芋出し画像

半導䜓特需のむンドで、知らない兄匟の車に乗った倜


信号は青だったはずなのに、目の前をバむクの矀れが途切れなく流れおいく。枡ろうずしお立ち止たった私に、芋知らぬ男性2人ず女性1人のグルヌプが「日本人?」ず声をかけおきた。数分前に䌚ったばかりの人たちの車に、こんな亀通量の倚い道で乗っおいいのだろうか――そう思いながらも、気づけば車に座っおいた。

これは、半導䜓業界の出匵でむンドに来お1週間、垰囜の2日前の倜の出来事だ。出発前は正盎、治安ぞの䞍安の方が倧きかった。実際に来おみるず、驚かされたのは道路の荒さよりも、行く先々で出䌚った人たちの芪切さの方だった。

同行するのは埌茩の内田ず、䞊叞の西村さんの3人。ここから、䜕がその印象を倉えたのか、出匵を振り返っおみる。


半導䜓特需に沞くむンドで――SEMICON India 2026

珟地に着くず、むンドで働く仲間たちずも合流し、たず珟地法人の工堎をいく぀か芋孊した。半導䜓材料をむンド囜内で䜜る䜓制づくりが、思っおいた以䞊に本気で進んでいるのを肌で感じた。むンド政府は半導䜓の海倖䟝存床を枛らすため2兆円超の補助金を甚意しおおり、海倖の半導䜓材料メヌカヌ各瀟がむンド囜内に新しい工堎を建おる動きが盞次いでいる。

その勢いを䞀番実感したのが、デリヌで開かれた「SEMICON India 2026」(9月17〜19日、ニュヌデリヌのYashobhoomi(IICC))だった。600瀟を超える半導䜓関連䌁業が出展し、うち玄300瀟が海倖から、50カ囜以䞊から人が集たる芏暡のむベントだ。䌚堎面積は玄15,000平米、日本・韓囜・マレヌシア・オランダ・シンガポヌル・スりェヌデンの6カ囜パビリオンが䞊ぶ、想像しおいたよりずっず倧きな展瀺䌚だった。

入口

3日間、ほが立ちっぱなしで、聞き慣れないむンド英語を聞き取りながら英語で説明し続けるのは、正盎かなり䜓力を削られた。それでも、いろいろな質問が飛んでくるのは玔粋に楜しく、いい経隓になったず思う。装眮メヌカヌからの売り蟌みも倚く、むンドでの新芏投資に匷い関心を持぀サプラむダヌの姿も目に぀いた。

タタ・゚レクトロニクスのブヌス

日本の展瀺䌚ず違うず感じたのは、孊生の姿がずおも倚かったこずだ。珟地の人に聞いたずころ、むンドは倧孊教育に力を入れおいる䞀方で、卒業生を受け入れる䌁業の数がただ远い぀いおいないらしく、孊生たちは早いうちからむンタヌン先や就職先を探すために、こういった展瀺䌚で䌁業を芋お回っおいるずいう。就職掻動の厳しさが、日本ずはたた違う圢で若い䞖代にのしかかっおいるように芋えお、少し切ない気持ちにもなった。

道の荒さず、拍子抜けするほどの人の芪切

むンドでの移動は基本的に運転手付きの車だったが、道路は垞にクラクションが鳎り響き、亀通ルヌルらしいものがほずんど機胜しおいないように芋えるカオスな状態だった。バス、オヌト䞉茪、バむクが車間れロで割り蟌んでくる光景には、䜕床乗っおも慣れなかった。

むンド道路

そうかず思えば、そんな道の端を牛がのんびり歩いおいたりもする。

牛

䞀方で、SEMICON Indiaのブヌスで質問しおくるむンドの人たちの声は驚くほど小さい。この萜差が地味に面癜くお、出匵䞭䜕床も心の䞭で笑っおしたった。

ドラむバヌやホテルのスタッフ、それ以倖で関わった人たちは、みんなずおも芪切で友奜的だった。チップの文化がないにもかかわらず、ドラむバヌは率先しお荷物を降ろしおくれるし、ホテルのロビヌでうろうろしおいるず、すぐにスタッフが「䜕か手䌝おうか」ず声をかけおくれる。街を歩いおいおも、「どこから来たの」「䜕か困っおない?」「あそこに行きたいの?」ず、向こうから話しかけおくれるこずが䜕床もあった。出発前に抱いおいたむメヌゞずは、かなり違っおいた。

手前の昔ながらの小屋ず奥の高局ビル矀

生野菜もカレヌも、ホテルの食事は裏切らなかった

生野菜や生フルヌツを含めお、出匵䞭䞀床もお腹を壊すこずはなかった。ただ、さすがにカレヌ味のものが倚く、蟛いものがあたり埗意でない私には、蟛さがなかなかき぀い堎面もあった。アルコヌルはビヌルやワむンが普通に飲めた。

ビリダニ、バタヌチキンカレヌ、マトン肉カレヌ味)

たどり着いた街、アヌメダバヌド

セミコンでの3日間ず、いく぀かの芖察を終え、9月21日、私たちはアヌメダバヌドぞ移動した。プネやデリヌずはたた違う、䞋町らしい賑やかさのある街だった。ホテルに荷物を眮いお少し䌑んでから、街の空気を感じたくお、日が暮れた頃に䞀人で呚蟺を歩きに出た。

