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死亡保険が楽しみで

     郵便局で「終身の死亡保険」に加入した。契約後、5年以降に亡くなると、支払った金額より約100万円多い死亡保険金がおりるという。お得感満載。局員の方にも勧められ、契約に踏みきった。
     ところが2時間近くに及ぶ手続き中、だんだんこの保険への加入は、必要ではないものに思えてきた。私には子どもがいない。お金を残す必要もない。葬儀や後始末にかかる費用は、なんとか貯蓄でまかなえるだろう。そのうえ保険金の受取人に指名した夫は、私より11歳年上。私が死ぬころには、たぶん彼もこの世にはいない。よって掛け金より多い死亡保険金をもらっても、喜ぶ人の顔が思い浮かばなかった。
     それでも契約をやめたり、後にクーリングオフにもしなかったのは、「まあいっか」と思ったからである。禅僧の南直哉氏の言葉に、
    「人生、棒に振ってもいい、と思って生きるくらいでちょうどいい」というのがある。今の私はまだ、人生を棒に振ってもいいとまでは思えていないし、お金が有り余っているわけでもない。ただ、死んだあとのことは、棒に振るくらいの思いで生きるのも面白い。そして私の死亡保険金がもし世のため、人のために使われるのなら、それもまた良し。そうだ、自分の死亡保険金がどんなふうに使われるのかを見るのも、死後の楽しみのひとつにしよう。
     契約後、郵便局内には他に客がいなかったこともあり、その場にいた局員全員が立ちあがり、「ありがとうございました」と言った。契約したのは私の意志なのに、「お土産です」と袋いっぱい、タオルやテッシュやラップなど、生活必需品までくれた(まだ生きていていい、っていうことね)。
     それで私も一言くらい何か面白いことでも言わなければと思い、とっさに浮かんだ『徒然草』の一節を口走った。
    「かの有名な『徒然草』にもね。よき友の例として、「ものくるる(くれる)人」って書いてあるんですよ。今日はたくさんのお土産までいただき、ありがとうございました」。
     うなずきながら笑って聞いてくれていた年配の局員もいたが、きょとんとしているおぼこ局員もいた。「よき友=ものをくれる人=お土産をくれた郵便局=よき郵便局」ということを伝えたかったんですけれどね。
     人に何かしてもらったとき、くすっと笑える話が出来る人を、私は尊敬する。しかしまだまだの私は、せめて今回口をすべらせてしまった『徒然草』をもう一度読みなおしてみようと思った。
     死亡保険を自分にかけた日、新たに生まれた私の課題、それは『徒然草』の再読であった。    

    #創作大賞2026 #エッセイ部門


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