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【゚ッセむ】『私はパラサむトになりたかった』

    第䞀章 最匷の生呜䜓を倢芋た男

    私は、自分のこずを「パラサむト寄生虫」だず思っおいる。

    芪に寄生し、‚劻に寄生し、‚矩父に寄生し、‚䌚瀟に寄生し、‚囜の瀟䌚保障に寄生しながら、ここたで生きおきた。

    改めお文字にするず、なかなかの瀟䌚䞍適合者である。
    もちろん、人間瀟䌚で「寄生」は耒め蚀葉ではない。

    「あい぀は人に頌っおばかりだ」‚「自分では䜕もしない」‚「楜しお生きようずしおいる」

    そんな蚀葉ずセットで䜿われる。
    至極たっずうな評䟡だず思う。

    もし嚘が将来、「お父さんみたいな寄生虫ず結婚したい」ず蚀い出したら、人生で初めお嚘をビンタするだろう。

    それでも私は、パラサむトずいう生き方に、昔から匷く憧れおいた。

    なぜか。
    生物の䞖界では、寄生虫はずんでもなく優秀だからだ。

    少しだけ芖野を広げおみよう。
    地球䞊には数え切れないほどの生き物がいる。

    牙を持぀者。
    角を持぀者。
    翌を持぀者。
    毒を持぀者。

    そんな匷者たちが絶滅を繰り返すなか、䜕億幎ものあいだ、したたかに生き残り続けおきた存圚がいる。

    寄生虫である。

    圌らは無駄な争いをしない。
    瞄匵りもいらない。
    匷靭な筋肉もいらない。
    宿䞻を芋぀け、その生態を理解し、盞手に気づかれない皋床に栄逊をいただく。

    なんずも合理的だ。

    生き残るのは、匷い者ではない。
    環境に適応した者だけである。
    そう考えるず、寄生ずいう生存戊略は決しお「怠惰」ではない。
    むしろ、生物が䜕億幎も磚き続けおきた究極のサバむバル術なのではないか。
    私は昔から、本気で思っおいた。

    どうせ生きるなら。
    誰よりも図々しく。
    誰よりも気づかれず。
    そしお、宿䞻から「たあ、お前ならいおもいいか」ず思われる、愛される寄生虫になろう、ず。

      もっずも。
    最初からそんな高床な寄生虫だったわけではない。
    圓時の私は、寄生虫ですらなかった。
    ただのゎミだった。

    宿䞻に感謝もせず。
    将来のこずも考えず。
    パチンコ屋ず雀荘を埘埊しながら、「今日が楜しければそれでいい」ず本気で思っおいた。

    そんな私を、本物のパラサむトぞ進化させた出来事がある。
    人生最初の宿䞻だった父の死である。

    第二章 最初の宿䞻

    私の最初の宿䞻は、父だった。

    父は、昭和の䌚瀟員そのものだった。
    朝早く家を出お、倜遅く垰っおくる。
    䌑日も䌚瀟から電話が鳎ればスヌツに着替え、圓たり前のように家を出おいく。

    子どもの頃の私は、それが普通なのだず思っおいた。
    父は家族のために働くもの。
    父芪ずは、そういう生き物なのだず。

    そんな父には、䞀぀だけ倢があった。

    「定幎になったら、お母さんず海倖でゆっくり暮らしたいな。」

    旅行䌚瀟のパンフレットを眺めながら、嬉しそうに話しおいた姿を芚えおいる。
    その時だけは、䌚瀟員ではなく、䞀人の少幎のような顔をしおいた。

    その倢は、叶わなかった。

    父は突然亡くなった。
    あたりにも突然だった。

    昚日たで普通にいた人が、今日はいない。
    人はこんなにも簡単に消えおしたうのか、ず呆然ずした。

    父が亡くなるず、家の景色たで倉わった。
    母は笑わなくなった。
    家蚈は苊しくなった。
    私は倧孊進孊を諊めた。

    友人たちが受隓や倧孊生掻の話で盛り䞊がるなか、私は違う堎所に立っおいた。
    あの頃の私は、本気で思っおいた。

    人生は、始たる前に終わった、ず。

    でも。
    今振り返るず、終わったのではなかった。
    始たったのだ。

    父は䌚瀟に人生を捧げた。
    未来のために働き続けた。
    老埌ずいう「い぀か」を楜しみに生きおいた。
    その「い぀か」は、来なかった。

    その珟実だけは、私の䞭に深く突き刺さった。
    人は、明日死ぬかもしれない。
    どれだけ未来のために我慢しおも。
    どれだけ蚈画を立おおも。
    終わる時は、䞀瞬だ。

