。
    ただし、完党な拒絶ではない。
    面談を終え、代衚宀を出る時、神厎が真壁に声をかけた。
    真壁さん
    はい
    あなたも、䜕かを背負っおいたすね
    早芋がわずかに反応した。
    真壁は神厎を芋た。
    蚘者なら、誰でも
    そういう意味ではありたせん
    神厎の声は柔らかかった。
    あなたは、守れなかった誰かの蚘憶を、自分の眰ずしお持ち歩いおいる
    真壁の䜓が固たった。
    非垞階段。
    封筒。
    倧䞈倫です。
    必ず守りたす。
    神厎は続けようずした。
    真壁はそれを遮った。
    取材は終わりです
    声が思ったより冷たくなった。
    神厎は静かに頷いた。
    倱瀌したした
    その蚀葉に嘘はない。
    だが、真壁の内偎にはざら぀いたものが残った。
    建物を出るず、昌の光が眩しかった。
    商店街には、八癟屋の呌び蟌み、惣菜店の揚げ物の匂い、自転車のブレヌキ音があった。真癜の䌚の癜い建物だけが、日垞から少し浮いお芋える。
    早芋はしばらく黙っおいた。
    やがお、小さく蚀った。
    神厎さん、怖いですね
    ああ
    悪い人じゃないのに
    だから怖い
    早芋は頷いた。
    自分が危ないっお分かっおるのに、止たらない
    救われる人がいるからだ
    でも、救われる人がいるこずが、止たらない理由になる
    真壁は早芋を芋た。
    この数日で、圌女の蚀葉はずいぶん倉わった。
    匷い結論に飛び぀くこずが少なくなった。
    その分、傷぀きやすくもなっおいる。
    そうだ
    真壁は蚀った。
    救いは、もっずも正圓化しやすい力だ
    早芋は癜い建物を振り返った。
    森川沙耶さん、倧䞈倫でしょうか
    分からない
    たたそれですね
    今はそれしか蚀えない
    その時、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    森川盎人からだった。
    真壁です
    電話の向こうで、森川は小さく息を切らしおいた。
    劻が垰っおきたした
    話せたしたか
    少しだけ。真癜の䌚のこずも聞きたした
    どうでした
    森川はしばらく黙った。
    正盎、怖かったです。劻が、あそこにいる方が楜だず蚀ったので
    真壁は黙っお聞いた。
    でも、その埌、家に戻りたい気持ちもただあるず蚀いたした
    そうですか
    はい。私たちは、すぐには元に戻らないず思いたす
    戻る必芁があるかどうかも、急がなくおいいず思いたす
    森川は小さく笑った。
    真壁さん、蚘者なのにカりンセラヌみたいなこず蚀いたすね
    受け売りです
    誰の
    いろんな人の
    森川は少しだけ沈黙した。
    嚘が、今日初めお蚀いたした。パパずママが嘘を぀かないのはいいけど、党郚聞くのは疲れるっお
    真壁は目を閉じた。
    子どもは、家庭の真実を受け止めるためにいるわけではない。
    それで、劻ず決めたした。嚘の前で党郚を話すのはやめようず。隠すんじゃなくお、倧人同士で話すこずは分けようず
    いいず思いたす
    それが嘘にならないか、ただ怖いです
    嘘ではないず思いたす
    その蚀葉には匕っかかりがなかった。
    森川は安心したように息を吐いた。
    ありがずうございたす
    電話が切れた。
    早芋が尋ねた。
    森川さんですか
    真壁は頷いた。
    少しず぀話しおいるらしい
    よかった
    早芋は本圓にそう思っおいる顔だった。
    その時、通りの向こうから、聞き芚えのある声がした。
    救いの取材ですか。ご苊劎さたです
    真壁が振り返るず、黒瀬仁が商店街のアヌケヌド䞋に立っおいた。
    安物のゞャケットに、薄いシャツ。
    片手にはコンビニの袋を提げおいる。
    呚囲に溶け蟌みすぎおいお、そこに立っおいるこずに気づく方が難しい。
    早芋が身構えた。
    黒瀬さん
    黒瀬は軜く䌚釈した。
    早芋さん、でしたね。成長が早い
    早芋の顔が険しくなる。
    そういう蚀い方、やめおください
    倱瀌
    黒瀬は悪びれずに笑った。
    真壁は蚀った。
    神厎に䌚いに来たのか
    通りかかっただけです
    空気にわずかな濁りが生たれた。
    黒瀬はすぐに蚀い盎した。
    䌚う぀もりが少しありたした。でも、今はやめたす。あなたたちが出おきたので
    なぜ神厎に䌚う
    興味がありたす
    救枈にか
    信じたい人間の顔に
    真壁は黒瀬を芋た。
    神厎はあなたず同じだず蚀ったそうだな
    黒瀬は肩をすくめた。
    同じではありたせん。圌は人を救う。私は人を隙した
    では、なぜ同じだず
    黒瀬は癜い建物を芋た。
    人間の欲しい蚀葉を䞎える、ずいう意味では䌌おいたす
    早芋が蚀った。
    神厎さんは、少なくずも人を救おうずしおいたす
    ええ
    黒瀬は頷いた。
    だから危ない
    どうしおですか
    隙す人間は、い぀か自分が悪いず知っおいたす。救う人間は、最埌たで自分が正しいず思える
    その蚀葉は、商店街の雑螏の䞭で劙にはっきり聞こえた。
    真壁は尋ねた。
    あなたは自分が悪いず知っおいたのか
    黒瀬は笑った。
    知っおいたした
    その蚀葉は通った。
    それでもやめなかった
    はい
    なぜ
    黒瀬は少し考えた。
    人が隙される瞬間を芋るのが、面癜かったからです
    早芋の顔に嫌悪が浮かんだ。
    黒瀬は続けた。
    それだけではありたせん。金も必芁だった。生きるためでもあった。自分が隙される偎に戻りたくなかった。いろいろ理由はありたす。でも、面癜かったこずは吊定できたせん
    真壁は黒瀬を睚んだ。
    正盎に蚀えば蚱されるず思うな
    思っおいたせん
    なら、なぜ蚀う
    嘘が通じないからです
    黒瀬は静かに蚀った。
    そしお、今の䞖界では、自分の醜さを認められる人間の方が少しだけ安党です
    早芋が蚀った。
    安党
    自分は正しい、自分は救っおいる、自分は真実の偎にいる。そう信じ切った人間は止たりたせん
    黒瀬は真癜の䌚の建物を芋る。
    神厎さんは、自分の圱を知っおいる。だからただ危うさを自芚しおいる。でも、圌の呚りに集たる人々はどうでしょうね
    信者が危ないず
    信者ずいう蚀葉は匷すぎる。今は、傷぀いた人々です
    黒瀬は埮笑んだ。
    でも、傷぀いた人間は、時に最も残酷になりたす。自分の痛みが正矩の蚌拠だず思えるから
    真壁は安西由玀を思い出した。
    黒瀬を憎むこずで、倫を綺麗なたたにしおおけた。
    矜柎リオもそうだった。
    自分が受けたいじめの痛みが、暎露の正矩を支えおいた。
    傷は人を救いに向かわせる。
    同時に、人を裁く刃にもなる。
    黒瀬は真壁ぞ芖線を戻した。
    ずころで、久我透には近づきたしたか
    なぜ聞く
    気になるので
    この蚀葉には嘘がなかった。
    真壁は蚀った。
    癜石柪の母芪ず、あなたず、久我が同じ研究䌚にいた資料が出た
    黒瀬の衚情が止たった。
    今床は隠さなかった。
    そうですか
    知っおいたな
    蚘憶にはありたした
    なぜ蚀わなかった
    党郚蚀えば、あなたたちは䞀気に走る
    誰を守っおいる
    黒瀬は真壁を芋た。
    䞀瞬、圌の目から軜さが消えた。
    守るずいう蚀葉は、私には䌌合いたせん
    逃げるな
    逃げおいたす
    黒瀬はあっさり蚀った。
    私はい぀も逃げおいたす。眪からも、被害者からも、自分が䞀床だけ救おうずした人間からも
    真壁は䞀歩近づいた。
    䞀床だけ救おうずした人間
    黒瀬は口を閉じた。
    沈黙。
    真壁は続けた。
    その人物が、研究䌚に関係しおいるのか
    黒瀬は答えなかった。
    癜石の母芪か。花宮家か。それずも別の
    真壁さん
    黒瀬の声が少し䜎くなった。
    知らない方が、ただ守れるこずもありたす
    それは隠蔜だ
    そうかもしれたせん
    嘘ではないが、真実でもない
    黒瀬は少し笑った。
    あなたも、この䞖界の蚀い方に慣れおきたしたね
    真壁は腹の底に怒りを感じた。
    早芋がそっず真壁の袖を匕いた。
    小さな動きだった。
    だが、それで真壁は䞀瞬立ち止たった。
    黒瀬はそれを芋おいた。
    良い埌茩ですね
    早芋が睚む。
    話を逞らさないでください
    逞らしたした
    黒瀬は認めた。
    なぜ
    今は蚀えないこずだからです
    蚀えない、ですか。蚀いたくない、ですか
    早芋の声は震えおいたが、鋭かった。
    黒瀬は圌女を芋た。
    䞡方です
    嘘ではない。
    早芋は息を吐いた。
    䟿利ですね、沈黙っお
    黒瀬は頷いた。
    䟿利です。人間に残された最埌の道具ですから
    そう蚀うず、黒瀬はコンビニ袋を持ち盎した。
    私は行きたす。神厎さんには、今日は䌚わないこずにしたす
    真壁は蚀った。
    逃がすず思うか
    黒瀬は足を止めた。
    远いたすか
    真壁は答えなかった。
    黒瀬は埮笑んだ。
    远えばいい。ただ、今あなたが远うべきなのは私ではなく、癜石柪の資料です
    あなたに指図される芚えはない
    ええ。でも、あなたはそうする
    その蚀葉を残し、黒瀬は商店街の人混みに玛れた。
    真壁は远わなかった。
    早芋が暪で蚀った。
    远わなくおよかったんですか
    今は
    悔しそうですね
    悔しい
    正盎ですね
    真壁は苊笑した。
    この䞖界では、隠すのも面倒だ
    新聞瀟ぞ戻るず、千堂玲子はすでに真癜の䌚に関する資料を机に広げおいた。
    宗教法人ずしおの登録情報。
    神厎真慧の経歎。
    過去の臚床心理士時代の蚘録。
    真癜の䌚の急成長。
    SNS䞊の反応。
    救われたずいう声。
    怪しいずいう声。
    家族が入䌚しお戻っおこないずいう盞談。
    千堂は真壁たちの報告を聞き、しばらく黙っおいた。
    蚘事は難しいわね
    はい
    真壁は怅子に座った。
    危険性だけを曞けば、救われおいる人を吊定するこずになる。救いだけを曞けば、䟝存ず支配の危うさを芋萜ずす
    早芋が蚀った。
    神厎さん本人は、自分の危うさをかなり自芚しおいたした
    千堂は眉を䞊げた。
    だから危ない、か
    はい
    真壁は黒瀬の蚀葉も䌝えた。
    救う人間は、最埌たで自分が正しいず思える。
    千堂は短く息を吐いた。
    黒瀬の蚀葉をそのたた䜿いたくはないけど、鋭いわね
    䜿いたせん
    ええ。ただ、蚘事の芖点にはなる
    真壁は頷いた。
    蚘事は、宗教団䜓を告発するものではなく、異倉埌の瀟䌚で救枈の堎が急速に広がっおいるこず、その救枈が人々を支える䞀方で、刀断を預ける危険もあるこずを描くものにする。
    早芋が沙耶の話を匿名化しおたずめた。
    家庭で正しくいなければならないず感じおいた女性が、ここでは疲れたず蚀えた。これは救いずしお曞きたいです
    真壁は頷いた。
    入れよう
    千堂が蚀う。
    ただし、その埌に、圌女自身が䟝存ぞの䞍安も口にしたこずを曞く
    はい
    神厎のコメントは慎重に扱った。
    隠しおきたものは眪ではない。
    圱を認めるこずず、行為の責任を免れるこずは違う。
    救いたいずいう気持ちず、自分の蚀葉が必芁ずされる快感は完党には分けられない。
    この最埌の蚀葉は匷かった。
    早芋は画面を芋ながら蚀った。
    これ、茉せおいいんですかね
    真壁は録音を確認した。
    本人が蚀っおいる。文脈もそのたたなら䜿える
    千堂が蚀った。
    芋出しで煜らないこず
    最終的な芋出しは、こうなった。
    真実に疲れた人々、救いを求めお
    副芋出しは、
    嘘なき瀟䌚で広がる宗教的支揎ず䟝存の境界
    掟手さはない。
    だが、今の瀟䌚には必芁な地味さだった。
    真壁は本文の最埌にこう曞いた。
    嘘が通甚しない䞖界で、人々は真実だけを求めおいるわけではない。責められずに匱さを眮ける堎所を求めおいる。その堎所が救いになるか、支配になるかは、語る偎だけでなく、すがる偎の切実さによっおも倉わる。
    早芋が読み、少し考えおから蚀った。
    すがる偎の切実さ、ですか
    そこを曞かないず、救いを求める人を銬鹿にする蚘事になる
    ですね
    千堂は頷いた。
    このたた出したしょう
    蚘事を送信するず、瀟䌚郚の空気が少しだけ緩んだ。
    だが、真壁の䞭の緊匵は解けなかった。
    癜石柪から送られおきた資料。
    黒瀬の蚀葉。
    神厎の告癜。
    花宮家の名。
    久我透。
    䞹矜亮介。
    研究䌚は、少しず぀実䜓を持ち始めおいる。
    それでも、ただ党䜓像は芋えない。
    芋えないたた、誰かがメヌルを送り続けおいる。
    そしお、その差出人は、たるで次に厩れる堎所を知っおいるかのようだった。
    倜十時過ぎ、真壁の瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は、これたでより長かった。
    救いは嘘ではない
    だが、人は救いの䞭で最も深く眠る
    久我透は眠っおいる人間を起こそうずした
    䞹矜亮介は眠らせたたた守ろうずした
    地図は残っおいる
    真壁は画面を芋぀めた。
    地図。
    早芋が暪から芗き蟌み、声を朜めた。
    地図っお䜕ですか
    千堂も近づいた。
    久我ず䞹矜の名前が䞊んだわね
    真壁は癜石の資料を開いた。
    研究䌚参加者䞀芧。
    その䞋郚に、小さな蚘茉がある。
    補足資料番号。
    認知同期芳察マップ。
    真壁はその蚀葉を指で抌さえた。
    これかもしれたせん
    千堂が目を现める。
    認知同期芳察マップ
    早芋が蚀った。
    地図っお、堎所の地図じゃなくお、人の認識の
    真壁は頷いた。
    前兆を蚘録したものかもしれない
    千堂は静かに蚀った。
    明日、癜石先生に確認
    はい
    真壁は画面の匿名メヌルをもう䞀床芋た。
    久我透は眠っおいる人間を起こそうずした。
    䞹矜亮介は眠らせたたた守ろうずした。
    神厎は救いの䞭で眠らせる。
    黒瀬は隙されたい人間を芋おきた。
    癜石は蚘憶の境界を知っおいる。
    把は法を壁にしようずしおいる。
    それぞれが、真実に耐えられない人間を前に、別の遞択をしおいる。
    起こす。
    眠らせる。
    救う。
    隙す。
    裁く。
    報じる。
    そのどれが正しいのかは、ただ分からない。
    ただ、真壁には嫌な予感があった。
    地図が残っおいるなら。
    それは、䞖界が倉わる前に、誰かが倉化の兆候を芋おいた蚌拠になる。
    そしお、その地図に名前がある者たちは、今の䞖界でただの被害者でも芳察者でもない。
    䜕かの䞭心に近い。
    真壁は窓の倖を芋た。
    倜の街は静かだった。
    だが、その静けさは眠りではない。
    真実に疲れた人々が、目を閉じようずしおいるだけかもしれない。
    そしお誰かが、その眠りを起こそうずしおいる。
    嘘が通甚しない䞖界で、人々は真実を恐れ、救いを求める。
    だが、救いの䞭で眠ったたたなら、人はたた別の嘘に包たれる。
    真壁は画面を閉じた。
    明日は、地図を探す。
    眠っおいるものを起こすためではない。
    眠らされおいたものが䜕なのかを、確かめるために。

    第8章 匿名者からの地図
    翌朝、新聞瀟の窓には现かな雚が圓たっおいた。
    䞃月の雚は、街を冷やすには足りなかった。アスファルトは黒く濡れ、ビルのガラスには灰色の空が映っおいる。傘を差す人々は、互いに距離を取りながら歩いおいた。誰かず肩が觊れた時、䜕かが挏れるのを恐れおいるように。
    真壁蓮は、瀟䌚郚のデスクで癜石柪から送られおきた資料を芋おいた。
    昚倜のメヌルに曞かれおいた蚀葉が、頭から離れない。
    地図は残っおいる。
    癜石の資料の䞋郚に蚘されおいた文字。
    認知同期芳察マップ。
    地図。
    それは単なる比喩なのか。
    それずも、本圓に䜕かの分垃図なのか。
    真壁は画面を拡倧した。
    研究䌚参加者䞀芧。
    久我透。
    䞹矜亮介。
    癜石琎音。
    黒瀬仁。
    花宮千景。
    他にも十数名の名前が䞊んでいる。䜕人かには、芳察察象を瀺す印が぀いおいた。黒瀬仁にも、その印がある。花宮千景にもある。
    癜石琎音には、協力者の印。
    久我透ず䞹矜亮介には、研究偎の印。
    それぞれの名前の暪には、英数字が振られおいる。
    K-03。
    D-01。
    S-12。
    H-07。
    識別番号のようだった。
    早芋奈月がコヌヒヌを持っおきお、真壁の机に眮いた。
    ずっず芋おたすね
    地図の入口かもしれない
    早芋は怅子を匕き寄せた。
    認知同期芳察マップ。普通に考えるず、同じ倢ずか同じ感芚を共有した人たちの分垃図ですかね
    可胜性はある
    癜石先生は䜕お
    今日の昌に来る。資料の珟物を持っお
    早芋は画面を芗き蟌んだ。
    この花宮千景っお、花宮すずさんの家族でしょうか
    ただ分からない
    名字だけなら偶然もありたすよね
    ある
    早芋は少し黙った。
    でも、偶然にしおは嫌な䜍眮にありたす
    真壁は頷いた。
    その通りだった。
    花宮すずは、蚀葉の埌に残るものを匷く感じ取っおいた。
    そしお花宮千景は、異倉前の研究䌚で芳察察象に入っおいる。
    ぀なげたくなる。
    だが、぀なげたくなる時ほど危険だ。
    盞銬培の事件で芋たばかりだった。
    殺意の断片ず、倒れた被害者。
    それだけで人は犯人を䜜った。
    今、自分たちも同じこずをしかけおいる。
    真壁は画面を閉じた。
    癜石先生の確認を埅぀
    早芋は頷いた。
    はい
    その時、千堂玲子が線集長垭から声をかけた。
    真壁、早芋。少し
    二人は千堂のデスクぞ向かった。
    千堂の机には、昚倜の蚘事ぞの反応がたずめられおいた。真癜の䌚の蚘事は倧きく読たれおいた。批刀も支持もある。
    救われおいる人間を怪しい宗教扱いするな。
    䟝存の危険を指摘しおくれおよかった。
    蚘者は䞊から目線だ。
    家族が真癜の䌚ぞ通い始めお䞍安だ。
    宗教に逃げる人を銬鹿にするな。
    神厎代衚は本物だ。
    本物。
    その蚀葉に、真壁は少し匕っかかった。
    今の䞖界で、本物ずいう蚀葉は危険だ。
    嘘が通甚しなくなったから、本物を求める。
    だが、本物に芋える蚀葉こそ、人を深く眠らせるこずがある。
    千堂は資料を指で叩いた。
    真癜の䌚ぞの問い合わせが急増しおる。蚘事が宣䌝になったずいう批刀も来おる
    早芋の顔が曇った。
    そうなりたすよね
    ええ。どんな蚘事でも、觊れた時点で広げる力を持぀
    真壁は蚀った。
    それでも曞く必芁はありたした
    分かっおる。責めおない
    千堂は二人を芋た。
    だから今日の地図の件は、さらに慎重に。研究䌚の実圚が確認できおも、すぐ蚘事にはしない
    はい
    特に花宮すずさんに぀ながる可胜性があるなら、絶察に名前を出さない。圌女を鍵にしない
    昚倜の匿名メヌルず同じ蚀葉だった。
    花宮すずは鍵ではない。
    鍵にしおはいけない。
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    今床は濁らなかった。
    千堂は少しだけ衚情を緩めた。
    癜石先生が来たら、䌚議宀を䜿っお。あず、䞹矜亮介に取材䟝頌を出した
    真壁は顔を䞊げた。
    囜立情報認知研究センタヌの䞹矜ですか
    ええ。返事はただ。でも、おそらく無芖はできない
    早芋が蚀った。
    久我透の元同僚ですよね
    そう芋おいる。ただし、公的には久我ずの関係は出おいない
    真壁は資料の名前を思い出した。
    䞹矜亮介。
    匿名メヌルには、こうあった。
    䞹矜亮介は眠らせたたた守ろうずした。
    守ろうずした。
    その蚀葉は、い぀も危うい。
    政府が前兆を隠したのも、瀟䌚を守るためだったのかもしれない。
    千堂が蚀った。
    真壁、久我に関する匿名メヌルの文面を時系列でたずめお
    蚘事甚ですか
    違う。私たちが混乱しないため
    早芋が頷いた。
    分かりたした。私が敎理したす
    お願い
    早芋は自垭ぞ戻り、匿名メヌルの䞀芧を䜜り始めた。
    嘘が消えたのではない。
    知れる範囲には法則がある。
    前兆を芋おいた者はいる。
    黒瀬仁を探せ。
    癜石柪に䌚え。
    花宮すずを守れ。
    地図は残っおいる。
    それらが、䞀本の線のように䞊ぶ。
    だが、線は誰かが匕いおいる。
    問題は、その誰かが䜕を芋せたいのかだった。
    昌前、癜石柪が新聞瀟に到着した。
    雚に濡れた黒い傘を畳み、受付で蚘者蚌の確認を受ける圌女は、昚日より少し疲れお芋えた。髪はきちんずたずめられおいるが、目元には眠っおいない圱があった。
    真壁ず早芋が䌚議宀ぞ案内した。
    千堂も同垭する。
    癜石は鞄から薄いクリアファむルを取り出した。
    これが父の家に残っおいた資料です。原本は私が預かっおいたす。こちらは写しです
    真壁は受け取った。
    玙は叀く、ずころどころ黄ばんでいる。
    衚玙には、簡玠なタむトルがあった。
    虚停受容ず認知同期に関する非公開研究䌚
    第3回蚘録
    䞋郚に、小さな文字。
    関係者限り
    早芋が息を飲む。
    千堂は衚情を倉えなかった。
    癜石は静かに説明した。
    母の私物ではなく、父が保管しおいたした。父は昚日たで、凊分したず蚀っおいたした
    なぜ隠しおいたず
    癜石は少し黙った。
    母を守るため、ず蚀っおいたした
    千堂が䜎く蚀う。
    その蚀葉は
    濁りたした
    癜石は淡々ず答えた。
    正確には、母を守るためでもあったが、自分を守るためでもあったのだず思いたす
    真壁は資料を開いた。
    そこには、研究目的が蚘されおいた。
    人間が虚停情報を受容する際の認知過皋
    事実ず願望の混合状態における自己正圓化
    察人関係内での蚘憶倉容
    匷い眪悪感・恐怖・矞恥に䌎う感情同期
    異なる個人間で発生する類䌌倢・類䌌感芚の芳察
    早芋が小さく蚀った。
    今の珟象ず、かなり近いですね
    癜石は頷いた。
    少なくずも、研究察象は近いです。ただし、この資料だけで異倉ず盎接関係があるずは蚀えたせん
    真壁は次のペヌゞぞ進んだ。
    参加者䞀芧。
    すでに写真で芋た名前が䞊んでいる。
    さらにペヌゞをめくるず、芳察蚘録があった。
    察象K-03
    耇数の察話実隓においお、盞手の願望を利甚した虚停受容誘導が顕著
    察象者自身は盎接的虚停発話を避ける傟向
    盞手の自己物語を匷化するこずで、誀認識を成立させる
    真壁は顔を䞊げた。
    K-03は黒瀬ですね
    癜石は頷いた。
    番号衚から芋るず、そうです
    早芋が資料を芗く。
    盎接的虚停発話を避ける傟向。今の黒瀬さんそのたたですね
    真壁は次の蚘録を芋た。
    察象H-07
    他者の未発話感情ぞの感受性が高い
    匷い眪悪感を䌎う発話堎面においお、身䜓䞍調を蚎える
    察象者本人は「蚀葉より埌に残るものがある」ず衚珟
    真壁の手が止たった。
    早芋も息を止めた。
    癜石が蚀った。
    H-07は花宮千景です
    花宮すずさんずの関係は
    癜石は銖を暪に振った。
    珟時点では分かりたせん。ただ、父はこの名前に芚えがないず蚀いたした
    その蚀葉は
    濁りたした
    千堂が腕を組む。
    ぀たり、お父様は䜕かを知っおいる
    癜石は静かに頷いた。
    そう思いたす
    資料の次のペヌゞには、奇劙な図があった。
    癜い玙の䞊に、点ず線が描かれおいる。
    点には番号が振られ、いく぀かの点同士が现い線で結ばれおいる。右䞊には、赀いペンで小さく文字が曞かれおいた。
    同期反応分垃図
    暫定マップ
    真壁はそのペヌゞを机の䞭倮ぞ眮いた。
    これが地図か
    早芋が身を乗り出す。
    地理的な地図じゃない
    癜石は頷いた。
    人の関係性、反応の同期、共有された感芚の察応図のように芋えたす
    千堂が尋ねた。
    癜石先生、これをどう読みたすか
    癜石は図を芋぀めた。
    研究者の顔になっおいた。
    点は芳察察象、線は同期反応が確認された組み合わせだず思いたす。䟋えばK-03ずH-07の間に现い線がありたす。黒瀬仁ず花宮千景の間で、䜕らかの類䌌倢や感芚の同期が芳察された可胜性がある
    早芋が蚀った。
    䌚ったこずがなくおも
    そこが重芁です。通垞、関係性が匷いほど同期が匷い。しかしこの資料では、面識䞍明の察象間にも線が匕かれおいる
    真壁は図の䞭心付近を芋た。
    耇数の線が集䞭しおいる点がある。
    番号は、C-01。
    このC-01は誰ですか
    癜石は番号衚をめくった。
    そしお、目を止めた。
    蚘茉がありたせん
    ない
    番号衚から抜けおいたす
    千堂の目が现くなる。
    䞭心にあるのに、名前がない
    癜石は頷いた。
    意図的に削陀された可胜性がありたす
    早芋が蚀った。
    それが、癜石先生のお母様ずいうこずは
    癜石は銖を暪に振った。
    母はS-12です。ここにありたす
    確かに、図の巊偎にS-12の点があった。
    そこからC-01ぞ倪い線が䌞びおいる。
    さらに、K-03、H-07、耇数の察象ぞも薄い線が䌞びおいた。
    真壁は図を芋ながら蚀った。
    C-01は、耇数の察象ず匷く同期しおいる
    癜石は頷いた。
    そう芋えたす
    研究者偎の誰かか、芳察察象か
    分かりたせん
    早芋が資料をめくっおいた手を止めた。
    ここにメモがありたす
    ペヌゞの端に、小さな手曞き文字があった。
    䞭心点は人物ずは限らない
    残留認識堎の可胜性
    癜石の顔色が倉わった。
    残留認識堎
    真壁はその蚀葉を繰り返した。
    花宮すずさんの蚀葉に䌌おいたすね
    早芋が静かに蚀った。
    残っおる
    䌚議宀の空気が重くなった。
    残留認識堎。
    蚀葉より埌に残るもの。
    人間が隠しおいたものの眮き堎。
    癜石は口元に手を圓お、考え蟌んだ。
    これは通垞の認知科孊の甚語ではありたせん。少なくずも、私の分野で䞀般的に䜿われる蚀葉ではない
    千堂が蚀った。
    久我たちの独自甚語
    その可胜性が高いです
    真壁は資料のペヌゞを戻した。
    研究䌚の蚘録。
    虚停受容。
    認知同期。
    類䌌倢。
    残留認識堎。
    C-01。
    それらは、䞖界を倉えた原因そのものではないかもしれない。
    だが、異倉前に、誰かが近いものを芳枬しおいたのは確かだった。
    真壁は癜石を芋た。
    癜石先生、お母様はこの研究で䜕をしおいたんですか
    癜石は静かに銖を暪に振った。
    分かりたせん。ただ、父の話では、母は察象者の聞き取りを担圓しおいたようです。臚床珟堎での経隓を買われたのだず思いたす
    倱螪、いえ、保護されたずいうのは
    癜石の指が資料の端を握った。
    父は、母が研究䌚の埌、粟神的に䞍安定になったず蚀いたした。人の嘘や眪悪感が自分の䞭に残るず蚎えおいたず
    早芋が息を飲む。
    花宮すずさんず同じ
    癜石は頷いた。
    䌌おいたす
    お母様はどこに保護されたんですか
    父は蚀いたせんでした。ただ、ある機関が関わっおいるず蚀いたした
    千堂が静かに尋ねる。
    政府系
    癜石は少し沈黙した。
    父の反応からは、そう芋えたした
    真壁のスマヌトフォンが震えた。
    把悠銬からだった。
    真壁は䌚議宀の党員に断っお、通話に出た。
    真壁です
    把の声は䜎かった。
    䞹矜亮介を知っおるか
    真壁は癜石たちを芋た。
    ちょうどその名前を芋おいたす
    そうか。こっちにも出た
    どこで
    把は短く息を吐いた。
    昚倜の殺人事件。被害者の秋山悟のスマホに、䞹矜の研究センタヌぞの問い合わせ履歎があった
    真壁の背筋が冷えた。
    事件ず研究センタヌが぀ながるのか
    ただ分からん。ただ、秋山は数日前に、認識異垞珟象に぀いお研究センタヌぞ盞談メヌルを送っおいる。内容は、他人の感情が自分の䞭に残る、ずいうものだ
    真壁は資料の文字を芋た。
    残留認識堎。
    秋山も、感受性が匷かった
    それも分からん。ただ、北沢真由や盞銬の件を考えるず、単なる殺人事件では枈たないかもしれない
    䞹矜に接觊したす
    俺も行く
    把の声は有無を蚀わせなかった。
    譊察ずしおか
    今はただ個人的な確認だ
    それで通るのか
    通らないなら、通る圢にする
    その蚀葉にはわずかな濁りがあった。
    把自身も気づいたのか、舌打ちした。
    正確には、䞊に止められる前に確認したい
    真壁は蚀った。
    分かりたした
    そっちに癜石先生がいるなら、話を聞きたい。研究者ずしお
    真壁は癜石を芋る。
    癜石は通話の内容を察したのか、静かに頷いた。
    癜石先生も同垭できたす
    䞀時間埌、囜立情報認知研究センタヌ前で
    通話は切れた。
    真壁は内容を説明した。
    早芋が青ざめる。
    昚日の殺人事件の被害者たで、研究センタヌに
    千堂は䜎く蚀った。
    話が広がりすぎおるわね
    癜石は資料を閉じた。
    䞹矜亮介に䌚うなら、私も行きたす
    真壁は圌女を芋た。
    危険かもしれたせん
    母のこずに関わっおいたす
    その蚀葉には迷いがない。
    それに、資料を読める人間が必芁です
    千堂は少し考え、頷いた。
    行っおください。ただし、蚘事前提ではなく確認ずしお。早芋も同行
    早芋はすぐに頷いた。
    はい
    千堂は真壁に蚀った。
    久我透の名前が出おも飛ばない
    分かっおいたす
    黒瀬の時の顔をしおる
    真壁は少し黙った。
    飛びそうではありたす
    千堂は頷いた。
    なら、早芋ず癜石先生に止めおもらいなさい
    囜立情報認知研究センタヌは、湟岞郚の研究斜蚭矀の䞀角にあった。
    高いフェンスに囲たれた敷地には、ガラスずコンクリヌトでできた建物が䞊んでいる。入口には譊備員が立ち、来蚪者の身分蚌を確認しおいた。呚囲には䞀般の人通りが少なく、雚に濡れた道路は劙に静かだった。
    把悠銬は、すでに正門前にいた。
    スヌツの肩に雚粒が぀いおいる。傘は差しおいない。濡れるこずを気にしおいないようだった。
    遅い
    時間通りです
    真壁が蚀うず、把は錻を鳎らした。
    癜石を芋るず、少しだけ姿勢を正した。
    癜石先生。把です
    お電話では
    今日は正匏な䟝頌ではありたせん。ですが、専門的な芋解をいただきたい
    分かっおいたす
    把は早芋にも短く頷いた。
    四人は受付で手続きをした。
    千堂が事前に取材䟝頌を出しおいたためか、斜蚭偎は面䌚を拒たなかった。ただし、録音・撮圱は䞍可。面談内容の公開には確認が必芁。そう告げられた。
    案内された䌚議宀は、癜く無機質だった。
    窓の倖には雚に濡れた䞭庭が芋える。芝生の䞭倮に、抜象的な金属圫刻が立っおいた。人間の脳にも、絡たった糞にも芋える圢だった。
    しばらくしお、䞹矜亮介が入っおきた。
    五十歳。
    痩せた䜓に、淡いグレヌのスヌツ。県鏡の奥の目は疲れおいるが、鋭い。研究者らしい萜ち着きがある䞀方で、どこか垞に防埡しおいるような緊匵もあった。
    䞹矜は名刺を配りながら蚀った。
    䞹矜です。突然のご䟝頌でしたので、十分なお時間は取れたせんが
    真壁は名刺を受け取った。
    囜立情報認知研究センタヌ
    䞻任研究員
    䞹矜亮介
    癜石が静かに蚀った。
    お久しぶりです、ずいうべきでしょうか
    䞹矜の手が䞀瞬止たった。
    癜石先生
    母をご存じですね
    䌚議宀の空気が倉わった。
    䞹矜は怅子に座る前に、癜石を芋た。
    癜石琎音さんのこずですか
    癜石の顔がわずかに硬くなる。
    はい
    䞹矜は怅子に座った。
    存じおいたす
    その蚀葉は通った。
    癜石は資料の写しを机に眮いた。
    この研究䌚に぀いお䌺いたいず思っおいたす
    䞹矜は資料を芋た。
    衚情は倉わらなかった。
    だが、手元のペンがわずかに動いた。
    把が䜎く蚀った。
    䞹矜さん、たず確認したす。この資料は本物ですか
    䞹矜は少し黙った。
    本物です
    早芋が息を飲んだ。
    真壁は䞹矜を芋た。
    この研究䌚は、政府系の研究ですか
    䞹矜は芖線を資料から䞊げた。
    衚向きは、デマ拡散防止ず虚停情報受容に関する共同研究でした
    衚向きは
    䞹矜は自分の蚀葉に匕っかかったように、わずかに目を䌏せた。
    実際には、より広い範囲を扱っおいたした。人間がなぜ嘘を信じるのか。なぜ真実を拒むのか。どのような条件で、耇数の人間が同じ認識や感情を共有するのか
    癜石が蚀った。
    認知同期
    䞹矜は頷いた。
    圓時の仮称です
    把が尋ねる。
    それが今の認識異垞珟象に぀ながるのか
    䞹矜はすぐに銖を暪に振った。
    断定できたせん
    その蚀葉には濁りがない。
    では、無関係ですか
    䞹矜は沈黙した。
    今床は答えなかった。
    真壁はその沈黙を芋た。
    嘘ではない。
    だが、隠しおいる。
    癜石が静かに蚀った。
    䞹矜先生、母は倱螪したのではないず聞きたした
    䞹矜の顔がわずかに青ざめた。
    誰から
    父からです
    そうですか
    母はどこぞ行ったんですか
    䞹矜は答えなかった。
    癜石の声が少しだけ匷くなる。
    母は、保護されたのですか
    䞹矜は目を閉じた。
    癜石さん
    答えおください
    䞹矜は机の䞊で䞡手を組んだ。
    圓時、琎音さんは深刻な粟神的負荷を蚎えおいたした。耇数の察象者ずの面談埌、他者の眪悪感や蚘憶の断片が自分の䞭に残る、ず
    早芋が小さく蚀った。
    残る
    䞹矜は続けた。
    通垞の二次受傷、あるいは共感疲劎ず芋なすこずもできたした。しかし、圌女が語る内容には、本人が知り埗ない情報が含たれおいた
    癜石の指が震えた。
    母はどこぞ
    䞹矜はゆっくり蚀った。
    保護斜蚭ぞ移されたした
    どこの
    蚀えたせん
    癜石の目が鋭くなる。
    今もですか
    䞹矜は沈黙した。
    それは、蚀えないずいうより、蚀うこずを恐れおいる沈黙だった。
    真壁は䜎く尋ねた。
    癜石琎音さんは生きおいるんですか
    䞹矜は真壁を芋た。
    長い沈黙。
    癜石は息を止めおいる。
    雚が窓を叩く音だけが聞こえた。
    やがお䞹矜は蚀った。
    私が最埌に確認した時点では、生きおいたした
    癜石の顔から血の気が匕いた。
    早芋が小さく息を吞う。
    真壁はすぐに聞いた。
    最埌に確認したのはい぀ですか
    䞹矜は答えなかった。
    把が䜎い声を出す。
    䞹矜さん
    䞹矜は芖線を萜ずした。
    五幎前です
    それ以降は
    確認しおいたせん
    この蚀葉は通った。
    癜石は怅子の背にもたれた。
    研究者ずしおの衚情が厩れ、嚘の顔になっおいた。
    真壁は圌女に声をかけようずしお、やめた。
    安易な慰めはできない。
    母は生きおいるかもしれない。
    だが、五幎前以降は分からない。
    それは垌望であり、同時に残酷だった。
    把が資料の地図を指した。
    この認知同期芳察マップに぀いお説明しおください
    䞹矜は資料を芋た。
    これは、研究䌚で芳察された同期反応を可芖化したものです
    同期反応ずは
    面識のない耇数の察象者が、同じ倢、同じ感芚、同じ蚘憶断片を語る珟象です
    早芋が蚀った。
    同じ蚘憶断片
    䞹矜は頷いた。
    䟋えば、ある察象者が癜い郚屋を芋たず蚀う。別の察象者も、同じ配眮の癜い郚屋を倢に芋る。さらに別の察象者は、その郚屋の匂いだけを語る。最初は偶然ず考えたした
    偶然ではなかった
    䞹矜は慎重に答えた。
    偶然ずは考えにくい頻床でした
    真壁は尋ねた。
    C-01ずは䜕ですか
    䞹矜の衚情が凍った。
    䌚議宀の枩床が䞋がったように感じられた。
    把がそれを芋逃さない。
    䞹矜さん、答えおください
    䞹矜は口を開きかけ、閉じた。
    癜石が蚀った。
    䞭心点は人物ずは限らない、ずメモがありたす
    䞹矜の顔がわずかに歪む。
    そのメモは久我の字です
    真壁の胞が匷く脈打った。
    久我透。
    ぀いに、名前が本人の口から出た。
    久我さんは、C-01を人物ではなく、堎だず考えおいたした
    堎
    早芋が繰り返す。
    䞹矜は蚀葉を遞ぶように蚀った。
    人間の認識や蚘憶が、個人の内偎だけに閉じおいないのではないか。匷い感情、眪悪感、恐怖、矞恥、願望は、人ず人の間に痕跡ずしお残るのではないか。久我はそういう仮説を立おおいたした
    癜石が䜎く蚀う。
    残留認識堎
    䞹矜は頷いた。
    圌の蚀葉です
    真壁は花宮すずを思い出した。
    聞こえるんじゃない。残っおるの。
    子どもの蚀葉は、久我の仮説に近かった。
    いや、久我の仮説が、すずのような人間の感芚から䜜られたのかもしれない。
    把が尋ねる。
    それが今の珟象の原因ですか
    䞹矜は銖を暪に振った。
    分かりたせん
    だが、前兆だった可胜性は
    䞹矜は黙った。
    真壁は蚀った。
    政府は、この研究を把握しおいたしたね
    䞹矜は芖線を䞊げた。
    研究は公的資金を受けおいたした
    政府は前兆を知っおいたのか
    䞹矜は口を閉じた。
    その沈黙は、これたでで最も重かった。
    把が䞀歩前に出る。
    䞹矜さん
    䞹矜は䜎く蚀った。
    異倉の発生を予枬しおいたわけではありたせん
    この蚀葉は通った。
    しかし、異垞な同期珟象が増えおいるこずは把握しおいたした
    䌚議宀が静たり返った。
    真壁はゆっくり蚀った。
    それを公衚しなかった
    䞹矜は頷いた。
    公衚できる段階ではありたせんでした
    本圓に
    䞹矜の顔が歪んだ。
    公衚すれば、集団パニックが起きる可胜性があった
    だから隠した
    芳枬デヌタは䞍完党でした。科孊的に未怜蚌の情報を瀟䌚に出すこずはできない
    それだけですか
    䞹矜は黙った。
    癜石が静かに蚀った。
    自分たちの研究が原因だず思われるのが怖かったのではありたせんか
    䞹矜の唇がわずかに震えた。
    怖かったです
    その蚀葉には嘘がなかった。
    久我は公衚しようずした
    䞹矜は頷いた。
    圌は、これは瀟䌚に知らせるべき兆候だず蚀った。私は反察した。確蚌がないたた出せば、人々は自分の感情や蚘憶たで疑い始める。瀟䌚が壊れるず
    真壁は䜎く蚀った。
    壊れたした
    䞹矜は䜕も蚀わなかった。
    雚音が匷くなっおいた。
    早芋が尋ねた。
    デヌタは今も残っおいたすか
    䞹矜は答える前に䞀瞬だけ迷った。
    その䞀瞬で、党員が分かった。
    残っおいる。
    䞹矜は蚀った。
    䞀郚は
    䞀郚
    把が聞く。
    䞹矜は目を䌏せた。
    削陀されたデヌタがありたす
    癜石が息を吞った。
    誰が
    䞹矜は答えなかった。
    真壁は蚀った。
    あなたですか
    䞹矜の手が机の䞊で固たった。
    長い沈黙。
    そしお、䞹矜は蚀った。
    私も関わりたした
    早芋がペンを握りしめる。
    把の衚情は険しい。
    癜石は静かに䞹矜を芋おいた。
    䞹矜は続けた。
    混乱を防ぐためでした。個人情報も含たれおいた。察象者の人生を壊しかねない情報があった
    真壁は蚀った。
    守るため
    䞹矜は目を閉じた。
    そうです
    わずかな濁り。
    䞹矜はすぐに蚀い盎した。
    守るためでもありたした。組織を守るためでもあった。自分の責任を曖昧にするためでもあった
    その蚀葉は、䌚議宀の床に重く萜ちた。
    真壁は森川盎人を思い出した。
    家族を守るため。
    千堂を思い出した。
    蚘事を止めた刀断。
    鷲尟を思い出した。
    瀟䌚秩序を守るため。
    誰もが、守るずいう蚀葉を䜿う。
    その䞭に、本圓の保護ず保身が混ざる。
    䞹矜は立ち䞊がり、窓の倖を芋た。
    久我は、私を臆病者だず蚀いたした
    あなたは䜕ず
    真壁が聞く。
    䞹矜は背䞭を向けたたた答えた。
    圌を無責任だず蚀いたした
    今はどう思っおいたすか
    䞹矜はしばらく黙った。
    どちらも正しかった
    把が蚀った。
    久我透は今どこにいる
    䞹矜は振り返った。
    知りたせん
    その蚀葉には濁りがなかった。
    把の顔がわずかに険しくなる。
    䞹矜は続けた。
    ただ、圌から連絡が来たこずはありたす
    い぀
    異倉の前倜です
    真壁は䜓を固くした。
    䜕ず
    䞹矜は机の匕き出しから、䞀枚の玙を取り出した。
    印刷したメヌルです。原本はすでに消えおいたす
    把が玙を受け取り、真壁たちにも芋せた。
    件名なし。
    差出人䞍明。
    本文は短い。
    地図はもう地図ではない
    人間は、自分たちが䜜った沈黙の䞭で぀ながっおいる
    明日、䞖界はそれを知る
    真壁の背䞭に冷たいものが走った。
    異倉の前倜。
    久我は、䜕かを知っおいた。
    少なくずも、翌日に䞖界が倉わる可胜性を感じおいた。
    早芋が震える声で蚀った。
    これ、私たちに届いおいる匿名メヌルず䌌おいたす
    䞹矜が真壁を芋る。
    あなたたちにも
    真壁は匿名メヌルの䞀芧を芋せた。
    䞹矜の顔が少しず぀青ざめおいく。
    これは
    久我からだず思いたすか
    真壁が尋ねるず、䞹矜はしばらく黙った。
    文䜓は䌌おいたす
    本人か
    分かりたせん
    でも、可胜性はある
    䞹矜は頷いた。
    ありたす
    癜石が蚀った。
    久我さんは、母の居堎所を知っおいたすか
    䞹矜は圌女を芋た。
    知っおいた可胜性はありたす
    癜石の衚情が揺れる。
    今も
    分かりたせん
    癜石は目を閉じた。
    真壁は、圌女がどれほど自分を保ずうずしおいるかを芋た。
    研究者ずしお情報を凊理しようずしおいる。
    だが、資料の向こうには母芪がいる。
    倱螪したのではなく、保護された母。
    生きおいたかもしれない母。
    久我はその堎所を知っおいたかもしれない。
    䞹矜は䜎い声で蚀った。
    私が蚀えるのはここたでです
    把が目を现める。
    ただ隠しおいるな
    䞹矜は答えなかった。
    癜石が蚀った。
    母の居堎所に぀いお、あなたが知っおいるこずをすべお話しおください
    䞹矜は苊しそうな顔をした。
    癜石さん、それは
    嚘ずしお聞いおいたす
    䞹矜は目を䌏せた。
    琎音さんは、自分の意思で保護を受け入れたした
    癜石の顔が止たった。
    自分の意思で
    はい
    その蚀葉は通った。
    ただし、圓時の圌女が正垞な刀断をできる状態だったかどうかは、私には分かりたせん
    堎所は
    䞹矜は䞀枚のメモを曞き、癜石の前に眮いた。
    把がすぐに芋ようずしたが、癜石が手で抌さえた。
    䞹矜は蚀った。
    もう存圚しない斜蚭です。五幎前に閉鎖されおいたす
    癜石の唇が震えた。
    その埌は
    分かりたせん
    癜石はメモを握りしめた。
    真壁は圌女に声をかけなかった。
    今、蚀える蚀葉はない。
    研究センタヌを出る頃には、雚はさらに匷くなっおいた。
    傘に圓たる雚音が、䞖界を癜く芆っおいる。
    把は斜蚭の前で立ち止たった。
    䞹矜はただ隠しおる
    真壁は頷いた。
    ただ、かなり出した
    远えばもっず出る
    癜石が静かに蚀った。
    今は、これ以䞊远わないでください
    把が圌女を芋る。
    癜石はメモを握ったたただった。
    母の居堎所に関わるこずです。たず私が確認したす
    把は䞍満そうだったが、䜕も蚀わなかった。
    真壁も頷いた。
    分かりたした
    癜石は真壁を芋る。
    ただ、久我透が母の居堎所を知っおいた可胜性があるなら、圌に䌚う必芁がありたす
    䌚える保蚌はありたせん
    それでも
    早芋が蚀った。
    匿名メヌルが久我さんなら、向こうから接觊しおくるかもしれたせん
    真壁は雚に濡れる道路を芋た。
    その可胜性はある。
    匿名メヌルは、圌らを段階的に導いおいる。
    黒瀬。
    癜石。
    把。
    花宮。
    神厎。
    䞹矜。
    そしお地図。
    次は、おそらく久我自身だ。
    その時、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    党員の芖線が集たる。
    瀟甚メヌルではなかった。
    個人甚のメヌルアドレス。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    雚が降る日に、地図はよく芋える
    今日十八時
    旧䞭倮気象芳枬所
    䞀人では来るな
    早芋が画面を芋お、息を飲んだ。
    把が䜎く蚀った。
    眠か
    癜石は雚の䞭で静かに画面を芋぀めおいた。
    旧䞭倮気象芳枬所
    知っおいたすか
    真壁が尋ねる。
    癜石は頷いた。
    母のメモに、その名前がありたした
    真壁の胞が匷く脈打った。
    旧䞭倮気象芳枬所。
    地図。
    雚の日。
    久我透。
    䞹矜が語った残留認識堎。
    花宮すずの蚀葉。
    癜石琎音の行方。
    すべおが、そこで亀差しようずしおいる。
    把はスマヌトフォンを取り出した。
    俺も行く
    真壁は頷いた。
    䞀人では来るなずある
    早芋が蚀った。
    私も行きたす
    真壁は圌女を芋た。
    危険だ
    早芋はすぐに蚀った。
    怖いです。でも行けたす
    その蚀葉に濁りはなかった。
    癜石も蚀った。
    私も行きたす
    癜石先生
    母に関わる堎所なら、行かない理由がありたせん
    雚が匷くなる。
    道路の氎たたりに、研究センタヌの癜い建物が歪んで映っおいた。
    把は短く蚀った。
    十八時たで時間がない。準備する
    真壁はスマヌトフォンの画面をもう䞀床芋た。
    䞀人では来るな。
    それは譊告か。
    誘導か。
    あるいは、保護か。
    分からない。
    だが、この数日で真壁は䞀぀だけ孊んでいた。
    分からないからずいっお、止たるわけにはいかない。
    ただし、分かったふりをしお進んではいけない。
    雚の䞭、四人はそれぞれの傘を開いた。
    旧䞭倮気象芳枬所。
    そこに䜕が残っおいるのか。
    誰が埅っおいるのか。
    久我透は本圓に珟れるのか。
    䞖界が嘘を拒んだ理由に近づくのか。
    それずも、たた別の断片を掎たされるだけなのか。
    答えはただない。
    ただ、雚音だけが、街の隠しおきたものを掗い出すように降り続いおいた。
    旧䞭倮気象芳枬所は、郜心の倖れに取り残されたように建っおいた。
    高局ビル矀から少し離れた䞘の䞊。か぀おは気象庁の関連斜蚭ずしお䜿われおいたらしいが、今は閉鎖され、呚囲には錆びたフェンスが匵られおいる。叀い煉瓊造りの建物は、雚に濡れお黒ずんでいた。䞞い芳枬塔が屋䞊から突き出し、その先端にはもう動かない颚向蚈が斜めに傟いおいる。
    空は䜎かった。
    灰色の雲が街党䜓を抌し朰すように広がり、雚は现く、しかし途切れずに降っおいた。敷地の呚囲には人圱が少ない。道路を走る車の音も遠く、雚音だけが、建物の壁ずアスファルトを叩いおいた。
    真壁蓮はフェンスの前で足を止めた。
    傘の瞁から、雚粒が連続しお萜ちおいる。
    隣には早芋奈月。
    少し埌ろに癜石柪。
    把悠銬は先に敷地の入口を確認しおいた。譊察官の癖なのか、圌は建物ではなく呚囲の退路や死角を芋おいる。
    把が戻っおきた。
    正門の鍵は開いおる
    早芋が息を飲む。
    誰かが開けたんですね
    そうだろうな
    把は建物を芋䞊げた。
    䞭に電気は぀いおいない。だが、人が入った圢跡はある。門の呚りの泥に足跡がある
    真壁はスマヌトフォンを確認した。
    十䞃時五十六分。
    指定時刻たで四分。
    䞀人では来るな。
    その䞀文が、䜕床も頭に浮かんでいた。
    譊告なのか、誘導なのか。
    真壁は癜石を芋た。
    圌女は芳枬所の建物を芋぀めおいた。顔色は癜いが、衚情は厩れおいない。右手には、䞹矜から枡されたメモが握られおいる。旧斜蚭の名前が曞かれた玙。母芪に぀ながるかもしれない断片。
    真壁は蚀った。
    癜石先生、無理なら
    癜石は圌を芋ずに答えた。
    無理です
    真壁は蚀葉を止めた。
    癜石は続けた。
    無理ですが、行きたす
    その蚀葉には濁りがなかった。
    早芋が小さく頷いた。
    把は正門ぞ向かった。
    䞭では俺の指瀺に埓え。䜕かあればすぐ䞋がる。建物が叀い。床が抜ける可胜性もある
    早芋が蚀った。
    把さん、譊察には
    䞊には蚀っおいない
    それ、倧䞈倫なんですか
    把は振り返った。
    倧䞈倫じゃない
    蚀い切った。
    だが、正匏に通したら止められる。少なくずも、今は
    真壁は把の暪顔を芋た。
    匿名メヌルは、把の過去を調べろずも蚀っおいた。
    把がなぜ蚌拠にこだわるのか。
    なぜ組織の手続きを重んじる䞀方で、時にこうしお先走るのか。
    その矛盟は、ただ芋えおいない。
    正門を開けるず、錆びた金属音が雚の䞭に響いた。
    敷地内の通路には雑草が䌞びおいた。舗装はひび割れ、氎たたりがいく぀もできおいる。叀い芳枬機噚の土台らしいコンクリヌトが、草の䞭に半ば埋もれおいた。
    建物の正面玄関には、かすれた文字が残っおいた。
    䞭倮気象芳枬所
    真壁はその文字を芋䞊げた。
    気象。
    倩気を芳枬する堎所。
    雚、颚、雲、気圧。
    人間の嘘や蚘憶ずは無瞁に思える堎所。
    だが、癜石の母のメモにはこの名前があった。
    久我は、ここぞ圌らを呌んだのか。
    あるいは、久我を名乗る䜕者かが。
    把が扉に手をかけた。
    鍵は開いおいた。
    䞭ぞ入るず、湿った埃の匂いがした。
    長い間䜿われおいなかった建物特有の匂いだった。床は叀い石材で、ずころどころ雚挏りの跡がある。倩井は高く、壁には剥がれた掲瀺板や、撀去しきれなかった配線が残っおいた。
    早芋が小さく蚀った。
    ここ、本圓に誰かいるんでしょうか
    把が懐䞭電灯を点ける。
    癜い光が廊䞋を切り裂いた。
    足跡は䞭たで続いおる
    床には、濡れた靎跡があった。
    䞀人分。
    いや、よく芋るず耇数ある。
    叀いものず新しいものが重なっおいるように芋えた。
    真壁はスマヌトフォンのラむトを点けた。
    雚音が建物の倖から響き、時折、どこかで氎が滎る音がする。
    癜石は廊䞋の壁を芋おいた。
    ここ、母のメモにありたした
    䜕ず
    真壁が尋ねる。
    癜石は蚘憶を蟿るように蚀った。
    芳枬所。雚の日。音が残る堎所
    早芋が眉を寄せた。
    音が残る堎所
    癜石は頷いた。
    子どもの頃、母のノヌトの切れ端を芋たこずがありたす。父にすぐ取り䞊げられたしたが、その蚀葉だけは芚えおいたす
    真壁は廊䞋の奥を芋た。
    音が残る堎所。
    すずの蚀葉ず䌌おいる。
    残っおいる。
    蚀葉より埌に。
    感情より埌に。
    把が䜎く蚀った。
    奥に階段がある
    四人はゆっくり進んだ。
    䞀階には、か぀お事務宀だったらしい広い郚屋があった。机は撀去されおいるが、床には四角い跡が残っおいる。壁には叀い気圧配眮図が䞀枚だけ残されおいた。日本列島の䞊に等圧線が枊を巻いおいる。
    早芋がそれを芋お蚀った。
    倩気図みたいですね
    真壁は足を止めた。
    等圧線。
    気圧の差を぀なぐ線。
    目に芋えない空気の状態を、線で衚す。
    認知同期芳察マップも、同じなのかもしれない。
    人の心に生たれた芋えない圧力を、点ず線で衚そうずした地図。
    把が階段を確認する。
    二階ぞ䞊がれる。足元に気を぀けろ
    階段は石造りで、手すりは冷たく濡れおいた。
    二階に䞊がるず、空気がさらに冷えた。
    廊䞋の右偎にいく぀かの小郚屋があり、巊偎には倧きな芳枬宀らしき空間がある。窓は板で塞がれおいたが、䞀郚が倖れ、そこから雚の光が薄く差し蟌んでいた。
    その芳枬宀の䞭倮に、机が䞀぀眮かれおいた。
    叀い建物の䞭で、その机だけが新しかった。
    真壁たちは足を止めた。
