環境が変わったら、息ができた 〜自分が自分でいられる場所〜
環境が変わると、同じ自分でも、こんなに息のしやすさが変わることがある。
求められるものが違えば、
評価されるところも違う。
もしかしたら、
「自分が変わらなきゃ」と思う前に、
「私は、どんな場所なら自分らしくいられるんだろう」
と考えてみることも、大切なのかもしれない。
そんなことを、最近感じる出来事があった。
私は今の職場で、よく言われてきた。
「もっと協調性を持って」
「周りを見て、もっと助け合って」
「自分のことだけじゃなくて、周りを意識して」
何度もそう言われるうちに、
「私って、そんなに気が利かないのかな」
「周りは見えている。でも、助けるタイミングや、どこまで入っていいのかが分からない」
「臨機応変に動けない、仕事ができない人間なのかな」
そんなふうに、自分を疑うようになっていった。
会議で、
「私はこう思います」
と違う意見を出すと、「それは違う」と否定されたり、強く詰められたりする。
あとから陰で言われることもあった。
そういうことが重なると、
「みんなと違う意見を持つことって、ダメなのかな」
「もしかして、私の見立てのほうが違うのかな」
と、自分が子どもを見て感じたことまで、自信が持てなくなっていった。
以前は、少し違った。
それぞれが子どもの様子を見て、
「私はこう思う」
と意見を出す。
違う意見も持ち寄りながら、
子どもにとって何がより良いのかを、みんなで考える。
最後は、上が全体を見て判断する。
それが私にとって、自然な働き方だった。
でも、人事配置が変わり、関わる人や立場が変わった。
いつの間にか、
「みんなで考えて、より良いものを探す」
というより、
ひとつの考えを軸に、みんなで合わせる
ような空気になっていた。
誰の意見が通りやすいのか、ということも重なって、声の大きい意見に流れていくように感じることもあった。
そんな環境の中で、私は少しずつ、
自分に自信がなくなっていった。
そんな中で、
このまま苦しいと思いながら過ごすだけじゃなく、
自分から何か変えてみようと思った。
その一つが、10月から始まる保育所等訪問支援だった。
保育所等訪問支援は、子どもが通う保育園や学校などを訪問し、実際の生活の様子を見ながら、子どもに合った支援を一緒に考えていく仕事。
訪問に同行する機会が増えた。
訪問では、子どもの様子を見て、
「私はこう見えましたけど、どうですか?」
と、自分が見たことや感じたことを伝える。
自分なりの考えを持つことそのものが、仕事の一部。
そして、それを出したうえで、みんなで一緒に考えていく。
そこには、余計な序列や、
「誰の意見が正しい」という空気がない。
まず話してみる。
そこから一緒に考える。
そんな空気があった。
それだけのことなのに、私はすごく安心した。
同じ私が、
「私はこう思います」と言っているだけなのに。
場所が変わると、こんなにも違う。
そのとき初めて、
「私、ずっと息を止めていたのかもしれない」
と思った。
そして、もう一つ気づいたことがある。
訪問に出ているときの私は、なんだか生き生きしていた。
子どもの様子を見て、考えて、
「もしかしたら」と仮説を立てて、
それを誰かと話す。
そんなふうに仕事をする自分を見て、
「私って、まだこんなに楽しく仕事できたんだ」
と思った。
私が変わったわけじゃなかった。
求められているものが、違っただけなのかもしれない。
「周囲に合わせることが求められる環境」と、
「自分の視点を生かすことが求められる環境」
私が得意だった、
「子どもを見て、自分なりに考えること」も、
いつの間にか押し込めていたのかもしれない。
訪問に出てみたら、
そこにいた自分が戻ってきた。
長所と短所も、もしかしたら表裏一体なのかもしれない。
ある場所では短所に見えることが、
別の場所では、その人の強みになることがある。
そこには、向き不向きもあるのだと思う。
だから、
「私がダメなのかな」
と自分を変えようとする前に、
「私は、どんな場所なら自分らしく力を発揮できるんだろう」
と考えてみる。
そんな視点も、持っていていいのかもしれない。
きっと、人それぞれ輝ける場所があるはずだから。
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