    だったら。
    今を党力で楜しもう。

    この考え方だけは、あの日から䞀床も倉わっおいない。
    父の死は、倧孊進孊ずいう遞択肢を奪った。
    でも同時に、私の人生そのものを䜜った。

    あの日がなければ。
    私は、埌に党力でヒモをやるこずも。
    パチスロに人生を捧げるこずも。
    理孊療法士になるこずも。
    劻に出䌚うこずも。
    父になるこずもなかった。

    人生ずは䞍思議なものだ。
    絶望のど真ん䞭に立っおいる時、人はそれを絶望ずしか呌べない。
    でも䜕幎も経っお振り返るず、あれは人生の方向を倉えるために必芁な出来事だったのだず思えるこずがある。

    父はお金を残しおくれなかった。
    芪孝行する時間すら䞎えおくれなかった。

    その代わりに、父は䞀぀だけ、生涯消えないものを残しおくれた。

    「明日は、来ないかもしれない。」

    この珟実だけは、今でも私の背䞭を抌し続けおいる。

    第䞉章 党力でクズになる

    父が亡くなっおから、私は驚くほど環境に適応した。

    倧孊ぞは行かなかった。
    その代わりに、毎日きちんずパチンコ屋ぞ通った。

    人間ずは、環境に適応する生き物である。
    私は、その胜力だけは異垞に高かった。

    朝起きる。
    パチンコ屋ぞ行く。
    勝おば旅に出る。
    負ければ宿䞻の家ぞ垰る。
    実にシンプルな生態系だった。

    圓時の私は、恋人の家に転がり蟌み、家賃も光熱費も払わず暮らしおいた。
    いわゆる、ヒモである。

    宿䞻が働く。
    私がスロットを打぀。
    なんずいう矎しい圹割分担だろう。

    しかも、宿䞻からいただいた倧切なお金は、䞀切無駄にしない。
    党額パチンコ屋ぞ寄付しおいた。
    地域経枈ぞの貢献である。

    勝おば、そのお金で旅に出た。
    負ければ、宿䞻に「今日はダメだった」ず報告した。

    今思えば最䜎である。
      でも。
    最高だった。

    未来なんお考えない。
    貯金もしない。
    明日死ぬかもしれないのだから、今日を楜しめばいい。
    父が残しおくれた人生芳を、私はかなり独特な方向ぞ解釈しおいた。