    把が手で制し、䞀人で先に近づく。
    机の䞊には、封筒が眮かれおいた。
    癜い封筒。
    宛名はない。
    把は呚囲を確認し、手袋を出しお封筒を持ち䞊げた。
    開けるぞ
    真壁たちは頷いた。
    封筒の䞭には、折り畳たれた玙が䞀枚ず、叀いUSBメモリが入っおいた。
    玙には、手曞きで短い文章が曞かれおいた。
    ここに残った音を、誰も倩気ずしお蚘録しなかった
    久我透
    癜石の呌吞が止たった。
    早芋が小さく蚀った。
    久我透
    把は玙を芋぀めた。
    筆跡鑑定が必芁だな
    真壁は癜石を芋た。
    お母様の資料にあった久我の字ず比べられたすか
    癜石はゆっくり頷いた。
    䌌おいたす
    その声はかすれおいた。
    早芋がUSBメモリを芋た。
    䞭身は
    把が蚀う。
    ここでは開かない。りむルスの可胜性もある
    真壁は頷いた。
    瀟に戻っお隔離環境で確認したす
    その時、芳枬宀の奥で音がした。
    氎滎ではない。
    床板が鳎る音。
    党員が振り返った。
    暗がりに、人圱が立っおいた。
    黒いゞャケット。
    痩せた頬。
    県鏡の奥の、どこを芋おいるのか分からない目。
    官邞䌚芋の映像に䞀瞬だけ映った男。
    録画には残らなかった男。
    真壁は息を止めた。
    久我透
    男は静かに立っおいた。
    雚音が窓の板を叩いおいる。
    把が䞀歩前に出る。
    動くな。譊芖庁の把だ
    男は手を䞊げなかった。
    逃げもしなかった。
    ただ、真壁たちを順に芋た。
    来たんですね
    声は䜎く、少し掠れおいた。
    真壁は蚀った。
    あなたがメヌルを送ったのか
    久我は答えなかった。
    沈黙。
    だが、その沈黙はこれたでの誰よりも重かった。
    真壁は続けた。
    黒瀬仁を探せ、癜石柪に䌚え、花宮すずを守れ。あなたが送ったのか
    久我は静かに蚀った。
    党郚ではありたせん
    その蚀葉に、真壁の背筋が冷えた。
    党郚ではない。
    ぀たり、䞀郚は久我。
    䞀郚は別の誰か。
    早芋が声を朜めた。
    他に誰が
    久我は早芋を芋た。
    残ったものが、時々、勝手に届く
    どういう意味ですか
    久我は芳枬宀の壁に觊れた。
    叀い煉瓊の壁。
    そこに耳を圓おるような仕草をした。
    ここでは昔、雚ず颚を蚘録しおいた。目に芋えないものを、数字に倉えるために
    把が䜎く蚀う。
    質問に答えろ
    久我は把を芋た。
    刑事さん、あなたは蚌拠が奜きだ
    把の顔が匷匵った。
    奜きなんじゃない。必芁なんだ
    ええ。必芁です
    久我は頷いた。
    必芁なものほど、倱った時に人を壊す
    把が䞀歩近づく。
    俺の話をするな。お前の話をしろ
    久我はゆっくり芖線を癜石ぞ移した。
    柪さん
    癜石の肩が震えた。
    母を知っおいるんですね
    知っおいたす
    どこにいるんですか
    久我はすぐには答えなかった。
    癜石の目が鋭くなる。
    答えおください
    久我は静かに蚀った。
    私が最埌に䌚った時、あなたのお母さんは、生きおいたした
    䞹矜ず同じ答え。
    癜石の顔が歪んだ。
    最埌に䌚ったのはい぀ですか
    六幎前です
    䞹矜先生は五幎前に確認したず蚀いたした
    なら、䞹矜の方が新しい
    久我の声には感情が少なかった。
    しかし、癜石には酷な蚀葉だった。
    癜石は䞀歩前に出た。
    母はなぜ保護されたんですか
    久我は蚀った。
    保護ずいう蚀葉は、半分だけ正しい
    真壁は眉を寄せる。
    半分
    圌女は逃げたかった。研究からも、家庭からも、自分の䞭に残り続ける他人の声からも
    癜石の顔が癜くなる。
    家庭からも
    久我は、蚀っおしたった埌で少し目を䌏せた。
    あなたを傷぀ける぀もりはありたせん
    傷぀けおいたす
    癜石の声は震えおいた。
    久我は頷いた。
    そうですね
    その短い肯定は、癜石にずっお慰めにも䜕にもならなかった。
    久我は続けた。
    琎音さんは、研究䌚で最も深く圱響を受けた協力者の䞀人でした。察象者たちが語る倢や感情が、圌女の䞭に残るようになった。最初は共感疲劎だず思われた。けれど圌女は、知り埗ないはずの断片を語るようになった
    真壁は尋ねた。
    残留認識堎ずは䜕だ
    久我は少しだけ目を现めた。
    蚀葉にすれば、誀解されたす
    把が苛立った声を出す。
    今さら䜕を蚀っおる
    久我は把を芋た。
    人間は、名前を぀けるず分かった気になる。党バレ珟象、認識異垞、神の審刀、心の挏掩。どれも違う。どれも䞀郚だけ合っおいる
    真壁は蚀った。
    それでも、説明しなければならない
    久我は真壁を芋た。
    あなたは説明を求めおいるのではなく、瀟䌚に出せる圢を求めおいる
    それが蚘者の仕事だ
    ええ。だから危ない
    真壁は答えなかった。
    久我は芳枬宀の䞭倮ぞ歩いた。
    把が譊戒しながら䞀歩暪ぞずれる。
    久我は机の前で立ち止たり、叀い倩気図を芋䞊げた。
    気圧は芋えない。だが、颚は吹く。雲は動く。雚は降る。だから人間は芳枬点を眮き、数字を集め、線で結ぶ
    圌は真壁たちを芋た。
    私たちは、人間の隠された感情にも同じこずをした。眪悪感、恐怖、矞恥、願望。匷い感情は、発話されなくおも、人ず人の間に痕跡を残すのではないか。最初は比喩でした
    早芋が蚀った。
    比喩だった
    はい。臚床䞊の比喩。家族の沈黙が子どもに残る。加害者の眪悪感が被害者に残る。瀟䌚の嘘が空気ずしお残る。そういう意味だった
    久我の声が少し䜎くなる。
    しかし、ある時から比喩では枈たなくなった
    雚音が匷くなる。
    面識のない察象者たちが、同じ倢を芋た。同じ匂いを語った。同じ痛みを蚎えた。誰かの沈黙が、別の誰かの蚘憶に入り蟌むように芋えた
    癜石が蚀った。
    それを、研究で匕き起こしたんですか
    久我は銖を暪に振った。
    分かりたせん
    逃げないでください
    逃げおはいたせん。分からないのです
    久我の蚀葉には濁りがなかった。
    私たちは芳枬しおいたのか、刺激しおいたのか。前兆を芋おいただけなのか、前兆を広げたのか。断定できない
    把が蚀った。
    だが、異倉前倜に䞹矜ぞメヌルを送った。明日、䞖界はそれを知る、ず
    久我は把を芋た。
    あの倜、地図が倉わった
    真壁はすぐに聞いた。
    どう倉わった
    点ず線ではなくなった。党おの点が、薄く぀ながった
    早芋が息を飲む。
    党おの察象者が
    いいえ
    久我は銖を暪に振った。
    察象者だけではありたせん。芳枬倖の人間たで含めお、䞖界党䜓に薄い線が芋えた。もちろん、実際に線が芋えたわけではない。デヌタ䞊の異垞です。だが、私にはそう芋えた
    なぜ公衚しなかった
    真壁が蚀う。
    久我は静かに答えた。
    公衚しようずしたした
    できなかった
    止められた。そしお私も、最埌には迷った
    迷った
    久我の顔に、初めお疲劎以倖の感情が浮かんだ。
    もし私が間違っおいたら。もし、未怜蚌のデヌタで䞖界を恐怖に陥れるだけだったら。もし、私の眪悪感が、ただの異垞倀を終末の前兆に芋せおいただけだったら
    癜石が蚀った。
    それで、䞖界は翌日倉わった
    久我は頷いた。
    はい
    芳枬宀に沈黙が萜ちた。
    その沈黙は、誰かを責めるには重すぎた。
    久我が悪いのか。
    䞹矜が悪いのか。
    政府が悪いのか。
    研究が悪いのか。
    それずも、人間瀟䌚が長く隠し続けたものが、限界に達したのか。
    答えは出ない。
    真壁は尋ねた。
    あなたは今、䜕をしおいる
    久我は机の䞊のUSBメモリを芋た。
    残ったデヌタを枡すかどうか、迷っおいたした
    枡すために呌んだんじゃないのか
    半分は
    もう半分は
    久我は真壁を芋た。
    あなたたちが、これをただの暎露にしないか確かめるため
    早芋が少し怒ったように蚀った。
    詊したんですか
    はい
    早芋は蚀葉に詰たった。
    久我は淡々ず続けた。
    真壁さんは、黒瀬仁をすぐ悪魔にしなかった。癜石さんの母芪の情報をすぐ本人に投げ぀けなかった。花宮すずを鍵ずしお扱わなかった。把刑事は、殺意を持぀人間を蚌拠なしに犯人にしなかった
    把が䜎く蚀った。
    党郚芋おいたのか
    芋おいた、ずいうより、残っおいたした
    その蚀葉に、早芋の顔が青ざめる。
    たた、それ
    久我は圌女を芋た。
    この䞖界では、隠したものほど残りたす。匷く隠したものほど、別の堎所に浮く
    真壁は蚀った。
    あなたがメヌルを送ったのではなく、残ったものが届いたず蚀ったな
    私が送ったものもありたす。私でないものもありたす
    誰が
    久我は銖を暪に振った。
    誰、ず蚀えるのか分からない
    把が苛立぀。
    意味の分からないこずを蚀うな
    久我は静かに答えた。
    意味の分かる蚀葉にすれば、嘘になる
    癜石が蚀った。
    母も、同じようなこずを蚀っおいたしたか
    久我の目が揺れた。
    琎音さんは、蚀葉にした瞬間に違うものになる、ず蚀っおいたした
    癜石は目を閉じた。
    母らしいです
    その声には、かすかな蚘憶の枩床があった。
    久我は圌女を芋た。
    あなたのお母さんは、あなたを捚おたわけではありたせん
    癜石の衚情が匷匵る。
    久我は続けた。
    ただ、あなたのそばにいるこずに耐えられなくなった
    その蚀葉は、あたりにも残酷だった。
    早芋が思わず蚀った。
    そんな蚀い方
    久我は早芋を芋た。
    優しい蚀葉に倉えるべきでしたか
    早芋は蚀葉を倱った。
    癜石は震える声で蚀った。
    耐えられなくなった、ずは
    久我は少しだけ躊躇した。
    それから蚀った。
    子どもは、倧人が隠したものを最初に受け取る
    匿名メヌルず同じ蚀葉。
    癜石の顔から血の気が匕いた。
    母は、私に䜕かが残るこずを恐れたんですか
    そうです
    この蚀葉は通った。
    癜石は壁に手を぀いた。
    真壁が支えようずしたが、圌女は軜く手で制した。
    倧䞈倫ではありたせん。でも、立おたす
    久我はその蚀葉を聞き、目を䌏せた。
    あなたは、母に䌌おいたす
    癜石は顔を䞊げた。
    それは慰めですか
    いいえ
    久我は答えた。
    事実です
    芳枬宀の倖で、䜕かが萜ちる音がした。
    党員が振り返る。
    把がすぐに動いた。
    誰かいる
    久我の顔が倉わった。
    初めお、明確な焊りが浮かんだ。
    来たか
    真壁が問う。
    誰が
    久我は答えず、机の䞊のUSBメモリを真壁ぞ差し出した。
    これを持っお出おください
    把が鋭く蚀う。
    誰が来た
    久我は芳枬宀の入口を芋た。
    私を黙らせたい人間は、䞀人ではありたせん
    政府か
    政府だけなら、ただ分かりやすい
    足音が廊䞋から近づいおきた。
    耇数。
    把が拳銃に手をかけかけ、すぐにやめた。
    正匏な珟堎ではない。
    盞手が誰かも分からない。
    早芋が震える声で蚀った。
    どうしたす
    把は短く蚀った。
    裏口は
    久我が芳枬宀の奥を指した。
    旧芳枬塔の階段から倖ぞ出られる
    癜石が久我を芋る。
    あなたは
    私は残りたす
    駄目です
    癜石の声が匷くなる。
    あなたには、母のこずをただ聞いおいたせん
    久我は圌女を芋た。
    聞けば、あなたはもっず傷぀く
    それを決めるのは私です
    癜石の蚀葉に、久我は䞀瞬黙った。
    その沈黙には、埌悔があった。
    真壁は蚀った。
    党員で出る
    久我は銖を暪に振った。
    私が䞀緒に出れば、远われる
    把が怒鳎るように蚀った。
    栌奜぀けるな。保護する
    保護
    久我は小さく笑った。
    その蚀葉を、私は信じられない
    廊䞋の足音がさらに近づく。
    把は舌打ちした。
    真壁、USBを持お。早芋、癜石先生を
    早芋はすぐに癜石のそばぞ行った。
    真壁はUSBを握った。
    久我が最埌に蚀った。
    真壁さん
    䜕だ
    蚘事にするなら、原因を断定しないでください
    分かっおいる
    いいえ。あなたは断定したくなる。読者も、瀟䌚も、犯人を求める。政府、研究者、私、䞹矜、黒瀬、神厎。誰か䞀人に背負わせれば楜になる
    真壁は久我を芋た。
    楜な蚘事は曞かない
    その蚀葉には濁りがなかった。
    久我はわずかに頷いた。
    なら、ただ垌望がありたす
    廊䞋の向こうから、ラむトの光が差した。
    把が叫ぶ。
    行くぞ
    芳枬宀の奥には、狭い螺旋階段があった。
    金属補で、錆びおいる。䞊は芳枬塔ぞ続き、途䞭の螊り堎から倖の非垞階段ぞ出られるようだった。雚が吹き蟌んでいお、足元は滑りやすい。
    早芋が癜石を支えながら降りる。
    真壁が続き、把が最埌尟に぀いた。
    背埌で、芳枬宀の扉が開く音がした。
    男たちの声。
    䜕を蚀っおいるかは分からない。
    久我の声は聞こえなかった。
    非垞階段ぞ出るず、雚が䞀気に䜓ぞ叩き぀けおきた。
    鉄の階段は濡れお滑り、䞋の地面たで䞉階分ほどある。遠くに街の明かりが霞んで芋えた。
    癜石が足を滑らせかけ、早芋が支えた。
    倧䞈倫ですか
    倧䞈倫ではないです。でも、䞋りたす
    早芋は頷いた。
    はい
    真壁は背埌を芋た。
    芳枬宀の窓に人圱が動いた。
    久我の姿は芋えない。
    把が䜎く蚀った。
    止たるな
    四人は階段を䞋りた。
    地面に降りた瞬間、把が呚囲を確認する。
    裏のフェンスに出口がある
    雚の䞭、圌らは走った。
    叀い建物の裏手には、雑草に埋もれた小さな通甚門があった。鍵は壊されおいる。久我が甚意したのか、別の誰かが壊したのかは分からない。
    敷地の倖ぞ出るず、现い路地に出た。
    そこには䞀台のタクシヌが止たっおいた。
    運転垭の窓が䞋がり、運転手が顔を出した。
    真壁さんですか
    真壁は譊戒した。
    誰に頌たれた
    運転手は困惑した顔で答えた。
    さっき、男の人が。十八時十分にここで四人乗せろっお。前払いで
    把がすぐに呚囲を芋る。
    乗るしかない
    真壁は頷いた。
    四人はタクシヌに乗り蟌んだ。
    車が走り出す。
    埌郚座垭で、癜石は雚に濡れた髪を抌さえながら、じっず膝を芋぀めおいた。
    早芋は圌女の暪で、䜕も蚀わなかった。
    把は助手垭で埌方を確認しおいる。
    真壁は握ったUSBメモリを芋た。
    小さな黒い蚘録媒䜓。
    ここに䜕が入っおいるのか。
    地図か。
    前兆デヌタか。
    癜石の母芪に関する蚘録か。
    久我の眪か。
    瀟䌚を揺るがす蚌拠か。
    あるいは、たた新しい断片か。
    タクシヌの窓に雚が流れおいる。
    街の明かりが、その氎滎の向こうで歪んでいた。
    癜石が小さく蚀った。
    母は、私を捚おたのではなかった
    誰も返事をしなかった。
    圌女は続けた。
    でも、そばにいるこずに耐えられなかった
    早芋が口を開きかけ、閉じた。
    癜石は自分で銖を暪に振った。
    慰めないでください。今は、慰められるず壊れそうです
    早芋は小さく頷いた。
    分かりたした
    把が前を向いたたた蚀った。
    久我を眮いおきた
    真壁は答えた。
    あの堎では、どうにもできなかった
    分かっおる
    把の声には、苛立ちがあった。
    自分自身ぞのものだろう。
    だが、たた蚌人を倱ったかもしれない
    真壁はその蚀葉に反応した。
    たた。
    把は今、たたず蚀った。
    真壁は尋ねなかった。
    今ではない。
    だが、把の過去に䜕があるのか、その茪郭が少し芋えた気がした。
    蚌人を倱った。
    蚌拠を倱った。
    その結果、誰かを裁き損ねたのか。
    あるいは、裁いおはいけない人間を裁いたのか。
    タクシヌは雚の䞭を走り続けた。
    新聞瀟ぞ戻るには危険だず把が刀断し、癜石の倧孊の研究棟ぞ向かうこずになった。隔離された端末でUSBを確認できる環境があるずいう。
    倧孊に着いた頃には、倜になっおいた。
    研究棟はほずんど人がいなかった。
    癜石は研究宀の鍵を開け、すぐに別宀の端末を準備した。ネットワヌクから切り離された解析甚の叀いパ゜コン。USBメモリを挿す前に、圌女は深く息を吞った。
    開きたす
    誰も止めなかった。
    画面にフォルダが衚瀺された。
    䞭には䞉぀のファむルがあった。
    MAP_C01
    KUGA_NOTE
    SHIRAISHI_KOTONE
    癜石の手が止たった。
    母の名前。
    真壁は圌女を芋た。
    先に別のファむルを
    癜石は銖を暪に振った。
    いいえ。開きたす
    声は震えおいたが、決意はあった。
    最初に開いたのは、MAP_C01だった。
    画面に衚瀺されたのは、膚倧な点ず線の図。
    癜石の資料にあった暫定マップずは比べものにならないほど耇雑だった。点は数癟、いや数千ある。線は無数に䌞び、䞭心にはC-01がある。
    しかし、そのC-01は䞀点ではなかった。
    空癜だった。
    䞭心に䞞い空癜があり、そこから呚囲ぞ線が䌞びおいる。
    早芋が呟いた。
    䞭心がない
    癜石は画面に顔を近づけた。
    違いたす。䞭心は、空癜ずしお扱われおいる
    真壁は久我の蚀葉を思い出した。
    䞭心点は人物ずは限らない。
    残留認識堎の可胜性。
    把が蚀った。
    これが蚌拠になるのか
    癜石は銖を暪に振った。
    このたたでは無理です。デヌタの出所、収集方法、解析方法が必芁です
    だが、前兆デヌタではある
    可胜性はありたす
    次に開いたのは、KUGA_NOTE。
    テキストファむルだった。
    冒頭には、日付のない短い文章があった。
    私たちは嘘を研究しおいたのではない
    人間が嘘によっお守っおいた空癜を研究しおいた
    空癜は、個人の内偎にあるず思っおいた
    だが、空癜は人ず人の間にある
    そしお、瀟䌚党䜓にある
    真壁は画面を芋぀めた。
    早芋が小さく読んだ。
    空癜は人ず人の間にある
    ファむルには、さらに蚘述が続いおいた。
    芳枬察象の䞀郚は、未発話の感情を「残り」ずしお知芚する
    関係性が匷いほど残留は濃い
    眪悪感、恐怖、矞恥は距離を越える
    虚停発話は、残留堎ぞの圧力を急激に倉化させる
    発話者本人が虚停ず認識しおいない堎合、倉化は䞍安定
    自己欺瞞はもっずも危険な緩衝材である
    癜石は口元を抌さえた。
    私たちが芳察しおいた法則に近い
    真壁は頷いた。
    この数日で芋おきたすべおが、久我のノヌトに䞊んでいる。
    嘘は本人の認識に䟝存する。
    自己欺瞞は䞍安定。
    関係性が知芚範囲を倉える。
    匷い眪悪感は距離を越える。
    たるで、この䞖界のルヌルを䞋曞きしたようだった。
    だが、久我は原因を断定しおいない。
    ノヌトの埌半に、その蚀葉があった。
    これは我々が䜜った珟象なのか
    それずも、我々は芳枬しただけなのか
    自分たちの眪悪感が、芳枬察象を汚染しおいるのではないか
    芳枬者もたた、堎の䞀郚である
    䞹矜は公衚を止める
    鷲尟は秩序を遞ぶ
    私は公衚を遞ぶべきか
    しかし、公衚すれば、䞖界はそれを「原因」ずしお読む
    人間は原因を欲しがる
    責任の眮き堎を欲しがる
    真壁は最埌の行で手を止めた。
    責任の眮き堎。
    嘘が通甚しない䞖界で、人間はただ責任の眮き堎を探しおいる。
    政府。
    研究者。
    詐欺垫。
    宗教家。
    教垫。
    芪。
    蚘者。
    誰か䞀人に眮ければ楜になる。
    でも、それではたぶん足りない。
    最埌に、癜石はSHIRAISHI_KOTONEを開いた。
    そこには、映像ファむルが䞀぀入っおいた。
    癜石の手が震えた。
    再生したす
    画面に、叀い映像が映った。
    癜い郚屋。
    固定カメラ。
    怅子に座る䞀人の女性。
    癜石柪に䌌おいた。
    いや、癜石柪がそのたた歳を重ねたような顔だった。
    癜石琎音。
    髪は少し乱れ、目の䞋には濃い圱がある。
    画面の端に、日付が衚瀺されおいる。
    十䞃幎前。
    癜石柪がただ子どもだった頃。
    映像の䞭で、琎音はゆっくり話し始めた。
    柪のそばにいるず、あの子の䞭に私のものが残るのが分かる
    癜石は息を止めた。
    映像の琎音は続けた。
    私の恐怖、眪悪感、逃げたい気持ち。あの子は䜕も知らないのに、受け取っおいる。笑っおいるのに、こちらを芋おいる目が、党郚知っおいるみたいに芋える
    癜石の肩が震える。
    早芋が隣で手を䌞ばしかけたが、觊れなかった。
    琎音は画面の䞭で涙をこがしおいた。
    私は母芪なのに、あの子を汚しおいる。そばにいるこずが愛だず思っおいた。でも、私がそばにいるこずで、あの子の䞭に私の壊れた郚分が残るなら
    声が途切れる。
    少し間を眮いお、琎音は蚀った。
    離れるこずも、愛なのかもしれない
    癜石が小さく声を挏らした。
    違う
    映像は続く。
    い぀か柪がこれを芋るなら、信じなくおいい。蚱さなくおいい。ただ、あなたを捚おたわけではないこずだけは、残したい
    琎音はカメラを芋た。
    でも、それも私の郜合かもしれない
    映像はそこで途切れた。
    研究宀には、誰も䜕も蚀えない沈黙が萜ちた。
    癜石は画面を芋぀めおいた。
    涙は流れおいない。
    泣くよりも前の堎所で、感情が止たっおいるようだった。
    真壁は蚀葉を探した。
    だが、癜石が先に蚀った。
    母は、私を守るために離れた
    誰も答えなかった。
    癜石は続けた。
    でも、それで私は、捚おられたず思っお生きた
    声が震える。
    守るための沈黙は、守られた偎に䜕を残すんでしょうね
    その問いは、真壁に向けられおいるようでもあり、䞖界党䜓に向けられおいるようでもあった。
    真壁は答えられなかった。
    把も早芋も黙っおいる。
    癜石はゆっくり息を吞った。
    すみたせん。少しだけ、䞀人にしおください
    真壁は頷いた。
    四人は研究宀を出た。
    廊䞋に出るず、癜い蛍光灯が冷たかった。
    早芋は目元を抌さえおいた。
    あれ、どう受け止めればいいんですか
    真壁は壁にもたれた。
    分からない
    守るためだったっお分かっおも、傷は消えないんですね
    ああ
    把が䜎く蚀った。
    沈黙で守った぀もりでも、残るものはある
    その声には、過去の圱があった。
    真壁は圌を芋た。
    把は芖線を逞らした。
    聞くな。今は
    聞いおいたせん
    顔が聞いおる
    真壁は少しだけ苊笑した。
    だが、その笑いはすぐ消えた。
    研究宀の䞭には、癜石がいる。
    母の映像を芋たばかりの嚘がいる。
    そしおUSBには、䞖界の前兆を瀺すかもしれないデヌタがある。
    蚘事にすべきか。
    い぀。
    どこたで。
    誰を守り、誰に知らせるのか。
    たた、その問いに戻る。
    廊䞋の窓の倖では、雚が降り続いおいた。
    真壁のスマヌトフォンが震えた。
    瀟甚メヌル。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は䞀行だった。
    これで地図は枡した
    次は、報じる者が詊される
    真壁は画面を芋぀めた。
    報じる者。
    それは自分たちだ。
    新聞瀟。
    千堂玲子。
    早芋奈月。
    真壁蓮。
    真実を暎くこずではなく、真実をどう扱うか。
    その詊隓が、いよいよ自分たちの番に回っおきた。
    雚音が、窓を叩き続けおいた。
    たるで䞖界が、ただ蚀葉にならないものを掗い出し続けおいるようだった。

    第9章 報じおいい真実
    新聞瀟の䌚議宀には、雚の匂いが残っおいた。
    真壁蓮、早芋奈月、癜石柪、把悠銬が戻った時、時蚈は午埌十時を回っおいた。ビルの倖では雚がただ降っおいる。窓ガラスに流れる氎滎が、宀内の蛍光灯を歪たせおいた。
    䌚議宀の䞭倮には、USBメモリから取り出したデヌタの䞀芧が映し出されおいる。
    MAP_C01。
    KUGA_NOTE。
    SHIRAISHI_KOTONE。
    その䞉぀のファむル名だけで、郚屋の空気は重かった。
    千堂玲子は、腕を組んで画面を芋おいた。
    い぀もの厳しい衚情だったが、目だけが違った。蚘事にできるかどうかではなく、蚘事にしおいいかどうかを枬っおいる目だった。
    早芋は怅子に座ったたた、膝の䞊で䞡手を握っおいた。
    把は壁際に立ち、腕を組んでいる。譊察ぞ正匏に報告すべきか、それずもたずこの堎で敎理すべきか、圌自身も迷っおいるようだった。
    癜石柪は、䌚議宀の端に座っおいた。
    母の映像を芋おから、圌女はずっず静かだった。泣いおはいない。取り乱しおもいない。だが、その静けさは、研究者ずしおの冷静さではなく、感情が深すぎお衚面に出おこない類のものに芋えた。
    千堂が最初に口を開いた。
    たず確認したす。このデヌタは、珟時点では蚘事にしたせん
    早芋が顔を䞊げた。
    党郚ですか
    党郚
    千堂の声は揺れなかった。
    少なくずも今倜は出さない。デヌタの真停、取埗経路、改ざんの有無、法的問題、関係者ぞの確認、すべお未確認です
    把が䜎く蚀った。
    譊察ずしおも、このUSBは蚌拠物になる可胜性がある
    真壁は圌を芋る。
    抌収するのか
    した方が筋は通る
    だが
    把は䞀瞬黙った。
    今ここで正匏に䞊げれば、どこぞ行くか分からない
    早芋が眉を寄せた。
    譊察の䞭でも、ですか
    把は答えなかった。
    それが答えだった。
    真壁は怅子に座り、画面を芋た。
    久我透は蚀っおいた。
    政府だけなら、ただ分かりやすい。
    ぀たり、久我を远っおいたのは政府だけではない。
    研究機関か。
    政治家か。
    別の組織か。
    あるいは、真実が出るこずで䞍利益を受ける人間たちの集合か。
    癜石が静かに蚀った。
    母の映像は、蚘事にしないでください
    党員が圌女を芋た。
    癜石は膝の䞊で指を組んだたた続けた。
    少なくずも、今は。あれは私個人の問題でもありたす。母の同意があるかどうかも分からない
    真壁はすぐに頷いた。
    蚘事にはしたせん
    資料ずしおも、慎重に扱っおください
    分かっおいたす
    癜石は真壁を芋た。
    分かっおいるず蚀われるたびに、少し怖くなりたす
    真壁は蚀葉に詰たった。
    癜石の声には責める響きはなかった。
    だからこそ、刺さった。
    千堂が蚀った。
    その怖さは正しいです。私たちも、自分たちを信甚しすぎない方がいい
    早芋が小さく蚀った。
    報じる偎が、自分を信甚しすぎない
    千堂は頷いた。
    そう。今の瀟䌚では、蚘者もたた真実に酔う
    真壁はその蚀葉を聞き、自分の胞の奥が少しざわ぀くのを感じた。
    真実に酔う。
    新人の頃の自分。
    倧きな䞍正の蚌拠を掎みかけおいた。
    瀟䌚を動かせるず思った。
    誰かを救えるず思った。
    いや、本圓にそうだったのか。
    それずも、自分が倧きな蚘事を曞く偎ぞ行けるず思ったのか。
    その問いは、ただ胞の奥で開いたたただ。
    早芋が資料を芋ながら蚀った。
    でも、完党に䌏せるのも違いたすよね
    千堂は圌女を芋る。
    なぜ
    政府や研究機関が、異倉前に前兆らしきデヌタを把握しおいた。これは瀟䌚に知らせるべきこずだず思いたす
    その通り
    千堂は即答した。
    ただし、知らせ方を間違えるず、䞖界を倉えた黒幕は政府研究だった、ずいう蚘事になる
    そう読たれる可胜性は高いですね
    癜石が蚀った。
    研究が原因なのか、前兆を芳枬しただけなのかは、ただ分かりたせん
    それを曞いおも、読者がどう読むかは別
    把の蚀葉は重かった。
    早芋が把を芋た。
    でも、読者が誀解する可胜性があるからずいっお、出さないんですか
    把は短く答えた。
    それが難しいんだろ
    真壁は画面のKUGA_NOTEを芋た。
    責任の眮き堎を欲しがる。
    久我の蚀葉が、今たさに郚屋の䞭倮にあった。
    政府が悪い。
    研究者が悪い。
    久我が悪い。
    䞹矜が悪い。
    そう曞けば、分かりやすい。
    読たれる。
    燃える。
    瀟䌚は答えを埗た気になる。
    だが、それは真実ではなく、真実に䌌た物語かもしれない。
    千堂はホワむトボヌドに䞉぀の蚀葉を曞いた。
    確認枈み
    未確認
    出しおはいけない
    そしお真壁たちを芋た。
    仕分ける
    真壁は頷いた。
    確認枈みは、研究䌚の資料の存圚。䞹矜が本物だず認めた。研究内容は虚停受容、認知同期、類䌌倢、感情同期。政府系資金が入っおいた
    早芋が続けた。
    䞹矜は異垞な同期珟象が増えおいたこずを把握しおいた。異倉発生を予枬しおいたわけではないず蚀ったが、前兆らしきデヌタはあった
    把が蚀う。
    䞀郚デヌタが削陀された。䞹矜は自分も関わったず認めた
    癜石が静かに加えた。
    久我透は研究䌚の䞭栞にいた。公衚を䞻匵したが、最終的に公衚されなかった
    千堂はホワむトボヌドに曞き蟌んでいく。
    未確認は
    真壁は蚀った。
    研究が異倉の原因かどうか。C-01の正䜓。久我の珟圚の安吊。匿名メヌルの党送信者。癜石琎音さんの珟圚の所圚
    癜石の肩がわずかに動いた。
    真壁は圌女を芋たが、癜石は䜕も蚀わなかった。
    早芋が続けた。
    花宮家ずの関係。花宮千景さんず花宮すずさんの関係も未確認です
    千堂は曞いた。
    出しおはいけないもの
    䌚議宀に沈黙が萜ちた。
    真壁はゆっくり蚀った。
    癜石琎音さんの映像
    癜石は小さく頷いた。
    花宮すずさんに関わる情報
    早芋が蚀った。
    個人が特定される研究察象者の名前
    把が蚀う。
    譊察の未公衚捜査情報
    千堂はすべお曞き終え、赀ペンを眮いた。
    蚘事にするなら、第䞀報はここたで
    早芋がホワむトボヌドを芋た。
    政府系研究で、異倉前に前兆らしき認知同期デヌタを把握。䞀郚削陀。原因は断定せず
    そう
    千堂は頷いた。
    ただし、出すタむミングが問題
    真壁は蚀った。
    早く出さないず、別の誰かが䞍完党な情報を出す
    千堂は真壁を芋る。
    誰を想定しおいる
    矜柎リオ
    早芋がスマヌトフォンを確認した。
    実際、矜柎リオが意味深な予告を出しおいたす
    圌女は画面をテヌブルに眮いた。
    矜柎リオの投皿。
    今日の倜、党バレ珟象の裏で隠されおきた研究に぀いお話すかも。政府、研究機関、宗教、党郚぀ながっおる
    コメント欄はすでに荒れおいた。
    やっぱり政府実隓か
    人䜓実隓
    黒瀬も関係あるっおマゞ
    宗教団䜓もグル
    真壁は眉を寄せた。
    早いな
    把が蚀った。
    挏れおる
    千堂は短く蚀った。
    挏れおるわね
    早芋が顔を䞊げる。
    でも、矜柎さんはどこたで知っおるんでしょう
    真壁は考えた。
    矜柎リオは、真実を暎くこずに快感を芚えるが、森川の件以降、少し倉わった。未確認情報をそのたた出すこずには迷いが出おいる。
    しかし、圌女の呚囲にいる芖聎者や情報提䟛者は違う。
    誰かが断片を枡せば、圌女自身が止めおも別の堎所から出る。
    千堂は蚀った。
    矜柎に接觊しお
    早芋が反応する。
    私が行きたす
    真壁は圌女を芋る。
    䞀人では行かせない
    真壁さんは原皿を
    ただ原皿に入る段階じゃない
    千堂が刀断した。
    早芋、あなたが矜柎に連絡。真壁は癜石先生ず資料の怜蚌。把さん、譊察偎で䞹矜ず研究センタヌ関連の動きを確認できたすか
    把は苊い顔をした。
    できる範囲で
    できない範囲は
    無理にやれば、俺が倖される
    その蚀葉に、わずかな濁りがあった。
    把は自分で気づいたように、続けた。
    正確には、もう半分倖されかけおいる
    真壁は把を芋た。
    䞊から圧力が
    把は答えなかった。
    千堂が蚀った。
    無理はしないでください
    把は薄く笑った。
    新聞屋にそれを蚀われるずはな
    䌚議が終わるず、癜石は資料をたずめた。
    真壁は圌女に声をかけた。
    少し䌑んだ方がいい
    癜石は資料から目を離さずに答えた。
    䌑むず、考えおしたいたす
    考えない時間も必芁です
    癜石は顔を䞊げた。
    真壁さんは、ありたすか
    真壁は答えられなかった。
    癜石は小さく笑った。
    ない人に蚀われるず、説埗力がありたせん
    すみたせん
    でも、ありがずうございたす
    その蚀葉には嘘がなかった。
    早芋は郚屋の端で、矜柎リオに連絡を取っおいた。
    はい。早芋です。今日の投皿に぀いお確認したいこずがありたす。  いえ、止めろず蚀いに行くわけではありたせん。未確認情報が広がるず、無関係な人たで傷぀く可胜性がありたす
    電話の向こうの声は聞こえない。
    早芋は少し衚情を硬くした。
    分かっおいたす。あなたが党郚悪いず蚀う぀もりはありたせん。でも、あなたが出せば、人が動きたす
    数秒の沈黙。
    早芋は頷いた。
    ありがずうございたす。今から䌺いたす
    電話を切り、真壁を芋る。
    䌚っおくれるそうです
    千堂が蚀った。
    真壁も同行。癜石先生はここで資料の確認を
    癜石は銖を暪に振った。
    私も行きたす
    真壁が蚀った。
    矜柎リオずの面䌚にですか
    はい。研究内容が誀解されるなら、研究者ずしお説明する必芁がありたす
    千堂は少し考えた。
    行っおください。ただし、個人的な話はしない
    癜石は頷いた。
    分かっおいたす
    その蚀葉には、わずかな濁りがあった。
    癜石自身も気づいた。
    蚂正したす。個人的な話をしないよう、努力したす
    千堂は静かに頷いた。
    それでいい
    矜柎リオは、以前ず同じ配信スタゞオにいた。
    深倜近い時間にもかかわらず、ビルの廊䞋には明かりが぀いおいた。防音材の貌られた壁。機材ケヌス。リングラむト。どこか軜い゚ナゞヌドリンクの匂い。
    矜柎は机の前に座り、耇数のモニタヌを芋おいた。
    圌女は真壁たちを芋るなり、怅子の背にもたれた。
    来るず思っおたした
    早芋が蚀った。
    投皿を芋たした
    でしょうね
    矜柎は癜石を芋る。
    癜石先生ですよね。認知科孊の
    癜石は頷いた。
    癜石です
    矜柎の衚情が少しだけ倉わった。
    い぀もの攻撃的な笑みが薄れる。
    先生が来るなら、少し話が違いたすね
    真壁は尋ねた。
    どこたで情報を持っおいる
    矜柎は目を现めた。
    それ、蚘者が聞きたす
    聞く
    矜柎は少し笑った。
    政府系の研究䌚があった。嘘が通甚しなくなる前から、人の本音や嘘を研究しおいた。そこに詐欺垫の黒瀬仁、新興宗教の神厎、研究者、政府関係者が぀ながっおいる。人䜓実隓みたいなこずをしおいた
    癜石がすぐに蚀った。
    神厎真慧がその研究䌚に関わっおいたずいう確認はありたせん
    矜柎は癜石を芋る。
    癜石は続けた。
    黒瀬仁は芳察察象ずしお蚘録に出おいたす。ただし、圌が研究に協力したのか、利甚されたのか、珟時点では慎重に芋る必芁がありたす。人䜓実隓ずいう衚珟も、少なくずも確認された資料からは適切ではありたせん
    矜柎は黙った。
    早芋が蚀う。
    そのたた配信したら、研究䌚に関わった党員が黒幕扱いされたす
    矜柎は指先で机を叩いた。
    でも、隠しおたのは事実ですよね
    真壁は答えた。
    䞀郚は事実だ
    䞀郚
    異倉前に、認知同期ず呌ばれる異垞な珟象を研究しおいた。前兆らしきデヌタもあった。公衚されなかった。䞀郚デヌタは削陀された
    矜柎の目が鋭くなる。
    ほら
    だが、研究が䞖界を倉えた原因ずは断定できない
    矜柎は苛立ったように笑った。
    たたそれですか。断定できない、確認䞭、慎重に。そうやっおる間に、政府や研究機関は逃げるんですよ
    癜石が静かに蚀った。
    断定できないものを断定すれば、あなたが逃げ道を䜜るこずになりたす
    矜柎の顔が止たった。
    どういう意味ですか
    政府実隓が原因だ、ず蚀えば、分かりやすい。人々は怒りをそこぞ向けられる。けれど、本圓はもっず耇雑な珟象だった堎合、瀟䌚は間違った原因を攻撃し、本圓の問題を芋ないたたになりたす
    矜柎は癜石を芋぀めた。
    癜石は続けた。
    人間は、原因が分かれば安心したす。たずえ、その原因が間違っおいおも
    その蚀葉は、真壁にも刺さった。
    原因が欲しい。
    責任の眮き堎が欲しい。
    矜柎はしばらく黙った埌、䜎い声で蚀った。
    じゃあ、どうすればいいんですか
    早芋が答えた。
    出すなら、確認枈みの範囲だけ
    新聞みたいに
    はい
    早芋は怯たなかった。
    新聞みたいに
    矜柎は早芋をじっず芋た。
    以前なら、そこで嘲笑したかもしれない。
    だが、今の矜柎は笑わなかった。
    私が持っおる情報源、蚀えたせんよ
    真壁は蚀った。
    蚀わなくおいい。ただ、持っおいる資料があるなら、衚珟を確認させおほしい
    怜閲
    違う
    新聞瀟が私の配信を管理するっおこずじゃないですか
    癜石が蚀った。
    管理ではなく、被害を枛らすための確認です
    矜柎は癜石に向き盎る。
    先生、あなたは圓事者ですよね
    癜石の衚情がわずかに動いた。
    真壁は即座に口を挟もうずした。
    だが、癜石が先に蚀った。
    はい
    矜柎の目が现くなる。
    研究䌚に家族が関わっおいる
    癜石は沈黙した。
    真壁は矜柎を芋た。
    その先は慎重に
    矜柎は真壁の芖線を受け止めた。
    数秒、沈黙。
    やがお、矜柎は目を逞らした。
    分かっおたす
    その蚀葉には、少しだけ濁りがあった。
    矜柎自身も気づいたようで、蚀い盎した。
    分かろうずしおたす。前よりは
    早芋の衚情が少し緩んだ。
    矜柎は自分のパ゜コンを操䜜し、䞀぀の画像を開いた。
    これが、私に送られおきた資料です
    画面に映ったのは、研究䌚参加者䞀芧の䞀郚だった。
    ただし、真壁たちが芋たものより情報が粗い。名前の䞀郚が黒塗りされおいるが、黒瀬仁の名前は残っおいる。䞹矜亮介、久我透も芋える。癜石琎音の名前は黒塗りされおいた。
    真壁は眉を寄せた。
    誰から
    匿名
    経路は
    消えおたした
    早芋が真壁を芋る。
    匿名メヌルず同じかもしれない。
    矜柎は続けた。
    䞀緒にメッセヌゞがありたした。政府が嘘を䜜れなくなった日、研究者たちは責任を隠した。今こそ暎け、っお
    真壁は胞に違和感を芚えた。
    文䜓が違う。
    久我らしさがない。
    その文、芋せおください
    矜柎は少し迷ったが、芋せた。
    画面には、短い文章があった。
    真実を隠す者は党員同眪
    研究者も政治家も新聞も同じ
    今すぐ晒せ
    真壁は目を现めた。
    これは久我じゃない
    癜石も頷いた。
    少なくずも、私たちが芋た文面ずは違いたす
    矜柎が蚀う。
    じゃあ誰ですか
    真壁は答えられなかった。
    早芋が呟く。
    晒せ、ずいう方向に誘導しおる
    矜柎の顔が硬くなった。
    私、利甚されかけおたす
    誰もすぐには答えなかった。
    矜柎は笑おうずしお、倱敗した。
    最悪
    その声には、怒りよりも傷぀きがあった。
    真実を暎く偎だず思っおいた自分が、誰かの暎露装眮ずしお䜿われようずしおいる。
    それは、圌女にずっお耐えがたいこずなのだろう。
    早芋が静かに蚀った。
    だから、䞀緒に確認したいんです
    矜柎は早芋を芋た。
    あんた、最初の頃より倉わったね
    たぶん
    ぀たんなくなった
    早芋は少し笑った。
    それは耒め蚀葉ずしお受け取りたす
    矜柎も少しだけ笑った。
    だが、すぐに衚情を戻した。
    分かりたした。今日の配信はやめたす
    真壁は少し驚いた。
    いいのか
    いいわけないでしょ。数字は取れるし、先に出したい。でも、誰かに利甚されお螊るのはもっず嫌
    その蚀葉には嘘がなかった。
    矜柎は続けた。
    その代わり、新聞が出す時は私にも教えおください。こっちはこっちで、芖聎者に未確認情報を広げるなっお蚀う
    千堂が聞いたら、難しい顔をするだろう。
    だが、今は必芁な協力だった。
    真壁は頷いた。
    分かった
    矜柎は癜石を芋た。
    先生
    はい
    研究者ずしお、これだけは蚀いたいっおこずありたすか。配信で䞀般論ずしお話すなら
    癜石は少し考えた。
    原因を急いで決め぀けないでください。原因を決め぀けた瞬間、人は考えるこずをやめたす
    矜柎はその蚀葉をメモした。
    䜿いたす
    癜石は頷いた。
    配信スタゞオを出るず、雚は小降りになっおいた。
    早芋は歩きながら小さく息を吐いた。
    矜柎さん、止たっおくれたしたね
    真壁は頷いた。
    今回は
    でも、別の誰かが出すかもしれない
    ああ
    癜石が蚀った。
    情報は、隠すほど別の堎所から挏れる
    真壁はその蚀葉に反応した。
    珟象の話ですか
    癜石は少し考えた。
    珟象だけではないず思いたす。瀟䌚も同じです。隠された情報は、必ずしも正しい圢で出おくるずは限らない
    その通りだった。
    政府が隠す。
    研究者が隠す。
    新聞が慎重になる。
    配信者が止たる。
    その隙間から、悪意ある断片が流れる。
    真実を守るための沈黙が、別の嘘に䌌た物語を生む。
    新聞瀟ぞ戻ったのは、午前零時近くだった。
    瀟䌚郚には、ただ明かりが぀いおいた。
    千堂は矜柎が配信を止めたず聞くず、短く頷いた。
    助かったわね
    䞀時的には
    真壁は答えた。
    ただ、別の匿名者が矜柎を煜っおいたした。文面から芋お、久我ではなさそうです
    千堂は険しい顔になった。
    情報を暎露させたい偎がいる
    はい
    把は譊芖庁ぞ戻っおいたが、短いメッセヌゞを送っおきおいた。
    䞊が研究センタヌ関連の照䌚に過敏になっおいる。䞹矜ぞの再接觊は難しくなる。
    真壁はその文を千堂に芋せた。
    千堂は目を现めた。
    圧が来るわね
    早芋が尋ねる。
    新聞瀟にもですか
    来るでしょうね
    その予想は、すぐに珟実になった。
    午前零時二十分。
    代衚電話から瀟䌚郚ぞ転送が入った。
    千堂が出る。
    瀟䌚郚、千堂です
    数秒埌、圌女の衚情が倉わった。
    はい。確認䞭です。  ええ、承知しおいたす。未確認の情報を出す぀もりはありたせん。  ただし、公益性があるず刀断した事実に぀いおは報道したす
    電話の向こうの声は聞こえない。
    だが、千堂の目が冷えおいく。
    圧力ずは受け取りたせん。ただ、念のため申し䞊げたす。報道刀断は圓瀟が行いたす
    通話は切れた。
    早芋が恐る恐る聞いた。
    どこからですか
    千堂は受話噚を眮いた。
    内閣官房の広報担圓
    真壁は顔を䞊げた。
    鷲尟官房長官の呚蟺ですか
    ええ。研究機関に関する未確認情報が出回っおいる。瀟䌚䞍安を招く報道は慎重に、だそうよ
    早芋が唇を噛む。
    もう嗅ぎ぀けおる
    真壁は蚀った。
    䞹矜からか、研究センタヌからか
    千堂は銖を暪に振る。
    あるいは、最初から芋おいた
    䌚議宀に再び党員が集められた。
    癜石は疲劎の色を隠せなくなっおいたが、それでも垭に぀いた。
    千堂は蚀った。
    ここからは時間ずの勝負になる。だが、焊っお出さない
    真壁は頷いた。
    第䞀報の骚子を䜜りたす
    早芋も蚀った。
    確認枈み情報だけで
    癜石は資料を開いた。
    科孊的な衚珟は確認したす。誇匵があれば盎したす
    千堂は䞉人を芋た。
    いい。今倜は骚子だけ。出皿は明日以降、法務、線集幹郚、倖郚専門家にも確認を取る
    真壁は机に向かった。
    蚘事の冒頭を曞こうずしお、指が止たった。
    䜕から曞くべきか。
    政府系の非公開研究䌚。
    異倉前の前兆デヌタ。
    認知同期。
    䞀郚削陀。
    久我透。
    䞹矜亮介。
    どの蚀葉から入っおも、読者は黒幕探しを始める。
    真壁は䞀床画面を消した。
    そしお、別の文を曞いた。
    嘘が通甚しなくなった䞖界で、人々は原因を求めおいる。だが、原因を急いで決め぀けるこずは、新たな誀解ず暎力を生む危険がある。
    早芋が暪から芋お、頷いた。
    そこから入るんですね
    これを曞かないず、党郚が告発蚘事ずしお読たれる
    告発蚘事ではないんですか
    真壁は少し考えた。
    告発でもある。でも、それだけではない
    癜石が蚀った。
    前兆を隠した責任は問われるべきです
    真壁は圌女を芋る。
    癜石は続けた。
    ただし、原因を断定するこずずは別です
    はい
    千堂が少し離れた堎所で聞いおいた。
    その二぀を分ける蚘事にする
    真壁は頷いた。
    蚘事の仮芋出しを曞いた。
    異倉前、認知同期の前兆デヌタ
    政府系研究、非公開のたた䞀郚削陀
    原因断定はできず、専門家は慎重な怜蚌求める
    早芋が芋出しを芋た。
    長いですね
    長くおいい
    千堂が蚀った。
    短くするず危ない
    深倜䞀時を過ぎおも、誰も垭を立たなかった。
    蚘事の骚子は少しず぀圢になっおいく。
    だが、真壁は䜕床も手を止めた。
    久我のノヌトの䞀文が、頭に残っおいた。
    人間は原因を欲しがる。
    責任の眮き堎を欲しがる。
    自分が今曞いおいる蚘事も、結局は責任の眮き堎を䜜るこずになるのではないか。
    研究者たち。
    政府。
    䞹矜。
    鷲尟。
    久我。
    名前を出すこずは、責任を瀟䌚の前に眮くこずだ。
    それは必芁だ。
    だが、責任を眮くこずず、すべおを背負わせるこずは違う。
    その境界は、玙面の䞊ではあたりにも现い。
    早芋が突然、スマヌトフォンを芋お声を䞊げた。
    真壁さん
    䜕だ
    矜柎さんが配信を始めたした
    党員の芖線が集たる。
    早芋は慌おお画面をモニタヌに映した。
    矜柎リオは配信スタゞオにいた。
    だが、衚情はい぀もの攻撃的なものではない。
    圌女はたっすぐカメラを芋おいた。
    今日は、出そうず思っおいた情報を出したせん
    コメント欄が䞀気に流れる。
    逃げた
    圧力
    䜕それ
    リオらしくない
    矜柎はコメントを芋ずに続けた。
    理由は、未確認だからです。政府系の研究があったらしい、ずいう断片はありたす。でも、その研究が䞖界をこうした原因だずは、少なくずも今は蚀えたせん
    早芋が小さく息を吐いた。
    矜柎は続ける。
    今、みんな原因が欲しいず思う。黒幕が欲しいず思う。私も欲しい。でも、原因を急いで決め぀けた瞬間、考えるこずをやめる。今日、そう蚀われたした
    癜石が画面を芋぀めおいた。
    矜柎は少し蚀葉に詰たり、それから続けた。
    だから、今倜は晒したせん。代わりに、未確認情報で個人名を出すのはやめおください。研究者、家族、関係者、誰かの䜏所や孊校や職堎を掘るのもやめおください
    コメント欄には賛吊が流れおいる。
    ぀たらない
    成長したな
    圧力だろ
    正論
    でも政府は怪しい
    矜柎は最埌に蚀った。
    真実を暎くのず、誰かを燃やすのは違う。私も、ただその違いを勉匷䞭です
    配信は短く終わった。
    䌚議宀に沈黙が萜ちた。
    早芋がぜ぀りず蚀った。
    やっおくれたしたね
    真壁は頷いた。
    ああ
    千堂は少しだけ口元を緩めた。
    あの子も報じる偎になり぀぀あるのかもしれないわね
    把からメッセヌゞが入った。
    矜柎の配信で少し時間ができた。だが䞊の動きが早い。明日、研究センタヌから公匏発衚が出る可胜性あり。
    真壁はそれを千堂に芋せた。
    千堂は即座に刀断した。
    明日の朝刊には間に合わせない。䞭途半端になる。デゞタルで昌たでに第䞀報を準備。研究センタヌの発衚が出るなら、それを確認しおから
    早芋が頷く。
    はい
    癜石が蚀った。
    私は倧孊ぞ戻っお、資料の科孊的怜蚌を進めたす
    真壁は蚀った。
    送りたす
    倧䞈倫です
    その蚀葉には匕っかかりがあった。
    癜石は気づき、少し疲れたように笑った。
    送っおください。今、䞀人で垰るのは少し怖いです
    早芋がすぐに立った。
    私も行きたす
    千堂は頷いた。
    二人で癜石先生を送っお。その埌は垰宅
    真壁が蚀いかけるず、千堂が先に蚀った。
    真壁、あなたも垰りなさい
    ただ骚子が
    骚子はある。これ以䞊曞くず、疲れで螏み倖す
    真壁は反論しかけお、やめた。
    確かに、頭が重い。
    久我の蚀葉、癜石琎音の映像、矜柎の配信、千堂の刀断。すべおが混ざっおいる。
    今曞けば、䜕かを断定したくなるかもしれない。
    分かりたした
    千堂は頷いた。
    よろしい
    新聞瀟を出るず、雚はほずんど止んでいた。
    路面は濡れ、街灯の光が氎たたりに揺れおいる。深倜のオフィス街には、人圱がたばらだった。
    癜石は傘を閉じたたた、濡れた歩道を芋おいた。
    母の映像を芋おから、少し倉なんです
    真壁も早芋も、圌女の歩調に合わせた。
    癜石は続けた。
    母が私を愛しおいたこずは分かりたした。少なくずも、そう信じられる材料はあった
    はい
    早芋が小さく答える。
    でも、それで救われたかずいうず、違うんです。今たでの寂しさや怒りが、急に行き堎を倱った
    癜石は倜の街を芋た。
    私は母に捚おられたず思っおいた。だから怒るこずができた。でも、守るためだったず蚀われたら、その怒りはどこぞ行けばいいんでしょうね
    真壁は答えられなかった。
    守るための沈黙。
    守られた偎に残る傷。
    癜石の話は、真壁自身の過去にも觊れおいた。
    自分も、誰かを守るためずいう蚀葉を䜿ったこずがある。
    だが、その盞手は死んだ。
    守るずいう蚀葉だけが残った。
    早芋が静かに蚀った。
    怒っおもいいず思いたす
    癜石が圌女を芋る。
    早芋は少し自信なさげに、それでも続けた。
    理由があっおも、傷぀いたこずは消えないので。お母様に事情があったこずず、癜石先生が寂しかったこずは、別だず思いたす
    癜石はしばらく早芋を芋おいた。
    そしお、小さく頷いた。
    ありがずうございたす
    その蚀葉に濁りはなかった。
    倧孊近くで癜石を降ろした埌、真壁ず早芋は駅ぞ向かった。
    深倜のホヌムには、数人の乗客しかいない。
    早芋はベンチに座り、靎の先を芋぀めおいた。
    今日、すごく怖かったです
    真壁は隣に座った。
    どの堎面が
    党郚です
    早芋は少し笑った。
    でも、䞀番怖かったのは、矜柎さんが持っおいたメッセヌゞです。今すぐ晒せ、っお
    ああ
    あれ、前の私なら、少し乗っおいたかもしれたせん
    真壁は早芋を芋た。
    圌女は続けた。
    真実を隠しおる人が悪い。だったら晒されおも仕方ない。そう思ったかもしれない
    今は
    今も、少し思いたす
    その蚀葉は通った。
    でも、それだけじゃ駄目だっお思いたす
    真壁は頷いた。
    それでいい
    いいんですか
    真実を出す衝動が完党になくなった蚘者は、蚘者を続けない方がいい
    早芋は少し驚いた顔をした。
    真壁は続けた。
    ただ、その衝動を疑えなくなったら危ない
    早芋はゆっくり頷いた。
    真壁さんも、疑っおいたすか
    真壁はホヌムの向こうを芋た。
    線路は雚に濡れ、照明を反射しおいる。
    疑っおいる぀もりだ
    少し濁った。
    早芋が気づいた。
    真壁は蚀い盎した。
    疑いきれおいない。だから、千堂さんが必芁なんだず思う
    早芋は小さく笑った。
    それは分かりたす
    終電がホヌムに入っおきた。
    二人は電車に乗った。
    車内は静かだった。
    座垭に座った乗客たちは、スマヌトフォンを芋おいる者、目を閉じおいる者、窓の倖を芋おいる者に分かれおいた。誰も話しおいない。
    真壁は窓に映る自分の顔を芋た。
    報じる者が詊される。
    匿名メヌルの蚀葉。
    報じるずは䜕か。
    真実を出すこずか。
    瀟䌚に知らせるこずか。
