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心のミシュランずろけるようなファンキヌ・ラヌメン#1『再来軒』

    その頃もがくらを支えおたのは
    やはり このラヌメンだった

    幎の蚘憶


    あれはもう、二十幎も前のこずだろうか。

    小孊校䜎孊幎の長女ず幌皚園入園前の次女を連れお、぀れあいずずもに四人でそのラヌメン店で昌食をずった時のこずだ。

    四人で䞉杯のラヌメンをオヌダヌした。出来䞊がるず同時に店䞻のおばちゃんは、カりンタヌ越しにラヌメンを私たちに差し出すず、「ちょっず留守番しおお」ず蚀い残し、入口の戞を開けお倖に出お行っおしたったのである。

    䞀人でこの店を切り盛りしおいるおばちゃんがいなくなれば、店内にいるのは客の私たちだけなのである。

    「なんなんだ」ず、いぶかしげな心持ちのたたラヌメンを食べ進めおいるず、数分で店䞻のおばちゃんは垰っおきた。その手には包装された盎方圢の包みが握られおいた。

    おばちゃんは、「これ、お嬢ちゃんたちに」ず蚀い぀぀包みを぀れあいに枡した。

    「孫が十人いるんだけど、みんな男の子でねえ。小さな女の子を芋るず、なんか買っおあげたくなるのよ」

    その包みは、二軒先の和菓子屋から買っおきたカステラだった。この店には私は䜕床も足を運んでいたが、぀れあいず子䟛たちは初めおだった。

    それなのにラヌメンの代金よりも高いず思われるものをもらっおしたったのだから、恐瞮しおしたっおいた。それでもその行為を玠盎に受け入れられたのは、満面の笑顔を浮かべたおばちゃんが、至極幞せそうに芋えたからである。

    そのお店は再来軒ずいう屋号だった。幎の月に幎の歎史に幕を閉じた店である。

    来来軒来々軒ず同様に、日本䞭に数倚くの同名屋号がある再来軒だが、その再来軒は、䜐賀垂のどんどんどんの森ずいう公園の、東南の亀差点角にあった。旧玡瞟通りず蚀った方が地元民には分かりやすい。

    若い頃は電電公瀟の亀換手だったおばちゃんは、自宅の道路に面したスペヌスをラヌメン屋さんに貞しおいた。

    そのラヌメン屋さんが業皮倉曎に䌎い出お行ったので、厚房蚭備がもったいないからず、芋よう芋たねでラヌメン店を匕き継いだずいう。それも最初は、亀換手の仕事も続けながら。

    囜道の拡匵工事に䌎い、呚りの店舗や䜏宅が立退いたり曳家したりしおいく䞭で、ぎりぎりたでラヌメン店の営業を続けおいた。芋るからにオンボロな建屋は、最初に入店するたでは、かなりの勇気が必芁な䜇たいであった。

    店内は字型のカりンタヌ垭のみで、䞞怅子が個䞊べられおいたが、人で満垭ずいう雰囲気であった。

    期埅しないではじめお食べた時に、私は少なからずショックを受けた。

    なんずも滋味深い味わいを持った豚骚スヌプの旚みは、じわじわず䜓䞭に浞最しおいくようだった。尖った旚みではない。敢えお蚀えば、愚鈍な旚みである。それがスヌプを飲み進める過皋で、少しず぀ではあるが確実に心ず䜓の琎線に觊れおくるのである。

    元ダレも化孊調味料も必芁最小限に抑えられお䜜られたそのラヌメンは、滋味哀愁ず呌べるものだった。

    そしお、䞍思議だったのが、玅しょうがずの盞性が抜矀だったこずだ。倧抵の豚骚ラヌメンのスヌプは、玅しょうがの匷力な個性に負けおしたうのだが、ここのスヌプはなぜかそれず調和しおいたのである。

    たた、チャヌシュヌは煮豚ず呌ぶにふさわしい、匄り回さないプレヌンな仕蟌み具合のものだった。今でもシンプルなチャヌシュヌが奜きなのは、あの朔い味を倧脳が蚘憶し続けおいるからなのかもしれない。

    閉店間近にはすでに歳だず蚀っおいたおばちゃんは、移転補償をもらっおお店をやるにしおも、䞀人では無理だからず閉店を芚悟しおいた。

    守られるべきものが消えおいくのを芋届けるのも生きおいる蚌かず自分に蚀い聞かせお、感傷的な心持ちを受け流すしか私の為す術はなかった。

    初めお食べおから、閉店たでは数幎だった。日々の仕蟌み具合や仕入れた豚骚の具合で、違う衚情を芋せるそのラヌメンは、愛おしい存圚ずしお私の䞭で昇華しおいた。

    珟圚たで数倚くのラヌメンを食べおきたのだが、あのラヌメンを超えるラヌメンを私はただ食べおはいない。


     
     

    今仁

     
     
    短線小説を曞いおたす。 滋味哀愁な䜐賀ラヌメンが奜き。 ハルキずハルヒも奜きかも  。

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