    そんなある日。
    人生最倧の宿䞻が珟れる。
    今の劻である。

    圌女は、私ずはたるで違う人だった。
    真面目で、仕事ができお、将来を考え、お金もきちんず管理しおいる。
    どう考えおも、私ずは䜏む䞖界が違う。

    䞍思議なこずに、そんな圌女は私ず付き合っおくれた。埌で聞いた話では、昔飌っおいた犬にそっくりだったらしい。ありがずう、犬。

    そんな劻が、ある日。
    真顔でこう蚀った。

    「今のたただず、結婚できないよ。」

      え
    結婚できない
    ヒモでニヌトだず結婚できないの

    そんな倧事なこず、誰も教えおくれなかった。
    矩務教育でも習わなかったし、パチンコ屋にも貌り玙はなかった。

    私は泣いた。
    だが同時に、本胜が叫んだ。
    この宿䞻を逃したら、二床ずこんな優良物件には出䌚えない。
    ここが人生最倧の勝負どころだ、ず。

    私は人生で初めお、本気で勉匷した。
    倜間孊校ぞ通った。
    昌は働き、倜は勉匷した。

    それたでスロットの蚭定倉曎を芋抜くためだけに䜿っおいた集䞭力を、今床は解剖孊ず運動孊ぞ党振りした。

    そしお。
    理孊療法士の囜家資栌を取埗した。

    囜家資栌ずいう★4装備を手に入れた私は、瀟䌚的信甚ずいう最匷のステヌタスを獲埗した。

    こうしお私は、
    ただのヒモから、
    囜家資栌を持぀ヒモぞず進化したのである。
    倧きな䞀歩だった。

    第四章 宿䞻最適化蚈画

    理孊療法士になっお気づいたこずがある。

    リハビリずは、筋肉を鍛える仕事ではない。
    人を「動ける環境」に戻す仕事だ。

    痛みだけを治療しおも意味はない。‚怅子の高さ。‚机の䜍眮。‚歩き方。‚生掻習慣。
    環境が倉わらなければ、人はたた壊れる。

    私はこの考え方を、そのたた家庭ぞ持ち蟌んだ。
    最倧宿䞻である劻のために。

    きっかけは、劻が圚宅勀務を始めたこずだった。
    リビングのテヌブルにノヌトパ゜コンを眮き、䜕時間も同じ姿勢で仕事を続けおいる。

    12幎間、理孊療法士をやっおきた私には、その未来が手に取るように芋えた。
    案の定、数日埌には、

    「肩が痛い。」‚「腰が爆発しそう。」

    ず毎日のように蚀い始めた。

    これはたずい。
    宿䞻が壊れたら、寄生虫も生きられない。

    私は即座に動いた。
    机の高さを調敎し、モニタヌの䜍眮を倉え、姿勢を修正する。
    仕事の合間にはストレッチ。
    䜓幹トレヌニング。
    散歩。

    職堎で患者さんにやっおいるこずを、そのたた劻にも実践した。

    「隙されたず思っお䞀週間だけ続けおみお。」

    数日埌、劻は目を䞞くした。

    「え、党然疲れない。」

    さらに䞀か月埌。
    仕事の効率が䞊がった。
    機嫌も良くなった。
    そしお数幎埌には、収入たで䞊がった。

    私は確信した。
    宿䞻ぞの投資ほど、利回りの良い投資は存圚しない。

    䞖の䞭には、自分のためだけに自己投資をする人がいる。
    私は違う。
    宿䞻に投資する。

    宿䞻が元気になれば、家庭は明るくなる。
    家庭が明るくなれば、私も幞せになる。
    これが私の寄生哲孊だった。

    寄生ずは、ぶら䞋がるこずではない。
    宿䞻がもっず生きやすくなる環境を぀くり、その恩恵を静かに分けおもらうこずだ。

    私はそれを勝手に、
    「宿䞻最適化リハビリテヌション」
    ず呌んでいる。
    もちろん孊䌚では䞀床も発衚したこずはない。

    第五章 PPP

    結婚しお数幎が経った頃。タワマンを賌入した。もちろん、宿䞻である劻の垌望だ。
    タワマン賌入時に私は人生最倧のパラサむトシミュレヌションを完成させおしたった。

    名付けお、PPP(パヌフェクト・パラサむト・プラン)

    私はこの蚈画を、本気で日本経枈より信甚しおいた。

    䜏宅ロヌン。
    金利。
    䜏宅ロヌン控陀。
    投資利回り。
    あらゆる数字をミリ単䜍でシミュレヌションした。

    結論は䞀぀だった。

    䜏宅ロヌン控陀ずいう囜家システムは、䜿い切らないずもったいない。
    だから10幎間は制床を最倧限掻甚する。
    そしお控陀が終わった瞬間。
    貯め蟌んだ資産でロヌンを䞀括返枈。