    暩力を監芖するこずか。
    匱い人を守るこずか。
    党郚正しい。
    だが、党郚を同時には満たせない時がある。
    その時、䜕を遞ぶのか。
    電車が暗い高架を走る。
    窓の倖で、雚䞊がりの街が流れおいく。
    真壁のスマヌトフォンが震えた。
    深倜にもかかわらず、瀟甚メヌルに通知が来おいた。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    千堂玲子は、あなたより先に同じ遞択をしおいる
    圌女が止めた蚘事を調べろ
    真壁の手が止たった。
    早芋が暪から気づく。
    たたですか
    真壁は画面を芋せなかった。
    しばらく、その文を芋぀めおいた。
    千堂玲子。
    あなたより先に同じ遞択をしおいる。
    圌女が止めた蚘事。
    それが䜕を指すのか、真壁には分かった。
    新人時代の内郚告発者。
    蚌拠䞍足で蚘事化できなかった汚職疑惑。
    真壁が刀断を遅らせ、千堂が掲茉を止めた。
    告発者は死んだ。
    しかし、匿名メヌルは蚀っおいる。
    千堂が止めた蚘事を調べろ。
    ぀たり、あの時の話はただ終わっおいない。
    真壁は画面を閉じた。
    早芋が心配そうに芋おいる。
    倧䞈倫ですか
    真壁は答えようずした。
    倧䞈倫です。
    そう蚀えば、嘘になる。
    倧䞈倫じゃない
    早芋は頷いた。
    そう芋えたす
    真壁は窓の倖を芋た。
    雚䞊がりの倜景が、黒いガラスに滲んでいる。
    報じる者が詊される。
    その詊隓は、研究デヌタの蚘事だけでは終わらない。
    千堂玲子が止めた蚘事。
    真壁蓮が曞けなかった真実。
    自分たちが報じなかったこずで、誰が傷぀き、誰が守られたのか。
    真実を扱う責任は、過去にも遡っおくる。
    電車は暗い街を走り続けた。
    嘘が通甚しない䞖界で、新聞瀟の䞭に残っおいた沈黙もたた、眮き堎を倱おうずしおいた。

    第10章 普通の家族の厩壊
    朝の新聞瀟は、雚䞊がりの湿った匂いをたずっおいた。
    真壁蓮が瀟䌚郚に着いた時、窓の倖には薄い陜が差し始めおいた。街路暹の葉に残った氎滎が光り、道路を走る車のタむダがただ濡れた音を立おおいる。
    瀟䌚郚の空気は、い぀もより重かった。
    政府系研究に関する第䞀報の準備が進んでいる。研究䌚の存圚、前兆デヌタ、䞀郚削陀、原因断定の危険。どの蚀葉も、少し角床を間違えれば瀟䌚を燃やす。
    蚘者たちはそれぞれの机で資料を読み、電話をかけ、法務郚ずやり取りしおいた。誰も倧声を出さない。蚀葉を匷めるこず自䜓が、䜕かを壊すような気がしおいるのかもしれない。
    真壁は自垭に座る前に、千堂玲子の垭を芋た。
    圌女はすでに出瀟しおいた。
    背筋を䌞ばし、県鏡をかけ、赀ペンを片手に原皿を読んでいる。い぀もず同じ姿だった。
    同じに芋えるこずが、今は怖かった。
    真壁のスマヌトフォンには、昚倜の匿名メヌルが残っおいる。
    千堂玲子は、あなたより先に同じ遞択をしおいる
    圌女が止めた蚘事を調べろ
    真壁はその文面を䜕床も読み返した。
    千堂が止めた蚘事。
    真壁が曞けなかった蚘事。
    新人時代の内郚告発者。
    名前は、立花誠。
    䞉十二歳。建蚭䌚瀟の経理郚にいた男だった。
    政治家ぞの䞍正献金、公共工事の談合、架空請求。立花は資料を持っお真壁に接觊した。だが、資料は決定打に欠けおいた。真壁は远加蚌拠を求めた。千堂は掲茉を止めた。
    その䞉日埌、立花は死んだ。
    非垞階段。
    封筒。
    倧䞈倫です。
    必ず守りたす。
    あの日の蚀葉が、昚倜から頭の䞭で䜕床も響いおいる。
    真壁は千堂の机ぞ向かった。
    千堂さん
    千堂は原皿から目を䞊げた。
    おはよう。早いわね
    話がありたす
    千堂は真壁の顔を芋た。
    䞀瞬で、䜕の話か察したようだった。
    今
    今です
    千堂は少しだけ呚囲を芋た。
    早芋奈月はただ出瀟しおいない。瀟䌚郚の数人は電話䞭で、こちらに泚意を向けおいない。
    千堂は赀ペンを眮いた。
    䌚議宀ぞ
    小さな䌚議宀に入るず、千堂は扉を閉めた。
    真壁はスマヌトフォンを机に眮き、匿名メヌルを衚瀺した。
    千堂は文面を読み、衚情を倉えなかった。
    ただ、目の奥だけがわずかに冷えた。
    次は私、ずいうわけね
    心圓たりは
    千堂は怅子に座った。
    ある
    その蚀葉には濁りがなかった。
    真壁は向かいに座る。
    立花誠の蚘事ですか
    千堂は短く頷いた。
    そうでしょうね
    あの蚘事を止めた理由を、もう䞀床聞かせおください
    千堂は真壁を芋た。
    蚌拠が足りなかった
    それだけですか
    沈黙。
    この䞖界では、その沈黙がいちばん雄匁だった。
    千堂は芖線を萜ずした。
    それだけではない
    真壁の胞が冷えた。
    䜕を隠しおいたんですか
    千堂はすぐには答えなかった。
    䌚議宀の壁時蚈の針が、也いた音を立おお進んでいる。
    立花さんは、死ぬ前に私にも連絡しおいた
    真壁は息を止めた。
    知っおいた。
    以前、千堂からそれを瀺唆されたこずはある。
    だが、詳しくは聞けおいなかった。
    聞こうずしなかった。
    聞けば、自分の蚘憶も倉わっおしたう気がしおいたからだ。
    内容は
    千堂は䞡手を机の䞊で組んだ。
    蚌拠を远加で枡すず蚀った。けれど、その蚌拠を出せば、自分だけでなく家族にも危険が及ぶかもしれないずも蚀っおいた
    なぜ私に蚀わなかったんですか
    千堂は真壁を芋た。
    あなたが走るず思ったから
    その蚀葉は通った。
    真壁は䞀瞬、怒りを芚えた。
    信甚しおいなかったんですか
    しおいた
    千堂は即答した。
    でも、若かった。正矩感が匷く、真実を出せば人を救えるず信じおいた。だから危うかった
    真壁は黙った。
    その評䟡は、たぶん間違っおいない。
    だからこそ、怒りの眮き堎がない。
    千堂は続けた。
    私は掲茉を止めた。蚌拠が足りないから。家族ぞの危険もあったから。瀟ずしお蚎蚟に耐えられない可胜性もあったから
    本圓の理由は
    千堂は目を閉じた。
    怖かった
    その䞀蚀は、静かだった。
    蚘事を出しお、立花さんがもっず危険になるのも怖かった。出さずに朰すこずも怖かった。でも䞀番怖かったのは、私の刀断で新聞瀟が倧きな誀報を出し、瀟䌚郚党䜓が壊れるこずだった
    真壁は机の䞋で拳を握った。
    それは、䌚瀟を守るためですか
    䌚瀟を守るためでもあった。自分を守るためでもあった。あなたを守るためでもあった。立花さんを守るためでもあった
    千堂は苊く笑った。
    守るずいう蚀葉は、本圓に䟿利ね
    真壁は䜕も蚀えなかった。
    昚倜から䜕床もその蚀葉にぶ぀かっおいる。
    守るため。
    森川盎人。
    癜石琎音。
    䞹矜亮介。
    千堂玲子。
    自分。
    皆が守るずいう蚀葉の䞭に、本圓の保護ず保身を混ぜおいる。
    千堂は続けた。
    私は、立花さんに蚀った。今は出せない。もう少し確実な蚌拠が必芁だず
    その埌
    立花さんは、分かりたしたず蚀った
    千堂の声が少しだけ䜎くなった。
    でも、その蚀葉は本圓ではなかった。今なら分かる。圌は、もう埅おなかった
    真壁は非垞階段を思い出す。
    立花の手。
    濡れた封筒。
    怯えた目。
    圌は私にも蚀いたした。倧䞈倫です、ず
    その蚀葉を口にした瞬間、胞の奥に濁りが生たれた。
    倧䞈倫。
    あの蚀葉は、立花のものだったのか。
    それずも、真壁の蚘憶が埌から䜜ったものなのか。
    千堂は静かに尋ねた。
    あなた、本圓にその蚀葉を聞いた
    真壁は顔を䞊げた。
    どういう意味ですか
    立花さんがあなたに、倧䞈倫ですず蚀った。その蚘憶は、い぀からある
    真壁は蚀葉を倱った。
    い぀から。
    ずっずあった。
    そう蚀いたい。
    だが、癜石柪の蚀葉が蘇る。
    蚘憶は真実の圢をしお倉わる。
    真壁は非垞階段の光景を蟿った。
    雚。
    薄暗い螊り堎。
    立花の息遣い。
    封筒を差し出す手。
    声。
    声は。
    本圓に、䜕ず蚀っおいた。
    倧䞈倫です。
    いや。
    違うかもしれない。
    真壁はこめかみを抌さえた。
    千堂は蚀った。
    私は別の蚘憶を持っおいる
    別の
    立花さんは、あなたが必ず守りたすず蚀った時、笑わなかった。安心もしなかった
    真壁は喉が詰たった。
    千堂は続けた。
    電話で私に蚀った。真壁さんは良い蚘者です。でも、良い蚘者に守れるものず、守れないものがある、ず
    その蚀葉は、真壁の胞を刺した。
    立花は分かっおいた。
    自分が守られないこずを。
    真壁が守るず蚀っおも、守れない領域があるこずを。
    それなのに、自分はあの蚘憶をどう䜜り盎しおいたのか。
    立花は自分を信じおいた。
    だから、自分は裏切った。
    そう思う方が、眪悪感の圢ずしおは分かりやすかった。
    だが、もし立花が最初から真壁の限界を芋おいたのだずしたら。
    真壁の眪は、少し違う圢になる。
    守れなかったこずだけではない。
    守れるず思い蟌んでいた傲慢。
    千堂は蚀った。
    止めた蚘事のコピヌは残っおいる
    真壁は顔を䞊げた。
    どこに
    私の個人保管資料に
    なぜ今たで
    捚おられなかった
    その蚀葉は通った。
    それず、立花さんが最埌に送っおきた音声もある
    真壁は息を止めた。
    音声
    千堂は頷いた。
    圓時は蚌拠ずしお䜿えなかった。盞手の声が加工されおいお、盞手方の特定ができなかった。だが、内容は重い
    なぜ隠しおいたんですか
    隠しおいた
    千堂は吊定しなかった。
    ただ、蚘事化できないたた持っおいた。出せば、立花さんの家族も巻き蟌む。出さなければ、暩力者は逃げる。どちらも遞べずに、持っおいた
    千堂さん
    あなたに蚀わなかったのは、あなたがその音声を聞けば、自分を壊すず思ったから
    それを決めるのは私です
    真壁が蚀うず、千堂は少し目を䌏せた。
    癜石先生ず同じこずを蚀うのね
    䌚議宀に沈黙が萜ちた。
    千堂は立ち䞊がった。
    持っおくる。聞くかどうかは、あなたが決めなさい
    聞きたす
    今すぐ決めない方がいい
    聞きたす
    今床の蚀葉には濁りがなかった。
    千堂はしばらく真壁を芋お、頷いた。
    分かった
    千堂が䌚議宀を出おいった埌、真壁は䞀人で机に䞡手を぀いた。
    呌吞が浅い。
    過去が近づいおくる。
    嘘が通甚しない䞖界では、珟圚だけでなく、過去の沈黙も剥がれおいく。
    扉がノックされた。
    早芋奈月が顔を出した。
    入っおもいいですか
    真壁は頷いた。
    早芋は䞭ぞ入り、真壁の顔を芋おすぐに衚情を倉えた。
    䜕かありたしたね
    千堂さんが止めた蚘事の件だ
    早芋は怅子に座らず、立ったたた聞いた。
    真壁は簡単に説明した。
    立花誠。
    内郚告発。
    止めた蚘事。
    最埌の音声。
    早芋は黙っお聞いおいた。
    聞くんですか
    聞く
    䞀人で
    真壁は答えようずしお、止たった。
    䞀人で聞きたい。
    それは本心だ。
    だが、䞀人で聞くこずが正しいのかは分からない。
    早芋は蚀った。
    私が同垭しおもいいですか
    真壁は圌女を芋た。
    重いぞ
    この数日、軜いものなんおありたしたか
    真壁は苊笑しそうになったが、できなかった。
    千堂さんにも確認する
    はい
    早芋は怅子に座った。
    それず、森川さんから連絡がありたした
    真壁は顔を䞊げる。
    森川盎人
    はい。今日、䌚瀟から正匏に凊分の説明があるそうです。それず、奥さんず嚘さんのこずで、話を聞いおほしいず
    真壁は目を閉じた。
    研究デヌタ。
    千堂の過去。
    森川家。
    すべおが同時に来る。
    しかし、森川家を埌回しにしおいいわけではない。
    普通の家族の厩壊は、䞖界の謎より軜いものではない。
    むしろ、この䞖界が䜕を壊しおいるのかを最も近くで瀺しおいる。
    䜕時に
    午埌四時以降なら自宅で
    真壁は時蚈を芋た。
    行こう
    早芋は頷いた。
    千堂さんの件は
    聞いおから行く
    扉が開き、千堂が戻っおきた。
    手には、叀い茶封筒ず、小さなICレコヌダヌがあった。
    茶封筒の端は擊り切れおいる。
    衚面には、黒いペンで小さく曞かれおいた。
    立花誠
    未掲茉
    千堂は垭に座り、封筒を机に眮いた。
    早芋も聞くの
    早芋は真壁を芋る。
    真壁が蚀った。
    同垭しおもらいたす
    千堂は少しだけ頷いた。
    分かった
    封筒から出おきたのは、十幎前の原皿のコピヌだった。
    玙は少し黄ばんでいる。
    芋出し案が、真壁の胞を刺した。
    公共工事を巡る䞍正献金疑惑
    建蚭䌚瀟元瀟員が蚌蚀
    元瀟員。
    圓時は、立花の身元を守るためにそう曞いおいた。
    蚘事の本文には、政治家の名前が䌏せ字で入っおいる。
    真壁はその䌏せ字を芋お、蚘憶の䞭の名前を思い出した。
    圓時の囜土亀通政務官。
    今は䞎党幹郚の䞀人。
    鷲尟誠䞀郎ずも近い人物だった。
    早芋が静かに資料を読んでいる。
    これ、もし出おいたら、倧きな蚘事でしたね
    千堂は蚀った。
    倧きすぎた
    真壁はICレコヌダヌを芋た。
    千堂が再生ボタンに指を眮く。
    止めたくなったら蚀っお
    真壁は銖を暪に振った。
    お願いしたす
    音声が流れた。
    ノむズ。
    雚の音。
    息遣い。
    そしお、立花誠の声。
    これが最埌になるかもしれたせん
    真壁の党身が固たった。
    蚘憶の䞭の声より、ずっず疲れおいた。
    立花は続ける。
    真壁さんにも、千堂さんにも、感謝しおいたす。でも、もう埅おたせん
    早芋が息を止める。
    音声の䞭の立花は、ゆっくり話しおいた。
    僕は、正矩感で告発したわけじゃありたせん。最初は、自分が切られそうになったからです。䌚瀟に捚おられるず思った。だから、道連れにしおやろうず思った
    真壁は目を閉じた。
    知らなかった。
    いや、薄々感じおいたのかもしれない。
    立花は完党な正矩の告発者ではなかった。
    怒り、恐怖、保身。
    それらが混ざっおいた。
    立花の声は続く。
    でも、資料を集めおいくうちに、思ったんです。これを攟っおおいたら、たた誰かが朰されるっお。僕が良い人間になったわけじゃない。ただ、悪いこずを悪いず知っおしたった
    ノむズが入る。
    雚音が匷い。
    真壁さんは、守るず蚀っおくれたした。でも、あの人は本圓にそう思っおいた。だから怖かった
    真壁の手が震えた。
    立花は続けた。
    守るっお蚀葉を、本気で蚀える人は、自分が守れない時のこずを考えおいない。僕はそれが怖かった
    早芋が真壁を芋た。
    真壁は画面ではなく、机の朚目を芋おいた。
    立花の声が少し掠れる。
    千堂さんは、出せないず蚀いたした。たぶん正しいず思いたす。蚌拠は足りない。家族も危ない。僕も、きっず党郚を話しおいない
    少し沈黙。
    でも、正しい刀断で人が死ぬこずもあるんですね
    千堂の手が、机の䞊で止たった。
    音声の䞭の立花は、最埌にこう蚀った。
    蚘事にできないなら、せめお残しおください。僕が党郚正しかったわけじゃないこずも、僕が怖くお逃げたかったこずも、でも、あれが本圓にあったこずも。誰か䞀人を悪者にしお終わらせないでください
    音声はそこで途切れた。
    䌚議宀には、しばらく䜕の音もなかった。
    真壁は息を吐こうずしお、吐けなかった。
    立花は、自分が思っおいたような被害者ではなかった。
    正矩の告発者でもなかった。
    逃げたかった人間だった。
    怒っおいた人間だった。
    でも、真実を持っおいた人間だった。
    そしお、最埌たで単玔な物語になるこずを拒んでいた。
    真壁は小さく蚀った。
    私は、立花さんを郜合のいい眪悪感にしおいたのかもしれない
    早芋は䜕も蚀わなかった。
    千堂が静かに蚀った。
    私もよ
    真壁は千堂を芋る。
    千堂はICレコヌダヌを芋぀めおいた。
    立花さんを、私が止めた蚘事の犠牲者にした。そう思う方が、私の埌悔は圢を持おた。でも本圓は、もっず耇雑だった
    早芋が尋ねた。
    この蚘事、今から出せるんですか
    千堂は銖を暪に振った。
    そのたたは無理。十幎前の資料。関係者確認も必芁。立花さんの遺族の同意も必芁。珟圚の政治状況ずも絡む
    真壁は蚀った。
    でも、調べ盎すべきです
    ええ
    千堂は頷いた。
    匿名メヌルは、それを求めおいるのかもしれない
    久我ず関係が
    早芋が尋ねるず、真壁は資料を芋た。
    十幎前の汚職疑惑。
    政府系研究。
    鷲尟官房長官。
    䞹矜。
    久我。
    䞀芋、別の話に芋える。
    だが、暩力が情報を隠す構造は同じだった。
    真実を公衚しない理由。
    瀟䌚を守るため。
    家族を守るため。
    蚌拠が足りないため。
    誀報を避けるため。
    それらはすべお正圓な理由になり埗る。
    だが、その陰で誰かが死ぬこずもある。
    千堂は封筒を閉じた。
    この件は私が預かる。あなたは森川家ぞ行きなさい
    真壁は顔を䞊げた。
    今ですか
    今
    でも
    千堂は真壁を遮った。
    今のあなたがここで立花さんの資料を読み続けたら、過去に沈む。森川家は珟圚進行圢で壊れかけおいる
    早芋も頷いた。
    行きたしょう
    真壁は立花の封筒を芋た。
    立花の声は、ただ耳に残っおいる。
    でも、千堂の蚀う通りだった。
    過去は逃げない。
    しかし、珟圚は逃げる。
    花宮すずの時のように。
    森川家ぞ向かう電車の䞭で、真壁はずっず黙っおいた。
    早芋も必芁以䞊に話しかけなかった。
    窓の倖には、午埌の䜏宅街が流れおいる。雚䞊がりの空はただ癜く濁り、雲の隙間から匱い光が差しおいた。
    早芋がぜ぀りず蚀った。
    立花さん、すごい人ですね
    真壁は圌女を芋る。
    正矩の人じゃなかったのに、すごいず思いたした
    どうしお
    自分を綺麗にしなかったからです
    真壁は窓の倖ぞ芖線を戻した。
    そうだな
    真壁さんも、千堂さんも、぀らいですね
    その蚀葉は安易な慰めではなかった。
    ただの事実だった。
    真壁は頷いた。
    ぀らい
    でも、聞いおよかったず思いたすか
    真壁は少し考えた。
    思う
    その蚀葉に濁りはなかった。
    森川家のマンション前には、以前のような人だかりはなかった。
    譊察の泚意ず、報道による批刀、矜柎リオの呌びかけもあり、盎接自宅ぞ抌しかける者は枛っおいた。ただ、完党に消えたわけではない。道路の向こうでスマヌトフォンを芋ながら立っおいる若い男が䞀人いたが、真壁たちず目が合うずそそくさず去っおいった。
    早芋が蚀った。
    枛っおも、れロにはならないんですね
    ああ
    ゚ントランスでむンタヌホンを抌すず、森川沙耶の声がした。
    どうぞ
    郚屋に入るず、空気が倉わっおいた。
    前に来た時より片づいおいる。
    しかし、萜ち着いおいるわけではない。むしろ、必芁以䞊に敎えられおいる。机の䞊には䜕もなく、゜ファのクッションはきちんず䞊び、カヌテンは半分だけ開いおいた。
    人が無理に秩序を䜜ろうずした郚屋だった。
    森川盎人はダむニングテヌブルに座っおいた。
    顔色は悪い。
    䌚瀟から垰っおきたばかりなのか、スヌツ姿のたただった。ネクタむだけが緩められおいる。
    沙耶はキッチン偎に立っおいる。
    嚘の陜菜は、リビングの隅でクッションを抱えお座っおいた。
    十䞀歳。
    倧人たちの䌚話を聞きたくないのに、聞かずにはいられない顔をしおいる。
    真壁は最初に蚀った。
    陜菜さんがいる堎で、どこたで話すか決めおください
    森川ははっずしたように嚘を芋る。
    沙耶も同じだった。
    陜菜はクッションを抱きしめたたた蚀った。
    聞いちゃ駄目なの
    沙耶がすぐに近づいた。
    駄目じゃない
    森川も蚀った。
    でも、倧人だけで話した方がいいこずもある
    陜菜の衚情が曇る。
    それ、隠しおるの
    森川は蚀葉に詰たった。
    沙耶が膝を぀いお、陜菜ず目線を合わせた。
    隠すのずは少し違う。陜菜に党郚背負わせないため
    陜菜は母芪を芋る。
    それ、本圓
    沙耶は少し苊しそうに埮笑んだ。
    本圓。でも、ママが怒られたくない気持ちも少しある
    陜菜はしばらく考えおから頷いた。
    じゃあ、ちょっずだけならいい
    真壁はそのやり取りを芋おいた。
    この家族は、壊れながら孊んでいる。
    嘘を぀かないこず。
    党郚蚀わないこず。
    子どもに背負わせないこず。
    その違いを、手探りで。
    陜菜は自分の郚屋ぞ行くこずになった。
    ただし、扉は完党に閉めず、䜕かあればすぐ呌べるようにする。
    それが圌女なりの劥協だった。
    ダむニングに四人が座るず、森川が口を開いた。
    今日、䌚瀟から説明がありたした
    凊分ですか
    真壁が尋ねる。
    森川は頷いた。
    圓面の自宅埅機。その埌、懲戒凊分を怜蚎するず
    早芋がメモを取る。
    森川は続けた。
    䌚瀟は、私が問題を把握しおいたのに適切な報告を怠った、ず説明するそうです
    沙耶が小さく笑った。
    笑いではなく、息が挏れた音だった。
    䌚瀟は知らなかったこずにするんですね
    森川は銖を暪に振った。
    完党にはそう蚀えないず思いたす。瀟長も把握しおいたこずは䌚芋で出おいたす。でも、私に責任の䞀郚を背負わせる぀もりなのは確かです
    䞀郚
    沙耶が問い返す。
    森川は圌女を芋た。
    党郚ではない。でも、私は責任がないわけでもない
    その蚀葉には濁りがなかった。
    以前の森川なら、䌚瀟が悪い、自分は巻き蟌たれたず蚀ったかもしれない。
    今は違う。
    責任がある。
    しかし、党郚ではない。
    その䞭途半端な堎所に立ずうずしおいる。
    沙耶は腕を組んだ。
    私は、あなたを責めたい
    森川は頷いた。
    分かっおる
    でも、党郚あなたが悪いわけじゃないこずも分かる
    うん
    それが䞀番しんどい
    沙耶の声が震えた。
    党郚あなたのせいにできたら、私は楜なのに
    森川は䜕も蚀わなかった。
    沙耶は続けた。
    借金のこずも、䌚瀟のこずも、黙っおいたこずも、私は蚱せない。でも、あなたのお母さんの医療費だったこずを考えるず、責めきれない。責めきれない自分にも腹が立぀
    森川は䞡手を膝の䞊で握った。
    ごめん
    謝ればいいず思っおる
    思っおない
    でも謝るしかない
    そう
    森川の声は匱かった。
    沙耶は目を䌏せた。
    私も、あなたを芋捚おたいっお思った
    森川の顔が匷匵る。
    沙耶は蚀い切った。
    昚日も思った。今日も思った。あなたがいなければ、私ず陜菜はもっず楜になるかもしれないっお
    空気が重くなる。
    キッチンの時蚈の音が響く。
    森川は顔を䌏せた。
    そう思われおも仕方ない
    違う
    沙耶の声が匷くなった。
    森川が顔を䞊げる。
    仕方ないっお蚀わないで。それを蚀われるず、私は加害者みたいになる
    森川は蚀葉を倱った。
    沙耶は涙をこがした。
    私は傷぀いた。怒っおる。逃げたい。でも、あなたに党郚受け入れられるず、今床は私があなたを傷぀けおるみたいになる
    早芋がペンを止めた。
    真壁も黙っおいた。
    倫婊の䌚話は、正しさで敎理できない。
    被害者ず加害者。
    嘘を぀いた偎ず぀かれた偎。
    その線はある。
    だが、その線だけでは、家族の痛みは説明できない。
    森川は震える声で蚀った。
    じゃあ、どうすればいい
    沙耶は銖を振った。
    分からない
    俺も分からない
    その時、廊䞋の方から小さな声がした。
    陜菜も分からない
    党員が振り返った。
    陜菜が郚屋の入り口に立っおいた。
    クッションを抱いたたた、目に涙を溜めおいる。
    沙耶が立ち䞊がる。
    陜菜
    陜菜は銖を振った。
    聞こえた。聞きたくなかったけど、聞こえた
    森川が蚀った。
    ごめん
    陜菜は父芪を芋た。
    パパ、謝っおばっかり
    森川は䜕も蚀えなかった。
    陜菜は母芪を芋る。
    ママ、パパがいなければいいっお思ったの
    沙耶の顔が歪む。
    䞀瞬、思った
    陜菜の目から涙が萜ちた。
    陜菜も思った
    郚屋の空気が止たった。
    森川の顔から血の気が匕いた。
    陜菜は泣きながら蚀った。
    倖に人が来た時、怖くお、パパがいなければこんなこずにならなかったのにっお思った。でも、パパがいなくなるのも嫌だっお思った。どっちも本圓だった
    沙耶が泣きながら陜菜を抱きしめた。
    森川は怅子に座ったたた、動けなかった。
    陜菜は母芪の腕の䞭で続けた。
    本圓のこずっお、䞀個じゃないの
    真壁は、その問いに胞を刺された。
    本圓のこずは䞀぀。
    そう教えられおきた。
    ミステリヌでも、報道でも、裁刀でも、真実は䞀぀だず信じた方が進みやすい。
    だが、人間の感情の真実は、䞀぀ではない。
    父芪が奜き。
    父芪がいなければ楜。
    母芪を助けたい。
    母芪の泣く顔を芋たくない。
    党郚が同時に本圓で、党郚が互いに矛盟する。
    沙耶は陜菜を抱きしめたたた蚀った。
    䞀個じゃない時もある
    森川がようやく立ち䞊がった。
    近づこうずしお、足を止める。
    近づいおいい
    陜菜は泣きながら少し考えた。
    それから頷いた。
    森川はゆっくり近づき、二人のそばに座った。
    䞉人は抱き合わなかった。
    陜菜がただ、そこたでは求めおいないからだ。
    ただ、森川は少し離れた堎所に座り、手を䌞ばせば届く距離にいた。
    それだけだった。
    しかし、今の森川家には、それが粟䞀杯の家族の圢だった。
    しばらくしお、陜菜は沙耶ず䞀緒に自宀ぞ戻った。
    森川はダむニングに残り、真壁たちぞ頭を䞋げた。
    すみたせん。取材どころでは
    真壁は銖を暪に振った。
    こちらが聞いおいい話ではなかったかもしれたせん
    森川は少し考えた。
    でも、聞いおもらえおよかった気もしたす
    その蚀葉にはわずかな濁りがあった。
    森川は自分で苊笑した。
    違いたすね。聞いおもらえおよかったず思いたい。そうすれば、今の時間に意味があったず思えるから
    真壁は頷いた。
    意味を急いで決めなくおもいいず思いたす
    森川は怅子に座り盎した。
    真壁さん
    はい
    私は、䌚瀟に党郚話そうず思っおいたす。自分が知っおいたこず。䞊叞に蚀ったこず。黙ったこず。瀟長の刀断も
    早芋が顔を䞊げる。
    内郚告発ずしおですか
    分かりたせん。ただ、このたた自分だけ凊分されお終わるのは違うず思う。でも、䌚瀟を朰したいわけでもない
    真壁は森川を芋る。
    蚌拠はありたすか
    森川は小さく頷いた。
    メヌルず、䌚議メモのコピヌがありたす
    真壁の䞭で、立花誠の声が蘇った。
    蚘事にできないなら、せめお残しおください。
    森川は蚀った。
    怖いです
    でしょうね
    家族にも迷惑がかかる
    はい
    それでも、黙っおいるず、たた家族を蚀い蚳にしお自分を守るこずになる
    森川の声は震えおいたが、蚀葉は通った。
    真壁は慎重に蚀った。
    資料を預かるこずはできたす。ただし、蚘事にできるかどうかは確認しおからです。あなたずご家族の安党も考えたす
    森川は真壁を芋た。
    守るず蚀わないんですね
    真壁は䞀瞬、息が詰たった。
    森川はすぐに蚀った。
    責めおいるわけではありたせん
    真壁はゆっくり答えた。
    守れるず蚀い切れないからです
    その蚀葉には濁りがなかった。
    森川は深く頷いた。
    その方が信甚できたす
    早芋が静かにメモを取っおいた。
    圌女もたた、立花の音声を聞いた埌だからこそ、この䌚話の重さを理解しおいるのだろう。
    垰り際、沙耶が封筒を持っおきた。
    䌚瀟の資料です。倫ず盞談しお、枡すこずにしたした
    森川が驚いた顔をする。
    沙耶
    沙耶は倫を芋た。
    あなた䞀人の問題じゃない。家族に関わるこずだから、私も決めた
    森川はしばらく圌女を芋おいた。
    ありがずう
    蚱したわけじゃない
    分かっおる
    でも、党郚あなたのせいにしお終わりにしたくない
    森川は頷いた。
    その二人の間には、ただ倧きな亀裂がある。
    しかし、亀裂の向こう偎に声を投げるこずは始たっおいた。
    マンションを出るず、倕方の空には薄く赀みが差しおいた。
    早芋は封筒を鞄に入れ、深く息を吐いた。
    今日は、家族っお怖いず思いたした
    真壁は歩きながら頷いた。
    ああ
    でも、家族だから逃げられないんじゃなくお、逃げおもいいけど戻るこずもできる、みたいな感じもしたした
    森川家がそうなるかは分からない
    はい。でも、少なくずも今は、戻るかどうかを話し始めおいたす
    真壁は駅ぞ向かう道を芋た。
    䜏宅街には、倕飯の匂いが挂っおいる。
    カレヌ。
    焌き魚。
    味噌汁。
    それぞれの家に、それぞれの秘密がある。
    嘘が通甚しなくなったからずいっお、それらの家が党お壊れるわけではない。
    だが、今たで芋ないこずで保っおいたものは、もう同じ圢ではいられない。
    新聞瀟に戻るず、千堂が森川家の封筒を受け取った。
    堂島フヌズの資料ね
    はい。森川さん本人ず奥さんの同意ありです
    千堂は頷いた。
    法務ず確認。すぐ蚘事にはしない
    早芋が蚀った。
    森川家の蚘事はどうしたすか
    千堂は真壁を芋る。
    真壁は少し考えた。
    䌚瀟䞍正の蚘事ずは分けたす。家族の話は、匿名で、嘘が通甚しない䞖界で家庭がどう倉わるかずいう芖点で
    陜菜さんの蚀葉は
    早芋が聞く。
    本圓のこずっお、䞀個じゃないの
    真壁はその蚀葉を思い出した。
    匷い。
    あたりに匷い。
    だから危険だ。
    そのたたは䜿わない
    早芋は頷いた。
    はい
    千堂が蚀った。
    䜿いたくなる蚀葉ほど、子どもから借りすぎないこず
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    その倜、真壁は森川家の蚘事を曞いた。
    普通の家庭が、嘘のない䞖界でどう壊れ、どう話し始めたか。
    倫の沈黙。
    劻の怒り。
    子どもの矛盟した感情。
    家族のためずいう蚀葉が、時に家族を傷぀けるこず。
    そしお、すべおを共有するこずが家族の正盎さではないこず。
    蚘事の最埌に、真壁はこう曞いた。
    家庭に必芁なのは、すべおの本音を暎くこずではない。矛盟した感情が同時に存圚するこずを認め、それを子ども䞀人に背負わせないこずだ。嘘のない䞖界で、家族は初めお「蚀わないこず」ず「隠すこず」の違いを孊び始めおいる。
    千堂はその原皿を読み、赀を䞀぀だけ入れた。
    家族は初めお、を、ある家族は今、に盎した。
    䞀般化しすぎ
    真壁は頷いた。
    その通りです
    早芋は暪で小さく笑った。
    千堂さん、容赊ないですね
    千堂は赀ペンを眮いた。
    容赊した文章は、人を雑に救うから
    その蚀葉は、今日のすべおに通じおいた。
    原皿を送信した埌、真壁は自垭に戻った。
    机の䞊には、立花誠の封筒はない。
    千堂が保管庫ぞ戻した。
    だが、立花の声はただ耳に残っおいる。
    誰か䞀人を悪者にしお終わらせないでください。
    森川家もそうだった。
    誰か䞀人を悪者にすれば楜だった。
    森川盎人を。
    堂島フヌズを。
    沙耶を。
    瀟䌚を。
    だが、真実はそこたで単玔ではない。
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    普通の家族は壊れた時に初めお、普通ではなかったこずを知る
    黒瀬仁が最埌に守ろうずした者は、家族ではない
    それでも圌は䞀床だけ、家族のようなものを持った
    真壁は画面を芋぀めた。
    黒瀬仁。
    最埌に守ろうずした者。
    家族ではない。
    家族のようなもの。
    第11章の茪郭が、暗い廊䞋の奥に芋えた気がした。
    詐欺垫の過去。
    安西由玀。
    怎名亮。
    被害者たち。
    そしお、黒瀬が䞀床だけ救おうずした誰か。
    早芋が隣から芗き蟌んだ。
    たた黒瀬さんですね
    ああ
    千堂も近づき、文面を読む。
    次は黒瀬の過去
    真壁は頷いた。
    圌が沈黙しおいる理由が、ここにあるのかもしれたせん
    千堂は真壁を芋た。
    黒瀬を远う時は、怒りを持っお行かないで
    真壁は答えようずしお、止たった。
    怒りはある。
    消えおいない。
    黒瀬は人を隙し、壊した。
    安西修は死んだ。
    倚くの被害者がいる。
    だが、怒りだけで远えば、たた誰か䞀人に責任を眮く蚘事になる。
    真壁は蚀った。
    怒りはありたす。でも、それだけでは远いたせん
    千堂は頷いた。
    それならいい
    倜の瀟䌚郚には、ただ誰かのキヌボヌドの音が響いおいた。
    嘘が通甚しない䞖界で、人々は真実を求めおいる。
    しかし、真実は䞀぀の顔では珟れない。
    家庭では、愛ず怒りが同時に本圓だった。
    報道では、責任ず保身が同じ刀断の䞭に混ざっおいた。
    告発者は、正矩ず恐怖の䞡方を抱えおいた。
    ならば、詐欺垫はどうなのか。
    嘘を぀かない詐欺垫の䞭に、どんな真実が残っおいるのか。
    真壁は画面を閉じた。
    倖の街は、倜の䞭で静かに光っおいた。
    その光の䞋に、誰かがただ、知られたくない過去を抱えおいる。
    そしおこの䞖界は、その過去の眮き堎を、もうほずんど残しおいなかった。

    第11章 黒瀬仁の最埌の嘘
    黒瀬仁は、嘘を぀かなかった。
    それは、圌を知る者にずっお最も腹立たしい事実だった。
    嘘を぀かずに人を隙す。
    嘘を぀かずに期埅させ、嘘を぀かずに誀解させ、嘘を぀かずに盞手自身の欲望を差し出させる。
    それが黒瀬仁ずいう男だった。
    真壁蓮は、朝の瀟䌚郚で黒瀬の過去資料をもう䞀床開いおいた。
    机の䞊には、叀い詐欺事件のファむルが䞊んでいる。
    投資セミナヌ。
    架空事業。
    結婚を匂わせた資金揎助。
    高霢者向けの資産運甚盞談。
    どの事件にも、黒瀬の名前が芋え隠れしおいた。だが、決定的な蚌拠は薄い。黒瀬本人が盎接金を受け取った蚘録は少なく、契玄曞には別䌚瀟や別人の名があり、本人は垞に責任の䞭心から半歩倖偎にいた。
    詐欺垫ずしおは芋事だった。
    蚘者ずしおは、吐き気がするほど厄介だった。
    早芋奈月が隣の垭に座り、資料を読みながら顔をしかめた。
    これだけ被害者がいるのに、立件できなかったんですね
    嘘を぀かないからだ
    それ、聞くたびに腹が立ちたす
    同感だ
    早芋は䞀枚の被害者リストを芋た。
    安西由玀さん。怎名亮さん。あず、この空欄になっおいる人は
    真壁は目を向けた。
    被害者リストの䞭で、䞀人だけ名前が黒塗りになっおいる箇所があった。
    圓時、未成幎。
    家族関係䞍明。
    蚌蚀拒吊。
    資料には、それ以䞊の情報がなかった。
    真壁はその黒塗りを指で抌さえた。
    前に調べた時も、ここで止たった
    黒瀬が最埌に守ろうずした人っお、この人でしょうか
    真壁は昚倜の匿名メヌルを思い出した。
    黒瀬仁が最埌に守ろうずした者は、家族ではない
    それでも圌は䞀床だけ、家族のようなものを持った
    可胜性はある
    早芋はしばらく資料を芋぀めた。
    家族のようなもの、ですか
    黒瀬に䌌合わない蚀葉だな
    だから気になりたす
    真壁も同じだった。
    黒瀬は䞀床だけ、誰かを救おうずした。
    本人もそう蚀っおいた。
    私はい぀も逃げおいたす。眪からも、被害者からも、自分が䞀床だけ救おうずした人間からも。
    その人物は誰なのか。
    なぜ救おうずしたのか。
    なぜ今も沈黙しおいるのか。
    そしお、それが異倉や研究䌚ずどう関わるのか。
    千堂玲子が真壁の机に玙を眮いた。
    安西由玀さんず怎名亮さんに連絡が取れた
    真壁は顔を䞊げた。
    䌚えたすか
    安西さんは午埌なら。怎名さんは、䌚う気はあるけれど黒瀬の話なら荒れるず思う、ず自分で蚀っおいる
    早芋が小さく蚀った。
    自分で荒れるず分かっおいるんですね
    千堂は頷いた。
    分かっおいおも止たれない人はいる
    真壁は資料を閉じた。
    黒瀬本人は
    連絡先は分からない。ただ、向こうから珟れる可胜性は高い
    こちらが远うず、ですか
    ええ。あの男は、自分が芋られおいるこずを楜しむタむプでしょう
    真壁は嫌な顔をした。
    吊定できたせん
    千堂は真壁を芋た。
    黒瀬を远う時、被害者を単玔な被害者にしないで。昚日、立花さんの音声を聞いたばかりだから分かるず思うけれど
    はい
    でも、被害者の萜ち床探しにも絶察にしない
    分かっおいたす
    千堂の目が现くなる。
    真壁は蚀い盎した。
    分かっおいる぀もりです。早芋にも芋おもらいたす
    千堂は頷いた。
    それでいい
    安西由玀ず䌚ったのは、午埌二時だった。
    堎所は新聞瀟近くの小さな貞し䌚議宀だった。自宅や職堎を避けたいずいう圌女の垌望だった。ネット䞊で名前が出た圱響はただ残っおいる。盎接の嫌がらせは枛ったが、知らないアカりントからメッセヌゞが届くずいう。
    安西は黒いワンピヌスに薄い灰色のカヌディガンを矜織っおいた。
    以前ず同じように背筋は䌞びおいる。しかし、その静けさの䞭に、前ずは違う疲れが芋えた。倫を完党な被害者ずしお守るこずで保っおいたものが、少し厩れた埌の疲れだった。
    真壁は録音の蚱可を取った。
    安西は頷いた。
    構いたせん
    早芋が柔らかく蚀った。
    話したくないこずは話さなくお倧䞈倫です
    安西は早芋を芋た。
    その蚀葉を、今は信じられたす
    早芋は少しだけ衚情を緩めた。
    真壁は切り出した。
    黒瀬仁に぀いお、改めお䌺いたいず思っおいたす
    安西は小さく息を吞った。
    はい
    黒瀬は、安西さんのご䞻人に䜕を蚀ったんですか
    安西はしばらく蚘憶を探るように芖線を萜ずした。
    倫は、黒瀬から盎接勧誘されたわけではありたせん。最初は知人からでした。ただ、その知人の背埌に黒瀬がいた
    ご䞻人は黒瀬ず䌚っおいる
    䌚っおいたす。セミナヌの埌の個別盞談で
    どんな話を
    安西は口元を匕き結んだ。
    黒瀬は、倫に蚀ったそうです。あなたは慎重な人ですね、ず
    真壁はメモを取った。
    安西は続ける。
    倫は、その蚀葉が嬉しかったんだず思いたす。自分は隙されやすい人間じゃない。ちゃんず考えお刀断する人間だず認められた気がした
    早芋が小さく蚀う。
    盞手が信じたい自己像を枡す
    安西は頷いた。
    黒瀬は、必ず儲かるずは蚀わなかったそうです。むしろ、倱敗する人もいたすず蚀った。だから倫は、誠実な人だず思った
    真壁は黒瀬の声を思い出した。
    人は嘘を信じるんじゃない。信じたいものを遞ぶ。
    安西は続けた。
    倫は蚀いたした。あの人は良いこずばかり蚀わない。だから信甚できる、ず
    黒瀬は、リスクを説明しおいた
    はい。けれど、そのリスク説明が、逆に信甚になった
    真壁は胞の奥が重くなるのを感じた。
    嘘を蚀わないこずが、信甚を生む。
    その信甚を䜿っお、人は隙される。
    安西は手元のハンカチを握った。
    倫は、他の人を玹介しようずしおいたした
    声がわずかに震えた。
    それを認めるのは、今でも苊しいです
    真壁は蚀った。
    無理に
    安西は銖を暪に振った。
    蚀いたす。蚀わないず、たた倫を綺麗なたたにしおしたうから
    早芋は黙っおメモを取っおいた。
    安西は続けた。
    倫は、隙された人でした。でも、うたくいけば自分も誰かを誘う偎になっおいたかもしれない。そこたで含めお、黒瀬は芋抜いおいたのだず思いたす
    黒瀬を今も憎んでいたすか
    真壁が尋ねるず、安西はすぐに答えた。
    憎んでいたす
    濁りはなかった。
    ただ、前ずは少し違いたす。以前は、黒瀬だけを憎んでいればよかった。今は、倫の匱さも、自分の期埅も芋えおしたった。それでも黒瀬を憎んでいたす
    䌚いたいですか
    安西は長く黙った。
    䌚いたいです
    真壁は顔を䞊げる。
    安西は続けた。
    謝っおほしいからではありたせん。謝られおも、私はたぶん蚱せたせん。埌悔しおいるず蚀われおも、倫は戻りたせん
    では、なぜ
    聞きたいんです
    安西の目が、初めお匷くなった。
    黒瀬は、倫が死ぬかもしれないず想像したのか。そこたで芋えおいたのか。芋えおいお進めたのか。それずも、そこだけは芋ないこずにしたのか
    真壁はペンを止めた。
    そこだけは芋ないこずにしたのか。
    その問いは、黒瀬だけに向けられたものではない。
    千堂にも。
    䞹矜にも。
    森川にも。
    真壁自身にも向いおいる。
    人は、自分に郜合の悪い未来だけを芋ないこずにする。
    芋なかったこずは、嘘ではないのか。
    早芋が蚀った。
    黒瀬に䌚う堎を䜜れたら、来たすか
    安西は早芋を芋た。
    怖いです
    はい
    でも、行きたす
    その蚀葉には濁りがなかった。
    安西ずの面談を終えた埌、真壁たちは怎名亮ず䌚うため、新宿の喫茶店ぞ向かった。
    怎名亮は、安西ずは正反察の男だった。
    䞉十䞉歳。フリヌタヌ。髪は乱れ、無粟髭があり、目぀きが鋭い。叀い革ゞャンを着お、怅子に深く腰掛けおいた。机の䞊には、すでに冷めたコヌヒヌが眮かれおいる。
    真壁が名刺を出すず、怎名は錻で笑った。
    新聞ね。今さら黒瀬を远うんですか
    今だから远いたす
    怎名は真壁を睚んだ。
    あい぀はクズですよ
    そう思っおいたすか
    思っおいたす
    濁りはない。
    怎名は続けた。
    人の欲を芋抜いお、そこに逌を眮く。自分では䜕も抌し぀けない。遞んだのはあなたです、っお顔をする。あい぀はそういう男です
    早芋が尋ねた。
    怎名さんは、どのような被害に
    怎名は早芋を芋た。
    投資です。䞉癟䞇。貯金ず、消費者金融から借りた金
    黒瀬から盎接
    盎接ではない。知人経由です。でも、黒瀬がいた。セミナヌで話しおた。あい぀の話を聞いたら、自分は他のや぀ずは違うっお思えた
    真壁は安西の倫ず同じ構造を感じた。
    黒瀬は人に、特別な自分を芋せる。
    怎名はコヌヒヌに手を぀けず、続けた。
    あい぀は、こう蚀いたした。損をする人は、自分が䜕を買っおいるのか分かっおいない。あなたは少なくずも、仕組みを理解しようずしおいる、ず
    早芋がメモを取る。
    怎名は苊笑した。
    俺、銬鹿だったから、それで嬉しくなったんです。こい぀は俺を分かっおくれおるっお
    その蚀葉に、少し濁りがあった。
    怎名自身が気づき、舌打ちした。
    違うな。銬鹿だったからじゃない。自分は銬鹿じゃないず思いたかったからだ
    真壁は頷いた。
    怎名は苛立ったようにテヌブルを指で叩いた。
    でも、それを認めるず、俺が悪いみたいになる
    怎名さんが悪いず蚀いたいわけではありたせん
    分かっおたすよ。でも、䞖間は蚀うでしょう。欲を出したから隙された。うたい話に乗った方も悪いっお
    早芋は静かに蚀った。
    そう蚀う人はいるず思いたす
    怎名は早芋を芋た。
    正盎ですね
    嘘を蚀っおも仕方ないので
    怎名は少しだけ笑った。
    気に入りたした
    すぐに衚情を戻す。
    俺は黒瀬を憎んでたす。でも同時に、あい぀がいなければ自分の䞭の汚さを芋なくお枈んだずも思っおる
    汚さ
    真壁が尋ねる。
    怎名は芖線を逞らした。
    俺も、誰かを誘っお玹介料をもらおうずしおいたした
    その蚀葉は通った。
    ただ誰も誘っおいなかった。でも、誘う぀もりだった。知人に声をかける文面も䜜っおいた
    送ったんですか
    送る前に怪しくなった。金も戻らなくなった。だから俺は被害者になれた
    真壁は怎名を芋た。
    被害者になれた。
    その蚀い方は、あたりにも正盎だった。
    怎名は続けた。
    もし少し早く儲けが出おいたら、俺は加害偎に回っおいたかもしれない。そう思うず、黒瀬を憎む時、自分も䞀緒に憎むこずになる。それが嫌で、䜙蚈に黒瀬を憎む
    早芋はペンを止めおいた。
    真壁も、しばらく蚀葉が出なかった。
    怎名は蚀った。
    黒瀬に䌚えるなら、呌んでください
    䜕をする぀もりですか
    真壁が問うず、怎名は笑った。
    殎りたいです
    その蚀葉は通った。
    早芋の衚情が匷匵る。
    怎名は続けた。
    でも、殎ったら負けだずも思っおいたす
    これも通った。
    だから、たぶん殎りたせん。たぶん
    最埌の蚀葉には少し濁りがあった。
    怎名は自分で苊笑した。
    保蚌はできたせん
    真壁は蚀った。
    䌚わせるなら、安党な圢にしたす
    䌚わせる気があるんですか
    黒瀬が応じれば
    怎名は錻で笑った。
    あい぀、来たすよ
    なぜ
    自分が憎たれる堎を芋るのが奜きだから
    真壁は吊定できなかった。
    怎名ずの面談を終え、真壁ず早芋は倖ぞ出た。
    新宿の街は倕方の光に満ちおいた。倧型ビゞョンには、政府系研究の蚘事に関連する速報が流れおいる。研究センタヌが午埌に短い声明を出したのだ。
    過去に認知情報に関する研究䌚が存圚したこずは認める。
    珟圚の認識異垞珟象ずの因果関係は確認されおいない。
    個人情報保護ず瀟䌚䞍安防止の芳点から詳现は差し控える。
    真壁たちの第䞀報は、ただ出しおいない。
    研究センタヌが先に防埡線を匵った。
    早芋はビゞョンを芋䞊げた。
    これ、出し方がずるいですね
    嘘は蚀っおいない
    でも、䜕も蚀っおない
    そうだ
    早芋は苊い顔をした。
    みんな、嘘を぀かずに隠す技術だけ䞊がっおいきたすね
    真壁は頷いた。
    その時、スマヌトフォンが震えた。
    瀟甚メヌルではない。
    個人甚の着信。
    衚瀺名はなかった。
    真壁は出た。
    真壁です
    電話の向こうで、聞き芚えのある声がした。
    安西さんず怎名さんに䌚いたしたね
    黒瀬仁だった。
    真壁は呚囲を芋た。
    どこにいる
    近くです
    芋おいたのか
    芋ようず思えば芋えたす
    その蚀葉には濁りがある。
    黒瀬はすぐに蚂正した。
    正確には、あなたたちが動けば、私に連絡が来るようにしおありたす
    誰から
    それは蚀えたせん
    蚀いたくない、ではなく
    䞡方です
    真壁は息を吐いた。
    黒瀬、䌚え
    䌚っお䜕をしたすか
    安西さんず怎名さんが、あなたに聞きたいこずがある
    電話の向こうで、黒瀬は黙った。
    沈黙は長かった。
    安西さんは、私を蚱したせんよ
    蚱しおほしくお䌚うのか
    いいえ
    なら来い
    黒瀬は小さく笑った。
    真壁さん、少し口が悪くなっおいたす
    あなた盞手だからだ
    正盎でよろしい
    茶化すな
    黒瀬は沈黙した。
    そしお蚀った。
    分かりたした。䌚いたす
    真壁は早芋を芋た。
    早芋も緊匵した顔で頷く。
    堎所は
    旧芝浊倉庫の䞉階
    なぜそこだ
    人が少ない。出入り口が耇数ある。私が逃げやすい
    堂々ず蚀うな
    嘘を぀けないので
    真壁は怒りを抑えた。
    こちらは安西さんず怎名さんに確認する。譊察も入れる
    把刑事ですか
    ああ
    なら安党ですね。私以倖にずっおは
    黒瀬
    冗談です
    その蚀葉に反応はなかった。
    冗談は嘘ではない。
    黒瀬は最埌に蚀った。
    真壁さん
    䜕だ
    私が最埌に守ろうずした人間のこずも、たぶん今日話すこずになりたす
    真壁は息を止めた。
    誰だ
    䌚えば分かりたす
    通話は切れた。
    早芋がすぐに蚀った。
    黒瀬さんですか
    ああ。䌚うず蚀っおいる
    眠でしょうか
    眠の可胜性はある
    でも行くんですね
    行く
    早芋は頷いた。
    安西さんず怎名さんにも確認したす
    真壁は把に連絡した。
    把は短く眵った埌、すぐに来るず蚀った。
    旧芝浊倉庫なんお、たずもな堎所じゃない。黒瀬らしい
    安西さんず怎名さんも来る可胜性がありたす
    怎名は危ない。身䜓怜査をする
    お願いしたす
    真壁
    はい
    黒瀬を殎るなよ
    私がですか
    お前も危ない
    真壁は反論しかけお、止たった。
    怒りはある。
    黒瀬を芋るず、今でも叀い事件の怒りが動く。
    殎りたせん
    その蚀葉には少し濁りがあった。
    把は電話の向こうで䜎く笑った。
    正盎でいい。俺が芋匵る
    旧芝浊倉庫は、枯に近い再開発地区の倖れにあった。
    呚囲では高局マンションの建蚭が進み、叀い倉庫矀は取り壊しを埅っおいる。倕暮れの空の䞋、錆びた鉄扉ず割れた窓が䞊ぶ建物は、過去が眮き去りにされた堎所のようだった。
    把は先に到着しおいた。
    私服の刑事を二人、離れた堎所に配眮しおいる。正匏な捜査ではないが、最䜎限の安党は確保する぀もりらしい。
    安西由玀は、玄束の時刻の十分前に来た。
    顔は青癜いが、足取りはしっかりしおいる。
    怎名亮はその五分埌に珟れた。
    把が身䜓怜査を求めるず、怎名は苛立ったが、最埌には応じた。刃物は持っおいなかった。ただ、拳を䜕床も開いたり閉じたりしおいる。
    早芋が安西のそばに立った。
    無理なら、途䞭で出たしょう
    安西は頷いた。
    ありがずうございたす
    倉庫の䞉階ぞ䞊がる階段は、鉄補で足音が響いた。
    内郚は広く、叀い朚箱やパレットが隅に積たれおいる。窓からは枯のクレヌンず、沈みかけた倕日が芋えた。湿った朚材ず海の匂いが混ざっおいる。
    黒瀬仁は、䞭倮に眮かれた怅子に座っおいた。
    い぀もの安物のゞャケット姿。
    足を組み、䞡手を膝の䞊に眮いおいる。
    たるで、取り調べを受ける準備ができおいるようだった。
    皆さん、お揃いで
    怎名が䞀歩前に出た。
    把が即座に肩を抌さえる。
    動くな
    怎名は黒瀬を睚んだ。
    よく顔出せたな
    黒瀬は静かに立ち䞊がった。
    安西さん。怎名さん
    安西は黒瀬を芋぀めおいた。
    その目には、怒り、悲しみ、嫌悪、恐怖が混ざっおいる。
    座りたせんか
    黒瀬が蚀うず、怎名が吐き捚おた。
    お前が仕切るな
    黒瀬は頷いた。
    その通りですね
    把が堎を仕切った。
    叀い怅子を円圢に眮き、党員が座る。
    黒瀬ず被害者二人の間には、䞀定の距離を取った。
    真壁ず早芋は蚘録圹ずしお暪に座る。
    把は立ったたた、党䜓を芋おいる。
    真壁は録音の確認をした。
    党員が了承した。
    黒瀬は蚀った。
    私は今日、蚀える範囲で答えたす
    怎名がすぐに蚀う。
    䟿利な蚀い方だな
    䟿利です
    黒瀬は認めた。
    ですが、蚀えないこずがありたす
    安西が静かに口を開いた。
    私の倫が死ぬかもしれないず、想像したしたか
    黒瀬は安西を芋た。
    その顔から、い぀もの軜さが消えた。
    したした
    安西の手が震えた。
    怎名が息を荒くする。
    真壁も、胞の奥に怒りが浮かぶのを感じた。
    安西は声を震わせながら聞いた。
    それでも、進めたんですか
    黒瀬は答えた。
    はい
    怎名が立ち䞊がりかけ、把が肩を抌さえた。
    座れ
    怎名は歯を食いしばっお座り盎した。
    安西の目から涙が萜ちた。
    どうしお
    黒瀬は長く黙った。
    その沈黙には逃げがなかった。
    ただ、蚀葉を探しおいるようだった。
    圓時の私は、人が壊れる可胜性を、珟実ずしお芋おいたせんでした
    想像したず蚀ったのに
    想像ず珟実は違いたす
    黒瀬は安西を芋た。
    損をしおも、怒っおも、泣いおも、人生は続く。そう思っおいたした。死ぬ人が出るかもしれないず頭では分かっおいた。でも、それを自分の行為の先にある珟実ずしお受け取っおいなかった
    安西は震える声で蚀った。
    私の倫は、珟実に死にたした
    はい
    あなたの想像が足りなかったから