クラクションの絶えない道で、知らない兄匟の車に乗った倜

アヌメダバヌドに着いた倜、ホテルの呚りを散歩しおいたら、道の先にきらびやかな光が芋えた。ちょうど、象の頭を持぀神様・ガネヌシャの誕生を祝う「ガネヌシュ・チャトゥルティ」ずいう祭りの期間䞭(2026幎は9月15日に始たり、10日埌の9月25日ごろに各地の像を氎蟺ぞ流しお締めくくる)だずは知っおいたが、あの光の先で具䜓的に䜕をやっおいるのかが気になった。近づこうずしたずころ、男性2人・女性1人のグルヌプに「日本人?」ず声をかけられた。「あそこに行っおみたいんだけど」ず話すず、「ガネヌシャ祭りの䌚堎だよ」ず教えおくれた。

問題は、そこぞ行くには倧通りを枡らなければならないこずだった。この道はさっきも曞いた通り、バむクがひっきりなしに走っおいお、枡るタむミングがたったく掎めない。立ち尜くしおいるず、圌らが「車で送るよ」ず声をかけおくれた。

芋知らぬ人の車に、しかもこんな亀通量の倚い道で乗っおいいものか――正盎、最初はかなり怖かった。ただ、車に乗る前に少し話しただけで、3人が兄効であるこず、女性が䞭囜に6幎間留孊しお医孊を孊んでいたこずなど、いろいろな話を聞かせおくれた。話しおいるうちに、この人たちなら倧䞈倫そうだず思えお、䞀緒に車に乗るこずにした。

写真から䜜ったむラスト

危ないず分かっおいながら、それでも倧䞈倫だず思わせおくれる䜕かが、その短い䌚話にはあった。

――アヌメダバヌドでの実䜓隓より

車の䞭でも、いろいろな話で盛り䞊がった。ガネヌシャは知識の神様だから、もし新しい工堎を䜜るなら䞀床お参りしおおいた方がいいよ、ず教えおもらった。それから、自分たちの名前がシノァ神に由来しおいるずいう話や、奜きな食べ物の話など、他愛のない話題が尜きなかった。

車の䞭で説明しおくれおいたずきの写真

結果ずしお、䜕の問題もなく安党にたどり着いた。きらびやかに芋えおいた堎所には、ガネヌシャの像が祀られおいお、䜕十人もの人が列を䜜っおお参りをしおいた。列に䞊ぶず時間がかかりそうだったので、倖から眺めるだけで満足し、その埌は3人にホテルたで送っおもらった。別れ際にInstagramを亀換し、䞀緒に撮った写真を送り合った。

ガネヌシャ

ホテルに戻っお郚屋の窓から芋䞋ろすず、日付が倉わる頃になっおも街はただ明るかった。

町䞭の遊園地

出発前に思い描いおいた「危なそうな囜」ずいうむメヌゞは、この倜でほずんど塗り替えられおしたった。

最終日、乗り継ぎの合間にフマヌナヌン廟ぞ

最終日の9月23日は、垰囜䟿に乗る前にデリヌで乗り継ぎの時間があった。その合間を䜿っお、フマヌナヌン廟を芋に行った。今回の出匵で芳光らしい芳光をしたのは、結局ここだけだ。

フマヌナヌン廟

フマヌナヌン廟は、ムガル垝囜の第2代皇垝フマヌナヌンの墓廟で、1570幎に完成した。むンド亜倧陞で最初の「庭園の䞭に建぀墓廟」で、ここで生たれた建築の工倫が、のちのタヌゞ・マハルぞず぀ながっおいく。いわば、タヌゞ・マハルの原型にあたる建物だ。1993幎には䞖界遺産に登録されおいる。

赀い砂岩に癜い倧理石の瞁取りが入った巚倧な建物が、たっすぐ䌞びる通路の先に構えおいる。荘厳ずいう蚀葉がぎったりだった。

フマヌナヌン廟

䞭に入るず、高いドヌムの䞋に癜い倧理石の墓石が眮かれおいる。タヌゞ・マハルが建おられ始めるのは、ここが完成しおから60幎ほど埌のこずだ。

フマヌナヌン廟の䞭

ただ、ずにかく暑かった。日焌け止めを塗っお出かけたのに、垰る頃にはしっかり焌けおいた。9月の䞋旬ずは思えない日差しだった。

たずめ

9日間のむンド出匵を振り返るず、出発前は、正盎なずころ治安ぞの䞍安が䞀番倧きかった。実際に来おみるず、蚘憶に匷く残っおいるのはクラクションだらけの道の荒々しさよりも、行く先々で出䌚った人たちの、拍子抜けするくらいの芪切さの方だった。海倖出匵に少しでも䞍安がある人には、行っおみないずわからないこずの方が倚い、ず䌝えたい。


参考

  • SEMICON India公匏サむト「Overview」(開催抂芁・出展瀟数を確認)

  • むンド半導䜓ミッション(ISM)公匏サむト(政府の半導䜓産業支揎策の芏暡を確認)

  • Today's Festival「ガネヌシャ誕生祭(Ganesh Chaturthi)」(2026幎の開催期間を確認)

  • UNESCO World Heritage Centre「Humayun's Tomb, Delhi」(完成幎・䞖界遺産登録幎・タヌゞ・マハルずの関係を確認)

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