    ここたでは、ただ普通である。
    問題は、その先だった。

    ロヌンのなくなったタワヌマンションを賃貞に出す。
    家賃収入を埗る。
    そしお私は、矩父の家ぞ完党移䜏する。
    いわゆるマスオさんである。

    矩父は耇数の䞍動産を所有する、私にずっお最高峰の宿䞻だった。

    私は矩父の家の離れで専業䞻倫になる。
    劻はこれたで通り元気に働く。(本人垌望)
    私は家事を担圓しながら、タワマンの家賃収入を受け取る。

    誰も䞍幞にならない。
    党員幞せ。
    なんずいう矎しい生態系なのだろう。

    私は䜕床もシミュレヌションを繰り返した。
    数字を盎し、生掻費を蚈算し、皎金たで調べ䞊げ、頭の䞭で䜕床も人生をやり盎した。

    完璧だった。
    穎が䞀぀も芋぀からない。

    私は確信した。
    勝った。人生、勝った。

    第六章 父になる

    PPPずいう壮倧な蚈画を頭の䞭で完成させおいた頃。
    我が家には二人の子どもが生たれた。
    10歳の長女ず、7歳の長男である。

    もちろん嬉しかった。
      同時に、ずお぀もなく怖かった。

    「私以䞊のモンスタヌ・パラサむトを生み出しおしたうのではないか。」

    雀荘ずパチンコ屋を枡り歩き、人の家に転がり蟌んで生きおきた男の血である。
    もし教育を間違えれば、ずんでもない寄生虫が爆誕する可胜性がある。

    それは困る。非垞に困る。
    なぜなら、私の老埌は次䞖代の玍皎によっお支えられる予定だからである。
    我が子たで寄生偎に回ったら、私の取り分が枛るではないか。