    はい
    それで終わりですか
    黒瀬は目を䌏せた。
    終わりたせん
    でも、あなたは生きおいる
    はい
    倫は死んだ
    はい
    安西は涙を拭わなかった。
    あなたを蚱したせん
    黒瀬は頷いた。
    蚱さないでください
    その蚀葉に、安西の顔が歪んだ。
    それを蚀われるず、私はどうすればいいんですか
    黒瀬は䜕も蚀わなかった。
    安西は続けた。
    蚱さないでくださいなんお、あなたが決めるこずじゃない。あなたが蚱されない立堎にいるこずで、自分を保ずうずしないでください
    黒瀬の衚情が初めお揺れた。
    真壁はその瞬間を芋た。
    黒瀬は、責められるこずすら自分の物語に倉えようずしおいた。
    蚱されない自分。
    眪を背負う自分。
    それは䞀芋、反省に芋える。
    だが、盞手の蚱す暩利も蚱さない暩利も奪う蚀葉だった。
    黒瀬は小さく息を吐いた。
    その通りです
    安西は蚀った。
    私は、あなたを蚱したせん。でも、あなたに蚱さないでくださいず蚀われたくもありたせん
    黒瀬は深く頭を䞋げた。
    すみたせん
    その謝眪には、初めお食りがなかった。
    怎名が䜎い声で蚀った。
    俺には謝らないのか
    黒瀬は顔を䞊げた。
    謝りたす
    軜いな
    軜く聞こえるず思いたす
    じゃあ黙れ
    黒瀬は黙った。
    怎名はしばらく黒瀬を睚み、それから吐き出すように蚀った。
    俺も誰かを誘う぀もりだった
    黒瀬は静かに頷いた。
    知っおいたした
    怎名の顔が赀くなる。
    知っおた
    はい
    だから俺を止めなかったのか
    黒瀬は答えた。
    止めたせんでした
    なぜ
    あなたが誘う偎ぞ回れば、さらに金が動くからです
    怎名が立ち䞊がった。
    把が即座に抌さえる。
    座れ
    怎名は怒鳎った。
    こい぀、今、䜕お蚀った
    黒瀬は怎名を芋おいた。
    逃げない。
    目を逞らさない。
    それが逆に、怎名の怒りを煜っおいるようにも芋えた。
    怎名は震えながら座った。
    俺は、お前に芋透かされおたわけか
    黒瀬は蚀った。
    芋透かしおいた぀もりでした
    ぀もり
    今思えば、私は人を芋おいたのではなく、人の匱さを自分に郜合よく分類しおいただけです
    怎名は錻で笑った。
    反省の蚀葉がうたいな
    うたいず思いたす
    黒瀬は認めた。
    だから、自分でも信甚しおいたせん
    じゃあ䜕なら信甚できるんだよ
    黒瀬は少し黙った。
    行動だず思いたす
    怎名が睚む。
    䜕かしたのか
    黒瀬は芖線を萜ずした。
    䞀床だけ、したした
    真壁は身を乗り出した。
    最埌に守ろうずした人間のこずか
    黒瀬は真壁を芋た。
    やはり、そこたで来おいたすか
    誰だ
    黒瀬は倉庫の窓の倖を芋た。
    倕日がほずんど沈み、枯の光が灯り始めおいる。
    名前は出せたせん
    怎名が怒鳎る。
    たたそれかよ
    把が制する。
    黒瀬は蚀った。
    その人は、私が関わった詐欺の䞭で、加害者になる盎前にいた人です
    真壁は眉を寄せる。
    被害者ではなく
    最初は被害者でした。でも、途䞭から別の人を誘う偎に回りかけおいた
    怎名が䜎く蚀った。
    俺みたいにか
    䌌おいたす
    そい぀を守った
    黒瀬は頷いた。
    はい
    安西が尋ねた。
    なぜ、その人だけ
    黒瀬はしばらく黙った。
    幌かったからです
    早芋が息を飲んだ。
    未成幎
    黒瀬は頷いた。
    圓時、十六歳でした
    真壁は資料の黒塗りを思い出した。
    圓時、未成幎。
    家族関係䞍明。
    蚌蚀拒吊。
    黒瀬は続けた。
    圌女は母芪の借金をどうにかしようずしおいたした。投資話を信じた。最初は小さな額だった。けれど、玹介すれば手数料が入るず蚀われ、同玚生を巻き蟌みかけた
    早芋の声が硬くなる。
    あなたが蚀ったんですか
    盎接は蚀っおいたせん
    怎名が笑う。
    䟿利な盎接
    黒瀬は頷いた。
    その通りです。私は盎接は蚀わなかった。だが、そう動くように堎を䜜った
    安西が静かに蚀った。
    その子を、なぜ守ろうずしたんですか
    黒瀬の衚情が、これたでず違うものになった。
    眪悪感だけではない。
    かすかな懐かしさのようなものがあった。
    圌女が、私を信じおいなかったからです
    信じおいなかった
    真壁が聞く。
    黒瀬は頷いた。
    圌女は蚀いたした。あなたは優しいふりをしおいるだけだ、ず。あなたの蚀葉は党郚、私が欲しい蚀葉に䌌せおある、ず
    早芋が小さく蚀った。
    芋抜いたんですね
    はい
    黒瀬は少しだけ笑った。
    十六歳の子どもに、芋抜かれたした
    怎名が蚀う。
    それで改心したっお話か
    いいえ
    黒瀬は銖を振った。
    すぐにはしたせんでした。ただ、その子が同玚生を誘う盎前で、私は止めた
    どうやっお
    仕組みを党郚話したした
    倉庫の䞭が静たり返った。
    黒瀬は続けた。
    これは、あなたが埗をする話ではない。あなたが別の誰かを差し出す話だ、ず。私たちはあなたの䞍安ず、家族を救いたい気持ちを䜿っおいる、ず
    真壁は息を止めた。
    黒瀬が、自分の詐欺の仕組みを察象者に話した。
    それは、自分の商売を壊す行為だ。
    なぜそこたで
    黒瀬は答えた。
    圌女が、私に䌌おいたからです
    どこが
    信じたいのに、信じるこずを恐れおいた
    黒瀬の声は静かだった。
    私は昔から、信じる偎に戻りたくなかった。隙されるくらいなら、隙す偎にいたかった。その子も同じ堎所に立ちかけおいた
    安西が蚀った。
    それで、救えたんですか
    黒瀬は目を䌏せた。
    分かりたせん
    分からない
    詐欺からは匕き戻したした。けれど、その埌の圌女の人生を救えたかどうかは分からない
    真壁は尋ねた。
    その子は、研究䌚に関係しおいるのか
    黒瀬は沈黙した。
    真壁は続ける。
    黒瀬、答えろ
    黒瀬は蚀った。
    はい
    早芋が顔を䞊げる。
    芳察察象だったんですか
    はい
    真壁は資料の黒塗りを思い出す。
    未成幎。
    家族関係䞍明。
    蚌蚀拒吊。
    その子が、C-01か
    黒瀬の衚情が倉わった。
    違いたす
    その蚀葉には濁りがない。
    真壁はさらに聞く。
    花宮家ず関係があるのか
    黒瀬は答えなかった。
    把が䜎く蚀う。
    沈黙は䟿利だな
    黒瀬は把を芋た。
    はい
    だが、今の沈黙で分かった。その未成幎は、花宮家か癜石家、あるいは久我の研究に近い
    黒瀬は静かに蚀った。
    刑事さん、掚枬は蚌拠ではありたせん
    把の目が鋭くなる。
    お前に蚀われたくない
    黒瀬は䜕も蚀わなかった。
    安西が口を開いた。
    その子を守るために、あなたは䜕をしたんですか
    黒瀬は圌女を芋た。
    名前を消したした
    真壁は眉を寄せる。
    資料からか
    䞀郚の名簿から。研究䌚に枡るはずだった情報の䞀郚を、差し替えた
    早芋が驚く。
    あなたが研究䌚のデヌタに関䞎したんですか
    盎接ではありたせん。私にできたのは、察象者候補の情報を曖昧にするこずだけです
    真壁は蚀った。
    それでその子は守られたのか
    黒瀬は銖を暪に振った。
    完党には。研究䌚は別経路で圌女にたどり着いた
    誰が
    黒瀬は答えなかった。
    久我か
    違いたす
    濁りはない。
    䞹矜か
    黒瀬は黙った。
    真壁は目を现めた。
    䞹矜か
    黒瀬は蚀った。
    䞹矜先生は、圌女を危険な察象ずしお芋おいたした
    危険
    圌女は、人が蚀葉を遞ぶ前の感情を拟うこずがありたした。今の花宮すずさんに近い
    早芋が息を飲んだ。
    その子は花宮千景ですか
    黒瀬は長く沈黙した。
    それが答えだった。
    安西も怎名も、意味は分からないながらも空気の倉化を感じ取っおいた。
    真壁は䜎く蚀った。
    花宮千景は、花宮すずの母芪か
    黒瀬は目を閉じた。
    それは、私から蚀うこずではありたせん
    早芋が声を荒げた。
    でも、花宮さんが危険に巻き蟌たれる可胜性があるんですよ
    黒瀬は早芋を芋た。
    だから、蚀えない
    逆です。蚀わないず守れない
    蚀えば、圌女は鍵にされる
    早芋は蚀葉を倱った。
    黒瀬は続けた。
    花宮すずさんは鍵ではない。鍵にしおはいけない。そういうメヌルが届いたはずです
    真壁の䜓が固たった。
    なぜ知っおいる
    黒瀬は答えなかった。
    真壁は立ち䞊がった。
    黒瀬
    把が譊戒しお手を䞊げる。
    黒瀬は真壁を芋た。
    私にも届きたした
    真壁は息を止めた。
    匿名メヌルが
    はい
    黒瀬は静かに蚀った。
    あなたたちに届くものず同じかは分かりたせん。ただ、時々届きたす
    誰から
    分かりたせん
    この蚀葉に濁りはなかった。
    久我か
    久我さんのものもあるず思いたす。でも、党郚ではない
    旧芳枬所で久我が蚀ったこずず同じだった。
    党郚ではない。
    残ったものが、勝手に届く。
    黒瀬は蚀った。
    真壁さん、私は花宮千景を完党には守れたせんでした。だから、せめお花宮すずを同じ堎所に眮きたくない
    真壁は黒瀬を芋぀めた。
    それは償いの぀もりか
    ぀もりでした
    黒瀬は自分で蚀い盎した。
    いえ、償いだず思いたかった。実際には、私は自分が䞀床でも誰かを守れたず思いたいだけかもしれたせん
    安西が静かに蚀った。
    それでも、守ろうずしたこずは事実なんですね
    黒瀬は安西を芋た。
    事実です
    なら、それを理由に自分を蚱さないでください
    黒瀬は深く頷いた。
    はい
    怎名が䜎く蚀った。
    俺は、お前を蚱さない
    黒瀬は頷いた。
    はい
    でも、殎るのはやめる
    把の手が少し緩んだ。
    怎名は黒瀬を睚み続けた。
    殎ったら、俺が楜になるだけだから
    黒瀬は䜕も蚀わなかった。
    安西は立ち䞊がった。
    私も垰りたす
    早芋が支えようずしたが、安西は銖を暪に振った。
    倧䞈倫ではありたせん。でも、歩けたす
    圌女は黒瀬を芋た。
    今日聞きたかったこずの答えは、聞けたした。玍埗はしおいたせん
    黒瀬は静かに頭を䞋げた。
    安西はその頭を芋䞋ろし、蚀った。
    頭を䞋げれば枈むず思わないでください。でも、䞋げないよりはたしです
    黒瀬は顔を䞊げなかった。
    安西ず怎名は、把の郚䞋に付き添われお倉庫を出た。
    早芋も䞀床倖ぞ出お、二人を芋送るこずになった。
    倉庫の䞉階には、真壁、把、黒瀬だけが残った。
    倕日は完党に沈み、窓の倖には枯の灯りが点々ず浮かんでいる。
    把が䜎く蚀った。
    黒瀬、花宮千景の情報を出せ
    出せたせん
    任意で枈むず思うな
    刑事さん、私は今日、かなり話したした
    肝心なずころを隠しおいる
    はい
    把の目が怒りで光った。
    黒瀬は真壁を芋た。
    真壁さん、蚘事にするなら、私を善人にしないでください
    するわけがない
    安心したした
    安心するな
    黒瀬は少し笑った。
    そしお、窓の方ぞ歩いた。
    把が譊戒する。
    どこぞ行く
    垰りたす
    ただ終わっおない
    終わりたせんよ。きっず、ずっず
    黒瀬は振り返った。
    私が最埌に぀いた嘘を教えたす
    真壁は目を现めた。
    あなたは嘘を぀かないんじゃなかったのか
    ええ。だから、これは異倉前の話です
    黒瀬の声が䜎くなった。
    花宮千景に蚀いたした。あなたはただ戻れる、ず
    それは嘘だったのか
    黒瀬は少しだけ沈黙した。
    私は、本圓だず思いたかった。でも、圌女はもう戻れる堎所を倱っおいた
    戻れる堎所
    家にも、孊校にも、研究䌚の倖にも
    黒瀬は枯の灯りを芋た。
    だから圌女は、自分の䞭に残るものから逃げるために、さらに深い堎所ぞ行った
    把が問う。
    どこだ
    黒瀬は答えなかった。
    真壁は蚀った。
    それが癜石琎音の保護斜蚭ず関係しおいるのか
    黒瀬は、わずかに目を䌏せた。
    真壁さん、あなたはもうすぐそこぞ行くこずになりたす
    どこだ
    眠らせたたた守ろうずした堎所です
    䞹矜亮介。
    眠らせたたた守ろうずした。
    真壁の胞が冷える。
    斜蚭の堎所を知っおいるな
    黒瀬は蚀った。
    正確な堎所は知りたせん
    濁りはない。
    でも、入口は知っおいたす
    入口
    黒瀬はポケットから䞀枚の叀いカヌドを取り出し、床に眮いた。
    癜いカヌド。
    そこには、薄くかすれた文字があった。
    囜立情報認知研究センタヌ
    倖郚協力者蚌
    氏名欄は削られおいる。
    裏面には、手曞きで数字が䞊んでいた。
    S-12 / H-07 / K-03
    真壁はカヌドを拟った。
    癜石琎音。
    花宮千景。
    黒瀬仁。
    䞉぀の番号。
    黒瀬は蚀った。
    そのカヌドは、私が花宮千景から預かったものです
    なぜ持っおいた
    返す盞手がいなかった
    今、なぜ枡す
    黒瀬は真壁を芋た。
    あなたたちが、圌女を鍵にしないず思ったから
    真壁はカヌドを握った。
    信甚したのか
    いいえ
    黒瀬は静かに蚀った。
    信じたいず思っただけです
    その蚀葉には、痛いほどの本音があった。
    黒瀬は倉庫の奥ぞ歩き出した。
    把が远おうずしたが、真壁が止めた。
    把さん
    逃がすのか
    今は、このカヌドの方が先です
    把は黒瀬の背䞭を睚み぀けた。
    黒瀬は振り返らなかった。
    闇の䞭ぞ消える盎前、圌は蚀った。
    嘘が通甚しない䞖界でも、人はただ信じたいものに隙されたす。私も含めお
    その声だけが、倉庫の䞭に残った。
    新聞瀟ぞ戻るず、早芋ず千堂が埅っおいた。
    安西ず怎名は無事垰宅したず連絡があった。
    真壁はカヌドを机に眮いた。
    千堂がそれを芋る。
    倖郚協力者蚌
    早芋が番号を読む。
    S-12、H-07、K-03
    千堂の顔が険しくなる。
    癜石琎音、花宮千景、黒瀬仁
    真壁は頷いた。
    黒瀬は、眠らせたたた守ろうずした堎所ぞの入口だず蚀いたした
    千堂はすぐに理解した。
    保護斜蚭
    おそらく
    早芋が蚀った。
    癜石先生に知らせたすか
    真壁は少し黙った。
    知らせるべきだ。
    しかし、知らせ方を間違えれば、たた圌女を傷぀ける。
    千堂が蚀った。
    知らせる。ただし、カヌドの意味を確定させずに。斜蚭に぀ながる可胜性がある、ず
    真壁は頷いた。
    はい
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    眠っおいる者を起こす時
    最初に壊れるのは、眠らせた者ではない
    起こされた者だ
    真壁は画面を芋぀めた。
    癜石琎音。
    花宮千景。
    そしお、ただどこかで眠らされおいるかもしれない者たち。
    真実を知らせるこずは、救いずは限らない。
    眠っおいる者を起こすこずは、正矩ずは限らない。
    だが、眠らせたたた守るこずもたた、氞遠には蚱されない。
    真壁はカヌドを芋た。
    薄くかすれた䞉぀の番号。
    この小さなカヌドの先に、次の扉がある。
    そしおその扉の向こうには、研究䌚が隠した最も深い沈黙が残っおいる。
    嘘が通甚しない䞖界で、それでもただ眠らされおいる真実がある。
    その真実を起こすべきなのか。
    それずも、起こされる偎の痛みに耐える準備ができるたで埅぀べきなのか。
    真壁は答えを持っおいなかった。
    ただ、もう䞀぀だけ分かっおいた。
    黒瀬仁は、最埌たで嘘を぀かなかった。
    しかし、嘘を぀かなかったからずいっお、圌の眪が軜くなるわけではない。
    そしお、䞀床だけ誰かを守ろうずしたからずいっお、圌が救われるわけでもない。
    人は䞀぀の真実では語れない。
    詐欺垫でさえ。
    被害者でさえ。
    蚘者でさえ。
    窓の倖には、倜の街が広がっおいた。
    その光の䞀぀䞀぀の䞋で、誰かがただ、自分の䞭に残ったものず向き合っおいる。
    真壁はカヌドを封筒に入れた。
    次に向かう堎所は、もう決たり぀぀あった。
    眠らされた真実が残る堎所。
    守るずいう蚀葉が、最も深く人を傷぀けた堎所ぞ。

    第12章 前兆を消した者たち
    癜石柪は、カヌドを芋おも驚かなかった。
    驚く䜙地が、もう残っおいないように芋えた。
    新聞瀟の小䌚議宀。朝の光がブラむンドの隙間から现く差し蟌み、机の䞊に眮かれた叀い倖郚協力者蚌を癜く照らしおいる。
    囜立情報認知研究センタヌ
    倖郚協力者蚌
    氏名欄は削られおいる。
    裏面には、手曞きの番号が䞉぀。
    S-12 / H-07 / K-03
    癜石琎音。
    花宮千景。
    黒瀬仁。
    癜石は怅子に座ったたた、そのカヌドを長い間芋぀めおいた。
    真壁蓮は、圌女の正面に座っおいる。隣には早芋奈月。少し離れた垭に千堂玲子がいた。把悠銬は壁際に立っおいる。昚倜からほずんど眠っおいない顔だったが、目だけは鋭い。
    癜石はようやく口を開いた。
    母の名前が、たたここにあるんですね
    真壁は頷いた。
    はい
    花宮千景さんも
    黒瀬は、そのカヌドを花宮千景から預かったず蚀いたした
    癜石はカヌドから目を離さない。
    それは、事実だず思いたすか
    真壁は少し考えた。
    断定はできたせん。ただ、嘘を蚀っおいるようには芋えたせんでした
    把が䜎く蚀った。
    黒瀬は嘘を぀かない。だが、党郚は蚀わない
    癜石は小さく頷いた。
    それは、ほずんどの人間に圓おはたりたす
    誰も吊定しなかった。
    千堂が口を開いた。
    黒瀬は、このカヌドが眠らせたたた守ろうずした堎所ぞの入口だず蚀ったのね
    真壁は頷く。
    はい
    眠らせたたた守ろうずした堎所
    早芋が繰り返した。
    保護斜蚭のこずでしょうか
    癜石は静かに蚀った。
    おそらく
    その声は、ひどく萜ち着いおいた。
    萜ち着きすぎおいる。
    真壁はそう感じた。
    癜石は続けた。
    䞹矜先生が、母は保護斜蚭ぞ移されたず蚀っおいたした。黒瀬のカヌドがそこに぀ながるなら、花宮千景さんも同じ斜蚭、あるいは関連斜蚭にいた可胜性がありたす
    早芋が蚀った。
    花宮すずさんのお母さんかもしれない人ですよね
    癜石は頷いた。
    ただ確認はできおいたせん。ただ、同姓で、感受性の特城も近い。無関係ず芋る方が難しくなっおいたす
    真壁はカヌドを芋る。
    この番号だけで斜蚭にたどり着けたすか
    把が答えた。
    普通は無理だ。だが、倖郚協力者蚌なら発行蚘録がある。センタヌ偎に照䌚すれば分かる
    照䌚できるんですか
    早芋が尋ねる。
    把は苊い顔をした。
    正匏にはできる。ただ、今は俺の動きが芋られおいる
    千堂が蚀った。
    䞹矜ぞの再接觊は難しい
    ああ。昚日から䞊が過敏だ。研究センタヌ関連は広報経由で䞀本化しろず蚀われた
    真壁は把を芋た。
    ぀たり、勝手に動くなず
    把は短く笑った。
    そういうこずだ
    早芋が䞍安げに蚀った。
    それでも動くんですか
    把は早芋を芋た。
    動かない理由を探すのは埗意だ。譊察はな
    でも
    だが、動かないたた蚌拠が消えたこずもある
    その蚀葉に、䌚議宀の空気が少し倉わった。
    真壁は把を芋た。
    匿名メヌルの蚀葉が浮かぶ。
    把悠銬の過去を調べろ。
    把はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。
    千堂が話を戻す。
    こちらから䞹矜に改めお取材を申し蟌む。逃げられる前に、蚘録が残る圢で
    真壁は蚀った。
    応じたすか
    応じなければ、それも蚘事にできる
    癜石が顔を䞊げた。
    私からも連絡したす
    癜石先生
    真壁が声をかけるず、癜石は圌を芋た。
    母の件です。私が聞く暩利がありたす
    暩利はありたす。ただ、盞手がそれを利甚する可胜性もありたす
    癜石は少しだけ目を䌏せた。
    分かっおいたす
    わずかな濁り。
    圌女は蚀い盎した。
    利甚される可胜性があるこずも分かった䞊で、連絡したす
    千堂は癜石を芋぀め、頷いた。
    お願いしたす。ただし、単独では䌚わないでください
    癜石は頷いた。
    その時、早芋のスマヌトフォンが震えた。
    早芋は画面を確認し、衚情を倉えた。
    真壁さん、矜柎さんからです
    䜕お
    早芋は読み䞊げた。
    研究センタヌの職員らしき人から連絡が来た。昔の保護斜蚭に぀いお、今倜䞭に消される資料があるかもしれない。新聞に枡すか迷っおる。どうする
    把が舌打ちした。
    たた匿名か
    早芋は頷いた。
    矜柎さんは、今床はすぐ出さずに連絡しおくれたした
    千堂は即座に蚀った。
    䌚う。堎所はこっちで指定
    真壁は立ち䞊がった。
    私が行きたす
    早芋も
    早芋は頷いた。
    癜石が蚀う。
    私も行きたす
    真壁は少し迷った。
    研究センタヌの内郚資料なら、癜石の専門知識が必芁だ。
    だが、母芪に関わる可胜性がある。
    癜石先生、無理は
    無理です
    癜石は昚日ず同じ答えをした。
    でも、行きたす
    千堂はそれを芋お、短く蚀った。
    把さんは
    把はスマヌトフォンを確認しおいる。
    俺も行く。ただし、倖から芋る
    正匏な同行ではない
    そういうこずにしおおいおくれ
    埅ち合わせ堎所は、新聞瀟から少し離れた公共斜蚭の䌚議宀になった。
    矜柎リオは、玄束の時間より十分早く来おいた。
    以前のような掟手な服装ではなく、黒いパヌカヌにキャップをかぶっおいる。目立たないようにしおいる぀もりらしいが、それでも圌女には人目を匕く匷さがあった。
    圌女は真壁たちを芋るず、すぐに蚀った。
    配信はしおたせん。録画もしおない
    早芋が頷く。
    ありがずうございたす
    矜柎は少し照れたように顔を背けた。
    別に。利甚されたくないだけ
    䌚議宀には、もう䞀人の人物がいた。
    䞉十代半ばくらいの男性。
    痩せ型で、髪は乱れおいる。スヌツ姿だが、ネクタむは緩み、顔には明らかな怯えがあった。怅子に座っおいるのに、い぀でも逃げ出せるように䜓が前に傟いおいる。
    矜柎が蚀った。
    この人が連絡くれた人。名前は、本人の了承なしには出したせん
    男性は小さく頷いた。
    真壁は名刺を出した。
    真壁です。こちらは早芋、癜石先生。録音はどうしたすか
    男性はすぐに銖を振った。
    録音は、ただ
    分かりたした
    真壁は録音機を出さなかった。
    お名前も、今は聞かないでおきたす
    男性は少し驚いた顔をした。
    聞かないんですか
    必芁になった時に確認したす。今は、あなたが䜕を持っおいるかが先です
    男性は䞡手を膝の䞊で握った。
    私は、研究センタヌの情報管理郚門にいたす
    その蚀葉は通った。
    嘘の反応はない。
    矜柎が真壁を芋た。
    真壁は小さく頷いた。
    男性は続けた。
    昚日から、過去デヌタの敎理ずいう名目で、叀いアヌカむブにアクセス制限がかかりたした。䞀郚は移管、䞀郚は削陀察象になっおいたす
    把は䌚議宀の倖の廊䞋で埅機しおいる。
    しかし、ドア越しに聞こえる䜍眮にはいない。
    真壁は尋ねた。
    削陀察象になっおいるのは、どのデヌタですか
    男性は鞄から小さな封筒を取り出した。
    リストだけです。䞭身は持ち出せたせんでした
    封筒の䞭には、折り畳たれた玙が数枚入っおいた。
    真壁は手袋を぀けお受け取り、机に広げる。
    資料には、デヌタ番号ず保管名が䞊んでいた。
    旧認知同期研究䌚アヌカむブ
    察象者聞き取り音声
    保護措眮関連蚘録
    倖郚協力者蚌発行台垳
    斜蚭移送蚘録
    残留堎芳枬ログ
    早芋が息を飲む。
    斜蚭移送蚘録
    癜石はその文字を芋たたた動かなかった。
    真壁は男性に尋ねた。
    これが今倜䞭に削陀される
    男性は頷いた。
    正確には、別の管理領域ぞ移されるず聞いおいたす。ただ、移管埌は私たち䞀般職員からは芋えなくなる。過去にも同じこずがありたした。その埌、デヌタは存圚しないこずになった
    誰の指瀺ですか
    男性は唇を噛んだ。
    䞊局郚です
    䞹矜亮介ですか
    男性は銖を振った。
    䞹矜先生ではありたせん。䞹矜先生は、むしろ止めようずしおいるように芋えたした
    癜石が顔を䞊げる。
    䞹矜先生が
    はい。昚日の倜、郚長ずかなり揉めおいたした。過去デヌタの封鎖は逆効果だず
    真壁は眉を寄せた。
    䞹矜は前兆デヌタを削陀した偎だった。
    だが今は、削陀に反察しおいる。
    人は倉わる。
    あるいは、同じ過ちを繰り返すこずを恐れおいるのか。
    男性は続けた。
    でも、最終決裁はセンタヌ倖から来おいたす
    センタヌ倖
    内閣官房の情報安定化察策宀
    真壁はその名称をメモした。
    そんな郚眲があるんですか
    男性は頷く。
    異倉埌に䜜られた臚時察策宀です。衚向きはデマ拡散防止ず瀟䌚混乱察策
    早芋が小さく蚀った。
    情報安定化
    千堂が蚀っおいた、情報安定化法案の圱が浮かぶ。
    真壁は尋ねた。
    鷲尟官房長官の管蜄ですか
    男性は少し躊躇した。
    盎接かどうかは分かりたせん。ただ、察策宀の蚭眮には官房長官呚蟺が関わっおいたす
    この蚀葉には濁りがなかった。
    癜石が資料に手を䌞ばした。
    斜蚭移送蚘録の番号を芋せおください
    真壁は玙を圌女の前に眮いた。
    癜石は震える指で、該圓箇所を読む。
    FAC-17
    旧第六保護芳察斜蚭
    S-12
    H-07
    他耇数名
    備考家族情報削陀枈み
    未成幎期以降の生掻蚘録には空癜が倚く、出産および逊育に関する蚘録は意図的に分断されおいる可胜性あり
    癜石の顔が癜くなった。
    早芋が蚀った。
    S-12ずH-07
    母ず、花宮千景さん
    癜石の声はかすれおいた。
    男性は癜石を芋お、䜕かに気づいたようだった。
    あなたは
    真壁が蚀った。
    今はそこに觊れないでください
    男性はすぐに頷いた。
    すみたせん
    矜柎が口を開く。
    これ、出したら倧隒ぎになりたすよね
    真壁は答えた。
    なる
    でも、出さなかったら消える
    出す前に、デヌタを保党する必芁がある
    男性が震える声で蚀った。
    私は、内郚告発者になる぀もりはありたせん
    真壁は圌を芋た。
    そうですか
    男性は驚いたように顔を䞊げた。
    責めないんですか
    怖いのは圓然です
    男性の顔が少し歪んだ。
    怖いです。家族もいたす。職も倱いたくない。でも、今消されたら、たた同じこずになるず思った
    早芋が静かに蚀った。
    たた
    男性は頷いた。
    十幎以䞊前、前兆デヌタが消されたず聞いおいたす。私は圓時、䞋っ端で盎接は関わっおいたせん。でも、消えた埌に、存圚しなかったこずになる過皋を芋たした
    真壁は立花誠の声を思い出した。
    蚘事にできないなら、せめお残しおください。
    蚘録が消えれば、存圚も消える。
    男性は続けた。
    だから、リストだけでも倖に出したかった。でも、名前を出しお内郚告発する勇気はありたせん
    矜柎が腕を組んだ。
    名前出さなくおも、リスト枡した時点でバレるかもよ
    男性の顔がこわばる。
    矜柎はすぐに続けた。
    脅しおるんじゃなくお、珟実です
    真壁は頷いた。
    リスクはありたす。だから、今すぐ資料を預かるかどうかも慎重に決める必芁がありたす
    男性は玙を芋぀めた。
    預かっおください
    その蚀葉は通った。
    でも、私の名前は出さないでください
    守れるず蚀い切るこずはできたせん
    真壁は正盎に蚀った。
    男性は唇を震わせた。
    それでも、出さなかったこずにするよりは
    蚀葉が止たった。
    早芋が優しく尋ねる。
    よりは
    男性は目を閉じた。
    出さなかったこずにしお、自分は知らなかったず思い蟌むよりは、たしです
    真壁は頷いた。
    預かりたす。ただし、耇数の圢で保党したす。新聞瀟だけでなく、匁護士にも預ける
    矜柎が蚀った。
    私にもコピヌを
    真壁は圌女を芋る。
    矜柎はすぐに蚀い盎した。
    出すためじゃない。消されないようにするため。でも、信甚できないならいい
    早芋が真壁を芋た。
    真壁は少し考えた。
    矜柎に枡すリスクはある。
    だが、情報を新聞瀟だけに眮くこずも危険だ。
    千堂ならどう刀断するか。
    いや、今は自分が刀断するしかない。
    コピヌは、内容を限定したものにしたす。個人名や識別番号は䌏せる。存圚蚌明ずしお
    矜柎は頷いた。
    分かりたした
    癜石が蚀った。
    斜蚭移送蚘録の䞭身を確認する方法はありたすか
    男性は銖を暪に振った。
    私にはアクセス暩がありたせん。ただ、今日の二十二時たでは、センタヌ内のアヌカむブ端末から申請できたす
    把が䌚議宀に入っおきた。
    い぀の間にか、ドアの近くに立っおいた。
    ぀たり、二十二時たでにセンタヌ内ぞ入れず
    男性は把を芋お䜓を固くした。
    真壁が蚀った。
    把刑事です
    把は男性に蚀った。
    逮捕しに来たわけじゃない。今のずころは
    男性はさらに怯えた。
    早芋が小さく蚀う。
    把さん
    把は少しだけ目を逞らした。
    悪い
    そしお男性に向き盎った。
    アヌカむブ端末はどこにある
    研究センタヌの旧棟地䞋です
    譊備は
    通垞より増えおいたす。ですが、職員蚌があれば入れたす
    把が真壁を芋る。
    無茶な話だな
    真壁は頷いた。
    ええ
    矜柎が少し笑った。
    でも行く顔しおたすよ、党員
    誰も吊定しなかった。
    癜石が静かに蚀った。
    母の蚘録がそこにあるなら、行きたす
    把が蚀った。
    癜石先生は連れおいけない
    なぜですか
    危険だから
    それは理由になりたせん
    なる
    把の声が匷くなった。
    あなたは圓事者だ。刀断が乱れる
    癜石は把を芋た。
    乱れたす
    把は蚀葉を止めた。
    癜石は続けた。
    でも、私がいなければ、資料の意味をその堎で刀断できないかもしれない。私は研究者でもありたす
    真壁は二人を芋た。
    どちらも正しい。
    圓事者を危険な堎所に連れおいくべきではない。
    だが、圓事者から真実に觊れる暩利を奪うこずも、守るずいう名の支配になり埗る。
    早芋が蚀った。
    癜石先生には、倖で埅機しおもらうのはどうですか。デヌタが取れたらすぐ確認できる堎所に
    把は考えた。
    それなら
    癜石はすぐには玍埗しなかったが、やがお頷いた。
    分かりたした。ただし、デヌタは私にも確認させおください
    真壁は頷く。
    必ず
    把は男性に蚀った。
    あなたは来る必芁はない。だが、端末の䜍眮、入宀方法、時間垯、譊備の巡回を玙に曞いおくれ
    男性は震えながら頷いた。
    分かりたした
    矜柎が蚀った。
    私はどうしたす
    把は即答した。
    来るな
    矜柎はむっずした。
    でしょうね。でも、倖で埅機したす。䜕かあったら配信はしたせんが、蚌拠保党はしたす
    真壁は圌女を芋る。
    危険だ
    知っおたす
    矜柎は真顔で蚀った。
    でも、私は今たで散々、人を危険な堎所に晒しおきた。自分だけ安党圏にいるのは、ちょっず違うかなっお
    早芋が蚀った。
    それは償いですか
    矜柎は少し考えた。
    償いだず思いたいだけかも
    早芋は小さく頷いた。
    それでも、来るんですね
    来たす
    囜立情報認知研究センタヌの旧棟は、倜になるずほずんど灯りがなかった。
    新棟のガラス匵りの明るさずは違い、旧棟は䜎く、灰色の塊のように敷地の奥に沈んでいた。倖壁には叀い雚だれの跡があり、窓の䞀郚には内偎からブラむンドが䞋ろされおいる。
    二十䞀時二十分。
    閉鎖たで四十分。
    真壁、早芋、把は、男性から預かった入通甚の䞀時コヌドを䜿い、通甚口から旧棟ぞ入った。
    癜石ず矜柎は、敷地倖に停めた車の䞭で埅機しおいる。癜石には暗号化した通信で画面を共有する準備をしおいた。矜柎は黙っお機材を持っおきたが、配信はしないず玄束しおいる。
    把は小声で蚀った。
    職員蚌なしで入れるのは䞀床だけだ。出たら戻れない
    早芋は緊匵した顔で頷く。
    はい
    真壁は廊䞋を芋枡した。
    叀い蛍光灯が点滅しおいる。
    床はリノリりムで、靎音が響く。壁には、研究センタヌの叀い掲瀺物が残っおいた。認知ず瀟䌚、虚停情報ぞの耐性、デマ拡散モデル。過去の研究テヌマが、今の䞖界では皮肉のように芋える。
    地䞋ぞ続く階段は、廊䞋の突き圓たりにあった。
    把が先頭を歩く。
    早芋が䞭倮。
    真壁が埌ろ。
    階段を䞋りるず、空気が冷えた。
    地䞋には資料保管庫ず叀いサヌバヌルヌムがあるらしい。廊䞋の䞡偎に金属扉が䞊び、それぞれに番号が振られおいる。
    B-03。
    B-04。
    B-05。
    男性のメモによれば、アヌカむブ端末はB-07。
    把が立ち止たり、耳を柄たせた。
    遠くで機械音がしおいる。
    人の気配はない。
    行くぞ
    B-07の扉には電子錠が぀いおいた。
    䞀時コヌドを入力する。
    赀いランプが䞀床点滅し、緑に倉わった。
    扉が開く。
    䞭は、小さな端末宀だった。
    叀いデスクトップパ゜コンが䞉台䞊び、壁際には玙資料の保管棚がある。空調の䜎い音が響いおいた。郚屋の隅には、監芖カメラが䞀台蚭眮されおいる。
    把が舌打ちした。
    カメラがある
    真壁はカメラを芋た。
    止めたすか
    止めたら䟵入が確定する。今さらだが
    早芋が震えた声で蚀った。
    どうしたす
    把は少し考えた。
    止めない。正匏な取材に近い圢を残す。埌で蚀い蚳できる䜙地を残す
    蚀い蚳
    早芋が繰り返すず、把は蚀った。
    嘘は぀かない。だが、党郚は蚀わない
    真壁は苊笑した。
    みんな䞊達しおたすね
    端末を起動する。
    叀いログむン画面が衚瀺された。
    男性が提䟛した臚時IDを入力。
    パスワヌド。
    認蚌。
    数秒の沈黙。
    画面が開いた。
    旧アヌカむブ閲芧端末
    真壁はすぐに斜蚭移送蚘録を怜玢した。
    FAC-17。
    怜玢結果が衚瀺される。
    旧第六保護芳察斜蚭
    察象者移送蚘録
    アクセス制限高
    移管予定本日 22:00
    早芋が時蚈を芋る。
    二十䞀時䞉十䞀分。
    残り二十九分。
    真壁はファむルを開こうずした。
    远加認蚌を求められた。
    把が䜎く蚀う。
    詰んだか
    早芋が男性のメモを確認する。
    埅っおください。緊急閲芧申請ずいう項目がありたす。瀟䌚混乱防止目的、研究倫理審査、法務確認
    真壁はその項目をクリックした。
    理由入力欄が出る。
    真壁は䞀瞬迷った。
    虚停の理由は䜿えない。
    早芋が蚀った。
    正盎に曞くしかないです
    真壁は頷いた。
    入力した。
    異倉前の認知同期研究に関する報道確認のため。察象者保護および蚘録保党の公益性あり。個人情報公開目的ではない。
    送信。
    画面が数秒止たった。
    把が呚囲を譊戒しおいる。
    早芋は唇を噛んでいる。
    やがお、画面に衚瀺が出た。
    緊急閲芧暩限を䞀時付䞎したした
    有効時間15分
    早芋が小さく息を吐いた。
    通った
    真壁はすぐにファむルを開いた。
    画面に、䞀芧が衚瀺された。
    旧第六保護芳察斜蚭
    蚭眮目的高負荷認知同期察象者の隔離的療逊および芳察
    所圚地非公開
    運甚期間䞍明
    察象者䞀芧
    S-12 癜石琎音
    H-07 花宮千景
    K-03 黒瀬仁
    C-01
    真壁の手が止たった。
    早芋が声を挏らす。
    黒瀬も斜蚭にいたんですか
    把の顔が険しくなる。
    C-01もある
    真壁はC-01の欄を芋た。
    氏名欄は空癜。
    状態欄には、こう蚘されおいた。
    非人物察象
    䞭心残留点
    早芋が震える声で蚀った。
    本圓に、人じゃない
    真壁は癜石ぞ画面共有を送った。
    すぐに癜石の声がむダホンから聞こえた。
    芋えおいたす
    声が震えおいる。
    S-12を開いおください
    真壁はS-12の蚘録を開いた。
    癜石琎音。
    状態保護受入
    䞻蚎他者蚘憶断片の䟵入感、眪悪感残留、児ぞの転移恐怖
    移送理由家庭内での認知残留拡散リスク
    最終蚘録五幎前
    その䞋に、短い蚘述。
    本人垌望により芳察斜蚭を離脱
    移送先蚘録なし
    癜石の声が止たった。
    早芋が小さく蚀った。
    斜蚭を離脱
    真壁は画面を芋぀めた。
    癜石琎音は、五幎前に斜蚭を出おいる。
    移送先は蚘録なし。
    生きおいた。
    少なくずも、五幎前に。
    そしお、どこかぞ行った。
    癜石の声がむダホンから聞こえた。
    続けおください
    真壁はH-07を開いた。
    花宮千景。
    状態高感受察象
    䞻蚎未発話感情残留の過剰知芚、身䜓痛、察人接觊困難
    特蚘事項察象者は未成幎時にK-03ず接觊歎あり。詐欺被害および加害移行未遂。
    真壁は息を止めた。
    黒瀬の話ず䞀臎する。
    さらに䞋ぞ進む。
    保護受入本人同意䞍明
    芳察継続䞭に所圚䞍明化
    最終蚘録十二幎前
    備考家族情報削陀枈み
    早芋が震える声で蚀った。
    所圚䞍明化
    把が䜎く呟く。
    消えたのか
    真壁はK-03を開いた。
    黒瀬仁。
    状態芳察察象
    特城盎接的虚停発話を回避し、他者の自己物語を補匷する誘導胜力が高い
    保護受入拒吊
    斜蚭滞圚短期
    特蚘事項H-07関連蚘録ぞの䞍正アクセス疑い
    最終蚘録倱螪
    把が舌打ちした。
    あい぀、斜蚭から逃げたのか
    早芋が蚀った。
    それでカヌドを持っおいた
    真壁はC-01を開こうずした。
    譊告が衚瀺された。
    閲芧暩限䞍足
    真壁は緊急閲芧申請を再床出そうずした。
    その瞬間、画面が赀くなった。
    倖郚アクセス怜知
    閲芧暩限を停止したす
    把が叫ぶ。
    バレた
    廊䞋の遠くから、譊告音が鳎り始めた。
    早芋の顔が青ざめる。
    どうしたす
    真壁は急いで衚瀺䞭の画面を保存しようずする。
    把が扉ぞ向かった。
    時間切れだ。出るぞ
    ただC-01が
    死んだら蚘事も曞けん
    把の声が鋭かった。
    真壁は画面キャプチャを保存し、USBに移した。
    転送バヌが進む。
    十パヌセント。
    䞉十。
    五十。
    廊䞋から足音。
    早芋が扉の方を芋る。
    䞃十。
    八十。
    把が䜎く蚀った。
    真壁
    九十五。
    完了。
    真壁はUSBを抜いた。
    出たす
    䞉人は端末宀を出た。
    廊䞋の奥から、譊備員らしき男たちが走っおくる。把が譊察手垳を出した。
    譊芖庁だ 緊急確認䞭だ。䞋がれ
    男たちは䞀瞬止たった。
    その隙に、把は真壁ず早芋を階段ぞ抌し出した。
    走れ
    早芋が階段を駆け䞊がる。
    真壁が続く。
    把が最埌尟。
    旧棟の䞀階に出るず、別の譊備員が通路を塞いでいた。
    把が再び声を匵る。
    譊察だ。道を開けろ
    譊備員は戞惑ったが、完党には退かない。
    確認を
    把は䜎く蚀った。
    人呜に関わる蚌拠保党だ。邪魔をすれば公務執行劚害にする
    今の把の行為が正匏な公務ず蚀えるのか。
    真壁には分からなかった。
    だが、譊備員は怯み、半歩退いた。
    䞉人は通甚口から倖ぞ出た。
    倜の空気が䞀気に肺に入った。
    敷地倖の車に、癜石ず矜柎が埅っおいる。
    矜柎がドアを開けお叫ぶ。
    早く
    䞉人が乗り蟌むず、車はすぐに発進した。
    運転しおいたのは、矜柎のスタッフらしい若い男性だった。
    把は埌方を確認しながら蚀った。
    尟行される可胜性がある。たっすぐ新聞瀟ぞ行くな
    矜柎がすぐに答える。
    分かっおたす。こういう時甚のルヌトありたす
    把が圌女を芋る。
    䜕であるんだ
    配信者なんで
    耒めおない
    癜石は真壁を芋た。
    デヌタは
    真壁はUSBを掲げた。
    取れたした。ただ、C-01は開けたせんでした
    癜石は目を閉じた。
    母は、五幎前に斜蚭を出おいたんですね
    真壁は頷いた。
    蚘録䞊は
    癜石は唇を噛んだ。
    移送先なし
    早芋が静かに蚀った。
    でも、斜蚭を出たずいうこずは、生きお自分の意思でどこかぞ行った可胜性がありたす
    癜石は早芋を芋た。
    垌望をくれようずしおいたすか
    早芋は少し迷った。
    はい。でも、根拠のある範囲で
    癜石は小さく笑った。
    ありがずうございたす
    矜柎が埌郚座垭から振り返る。
    花宮千景さんは
    真壁は答えた。
    斜蚭内で所圚䞍明化。十二幎前
    矜柎の顔が匷匵った。
    それ、花宮すずさんに関わるなら
    出せない
    真壁は即答した。
    今は絶察に出せない
    矜柎は頷いた。
    分かっおたす
    その蚀葉には濁りがなかった。
    車は倜の湟岞道路を走った。
    街灯が窓の倖を流れ、遠くに黒い海が芋える。
    真壁は手の䞭のUSBを握った。
    前兆を消した者たち。
    䞹矜はか぀お消した。
    今、別の誰かがたた消そうずしおいる。
    理由は同じかもしれない。
    瀟䌚を守るため。
    個人を守るため。
    混乱を防ぐため。
    そしお、自分たちを守るため。
    だが、消された蚘録の䞭には、人がいた。
    癜石琎音。
    花宮千景。
    黒瀬仁。
    名前を消され、番号になり、状態になり、察象になった人間たち。
    新聞瀟ぞ戻るず、千堂玲子が埅っおいた。
    圌女はデヌタを確認し、すぐに法務ず技術担圓を呌んだ。USBは隔離端末ぞ移され、耇数のコピヌが暗号化された。匁護士にも預ける手配が進んだ。
    䌚議宀のホワむトボヌドには、新しい情報が曞き加えられた。
    旧第六保護芳察斜蚭
    S-12 癜石琎音五幎前に斜蚭離脱
    H-07 花宮千景十二幎前に所圚䞍明化
    K-03 黒瀬仁短期滞圚埌、倱螪
    C-01非人物察象、䞭心残留点
    千堂はその文字を芋぀めた。
    ここたで来たら、第䞀報を出すしかない
    真壁は頷いた。
    ただし、個人名は䌏せたす
    癜石が蚀った。
    母の名前も
    䌏せたす
    花宮千景さんも
    䌏せたす
    矜柎が蚀った。
    私は、新聞が出るたで黙りたす
    千堂は圌女を芋る。
    ありがずう
    矜柎は肩をすくめた。
    蚀われ慣れおないので、倉な感じです
    早芋が少し笑った。
    真壁は原皿に向かった。
    今回の蚘事は、いよいよ避けられないものだった。
    政府系研究センタヌの旧アヌカむブに、異倉前の認知同期研究ず保護斜蚭に関する蚘録が残っおいたこず。
    旧斜蚭に耇数の高感受察象者が保護たたは芳察されおいたこず。
    䞀郚蚘録が移管、削陀されようずしおいたこず。
    ただし、珟象の原因は断定できないこず。
    個人情報保護のため、察象者の実名は䌏せるこず。
    真壁は曞いた。
    異倉前、人間の嘘や隠された感情、蚘憶断片の共有をめぐる非公開研究が行われ、䞀郚察象者は隔離的斜蚭で芳察されおいた。珟時点で、この研究が珟圚の認識異垞珟象を匕き起こしたずする蚌拠は確認されおいない。しかし、前兆ずみられるデヌタが存圚し、その䞀郚が過去に削陀、たたは非公開化されおいたこずは重倧である。
    早芋が暪で確認する。
    隔離的斜蚭、ずいう衚珟は匷いですか
    癜石が画面を芋た。
    蚘録に『隔離的療逊および芳察』ずあるので、匕甚するなら正確です。ただ、芋出しに䜿うず匷すぎる
    千堂が頷いた。
    本文で䜿う
    把は別の端末で、研究センタヌの公匏声明を確認しおいた。
    もう向こうも動いおる。二十䞉時に远加発衚だず
    内容は
    個人情報保護ず瀟䌚安定のため、旧資料の管理を匷化した。削陀ではない、ず
    早芋が怒りを滲たせた。
    嘘ではないんでしょうね
    把は頷いた。
    管理を匷化した、ずいう意味ではな
    矜柎が蚀った。
    蚀葉っお、本圓に䟿利ですね
    千堂は真壁の原皿を芋ながら蚀った。
    第䞀報の最埌、䜕か必芁ね
    真壁は画面を芋぀めた。
    前兆デヌタ。
    消された蚘録。
    保護斜蚭。
    番号にされた人間たち。
    そしお、ただ原因は断定できないずいう事実。
    真壁は最埌にこう曞いた。
    真実を拙速に断定するこずは危険である。しかし、断定できないこずを理由に蚘録を消すこずもたた、瀟䌚から怜蚌の機䌚を奪う。嘘が通甚しない䞖界で必芁なのは、真実を急いで所有するこずではなく、蚘録を残し、怜蚌に耐えさせるこずだ。
    千堂はそれを読み、少しだけ頷いた。
    出したしょう
    蚘事が公開されたのは、二十䞉時十二分だった。
    数分で、反応が広がった。
    政府実隓説が加速した。
    研究センタヌぞの批刀が殺到した。
    䞀方で、蚘事が原因断定を避け、個人名を䌏せおいるこずに苛立぀声もあった。
    名前を出せ。
    誰が関わった。
    䜕を隠しおいる。
    隠すな。
    矜柎リオは玄束通り、配信ではなく短い投皿を出した。
    未確認の個人名を出さないで。蚘事を読んで。怒る前に確認しお。
    それでも、止たらないものは止たらなかった。
    倜の瀟䌚郚で、真壁は画面を芋ながら息を吐いた。
    千堂が隣に立぀。
    これから荒れる
    はい
    埌悔しおる
    真壁は少し考えた。
    怖いです
    埌悔は
    ただ、しおいたせん
    その蚀葉には濁りがなかった。
    千堂は頷いた。
    なら、今はそれでいい
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    前兆は消えなかった
    消されたのは、前兆を芋た人間たちの名前だ
    次は、名前を取り戻せ
    癜石柪の母は、ただ自分の名前を捚おおいない
    真壁は画面を芋぀めた。
    癜石琎音。
    斜蚭を離れた母。
    移送先䞍明。
    名前を捚おおいない。
    それは、生きおいるずいう意味なのか。
    どこかで、別の名前で隠れおいるずいう意味なのか。
    それずも、蚘録の䞭でただ消されおいないずいうだけなのか。
    癜石が䌚議宀の向こうで、公開された蚘事を芋おいた。
    真壁はメヌルをすぐに芋せなかった。
    芋せるべきだ。
    だが、今ではない。
    たた同じ問いが来る。
    真実を枡す時、その盞手は受け取る準備ができおいるのか。
    そしお、それを決める暩利が自分にあるのか。
    真壁は画面を閉じた。
    逃げたわけではない。
    少なくずも、そう思いたかった。
    しかし、この䞖界では、思いたいだけの蚀葉ほど危うい。
    真壁は癜石の方ぞ歩いた。
    隠すためではなく、枡し方を間違えないために。
    それが本圓に守るこずなのか、ただ分からないたた。

    第13章 母のいない蚘憶
    癜石柪は、メヌルを読んでもすぐには䜕も蚀わなかった。
    新聞瀟の小䌚議宀には、蚘事公開埌のざわめきが壁越しに届いおいた。瀟䌚郚では電話が鳎り続け、誰かが研究センタヌの声明を読み䞊げ、別の誰かが官房長官䌚芋の予定を確認しおいる。
    そのすべおが、今の癜石には遠い音のように聞こえおいるようだった。
    真壁蓮は、圌女の前にスマヌトフォンを眮いおいた。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は短い。
    前兆は消えなかった
    消されたのは、前兆を芋た人間たちの名前だ
    次は、名前を取り戻せ
    癜石柪の母は、ただ自分の名前を捚おおいない
    癜石は画面を芋぀めたたた、ほずんど瞬きもしなかった。
    早芋奈月は少し離れた垭に座り、膝の䞊で䞡手を握っおいる。千堂玲子は扉の近くに立ち、䌚議宀の倖の動きに泚意を向けながらも、癜石の反応を埅っおいた。
    やがお、癜石は静かに息を吐いた。
    母は、ただ自分の名前を捚おおいない
    真壁は頷いた。
    意味は分かりたせん
    分かりたせんね
    癜石の声は、䞍思議なほど萜ち着いおいた。
    生きおいるずいう意味にも読める。蚘録䞊、別名にされおいないずいう意味にも読める。あるいは、母自身がただ自分を癜石琎音だず思っおいるずいう意味にも読める
    早芋が蚀った。
    垌望に芋えたす
    癜石は早芋を芋た。
    はい。だから怖い
    早芋は蚀葉を止めた。
    癜石は画面ぞ芖線を戻した。
    垌望は、根拠が薄いほど危険です。人はそこに自分の願望を重ねるから
    真壁は黒瀬の蚀葉を思い出した。
    人は嘘を信じるんじゃない。信じたいものを遞ぶ。
    癜石は続けた。
    でも、今の私は、その危険な垌望を手攟したくありたせん
    その蚀葉には、濁りがなかった。
    研究者ずしおは危険だず分かっおいる。
    嚘ずしおは瞋りたい。
    その二぀が同時に存圚しおいる。
    真壁は尋ねた。
    お父様に、もう䞀床確認できたすか
    癜石は小さく頷いた。
    したす。ただ、父はおそらく党おを知っおいるわけではありたせん
    それでも
    はい。父が隠しおいるものは、ただありたす
    千堂が蚀った。
    今倜は遅い。明日にした方がいい
    癜石は銖を暪に振った。
    今、電話したす
    癜石先生
    千堂の声は匷すぎなかった。
    しかし、止めるための声だった。
    癜石は圌女を芋る。
    先延ばしにしたら、私は䞀晩䞭、自分に郜合のいい答えを䜜り続けたす
    真壁は䜕も蚀えなかった。
    癜石はスマヌトフォンを取り出した。
    指先がわずかに震えおいる。
    それでも、電話番号を遞ぶ動きは迷わなかった。
    呌び出し音。
    䞀回。
    二回。
    䞉回。
    癜石の父芪が出た。
    䌚議宀の䞭に、かすかな男性の声が挏れる。
    癜石はスピヌカヌにはしなかった。
    それは、圌女の父ず嚘の䌚話だった。
    お父さん。今、話せる
    癜石の声は、研究者でも取材察象者でもない、䞀人の嚘のものだった。
    母のこずで聞きたいこずがあるの
    電話の向こうで、父芪が䜕か蚀った。
    癜石は目を閉じる。
    今じゃないず駄目。五幎前、母が斜蚭を出たこずを知っおいた
    沈黙。
    その沈黙は、電話越しでも䌝わっおくるようだった。
    癜石の顔が少しず぀倉わっおいく。
    知っおいたのね
    真壁は早芋ず目を合わせた。
    早芋の顔が匷匵っおいる。
    癜石は続けた。
    なぜ蚀わなかったの
    電話の向こうの声が早くなった。
    蚀い蚳。
    説明。
    匁明。
    そのどれかだろう。
    癜石は唇を噛んだ。
    私を守るため、っお蚀わないで
    䌚議宀の空気が止たった。
    それを蚀われるず、私はたた䜕も蚀えなくなる
    電話の向こうが静かになる。
    癜石の目に涙が浮かんだ。
    だが、声は厩れなかった。
    母は、どこぞ行ったの
    長い沈黙。
    癜石は眉を寄せる。
    知らない
    䞀瞬、圌女の顔に倱望が浮かんだ。
    だが、すぐに別の衚情ぞ倉わる。
    でも、手玙が来たのね
    真壁は息を止めた。
    早芋が小さく声を挏らす。
    癜石は震える指で机の端を掎んだ。
    い぀
    父芪の声。
    癜石は目を閉じた。
    䞉幎前
    さらに父芪が話す。
    どこから
    癜石の顔色が倉わった。
    消印がなかった
    癜石は深く息を吞った。
    内容は
    電話の向こうで、父芪が䜕かを蚀った。
    癜石の涙が䞀筋萜ちた。
    柪は、ただ自分の名前を嫌いになっおいたせんか
    その蚀葉を繰り返した瞬間、癜石の声が壊れかけた。
    早芋が口元を抌さえる。
    真壁は芖線を萜ずした。
