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俺の生き様②〜早く大人になりたかった少年〜



    前回の

    「俺の生き様① 〜兄と父、そして貧乏だった少年時代〜」

    の続きです。

    https://note.com/safe_magpie2015/n/nbdd32a5b6991

    前回はこちらです↑よかったら読んでやってください( ;∀;)


    今回は高校生になるまでのお話です。

    高校の話に入る前に、少しだけ小学生の頃に戻ります。

    前回も書きましたが、父が働かなくなっていったことで家のお金はどんどん苦しくなっていきました。

    電気が止まる。

    ガスが止まる。

    水道が止まる。

    市営住宅の家賃も払えず、役所の方が家に来て、

    「少しずつでいいので払ってください」

    と言われていました。

    兄は親に暴力を振るうようになり、家の中は決して落ち着ける場所ではありませんでした。

    そんな生活を送る中で、私は小学6年生の頃にはある考えを持つようになります。

    全部、お金が悪い。

    お金さえあればこんなことにはならない。

    子どもながらに本気でそう思っていました。

    だから、

    早く大人になりたい。

    早く働きたい。

    早く稼ぎたい。

    そして、

    家を何とかしたい。

    そんなことを考えるようになりました。

    今思うと、小学生らしくない夢だったと思います。

    そんな頃、周りの友達の影響でバスケットボールを始めました。

    友達はみんな、

    「将来の夢はバスケット選手」

    と言っていました。

    だから私も同じように、

    「バスケット選手になりたい」

    と言っていました。

    でも心の中では違いました。

    家では電気がつかない日がある。

    ガスが出ない日がある。

    水が出ない日がある。

    トイレも流せない。

    お風呂にも入れない。

    そんな生活をしていて、

    本気でバスケット選手になれるなんて思えませんでした。

    だから本当の夢は別にありました。

    幸せになりたい。

    普通の家庭がほしい。

    ただそれだけでした。

    中学生になっても状況は変わりませんでした。

    ライフラインは止まり、

    何とか払って復旧し、

    また止まる。

    その繰り返し。

    3年間ずっとそんな生活でした。

    兄は私立高校へ進学していました。

    私はその学費を知っていました。

    だから最初から思っていました。

    自分は私立には行けない。

    だから勉強しました。

    とにかく勉強しました。

    志望校は県立高校。

    模試では毎回C判定。

    合格率50%。

    先生からも、

    「微妙なラインだな」

    と言われていました。

    それでも必死でした。

    落ちたら終わりだと思っていました。

    そして迎えた高校受験当日。

    不思議なくらい問題が解けました。

    自己採点では190点以上。

    今までで一番できた手応えでした。

    絶対受かった。

    これならB判定どころかA判定かもしれない。

    人生で初めてそう思いました。

    そして迎えた合格発表の日。

    そこで、私の人生を大きく変える出来事が起きます。

    長くなったので、続きは次回に書こうと思います。

    最後まで読んでいただきありがとうございました🙇


     
     
    浄化槽管理士 3児の父|貧乏、難病、子育て、仕事。 色々あった人生だからこそ伝えられることがある。 会社からひどい仕打ちをうけ、やる気をなくしましたが、 noteをすることでなんとか心を保ててます

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