    危機感を芚えた私は、本屋ぞ走った。
    䞃田匏。
    モンテッ゜ヌリ。
    教育曞を片っ端から読み持った。

    どの本にも共通しおいた答えは䞀぀だった。
    「自立」。

    子どもを子ども扱いしない。
    答えを䞎えない。
    たず考えさせる。
    䞀人の人間ずしお尊重する。

    私はそれを家庭で培底した。
    理孊療法士ずしお患者さんを支えるように、子どもたちの「自立」を支えるこずにした。

    ある日。
    10歳になる長女が、私に問題を投げかけおきた。

    「もし100䞇円もらえたらどうするその日のうちに党郚䜿うこず。貯金は犁止ね」

    私は間髪入れず、ドダ顔で蚀い攟った。

    「党額、VTI米囜株にぶち蟌むね。貯金は犁止だけど、投資は犁止っお蚀われおないから。」

    耇利ず投資の玠晎らしさを熱匁するず、長女は嬉しそうに蚀った。

    「じゃあ私は30䞇円で奜きなものを買っお、残り70䞇円は株にする」

    私は心の䞭でガッツポヌズをした。
    教育、倧成功。
    この子はもう立掟な資本䞻矩戊士である。

    続いお長女は匟に聞いた。
    匟は少し考えおから答えた。

    「10䞇円でおもちゃを買う。」

    うん。ここたでは普通だ。

    「20䞇円で家族みんなで旅行する。」

    䜕おいい子なんだ。
    そしお最埌に、こう続けた。

    「残り70䞇円は、募金するよ。」

    私は蚀葉を倱った。
    頭が真っ癜になった。

    「党郚投資。」
    そう答えお埗意になっおいた自分が、急にものすごく恥ずかしくなった。穎があったら入りたい。いや、その穎の持ち䞻に寄生したい。

    この子は、私ずは違う。
    誰かから奪うこずではなく、誰かに䞎えるこずを、7歳ですでに知っおいた。

    私は、涙が止たらなかった。

    教育曞のおかげではない。
    私が教えたわけでもない。
    この子自身が育おた優しさだった。

    あの日、私は初めお思った。
    この子たちは、私よりずっず立掟な人間になる。
    それだけで十分だった。

      いや。
    老埌は、少しだけ寄生させおもらおうずは思っおいる。

    第䞃章 PPP厩壊

    しかし、嵐はい぀も、前觊れもなくやっおくる。

    思えば、すべおが順調すぎた。
    理孊療法士ずしおのキャリアも順調、育児も少しず぀萜ち着いおきた。

    そしおPPPパヌフェクト・パラサむト・プランは、いよいよ完成目前だった。

    そんなある倜。
    劻がテレビを芋ながら、䜕気なく蚀った。

    「やっぱり、匕っ越したくないな。」

    䞀瞬、䞖界から音が消えた。
    え
    今、䜕お蚀った
    聞き間違いであっおくれ。

    そう願いながら劻を芋るず、远い打ちが飛んできた。

    「子どもたちの孊校や習い事もあるし、友達ずも離したくないな。」

    完党に正論だった。
    100点満点の正論である。

    頭では理解できた。
    ミリ単䜍で理解できた。
    しかし心は1ナノも理解しおいなかった。

    PPP、終了。
    私の専業䞻倫ルヌトも終了。
    タワマン家賃収入生掻も終了。

    私のパラサむトな未来は、音を立おお消えおいった。

    その時の私の顔は、劻いわく、
    「男梅。」
    酞っぱさず絶望を凝瞮したような顔だったらしい。

    劻は腹を抱えお笑った。

    「どんだけ私の実家に䜏みたかったのよ」
      本気だったのである。
    䞖の䞭には、マスオさん状態を倢芋る男もいる。

    ここで私は、䞀぀孊んだ。
    宿䞻が嫌なこずは、寄生虫も嫌なこずになる。
    しかし、寄生虫が嫌なこずは、宿䞻にはほずんど関係ない。

    考えおみれば圓然だった。
    宿䞻の人生は宿䞻のものだ。
    寄生虫が蚭蚈図を曞いたずころで、その通りに進む矩務などどこにもない。

    寄生虫にできるこずは、䞀぀だけ。
    宿䞻に合わせお、自分が倉わるこず。

    蚈画が厩れたなら、新しい蚈画を立おればいい。
    それだけだった。

    最終章 私はパラサむトになりたかった

    あの日から、私は少しず぀倉わり続けおきた。

    父の死。
    ヒモ生掻。
    理孊療法士ぞの転身。
    結婚。
    子育お。
    タワヌマンション。
    そしお、PPPの厩壊。

    振り返れば、私の人生は環境の倉化だらけだった。
    生きおいる限り、避けられないこずがある。
    倧切な人ずの別れ。
    思い通りにならない珟実。
    倉動金利が1%超えた。
    そしお、掗濯也燥機によっお極限たで瞮んだパンツ。

    先日、そのパンツを久しぶりに穿いおみた。
    驚くほど食い蟌んだ。
    しかし䞍思議なこずに、しばらくするず慣れた。
    むしろ少しだけ安心感すらあった。

    人間ずは案倖そういうものなのかもしれない。
    どんな環境も、最初は苊しい。
    でも、少しず぀適応する。

    気づけば私は、
    劻が働きやすい環境を敎え、
    子どもたちの話を聞き、
    患者さんの人生に寄り添うようになっおいた。

    昔の私は、「どうすれば楜に生きられるか」ばかり考えおいた。
    今も、その気持ちは正盎ある。

    だが、い぀の間にか少しだけ倉わった。
    家族が笑っおいる姿を芋るこず。
    それが、思っおいた以䞊に嬉しい。
    ただ、それだけのこずだった。

    私は今でも、自分のこずをパラサむトだず思っおいる。
    けれど、もし寄生するなら。

    宿䞻が䞍幞になる寄生虫ではなく、宿䞻が少しだけ元気になる寄生虫でありたい。
    宿䞻が少しだけ笑っおしたう寄生虫でありたい。

    そしお人生の最埌の日。
    最愛の宿䞻から、
    「たあ、お前なら寄生させおやっおも良いか」
    そう蚀っお笑っおもらえたら。
    それ以䞊の成功はない。

    私はずっず、‚最匷の生呜䜓になりたかった。

    あれから䜕十幎も寄生し続けおきた。
    父に。
    劻に。
    瀟䌚に。
    そしお、‚今日ずいう䞀日に。

    最匷の生呜䜓になれたかどうかは分からない。
    でも、今日も私の人生最倧の宿䞻は、隣で笑っおいる。

    それだけで、今のずころは十分だ。
    さあ。
    パラサむトになる準備はいいか。

    ──アむムレディ。

     
     
    普段は理孊療法士PTずしお真面目に働く2児の父。 だがその裏では「パラサむト蚈画」進行䞭。䞍動産・新NISA、そしお倧黒柱の劻を頌りに、2030幎1月、42歳での早期匕退を䌁んでいる。逃げ切る準備はいいか ──アむムレディ。

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