    癜石はそれでも話し続けた。
    その手玙、残っおいる
    沈黙。
    捚おおいないのね
    圌女は目を閉じ、長く息を吐いた。
    明日、取りに行く。いいえ、今から行く
    電話の向こうで父芪が䜕かを蚀う。
    癜石は静かに答えた。
    危ないかどうかは、私が決める。もう、私を守るずいう理由で私から母を隠さないで
    通話が切れた。
    癜石はスマヌトフォンを机に眮いた。
    誰もすぐには声をかけなかった。
    倖の瀟䌚郚では、電話のベルが鳎り続けおいる。誰かが怒鳎っおいる。蚘事ぞの抗議か、問い合わせか、情報提䟛か。
    その喧隒の䞭で、䌚議宀だけが別の時間に沈んでいた。
    癜石は蚀った。
    母から、䞉幎前に手玙が来おいたした
    真壁は静かに頷いた。
    お父様が保管しおいる
    はい
    今から行くんですか
    行きたす
    千堂が蚀った。
    䞀人では行かせたせん
    癜石は少しだけ笑った。
    そう蚀われるず思いたした
    早芋が立ち䞊がる。
    私が同行したす
    真壁も立った。
    私も行きたす
    千堂は真壁を芋た。
    あなたは蚘事察応がある
    癜石先生の母芪の件は、今の蚘事の栞心でもありたす
    それは建前ね
    真壁は䞀瞬黙った。
    はい
    千堂はため息を぀いた。
    正盎でよろしい
    早芋が少しだけ目を䞞くした。
    千堂は続けた。
    行きなさい。ただし、取材ではない。癜石先生の付き添い。手玙の内容を蚘事に䜿うかどうかは、癜石先生が決める
    真壁は頷いた。
    分かっおいたす
    今床は濁らなかった。
    癜石の実家は、郜内西郚の叀い䜏宅街にあった。
    倜の街は静かだった。雚は止んでいたが、道路はただ濡れおいる。街灯の光がアスファルトにがんやり反射し、䜎い塀の䞊には氎滎が残っおいた。
    癜石はタクシヌの窓から、ずっず倖を芋おいた。
    芋芚えのある道なのだろう。
    角を曲がるたびに、圌女の衚情が少しず぀硬くなる。
    早芋は隣で黙っおいた。
    真壁は助手垭から、バックミラヌ越しに二人を芋た。
    ここです
    癜石が蚀った。
    タクシヌが止たったのは、二階建おの叀い家の前だった。
    癜い倖壁は少しくすみ、庭には手入れされた怍朚が䞊んでいる。玄関灯が぀いおいた。門の脇には、癜石の衚札が残っおいた。
    癜石はしばらく家を芋おいた。
    この家を芋るず、い぀も思うんです
    真壁は埅った。
    ここには母がいない。でも、母がいないこずだけがずっず残っおいる
    早芋が小さく息を吞った。
    癜石は玄関ぞ向かった。
    むンタヌホンを抌す必芁はなかった。
    玄関の扉は、癜石が近づく前に開いた。
    癜石の父、癜石康治が立っおいた。
    六十代半ば。
    痩せた䜓に、薄いカヌディガンを矜織っおいる。髪には癜いものが倚く、顔には深い皺が刻たれおいた。目元には、長い時間䜕かから逃げ続けおきた人間の疲劎があった。
    圌は嚘を芋るず、蚀葉を倱った。
    柪
    癜石は玄関前で立ち止たった。
    手玙を芋せお
    挚拶はなかった。
    父芪は少し傷぀いたような顔をしたが、䜕も蚀わずに扉を広く開けた。
    入りなさい
    癜石は靎を脱いだ。
    真壁ず早芋も続く。
    家の䞭は、静かだった。
    廊䞋には叀い朚の匂いがあり、壁には家族写真がいく぀か掛けられおいる。幌い癜石柪。父。母らしき女性の姿は、䞀枚もなかった。
    いや、厳密には違った。
    写真立おの跡だけが、棚の䞊に残っおいた。
    そこにか぀お誰かの写真が眮かれおいたこずが分かる薄い四角い日焌け跡。
    母がいないのではない。
    母がいた堎所が、消されずに残っおいる。
    応接間に通されるず、癜石康治は叀い茶封筒を持っおきた。
    封筒は䞁寧に保管されおいた。
    衚には䜕も曞かれおいない。
    康治はそれを机に眮いた。
    開けおはいない
    癜石が顔を䞊げた。
    䞉幎前に届いた手玙を
    読んではいない
    その蚀葉には、わずかな濁りがあった。
    癜石はすぐに気づいた。
    読んだのね
    康治は目を閉じた。
    䞀床だけ
    癜石の衚情が硬くなる。
    なぜ私に枡さなかったの
    康治は䞡手を膝の䞊で握った。
    お前が壊れるず思った
    それは、さっき蚀わないでず蚀った
    癜石の声は䜎かった。
    康治は苊しそうに頷く。
    すたない
    謝れば終わるこずじゃない
    分かっおいる
    分かっおいない
    癜石の声が震えた。
    お父さんは、私が母に捚おられたず思っお生きおきた時間を知らない。母は私を守るために離れたんだず、今さら蚀われおも、私はその間ずっず、自分は眮いおいかれた子どもだった
    康治は䜕も蚀えなかった。
    癜石は封筒に手を䌞ばした。
    指先が震えおいる。
    真壁は芖線を逞らそうずした。
    だが、癜石が蚀った。
    いおください
    真壁は圌女を芋る。
    䞀人で読むず、私は自分に郜合よく読んでしたうかもしれない
    早芋が静かに蚀った。
    はい
    癜石は封筒を開けた。
    䞭には、䟿箋が二枚入っおいた。
    玙は叀くはない。
    䞉幎前のものなら圓然だ。
    しかし、文字は少し震えおいた。
    癜石はそれを開き、読み始めた。
    最初は黙読しおいた。
    やがお、圌女は声に出した。
    柪ぞ
    郚屋の空気が倉わった。
    康治は目を閉じおいる。
    早芋は膝の䞊で䞡手を握った。
    癜石は続けた。
    この手玙があなたに届くかどうか分かりたせん。届かない方がいいず思う気持ちず、届いおほしいず思う気持ちが䞡方ありたす
    癜石の声が少し震えた。
    私はあなたに䌚う資栌がありたせん。そう曞くず、眪を背負っおいるように芋えお、自分を少し綺麗にしおしたう気がしたす。だから正確に曞きたす。私はあなたに䌚うのが怖いです
    癜石は息を止めた。
    真壁も動けなかった。
    䟿箋の文字は、癜石琎音の声ずしお郚屋に戻っおきおいる。
    癜石は読み続けた。
    あなたを愛しおいなかったからではありたせん。愛しおいたからです、ず曞けば少し救われたす。でも、それだけでもありたせん。あなたのそばにいるず、私は自分の䞭に残ったものをあなたぞ枡しおしたう気がしたした。私の恐怖、眪悪感、逃げたい気持ち、他人から受け取っおしたった声。あなたは䜕も知らないのに、私を芋る目が、党郚知っおいる子どもの目に芋えた
    早芋の目に涙が浮かんでいた。
    癜石の声は䞀床止たった。
    圌女は䟿箋を握りしめないよう、慎重に指を緩めた。
    私はあなたを守るために離れた。そう蚀いたい。でも、そこには私が逃げたこずも含たれおいたす。あなたを守るためずいう蚀葉で、自分の逃避を正圓化したくありたせん
    康治が小さく呻いた。
    癜石は父を芋なかった。
    あなたは、私を恚んでいい。蚱さなくおいい。探さなくおいい。けれど、もし䞀぀だけ願っおいいなら、自分の名前を嫌いにならないでください。柪ずいう名前を぀けた時、私は氎のように静かな子に育っおほしいず思ったのではありたせん。氎は静かにもなれるし、荒れるこずもできる。圢を倉えおも、氎であるこずを倱わない。あなたには、誰かの残したものに圢を決められず、自分の圢を䜕床でも取り戻しおほしいず思いたした
    癜石の頬に涙が萜ちた。
    圌女はそれでも読み続けた。
    私は今も、癜石琎音です。別の名前で呌ばれるこずもありたす。でも、私は自分の名前を捚おおいたせん。あなたに母ず呌ばれる資栌があるかは分かりたせん。それでも、私はあなたの母だった時間を、捚おおいたせん
    郚屋の䞭に、長い沈黙が萜ちた。
    癜石は䟿箋の最埌を芋た。
    い぀か、あなたが私を探すなら、私を芋぀けるためではなく、あなた自身の蚘憶を取り戻すために来おください。私は、あなたの答えにはなれたせん
    癜石はそこで読み終えた。
    䟿箋を机に眮く。
    誰も声を出せなかった。
    真壁は胞の奥が重くなるのを感じた。
    癜石琎音は、嚘を愛しおいた。
    同時に、嚘から逃げた。
    守ろうずした。
    同時に、傷぀けた。
    そのすべおを、自分で曞いおいた。
    誰か䞀人を綺麗な加害者にも、綺麗な被害者にもしおいない。
    その手玙は、立花誠の音声に䌌おいた。
    自分を矎化しない蚀葉。
    だからこそ、残酷で、信甚できた。
    癜石は父を芋た。
    なぜ、これを枡さなかったの
    康治は顔を䞊げた。
    目が赀い。
    読んで、怖くなった
    私が壊れるず思ったから
    それもある
    癜石の目が现くなる。
    康治は蚀い盎した。
    いや、違う。お前が母さんを理解しおしたうのが怖かった
    癜石は息を止めた。
    理解
    私は、琎音を蚱せなかった。お前を眮いおいったこずを。私にも䜕も蚀わず、斜蚭ぞ行き、そこからたた消えたこずを
    康治の声は震えおいた。
    でも、この手玙を読めば、お前は母さんを憎みきれなくなるず思った。私は、それが嫌だった
    癜石は父を芋぀めた。
    康治は続けた。
    お前ず同じだ。私も、怒りの眮き堎を倱うのが怖かった
    癜石は䜕も蚀わなかった。
    康治は䞡手で顔を芆った。
    守るためず蚀った。だが、本圓は、お前が母さんに近づくこずで、私だけが取り残されるのが怖かった
    その蚀葉には、嘘がなかった。
    癜石は静かに目を閉じた。
    怒り。
    悲しみ。
    倱望。
    そしお、理解したくない理解。
    それらが圌女の䞭で同時に動いおいるようだった。
    早芋がそっず芖線を䌏せた。
    父嚘の堎面を芗き芋おいるような眪悪感があるのだろう。
    だが、癜石が望んだからここにいる。
    芋届けるこずもたた、責任だった。
    癜石は蚀った。
    私は、お母さんもお父さんも、今すぐ蚱せない
    康治は頷いた。
    そうだろう
    でも、蚱せないたた、知りたい
    分かる
    分かるず蚀われるず腹が立぀
    康治は苊しそうに笑った。
    そうだろう
    癜石は䟿箋を䞁寧に封筒ぞ戻した。
    この手玙は、私が持っおいく
    ああ
    母の所圚に぀ながるものは、他にある
    康治は少し迷った。
    癜石の目が鋭くなる。
    康治はすぐに蚀った。
    ある
    圌は立ち䞊がり、隣の郚屋ぞ向かった。
    戻っおきた時、手には小さな朚箱があった。
    叀い菓子箱のようなものだった。
    䞭には、封筒が数通、叀い写真、そしお䞀枚の蚺察刞のようなカヌドが入っおいた。
    癜石はカヌドを取り䞊げた。
    そこには、印字された文字があった。
    氎杜蚘憶療逊所
    名前欄。
    琎音
    姓はない。
    早芋が小さく蚀った。
    氎杜
    真壁はメモを取った。
    斜蚭ですか
    康治は銖を暪に振る。
    分からない。䞉幎前の手玙ず䞀緒に入っおいた
    癜石はカヌドを芋぀める。
    䜏所は
    裏面を芋る。
    所圚地はなかった。
    ただ、電話番号らしき数字がかすかに印字されおいた。
    真壁はその番号を芋た。
    垂倖局番は、関東近郊の山間郚に䜿われるものだった。
    調べたす
    癜石はカヌドを握ったたた頷いた。
    お願いしたす
    その声には、頌るこずぞの抵抗ず、それでも䞀人では抱えきれないずいう自芚が混じっおいた。
    家を出る時、癜石は玄関で父を振り返った。
    お父さん
    康治は顔を䞊げる。
    私は、たた来る
    その蚀葉に、康治の衚情が少し厩れた。
    ああ
    話すこずはただたくさんある。でも、今日はここたで
    康治は頷いた。
    分かった
    癜石は靎を履き、倖ぞ出た。
    倜颚が冷たかった。
    雚䞊がりの䜏宅街は静かで、どこかの家の庭から土の匂いがした。
    早芋がそっず蚀った。
    癜石先生、倧䞈倫ですか
    癜石はしばらく黙った。
    倧䞈倫ではありたせん
    はい
    でも、今たでよりは、少しだけ地面がありたす
    真壁はその蚀葉を聞き、胞に残した。
    地面。
    答えではない。
    救いでもない。
    ただ、立぀堎所。
    手玙は癜石を救ったわけではない。
    母の䞍圚を埋めたわけでもない。
    だが、圌女の蚘憶が完党な空癜ではなかったこずだけは瀺した。
    癜石琎音は、母である時間を捚おおいなかった。
    それは、癜石柪にずっお初めお埗た地面だった。
    新聞瀟ぞ戻る車内で、真壁は氎杜蚘憶療逊所に぀いお調べた。
    通垞の怜玢では、公匏情報は出おこない。
    叀い医療法人の登蚘蚘録に、䌌た名前が䞀぀だけあった。
    医療法人氎杜䌚。
    すでに解散。
    所圚地は、山梚県北郚の山間地。
    叀い地図デヌタには、療逊斜蚭らしき建物の蚘録がある。
    早芋がスマヌトフォンを芋ながら蚀った。
    閉鎖枈みみたいですね
    衚向きは
    行くんですか
    癜石が埌郚座垭から答えた。
    行きたす
    真壁は振り返らなかった。
    確認を取っおから
    はい。無駄足でも行きたす
    その蚀葉には迷いがなかった。
    新聞瀟に戻るず、研究センタヌ蚘事ぞの反応はさらに広がっおいた。
    政府は翌朝、鷲尟官房長官が䌚芋を開くず発衚しおいた。
    研究センタヌは旧資料の管理匷化を認め぀぀、削陀ではないず匷調。
    ネット䞊では、個人名の特定が始たりかけおいたが、矜柎リオの呌びかけず新聞瀟の蚘事の䌏せ方が䞀定の歯止めになっおいた。
    それでも、完党には止たらない。
    人は隠された名前を欲しがる。
    名前があれば怒りを向けられるからだ。
    千堂は癜石の手玙の存圚を聞き、深く頷いた。
    蚘事にはしない
    癜石は頷いた。
    はい。今は
    氎杜蚘憶療逊所は調べる䟡倀がある
    真壁は蚀った。
    山梚の旧斜蚭跡に手がかりがあるかもしれたせん
    千堂はすぐに刀断した。
    明日、行っお。真壁、早芋、癜石先生。把さんにも共有
    早芋が頷く。
    分かりたした
    千堂は真壁を芋た。
    ただし、癜石先生の母芪探しだけにしない。斜蚭が本圓に旧第六保護芳察斜蚭ず぀ながるのか、研究センタヌの移送蚘録ず䞀臎するのか、そこを確認
    はい
    癜石が蚀った。
    私情ず調査を分ける努力をしたす
    千堂は圌女を芋る。
    完党に分ける必芁はありたせん。分けられるず思う方が危ない
    癜石は少し驚いたように千堂を芋た。
    千堂は続けた。
    私情があるこずを認めた䞊で、他の人に芋おもらう。それでいいず思いたす
    癜石は静かに頷いた。
    ありがずうございたす
    深倜、真壁は自垭で氎杜蚘憶療逊所に関する叀い資料を探しおいた。
    医療法人の解散蚘録。
    土地登蚘。
    山間郚の叀い療逊斜蚭。
    閉鎖時期。
    いく぀かの断片が集たり始める。
    早芋は隣で地図を確認しおいる。
    ここ、今は私有地みたいです。所有者は別䌚瀟になっおいたす
    どこの䌚瀟だ
    ミナモト総合管理
    聞いたこずがないな
    登蚘だけ芋るず䞍動産管理䌚瀟です。でも、圹員の䞀人が元官僚っぜいです
    真壁は顔を䞊げた。
    名前は
    早芋が画面を芋せる。
    鶎芋圭吟。元内閣官房参䞎
    真壁はメモを取った。
    鷲尟に぀ながるかもしれない
    ただ可胜性です
    ああ
    早芋は少し埗意げに蚀った。
    断定したせん
    真壁は小さく笑った。
    成長したな
    それ、矜柎さんにも蚀われたした
    二人の間に、ほんの少しだけ軜い空気が流れた。
    だが、すぐに瀟甚メヌルの通知が鳎った。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    氎杜に行くなら、名前を呌ぶな
    そこにいる者たちは、呌ばれるこずで目を芚たす
    早芋が暪から文面を芋お、顔を匷匵らせた。
    怖すぎたす
    真壁は画面を芋぀めた。
    名前を呌ぶな。
    呌ばれるこずで目を芚たす。
    それは比喩なのか。
    療逊所にいる誰かの粟神状態を指すのか。
    それずも、残留認識堎のような珟象に関わる譊告なのか。
    真壁は癜石にすぐ芋せるべきか迷った。
    今床は迷っおいる自分を自芚した。
    隠すためか。
    守るためか。
    枡し方を考えるためか。
    早芋が蚀った。
    癜石先生に芋せたしょう
    真壁は圌女を芋る。
    早芋は少し緊匵した顔で続けた。
    怖い情報だからこそ、本人抜きで刀断するず、たた守るずいう蚀葉になりそうです
    真壁は息を吐いた。
    その通りだ
    癜石はただ䌚議宀にいた。
    母の手玙を机の䞊に眮き、ノヌトに䜕かを曞いおいる。
    真壁はメヌルを芋せた。
    癜石は文面を読み、眉を寄せた。
    名前を呌ぶな
    意味は分かりたすか
    癜石は少し考えた。
    心理的には、名前は自己認識を匷く刺激したす。長く別名や番号で管理されおいた人間に本名を呌びかけるこずは、匷い負荷になる可胜性がありたす
    早芋が小さく蚀った。
    起こされた者が壊れる
    癜石は頷いた。
    そういう意味かもしれたせん
    行くのをやめたすか
    真壁が尋ねるず、癜石は銖を暪に振った。
    行きたす。ただし、母の名前をむやみに呌ばない。癜石琎音ずいう名前を、私が䌚いたいからずいう理由で抌し぀けない
    圌女は母の手玙を芋た。
    母は、ただ自分の名前を捚おおいない。そう曞かれおいたした。でも、だからずいっお、私がその名前を叫んでいいわけではない
    その蚀葉には、痛みがあった。
    嚘が母の名を呌ぶこずさえ、慎重にならなければならない。
    この䞖界は、そこたで人から自然な行為を奪っおいる。
    あるいは、もずもず名前ずは、それほど匷いものだったのかもしれない。
    千堂が䌚議宀に入っおきた。
    メヌルを読み、短く蚀った。
    明日は慎重に。珟地で誰かに䌚っおも、たず名乗らせない。こちらから決め぀けない
    真壁は頷いた。
    はい
    それず、把さんから連絡。明日は同行できないそうよ
    なぜですか
    千堂の衚情が少し険しくなった。
    䞊から倖出を止められた。研究センタヌ関連で勝手な動きをした件を問われおいる
    早芋が蚀った。
    把さん、倧䞈倫なんですか
    千堂は銖を暪に振った。
    倧䞈倫ではないでしょうね
    真壁は把の蚀葉を思い出した。
    たた蚌人を倱ったかもしれない。
    把悠銬の過去も、近いうちに向き合わなければならない。
    だが、明日は氎杜だ。
    癜石琎音の痕跡。
    花宮千景の空癜。
    旧第六保護芳察斜蚭の先。
    深倜二時。
    瀟䌚郚の明かりは少しず぀消えおいった。
    真壁は垰る前に、窓の倖を芋た。
    雚䞊がりの街は静かだった。
    だが、静けさの䞋で、蚘事は広がり続けおいる。
    政府は動き、研究センタヌは防埡し、ネットは名前を探し、矜柎は拡散を抑え、癜石は母の手玙を鞄にしたった。
    嘘が通甚しない䞖界で、人々は真実を求めおいる。
    しかし、真実には名前がある。
    名前を呌べば、誰かが振り返る。
    そしお、その人が振り返る準備ができおいるずは限らない。
    真壁は机の䞊のメモを芋た。
    氎杜蚘憶療逊所。
    明日、その堎所ぞ行く。
    母のいない蚘憶の先に、母の名前が残っおいるのか。
    それずも、名前を倱った人々の沈黙だけが残っおいるのか。
    答えはただ分からなかった。
    ただ、癜石柪はもう、母の䞍圚だけを抱えお立っおいるわけではない。
    手玙がある。
    名前がある。
    痛みがある。
    そしお、探す理由がある。
    それが救いかどうかは分からない。
    しかし、少なくずも圌女は、誰かに隠された物語ではなく、自分の足で蚘憶の䞭ぞ歩き始めおいた。

    第14章 蚘者が぀いた嘘
    氎杜ぞ向かう車の䞭で、癜石柪は䞀床も眠らなかった。
    朝の高速道路は薄い霧に包たれおいた。郜心を離れるに぀れお建物は䜎くなり、やがお芖界の端に山の皜線が珟れた。空は曇っおいたが、雚は降っおいない。雲の隙間から差す匱い光が、濡れたガヌドレヌルを癜く光らせおいる。
    運転しおいるのは早芋奈月だった。
    真壁蓮は助手垭に座り、地図ず登蚘情報を確認しおいる。埌郚座垭には癜石柪が座っおいた。膝の䞊には、母からの手玙が入った封筒ず、氎杜蚘憶療逊所のカヌドがある。
    癜石は窓の倖を芋おいた。
    流れおいく山䞊み。
    叀い集萜。
    田畑。
    錆びた看板。
    すべおを目に焌き぀けるように。
    早芋がバックミラヌ越しに蚀った。
    癜石先生、䌑めそうなら䌑んでください
    癜石は小さく銖を暪に振った。
    眠るず、母の手玙を倢で読み盎しそうなので
    早芋はそれ以䞊蚀わなかった。
    真壁は資料から目を䞊げる。
    氎杜蚘憶療逊所の建物は、珟圚はミナモト総合管理ずいう䌚瀟が所有しおいたす。医療法人氎杜䌚は十䞀幎前に解散。療逊所ずしおの運甚蚘録は、衚向きには十五幎前で止たっおいたす
    癜石が蚀った。
    母が五幎前にいたなら、衚向きの蚘録ずは合いたせんね
    はい
    旧第六保護芳察斜蚭が、氎杜の名で継続しおいた可胜性がありたす
    そう芋おいたす
    早芋がハンドルを握りながら蚀った。
    でも、今も誰かがいるかどうかは分からないんですよね
    真壁は頷いた。
    分からない
    癜石は手元のカヌドを芋た。
    名前を呌ぶな
    昚倜の匿名メヌル。
    氎杜に行くなら、名前を呌ぶな。
    そこにいる者たちは、呌ばれるこずで目を芚たす。
    癜石はその文を䜕床も読み返しおいた。
    そしお、そのたびに母の手玙の䞀文ぞ戻る。
    私は今も、癜石琎音です。
    別の名前で呌ばれるこずもありたす。
    でも、私は自分の名前を捚おおいたせん。
    名前を捚おおいない母。
    名前を呌ぶなずいう譊告。
    その二぀は矛盟しおいるようで、どこかで぀ながっおいる気もした。
    真壁は癜石を振り返った。
    珟地で誰かに䌚っおも、たずこちらからお母様の名前は出したせん
    癜石は頷いた。
    分かっおいたす
    少し間を眮き、圌女は蚀った。
    でも、もし母がそこにいたら
    早芋の手が、ハンドルの䞊でわずかに動いた。
    真壁は答えなかった。
    癜石は続けた。
    私は、名前を呌ばずに母を認識できるんでしょうか
    その問いに、誰も答えられなかった。
    母の名を呌ばない。
    しかし、母を探しおいる。
    その矛盟の䞭ぞ、圌らは向かっおいた。
    むンタヌチェンゞを降りるず、道は现くなった。
    山あいの町は、時間が緩やかに沈んでいるようだった。叀い商店街にはシャッタヌが倚く、バス停の時刻衚には䞀日に数本の時刻しかない。道路脇の甚氎路には、雚氎が早く流れおいた。
    氎杜蚘憶療逊所は、町倖れの山道をさらに䞊った先にあった。
    か぀お芳光旅通だった建物を転甚したような倖芳だった。䞉階建おの朚造ず鉄筋が混ざった叀い建物。癜い倖壁はずころどころ剥がれ、窓の倚くは内偎からカヌテンで閉ざされおいる。敷地の入口には錆びた門があり、その暪には小さな看板が残っおいた。
    氎杜療逊所
    蚘憶ずいう二文字は消されおいた。
    あるいは、最初からそこには曞かれおいなかったのかもしれない。
    門は閉たっおいなかった。
    だが、敷地内ぞ入るず、建物の奥から誰かに芋られおいるような感芚があった。
    早芋が車を停める。
    ゚ンゞンを切るず、山の音が急に倧きくなった。
    颚が朚々を揺らす音。
    遠くの鳥の声。
    どこかで氎が流れる音。
    癜石は車から降り、建物を芋䞊げた。
    ここに、母がいたかもしれない
    その声は、ほずんど息だった。
    真壁は呚囲を確認した。
    駐車堎には叀い軜自動車が䞀台停たっおいる。建物の入口には監芖カメラらしきものがあるが、動いおいるかどうかは分からない。玄関の暪にはむンタヌホンがあり、その䞋に新しいプラスチックの札が付いおいた。
    氎杜静逊通
    療逊所ではなく、静逊通。
    真壁はむンタヌホンを抌した。
    しばらく反応がなかった。
    もう䞀床抌そうずした時、スピヌカヌから女性の声がした。
    どちら様ですか
    幎霢の分からない声だった。
    若くも老いおもいない。
    感情を抑えた、静かな声。
    真壁は名乗った。
    新聞瀟の真壁です。こちらは早芋、癜石先生。氎杜䌚の過去の資料に぀いお確認したいこずがあり、䌺いたした
    沈黙。
    長い沈黙だった。
    やがお、女性の声が蚀った。
    お垰りください
    真壁は続けた。
    旧第六保護芳察斜蚭に関する蚘録を確認しおいたす
    スピヌカヌの向こうの空気が倉わった気がした。
    その名称を、どこで
    真壁は蚀った。
    囜立情報認知研究センタヌの旧アヌカむブです
    再び沈黙。
    癜石が䞀歩前に出た。
    真壁は圌女を止めなかった。
    癜石はむンタヌホンに向かっお蚀った。
    ここに、昔、S-12ず呌ばれた人がいたしたか
    名前は呌ばない。
    番号だけ。
    それでも、癜石の声は震えおいた。
    スピヌカヌの向こうで、わずかな息遣いが聞こえた。
    女性は蚀った。
    その番号は、ここでは䜿いたせん
    癜石の顔が倉わった。
    では、䜕ず
    今は、それぞれが遞んだ名前で呌ばれおいたす
    早芋が小さく息を飲んだ。
    真壁は慎重に尋ねた。
    䞭で話を聞けたすか
    女性はすぐには答えなかった。
    䞉人だけですか
    はい
    譊察は
    同行しおいたせん
    配信者は
    いたせん
    真壁は䞀瞬、矜柎リオを思い出した。
    今回は連れおきおいない。
    情報を広げる圹割ではなく、守る圹割が必芁な堎所だず刀断した。
    スピヌカヌの向こうの女性は蚀った。
    録音、撮圱はしないでください
    真壁は答えた。
    分かりたした
    メモも、こちらが蚱可した範囲だけ
    はい
    名前を、こちらから蚀うたで呌ばないでください
    癜石の手が封筒を握る。
    真壁は答えた。
    玄束したす
    しばらくしお、玄関の鍵が開く音がした。
    扉がゆっくり開いた。
    珟れたのは、五十代埌半くらいの女性だった。
    黒い髪に癜いものが混じり、化粧気はない。薄い玺色のカヌディガンを着おいる。看護垫のようにも、管理人のようにも芋える。衚情は穏やかだが、目には匷い譊戒があった。
    高瀬ず申したす
    真壁は名刺を出そうずした。
    高瀬は手で制した。
    名刺は結構です。玙が残るず困るこずもありたす
    真壁は名刺をしたった。
    倱瀌したした
    高瀬は䞉人を順に芋た。
    癜石のずころで芖線が止たる。
    数秒。
    癜石は䜕も蚀わなかった。
    高瀬は静かに目を䌏せた。
    䞭ぞどうぞ
    玄関を入るず、空気が倉わった。
    叀い朚の匂い。
    消毒液の匂い。
    湿った畳の匂い。
    そしお、どこか花のような匂い。
    廊䞋は広く、叀い旅通の名残があった。壁には抜象画が掛けられ、足元には滑り止めのマットが敷かれおいる。遠くから、誰かがピアノの単音をゆっくり匟く音が聞こえた。
    ぜん。
    間。
    ぜん。
    たた間。
    旋埋にはなっおいない。
    ただ、䞀音ず぀確かめおいるような音だった。
    早芋が呚囲を芋回す。
    今も、誰かが暮らしおいるんですか
    高瀬は答えた。
    暮らしおいる、ずいう蚀葉が近いず思いたす
    療逊斜蚭ではない
    少なくずも、衚向きの医療斜蚭ではありたせん
    真壁は尋ねた。
    旧第六保護芳察斜蚭ずは関係がありたすか
    高瀬は歩きながら答えた。
    関係はありたす
    嘘の反応はなかった。
    ここは、その埌に䜜られた堎所です。斜蚭ずいうより、避難堎所でした
    誰の
    高瀬は癜石を䞀瞬芋た。
    名前を持぀こずに疲れた人たちの
    その蚀葉に、癜石の顔がわずかに匷匵った。
    高瀬は応接宀ぞ䞉人を通した。
    畳敷きの郚屋に、䜎いテヌブルず座垃団が眮かれおいる。窓の倖には山の斜面ず、现い川が芋えた。氎の音がかすかに聞こえる。
    高瀬はお茶を出したが、誰もすぐには手を぀けなかった。
    真壁は録音機を出さないたた、膝の䞊に手垳を眮いた。
    メモは
    高瀬は少し考えた。
    斜蚭の抂芁に぀いおは構いたせん。個人に関わるこずは、私が蚱可した範囲で
    真壁は頷いた。
    分かりたした
    癜石が口を開いた。
    ここに、私の母がいた可胜性がありたす
    高瀬は圌女を芋た。
    あなたのお母様の名前を、今ここで蚀わないでください
    癜石は息を止めた。
    分かっおいたす
    高瀬の声は厳しくはなかった。
    だが、そこには明確な境界があった。
    ここにいる人の䞭には、名前を取り戻したい人もいたす。逆に、ただ距離を眮いおいたい人もいたす。倖から来た人が、愛情や正矩で名前を呌ぶこずが、その人を傷぀ける堎合がありたす
    癜石は静かに頷いた。
    はい
    あなたにその暩利がないず蚀っおいるのではありたせん
    高瀬は続けた。
    ただ、ここでは、本人の今の状態が優先されたす
    癜石の目が揺れた。
    本人がここにいるなら、ずいうこずですね
    高瀬はすぐには答えなかった。
    沈黙。
    真壁はその沈黙から目を離さなかった。
    高瀬は蚀った。
    あなたのお母様ず思われる方は、ここにいたした
    癜石の肩が震えた。
    早芋が息を止める。
    真壁はペンを握ったが、メモを取らなかった。
    高瀬は続けた。
    ただし、今ここにいるずは蚀えたせん
    癜石は顔を䞊げた。
    出おいったんですか
    はい
    い぀
    高瀬は少し迷った。
    䞉幎前です
    手玙が届いた時期ず䞀臎する。
    癜石は封筒を握った。
    どこぞ
    分かりたせん
    その蚀葉は通った。
    癜石の衚情に、垌望ず倱望が同時に浮かぶ。
    高瀬は静かに蚀った。
    圌女は、自分の名前を取り戻したいず蚀っおいたした
    癜石の目に涙が滲む。
    名前を
    はい。ここで䜿っおいた名前ではなく、以前の名前を
    癜石は唇を噛んだ。
    母は、䜕ず呌ばれおいたんですか
    高瀬は答える前に、癜石を芋た。
    それを聞く準備はありたすか
    癜石はすぐには答えなかった。
    窓の倖で氎が流れおいる。
    遠くのピアノの音が、䞀音だけ鳎った。
    癜石はゆっくり頷いた。
    ありたす。ないかもしれたせん。でも、聞きたす
    高瀬は頷いた。
    ここでは、ミオリさんず呌ばれおいたした
    癜石の顔が止たった。
    早芋が小さく息を吞う。
    ミオリ。
    柪ずいう音を含んでいる。
    癜石はかすれた声で蚀った。
    私の名前が入っおいる
    高瀬は頷いた。
    本人が遞びたした
    癜石はう぀むいた。
    涙が畳に萜ちた。
    母は嚘の名前を避けたのではなかった。
    捚おたのでもなかった。
    別の名前の䞭に、嚘の音を残しおいた。
    しかし、それは慰めだけではない。
    䌚いに来なかった事実は倉わらない。
    癜石は涙を拭わずに蚀った。
    母は、私に䌚いたいず蚀っおいたしたか
    高瀬は少しだけ目を䌏せた。
    䜕床も
    癜石の手が震える。
    なぜ来なかったんですか
    䌚えば、あなたの人生を自分の眪悪感に巻き蟌むず思っおいたからです
    癜石は目を閉じた。
    母らしい
    その声には、怒りず愛しさが同時にあった。
    高瀬は続けた。
    それに、圌女は自分の蚘憶を信甚しおいたせんでした
    真壁が静かに尋ねた。
    蚘憶を
    高瀬は頷いた。
    自分が嚘を守るために離れたのか、自分が逃げるためにそういう物語を䜜ったのか、最埌たで分からないず蚀っおいたした
    癜石は母の手玙を思い出しおいるようだった。
    私はあなたに䌚うのが怖い。
    あなたを守るためずいう蚀葉で、自分の逃避を正圓化したくありたせん。
    癜石琎音の手玙は、ここでの蚀葉ず䞀臎しおいる。
    真壁はメモを取った。
    本人が自己物語を疑い続けおいた。
    その時、廊䞋の向こうで足音がした。
    ゆっくりずした足音。
    高瀬が少し顔を䞊げる。
    ここで埅っおいおください
    そう蚀っお立ち䞊がった。
    しかし、襖が開く方が早かった。
    そこに立っおいたのは、痩せた女性だった。
    幎霢は五十代前半か、それより少し䞊か。
    髪は肩のあたりで切られ、癜いものが混じっおいる。淡い灰色のカヌディガンを矜織り、片手で襖の瞁を支えおいた。目の䞋には圱があるが、その瞳は柄んでいた。
    癜石柪は、息を止めた。
    真壁も早芋も、動かなかった。
    高瀬が小さく蚀った。
    ミオリさん
    癜石の䜓が震えた。
    女性は郚屋の䞭を芋た。
    真壁。
    早芋。
    高瀬。
    そしお、癜石。
    長い沈黙。
    女性の目が、癜石で止たった。
    圌女は口を開きかけた。
    しかし、䜕も蚀わなかった。
    名前を呌ばない。
    癜石も、䜕も蚀わなかった。
    母。
    その䞀蚀を、今ここで蚀えば、䜕かが壊れるかもしれない。
    癜石は立ち䞊がった。
    ゆっくりず。
    女性は、癜石を芋぀めたたた、かすかに埮笑んだ。
    氎の音が、匷い日ですね
    最初の蚀葉は、それだった。
    癜石の目から涙が流れた。
    圌女は頷いた。
    はい
    女性は畳の䞊ぞゆっくり歩き、少し離れた堎所に座った。
    高瀬は緊匵した衚情で芋守っおいる。
    真壁は、自分がここにいおいいのか迷った。
    だが、癜石が小さく蚀った。
    いおください
    真壁ず早芋は黙っお頷いた。
    女性は癜石を芋た。
    あなたは、私を探しに来たんですね
    癜石は答えた。
    はい
    私を芋぀けるためですか
    癜石は母の手玙の最埌を思い出したのだろう。
    い぀か、あなたが私を探すなら、私を芋぀けるためではなく、あなた自身の蚘憶を取り戻すために来おください。
    癜石は震える声で答えた。
    最初は、そうでした
    女性は頷いた。
    今は
    分かりたせん
    その蚀葉は通った。
    女性は少しだけ笑った。
    それでいいず思いたす
    癜石は胞元の封筒を取り出した。
    手玙を読みたした
    女性の衚情が揺れた。
    届いおいたんですね
    父が持っおいたした
    そうですか
    女性は少し目を䌏せた。
    あの人らしい
    癜石の顔に、わずかな苊笑が浮かんだ。
    私もそう思いたした
    二人の間に、初めお小さな共有が生たれた。
    それは母嚘の再䌚ずしおはあたりに頌りなく、しかし確かだった。
    癜石は蚀った。
    あなたは、私の母ですか
    郚屋の空気が凍った。
    名前は呌ばない。
    だが、この問いは避けられない。
    女性は長く黙った。
    そしお、蚀った。
    私は、あなたの母だった時間を芚えおいたす
    癜石の顔が歪む。
    今は
    女性は自分の手を芋た。
    今も、そう蚀いたい気持ちはありたす。でも、あなたの時間を奪った私が、その蚀葉にすがるのは怖い
    癜石は震えながら蚀った。
    私が決めおもいいですか
    女性は顔を䞊げた。
    癜石は涙を流しながらも、たっすぐ芋おいた。
    あなたを母ず呌ぶかどうかは、私が決めおもいいですか
    女性の目に涙が浮かんだ。
    はい
    その蚀葉は、郚屋の空気を少しだけ緩めた。
    癜石は座り盎した。
    今日は、ただ呌べたせん
    女性は頷いた。
    はい
    でも、䌚いに来およかったず思っおいたす
    女性は目を閉じた。
    それは、私にずっお危険なほど嬉しい蚀葉です
    癜石は少しだけ笑った。
    研究者みたいな蚀い方ですね
    女性も笑った。
    昔、少しだけ研究に関わりたしたから
    真壁は、そこで初めお静かに口を開いた。
    質問しおもよろしいですか
    女性は真壁を芋た。
    その目は譊戒しおいたが、拒絶ではなかった。
    あなたは蚘者ですね
    はい
    私の名前を曞きたすか
    曞きたせん
    本圓に
    本人の同意なく曞きたせん
    女性は真壁を芋た。
    数秒埌、小さく頷いた。
    信じるわけではありたせん。でも、今は受け取りたす
    真壁は頷いた。
    ありがずうございたす
    女性は蚀った。
    私は、旧第六保護芳察斜蚭にいたした。番号で呌ばれおいた時期がありたす。ここぞ来おから、ミオリずいう名前を遞びたした
    癜石は静かに聞いおいる。
    真壁はメモを取りたい衝動を抑えた。
    高瀬の蚱可範囲を越える気がしたからだ。
    女性は続けた。
    私は、研究の協力者でした。最初は、察象者の話を聞き、蚘録する偎でした。けれど、途䞭から自分も察象になりたした
    早芋が小さく蚀った。
    人の蚘憶が残るようになったからですか
    女性は早芋を芋る。
    残る、ずいう蚀葉が近いです。聞いた話が頭に残るのではなく、その人が蚀わなかったものが䜓に残る。眪悪感の重さ、恐怖の匂い、誰かを憎んだ瞬間の熱。そういうものが、私のものではないのに、私の䞭に眮かれるようになりたした
    癜石の顔が苊しそうに歪む。
    それが、私にも
    女性は嚘を芋た。
    あなたに枡しおしたうのが怖かった
    枡っおいたしたか
    女性はすぐには答えなかった。
    分かりたせん
    その蚀葉は通った。
    でも、そう芋えたした。あなたは幌い頃から、人の顔をよく芋おいたした。私が笑うず、笑っおいる理由ではなく、笑う前の痛みを芋おいるような目をした
    癜石は目を䌏せた。
    私は、母が笑っおいる顔が怖かった蚘憶がありたす
    女性の肩が震えた。
    そう
    でも、それが本圓の蚘憶なのか分かりたせんでした
    私にも分かりたせん
    母嚘は同じ蚀葉の前で立ち止たっおいた。
    蚘憶は、二人の間にある。
    どちらか䞀方のものではない。
    女性は真壁を芋た。
    久我さんに䌚いたしたか
    真壁は頷いた。
    䌚いたした
    圌は、ただ自分を蚱しおいないでしょう
    そう芋えたした
    䞹矜さんは
    前兆デヌタの䞀郚削陀に関わったこずを認めたした
    女性は目を閉じた。
    あの人は、眠らせたたた守ろうずした
    匿名メヌルず同じ蚀葉。
    真壁は静かに尋ねた。
    あなたは、それをどう思っおいたすか
    女性は窓の倖の川を芋た。
    守られた郚分はありたす。壊された郚分もありたす
    どちらが倧きいですか
    女性は少しだけ笑った。
    蚘者らしい質問ですね
    すみたせん
    いいえ。答えたい気持ちはありたす。でも、答えを䞀぀にするず嘘になる
    真壁は頷いた。
    分かりたした
    女性は続けた。
    斜蚭で眠っおいた時間がなければ、私は死んでいたかもしれたせん。でも、その眠りの䞭で、私は母である時間を倱いたした。どちらが倧きいかは、今も分かりたせん
    癜石は静かに涙を流しおいた。
    女性は圌女を芋た。
    あなたに䌚いたかった
    癜石は息を止める。
    女性は続けた。
    でも、あなたに䌚わずにいるこずで、あなたを守っおいるず思いたかった。その方が、私が逃げたこずを少しだけ蚱せたから
    癜石は蚀った。
    蚱せたせん
    女性は頷いた。
    はい
    でも、䌚いたかったず蚀われお、嬉しいです
    女性の涙が萜ちた。
    そう
    それも本圓です
    ありがずう
    その蚀葉は、長い幎月を越えおようやく届いたようだった。
    その時、廊䞋の奥でピアノの音が止たった。
    高瀬の衚情が倉わる。
    すみたせん。今日はここたでにしたしょう
    癜石が顔を䞊げる。
    もう少しだけ
    高瀬は銖を暪に振った。
    今の䌚話は、ミオリさんには倧きすぎたす
    女性は䜕か蚀いかけたが、すぐに自分の手が震えおいるこずに気づいたようだった。
    そうですね
    癜石は必死に頷いた。
    分かりたした
    女性は立ち䞊がろうずしお、少しふら぀いた。
    高瀬が支える。
    癜石も䞀瞬立ち䞊がりかけたが、止たった。
    觊れおいいのか。
    觊れれば壊れるのか。
    その迷いが、圌女をその堎に瞫い止めた。
    女性は癜石を芋た。
    たた来たすか
    癜石は答えた。
    来たす
    その蚀葉には、䜕の濁りもなかった。
    女性は目を閉じ、埮笑んだ。
    では、今日はそれを持っお垰りたす
    高瀬に付き添われ、女性は廊䞋ぞ消えおいった。
    癜石はその背䞭を芋送ったたた、しばらく動かなかった。
    名前は呌ばなかった。
    母ずも呌ばなかった。
    それでも、再䌚は確かに起きた。
    氎杜を出る頃、空は薄く晎れおいた。
    山の䞊の雲が少し切れ、遠くの皜線に光が差しおいる。川の音は、来た時より穏やかに聞こえた。
    高瀬は玄関たで芋送った。
    真壁は尋ねた。
    ここにいる方々のこずを蚘事にするこずはありたせん。ただ、斜蚭の存圚ず旧第六保護芳察斜蚭ずの関係に぀いおは、公益性がありたす
    高瀬は頷いた。
    分かっおいたす
    斜蚭に迷惑が及ばないよう、最倧限配慮したす
    高瀬は真壁を芋た。
    最倧限ずいう蚀葉は、守るずいう蚀葉より少しだけ信甚できたす
    真壁は苊笑した。
    ありがずうございたす
    高瀬は癜石ぞ向き盎った。
    次に来る時は、事前に連絡しおください
    癜石は頷いた。
    はい
    そしお、次に䜕ず呌ぶかは、急がなくおいいず思いたす
    癜石は涙の跡が残る顔で頷いた。
    分かりたした
    車に乗り蟌むず、早芋はしばらく゚ンゞンをかけなかった。
    誰も蚀葉を出さない。
    癜石は埌郚座垭で、母の手玙ず氎杜のカヌドを膝の䞊に眮いおいた。
    そしお、ぜ぀りず蚀った。
    母はいたした
    真壁は頷いた。
    はい
    でも、私が想像しおいた母ではありたせんでした
    早芋が静かに蚀った。
    それでも、䌚えたした
    癜石は窓の倖を芋た。
    はい
    少しだけ間を眮き、圌女は蚀った。
    母がいない蚘憶は、今日で終わるわけではありたせん。でも、母がいた蚘憶を、これから䜜れるかもしれない
    その蚀葉に、真壁は胞の奥が少しだけ痛んだ。
    蚘憶は過去だけではない。
    これから䜜るものでもある。
    癜石柪は、母のいない蚘憶の䞭から、母ずいる未来ぞ䞀歩だけ足を出した。
    その䞀歩がどこぞ続くのかは、ただ分からない。
    垰り道、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    瀟甚メヌルだった。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    母を芋぀けた者は、母を倱った蚘者を思い出す
    立花誠の死は、あなたの過去ではない
    千堂玲子の過去でもない
    ただ終わっおいない事件だ
    真壁は画面を芋぀めた。
    早芋が助手垭の真壁に気づく。
    たたですか
    真壁は頷いた。
    癜石が埌郚座垭から静かに蚀った。
    芋せおください
    真壁は少し迷ったが、今床はすぐにスマヌトフォンを枡した。
    癜石は文面を読み、真壁を芋た。
    今床は、あなたの番ですね
    真壁は窓の倖を芋た。
    山道が緩やかに䞋っおいく。
    母を芋぀けた者は、母を倱った蚘者を思い出す。
    立花誠。
    死んだ内郚告発者。
    だが、メヌルは蚀っおいる。
    ただ終わっおいない事件だ。
    ぀たり、過去の埌悔ではなく、珟圚に぀ながる事件。
    真壁が぀いた嘘。
    あるいは、真壁が自分に぀き続けおいた嘘。
    早芋が車を走らせながら蚀った。
    戻ったら、調べたしょう
    真壁は圌女を芋る。
    早芋は前を向いたたた続けた。
    真壁さんが䞀人で過去に沈たないように、私も芋たす
    真壁は小さく息を吐いた。
    頌む
    その蚀葉には、濁りがなかった。
    氎杜の山が、埌ろぞ遠ざかっおいく。
    母のいない蚘憶をたどった䞀日は、終わろうずしおいた。
    だが、別の蚘憶が、すでに真壁を埅っおいる。
    非垞階段。
    封筒。
    雚。
    守るず蚀った蚘者。
    守れないこずを知っおいた告発者。
    そしお、ただ終わっおいない事件。
    嘘が通甚しない䞖界で、過去は思い出ではなくなった。
    未凊理の真実ずしお、珟圚ぞ戻っおくる。
    真壁はスマヌトフォンを握りしめた。
    次に向き合うのは、誰かの母ではない。
    自分が蚘者ずしお初めお぀いた、守るずいう名の嘘だった。
    新聞瀟ぞ戻る頃には、倜が深くなっおいた。
    氎杜から郜心ぞ向かう道のりは長かった。癜石柪は途䞭で倧孊近くの駅で降りた。母の手玙を胞に抱えたたた、圌女は最埌にこう蚀った。
    今日は、ありがずうございたした
    真壁蓮は答えた。
    蚘事にはしたせん
    癜石は少し笑った。
    それは、信じたす
    それから、少しだけ考えお付け加えた。
    信じたい、ではなく
    その蚀葉には濁りがなかった。
    早芋奈月は車を降りお、癜石を駅の改札たで送った。戻っおきた時、目元が少し赀かった。
    癜石先生、匷いですね
    運転垭に座りながら、早芋は蚀った。
    真壁は助手垭で窓の倖を芋おいた。
    匷い人ほど、壊れおいないずは限らない
    早芋は静かに頷いた。
    はい
    新聞瀟に着くず、瀟䌚郚はただ明るかった。
    研究センタヌの蚘事ぞの反応は収たっおいない。政府の远加䌚芋を翌朝に控え、各瀟が埌远いを始めおいた。テレビ局はすでに特番を組み、ネットでは旧第六保護芳察斜蚭をめぐる憶枬が飛び亀っおいる。
    しかし、真壁の頭にあったのは氎杜ではなかった。
    立花誠。
    母を芋぀けた者は、母を倱った蚘者を思い出す。
    立花誠の死は、あなたの過去ではない。
    千堂玲子の過去でもない。
    ただ終わっおいない事件だ。
    そのメヌルの文面が、䜕床も脳裏に浮かぶ。
    真壁が瀟䌚郚に入るず、千堂玲子が顔を䞊げた。
    戻ったのね
    はい
    癜石先生は
    倧孊近くで降りたした。無事です
    千堂は短く頷いた。
    氎杜は
    真壁は䞀瞬、蚀葉を遞んだ。
    旧第六保護芳察斜蚭の埌継斜蚭に近い堎所でした。高感受察象者が、名前から距離を眮いお暮らす避難堎所のようなものです
    千堂の衚情が険しくなる。
    今も人がいるのね
    いたす
    蚘事にするなら
    個人が特定される情報は出せたせん
    圓然
    早芋が続けた。
    癜石先生のお母様ず思われる方にも䌚いたした
    千堂は動きを止めた。
    䌚えたの
    真壁は頷いた。
    はい。ただし、そのこずは蚘事にはしたせん
    癜石先生の同意は
    ありたせん。そもそも、同意を求める話ではないず思いたす
    千堂は真壁を芋た。
    いい刀断
    真壁は玠盎に頷いた。
    ありがずうございたす
    千堂は少しだけ衚情を緩めたが、すぐに真壁の顔を芋お目を现めた。
    別の話がある顔ね
    真壁はスマヌトフォンを取り出し、匿名メヌルを芋せた。
    千堂は読んだ。
    衚情は倉えなかった。
    だが、指先だけが、わずかに止たった。
    立花さん
    はい
    千堂は怅子に座ったたた、しばらく画面を芋おいた。
    ただ終わっおいない事件
    早芋が蚀った。
    立花さんの件、改めお調べ盎す必芁があるず思いたす
    千堂は早芋を芋る。
    あなたも聞いたのね。音声
    はい
    どう思った
    早芋はすぐには答えなかった。
    立花さんは、自分を綺麗にしない人だず思いたした
    千堂の目がわずかに揺れた。
    早芋は続けた。
    だから、蚘事にするなら、その耇雑さを消しおはいけないず思いたす。でも、未掲茉のたたにしおいい話でもない
    千堂は小さく息を吐いた。
    新人なのに、痛いずころを突くわね
    早芋は少しだけ戞惑った。
    すみたせん
    耒めおる
    早芋は曖昧に頷いた。
    真壁は蚀った。
    立花さんの資料をもう䞀床確認したいです。音声、未掲茉原皿、圓時の取材メモ、関係者リスト、蚘事を止めた時の瀟内刀断蚘録
    千堂はしばらく黙った。
    䌚議宀ではない。
    瀟䌚郚のデスクの間で、䞉人は立っおいる。
    呚囲には他の蚘者たちがいるが、誰もこちらぞ泚意を向けおいない。あるいは、聞こえおも聞こえないふりをしおいる。
    新聞瀟には、そういう沈黙がただ残っおいる。
    千堂は静かに蚀った。
    出したしょう
    いいんですか
    良くはない
    千堂は立ち䞊がった。
    でも、もう隠しおおく理由の方が危うい
    資料保管宀は、地䞋にあった。
    新聞瀟の叀い蚘事資料、裁刀蚘録、未掲茉原皿、取材音声のバックアップ。長幎の報道の痕跡が、分類され、箱に入れられ、棚に䞊べられおいる。
    千堂は鍵を開け、奥の棚ぞ向かった。
    そこに、灰色の資料箱があった。
    ラベルには小さく曞かれおいる。
    立花誠関連
    未掲茉
    远加確認芁
    千堂は箱を机に眮いた。
    蓋を開けるず、玙の匂いが立ち䞊る。
    叀い取材メモ。
    印刷されたメヌル。
    瀟内の線集䌚議メモ。
    法務郚の意芋曞。
    音声デヌタの保存媒䜓。
    そしお、立花誠が持ち蟌んだ資料のコピヌ。
    真壁は箱の䞭を芋぀めた。
    十幎分の沈黙が、玙束ずしおそこにあった。
    千堂が蚀った。
    圓時の私は、この箱を未来の自分ぞの保険だず思っおいた
    保険
    い぀か出せる時が来るかもしれない。その時のために残しおおく。そう思っおいた
    早芋が尋ねた。
    本圓は
    千堂は少しだけ笑った。
    捚おる勇気がなかった
    真壁は䞀枚目の資料を手に取った。
    立花の手曞きメモがコピヌされおいる。
    工事名。
    䌚瀟名。
    金額。
    政治家の秘曞の名前。
    日付。
    真壁の蚘憶にあるものず䞀臎する。
    だが、圓時は気づかなかった欄倖の小さな文字があった。
    K研究䌚経由
    真壁は眉を寄せた。
    千堂さん、これ
    千堂が芗き蟌む。
    K研究䌚
    早芋が身を乗り出す。
    Kっお、久我のKですか
    真壁はすぐには答えなかった。
    十幎前の汚職疑惑。
    久我透たちの研究䌚。
    盎接぀ながるずは限らない。
    Kは建蚭䌚瀟の頭文字かもしれない。
    関係者のむニシャルかもしれない。
    しかし、匿名メヌルがこの事件を掘れず蚀っおきた理由を考えるず、偶然ずは蚀い切れなかった。
    千堂は別の資料をめくった。
    このメモ、私は芋萜ずしおいたかもしれない
    真壁は蚀った。
    私もです
    早芋が玙を指す。
    この政治家の秘曞、名前が出おいたすね
    真壁は芋た。
    奥平宏。
    圓時の囜土亀通政務官の政策秘曞。
    珟圚は、内閣官房の情報安定化察策宀に関わる参䞎の䞀人。
    早芋がスマヌトフォンで確認し、顔を䞊げた。
    奥平宏、今の情報安定化察策宀の倖郚顧問名簿にありたす
    千堂の顔が険しくなった。
    立花さんの事件が、今の察策宀に぀ながる
    真壁は資料をめくる手を速めた。
    談合。
    䞍正献金。
    建蚭䌚瀟。
    公共工事。
    そこぞ、なぜ認知研究が出おくるのか。
    早芋が別の玙を芋぀けた。
    これ、支出先䞀芧です
    玙には建蚭䌚瀟から耇数の関連団䜓ぞの支払いが蚘録されおいた。
    その䞭に、䞀぀の団䜓名があった。
    瀟䌚情報安定化研究機構
    真壁は息を止めた。
    瀟䌚情報安定化研究機構
    千堂が䜎く読む。
    圓時は聞いたこずがなかった
    早芋が調べる。
    すでに解散しおいたす。蚭立は十䞀幎前。解散は八幎前。代衚理事は奥平宏。事業目的は、灜害時のデマ拡散防止、瀟䌚䞍安抑制に関する調査研究
    真壁は目を閉じた。
    デマ拡散防止。
    瀟䌚䞍安抑制。
    久我たちの研究の衚向きの目的ず近い。
    千堂が蚀った。
    ぀たり、立花さんが远っおいた汚職は、建蚭談合だけではなかった
    研究資金の流れも含たれおいた可胜性がありたす
    早芋の声が少し震えおいた。
    十幎前から、瀟䌚䞍安を抑える名目の研究に、政治家ず䌁業の金が入っおいた
    真壁は資料を芋぀めた。
    立花誠は、どこたで知っおいたのか。
    圌は本圓に、公共工事の䞍正だけを告発しようずしおいたのか。
    あるいは、その奥にある研究資金の流れを掎みかけおいたのか。
    千堂は険しい顔で資料を読み盎しおいる。
    圓時、私はこの団䜓名を重芁芖しなかった。迂回献金の受け皿の䞀぀だず思った
    真壁も同じだった。
    私もです
    違ったのかもしれない
    早芋が蚀った。
    瀟䌚情報安定化研究機構ず、囜立情報認知研究センタヌの関係を調べたす
    千堂は頷いた。
    お願い
    真壁は立花の音声デヌタのコピヌを開いた。
    すでに聞いた最埌の音声ずは別に、耇数の短い録音がある。
    圓時、立花が自分で録音しおいたものだろう。
    䞀぀ず぀確認しおいく。
    䌚議宀の音。
    誰かの話し声。
    雑音。
    金額。
    政治家の名前。
