
〈短編小説〉『苦しみの味わい方』
何となく嫌なことってあるよね。
今日もウチさ、先生に鼻で笑われた。"甲殻類"が読めなくて。こんなん分かる?訳わかんない。ひらがなで良くない?
てか、笑うのはないでしょ。ホント最低。
こういうことってあるじゃん。
すっごい傷つくわけでもないんだけど、心にモヤモヤが残って離れないの。
「マユちゃんまたねー。甲殻類ってちゃんとれんしゅーしとき」
「おっけー。またねん」
みんなウチのこと能天気で頭お花畑の金髪ギャルだと思ってる。
でも、傷つくことは傷つく。てか、下手したらその辺の陰キャよりも繊細かも。
その傷つきやすい心を、派手なメイクとファッションで隠してるのかもね。顔可愛けりゃいいっしょって。
放課後の教室に1人で座るウチを、夕陽が照らした。外ではサッカーや野球の練習をする学生たちの声が鳴り響く。
つまらない。
言い寄ってくる男子も、みんな薄っぺらくて、表面的なところだけ取り繕ってる猿にしか見えない。
どうせみんな、ウチがすぐやらせてくれると思ってるの。
サッカー部だろうが何だろうが、ちっともかっこよくなんて見えなくなっちゃった。
安い男に処女を捧げたのを、ウチは一生後悔しそうな気がする。
3階の窓際の席から外を見ていると、校舎と体育館の間で、ナヨナヨした1人の男子が4人の男子から詰められているのを見つけた。
声までは聞こえないけど、4人は激しく怒鳴りつける。そして、寄ってたかって殴る、蹴る。思わず目を瞑った。
目を開けると4人はいなくなっている。いじめられていた男子だけが、うずくまって倒れていた。
硬い硬いアスファルトの上で動かない。
胸がギュッとなる。
ウチも辛い。あの子はもっと辛い。
ウチだったら、もう泣き叫んで死んじゃうよ。あんなことされたら。
大丈夫かな。動かないけど。
他の誰にも気づかれない男子に夕日が差す。
カラスの鳴き声と、野球部の叫び声が混ざってうるさい。
傷だらけの男子は、ボロボロの手を地面についた。そしてゆっくりと立ち上がる。
傷だらけの顔が見えた。
トクン、と胸から音がした気がした。
あんなにやられたのに、折れていないように見える。身体はやられても、心までは屈していない。むしろ、強くなっている気がする。
最初に見たときは、ナヨナヨした変な奴だと思ってた。でも、よく見たらすごく真っ直ぐな目をしている。
他の男子とは違う。そう確信した。
あの子は人一倍苦しんでいる分、人一倍深みがある気がする。
ヘラヘラ遊び回ってる人とは、なんていうか、奥行きが違うの。
かっこいい男子に憧れていた、あのピュアだった頃の気持ちを思い出した気がした。
人生って苦しい。
苦しいけど、生きてるから苦しめる。
きっと、苦しみを味わってきた人間にしか出せない深みがある。
苦しいときは、人としての深みを出すための修行だと思うことにしよう。
ちょぴっと苦しいときも、すっごい苦しいときも、人としての深みを出すためだと思えば、逃げずに踏ん張れる。
傷だらけの男子は、1人で校門まで歩いていった。
夕日に照らされていたその人が、今は夕日を照らす側になっているように見えた。
誰だか知らないけど頑張って。君は誰よりもかっこいい。
誰も見てないと思ってるかもだけど、君が頑張ってるのはウチがちゃんと見てた。
ウチも頑張る。ありがとう。

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