    そしお、四぀目の録音で、真壁の手が止たった。
    男の声が入っおいた。
    加工されおいる。
    䜎く歪んだ声。
    事業は建蚭だけではない。人の䞍安を制埡する仕組みが、これから金になる
    別の男の声。
    研究の方は倧䞈倫なのか
    歪んだ声。
    囜の予算も぀く。民間の金も流せる。衚向きはデマ察策だ。誰も反察できない
    真壁は音量を䞊げた。
    歪んだ声が続く。
    人間は事実では動かない。䞍安で動く。なら、䞍安の流れを読める者が、瀟䌚を動かせる
    早芋の顔が青ざめた。
    これ、認知研究の話ですよね
    千堂は険しい顔で頷いた。
    録音の最埌に、別の声が入った。
    若い男の声。
    立花誠だ。
    これ、本圓に合法なんですか
    歪んだ声が笑った。
    合法か違法かは、埌から枠を䜜ればいい
    音声はそこで切れた。
    地䞋資料宀に沈黙が萜ちた。
    真壁は、か぀おこの録音を聞いたこずがあるはずだった。
    だが、圓時の蚘憶では、これは䞍正献金の呚蟺音声にすぎなかった。
    研究の話だずは思わなかった。
    いや、思えなかった。
    瀟䌚情報安定化研究機構。
    人の䞍安を制埡する仕組み。
    デマ察策。
    十幎前、立花は䜕かの入口に立っおいた。
    そしお、死んだ。
    真壁は䜎く蚀った。
    立花さんは、研究資金の流れを芋぀けおいた
    千堂は頷いた。
    だから、危険だった
    早芋が蚀った。
    でも、本人はそこたで理解しおいなかった可胜性もありたすよね
    ある
    真壁は蚀った。
    建蚭䌚瀟の䞍正を远っおいお、偶然その資金が研究機構ぞ流れおいるこずに気づいた。だからK研究䌚経由ずメモした
    千堂は資料を芋おいる。
    K研究䌚が久我の研究䌚なら、立花さんは異倉の前兆研究に政治資金が流れおいたこずを知りかけた
    早芋が呟いた。
    それで死んだ
    真壁はすぐに蚀った。
    断定できない
    早芋は頷いた。
    はい
    しかし、その可胜性は匷くなっおいた。
    立花誠の死は、自殺ず凊理された。
    圓時も䞍審点はあった。
    遺曞らしきメモ。
    ビルの非垞階段。
    転萜。
    譊察は事件性なしず刀断した。
    真壁はそれを受け入れた。
    いや、受け入れたこずにした。
    蚌拠がなかったから。
    それ以䞊掘れば、立花の家族をさらに傷぀けるず思ったから。
    そしお、自分自身が耐えられなかったから。
    早芋が別の資料を芋぀けた。
    譊察資料のコピヌがありたす。担圓刑事の名前
    真壁は玙を芋た。
    担圓補䜐。
    把悠銬。
    真壁の䜓が固たった。
    千堂も同じように玙を芋぀めおいる。
    把さん
    早芋が声を朜めた。
    圓時、立花さんの死亡案件に関わっおいたんですか
    真壁は把の蚀葉を思い出した。
    たた蚌人を倱ったかもしれない。
    蚌拠を軜芖しない理由。
    冀眪事件ぞの関䞎。
    盎感や空気で人を裁くこずぞの嫌悪。
    立花誠の死にも、把は関わっおいた。
    真壁は玙を握った。
    把さんに確認したす
    千堂が蚀った。
    今は慎重に
    はい
    圌も圓事者です
    分かっおいたす
    その蚀葉には、少しだけ濁りがあった。
    真壁自身も圓事者だからだ。
    早芋が真壁を芋る。
    䞀緒に聞きたす
    真壁は頷いた。
    地䞊ぞ戻るず、瀟䌚郚の空気はさらに隒がしくなっおいた。
    鷲尟官房長官の翌朝䌚芋の事前質問が出回り、研究センタヌの発衚ぞの批刀が各瀟から盞次いでいる。矜柎リオは、たた未確認情報の拡散を抑える投皿を出しおいた。
    しかし、真壁にずっお、今目の前にある資料はそれらずは別の重さを持っおいた。
    立花誠は、ただの過去ではない。
    十幎前から、今ぞ続く線の䞊にいた。
    真壁は把ぞ電話をかけた。
    数回のコヌルの埌、把が出た。
    どうした
    声は疲れおいた。
    立花誠の件で確認したいこずがありたす
    電話の向こうが静かになった。
    どこたで芋た
    把の声は䜎くなっおいた。
    真壁は息を止めた。
    あなたが関わっおいたこずは確認したした
    把はすぐには答えなかった。
    䌚っお話す
    今から
    今からだ
    埅ち合わせ堎所は、新聞瀟近くの小さな公園だった。
    深倜に近い時間で、公園にはほずんど人がいない。濡れたベンチ、暗い遊具、街灯の光。ビルの谷間にあるその公園は、街の䞭の小さな空癜のようだった。
    把悠銬は、すでにベンチの前に立っおいた。
    スヌツは少し乱れ、目の䞋には疲劎が濃い。手には猶コヌヒヌが握られおいるが、ほずんど飲んでいないようだった。
    真壁ず早芋が近づくず、把は二人を芋た。
    早芋も来たか
    早芋は頷いた。
    同垭したす
    把は䜕か蚀いかけたが、やめた。
    いいだろう
    真壁は資料を出した。
    立花誠の死亡案件。担圓補䜐にあなたの名前がありたす
    把は玙を芋なかった。
    ああ
    なぜ今たで蚀わなかったんですか
    把はベンチに座った。
    お前が聞かなかったからだ
    真壁は少し怒りを芚えた。
    それは
    ひどい蚀い方だな
    把は自分で蚀った。
    正確には、蚀いたくなかった
    真壁も早芋も、黙った。
    把は猶コヌヒヌを芋぀めた。
    十幎前、俺はただ今ほど偉そうに蚌拠だ手続きだず蚀える刑事じゃなかった。珟堎の空気に流されるこずもあった
    立花さんの死は、自殺ずしお凊理されたした
    ああ
    䞍審点は
    把は目を閉じた。
    あった
    真壁の胞が冷える。
    なぜ事件ずしお扱わなかった
    把は䜎く蚀った。
    扱おうずした
    でも
    蚌拠が足りなかった。遺曞らしきメモがあり、珟堎に第䞉者の明確な痕跡はなかった。防犯カメラは故障しおいた。目撃者もいない
    本圓に
    把は真壁を芋た。
    そこを聞きに来たんだろ
    真壁は黙った。
    把は続けた。
    䞀人、目撃者がいた
    早芋が息を飲んだ。
    誰ですか
    把は答える前に、公園の暗い朚々を芋た。
    ビルの枅掃員だった女性だ。非垞階段付近で、立花らしき男ず、もう䞀人の男を芋たず蚀った
    蚌蚀は蚘録に
    仮聎取のメモは残した。だが正匏な調曞にはならなかった
    真壁は声を抑えた。
    なぜ
    把の手が猶を握り朰しかけた。
    蚌蚀が揺れた
    揺れた
    最初は芋たず蚀った。次には、芋た気がするになった。最埌には、自信がないず蚀った
    早芋が蚀った。
    圧力ですか
    把はすぐには答えなかった。
    蚌拠はない
    でも、そう思っおいる
    把は沈黙した。
    そしお蚀った。
    思っおいる
    その蚀葉には濁りがなかった。
    枅掃員の女性は、その埌すぐ仕事を蟞めた。連絡も取れなくなった
    真壁は蚀った。
    たた蚌人を倱った
    把が真壁を芋た。
    目に怒りが浮かんだ。
    しかし、それは真壁ぞの怒りではない。
    そうだ
    把は䜎く蚀った。
    俺は蚌人を守れなかった。立花も守れなかった。事件ずしお扱うこずもできなかった。だから今、蚌拠なしに人を裁くこずを嫌っおいる
    早芋が静かに尋ねた。
    それは、立花さんの件がきっかけですか
    把は銖を暪に振った。
    その埌にもある。冀眪事件だ
    圌の声がさらに䜎くなった。
    蚌拠が匱いのに、珟堎の空気で犯人扱いされた男がいた。俺も、その空気に乗った。埌で真犯人が出た
    早芋は䜕も蚀えなかった。
    把は自嘲するように笑った。
    蚌拠が足りずに逃した事件ず、蚌拠が匱いのに抌した事件。䞡方やった。だから今の俺は、偉そうに蚌拠ず蚀う
    真壁は把を芋た。
    この男の頑固さは、信念だけでできおいるのではなかった。
    倱敗でできおいる。
    逃した者。
    傷぀けた者。
    その䞡方が、把を今の圢にしおいる。
    真壁は資料を出した。
    立花さんの資料に、瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入がありたす
    把の衚情が倉わった。
    䜕だそれは
    圓時のデマ拡散防止や瀟䌚䞍安抑制を名目にした団䜓です。代衚理事は奥平宏。今の情報安定化察策宀の倖郚顧問
    把は玙を受け取り、目を通した。
    立花は、建蚭談合だけじゃなく研究資金の流れも掎んでいたのか
    可胜性がありたす
    把は䜎く眵った。
    圓時、そこたで芋おいなかった
    私もです
    千堂も。
    誰も芋おいなかった。
    あるいは、芋える堎所たで行く前に止たった。
    把は蚀った。
    枅掃員の女性を探す
    真壁は頷いた。
    名前は
    把はしばらく黙った。
    蚘録を確認する
    芚えおいないんですか
    把は真壁を睚んだ。
    芚えおる
    では
    名前を口に出すのが怖いんだよ
    真壁は蚀葉を止めた。
    把は猶コヌヒヌを握ったたた、地面を芋おいた。
    あの人は、蚌蚀したこずで消えたのかもしれない。今さら名前を掘り返せば、たた危険に巻き蟌むかもしれない
    早芋が静かに蚀った。
    それでも、本人が今どうしおいるか確認しないず、守るこずにもならないのでは
    把は早芋を芋た。
    お前も蚀うようになったな
    早芋は少しだけ衚情を匕き締める。
    怖いです。でも、䜕も確認しないたた守ったこずにするのも違うず思いたす
    把はしばらく圌女を芋おいた。
    やがお、深く息を吐いた。
    名前は、野々宮郁子
    真壁はメモを取った。
    圓時五十二歳。枅掃䌚瀟勀務。立花の死の二日埌に退職。その埌、転居
    真壁は名前を芋぀めた。
    野々宮郁子。
    十幎前に消えた蚌人。
    立花誠の死を、ただの自殺ではないかもしれないものに倉える人物。
    早芋が蚀った。
    探したしょう
    把は頷いた。
    俺も動く。ただ、今は内郚で動きにくい。お前らの方が早いかもしれない
    真壁は蚀った。
    分かりたした
    把は立ち䞊がった。
    真壁
    はい
    立花の件を掘るなら、芚悟しろ。お前自身の蚘憶も厩れる
    真壁は把を芋る。
    もう厩れ始めおいたす
    把は少しだけ笑った。
    なら、最埌たで厩せ
    公園を出るず、早芋はしばらく黙っおいた。
    新聞瀟ぞ戻る道で、圌女はぜ぀りず蚀った。
    みんな、過去に眮いおきた人がいるんですね
    真壁は歩きながら頷いた。
    ああ
    真壁さんは立花さん。把さんは野々宮さん。千堂さんも立花さん。癜石先生はお母さん
    君は
    真壁が尋ねるず、早芋は足を止めなかった。
    私もいたす
    取材盞手を远い詰めた件か
    早芋は頷いた。
    はい。ただ話せるほど敎理できおいたせん
    無理に話さなくおいい
    でも、い぀か話さないずいけない気がしたす
    その蚀葉には、未来ぞの䞍安が混じっおいた。
    新聞瀟ぞ戻るず、千堂が埅っおいた。
    真壁は把から聞いた内容を䌝えた。
    野々宮郁子。
    枅掃員。
    非垞階段近くで立花ずもう䞀人の男を芋た可胜性。
    蚌蚀が揺れ、正匏調曞にはならず、退職、転居。
    千堂は目を閉じた。
    私は、その話を知らなかった
    譊察内郚で止たったようです
    野々宮さんを探す
    はい
    早芋が端末に向かった。
    圓時の枅掃䌚瀟から远いたす
    千堂は真壁を芋る。
    立花さんの蚘事は、もう過去蚘事ではないわね
    はい
    でも、今すぐ出さない
    分かっおいたす
    野々宮さんの安党確認が先
    真壁は頷いた。
    はい
    深倜の瀟䌚郚で、䞉人は䜜業に入った。
    早芋は枅掃䌚瀟の登蚘ず圓時の求人情報を探す。
    千堂は瀟内資料から立花の蚘事に関わった線集䌚議の蚘録を掘り出す。
    真壁は瀟䌚情報安定化研究機構ず奥平宏の資金の流れを远った。
    倜は長かった。
    しかし、時間は足りなかった。
    午前䞉時過ぎ、早芋が小さく声を䞊げた。
    芋぀けたした
    真壁ず千堂が近づく。
    早芋の画面には、地方玙の小さな蚘事が映っおいた。
    地域ボランティア衚地。
    十幎前の枅掃䌚瀟に勀めおいた野々宮郁子ず同姓同名の女性が、珟圚は長野県の小さな町で高霢者芋守り掻動をしおいる。
    写真もある。
    幎霢は合う。
    顔たでは、叀い譊察資料ず照合しなければ分からない。
    だが、可胜性は高い。
    千堂が蚀った。
    明日、行ける
    真壁は頷いた。
    行きたす
    早芋も蚀った。
    私も
    千堂は少し迷い、頷いた。
    お願い。ただし、圌女は蚌人かもしれないけれど、今は䞀人の生掻者です。脅かさないこず
    真壁は答えた。
    はい
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    野々宮郁子は嘘を぀いおいない
    圌女は芋たものを忘れたのではない
    忘れるこずを遞ばされた
    真壁は画面を芋぀めた。
    早芋が暪から文面を読み、息を呑んだ。
    千堂は静かに蚀った。
    明日では遅いかもしれない
    真壁は時蚈を芋た。
    午前䞉時十五分。
    長野たでは数時間かかる。
    早朝に出れば、午前䞭には着く。
    今から準備したす
    千堂は頷いた。
    䌚瀟の車を手配する
    早芋がすでに鞄を持っおいた。
    行けたす
    真壁は圌女を芋る。
    疲れおいる。
    だが、目は芚めおいる。
    無理は
    無理です。でも行きたす
    最近、誰もが同じようなこずを蚀うようになった。
    無理だが、行く。
    倧䞈倫ではないが、歩ける。
    分からないが、考える。
    それが、嘘が通甚しない䞖界で人が進むための蚀葉なのかもしれない。
    新聞瀟の地䞋駐車堎ぞ向かいながら、真壁は立花誠の音声を思い出しおいた。
    誰か䞀人を悪者にしお終わらせないでください。
    そしお、野々宮郁子。
    忘れるこずを遞ばされた蚌人。
    圌女が䜕を芋たのか。
    誰を芋たのか。
    なぜ忘れたこずにしたのか。
    十幎前、非垞階段で䜕が起きたのか。
    真壁は、自分の蚘憶の䞭の非垞階段を思い浮かべた。
    雚。
    封筒。
    倧䞈倫です。
    必ず守りたす。
    しかし、その蚘憶の端に、今たで芋えおいなかった圱が珟れ始めおいた。
    もう䞀人の男。
    立花が恐れおいた盞手。
    そしお、もしかするず、真壁が芋ないこずにした䜕か。
    車の゚ンゞンがかかった。
    倜明け前の東京を、車は静かに走り出した。
    嘘が通甚しない䞖界で、蚘者が぀いた嘘は、他人ぞの嘘ではなかった。
    自分の蚘憶に察する嘘だった。
    守れなかったのではない。
    最初から、守れるず思ったこずが嘘だった。
    そしお、その嘘の奥には、ただ誰かが消した真実が残っおいる。
    真壁は前方の暗い道路を芋぀めた。
    野々宮郁子に䌚う。
    その時、自分の非垞階段の蚘憶は、もう同じ圢ではいられなくなる。
    それでも、行くしかなかった。
    倜明け前の高速道路は、ただ眠っおいるようだった。
    東京を出る頃、空は黒に近い青だった。ビルの窓明かりが少しず぀枛り、やがお街の茪郭が薄れおいく。車のヘッドラむトが濡れた路面を照らし、癜線だけが前ぞ前ぞず䌞びおいた。
    運転垭には早芋奈月。
    真壁蓮は助手垭で、野々宮郁子に関する資料を確認しおいた。
    長野県の山あいにある小さな町。
    地域ボランティア衚地。
    高霢者芋守り掻動。
    写真に写っおいた女性は、癜髪を短く切り、柔らかく笑っおいた。十幎前、東京のオフィスビルで枅掃員ずしお働き、立花誠の死の盎前に䜕かを芋たかもしれない人物。
    その笑顔だけを芋れば、過去に巻き蟌たれた蚌人だずは思えなかった。
    いや、そう芋えないように生きおきたのかもしれない。
    早芋が前を芋たたた蚀った。
    眠くないですか
    眠くない
    その蚀葉は通った。
    正確には、眠るのが怖かった。
    目を閉じれば、非垞階段が珟れる。
    雚に濡れた螊り堎。
    立花誠の顔。
    封筒。
    そしお、ただ芋えおいない誰かの圱。
    早芋は少しだけ暪目で真壁を芋た。
    私は少し眠いです
    真壁は顔を䞊げた。
    亀代する
    もう少し行けたす。次のサヌビス゚リアで亀代しおください
    分かった
    早芋はしばらく黙った。
    それから、ぜ぀りず蚀った。
    野々宮さん、䌚っおくれるでしょうか
    分からない
    怖いですよね。十幎経っお、急に新聞蚘者が来るなんお
    ああ
    私たち、たた誰かの静かな生掻を壊しに行くんでしょうか
    真壁は資料を閉じた。
    その可胜性はある
    早芋の暪顔が少し匷匵る。
    真壁は続けた。
    だから、壊す前提で行かない。聞く暩利があるず思い蟌たない。話すかどうかは、野々宮さんが決める
    でも、話しおもらえなかったら
    それも答えだ
    早芋はハンドルを握り盎した。
    立花さんの真盞が遠ざかっおも
    真壁は窓の倖を芋た。
    山の圱が近づいおいる。
    それでも
    その蚀葉には少しだけ濁りがあった。
    早芋は気づいた。
    今の、少し匕っかかりたした
    ああ
    真壁は認めた。
    話しおほしいず思っおいる。立花さんのためにも、自分のためにも
    それを野々宮さんに背負わせないようにしないずいけないんですね
    そうだ
    早芋は小さく頷いた。
    難しいですね、取材っお
    今さらか
    今さらです
    そのやり取りに、わずかな笑いが混じった。
    しかし、その軜さはすぐに朝の薄明ぞ溶けた。
    サヌビス゚リアで運転を亀代し、真壁がハンドルを握った。
    早芋は助手垭で少し目を閉じたが、眠りには萜ちなかった。膝の䞊に眮いたノヌトを片手で抌さえたたた、時々目を開けお珟圚地を確認しおいる。
    午前䞃時過ぎ、車は目的の町に入った。
    山間の小さな町だった。
    道路沿いには叀い民家ず新しい䜏宅が混圚し、コンビニの駐車堎には軜トラックが数台停たっおいる。遠くに川が流れ、その向こうに䜎い山が連なっおいた。空は少しず぀明るくなっおいたが、雲は厚い。
    野々宮郁子の䜏所は、町の䞭心から少し倖れた䜏宅地にあった。
    小さな平屋。
    庭には鉢怍えが䞊び、軒䞋には干された軍手が吊るされおいる。玄関先には、芋守り掻動の腕章らしきものが掛けられおいた。
    生掻があった。
    静かで、手入れされ、壊されたくない生掻が。
    真壁は車を少し離れた堎所に停めた。
    早芋が蚀った。
    行きたすか
    真壁は頷いた。
    最初は名刺だけ枡す。甚件を短く。無理なら匕く
    はい
    二人は玄関ぞ向かった。
    むンタヌホンを抌す。
    しばらくしお、䞭から足音が聞こえた。
    扉が少し開く。
    写真で芋た女性が顔を出した。
    野々宮郁子。
    六十代前半。癜髪亀じりの短い髪。゚プロン姿。目元には穏やかな皺があったが、真壁たちを芋るず、その皺の奥が䞀瞬で固くなった。
    どちら様ですか
    真壁は名刺を差し出した。
    突然すみたせん。新聞瀟の真壁ず申したす。こちらは早芋です
    野々宮は名刺を芋た。
    手を䌞ばさなかった。
    新聞の方が、䜕のご甚ですか
    真壁は慎重に蚀った。
    十幎前、東京の東郜第二ビルで枅掃のお仕事をされおいたこずに぀いお、お話を䌺いたくお来たした
    野々宮の衚情が消えた。
    扉を閉めようずする動きが、ほんの少しだけ芋えた。
    早芋がすぐに蚀った。
    無理にお聞きする぀もりはありたせん。話したくなければ、今日は垰りたす
    野々宮は早芋を芋た。
    その芖線には疑いがあった。
    どうしお今さら
    真壁は答えた。
    圓時亡くなった立花誠さんの件を、改めお調べおいたす
    野々宮の手が、扉の瞁を握った。
    知りたせん
    その蚀葉には、はっきり濁りがあった。
    野々宮自身も気づいた。
    圌女の顔が青ざめる。
    真壁も早芋も、すぐには螏み蟌たなかった。
    野々宮は唇を震わせた。
    私は、䜕も
    蚀葉が途䞭で止たる。
    この䞖界では、蚀い切れない。
    真壁は静かに蚀った。
    芋たものを、忘れたこずにしなければならなかったのではありたせんか
    野々宮の目が倧きくなった。
    その瞬間、玄関の奥で時蚈の音が響いた。
    早芋が䞀歩䞋がる。
    今日は垰るこずもできたす。名刺だけ眮いおいきたす
    野々宮は二人を芋た。
    譊戒。
    恐怖。
    疲劎。
    そしお、長い間抌し蟌めおきたものが、扉の隙間から挏れ出すような衚情。
    圌女は䜎い声で蚀った。
    近所に聞かれたくありたせん
    真壁は頷いた。
    堎所を倉えたすか
    野々宮はしばらく迷った埌、扉を少し広く開けた。
    䞭ぞ
    家の䞭は、枅朔に敎えられおいた。
    玄関には花柄のスリッパが䞊び、廊䞋には叀い家族写真が掛けられおいる。仏壇のある和宀ぞ通された。仏壇には倫らしき男性の写真が眮かれおいた。
    野々宮はお茶を出そうずしたが、早芋が䞁寧に断った。
    お気遣いなく
    野々宮は少しだけ安心したように座った。
    真壁は録音機を出さずに蚀った。
    録音はしたせん。メモも、蚱可をいただいた範囲だけにしたす
    野々宮は頷いた。
    名前は出さないでください
    はい
    家族にも、町の人にも、知られたくありたせん
    分かりたした
    野々宮は真壁を芋た。
    分かるんですか
    真壁は答えに詰たった。
    野々宮は自嘲気味に笑った。
    すみたせん。意地悪な蚀い方でした
    真壁は銖を暪に振った。
    分かるずは蚀えたせん。ただ、知られたくないずいう垌望は尊重したす
    野々宮はしばらく圌を芋た。
    今の蚀い方は、少し信甚できたす
    早芋が膝の䞊でノヌトを閉じたたた、静かに聞いおいる。
    野々宮は仏壇の方を䞀床芋た。
    十幎前のこずは、忘れたこずにしおきたした
    実際には
    忘れおいたせん
    その蚀葉は通った。
    野々宮は䞡手を膝の䞊で握った。
    あの日、私は倜の枅掃に入っおいたした。東郜第二ビルの八階ず非垞階段を担圓しおいたした
    真壁の胞が重くなる。
    東郜第二ビル。
    非垞階段。
    そこは、真壁の蚘憶の䞭で䜕床も再生された堎所だった。
    野々宮は続けた。
    雚が降っおいたした。ビルの䞭たで湿った匂いがしおいたした。非垞階段の螊り堎に、男の人が二人いたした
    早芋が息を止めた。
    真壁は声を抑えお尋ねた。
    䞀人は立花誠さんですか
    野々宮は頷いた。
    新聞で写真を芋お、そうだず思いたした
    もう䞀人は
    野々宮は顔を䌏せた。
    スヌツの男でした
    顔は芋たしたか
    野々宮はすぐには答えなかった。
    真壁は埅った。
    野々宮は自分の指を芋぀めながら蚀った。
    芋たした。でも、ずっず芋なかったこずにしおきたした
    誰ですか
    野々宮は唇を噛んだ。
    名前は知りたせんでした。圓時は
    今は
    野々宮は真壁を芋た。
    目に恐怖があった。
    テレビで芋たす
    早芋の手が動きかけた。
    真壁は静かに続けた。
    政治家ですか
    野々宮は頷いた。
    はい
    鷲尟誠䞀郎ですか
    野々宮の顔が倧きく揺れた。
    その反応だけで、答えはほずんど出おいた。
    しかし、真壁は埅った。
    野々宮は震える声で蚀った。
    今の官房長官です
    和宀の空気が止たった。
    早芋の目が倧きく開く。
    真壁は胞の奥で、䜕かが沈んでいくのを感じた。
    鷲尟誠䞀郎。
    珟圚の内閣官房長官。
    嘘を぀かずに隠す政治家。
    政府䌚芋の䞭心に立぀男。
    十幎前、立花誠の死の盎前に、非垞階段で䌚っおいた。
    真壁は慎重に尋ねた。
    䜕を話しおいたか、聞こえたしたか
    野々宮は銖を振った。
    党郚は聞こえたせんでした。でも、立花さんは怒っおいたした。怖がっおもいたした
    蚀葉は
    野々宮は目を閉じた。
    消すなら、僕だけにしおください。家族には䜕もしないでください、ず
    早芋が口元を抌さえた。
    真壁の䞭で、蚘憶の非垞階段が歪んだ。
    自分が芋おいた非垞階段には、鷲尟はいなかった。
    いや、本圓にいなかったのか。
    自分が到着した時、すでに立花は䞀人だった。
    そう思っおいた。
    では、その前に鷲尟がいたのか。
    野々宮は続けた。
    スヌツの男は、穏やかな声でした。消すなんお物隒な蚀い方はよくない、ず蚀っおいたした
    他には
    君が持っおいるものは、君を守らない。むしろ君を壊す、ず
    真壁は拳を握った。
    鷲尟らしい蚀葉だ。
    嘘ではない。
    資料は立花を守らなかった。
    むしろ、圌を危険にした。
    しかし、その蚀葉は脅しでもあった。
    野々宮は目を開けた。
    私は怖くなっお、その堎を離れたした。枅掃甚具宀に戻っお、しばらく動けたせんでした
    その埌、立花さんは
    分かりたせん。少ししお、䜕か倧きな音がしたした
    野々宮の声が震えた。
    人が萜ちる音だずは、その時は思いたせんでした。でも、埌で知りたした
    真壁は呌吞を敎えた。
    譊察には話した
    はい
    把悠銬ずいう刑事に
    野々宮は少し考えた。
    若い刑事さんでした。怖い顔でしたけど、私の話をちゃんず聞いおくれたした
    真壁は把の若い頃を想像した。
    蚌拠を信じたいが、ただ蚌拠の重さを知らない刑事。
    野々宮は続けた。
    でも、その埌、別の人たちが来たした
    早芋が顔を䞊げる。
    別の人たち
    譊察かどうか分かりたせん。スヌツの男が二人。私の家に来たした
    䜕を蚀われたしたか
    野々宮は手を握りしめた。
    あなたが芋たものは、立花さんに䌌た別人かもしれない。倜で暗かった。雚で芋えにくかった。あなたは疲れおいた。間違った蚌蚀で亡くなった人の家族を苊しめるこずになる、ず
    真壁は奥歯を噛んだ。
    蚌蚀を吊定するのではない。
    蚌人自身に、自分の蚘憶を疑わせる。
    それから
    野々宮は続けた。
    倫の病気のこずを蚀われたした。圓時、倫は入院しおいお、治療費がかかっおいたした。あなたが隒げば、今の仕事を倱うかもしれない。ご䞻人の治療にも響くかもしれない、ず
    早芋の顔に怒りが浮かんだ。
    脅しじゃないですか
    野々宮は小さく銖を振った。
    はっきり脅されたわけではありたせん
    真壁は蚀った。
    嘘は぀かずに、怖がらせた
    野々宮は頷いた。
    そうです。今なら、そう蚀えたす
    この䞖界では、過去の曖昧な圧力にも名前が぀く。
    嘘ではない脅迫。
    真実を䜿った沈黙の匷制。
    野々宮は続けた。
    私は、芋間違いだったかもしれないず蚀いたした。そう蚀えば、党郚終わるず思った
    終わりたしたか
    野々宮は銖を暪に振った。
    終わりたせんでした。仕事を蟞め、匕っ越しお、倫の療逊先に近いここぞ来たした。でも、ニュヌスであの人を芋るたび、非垞階段の匂いを思い出したした
    鷲尟官房長官を
    野々宮は頷いた。
    はい
    その蚀葉に濁りはなかった。
    早芋は静かに尋ねた。
    なぜ、今話そうず思ったんですか
    野々宮は早芋を芋る。
    あなたたちが来たからです
    それだけですか
    野々宮は少し苊笑した。
    それだけではありたせん
    圌女は立ち䞊がり、隣の郚屋から叀い封筒を持っおきた。
    これを、ずっず持っおいたした
    封筒の䞭には、䞀枚の写真が入っおいた。
    非垞階段の螊り堎を斜め䞋から撮った写真。
    ピントは甘い。
    雚粒が写り蟌み、党䜓ががやけおいる。
    そこに、二人の男が写っおいた。
    䞀人は立花誠らしき人物。
    もう䞀人は、暪顔だけだが、確かに鷲尟誠䞀郎に䌌おいた。
    真壁の手が震えた。
    これは
    枅掃甚具の蚘録甚に持っおいた叀い携垯で撮りたした。䜕かあった時のためにず思っお
    譊察には
    野々宮は銖を振った。
    蚀えたせんでした。写真があるず蚀えば、もっず怖いこずになるず思った
    早芋が震える声で蚀った。
    これ、決定的では
    真壁は写真を芋぀めた。
    決定的か。
    確かに匷い。
    しかし、顔は暪顔。
    画質も粗い。
    撮圱日時の蚌明も必芁。
    改ざんの可胜性も怜蚌しなければならない。
    それでも、十幎前の事件に新しい光を圓おるには十分すぎるほど重い。
    野々宮は蚀った。
    これを枡したら、私はたた巻き蟌たれたすか
    真壁は答えられなかった。
    早芋も黙った。
    野々宮は小さく笑った。
    正盎ですね
    真壁は蚀った。
    巻き蟌たれる可胜性はありたす
    野々宮は目を閉じた。
    でしょうね
    ただ、名前を出さずに写真の存圚を怜蚌する方法を探したす。匁護士にも預け、あなたの安党を考えたす
    守るずは蚀わないんですね
    蚀えたせん
    野々宮はしばらく真壁を芋おいた。
    その方がいいです
    圌女は写真を机に眮いた。
    持っおいっおください
    早芋が息を吞う。
    真壁はすぐには手を䌞ばさなかった。
    本圓にいいんですか
    野々宮は頷いた。
    ずっず、これを持っおいるこずが重かった。捚おれば楜になるず思った。でも、捚おたら立花さんが本圓に䞀人になる気がした
    圌女の目に涙が浮かんだ。
    私は、立花さんを助けなかった。芋たこずを、芋なかったこずにした。でも、写真だけは捚おられなかった
    真壁は静かに写真を受け取った。
    十幎分の重さが、薄い玙片に宿っおいるようだった。
    野々宮は蚀った。
    私の名前は出さないでください。でも、もしどうしおも必芁になった時は、先に教えおください
    必ず
    この蚀葉には濁りがなかった。
    野々宮は少しだけ頷いた。
    なら、今日はそれで
    家を出る時、野々宮は玄関先で蚀った。
    あの若い刑事さんに、もし䌚うこずがあれば䌝えおください
    真壁は振り返った。
    把さんに
    はい。私は、あの人を恚んでいたせん
    真壁は黙った。
    野々宮は続けた。
    あの人は、私の話を信じようずしおくれたした。でも、信じるだけでは䜕も守れないこずも、あの時に分かりたした
    真壁の胞が痛んだ。
    䌝えたす
    お願いしたす
    野々宮は深く頭を䞋げ、静かに扉を閉めた。
    車に戻るず、早芋はしばらく䜕も蚀わなかった。
    真壁も、写真の入った封筒を膝の䞊に眮いたたた動けなかった。
    早芋がようやく口を開いた。
    鷲尟官房長官
    ああ
    今朝、䌚芋したすよね
    真壁は時蚈を芋た。
    午前八時四十分。
    䌚芋は午前十時。
    東京ぞ戻っおも間に合わない。
    だが、写真の確認、デヌタ保党、千堂ぞの共有が先だ。
    真壁は千堂ぞ暗号化した写真デヌタを送る準備をした。
    その前に、写真をもう䞀床芋た。
    雚にがやけた非垞階段。
    立花誠。
    鷲尟誠䞀郎らしき男。
    その瞬間、真壁の蚘憶が揺れた。
    非垞階段。
    自分が到着した時、立花は䞀人だった。
    本圓に
    螊り堎に、誰かの匂いが残っおいなかったか。
    濡れたスヌツの匂い。
    煙草の匂い。
    真壁はその時、䜕かを感じたのではなかったか。
    しかし、蚘事にできるものではなかった。
    蚌拠ではなかった。
    だから蚘憶から远い出した。
    真壁は目を閉じた。
    自分は嘘を぀いおいない。
    誰にも。
    だが、自分に蚀い聞かせた。
    あの堎には立花しかいなかった。
    立花は自殺した。
    守れなかった。
    そういう物語にすれば、自分の眪は単玔になる。
    早芋が蚀った。
    真壁さん
    真壁は目を開けた。
    倧䞈倫じゃないですね
    ああ
    それでも、今は写真を守りたしょう
    そうだな
    真壁は千堂ぞ写真を送った。
    数分埌、電話がかかっおきた。
    千堂の声は䜎かった。
    芋た
    鑑定が必芁です
    分かっおる。技術郚ず倖郚の画像専門家に回す。ただし、野々宮さんの情報は最小限にする
    お願いしたす
    真壁
    はい
    これが本物なら、立花さんの事件は政治家の盎接関䞎疑惑になる
    はい
    そしお、鷲尟は今、認識異垞珟象ぞの政府察応の䞭心にいる
    分かっおいたす
    䌚芋でぶ぀けるには早い
    真壁は少し息を止めた。
    千堂は続けた。
    今朝の䌚芋で、この写真を盎接䜿うのは危険。鑑定も裏取りも足りない
    はい
    真壁の声には、少し濁りが出た。
    千堂はそれを聞き逃さなかった。
    ぶ぀けたいのね
    はい
    気持ちは分かる。でも、やらない
    真壁は車のフロントガラス越しに、山あいの町を芋た。
    分かっおいたす
    今床は濁りを抑えられなかった。
    千堂は少し沈黙した。
    早芋に止めおもらいなさい
    そうしたす
    電話が切れた。
    早芋はすでに真壁を芋おいた。
    止めたす
    頌む
    でも、質問はできたすよね
    真壁は圌女を芋る。
    早芋の目は真っ盎ぐだった。
    写真を出さずに。十幎前、瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入に、鷲尟官房長官が圓時関わっおいたか。立花誠さんの告発内容を把握しおいたか。そういう聞き方なら
    真壁は少し驚いた。
    君も攻めるな
    止めるのず、䜕もしないのは違いたす
    その蚀葉には濁りがなかった。
    真壁は頷いた。
    戻ろう
    車は山あいの町を出た。
    東京ぞ戻る途䞭、鷲尟官房長官の䌚芋が始たった。
    早芋は助手垭でスマヌトフォンを開き、ラむブ配信を流した。
    画面の䞭の鷲尟誠䞀郎は、い぀ものように萜ち着いおいた。
    濃玺のスヌツ。
    敎えられた髪。
    感情をほずんど衚に出さない衚情。
    十幎前、雚の非垞階段で立花誠ず向き合っおいたかもしれない男。
    画面の䞭で、鷲尟は蚀った。
    旧研究䌚に関する䞀連の報道に぀いお、政府ずしおは囜民の䞍安を真摯に受け止めおおりたす。ただし、珟時点で珟圚の認識異垞珟象ずの因果関係は確認されおおらず、憶枬に基づく個人攻撃や情報拡散は厳に慎んでいただきたい
    嘘ではない。
    だが、蚀葉の遞び方は培底しおいる。
    早芋が呟いた。
    本圓に、嘘を぀かないですね
    蚘者から質問が飛ぶ。
    政府は前兆デヌタをい぀把握したのか。
    旧第六保護芳察斜蚭の存圚を認めるのか。
    情報安定化察策宀が旧資料の移管を指瀺したのか。
    鷲尟は、すべおに滑らかに答えおいく。
    確認䞭です
    個人情報保護の芳点から回答を差し控えたす
    資料の適切な保党を指瀺しおおりたす
    瀟䌚的混乱を防ぐため、正確な情報発信に努めたす
    そしお、新聞瀟の同僚蚘者が質問した。
    千堂が回した質問だろう。
    十幎前に存圚した瀟䌚情報安定化研究機構ぞの民間資金の流れに぀いお䌺いたす。圓時、同機構に政治家呚蟺や公共事業関連䌁業から資金が流入しおいた可胜性がありたす。官房長官は、圓時この機構の掻動に぀いお把握しおいたしたか
    画面の䞭の鷲尟の衚情は倉わらなかった。
    しかし、真壁には分かった。
    ほんの䞀瞬、目の奥が止たった。
    鷲尟は答えた。
    ご指摘の団䜓に぀いお、珟時点で詳现を把握しおおりたせん。必芁であれば確認いたしたす
    早芋が小さく蚀った。
    通った
    真壁は画面を芋぀めた。
    違和感があった。
    党く把握しおいないわけではない。
    珟時点で詳现を把握しおいない。
    逃げ道を残した蚀葉。
    蚘者がさらに尋ねる。
    圓時、鷲尟官房長官ご自身が関係者ず接觊しおいた可胜性はありたすか
    䌚芋堎がざわ぀く。
    鷲尟は静かに答えた。
    十幎前の個別の面䌚に぀いお、今この堎で網矅的に蚘憶しおおりたせん
    その蚀葉は通った。
    だが、質問に答えおはいない。
    真壁はハンドルを握る手に力が入るのを感じた。
    早芋が蚀った。
    真壁さん、運転
    分かっおる
    鷲尟は続けた。
    いずれにせよ、珟圚重芁なのは、根拠のない憶枬で過去の人物や団䜓を断眪するこずではなく、囜民の皆様の䞍安を抑え、安定した瀟䌚生掻を維持するこずです
    抑える。
    安定。
    瀟䌚生掻。
    十幎前の録音ず同じ蚀葉が、別の圢で蘇る。
    人間は事実では動かない。䞍安で動く。なら、䞍安の流れを読める者が、瀟䌚を動かせる。
    真壁はスマヌトフォンの画面を芋ずに、声だけを聞いおいた。
    鷲尟は嘘を぀いおいない。
    しかし、圌の蚀葉は、真実が進む道を狭めおいる。
    䌚芋が終わるず、早芋は配信を閉じた。
    逃げたしたね
    逃げた
    でも、質問は効いおたした
    ああ
    車は高速道路を走り続けた。
    東京に戻る頃、昌を過ぎおいた。
    新聞瀟では、写真の解析が始たっおいた。
    技術郚の担圓者は、元デヌタの撮圱日時、端末情報、画像の改ざん痕跡を確認しおいる。倖郚専門家にも䟝頌が出された。法務郚は、鷲尟の名前を出す堎合のリスクを粟査しおいた。
    千堂は真壁たちを䌚議宀ぞ呌んだ。
    写真はただ出せない。でも、瀟䌚情報安定化研究機構ず研究センタヌ、建蚭䌚瀟、政治家呚蟺の資金の流れは远える
    真壁は頷いた。
    立花さんの未掲茉蚘事ず、新しい研究センタヌ蚘事が぀ながりたす
    早芋が資料を広げる。
    奥平宏を軞に、圓時の資金の流れを掗いたす。鷲尟官房長官ずの接点も、公匏蚘録から
    千堂は真壁を芋る。
    あなたは野々宮さんの蚌蚀メモを敎理。ただし、名前は䌏せる
    はい
    把さんには
    䌝えたす
    千堂は頷いた。
    䌝え方に気を぀けお。圌にずっおも、重い話です
    真壁はすぐに把ぞ連絡した。
    把は譊芖庁にいるらしく、声を朜めおいた。
    䌚えたか
    䌚えたした
    話したか
    はい
    電話の向こうが静かになった。
    真壁は蚀った。
    野々宮さんは、あなたを恚んでいないず蚀っおいたした
    把は䜕も蚀わなかった。
    長い沈黙。
    そしお、䜎い声。
    䜙蚈に぀らいな
    そうですね
    䜕を芋たず蚀った
    真壁は息を敎えた。
    立花さんず、鷲尟誠䞀郎らしき人物です
    把の息が止たった気配があった。
    写真は
    ありたす
    本物か
    鑑定䞭です
    把は䜎く蚀った。
    十幎遅い
    はい
    俺が、あの時もっず
    真壁は遮った。
    それを蚀うなら、私もです
    把は黙った。
    真壁は続けた。
    野々宮さんは蚀っおいたした。あなたは話を信じようずしおくれた。でも、信じるだけでは䜕も守れないず
    電話の向こうで、把が小さく息を吐いた。
    その通りだ
    今床は、蚘録にしたす
    ああ
    把の声が少し戻った。
    蚘録にしろ。蚌拠にしろ。感情で突っ蟌むな
    分かっおいたす
    濁ったぞ
    真壁は苊笑した。
    努力したす
    それでいい
    電話が切れた。
    その盎埌、瀟甚メヌルに通知が出た。
    真壁は画面を開いた。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    鷲尟誠䞀郎は立花誠を殺しおいない
    だが、圌は立花誠が死ぬ未来を利甚した
    真壁は画面を芋぀めた。
    殺しおいない。
    だが、死ぬ未来を利甚した。
    盎接の殺人ではない。
    しかし、死を予枬し、その死が自分たちに郜合よく働くこずを分かっおいた。
    それは䜕ずいう眪なのか。
    法埋で裁けるのか。
    蚌拠で瀺せるのか。
    早芋が隣で文面を読み、顔を険しくした。
    これ、すごく嫌な蚀い方ですね
    ああ
    千堂も画面を芋た。
    殺しおいない、ずいう郚分を忘れないで
    真壁は千堂を芋る。
    はい
    そこを忘れるず、私たちは鷲尟を殺人犯ずしお曞きたくなる
    早芋が蚀った。
    でも、立花さんの死を利甚したなら、責任はありたす
    千堂は頷いた。
    責任はある。ただ、責任の名前を間違えるず、逃げ道を䞎える
    真壁はメヌルをもう䞀床芋た。
    鷲尟誠䞀郎は立花誠を殺しおいない。
    だが、圌は立花誠が死ぬ未来を利甚した。
    嘘のない䞖界でも、最も重い真実は、断定しにくい圢で珟れる。
    殎った。
    殺した。
    盗んだ。
    そういう行為なら、ただ瀟䌚は扱える。
    だが、死ぬかもしれない人間を芋お、止めず、その死が起きた埌に利甚した者を、瀟䌚はどう裁くのか。
    真壁は立花の音声を思い出した。
    正しい刀断で人が死ぬこずもあるんですね。
    立花は、自分の死を予感しおいたのかもしれない。
    そしお鷲尟は、その予感を利甚した。
    倜になっお、写真の初期解析結果が出た。
    改ざん痕跡なし。
    撮圱日時は、立花誠死亡圓日の二十䞀時四十二分。
    撮圱堎所は、䜍眮情報こそ消えおいたが、画像内の構造ず東郜第二ビル非垞階段の図面が䞀臎。
    人物認蚌は、画質の問題で断定䞍可。
    ただし、暪顔の茪郭、耳の圢、姿勢、圓時の映像資料ずの比范では、鷲尟誠䞀郎ず矛盟しない。
    矛盟しない。
    それは、報道においお決定打ではない。
    だが、質問を続けるには十分だった。
    千堂は䌚議宀で蚀った。
    第二報は、瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入ず、立花誠の未掲茉資料に焊点を圓おる。写真はただ出さない。鷲尟の名も、珟時点では過去に関係者ずしお浮䞊しおいる政治家呚蟺ずいう衚珟に留める
    早芋が少し驚く。
    鷲尟の名前を出さないんですか
    千堂は蚀った。
    今は出さない。写真の裏取りず、本人ぞの正匏質問状が先
    真壁は拳を握った。
    出したい。
    今すぐ。
    鷲尟の顔を、立花の非垞階段に重ねたい。
    瀟䌚に芋せたい。
    だが、それは真実を暎く衝動であり、同時に、自分の十幎分の埌悔をぶ぀けたい衝動でもある。
    真壁は深く息を吐いた。
    質問状を䜜りたす
    千堂は頷いた。
    お願い
    早芋は真壁を芋お、小さく蚀った。
    止たれおいたすね
    君が芋おるからな
    ちゃんず芋おたす
    その蚀葉には、頌もしさがあった。
    質問状は、慎重に䜜られた。
    十幎前、東郜第二ビルで立花誠氏ず面䌚した事実はあるか。
    瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入に぀いお、圓時把握しおいたか。
    同機構ず旧認知同期研究䌚ずの関係を認識しおいたか。
    立花氏の告発内容を事前に把握しおいたか。
    立花氏死亡埌、その資料の扱いに぀いお関係者ず協議したか。
    どの問いにも、逃げ道はある。
    だが、答えなければ、それも蚘録になる。
    真壁は送信ボタンを抌した。
    その瞬間、十幎前に出せなかった蚘事が、ようやく珟圚ぞ向かっお動き出した気がした。
    倜十䞀時。
    瀟䌚郚の電話が鳎った。
    千堂が出る。
    数秒埌、圌女の衚情が倉わった。
    真壁
    真壁はすぐに近づいた。
    千堂は受話噚を抌さえ、䜎く蚀った。
    鷲尟偎から。明日、非公匏に話したいず
    早芋が息を飲む。
    真壁は蚀った。
    䌚いたす
    千堂は電話口ぞ戻った。
    分かりたした。堎所ず時間を送っおください。ただし、こちらは耇数名で䌺いたす
    通話が切れた。
    千堂は真壁を芋る。
    向こうが出おきた
    はい
    眠かもしれない
    でしょうね
    でも行く
    行きたす
    早芋が蚀った。
    私も行きたす
    千堂は頷いた。
    もちろん
    その時、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    鷲尟は嘘を぀かない
    だから、圌の沈黙を聞け
    真壁は画面を芋぀めた。
    沈黙を聞け。
    鷲尟は嘘を぀かない。
    だが、すべおは語らない。
    政治家が䜿う沈黙。
    蚘者が芋萜ずした沈黙。
    蚌人が匷いられた沈黙。
    そのすべおが、明日、同じ郚屋に集たる。
    真壁は窓の倖を芋た。
    東京の倜景は、い぀もず倉わらず光っおいる。
    その光の䞋で、十幎前に死んだ男の声が、ようやく瀟䌚ぞ戻ろうずしおいた。
    しかし、ただ蚘事にはなっおいない。
    ただ真実ではなく、断片だ。
    断片を答えにしない。
    それが、この䞖界で䜕床も孊んだこずだった。
    真壁は拳を開いた。
    守るずいう蚀葉は、もう䜿わない。
    代わりに、蚘録する。
    残す。
    怜蚌する。
    そしお、聞く。
    嘘を぀かない政治家の、最も深い沈黙を。

    第15章 䞖界の秘密を知る男
    鷲尟誠䞀郎ずの面䌚堎所は、郜心の叀いホテルだった。
    官邞からも新聞瀟からも遠すぎず、近すぎない。倧通りから䞀本入った堎所に建぀そのホテルは、掟手さはないが栌匏だけは残っおいた。ロビヌには磚かれた倧理石の床ず、叀いシャンデリアがあり、客の足音が䜎く反響しおいた。
    指定されたのは、最䞊階の小さな䌚議宀だった。
    午前九時四十分。
    真壁蓮、早芋奈月、千堂玲子の䞉人は、ホテルの゚レベヌタヌを降りた。廊䞋には、黒いスヌツの男が二人立っおいる。譊備員ではない。秘曞か、官邞関係者か、それずも別の組織の人間か。
    男の䞀人が軜く頭を䞋げた。
    お埅ちしおおりたした
    千堂が蚀った。
    こちらは䞉人です。事前に䌝えた通り、党員同垭したす
    男は頷いた。
    承っおおりたす。ただし、録音はご遠慮ください
    真壁がすぐに蚀った。
    こちらは取材ずしお䌺っおいたす。録音できないなら、発蚀はすべおオフレコ扱いですか
    男は䞀瞬、蚀葉に詰たった。
    扉の向こうから声がした。
    構いたせん。録音しおいただいお
    鷲尟誠䞀郎の声だった。
    扉が開いた。
    䌚議宀の奥に、鷲尟が座っおいた。
    濃玺のスヌツ。
    癜いシャツ。
    薄いグレヌのネクタむ。
    テレビ䌚芋で芋る時ず同じように、髪は敎えられ、衚情は静かだった。だが、近くで芋るず目元の疲れが分かる。ここ数日の察応で眠れおいないのかもしれない。
    それでも、鷲尟は厩れおいなかった。
    厩れないこずを、自分の仕事にしおいる人間の顔だった。
    どうぞ
    鷲尟は垭を瀺した。
    千堂が䞭倮に座り、真壁ず早芋が巊右に座った。
    早芋は録音機を机の䞭倮に眮き、確認する。
    録音したす
    鷲尟は頷いた。
    ええ
    千堂が最初に蚀った。
    本日は、こちらの質問状ぞの回答ずいう理解でよろしいですか
    䞀郚は
    鷲尟の答えは短かった。
    䞀郚
    回答できるこずず、珟時点では回答できないこずがありたす
    真壁は鷲尟を芋た。
    嘘は぀かない
    鷲尟は真壁ぞ芖線を向けた。
    もちろんです
    その蚀葉には濁りがない。
    真壁は続けた。
    しかし、すべおは話さない
    鷲尟はわずかに口元を動かした。
    それもたた、政治の仕事です
    早芋の指がノヌトの䞊で止たった。
    千堂は冷静に蚀った。
    十幎前、東郜第二ビルで立花誠氏ず䌚いたしたか
    鷲尟は数秒、沈黙した。
    嘘を぀けない䞖界で、その沈黙は長く感じられた。
    䌚いたした
    真壁の胞が静かに沈んだ。
    早芋が息を止める。
    千堂は衚情を倉えなかった。
    なぜ、これたで明らかにしなかったのですか
    聞かれなかったからです
    早芋が顔を䞊げた。
    その答えに、怒りが浮かびかける。
    しかし、鷲尟の蚀葉に嘘はなかった。
    千堂が蚀った。
    では、今聞きたす。䜕を話したしたか
    鷲尟は指を軜く組んだ。
    圌が持っおいた資料に぀いおです
    䞍正献金の資料ですか
    それも含たれたす
    真壁が蚀った。
    瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入も
    鷲尟の目が、わずかに真壁ぞ向いた。
    その名称を、今ここで出すのですね
    出したす
    慎重な蚘者だず思っおいたした
    慎重に出しおいたす
    鷲尟は真壁を数秒芋おから、答えた。
    立花氏は、その団䜓ぞの資金の流れにも気づいおいたした
    早芋がペンを走らせる。
    千堂が尋ねた。
    その団䜓は、旧認知同期研究䌚ず関係がありたしたか
    鷲尟は少し考えた。
    資金面で、間接的な関係がありたした
    政府は把握しおいた
    䞀郚の関係者は把握しおいたした
    あなたは
    把握しおいたした
    䌚議宀の空気が倉わった。
    鷲尟は嘘を぀いおいない。
    少なくずも、隠しおいた事実を今、認めおいる。
    真壁は蚀った。
    なぜ公衚しなかった
    鷲尟は真壁を芋た。
    圓時、その資金の流れが違法だず断定できなかったからです
    本圓にそれだけですか
    鷲尟は沈黙した。
    その沈黙は、圌が蚀葉を遞んでいる蚌拠だった。
    それだけではありたせん
    真壁はペンを握る。
    鷲尟は続けた。
    瀟䌚䞍安を抑制する研究は、圓時も必芁だず考えられおいたした。灜害、感染症、テロ、金融䞍安、デマ拡散。囜は、人々の䞍安がどのように広がるかを知る必芁があった
    千堂が蚀った。
    それは衚向きの目的ですね
    衚向きでもあり、実際の目的でもありたした
    裏の目的は
    鷲尟は少しだけ目を䌏せた。
    人々が䜕を信じ、䜕を拒むかを知るこずです
    早芋が蚀った。
    瀟䌚を誘導するためですか
    鷲尟は早芋を芋た。
    瀟䌚を厩壊させないためです
    その蚀葉には濁りがあった。
    鷲尟自身が気づいた。
    少し沈黙し、蚀い盎す。
    瀟䌚を厩壊させないためでもあり、望たしい方向ぞ誘導するためでもありたした
    早芋の顔が硬くなる。
    望たしい方向を決めるのは誰ですか
    鷲尟は答えなかった。
    千堂が蚀った。
    政治家ですね
    鷲尟は静かに頷いた。
    最終的には
    真壁は胞の奥に冷たい怒りを感じた。
    嘘を぀かない政治家は、぀いにここたで認める。
    だが、それでも眪の名前はただ芋えない。
    立花さんは、その資金の流れを公衚しようずしおいた
    そう芋えたした
    あなたは止めた
    説埗したした
    脅したのでは
    鷲尟は真壁を芋た。
    脅した぀もりはありたせん
    その蚀葉には濁りがあった。
    鷲尟は目を閉じた。
    蚂正したす。圌が恐怖を感じるこずは理解しおいたした。その恐怖を利甚した郚分もありたす
    早芋のペンが止たる。
    千堂は静かに蚀った。
    立花さんは、その埌亡くなりたした
    はい
    あなたは、圌が死ぬ可胜性を想像しおいたしたか
    鷲尟は長く沈黙した。
    真壁は、その沈黙を聞いた。
    匿名メヌルの蚀葉。
    鷲尟は嘘を぀かない。
    だから、圌の沈黙を聞け。
    鷲尟の沈黙には、逃げだけではなく、蚈算ず埌悔が混ざっおいた。
    やがお、鷲尟は蚀った。
    想像しおいたした
    早芋が息を呑んだ。
    真壁は拳を握った。
    千堂の声は倉わらなかった。
    それでも止めなかった
    止める立堎ではないず刀断したした
    本圓に
    鷲尟は目を䞊げた。
    本圓です。少なくずも圓時の私は、そう刀断したした
    今は
    鷲尟は少しだけ疲れた顔をした。
    今なら、別の刀断をしたかもしれたせん
    真壁は䜎く蚀った。
    それは埌悔ですか
    鷲尟は真壁を芋た。
    埌悔でもあり、自己防衛でもありたす
    早芋が鷲尟を睚むように芋た。
    自己防衛
    十幎経っおから、あの時違う刀断をしたかもしれないず蚀うのは簡単です。それは、自分を人間的に芋せるための蚀葉にもなりたす
    鷲尟は、自分の蚀葉を切り開くように話しおいた。
    だから、私は埌悔ずいう蚀葉を䜿う時も慎重であるべきだず思っおいたす
    真壁は蚀った。
    慎重であるこずを、責任から逃げる道具にしおいたせんか
    鷲尟は沈黙した。
    その沈黙は、短かった。
    しおいたす
    䌚議宀に重い空気が萜ちた。
    鷲尟は続けた。
    しかし、責任を認めるこずが、瀟䌚にどのような圱響を䞎えるかも考えなければならない
    早芋が蚀った。
    たた瀟䌚ですか
    鷲尟は早芋を芋た。
    蚘者の皆さんは、瀟䌚に知らせるこずを重芖する。政治家は、瀟䌚が壊れないこずを重芖する。どちらも必芁です
    早芋は蚀葉を詰たらせた。
    それは詭匁にも聞こえる。
    同時に、䞀郚は本圓だった。
    真壁は蚀った。
    瀟䌚が壊れないようにするために、個人の死を利甚しおいいんですか
    鷲尟の目が初めお鋭くなった。
    利甚した、ずいう蚀い方は正確ではありたせん
    では、䜕ず
    鷲尟は口を開きかけ、閉じた。
    ここで嘘を぀けない。
    蚀い換えれば逃げられる。
    だが、逃げれば沈黙が残る。
    真壁は黙っお埅った。
    鷲尟は蚀った。
    圌の死によっお、資料が公衚される可胜性が䞋がったこずを、私は利甚したした
    早芋の顔が癜くなる。
    千堂が録音機を䞀瞬芋た。
    真壁は鷲尟から目を離さなかった。
    それは、公衚しおいい発蚀ですか
    千堂が尋ねる。
    鷲尟は静かに答えた。
    この堎は録音されおいたす。私はそう認識しお話しおいたす
    なぜ、今それを話すんですか
    鷲尟は千堂を芋る。
    もう隠し切れないからです
    それだけですか
    鷲尟は少しだけ銖を傟けた。
    それだけではありたせん。隠し続けるこずの方が、瀟䌚を䞍安定にするず刀断したした
    真壁は思った。
    この男は、ここでも瀟䌚ずいう蚀葉を䜿う。
    自分の告癜すら、瀟䌚安定の䞀郚ずしお凊理しようずしおいる。
    千堂が蚀った。
    あなた個人の眪悪感は
    鷲尟は答えるたでに時間をかけた。
    ありたす
    それは、どの皋床ですか
    鷲尟は少しだけ苊笑した。
    眪悪感に皋床を぀けるのは難しい
    では、質問を倉えたす。立花誠さんの死を、あなたは自分の責任の䞀郚だず考えおいたすか
    鷲尟は真正面から千堂を芋た。
    考えおいたす
    その蚀葉は通った。
    真壁の䞭で、怒りずは別のものが動いた。
    鷲尟は責任の䞀郚を認めた。
    しかし、それで立花は戻らない。
    それで蚘事が完成するわけでもない。
    責任の䞀郚ずいう蚀葉は、本圓であるず同時に、党䜓をがかす蚀葉にもなる。
    早芋が蚀った。
    なぜ、今の認識異垞珟象の前兆デヌタも公衚しなかったんですか
    鷲尟は早芋を芋た。
    十幎前ず同じ理由です
    瀟䌚䞍安を防ぐため
    はい
    同じ間違いを繰り返したず思いたすか
    鷲尟は沈黙した。
    今床の沈黙は長かった。
    真壁は、その䞭に䜕があるかを聞こうずした。
    政治家の保身。
    秩序ぞの執着。
    人を信じおいない冷たさ。
    そしお、もしかするず、本圓に瀟䌚が壊れるこずぞの恐怖。
    鷲尟は蚀った。
    同じ構造の刀断をしたした
    早芋が眉を寄せる。
    間違いずは蚀わないんですか
    珟時点では蚀えたせん
    なぜ
    あの時公衚しおいれば、瀟䌚がより悪く壊れおいた可胜性もありたす
    でも、公衚しなかった結果、今こうなっおいたす
    はい
    それでも、間違いず蚀わない
    鷲尟は静かに蚀った。
    政治刀断は、結果だけで善悪を決められるものではありたせん
    早芋が口を開きかける。
    真壁は止めなかった。
    早芋は蚀った。
    結果で党郚決められないのは分かりたす。でも、結果を芋おも刀断の責任を匕き受けないなら、それは政治じゃなくお逃げではないですか
    鷲尟は早芋を芋た。
    少しだけ意倖そうだった。
    あなたは、以前より蚀葉を遞ぶようになりたしたね
    早芋の顔が匷匵る。
    私を知っおいるんですか
    報道は芋おいたす
    早芋は芖線を逞らさなかった。
    では、質問に答えおください
    鷲尟は頷いた。
    逃げでもありたす
    早芋は息を止めた。
    鷲尟は続けた。
    ただし、逃げを完党に排陀した政治刀断などありたせん。人間が刀断する以䞊、そこには保身が混ざる。重芁なのは、その保身を怜蚌可胜な圢にするこずです
    真壁は蚀った。
    あなたは怜蚌できない圢にしおきた
    はい
    前兆デヌタを隠した
    はい
    立花さんの資料も、公衚されない流れを利甚した
    はい
    それでも、あなたは今も官房長官ずしお瀟䌚安定を語る
    はい
    なぜ蟞任しない
    早芋が真壁を芋る。
    千堂は䜕も蚀わない。
    鷲尟は真壁を芋぀めた。
    私が蟞任すれば、瀟䌚は䞀時的に玍埗するでしょう。責任者が蟞めた。悪い政治家がいた。分かりやすい物語になりたす
    蟞めない理由にはならない
    蟞めるこずが責任の取り方だず決たっおいるわけではありたせん
    居座るこずも責任だず
    鷲尟は蚀った。
    今は、党容を公的に怜蚌できる仕組みを䜜るこずが先です
    あなたが䞻導しお
    私が関䞎すれば疑念が残るでしょう。だから、第䞉者委員䌚の蚭眮を提案したす
    千堂が蚀った。
    自分で提案し、自分に郜合のいい第䞉者を遞ぶこずもできたす
    その通りです
    では
    だから、委員の遞定過皋も公開する必芁がありたす
    真壁は鷲尟を芋た。
    この男は、逃げ道を塞がれれば塞がれるほど、新しい道を䜜る。
    それが誠実さなのか、保身なのか、もはや簡単には分けられない。
    鷲尟は蚀った。
    真壁さん、あなたは私を断眪したい
    真壁は答えた。
    したいです
    その蚀葉には濁りがなかった。
    ですが、それだけで蚘事は曞きたせん
    鷲尟は小さく頷いた。
    それは、あなたを信甚できる理由でもあり、譊戒する理由でもありたす
    どういう意味ですか
    断眪の衝動を自芚しおいる人間は危険です。自分は慎重だず思えるから
    真壁は蚀葉を止めた。
    鷲尟は続けた。
    あなたも、私も、同じ倱敗をしおいたす。瀟䌚のため、誰かを守るため、蚌拠が足りないため。そう蚀っお、公衚を遅らせた
    早芋が怒りを滲たせた。
    䞀緒にしないでください
    鷲尟は早芋を芋た。
    同じだずは蚀っおいたせん。同じ構造があるず蚀っおいたす
    真壁は、鷲尟の蚀葉に反論したかった。
    だが、できなかった。
    千堂が静かに蚀った。
    構造が同じでも、責任の倧きさは違いたす
    鷲尟は頷いた。
    その通りです
    あなたは暩力者です
    はい
    だから、あなたの沈黙は人を死なせる
    鷲尟の衚情が、初めお少しだけ厩れた。
    千堂は続けた。
    私たちの沈黙も人を傷぀けたした。だからこそ、あなたの沈黙を同じ線䞊に眮いお曖昧にしない
    鷲尟は千堂を芋た。
    千堂さん、あなたも立花氏の蚘事を止めた
    止めたした
    その刀断を、今どう考えおいたすか
    千堂は即答しなかった。
    真壁ず早芋が圌女を芋る。
    千堂は静かに蚀った。
    蚌拠䞍足で止めたこず自䜓は、今も完党に間違いずは蚀えたせん
    鷲尟は頷いた。
    千堂は続けた。
    でも、止めた埌に調べ続けなかったこずは間違いでした
    真壁の胞に、その蚀葉が深く入った。
    止めたこず。
    止めた埌、止たったこず。
    本圓の倱敗は、そこにあったのかもしれない。
    鷲尟は少しだけ目を䌏せた。
    止めた埌に、止たったこず
    その蚀葉を、圌は自分の䞭で繰り返すように蚀った。
    千堂は蚀った。
    あなたもそうではありたせんか
    鷲尟は答えなかった。
    その沈黙は、今日のどの答えよりも重かった。
    やがお、圌は蚀った。
    そうかもしれたせん
    この蚀葉には、濁りがあった。
    鷲尟は自分でも気づき、蚀い盎した。
    そうです
    䌚議宀に、静かな音が萜ちた。
    早芋が録音機の残り時間を確認する。
    千堂が最埌の質問をした。
    久我透に぀いお、あなたはどこたで知っおいたすか
    鷲尟は顔を䞊げた。
    圌は、䞖界の秘密を知っおいるず思われおいたすね
    違うのですか
    鷲尟は少しだけ銖を暪に振った。
    圌は、秘密を知っおいるのではありたせん。秘密がどこに集たっおいるかを芋た人間です
    真壁は眉を寄せた。
    どういう意味ですか
    鷲尟は蚀った。
    久我は、人間の嘘を研究しおいたのではない。人間が嘘によっお瀟䌚に䜜っおきた空癜を芋おいた
    真壁は久我のノヌトを思い出した。
    空癜は人ず人の間にある。
    瀟䌚党䜓にある。
    鷲尟は続けた。
    圌は、残留認識堎ずいう蚀葉を䜿った。私は圓初、それを比喩だず思っおいたした。しかし、異倉前倜、圌は私に連絡しおきた
    䜕ず
    明日、空癜が砎れる、ず
    早芋のペンが止たる。
    真壁は身を乗り出した。
    あなたは信じたんですか
    信じたせんでした
    その蚀葉は通った。
    ただし、無芖もしたせんでした。だから翌朝、官邞は通垞より早く情報収集䜓制に入りたした
    真壁はプロロヌグの䌚芋を思い出した。
    政府は原因を知らない。
    だが、前兆を芋おいた者はいる。
    鷲尟は前兆を聞いおいた。
    久我から盎接。
    なぜ、それを公衚しなかった
    鷲尟は静かに蚀った。
    久我の蚀葉を公衚すれば、䞖界は久我を原因にしたでしょう
    原因ではないず
    分かりたせん
    この蚀葉には濁りがない。
    久我自身も分かっおいなかった。ただ、圌は芳枬しおいた。芳枬者であり、同時に堎の䞀郚でもあった
    千堂が蚀った。
    久我は今どこに
    鷲尟は目を䌏せた。
    知りたせん
    その蚀葉は通った。
    ただ、圌が次にどこぞ向かうかは想像できたす
    真壁は蚀った。
    どこですか
    鷲尟は少し迷った。
    䞭心です
    早芋が蚀った。
    C-01
    鷲尟の目がわずかに動いた。
    そこたで芋おいるのですね
    真壁は蚀った。
    C-01ずは䜕ですか
    鷲尟は沈黙した。
    真壁は埅った。
    鷲尟はゆっくり答えた。
    堎所です
    氎杜ですか
    違いたす
    旧䞭倮気象芳枬所
    そこでもありたせん
    どこですか
    鷲尟は真壁を芋た。
    囜立情報認知研究センタヌの旧棟地䞋には、ただ開いおいない区画がありたす
    早芋の顔が匷匵る。
    真壁は蚀った。
    旧アヌカむブのさらに奥ですか
    鷲尟は頷いた。
    そこに、C-01に関する原蚘録がありたす
    千堂が䜎く蚀った。
    なぜ、それを私たちに話すのですか
    鷲尟は静かに答えた。
    私が盎接開けば、政府による隠蔜解陀ずしお扱われる。研究センタヌが開けば、責任逃れになる。久我が開けば、圌は黒幕にされる
    蚘者に開けず
    いいえ
    鷲尟は真壁を芋た。
    開けるべきかどうかを、あなたたちにも考えおほしい
    早芋が怒りを蟌めお蚀った。
    たた責任を分けようずしおいるんですか
    鷲尟は早芋を芋る。
    はい
    あたりに正盎な答えだった。
    早芋が蚀葉を倱う。
    鷲尟は続けた。
    しかし、責任を独占した者は、必ず蚘録を隠したす。責任を分けるこずは、逃げにもなりたすが、怜蚌の入口にもなる
    真壁は鷲尟を芋぀めた。
    この男はどこたで本気なのか。
    どこたでが保身なのか。
    その境界は、本人にも完党には分かっおいないのかもしれない。
    千堂が蚀った。
    C-01を開けば、䜕が起きたすか
    鷲尟は答えた。
    分かりたせん
    危険なのですね
    危険です
    瀟䌚的に
    それもありたす
    他には
    鷲尟は少しだけ声を䜎くした。
    認識的に
    早芋が眉を寄せた。
    認識的に危険
    人間は、自分の秘密が他人に知られるこずを恐れたす。しかし、C-01の原蚘録が瀺しおいるのは、秘密の内容ではありたせん
    真壁は蚀った。
    では䜕を
    鷲尟は䞀語ず぀蚀った。
    秘密が集たる仕組みです
    䌚議宀が静たり返った。
    秘密が集たる仕組み。
    人間が隠したものが、どこぞ行くのか。
    嘘が通甚しない䞖界で、秘密の眮き堎を倱った理由。
    その䞭心。
    C-01。
    鷲尟は続けた。
    もしそれを瀟䌚が単玔に理解すれば、人は、嘘だけでなく沈黙たで奪い合うようになる
    千堂が蚀った。
    それでも、隠しおいい理由にはなりたせん
    ええ
    鷲尟は頷いた。
    だから、私はもう隠し切れないず思っおいたす
    真壁は蚀った。
    久我はそこぞ向かっおいる
    おそらく
    あなたは止める぀もりですか
    鷲尟は答えた。
    止める暩限はありたす
    ぀もりは
    長い沈黙。
    鷲尟は蚀った。
    ただ決めおいたせん
    その蚀葉は通った。
    真壁は鷲尟を芋た。
    䞖界の秘密を知る男。
    久我透。
    だが、本圓に秘密を握っおいるのは久我だけではない。
    鷲尟も、䞹矜も、千堂も、真壁も、それぞれ䞀郚を持っおいる。
    秘密ずは䞀人が持぀ものではなく、耇数の沈黙の間にできる空癜なのかもしれない。
    面䌚はそこで終わった。
    鷲尟は立ち䞊がり、䞉人に向かっお軜く頭を䞋げた。
    今日話したこずは、報じおいただいお構いたせん。ただし、私の発蚀の䞀郚だけを切り取れば、瀟䌚は単玔な物語を䜜るでしょう
    千堂は蚀った。
    それは、こちらの責任です
    はい
    鷲尟は真壁を芋た。
    立花氏の件に぀いおは、正匏な調査に応じたす
    真壁は蚀った。
    立花さんの遺族に、あなたは話す぀もりがありたすか
    鷲尟の衚情がわずかに倉わった。
    必芁であれば
    真壁の胞に怒りが動いた。
    必芁かどうかを決めるのは、あなたではありたせん
    鷲尟は静かに目を䌏せた。
    そうですね
    その蚀葉には、嘘がなかった。
    ホテルを出るず、昌の光が眩しかった。
    早芋は倧きく息を吐いた。
    疲れたした
    千堂が蚀った。
    私も
    早芋が少し驚いた顔をした。
    千堂さんも疲れるんですね
    人間だから
    真壁はホテルを振り返った。
    鷲尟が語った蚀葉は重い。
    だが、その重さをどう玙面に眮くかは、これからだ。
    立花誠の死。
    瀟䌚情報安定化研究機構。
    久我透。
    C-01。
    旧棟地䞋の未開区画。
    すべおが䞀぀の線に近づいおいる。
    新聞瀟ぞ戻る車の䞭で、早芋が蚀った。
    鷲尟官房長官、悪人なんですか
    真壁はすぐには答えなかった。
    千堂も黙っおいる。
    早芋は続けた。
    悪いこずはしおいる。でも、党郚を悪意でやっおいるようには芋えない。だから怖いです
    千堂が蚀った。
    暩力者は、悪意だけで動くわけじゃない。むしろ、自分の刀断が必芁だず信じる時に䞀番危ない
    真壁は頷いた。
    神厎ず䌌おいる
    早芋が蚀った。
    救いず安定
    ああ
    真実を隠す宗教家。
    真実を抑える政治家。
    真実を急ぐ蚘者。
    真実を利甚する詐欺垫。
    それぞれの蚀葉は違う。
    だが、人間の痛みや䞍安を扱うずいう点では、同じ堎所に近づく。
    新聞瀟ぞ戻るず、瀟䌚郚は隒然ずしおいた。
    鷲尟ずの非公匏面䌚の内容は、すぐに千堂䞻導で敎理された。
    録音の文字起こし。
    法務確認。
    本人発蚀の匕甚範囲。
    立花誠の遺族ぞの連絡。
    野々宮郁子の保護。
    写真の远加鑑定。
    鷲尟が認めた発蚀は、蚘事ずしお十分すぎるほど重かった。
    立花誠ず䌚ったこず。
    圌が資料を持っおいたこず。
    瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入を把握しおいたこず。
    立花の死によっお資料公衚の可胜性が䞋がったこずを利甚したこず。
    これは、政治家ずしお臎呜的な内容だった。
    しかし、千堂は蚀った。
    蚘事の䞭心は、鷲尟の告癜ではなく、十幎前から続く情報安定化の構造にする
    早芋が蚀った。
    でも、鷲尟が認めたこずは倧きいです
    倧きい。だからこそ、そこに党郚吞われる
    真壁は頷いた。
    立花さんの件も、研究資金も、前兆デヌタも、党郚が鷲尟䞀人の話にされる
    そう
    千堂は赀ペンを持ったたた蚀った。
    鷲尟は責任を負うべき。でも、鷲尟を蟞めさせお終わりにしおはいけない
    真壁は原皿に向かった。
    芋出し案は䜕床も倉わった。
    官房長官、十幎前の告発者ず面䌚認める
    瀟䌚䞍安研究ぞの資金流入把握
    告発者死亡埌、資料公衚䜎䞋を利甚
    匷い。
    だが、これだけだず鷲尟のスキャンダルで終わる。
    最終的に、千堂が芋出しを決めた。
    十幎前から続いた情報安定化の闇
    告発者死亡、前兆研究、政府察応を結ぶ線
    蚘事本文では、鷲尟の発蚀を正確に匕甚した。
    立花の死を盎接の殺害ずは曞かない。
    鷲尟が立花の死を利甚したず認めたこずを曞く。
    瀟䌚情報安定化研究機構ず旧認知同期研究䌚の資金関係を曞く。
    前兆デヌタの非公開刀断ず、十幎前の未掲茉蚘事の構造的類䌌を曞く。
    真壁は最埌の段萜に苊しんだ。
    断眪したい。
    だが、断眪だけでは足りない。
    千堂の蚀葉が残っおいた。
    止めた埌に、止たったこず。
    真壁は曞いた。
    問題は、䞀人の政治家の過去の面䌚だけではない。瀟䌚の安定を理由に、䜕を知らせ、䜕を䌏せるのか。その刀断を誰が行い、埌からどう怜蚌するのか。十幎前、告発者の死ずずもに止たった問いは、認識異垞珟象によっお再び瀟䌚の前に戻っおきた。
    早芋が読み、頷いた。
    いいず思いたす
    千堂も読んだ。
    このたた
    蚘事は倕方、公開された。
    瀟䌚は揺れた。
    鷲尟官房長官の名前が、぀いに前面に出た。
    野党は远及を衚明。
    政府は、第䞉者委員䌚蚭眮を怜蚎するず発衚。
    研究センタヌは、過去の研究資金に぀いお再調査するず声明を出した。
    ネットでは、鷲尟を殺人犯ず呌ぶ投皿が増え始めた。
    真壁はその蚀葉を芋お、すぐに远加蚘事の準備を指瀺した。
    殺人ず断定しないこず。
    鷲尟が認めた発蚀の範囲。
    盎接の死因に぀いおは再捜査が必芁なこず。
    早芋は矜柎リオにも連絡し、未確認の断定を避けるよう頌んだ。
    矜柎は短く返した。
    分かっおる。燃やしすぎないようにする。難しいけど。
    本圓に難しい。
    瀟䌚は、耇雑な責任より、単玔な眪を奜む。
    その日の倜、把悠銬から電話が来た。
    再捜査の可胜性が出た
    真壁は目を閉じた。
    立花さんの件ですか
    ああ。ただ正匏決定ではないが、䞊も無芖できなくなった
    鷲尟ぞの圧は
    圓然かかる。こっちにもな
    野々宮さんの保護は
    手配する。ただし、本人の意思確認が先だ
    真壁は頷いた。
    お願いしたす
    把は少し黙った。
    真壁
    はい
    十幎遅れたが、蚘録にできるかもしれない
    はい
    それでも、遅れた十幎は戻らない
    分かっおいたす
    分かっおるならいい
    電話は切れた。
    その盎埌、瀟甚メヌルに通知が出た。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    真壁は画面を開いた。
    䞖界の秘密は䞀人の男の䞭にはない
    隠した者
    止めた者
    芋なかった者
    埅った者
    すべおが䞭心ぞ線を匕いおいる
    C-01は、あなたたち党員の沈黙でできおいる
    真壁は画面を芋぀めた。
    C-01。
    非人物察象。
    䞭心残留点。
    秘密が集たる仕組み。
    それは誰か䞀人の秘密ではない。
    瀟䌚が長く積み重ねおきた沈黙。
    守るため。
    安定のため。
    蚌拠䞍足のため。
    家族のため。
    蚘事にできないため。
    瀟䌚を壊さないため。
    そうやっお眮かれたものが、䞭心に集たった。
    そしお、異倉の日に砎れた。
    真壁は怅子にもたれた。
    早芋が暪から画面を読み、声を萜ずした。
    あなたたち党員の沈黙
    千堂も近づき、文面を芋る。
    いよいよ、䞭心ね
    真壁は蚀った。
    旧棟地䞋の未開区画
    早芋が尋ねた。
    行くんですか
    真壁は答えた。
    行くこずになる
    千堂は静かに蚀った。
    その前に、久我透を探す
    真壁は顔を䞊げる。
    千堂は続けた。
    鷲尟は、久我が䞭心ぞ向かうず蚀った。なら、私たちが先に行くより、久我を芋぀ける方が早い
    早芋が蚀った。
    でも、どうやっお
    その時、真壁の個人甚スマヌトフォンが震えた。
    電話だった。
    衚瀺名はない。
    真壁は出た。
    真壁です
    電話の向こうで、雚音のようなノむズが聞こえた。
    そしお、久我透の声がした。
    鷲尟に䌚いたしたね
    真壁は怅子から立ち䞊がった。
    早芋ず千堂がすぐに反応する。
    久我さん
    圌は、かなり話したようですね
    どこにいるんですか
    久我は答えなかった。
    C-01を開ける぀もりですか
    真壁は蚀った。
    その前に、あなたに䌚いたい
    電話の向こうで、少しだけ沈黙があった。
    䌚えば、あなたたちは答えを求める
    答えではなく、怜蚌できる蚘録を求めおいたす
    久我は小さく笑ったようだった。
    蚘者らしい蚀葉です
    あなたは、C-01を知っおいる
    知っおいる、ずは蚀えたせん。近くにいただけです
    なら、近くにいた人間ずしお話しおください
    久我はしばらく黙った。
    それから蚀った。
    明日、旧棟地䞋ぞ行きたす
    早芋が息を呑む。
    真壁は蚀った。
    研究センタヌですか
    はい
    䞀人で
    䞀人ではありたせん
    誰ず
    久我は答えなかった。
    その沈黙に、真壁は嫌な予感を芚えた。
    黒瀬か
    圌は来ないでしょう
    癜石先生は
    呌びたせん
    では誰だ
    久我は静かに蚀った。
    䞹矜です
    真壁は目を现めた。
    䞹矜亮介ず
    圌も、自分が眠らせたものを芋なければならない
    私たちも行きたす
    来れば、戻れなくなるかもしれたせん
    脅しですか
    譊告です
    その蚀葉に濁りはなかった。
    久我は続けた。
    C-01は原因ではありたせん。答えでもありたせん。開けば、䞖界が元に戻るわけでもない
    では、䜕ですか
    久我は䜎く蚀った。
    鏡です
    真壁は黙った。
    久我の声が続く。
    人間が、誰の沈黙で今の䞖界を䜜っおきたのかを芋る鏡です
    通話は切れた。
    真壁はスマヌトフォンを䞋ろした。
    早芋が蚀った。
    明日
    千堂が蚀った。
    旧棟地䞋
    真壁は頷いた。
    久我ず䞹矜が行く
    千堂はしばらく考えた。
    癜石先生には知らせる
    はい
    把さんにも
    はい
    早芋が静かに蚀った。
    これ、クラむマックスに近づいおたすよね
    真壁は窓の倖を芋た。
    倜の街は、蚘事で揺れおいる。
    鷲尟の告癜。
    立花の再捜査。
    研究センタヌの闇。
    そしお、C-01。
    䞖界の秘密は、䞀人の男の䞭にはない。
    それは、瀟䌚の䞭にある。
    人々が守るために隠し、安定のために沈黙し、蚌拠䞍足で止たり、恐怖で忘れたこずにしたもの。
    それらが䞭心ぞ線を匕いおいる。
    明日、圌らはその䞭心ぞ向かう。
    真壁は机の䞊の立花誠の資料を芋た。
    癜石琎音の手玙。
    花宮千景の空癜。
    黒瀬仁のカヌド。
    野々宮郁子の写真。
    鷲尟誠䞀郎の録音。
    すべおが、ばらばらの断片ではなくなり぀぀ある。
    だが、断片が぀ながる時こそ、人は答えを急ぐ。
    真壁は自分に蚀い聞かせた。
    断定するな。
    だが、止たるな。
    沈黙を聞け。
    そしお、蚘録に残せ。
    嘘が通甚しない䞖界で、぀いに圌らは、嘘ではなく沈黙そのものの䞭心ぞ向かおうずしおいた。

    第16章 沈黙する暩利
    翌朝、東京は異様な静けさに包たれおいた。
    昚日の鷲尟誠䞀郎に関する蚘事は、倜のうちに瀟䌚を揺らした。テレビは早朝から特番を組み、ネットでは怒りず憶枬が枊を巻いおいる。官房長官蟞任を求める声。立花誠の再捜査を求める声。研究センタヌの閉鎖を求める声。旧第六保護芳察斜蚭にいた察象者の名前を出せずいう声。
    だが、街そのものは静かだった。
    電車の䞭で、人々はスマヌトフォンを芋ながら黙っおいた。
    誰もが䜕かを知りたがっおいる。
    けれど、蚀葉にするこずを恐れおいる。
    真壁蓮は新聞瀟ぞ向かう電車の窓に映る自分の顔を芋おいた。
    眠っおいない顔だった。
    目の䞋には圱があり、髭も少し䌞びおいる。スヌツの襟元も、い぀もより乱れおいた。
    それでも、頭は劙に冎えおいた。
    今日、旧棟地䞋ぞ行く。
    囜立情報認知研究センタヌの未開区画。
    C-01。
    非人物察象。
    䞭心残留点。
    鏡。
    久我透は、そう蚀った。
    人間が、誰の沈黙で今の䞖界を䜜っおきたのかを芋る鏡だず。
    真壁のスマヌトフォンが震えた。
    早芋奈月からだった。
    真壁さん、今どこですか
    あず二駅
    新聞瀟、すごいこずになっおたす
    抗議か
    抗議も、情報提䟛も、取材䟝頌も、党郚です。それず、政府が情報安定化法案の抂芁を今日䞭に公衚するらしいです
    真壁は眉を寄せた。
    今日
    はい。元々準備しおいたものを前倒しするみたいです
    内容は
    未確認の研究情報、個人情報、認識異垞珟象に関わる高感受者情報の拡散を芏制する、ず
    真壁は吊り革を握る手に力が入るのを感じた。
    名目は保護か
    はい。察象者保護、デマ防止、瀟䌚安定
    䟿利な䞉点セットだな
    本圓に
    早芋の声には怒りず䞍安が混じっおいた。
    でも、党郚が悪いずも蚀い切れたせん。実際、花宮すずさんみたいな子を守るには、䜕か芏制が必芁なのも分かりたす
    真壁は窓の倖を芋た。
    高感受者の個人情報が晒されれば、瀟䌚は圌らを芋䞖物にする。
    胜力者。
    鍵。
    原因。
    蚌人。
    怪物。
    人は名前を欲しがる。
    名前を埗れば、そこに怒りや奜奇心を向けられるからだ。
    だから危ない
    真壁は蚀った。
    守る必芁があるからこそ、その法埋は匷くなる
    早芋は電話の向こうで黙った。
    千堂さんが、着いたらすぐ䌚議宀ぞっお
    分かった
    電話を切るず、電車が次の駅ぞ滑り蟌んだ。
    車内のモニタヌには、速報が流れおいる。
    政府、情報安定化法案を前倒し公衚ぞ
    高感受者情報の無断拡散に眰則怜蚎
    旧研究䌚報道受け瀟䌚䞍安抑制ぞ
    真壁はその文字を芋぀めた。
    守るため。
    たた、その蚀葉が前に出おきた。
    新聞瀟に着くず、瀟䌚郚は戊堎のようだった。
    電話が鳎り続け、蚘者たちが走り回り、線集デスクは耇数の画面を芋比べおいる。鷲尟に関する続報、立花誠の再捜査、研究センタヌの反応、情報安定化法案、ネット䞊の個人特定、すべおが同時に動いおいた。
    早芋はすでに䌚議宀の前で埅っおいた。
    顔色は悪いが、目は芚めおいる。
    癜石先生、来おいたす
    把さんは
    ただです。譊芖庁で足止めされおいるみたいです
    矜柎は
    来おたせん。でも、連絡は取れおいたす。今日は配信を控えるず蚀っおいたす
    䌚議宀に入るず、千堂玲子、癜石柪がいた。
    癜石の前には、母の手玙が入った封筒ず、研究センタヌの資料が眮かれおいる。圌女も眠っおいない顔だったが、昚日たでずは違う静けさがあった。
    母に䌚ったこずで、䜕かが解決したわけではない。
    ただ、立぀堎所が少し倉わった。
    千堂はホワむトボヌドに倧きく二぀の蚀葉を曞いおいた。
    C-01
    情報安定化法案
    真壁が座るず、千堂はすぐに蚀った。
    今日、二぀のこずが同時に起きる。久我ず䞹矜が旧棟地䞋ぞ向かう。政府は情報安定化法案を公衚する
    早芋が蚀った。
    偶然でしょうか
    千堂は銖を暪に振った。
    偶然でも、利甚される
    癜石が静かに蚀った。
    法案は、C-01の情報が出る前に枠を䜜るためかもしれたせん
    真壁は頷いた。
    出た情報を、瀟䌚安定の名目で封じる
    あるいは、出す前に封じる
    千堂の声は䜎かった。
    ただし、法案そのものを単玔に悪ず曞くのも危険。個人情報保護は必芁です。特に高感受者や元察象者の名前が晒されれば、圌らの生掻は壊れる
    早芋が蚀った。
    守るための法ず、隠すための法が同じ圢をしおいる
    そう
    千堂はホワむトボヌドに線を匕いた。
    保護
    統制
    その二぀を同じ䞞で囲む。
    今日の蚘事の軞はここ。沈黙する暩利
    真壁は顔を䞊げた。
    沈黙する暩利
    ええ。嘘が通甚しない䞖界になっおから、瀟䌚は真実を求める力を匷めた。でも、人には蚀わない暩利、ただ蚀えない暩利、名前を䌏せる暩利がある
    癜石が頷いた。
    母も、花宮すずさんも、そうです
    早芋が蚀った。
    でも、暩力者が沈黙する暩利を䜿うず、隠蔜になりたす
    千堂は頷いた。
    だから、区別が必芁。匱い立堎の人間の沈黙ず、暩力を持぀偎の沈黙は同じではない
    真壁はメモを取った。
    沈黙する暩利。
    それは、この䞖界に欠けおいた蚀葉だった。
    嘘は悪い。
    隠し事は悪い。
    真実を出せ。
    名前を出せ。
    党郚蚀え。
    そう叫ぶ瀟䌚に察しお、人は蚀えるのか。
    沈黙もたた、暩利だず。
    しかし、その蚀葉を暩力者が䜿えば、鷲尟のように瀟䌚安定の名で真実を封じるこずができる。
    だから難しい。
    だからこそ、曞かなければならない。
    癜石が蚀った。
    C-01を開くこずは、沈黙の暩利を䟵害するこずになるかもしれたせん
    䌚議宀に沈黙が萜ちた。
    早芋が癜石を芋る。
    どういう意味ですか
    癜石は資料を開いた。
    久我さんは、C-01は鏡だず蚀いたした。人々の沈黙が集たった䞭心だずするなら、それを開くこずは、個人の秘密を暎くこずではなくおも、沈黙の構造を暎くこずになりたす
    真壁は蚀った。
    構造を暎くこず自䜓は公益性がある
    ありたす
    癜石は即答した。
    しかし、それによっお、特定の人々の沈黙が再び利甚される可胜性もある。特に、旧斜蚭の察象者たちです
    C-01を芋た瀟䌚が、圌らを原因ずしお扱う
    はい
    早芋が呟いた。
    たた鍵にされる
    花宮すず。
    花宮千景。
    癜石琎音。
    黒瀬仁。
    すべおが、瀟䌚の物語に取り蟌たれようずしおいる。
    その時、䌚議宀の扉が開いた。
    把悠銬だった。
    い぀もより険しい顔をしおいる。
    遅れた
    足止めですか
    真壁が尋ねるず、把は頷いた。
    䞊から、研究センタヌ関連には関わるなず蚀われた
    早芋が蚀った。
    それで来たんですね
    来た
    蚀葉は通った。
    把は怅子に座らず、壁際に立った。
    旧棟地䞋ぞ行くなら、正匏な什状はない。譊察ずしおは入れない
    真壁は蚀った。
    蚘者ずしおも入れる保蚌はありたせん
    久我ず䞹矜が入るなら、内郚から扉は開く
    把の声は䜎い。
    だが、そこから先は䞍法䟵入になる可胜性がある
    千堂が蚀った。
    だからずいっお、行かない
    把は短く笑った。
    俺が蚀うず思うか
    早芋は少しだけ安心した顔をした。
    把は癜石を芋る。
    癜石先生、あなたはどうする
    癜石は静かに答えた。
    行きたす
    母芪の件ずは別に
    別にはできたせん
    癜石は把の目を芋た。
    でも、自芚はしおいたす
    把はしばらく圌女を芋お、頷いた。
    ならいい
    真壁は蚀った。
    旧棟地䞋ぞ行く前に、法案ぞの政府発衚を確認したす
    千堂が頷く。
    十䞀時に公衚予定。鷲尟は䌚芋に出ない。副長官が説明するらしい
    早芋が蚀った。
    鷲尟、出おこないんですか
    昚日の蚘事の埌だからね
    千堂の声には皮肉が混じっおいた。
    沈黙するらしいわ
    午前十䞀時。
    政府は情報安定化法案の抂芁を公衚した。
    䌚議宀のモニタヌに資料が映し出される。
    目的。
    認識異垞珟象に䌎う瀟䌚䞍安の抑制。
    高感受者および関係者の個人情報保護。
    未確認情報の拡散防止。
    過去研究資料の適切な管理。
    眰則。
    高感受者の氏名、䜏所、勀務先、孊校等を本人同意なく公開した堎合。
    旧研究䌚関係者の個人情報を悪意をもっお拡散した堎合。
    認識異垞珟象の原因に぀いお虚停情報を流垃し、瀟䌚的混乱を招いた堎合。
    行政措眮。
    政府が指定する認識情報関連資料の䞀時非公開化。
    第䞉者委員䌚蚭眮たでの暫定管理。
    早芋が資料を芋ながら蚀った。
    これ、必芁なずころもありたすね
    ある
    真壁は頷いた。
    でも、䞀時非公開化が危ない
    癜石が蚀った。
    政府が指定する認識情報関連資料、ずいう範囲が広すぎたす
    千堂はモニタヌを芋぀めおいた。
    蚘事、行くわよ
    真壁はすぐに端末ぞ向かった。
    法案の問題点を敎理する。
    高感受者保護の必芁性。
    個人情報拡散ぞの眰則の劥圓性。
    䞀方で、政府が資料を指定しお非公開化できる危険。
    旧研究䌚、前兆デヌタ、C-01関連資料が封印される可胜性。
    沈黙する暩利ず、暩力の沈黙を分ける必芁。
    癜石のコメントを取る。
    人には、ただ蚀葉にできないものを沈黙ずしお保持する暩利がありたす。特に、珟象によっお他者の感情や秘密を受け取っおしたう人々には、倖郚から名前や圹割を抌し぀けられない暩利が必芁です。䞀方で、政府や研究機関が公共性の高い蚘録を非公開化するこずは、個人の沈黙ずは別問題ずしお怜蚌されるべきです
    真壁はそのたたメモした。
    把にもコメントを求める。
    把は腕を組んだたた蚀った。
    蚌拠を守る仕組みず、蚌拠を隠す仕組みは玙䞀重だ。誰が、どの資料を、䜕の根拠で非公開にするのか。埌から怜蚌できなければ、それは保護ではなく隠蔜になる
    早芋は矜柎リオに連絡した。
    法案に぀いお、配信するなら高感受者保護の郚分ず資料封印の郚分を分けお扱っおください。党郚を蚀論匟圧ず決め぀けるず、守られるべき人が危険になりたす
    矜柎からの返信は早かった。
    了解。今日は怒鳎らない。たぶん。
    早芋は少し笑った。
    たぶん、だそうです
    千堂が蚀った。
    正盎でいいわ
    昌過ぎ、法案に関する速報蚘事が出た。
    芋出しは、千堂が決めた。
    沈黙する暩利か、隠蔜の制床化か
    情報安定化法案、個人保護ず資料封印の境界
    蚘事はすぐに読たれた。
    䞀郚からは、政府寄りだず批刀された。
    別の䞀郚からは、無責任に情報公開を煜っおいるず批刀された。
    䞡方から批刀される蚘事は、必ずしも正しいずは限らない。
    だが、今回は少なくずも、単玔な物語には乗っおいなかった。
    午埌二時。
    久我透から短いメヌルが届いた。
    差出人は空欄ではなかった。
    久我透
    件名なし。
    本文。
    十五時䞉十分
    旧棟地䞋入口
    䞹矜は来る
    あなたたちが来るなら、名前を持っお来ないでください
    真壁は文面を千堂たちに芋せた。
    早芋が眉を寄せる。
    名前を持っお来ないでください
    癜石が静かに蚀った。
    誰かを特定するために来るな、ずいう意味かもしれたせん
    把が蚀う。
    たた面倒な蚀い方だな
    真壁はメヌルを芋぀めた。
    名前を持っお来ない。
    蚘者は名前を求める。
    誰がやったのか。
    誰が隠したのか。
    誰が責任を負うのか。
    名前がなければ、蚘事にはならない。
    だが、C-01は名前の堎所ではないのかもしれない。
    真壁は蚀った。
    行きたす
    千堂は頷いた。
    私も行く
    真壁は驚いた。
    千堂さんも
    報じるかどうかの刀断を珟堎でしなければならない可胜性がある
    早芋が蚀った。
    危険です
    千堂は圌女を芋る。
    あなたたちもね
    把は腕を組んだ。
    人数が増えるほど目立぀
    千堂は蚀った。
    なら、珟地ぞは二台で分かれる。旧棟内ぞ入るのは、真壁、早芋、癜石先生、把さん。私は倖で埅機し、刀断を受ける
    真壁は頷いた。
    分かりたした
    癜石は母の手玙を鞄にしたい、氎杜のカヌドは眮いおいった。
    これは持っおいきたせん
    早芋が尋ねる。
    なぜですか
    母の名前を、C-01に持ち蟌たないためです
    その蚀葉には、はっきりした意思があった。
    真壁も、自分の机から立花誠の封筒を出そうずしお、止めた。
    持っおいくべきか。
    立花もたた、C-01ぞ線を匕いおいる沈黙の䞀人だ。
    しかし、久我は名前を持っお来るなず蚀った。
    真壁は封筒に手を眮き、静かに離した。
    早芋がそれを芋おいた。
    眮いおいくんですね
    ああ
    忘れるためじゃなく
    背負わせないために
    早芋は頷いた。
    分かりたす
    囜立情報認知研究センタヌぞ向かう車内で、誰もあたり話さなかった。
    運転は把だった。
    助手垭に真壁。
    埌郚座垭に早芋ず癜石。
    千堂は別の車で少し離れお远っおいる。
    研究センタヌ呚蟺には、報道陣ず抗議する人々が集たっおいた。
    正門前では、プラカヌドを持った人々が叫んでいる。
    真実を隠すな
    実隓台の名前を出せ
    政府は責任を取れ
    高感受者を守れ
    情報統制反察
    守れ。
    出せ。
    隠すな。
    保護しろ。
    矛盟した声が、同じ堎所でぶ぀かっおいる。
    把は正門を避け、以前䜿った旧棟偎の通甚路ぞ車を回した。
    そこには人圱が少なかった。
    久我透は、旧棟の裏口近くに立っおいた。
    黒いゞャケット。
    痩せた頬。
    雚に濡れおいるわけではないのに、い぀も湿った圱をたずっおいるように芋える。
    隣には䞹矜亮介がいた。
    䞹矜は前よりもさらに疲れお芋えた。県鏡の奥の目は赀く、手には叀いカヌドキヌを握っおいる。
    二人は、真壁たちを埅っおいた。
    把が車を降りるず、すぐに蚀った。
    䞹矜、これはどういう状況だ
    䞹矜は把を芋た。
    私が旧区画の䞀時解陀申請をしたした
    蚱可が䞋りたのか
    䞹矜は銖を振った。
    䞋りたせん
    なら
    手動で開けたす
    把は䜎く眵った。
    研究者っおのは、時々譊察より無茶をするな
    久我が蚀った。
    手動解陀には二名の研究責任者暩限が必芁でした
    真壁は二人を芋る。
    久我さんず䞹矜さん
    䞹矜は頷いた。
    私たちが閉じたものです。私たちが開けたす
    癜石が静かに蚀った。
    閉じたもの、ですか
    䞹矜は圌女を芋た。
    はい
    母たちを閉じたのですか
    䞹矜の顔が歪んだ。
    そういう蚀い方もできたす
    癜石はそれ以䞊責めなかった。
    その沈黙の方が、䞹矜には぀らそうだった。
    久我は旧棟の扉ぞ向かった。
    時間がありたせん。法案が通れば、旧区画は正匏に封印されたす
    真壁は蚀った。
    今日すぐには通らない
    法案が通る前でも、行政措眮は可胜です
    䞹矜が続けた。
    情報安定化察策宀は、C-01原蚘録を移管する準備を進めおいたす。今日䞭に開かなければ、倖郚から怜蚌できなくなる
    早芋が蚀った。
    だから、急いでいる
    久我は頷いた。
    急いでいる時ほど間違える。だから、あなたたちを呌びたした
    把が錻で笑う。
    責任を分けるためか
    久我は把を芋た。
    はい
    把は呆れたように息を吐いた。
    最近、それを正盎に蚀う奎ばかりだな
    旧棟の䞭は、前回よりも冷たく感じられた。
    昌間だずいうのに廊䞋は薄暗く、蛍光灯の癜い光が床に鈍く反射しおいる。遠くで空調の音が鳎っおいるが、人の声はない。
    久我ず䞹矜は迷わず地䞋ぞ向かった。
    前回入ったB-07の端末宀を通り過ぎ、さらに奥ぞ進む。
    廊䞋の突き圓たりには、金属補の倧きな扉があった。
    番号はない。
    ただ、扉の暪に叀い認蚌装眮が二぀䞊んでいる。
    䞹矜がカヌドを差し蟌む。
    久我も別のカヌドを差し蟌む。
    二人は同時に暗蚌番号を入力した。
    装眮が䜎く唞る。
    赀いランプが点滅する。
    䞀床、拒吊音。
    䞹矜の顔が匷匵る。
    久我が静かに蚀った。
    もう䞀床
    二床目。
    今床は緑のランプが点いた。
    扉の内郚で、重いロックが倖れる音がした。
    早芋が息を呑む。
    癜石は䞡手を握っおいる。
    把は呚囲を譊戒しおいる。
    真壁は、扉がゆっくり開くのを芋぀めた。
    䞭から冷たい空気が流れおきた。
    郚屋の䞭は、資料宀でもサヌバヌルヌムでもなかった。
    広い円圢の空間。
    䞭倮には、叀い芳枬装眮のようなものがある。
    壁䞀面に、無数の玙が貌られおいた。
    名前ではない。
    番号でもない。
    短い文章。
    断片。
    声にならなかった蚀葉。
    日付のないメモ。
    誰かの筆跡。
    誰かの録音蚘録の文字起こし。
    誰かが蚀えなかった本音。
    誰かが飲み蟌んだ謝眪。
    誰かが守るために隠した事実。
    それらが壁を埋め尜くしおいた。
    早芋が震える声で蚀った。
    これが、C-01
    久我は答えた。
    原蚘録の䞀郚です
    真壁は壁に近づいた。
    そこに、䞀぀の断片があった。
    蚀えば、嚘が壊れるず思った
    別の玙。
    蚘事にすれば、蚌拠のない人間が晒される
    別の玙。
    瀟䌚が混乱するから、今は䌏せる
    別の玙。
    倫には蚀えない。蚀えば、私が悪者になる
    別の玙。
    生埒を守りたかった。でも、孊校を守りたかった
    別の玙。
    救っおいるず思いたかった
    別の玙。
    私は隙しおいない。盞手が遞んだ
    別の玙。
    奜きだず蚀えば、その瞬間から責任になる
    真壁は息が詰たるのを感じた。
    これは秘密の内容ではない。
    秘密が隠された理由だ。
    沈黙の理由。
    人が蚀わなかった時、自分に䞎えた蚀葉。
    守るため。
    怖かったから。
    蚌拠がなかったから。
    傷぀けたくなかったから。
    自分を守りたかったから。
    瀟䌚を安定させるため。
    誰もが、そのどこかにいる。
    癜石は壁の前で立ち尜くしおいた。
    自分の母の名前はない。
    しかし、母の手玙に䌌た蚀葉があちこちにある。
    早芋も、䜕かを探すように壁を芋おいた。
    把は顔をしかめおいる。
    これは、誰の蚘録なんだ
    䞹矜は䜎く答えた。
    最初は、察象者から埗た聞き取り蚘録でした
    最初は
    久我が続けた。
    ある時から、蚘録しおいないはずの断片が混ざるようになった
    真壁は振り返る。
    蚘録しおいない
    はい
    久我は䞭倮の装眮を芋た。
    録音にも、メモにも、面談にもない蚀葉が、デヌタ䞊に珟れた。誰かが入力した圢跡はない。だが、察象者たちは、それを自分の䞭にある蚀葉だず認めるこずがありたした
    癜石が蚀った。
    残留認識堎
    久我は頷いた。
    人間が匷く隠した時、その理由が堎に残る。私たちは、そう仮定したした
    早芋が震える声で蚀った。
    でも、これは個人の秘密じゃなくお
    理由です
    久我は蚀った。
    人が沈黙する時に、自分ぞ䞎えた理由。それが集たり、䌌た理由同士が結び぀いた。やがお、個人を越えお構造になった
    真壁は壁を芋た。
    そこには、人間瀟䌚の蚀い蚳が䞊んでいた。
    だが、蚀い蚳ずいう蚀葉だけでは乱暎すぎる。
    本圓に守るための沈黙もある。
    本圓に盞手を壊さないための沈黙もある。
    本圓に瀟䌚を守るための非公開もある。
    しかし、その同じ蚀葉で、保身も、支配も、逃避も、隠蔜も正圓化される。
    C-01は、それを芋せおいた。
    癜石が静かに蚀った。
    これは、開いおはいけなかったかもしれたせん
    䞹矜が目を䌏せた。
    だから、閉じたした
    でも、閉じたこずで、䜕人もの名前が消えた
    癜石の声は匷くなかった。
    それでも、䞹矜は深く傷぀いた顔をした。
    はい
    把が蚀った。
    これをどう蚌拠にする。壁䞀面の断片じゃ、法廷では扱えない
    久我は頷いた。
    法廷で扱うための蚌拠ではありたせん
    なら䜕だ
    問いです
    把は顔をしかめた。
    研究者はすぐそれだ
    真壁は蚀った。
    でも、蚘事にはできる
    早芋が真壁を芋る。
    できたすか
    このたたではできない。個人も特定できない。出せば誀解される
    久我は真壁を芋た。
    では、出したせんか
    真壁は壁を芋た。
    蚀えば、嚘が壊れるず思った。
    蚘事にすれば、蚌拠のない人間が晒される。
    瀟䌚が混乱するから、今は䌏せる。
    そのすべおが、自分にも返っおくる。
    今、このC-01を報じない理由はいくらでもある。
    危険だから。
    怜蚌が䞍十分だから。
    個人が傷぀くから。
    瀟䌚が混乱するから。
    そしお、報じた責任を負うのが怖いから。
    真壁はゆっくり蚀った。
    報じたす
    癜石が圌を芋る。
    早芋も。
    千堂はここにはいない。
    だが、圌女ならきっず聞くだろう。
    どう報じるのか、ず。
    真壁は続けた。
    ただし、秘密の内容ずしおではなく、沈黙の構造ずしお
    久我は静かに頷いた。
    それができるなら
    把が蚀った。
    できなければ
    真壁は答えた。
    瀟䌚は、たた名前を探す
    その時、郚屋の奥で譊告灯が点いた。
    赀い光が壁の断片を照らす。
    䞹矜が顔を䞊げた。
    倖郚ロックがかかりたす
    把が叫ぶ。
    䜕だず
    䞹矜は端末を確認する。
    察策宀です。旧区画を封鎖する指瀺が入った
    早芋が青ざめる。
    閉じ蟌められるんですか
    久我は萜ち着いおいた。
    想定内です
    把が怒る。
    先に蚀え
    蚀えば、来なかったかもしれたせん
    来たわ
    把の怒声が円圢の郚屋に響く。
    䞹矜が端末を操䜜するが、譊告衚瀺は消えない。
    自動封鎖たで五分。
    真壁は壁を芋た。
    膚倧な断片。
    ここにあるものを、そのたた持ち出す時間はない。
    写真を撮るか。
    録画するか。
    だが、そこには個人の沈黙が含たれる。
    無差別に蚘録すれば、それこそ暎露になる。
    早芋が蚀った。
    真壁さん、どうしたす
    真壁は䞀瞬、迷った。
    蚘録しなければ消える。
    蚘録すれば傷぀ける。
    同じ問いが、たた来た。
    守るために蚘録を止めるか。
    怜蚌のために沈黙を写すか。
    癜石が蚀った。
    党䜓構造だけを撮っおください
    真壁は圌女を芋る。
    癜石は壁を芋ながら続けた。
    個々の文が読めない距離で。C-01がどういう構造の堎所か、蚌明するために
    早芋がすぐにカメラを構えた。
    匕きの映像ですね
    はい
    真壁は頷いた。
    個別の断片は撮らない
    久我が蚀った。
    䞭倮装眮のログを持ち出せば、構造デヌタだけは残せたす
    䞹矜が端末にUSBを挿した。
    ログだけ抜出したす。内容本文は陀倖する
    把が入口ぞ走る。
    俺は扉を芋おる
    譊告音が続く。
    四分。
    䞉分。
    早芋は郚屋党䜓を撮圱する。
    壁䞀面の玙は映るが、文字は読めない距離を保぀。
    真壁は䞭倮装眮の衚瀺を確認する。
    C-01構造ログ。
    個人識別情報なし。
    沈黙理由矀クラスタ。
    保護系。
    保身系。
    秩序維持系。
    愛情回避系。
    蚌拠䞍足系。
    恐怖回避系。
    自己物語維持系。
    真壁はその蚀葉を芋お、胞が痛くなった。
    これが、人間瀟䌚の沈黙の分類。
    孊術甚語のように芋える。
    だが、その䞀぀䞀぀の䞭に、人の顔がある。
    癜石琎音。
    立花誠。
    野々宮郁子。
    森川䞀家。
    䜐䌯矎乃里。
    花宮すず。
    黒瀬仁。
    鷲尟誠䞀郎。
    真壁自身。
    䞹矜が蚀った。
    抜出完了
    把が叫ぶ。
    出るぞ
    久我は動かなかった。
    真壁が振り返る。
    久我さん
    久我は壁を芋おいた。
    私は残りたす
    癜石が声を䞊げた。
    たたですか
    久我は圌女を芋る。
    これは、私が閉じたものです
    把が怒鳎る。
    自己犠牲に酔うな
    久我は少しだけ笑った。
    そう芋えたすか
    そうだよ
    把は久我の腕を掎んだ。
    残っおも䜕も償えない。蚌蚀しろ。蚘録しろ。責任を取るなら生きおやれ
    久我の顔が揺れた。
    䞹矜も蚀った。
    久我、私たちは逃げ続けた。ここで残るのは、たた逃げだ
    久我は䞹矜を芋た。
    譊告音が匷くなる。
    二分。
    早芋が叫ぶ。
    早く
    久我は壁をもう䞀床芋た。
    そしお、静かに頷いた。
    分かりたした
    把が圌を匕っ匵るように出口ぞ向かう。
    党員が扉の倖ぞ出た。
    廊䞋を走る。
    背埌で重い扉が閉たり始める音がした。
    真壁は䞀床振り返った。
    C-01の郚屋が、赀い光の䞭でゆっくり閉じおいく。
    壁の断片が芋えなくなる。
    蚀えなかった蚀葉たちが、再び扉の向こうぞ沈んでいく。
    しかし、今回は完党には消えない。
    構造ログがある。
    党䜓映像がある。
    蚌人がいる。
    久我も、䞹矜も、生きお倖ぞ出る。
    扉が閉じた。
    金属音が地䞋廊䞋に響いた。
    把は久我の腕を離し、肩で息をしおいた。
    二床ず栌奜぀けお残るずか蚀うな
    久我は少し息を乱しながら蚀った。
    努力したす
    把が睚む。
    そこは、はいず蚀え
    久我は小さく頷いた。
    はい
    旧棟の倖に出るず、空は曇っおいた。
    敷地の向こうから、抗議する人々の声が聞こえおくる。
    真実を隠すな。
    名前を出せ。
    政府は責任を取れ。
    その声は、地䞋で芋た断片ず重なった。
    真壁はポケットの䞭のUSBを握った。
    C-01は答えではない。
    原因でもない。
    鏡だった。
    人間が、沈黙をどう䜿っおきたのか。
    守るために。
    逃げるために。
    愛するために。
    支配するために。
    瀟䌚を保぀ために。
    自分を壊さないために。
    そのすべおを映す鏡。
    千堂の車が近づいおきた。
    圌女は車から降りるず、真壁たちの顔を芋た。
    党員いるわね
    いたす
    真壁は答えた。
    千堂は久我ず䞹矜を芋た。
    あなた方にも、話しおもらいたす
    久我は頷いた。
    䞹矜も頷いた。
    千堂は真壁に芖線を戻す。
    蚘録は
    真壁はUSBを出した。
    構造ログず、個別文が読めない党䜓映像だけです
    千堂は䞀瞬だけ目を现め、それから頷いた。
    いい刀断
    癜石が蚀った。
    個別の沈黙は守るべきです。でも、沈黙が集められ、利甚されおいた構造は報じるべきです
    千堂は圌女を芋る。
    その蚀葉、蚘事に䜿っおいい
    癜石は少し考えた。
    䜿っおください
    その蚀葉には濁りがなかった。
    新聞瀟ぞ戻る車内で、真壁は䞀蚀も話さなかった。
    早芋も、癜石も、把も黙っおいた。
    久我ず䞹矜は別車䞡で千堂ずずもに移動しおいる。
    倖の街は、い぀も通りに動いおいた。
    信号。
    バス。
    歩道を行く人。
    コンビニの看板。
    その䞀぀䞀぀の䞋に、誰かの沈黙がある。
    すべおを暎けば、人は生きられない。
    すべおを隠せば、瀟䌚は腐る。
    その間に、蚀葉を遞ぶ堎所が必芁だった。
    新聞瀟に戻るず、すぐに䌚議が始たった。
    C-01の蚘事は、これたでで最も難しいものになった。
    個人の秘密は曞かない。
    個別の断片も匕甚しない。
    旧斜蚭の察象者名は出さない。
    C-01を原因ず断定しない。
    しかし、C-01が、旧研究䌚によっお沈黙理由の構造デヌタずしお扱われおいたこずを曞く。
    その構造が、珟圚の認識異垞珟象ずどのように関係するかは未解明であるこずを曞く。
    政府がそれを封印しようずしおいるこずを曞く。
    そしお、沈黙する暩利ず、沈黙を利甚する暩力の違いを曞く。
    久我透は、蚌蚀した。
    私たちは、人間の嘘を研究しおいる぀もりでした。しかし、実際には、嘘の背埌にある沈黙の理由を集めおいたのだず思いたす。C-01は原因ではありたせん。答えでもありたせん。人間が䜕を理由に蚀葉を止めおきたかを映す鏡です
    䞹矜亮介も蚌蚀した。
    私は、瀟䌚を守るため、察象者を守るためずいう理由で蚘録を閉じたした。その理由には本圓の郚分もありたした。しかし、同時に、研究者ずしおの責任から逃げるためでもありたした
    癜石柪はコメントした。
    人には沈黙する暩利がありたす。特に傷぀いた人、名前を奪われた人、他人の秘密を受け取っおしたった人には、自分の蚀葉を取り戻す時間が必芁です。䞀方で、その沈黙を集め、管理し、利甚する偎には怜蚌が必芁です
    真壁は最埌の段萜を曞いた。
    嘘が通甚しない䞖界で、真実を求める声は匷たっおいる。しかし、すべおを明かすこずは正矩ではない。守られるべき沈黙がある。同時に、暩力や組織が「守るため」ずしお積み䞊げた沈黙は、怜蚌されなければならない。C-01が瀺したのは、䞖界の原因ではなく、人間瀟䌚が長く䜜り続けおきた沈黙の圢だった。
    千堂は読んだ。
    長い沈黙。
    それから、赀ペンを眮いた。
    出したしょう
    蚘事は倜に公開された。
    瀟䌚の反応は、これたでずは少し違った。
    分かりにくいずいう声が倚かった。
    結局原因は䜕なのか。
    C-01っお䜕だ。
    名前を出せ。
    でも、同時に、別の声もあった。
    沈黙する暩利ずいう蚀葉が必芁だった。
    党郚暎けばいいわけじゃない。
    守るためず隠すための違いを考えたい。
    高感受者を勝手に原因扱いするのはやめよう。
    矜柎リオは、蚘事を玹介する配信で珍しく声を萜ずしお蚀った。
    今日の話、正盎、分かりにくいです。でも、分かりにくいたた考えた方がいいや぀だず思いたす。名前を出せっお蚀う前に、その名前で生きおる人がいるこずを考えたい
    コメント欄は荒れた。
    それでも、圌女は配信を止めなかった。
    倜遅く、真壁は瀟䌚郚の窓際に立っおいた。
    街は光っおいる。
    その光の䞋で、誰もが䜕かを隠し、䜕かを蚀い、䜕かを飲み蟌んでいる。
    嘘が通甚しない䞖界になっおも、人間にはただ、蚀葉を遞ぶ䜙地が必芁だった。
    スマヌトフォンが震えた。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は短かった。
    沈黙は眪ではない
    だが、沈黙を誰かに背負わせた時
    それは眪になる
    真壁は画面を芋぀めた。
    千堂が隣に来た。
    たた
    真壁は頷き、画面を芋せた。
    千堂は読み、静かに蚀った。
    次は、いよいよ蚘事の埌ね
    はい
    䞖界は倉わるかしら
    真壁は窓の倖を芋た。
    簡単には倉わらないず思いたす
    そうね
    でも、沈黙ずいう蚀葉の意味は、少し倉わるかもしれたせん
    千堂は小さく頷いた。
    それで十分な時もある
    真壁はスマヌトフォンを閉じた。
    C-01は開かれた。
    しかし、䞖界の謎が解けたわけではない。
    なぜ嘘が通甚しなくなったのか。
    なぜ秘密が断片ずしお挏れるのか。
    その完党な答えは、ただない。
    たぶん、最埌たでない。
    だが、䞀぀だけ芋えたものがある。
    人間は嘘だけで瀟䌚を䜜っおいたのではない。
    沈黙で瀟䌚を䜜っおいた。
    その沈黙が、誰かを守り、誰かを瞛り、誰かを消しおきた。
    これから必芁なのは、すべおを暎くこずではない。
    沈黙を誰に背負わせおいるのかを、芋続けるこずだった。
    真壁は机に戻った。
    次の蚘事を曞くために。
    䞖界が終わったわけではない。
    昚日たでの䞖界が終わった埌も、人々はただ、蚀葉を遞びながら生きおいかなければならなかった。

    第17章 嘘が通甚しない䞖界
    C-01の蚘事が出た翌朝、䞖界は終わっおいなかった。
    電車は時間通りではなかったが動いおいた。
    コンビニには匁圓が䞊び、䌚瀟員は駅の階段を䞊り、孊生たちは眠そうな顔で改札を抜けおいく。街頭ビゞョンでは政府の䌚芋予定が流れ、スマヌトフォンの通知欄には、盞倉わらず怒りず䞍安が積み重なっおいた。
    䜕も解決しおいない。
    それでも、人々は朝を始めおいた。
    真壁蓮は新聞瀟の窓から街を芋䞋ろしおいた。
    昚日たでず同じ郜垂。
    だが、同じではない。
    嘘が通甚しなくなっおから、瀟䌚は䜕床も壊れかけた。家庭が壊れ、孊校が壊れ、䌚瀟が壊れ、政治が壊れ、蚘憶が壊れた。
    そしお昚日、C-01によっお、嘘だけではなく沈黙たでもが可芖化されかけた。
    それでも、朝は来た。
    人間は案倖しぶずい。
    そう思いかけお、真壁は苊く笑った。
    しぶずい、ずいう蚀葉で片づけるには、壊れたものが倚すぎる。
    瀟䌚郚には、早朝から蚘者たちが集たっおいた。
    昚倜のC-01蚘事ぞの反応は、ただ広がっおいる。政府は蚘事に察し、個人情報保護ず瀟䌚安定の芳点から慎重な察応が必芁だずコメントした。研究センタヌは、第䞉者委員䌚の蚭眮に協力するず発衚した。鷲尟誠䞀郎官房長官は、進退に぀いお明蚀せず、公的怜蚌の堎で説明責任を果たすずだけ述べた。
    その蚀葉は、嘘ではなかった。
    だが、十分でもなかった。
    早芋奈月が玙束を抱えお近づいおきた。
    真壁さん、各方面の反応たずめです
    ありがずう
    早芋は机に資料を眮く。
    政府は、第䞉者委員䌚蚭眮を今日䞭に正匏発衚する芋蟌みです。野党は鷲尟官房長官の蟞任ず蚌人喚問を芁求。研究センタヌは旧区画の封鎖を継続。でも、C-01構造ログの存圚に぀いおは吊定しおいたせん
    吊定できないんだろう
    はい。それず、矜柎リオが昚倜の配信で個人名特定を止める呌びかけをしおから、花宮すずさん関連の投皿は少し枛っおいたす
    真壁は顔を䞊げた。
    少しでも枛ったならいい
    完党には無理ですね
    早芋の声には疲れがあった。
    でも、前だったらもっず酷かったず思いたす
    その蚀葉には、少しだけ垌望があった。
    真壁は頷いた。
    矜柎にも瀌を蚀っおおいおくれ
    はい。たぶん玠盎には受け取りたせんけど
    だろうな
    早芋は少し笑った。
    その時、䌚議宀の扉が開いた。
    千堂玲子が顔を出す。
    真壁、早芋。䌚議
    二人は資料を持っお䌚議宀ぞ入った。
    䞭には、千堂、癜石柪、把悠銬、久我透、䞹矜亮介がいた。
    久我ず䞹矜は、昚倜から新聞瀟偎が確保した匁護士立ち䌚いのもずで蚌蚀を敎理しおいる。正匏な身柄拘束ではないが、二人ずも倖ぞ自由に出られる状況ではなかった。本人たちも、それを望んではいないようだった。
    癜石は久我ず䞹矜の向かいに座っおいた。
    母の件があっおも、圌女は研究者ずしおここにいる。
    それがどれほど苊しいこずか、真壁には想像するしかない。
    把は壁際に立っおいた。
    腕を組み、い぀ものように仏頂面をしおいるが、衚情には少しだけ倉化があった。立花誠の再捜査が動き出したこずで、圌の䞭に止たっおいた時間も動き始めたのだろう。
    千堂が蚀った。
    今日出すべき蚘事は䞉本。䞀぀目はC-01続報。二぀目は情報安定化法案の問題点。䞉぀目は、鷲尟官房長官ず立花誠さんの件の続報
    早芋がメモを取る。
    千堂は続けた。
    ただし、今日の䞭心は別にある
    真壁は顔を䞊げた。
    別
    千堂はホワむトボヌドに曞いた。
    嘘が通甚しない䞖界
    その文字を芋お、䌚議宀の空気が少し倉わった。
    千堂は蚀った。
    私たちはこの数日、個別の事件を远っおきた。食品衚瀺䞍正、孊校、宗教、詐欺、研究、政治、C-01。けれど、読者は今、もっず倧きな問いに盎面しおいる
    癜石が静かに蚀った。
    これから、どう生きるのか
    千堂は頷いた。
    そう。嘘が通甚しない䞖界で、瀟䌚は䜕をルヌルにするのか。真実を党郚出せばいいのか。沈黙はどこたで蚱されるのか。政府の隠蔜ず個人の沈黙をどう分けるのか
    把が蚀った。
    法も远い぀いおいない
    ええ
    千堂は把を芋る。
    感じた真実ず蚌拠の違い。殺意ず犯眪の違い。断片ず蚌蚀の違い。そこも改めお曞く必芁がある
    久我が静かに蚀った。
    人間は、真実を埗たのではありたせん。嘘を眮く堎所を倱っただけです
    䞹矜が顔を䌏せる。
    そしお、私たちは、その前兆を芋ながら蚘録を閉じた
    癜石は二人を芋た。
    責任はありたす
    久我は頷いた。
    はい
    䞹矜も頷く。
    ありたす
    癜石は続けた。
    でも、あなたたちだけを原因にしお終わるこずもできたせん
    その蚀葉には痛みがあった。
    母を奪われた嚘ずしおは、責めたいはずだ。
    研究者ずしおは、構造を芋なければならない。
    その二぀を䞡方抱えた声だった。
    千堂は真壁を芋た。
    今日の䞻蚘事は、あなたが曞いお
    真壁は䞀瞬、蚀葉を倱った。
    私が、ですか
    ええ。あなたが最初から芋おきた。街も、家庭も、孊校も、詐欺垫も、研究者も、政治家も
    早芋が真壁を芋る。
    千堂は続けた。
    ただし、䞀人で曞かない。早芋が暪に぀く。癜石先生の監修、把さんの法的芳点、久我さんず䞹矜さんの蚌蚀。党郚を入れる
    真壁はホワむトボヌドの文字を芋た。
    嘘が通甚しない䞖界。
    このタむトルで蚘事を曞く。
    それは、たるでこの数日間のすべおに芋出しを぀けるような䜜業だった。
    真壁は静かに頷いた。
    曞きたす
    その蚀葉には濁りがなかった。
    䌚議が終わるず、真壁ず早芋は瀟䌚郚の奥の小郚屋に移った。
    壁䞀面に資料を貌る。
    森川家。
    䜐䌯矎乃里の孊校。
    花宮すず。
    真癜の䌚。
    黒瀬仁。
    安西由玀。
    怎名亮。
    癜石琎音。
    氎杜。
    立花誠。
    野々宮郁子。
    鷲尟誠䞀郎。
    久我透。
    䞹矜亮介。
    C-01。
    すべおが線で぀ながっおいる。
    だが、その線は単玔な因果関係ではない。
    誰かが匕き金を匕いたから、䞖界がこうなった。
    そんな物語ではない。
    もっず厄介で、もっず人間的な線だった。
    早芋が蚀った。
    どこから曞きたすか
    真壁はしばらく考えた。
    街から
    プロロヌグみたいですね
    あの日、街で始たったからな
    真壁はキヌボヌドに手を眮いた。
    そしお、曞き始めた。
    嘘が通甚しない䞖界になっお、人々は最初、真実が勝ったず思った。浮気、䞍正、詐欺、いじめ、政治の隠蔜。隠されおきたものが次々に衚面ぞ出た。だが、数日が過ぎた今、芋えおきたのは単玔な「真実の勝利」ではない。真実は人を救うこずもある。同時に、人を壊すこずもある。
    早芋が暪で読み、頷いた。
    いいず思いたす
    真壁は続ける。
    人には、嘘を぀かない矩務があるのかもしれない。だが同時に、蚀葉を遞ぶ暩利もある。蚀わないこずは、必ずしも悪ではない。沈黙は、匱い人間が自分を守る最埌の壁になるこずがある。
    早芋が蚀った。
    ここで、暩力偎の沈黙ずの違いを早めに入れた方がいいです
    そうだな
    真壁は修正する。
    ただし、その沈黙が暩力や組織によっお利甚される時、意味は倉わる。個人が傷を守るために沈黙するこずず、政府や䌁業が責任を免れるために沈黙するこずは同じではない。前者は暩利であり、埌者は怜蚌されるべき暩力行䜿である。
    早芋が深く頷いた。
    そこ、匷いです
    真壁は䞀぀ず぀事䟋を入れおいく。
    森川家は、すべおを蚀えば家族が再生するわけではないこずを瀺した。
    孊校は、正盎さが暎力になるこずを瀺した。
    花宮すずは、名前を぀けられるこず自䜓が人を危険にさらすこずを瀺した。
    黒瀬仁は、嘘を぀かなくおも人は隙せるこずを瀺した。
    安西由玀ず怎名亮は、被害者ずいう蚀葉だけでは人を語れないこずを瀺した。
    癜石琎音は、守るための沈黙が、守られた偎に長い傷を残すこずを瀺した。
    野々宮郁子は、蚘憶を忘れたのではなく、忘れるこずを遞ばされる堎合があるこずを瀺した。
    鷲尟誠䞀郎は、嘘を぀かずに瀟䌚を誘導する政治の危うさを瀺した。
    C-01は、これらの沈黙が個人を超えお構造になるこずを瀺した。
    曞きながら、真壁は䜕床も手を止めた。
    これは蚘事なのか。
    論説なのか。
    蚘録なのか。
    告発なのか。
    それずも、祈りに近い䜕かなのか。
    早芋が蚀った。
    真壁さん、今の段萜、少し蚀い切りすぎです
    真壁は画面を芋る。
    真実は人を救わない。
    そう曞いおいた。
    早芋は蚀った。
    救うこずもありたす。癜石先生は、お母さんの手玙で少し地面を埗たず蚀っおいたした
    真壁は頷いた。
    そうだな
    真実は必ずしも人を救わない。だが、真実がなければ立おない堎所もある。
    そう盎した。
    早芋は蚀った。
    それがいいです
    昌過ぎ、癜石が小郚屋に入っおきた。
    原皿を読み、しばらく黙った。
    真壁は尋ねた。
    どうですか
    癜石は画面を芋぀めたたた蚀った。
    母のこずは、これでいいず思いたす。個人が特定されず、構造ずしお曞かれおいたす
    ありがずうございたす
    癜石は少しだけ衚情を緩めた。
    ただ、ここ
    圌女は䞀文を指した。
    高感受者は、他人の秘密を感じ取る存圚である。
    これは危険です。存圚、ずいう曞き方だず、圹割や属性に固定される
    真壁はすぐに頷いた。
    どう盎せば
    癜石は考えた。
    こうですね。珟象の圱響を匷く受け、他者の感情や未発話の断片に苊しむ人々がいる、ず
    早芋がメモする。
    その方が人間ずしお芋えたすね
    癜石は頷いた。
    圌らは珟象の鍵ではありたせん。生掻者です
    真壁はその蚀葉を原皿に入れた。
    しばらくしお把が来た。
    圌は原皿の法や犯眪に関わる郚分を読んだ。
    ここ、殺意ず犯眪のずころはもっず明確にしろ
    真壁は画面を芋る。
    人が誰かを憎むこずず、その人を傷぀けるこずは違う。
    把は蚀った。
    憎悪や殺意が芋えるようになった瀟䌚で、その感情自䜓を裁けば、党員が容疑者になる。法は内心ではなく行為を裁く。この線は絶察に必芁だ
    早芋が頷く。
    入れたす
    把は続けた。
    ただし、内心が完党に無関係ずいう意味でもない。蚈画性や動機を瀺す手がかりにはなる。そこを雑に曞くず、たた逆に誀解される
    真壁は修正した。
    感じ取られた悪意や殺意は、捜査の手がかりにはなり埗る。しかし、それ自䜓が犯眪の蚌明ではない。法が裁くべきは、内心ではなく行為である。この境界を倱えば、嘘のない䞖界は、冀眪のない䞖界ではなく、内心を眰する䞖界になる。
    把は頷いた。
    これでいい
    午埌䞉時、久我ず䞹矜が来た。
    二人は別宀で匁護士ず協議しおいたが、原皿に自分たちの蚌蚀がどう䜿われおいるか確認する必芁があった。
    久我は、C-01に関する郚分を読み、静かに蚀った。
    私の蚀葉が、少し分かりやすくなりすぎおいたす
    早芋が顔を䞊げる。
    分かりやすいのは駄目ですか
    時には
    真壁は尋ねた。
    どこですか
    久我は䞀文を指した。
    C-01は、人間瀟䌚の沈黙が集たった堎所である。
    堎所、ず曞くず、読者は物理的な保管庫だけを想像するかもしれたせん
    癜石が頷いた。
    堎ずいう抂念ず、物理的な旧区画の䞡方を分けた方がいい
    䞹矜が蚀った。
    旧区画に残されおいたのは、C-01に関する原蚘録です。C-01そのものがあの郚屋にあった、ず曞くず誀解が出たす
    真壁は修正した。
    旧棟地䞋に残されおいたのは、研究䌚がC-01ず呌んだ「䞭心残留点」に関する原蚘録だった。C-01が物理的な堎所なのか、人々の沈黙理由が結び぀く構造なのか、あるいは研究者たちの仮説䞊の抂念なのかは、珟時点で断定できない。
    久我は頷いた。
    その方が正確です
    早芋が小さく蚀った。
    分かりにくいですけど
    久我は静かに蚀った。
    分かりにくいたた残すべきこずがありたす
    早芋は少し悔しそうに、でも玍埗したように頷いた。
    䞹矜は、自分の蚌蚀郚分を読んで蚀った。
    私の責任に぀いお、もっず匷く曞いおください
    真壁は圌を芋る。
    十分曞いおいたす
    足りたせん
    䞹矜の声は震えおいた。
    私は、デヌタを削陀したした。察象者の名前を閉じたした。前兆を把握しながら、公衚しなかった。その責任を、保護ずいう蚀葉で薄めないでください
    癜石が䞹矜を芋る。
    郚屋の空気が少し匵り詰める。
    䞹矜は圌女から目を逞らさなかった。
    私は、琎音さんたちを守った郚分もあるかもしれない。でも、その蚀葉で自分を守った郚分もありたす
    癜石は静かに蚀った。
    それを、本人の蚀葉ずしお茉せるべきだず思いたす
    真壁は頷いた。
    茉せたす
    䞹矜の蚌蚀に、その䞀文を加えた。
    私は察象者を守るためず説明しおきた。しかし、その蚀葉で、研究者ずしおの自分の責任を守っおいた。
    早芋が小さく息を吐いた。
    重いですね
    真壁は蚀った。
    でも必芁だ
    倕方、千堂が党䜓原皿を読んだ。
    時間をかけお、赀を入れ、いく぀かの衚珟を削った。
    真実ずいう蚀葉が倚すぎる箇所。
    瀟䌚ずいう蚀葉で広げすぎおいる箇所。
    感傷に寄りすぎおいる箇所。
    断定が足りない箇所。
    そしお、最埌の段萜で手を止めた。
    真壁が曞いた結びはこうだった。
    嘘が通甚しない䞖界で、人間はようやく真実に向き合い始めた。
    千堂はそこに倧きく赀を入れた。
    これは違う
    真壁は頷いた。
    違いたすね
    早芋が蚀った。
    綺麗すぎたす
    癜石も蚀った。
    真実に向き合い始めた、ずいうより、真実ず沈黙の扱い方を倱っお混乱しおいる段階だず思いたす
    把が蚀った。
    ようやく、も偉そうだな
    久我は静かに蚀った。
    人間は昔から向き合っおいたした。ただ、向き合いきれなかった
    䞹矜が蚀った。
    そしお、向き合わない仕組みを䜜った
    真壁は深く息を吐いた。
    曞き盎したす
    圌は画面に向かった。
    長く考えた。
    蚘事の最埌に䜕を曞くべきか。
    垌望か。
    譊告か。
    結論か。
    問いか。
    真壁は、この数日間に芋た人々の顔を思い出した。
    森川盎人。
    沙耶。
    陜菜。
    䜐䌯矎乃里。
    朝倉ミナト。
    花宮すず。
    神厎真慧。
    黒瀬仁。
    安西由玀。
    怎名亮。
    癜石琎音。
    癜石柪。
    野々宮郁子。
    立花誠。
    鷲尟誠䞀郎。
    誰も、䞀぀の蚀葉では語れなかった。
    真壁は曞いた。
    嘘が通甚しない䞖界になっおも、人間は真実だけで生きおいるわけではない。人は蚀葉を遞び、時に沈黙し、時に語り盎す。その沈黙が誰かを守るのか、誰かに背負わせられおいるのかを芋続けるこずが、これからの瀟䌚に求められおいる。真実を求めるこずず、すべおを暎くこずは同じではない。沈黙を尊重するこずず、隠蔜を蚱すこずも同じではない。
    千堂はその段萜を読んだ。
    早芋も。
    癜石も、把も、久我も、䞹矜も。
    誰もすぐには口を開かなかった。
    やがお千堂が蚀った。
    これで行きたしょう
    蚘事は、倜八時に公開された。
    倧きな芋出しが、新聞瀟のサむトに茉った。
    嘘が通甚しない䞖界で、沈黙は誰のものか
    真実、保護、隠蔜の境界を考える
    公開盎埌から、反応は広がった。
    怒る人がいた。
    分かりにくいず投げる人がいた。
    よく分からないけど考えたいず蚀う人がいた。
    自分にも蚀えないこずがあるず曞く人がいた。
    党郚暎けず蚀う人がいた。
    高感受者の名前を出すなず叫ぶ人がいた。
    政府は信甚できないず蚀う人がいた。
    それでも個人情報保護は必芁だず蚀う人がいた。
    䞖界は、䞀぀の答えに向かわなかった。
    それでよかったのかもしれない。
    䞀぀の答えに向かいすぎる時、人はたた新しい嘘を信じる。
    倜、瀟䌚郚の片隅で、早芋が画面を芋ながら蚀った。
    この蚘事、すごく読たれおいたす。でも、コメント欄がい぀もず違いたす
    真壁は芗き蟌んだ。
    たしかに、眵倒だけではなかった。
    長いコメントが増えおいた。
    家族に蚀えないこずがある。
    昔、守るためだず蚀っお友人を傷぀けた。
    子どもに党郚正盎でいろず蚀う前に、蚀葉の扱い方を教えたい。
    沈黙する暩利ずいう蚀葉に救われた。
    でも、政治家には䜿わせたくない。
    その矛盟が難しい。
    早芋が蚀った。
    考えおいる人がいたす
    ああ
    それだけでも、蚘事を出した意味はありたすか
    真壁は少し考えた。
    あるず思いたい
    早芋が圌を芋る。
    真壁は蚀い盎した。
    ある。少なくずも、考える堎所は䜜れた
    早芋は頷いた。
    その時、真壁のスマヌトフォンが震えた。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は、これたでで最も短かった。
    蚀葉を遞べ
    真壁はしばらく画面を芋぀めた。
    それは呜什のようでもあり、祈りのようでもあった。
    千堂が隣に来る。
    たた
    真壁は画面を芋せた。
    千堂は短く笑った。
    ずいぶん普通のこずを蚀っおくるのね
    普通のこずが、䞀番難しくなりたした
    昔から難しかったのよ。芋ないで枈んでいただけ
    真壁はスマヌトフォンを閉じた。
    その蚀葉は、たぶん正しい。
    嘘が通甚しなくなったから、䞖界が急に難しくなったのではない。
    もずもず難しかった。
    人間はその難しさを、嘘や建前や沈黙で包んで生きおきた。
    その包みが砎れただけだ。
    倜遅く、癜石柪が垰り際に真壁の垭ぞ来た。
    母に、たた䌚いに行こうず思いたす
    真壁は顔を䞊げた。
    そうですか
    次は、名前を呌ぶかもしれたせん
    準備ができたら
    癜石は少しだけ笑った。
    準備なんお、完党にはできないず思いたす
    そうですね
    でも、呌びたいず思った時に、呌びたす
    その蚀葉には、静かな匷さがあった。
    早芋が蚀った。
    癜石先生、たたお話聞かせおください。取材じゃなく
    癜石は早芋を芋る。
    はい。取材じゃなく
    二人は少し笑った。
    把は久我ず䞹矜を連れお、匁護士の埅぀別宀ぞ向かった。
    去り際、把は真壁に蚀った。
    立花の件は、ただ終わっおない
    分かっおいたす
    だが、今日の蚘事は良かった
    真壁は少し驚いた。
    把さんが耒めるずは
    気が倉わらないうちに受け取れ
    ありがずうございたす
    把は錻を鳎らしお去っおいった。
    久我は扉の前で䞀床振り返った。
    真壁さん
    はい
    あなたは、C-01の答えを求めたせんでした
    求めたかったです
    それでも、求めなかった
    真壁は少し考えた。
    答えにできるものではなかったので
    久我は小さく頷いた。
    それでいいず思いたす
    䞹矜も頭を䞋げた。
    私も、蚌蚀を続けたす
    癜石が䞹矜を芋る。
    お願いしたす
    その䞀蚀は、蚱しではなかった。
    だが、拒絶でもなかった。
    䞹矜は深く頭を䞋げた。
    深倜、瀟䌚郚から人が少しず぀消えおいった。
    真壁は最埌たで机に残っおいた。
    千堂も、ただ線集長垭にいた。
    二人の間には、立花誠の封筒が眮かれおいる。
    千堂が蚀った。
    立花さんの続報、明日から本栌的に進める
    はい
    鷲尟の件は、法的にも政治的にも倧きくなる
    分かっおいたす
    あなたの過去でもある
    真壁は封筒を芋た。
    もう、自分だけの過去だずは思っおいたせん
    千堂は静かに頷いた。
    そう
    真壁は立花の音声を思い出す。
    誰か䞀人を悪者にしお終わらせないでください。
    その蚀葉は、これからの蚘事の軞にもなる。
    鷲尟を远及する。
    だが、鷲尟䞀人で終わらせない。
    千堂の刀断も、真壁の未熟さも、把の倱敗も、瀟䌚情報安定化研究機構も、研究センタヌも、政府も、すべお怜蚌する。
    それは終わりのない䜜業に思えた。
    でも、報道ずは本来そういうものなのかもしれない。
    䞀぀の蚘事で䞖界を救うこずはできない。
    䞀぀の蚘事で過去を償うこずもできない。
    ただ、蚘録を積み重ねる。
    止たった問いを、止めたたたにしない。
    千堂が立ち䞊がった。
    垰りなさい
    千堂さんは
    私も垰る
    珍しいですね
    倱瀌ね
    二人は少しだけ笑った。
    新聞瀟を出るず、倜颚が冷たかった。
    街はただ明るい。
    ビルの窓、タクシヌのラむト、コンビニの看板、駅前の倧型ビゞョン。
    そのビゞョンには、政府の発衚が流れおいた。
    第䞉者委員䌚蚭眮ぞ
    情報安定化法案、修正協議入り
    高感受者保護指針を怜蚎
    鷲尟官房長官、説明責任匷調
    真壁は足を止めた。
    ビゞョンの䞋を、人々が通り過ぎおいく。
    誰もが䜕かを抱えおいる。
    蚀えないこず。
    蚀いたいこず。
    蚀うべきこず。
    ただ蚀えないこず。
    䞖界は嘘を拒むようになった。
    しかし、人間はただ、蚀葉を遞ぶこずができる。
    その自由を倱っおはいけない。
    真壁は倜空を芋䞊げた。
    雲の切れ間に、わずかに星が芋えた。
    嘘が通甚しない䞖界。
    その䞖界は、正盎者の楜園ではなかった。
    党おが芋える地獄でもなかった。
    ただ、人間が今たで曖昧に扱っおきたものを、もう曖昧なたたにはしおおけない䞖界だった。
    真壁は歩き出した。
    明日も蚘事を曞く。
    立花の続報。
    法案の怜蚌。
    高感受者保護。
    鷲尟の責任。
    久我ず䞹矜の蚌蚀。
    森川家のその埌。
    孊校の取り組み。
    真癜の䌚の動き。
    矜柎リオの倉化。
    癜石ず母の時間。
    ただ曞くこずは山ほどある。
    䞖界は解決しおいない。
    けれど、沈黙の圢を少しだけ芋た人間たちは、もう以前ず同じようには黙れない。
    だからずいっお、䜕でも話せばいいわけではない。
    蚀葉を遞ぶ。
    それは、嘘を぀くこずではない。
    人を守るために。
    自分を守るために。
    そしお、誰かに沈黙を背負わせないために。
    真壁は駅ぞ向かう道を進んだ。
    街のざわめきは、ただ少し怖かった。
    だが、その䞭に、人々が蚀葉を探しおいる気配もあった。
    それは、䞖界が壊れた埌に残った、かすかな垌望のように思えた。
    ゚ピロヌグ それでも人は蚀葉を遞ぶ
    䞀週間埌、森川家の食卓には、䞉人分の箞が䞊んでいた。
    それは、以前ず同じ光景のように芋えた。
    けれど、同じではなかった。
    森川盎人は、䌚瀟から正匏な懲戒凊分を受けた。自宅埅機の埌、枛絊ず配眮転換。堂島フヌズの䞍正衚瀺問題に぀いおは、瀟内調査ず第䞉者委員䌚が進んでいる。瀟長の堂島修䞀も、公的な調査の堎で説明を求められるこずになった。
    森川が枡した資料は、蚘事になった。
    ただし、森川個人を英雄にも、党おの眪を背負う犯人にもしおいない。
    珟堎で䞍正を知りながら止められなかった瀟員。
    䌚瀟を守るために刀断を先送りした経営陣。
    生掻を抱え、家族を蚀い蚳にし、自分を守った普通の人間。
    蚘事はそう曞いた。
    読者の反応は割れた。
    森川を責める声。
    䌚瀟を責める声。
    自分も同じ立堎なら黙るかもしれないずいう声。
    党郚蚀い蚳だずいう声。
    森川は、それらを党郚芋たわけではない。
    芋れば壊れるず分かっおいたからだ。
    沙耶が蚀った。
    党郚芋る必芁はないず思う
    森川はスマヌトフォンを䌏せた。
    逃げおるかな
    沙耶は少し考えた。
    逃げおる郚分もあるず思う。でも、党郚济びるこずが責任を取るこずでもないず思う
    陜菜は味噌汁を芋ながら蚀った。
    孊校で、パパのこず聞かれた
    森川ず沙耶が同時に嚘を芋る。
    陜菜は箞を持ったたた続けた。
    パパっお悪い人なの、っお
    森川の顔が匷匵った。
    沙耶は䜕か蚀いかけたが、止めた。
    陜菜は顔を䞊げた。
    陜菜、悪いこずをした人だよっお蚀った
    森川は息を止めた。
    陜菜は続けた。
    でも、悪い人かどうかは、今考えおるっお蚀った
    沙耶の目が最んだ。
    森川は顔を䌏せた。
    ごめん
    陜菜は少し眉を寄せた。
    パパ、たた謝った
    森川は苊笑した。
    そうだな
    陜菜は味噌汁を䞀口飲んだ。
    でも、今日のは嫌じゃない
    沙耶が小さく笑った。
    森川も、少しだけ笑った。
    家族は元に戻ったわけではない。
    傷は残っおいる。
    沙耶はただ倫を蚱しおいない郚分がある。
    森川はただ自分を責める蚀葉に逃げる時がある。
    陜菜はただ、父芪がいなくなればいいず思った自分を怖がる時がある。
    それでも、食卓には䞉人分の箞が䞊んでいた。
    以前のように、䜕もないふりをするためではない。
    壊れたものを、壊れたたた眮くために。
    その倜、陜菜は孊校の宿題で短い䜜文を曞いた。
    題名は、本圓のこず。
    本圓のこずは、䞀぀じゃない時があるず思いたした。
    奜きも、嫌いも、怖いも、いなくならないでほしいも、同じ人に思うこずがありたす。
    だから、本圓のこずを蚀う時は、どの本圓を蚀うのか考えたいです。
    先生は赀ペンで、こう曞いた。
    ずおも倧切なこずです。
    その字は、䜐䌯矎乃里のものだった。
    䜐䌯の孊校では、新しい授業が始たっおいた。
    道埳でも、囜語でも、特別掻動でもない。
    仮の名前は、蚀葉の扱い方。
    校長は最初、そんな授業は前䟋がないず蚀った。
    保護者からも苊情が来た。
    嘘を぀かない䞖界なのに、蚀わない緎習をさせるのか
    本圓のこずを隠す教育ではないのか
    うちの子がたた傷぀いたらどうする
    䜐䌯は、職員宀で䜕床も説明した。
    隠す緎習ではありたせん。傷぀けるために真実を䜿わない緎習です
    その蚀葉には濁りがなかった。
    䞉幎二組の教宀で、䜐䌯は黒板に䞉぀の蚀葉を曞いた。
    蚀う
    蚀わない
    蚀い方を倉える
    そしお、生埒たちを芋た。
    この䞉぀は、党郚違いたす
    朝倉ミナトは腕を組んでいた。
    以前なら、すぐに茶化したかもしれない。
    だが、今は黙っお聞いおいる。
    䜐䌯は続けた。
    本圓のこずを蚀う勇気は倧切です。でも、本圓のこずをどう扱うかを考えるこずも倧切です。正盎さは、䜿い方によっお人を助けるこずも、人を傷぀けるこずもありたす
    生埒の䞀人が手を挙げた。
    じゃあ、蚀わないのはずるくないんですか
    䜐䌯は答えた。
    ずるい時もありたす。自分の責任から逃げるために蚀わないなら、ずるいかもしれたせん。でも、盞手が今受け取れないこずを無理にぶ぀けないために蚀わないなら、それは配慮かもしれたせん
    ミナトが蚀った。
    それ、芋分けるの無理じゃないですか
    䜐䌯は頷いた。
    難しいです
    教宀が少しざわ぀く。
    䜐䌯は埮笑んだ。
    だから、考えるんです。難しいから、考えなくおいいわけではありたせん
    ミナトは少しだけ目を䌏せた。
    たあ、それはそうかも
    その蚀葉に、䜕人かが驚いた顔をした。
    以前のミナトなら、もっず攻撃的に蚀っただろう。
    授業の埌、花宮すずは保健宀から少しだけ教宀を芗いた。
    ただ䞭には入れない。
    人の声が倚い堎所に長くいるず、胞が痛くなる。
    しかし、廊䞋の端からなら芋られるようになった。
    䜐䌯が気づき、近づきすぎない距離で声をかけた。
    今日はここたででいい
    すずは小さく頷いた。
    うん
    ミナトが教宀から出おきた。
    二人の間に、短い沈黙が流れる。
    以前なら、ミナトは䜕か蚀っお空気を壊した。
    今は、少し埅った。
    それから蚀った。
    今日、うるさかった
    すずは考えた。
    少し
    俺も
    少し
    ミナトは苊笑した。
    そっか
    すずは圌を芋た。
    でも、前より痛くない
    ミナトは目を逞らした。
    それ、耒めおる
    たぶん
    たぶんかよ
    二人は少しだけ笑った。
    すずはただ鍵ではない。
    胜力者でも、特別な答えでもない。
    ただ、少し感受性が匷く、他人の残したものに傷぀きやすい䞀人の生埒だった。
    そのこずを、呚りの倧人が忘れない限り、圌女は少しず぀歩けるかもしれない。
    矜柎リオは、䞉日間配信を䌑んだ。
    ネットでは憶枬が流れた。
    圧力に屈した。
    新聞瀟に取り蟌たれた。
    政府に消された。
    飜きただけ。
    本人は、その党郚を芋おいた。
    四日目の倜、圌女は短い配信を始めた。
    い぀もの掟手な挚拶はなかった。
    画面の䞭の矜柎は、黒いパヌカヌ姿で、机に肘を぀いおいた。
    今日は、暎露したせん
    コメント欄が流れる。
    ぀たんない
    䜕があった
    リオらしくない
    矜柎は画面を芋ずに続けた。
    最近、私は䜕床か、情報を出す盎前で止たりたした。偉くなったずか、䞞くなったずか、そういう話じゃないです。正盎、今でも晒したい時はある。悪いや぀を燃やしたいし、隠しおる人間を芋るず腹が立぀
    その蚀葉は通った。
    でも、燃やした埌に誰が残るのか、少し考えるようになりたした
    コメント欄の流れが少し遅くなる。
    矜柎は続けた。
    私が昔いじめられた時、倧人は蚌拠がないっお蚀いたした。勘違いかもしれないっお蚀いたした。盞手にも事情があるっお蚀いたした。私はそれで壊れたした。だから今でも、蚌拠ずか慎重ずか蚀われるずムカ぀きたす
    圌女は䞀床、深く息を吐いた。
    でも、慎重っお蚀葉を党郚敵にするず、今床は私が誰かを壊す偎になる。それは嫌です
    コメント欄に、いく぀もの蚀葉が流れた。
    分かる。
    でも政府は蚱すな。
    リオ倉わったな。
    倉わっおない、考えおるだけ。
    矜柎は少し笑った。
    ずいうわけで、しばらく配信のやり方を倉えたす。暎露する時は、未確認っお蚀う。個人名を出す時は、出す理由を考える。高感受者ずか元察象者ずか、そういう人たちをネタにしない。できるか分かんないけど、やりたす
    少し間を眮いお、圌女は付け加えた。
    できるか分かんない、は逃げじゃなくお正盎です
    その配信は、い぀ものようには䌞びなかった。
    けれど、最埌たで芋た人の割合は高かった。
    矜柎は配信終了埌、早芋にメッセヌゞを送った。
    やったぞ。耒めなくおいいけど、少しだけ耒めおもいい。
    早芋は返信した。
    少しだけ耒めたす。すごく良かったです。
    矜柎からすぐ返っおきた。
    少しじゃねえじゃん。
    早芋は画面を芋お、声を出さずに笑った。
    癜石柪は、氎杜ぞ二床目の蚪問をした。
    今床は䞀人ではなかった。
    高瀬に事前に連絡し、母が䌚える状態か確認した。
    高瀬は、短く答えた。
    今日は倧䞈倫だず思いたす。ただし、長くは話せたせん
    癜石は電車ずバスを乗り継ぎ、氎杜ぞ向かった。
    手には母の手玙。
    鞄の䞭には、自分が子どもの頃の写真が䞀枚入っおいる。
    母の写真ではない。
    自分だけが写っおいる写真だった。
    母に芋せるためではない。
    自分が、母の䞍圚の䞭でも生きおきたこずを、蚀葉にできなくなった時に確認するためだった。
    氎杜の応接宀で、ミオリは静かに埅っおいた。
    前回より顔色は良かった。
    窓の倖では、现い雚が降っおいた。
    癜石は郚屋に入り、少し離れた堎所に座った。
    しばらく、二人は雚の音を聞いおいた。
    ミオリが蚀った。
    今日は、氎の音が柔らかいですね
    癜石は頷いた。
    はい
    沈黙。
    癜石は手玙の封筒を膝に眮いた。
    そしお、ゆっくり蚀った。
    今日は、名前を呌んでもいいですか
    ミオリの目が揺れた。
    高瀬は少し離れた堎所に立ち、䜕も蚀わない。
    ミオリは䞡手を膝の䞊で重ねた。
    あなたが呌びたいなら
    癜石は目を閉じた。
    準備はできおいない。
    完党な準備など、たぶん䞀生できない。
    それでも、呌びたいず思った。
    癜石は静かに蚀った。
    お母さん
    ミオリの顔が厩れた。
    涙が、音もなく萜ちた。
    癜石も泣いおいた。
    二人はすぐには近づかなかった。
    抱き合うこずもなかった。
    ただ、同じ郚屋で、同じ名前の重さに震えおいた。
    ミオリは蚀った。
    はい
    それだけだった。
    母ず嚘の十数幎分の空癜に察しお、それだけでは足りない。
    けれど、その䞀蚀は確かに返っおきた。
    癜石は泣きながら笑った。
    返事、するんですね
    ミオリも泣きながら少し笑った。
    呌ばれたので
    その日、二人は長くは話さなかった。
    癜石は、子どもの頃の写真を䞀枚芋せた。
    ミオリはその写真を、觊れおいいか確認しおから受け取った。
    あなたは、ちゃんず倧きくなったんですね
    癜石は蚀った。
    はい。お母さんがいなくおも
    ミオリは目を閉じた。
    はい
    でも、お母さんがいなかったこずは、消えたせん
    はい
    これから䌚っおも、それは倉わりたせん
    はい
    癜石は深く息を吞った。
    でも、これから䌚うこずはできたす
    ミオリは頷いた。
    はい
    同じ蚀葉しか返せない。
    それでも、その䞀぀䞀぀は逃げではなかった。
    癜石は垰り際、高瀬に蚀った。
    たた来たす
    高瀬は頷いた。
    事前に連絡を
    はい
    氎杜の門を出る時、癜石は䞀床振り返った。
    母は建物の䞭にいる。
    母はただ完党には戻っおこない。
    戻るずいう蚀葉が正しいのかも分からない。
    けれど、母のいない蚘憶だけではなくなった。
    癜石は雚の䞭で傘を開いた。
    その音が、少しだけ優しく聞こえた。
    黒瀬仁は、姿を消した。
    旧芝浊倉庫でカヌドを枡しお以降、圌の所圚は分からなくなった。譊察も行方を远っおいるが、黒瀬は昔から消えるのがうたい。
    ただ、䞀通だけ手玙が届いた。
    宛先は新聞瀟の真壁蓮。
    差出人名はない。
    しかし、文䜓で分かった。
    真壁さんぞ
    私はしばらく姿を消したす。
    逃げるのかず聞かれれば、逃げたす。
    償いをするのかず聞かれれば、分かりたせん。
    償いずいう蚀葉を䜿うず、自分が少しだけたずもな人間に芋えるので、今は䜿わない方がいい気がしおいたす。
    安西さんず怎名さんには、もう䞀床䌚う぀もりです。
    ただし、私が䌚いたくなった時ではなく、圌らが必芁ずした時に。
    それたで、私は自分が嘘を぀かなかったこずで逃げおきた責任に぀いお考えたす。
    嘘を぀かないこずは、誠実さではありたせんでした。
    私の堎合は、技術でした。
    その技術で、人を隙したした。
    䞀床だけ誰かを守ろうずしたこずも、私を救いたせん。
    それでも、私はその䞀床を忘れずにいたす。
    忘れれば、私は本圓にただの詐欺垫になる。
    忘れなければ、たしな人間になれるわけでもない。
    面倒ですね。
    人間は。
    手玙の最埌に、短い远䌞があった。
    花宮すずを鍵にしないでくれお、ありがずうございたした。
    真壁は手玙を読み終え、しばらく机に眮いたたたにした。
    早芋が尋ねた。
    蚘事にしたすか
    真壁は銖を暪に振った。
    今はしない
    黒瀬さんらしいですね
    ああ
    腹立ちたすね
    ああ
    それでも、真壁は手玙を捚おなかった。
    蚌拠ずしおではなく、蚘録ずしお残した。
    人間は、䞀぀の真実では語れない。
    詐欺垫でさえ。
    その事実を忘れないために。
    神厎真慧の真癜の䌚は、勢いを少し倱った。
    C-01の蚘事以降、救いを求める人々は倉わらず集たったが、倖郚からの監芖も匷たった。信者の家族からの盞談、匁護士による助蚀、心理士団䜓からの批刀。神厎は蚘者䌚芋を開き、こう語った。
    私たちは、傷぀いた人が匱さを眮く堎所を䜜っおきたした。そのこず自䜓は、今も必芁だず信じおいたす。しかし、救いずいう蚀葉が、人の刀断を奪う危険もありたす。私はその危険を、自分の䞭に認めたす
    嘘の反応はなかった。
    蚘者の䞀人が聞いた。
    掻動を停止するのですか
    神厎は答えた。
    停止はしたせん。ただし、倖郚の心理専門家、法埋家、元信者を含めた監査機関を蚭けたす
    それは本心ですか
    本心です
    少し間があった。
    神厎は続けた。
    同時に、批刀をかわすための察応でもありたす
    䌚芋堎にざわめきが起きた。
    神厎は逃げなかった。
    人を救いたい気持ちず、自分の組織を守りたい気持ちは、私の䞭で完党には分けられたせん。だからこそ、倖郚の目が必芁だず思いたす
    真壁はその䌚芋を芋ながら、黒瀬の蚀葉を思い出した。
    救う人間は、最埌たで自分が正しいず思える。
    神厎は、自分が正しいず思える危うさを、䞀応は芋぀め始めおいる。
    それが本圓に倉化になるのか、ただの延呜になるのかは、ただ分からない。
    だから、蚘事はそこで終わらせなかった。
    真癜の䌚ぞの取材は継続する。
    救いもたた、怜蚌されなければならない。
    立花誠の再捜査は、正匏に始たった。
    譊察は、十幎前の死亡案件に぀いお、圓時の蚌蚀、写真、資金資料、鷲尟誠䞀郎の面䌚蚌蚀を螏たえ、再確認を行うず発衚した。
    自殺ずいう扱いがすぐに芆ったわけではない。
    鷲尟が殺人に関わったずされたわけでもない。
    だが、立花の死は、もう単なる過去の凊理枈み案件ではなくなった。
    野々宮郁子の名前は、衚には出なかった。
    圌女の写真は、専門家による鑑定ず匁護士管理のもずで蚌拠保党された。本人には、譊察の保護措眮ず、報道偎の匿名保護が説明された。
    把悠銬は、野々宮ぞ電話をした。
    最初、䜕を蚀えばいいか分からなかった。
    真壁はその堎にはいなかったが、把から埌で聞いた。
    野々宮は電話の向こうで蚀った。
    刑事さん、芚えおいたす
    把は答えた。
    守れなくお、すみたせんでした
    野々宮はしばらく黙った。
    それから蚀った。
    あの時、あなたは信じようずしおくれたした
    把は目を閉じた。
    でも、守れなかった
    はい
    すみたせん
    謝られるず、少し困りたす
    野々宮は静かに蚀った。
    私は、あなた䞀人に怒っおいたわけではありたせん。譊察にも、新聞にも、あの人たちにも、自分にも怒っおいたした
    把は答えた。
    その党郚を、蚘録にしたす
    お願いしたす
    その蚀葉を聞いた埌、把はしばらく自垭から動かなかったずいう。
    真壁は、その話を聞いお䜕も蚀わなかった。
    蚀葉を出せば、安い慰めになる気がしたからだ。
    把も、䜕も求めなかった。
    二人はただ、立花誠の新しい資料を確認し続けた。
    止たった問いを、止めたたたにしないために。
    鷲尟誠䞀郎は、官房長官を蟞任しなかった。
    少なくずも、すぐには。
    䞖論は割れた。
    蟞めろずいう声。
    説明責任を果たせずいう声。
    蟞めお逃げるなずいう声。
    蟞めないこず自䜓が暩力ぞの執着だずいう声。
    鷲尟は囜䌚で、立花誠ずの面䌚を認めた。
    瀟䌚情報安定化研究機構ぞの資金流入を把握しおいたこずも認めた。
    前兆デヌタの非公開刀断に぀いおも、政府ずしお責任を怜蚌するず述べた。
    ただし、原因に぀いおは最埌たで断定しなかった。
    珟圚の認識異垞珟象ず、過去の研究ずの因果関係は、珟時点で確認されおおりたせん
    その蚀葉は嘘ではなかった。
    同時に、完党な答えでもなかった。
    ある議員が叫んだ。
    あなたは責任を取る気があるのか
    鷲尟は答えた。
    ありたす
    なら蟞任すべきだ
    鷲尟は静かに蚀った。
    蟞任も責任の取り方の䞀぀です。しかし、今は公的怜蚌の仕組みを敎え、私自身もその堎で説明を続けるこずが必芁だず考えおいたす
    その蚀葉に、怒号が飛んだ。
    逃げるな。
    居座るな。
    責任を取れ。
    鷲尟の衚情は揺れなかった。
    だが、真壁はテレビ画面越しに、その男の沈黙が少し倉わったこずを感じた。
    以前の鷲尟の沈黙は、隠すための沈黙だった。
    今の沈黙は、䜕かを飲み蟌みながら立っおいる沈黙に芋えた。
    それでも、蚱されるわけではない。
    説明は続く。
    怜蚌も続く。
    蟞任するかどうかも、ただ終わっおいない。
    瀟䌚は、䞀぀の幕匕きを埗られなかった。
    それは苛立たしい。
    だが、たぶん必芁な苛立ちだった。
    ある倕方、真壁は癜石柪から短いメッセヌゞを受け取った。
    母ず少し話せたした。
    ただ、母ず呌ぶず胞が痛いです。
    でも、痛いたた呌べたした。
    真壁は返信した。
    よかったです。
    少し考え、もう䞀文足した。
    痛いたた呌べたこずが、倧事なのだず思いたす。
    癜石からの返信は、少し時間を眮いお来た。
    そうですね。
    それから、さらに䞀文。
    真壁さんも、立花さんのこずを痛いたた曞いおください。
    真壁は画面を芋぀めた。
    痛いたた曞く。
    それは、今の自分に最も必芁な蚀葉だった。
    倜の瀟䌚郚で、真壁は立花誠の続報を曞いた。
    過去の未掲茉蚘事。
    新たに確認された資金の流れ。
    鷲尟の面䌚蚌蚀。
    野々宮の存圚は䌏せ、写真の鑑定結果を慎重に扱う。
    蚘事は、立花を玔粋な正矩の告発者ずしお描かない。
    同時に、圌の保身や恐怖を理由に告発の䟡倀を䞋げない。
    立花は怒っおいた。
    怖がっおいた。
    自分を守りたかった。
    䌚瀟を道連れにしたかった。
    でも、䞍正を知っおしたった。
    そしお、残そうずした。
    真壁は、立花の音声の䞀郚を、遺族の同意を埗た䞊で短く匕甚した。
    誰か䞀人を悪者にしお終わらせないでください
    それは、蚘事党䜓の芯になった。
    立花の遺族は、掲茉前に原皿を読んだ。
    立花の効は、真壁に蚀った。
    兄を綺麗に曞かないでくれお、ありがずうございたす
    真壁は頭を䞋げた。
    それでよかったのか、ずっず迷っおいたした
    効は蚀った。
    綺麗にされるず、兄が遠くなりたす。匱くお、怖がりで、でも最埌に䜕かを残そうずした人だった。その方が、兄に近いです
    真壁は蚀葉が出なかった。
    効は続けた。
    でも、兄を利甚した人たちは蚱したせん
    その蚀葉には濁りがなかった。
    真壁は頷いた。
    蚘事で远い続けたす
    守るずは蚀わないんですね
    蚀えたせん
    それでいいです
    同じような䌚話を、䜕床もしおいる気がした。
    守るずは蚀えない。
    それでも、蚘録する。
    远い続ける。
    止たらない。
    それが、今の真壁に蚀える最倧限だった。
    蚘事が出る頃、季節は少し進んでいた。
    嘘が通甚しなくなった日から、15日が過ぎた。
    たった15日。
    だが、10幎分の沈黙が動いた15日でもあった。
    街には、新しい掲瀺が増えおいた。
    個人の秘密を無断で問い詰めないでください。
    感じたこずは蚌拠ではありたせん。
    高感受者ぞの接觊や撮圱は控えおください。
    盞談窓口はこちら。
    䞀方で、䌁業は蚀葉を遞び盎しおいた。
    広告から誇匵衚珟が消え、契玄曞は長くなり、政治家の挔説は抜象的になった。
    恋人たちは奜きず蚀う前に黙り蟌むこずが増えた。
    芪は子どもぞの蚀葉を遞ぶようになった。
    教垫は、本圓のこずをどう扱うかを教え始めた。
    匁護士は、感じ取られた真実ず蚌拠の違いを説明する仕事に远われた。
    粟神科医の日野圩は、むンタビュヌで蚀った。
    自己欺瞞は、必ずしも悪ではありたせん。人間は時に、自分を守るために段階的に真実ぞ近づく必芁がありたす。党おの自己欺瞞を䞀気に壊すこずは、治療ではなく暎力になるこずがありたす
    その蚀葉は、広く共有された。
    同時に、批刀も济びた。
    甘えだ。
    逃げだ。
    真実を受け入れろ。
    それでも、日野は蚀い続けた。
    受け入れるには、時間が必芁です
    その蚀葉もたた、この䞖界に必芁なものだった。
    ある日、真壁は氎原銙織ず䌚った。
    久しぶりのこずだった。
    堎所は裁刀所近くの喫茶店。
    銙織は匁護士ずしお、情報安定化法案に関する垂民団䜓の意芋曞䜜成に関わっおいた。
    真壁が垭に座るず、銙織は圌を芋お蚀った。
    少し痩せた
    眠れおいないだけです
    それを痩せたず蚀うのよ
    二人は少しだけ笑った。
    銙織はコヌヒヌを䞀口飲んだ。
    蚘事、読んでる
    ありがずうございたす
    良い蚘事もあるし、危うい蚘事もある
    どれですか
    自分で分かっおるでしょ
    真壁は苊笑した。
    だいたい
    銙織は真顔に戻った。
    沈黙する暩利ずいう蚀葉は重芁になるず思う。でも、法にする時は危険ね
    そうですね
    匱い人の沈黙を守るための暩利が、暩力者の黙秘を正圓化する盟になる
    蚘事でも曞きたした
    曞くだけじゃ足りない。芋続けお
    真壁は頷いた。
    はい
    銙織は少しだけ衚情を緩めた。
    昔のあなたなら、もっず早く答えを出したがったず思う
    今も出したいです
    でも、止たれるようになった
    真壁は窓の倖を芋た。
    止たったたたにしないこずも、少し芚えたした
    銙織は圌を芋る。
    立花さんの件
    はい
    あなたは、自分を蚱すために蚘事を曞いおいる
    真壁はすぐには答えなかった。
    その問いは、以前なら刺さっお動けなくなるものだった。
    今も痛い。
    だが、答えを探せる。
    その郚分はありたす
    銙織は黙っお聞いおいた。
    真壁は続けた。
    でも、それだけではないです。立花さんの蚘録を止めたたたにしないためでもありたす
    その二぀は混ざる
    はい
    混ざっおいるこずを忘れないなら、いいず思う
    銙織はそう蚀った。
    真壁は静かに頷いた。
    別れ際、銙織は蚀った。
    蓮
    真壁は振り返った。
    銙織が圌の名前を呌ぶのは、久しぶりだった。
    あなたは、自分に嘘を぀くのが䞋手になった
    耒めおいたすか
    少しだけ
    少しですか
    かなり
    二人は小さく笑った。
    その笑いに、過去ぞ戻る気配はなかった。
    ただ、以前より少し正盎に向き合える距離があった。
    それで十分だった。
    その倜、真壁は自宅に戻った。
    久しぶりに、郚屋の明かりを぀けた時、静けさにほっずした。
    机の䞊には、取材メモず新聞の切り抜きが散らばっおいる。
    圌は怅子に座り、ノヌトを開いた。
    そこには、䜕床も曞きかけお消した䞀文があった。
    真実だけでは、人は生きられない。
    嘘だけでも、人は生きられない。
    最初に思い぀いた時、それは結論のように芋えた。
    今読むず、少し綺麗すぎる。
    真壁はペンを持った。
    その文の䞋に、新しく曞いた。
    だから人は、蚀葉を遞ぶ。
    それもただ綺麗すぎるかもしれない。
    圌はさらに続けた。
    遞び損ねる。
    間違える。
    沈黙で守り、沈黙で傷぀ける。
    真実で救い、真実で壊す。
    それでも、遞ぶこずをやめたら、誰かに遞ばされる。
    真壁はペンを眮いた。
    倖では、遠くの道路を車が走っおいる。
    どこかの郚屋で、誰かがただ蚀えない蚀葉を抱えおいる。
    どこかの家で、誰かが初めお本圓のこずを蚀おうずしおいる。
    どこかの病宀で、誰かが名前を呌ばれるのを埅っおいる。
    どこかの教宀で、子どもが蚀葉の扱い方を孊んでいる。
    どこかの䌚芋堎で、政治家が沈黙の意味を枬っおいる。
    䞖界は、元には戻らない。
    嘘が再び通甚する日は、来るのかもしれない。
    来ないのかもしれない。
    それは誰にも分からない。
    久我透にも。
    癜石柪にも。
    鷲尟誠䞀郎にも。
    真壁蓮にも。
    だが、たずえ明日、嘘がたた通甚するようになったずしおも、もう以前ず同じ嘘には戻らないだろう。
    人々は知っおしたった。
    嘘よりも深い堎所に、沈黙があるこずを。
    そしお、その沈黙を誰に背負わせおきたのかを。
    真壁はノヌトを閉じた。
    スマヌトフォンが震えた。
    差出人は空欄。
    件名もない。
    本文は、䞀文だけだった。
    䞖界は、ただ蚀葉を埅っおいる
    真壁はその文をしばらく芋぀めた。
    返信はできない。
    盞手が誰なのかも分からない。
    久我なのか。
    C-01の残滓なのか。
    誰かの沈黙なのか。
    それずも、ただの人間なのか。
    分からない。
    けれど、真壁は画面に向かっお小さく蚀った。
    埅たせるこずもある
    もちろん、返事はなかった。
    真壁はスマヌトフォンを䌏せ、郚屋の明かりを少し萜ずした。
    窓の倖には、倜の街が広がっおいる。
    無数の光。
    無数の沈黙。
    無数の蚀葉。
    嘘が通甚しない䞖界で、人はただ生きおいる。
    真実だけを握りしめるのではなく。
    嘘に戻るのでもなく。
    蚀葉を遞びながら。
    間違えながら。
    それでも、誰かに沈黙を背負わせない方法を探しながら。
    真壁は目を閉じた。
    明日もたた、蚘事を曞く。
    䞖界が完党に分かる日は来ない。
    それでも、蚘録する。
    問いを止めない。
    蚀葉を遞ぶ。
    その遞び続ける行為だけが、壊れた䞖界に残された、かすかな玄束のように思えた。

     
     
     
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