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今日の一杯と気分|数日ぶりのコーヒーは、いつもより少し特別で

    おはようございます。

    やっと、やっと。
    辛かった頭痛がなくなりました…。
    こんなに長く続くことは初めてで、実は不安でいっぱいでした。結局1週間くらい長引いてしまいました。

    日常の小さな楽しみであるコーヒーを淹れる気力すらなく、ただ時間が過ぎるのを待つだけの日々。
    なんだか心までしぼんで、少し削られてしまったような感覚でした。
    けれど今朝、目が覚めると、ずっと重かった頭痛がやっとすっきりと取れていました。
    心も体も、ふっと羽が生えたように軽く感じられて。

    日常が戻ってきた安堵感と一緒に、
    「あ、今日はコーヒーが淹れられそう」
    そう思って、数日ぶりに自分でキッチンに立ちました。
    まだ100%の体調じゃないから、選んだのはデカフェ。たっぷりのミルクを準備して、ゆっくりとお湯を沸かします。
    久しぶりの、ホットカフェオレです☕️

    いつもなら、お湯が沸くのを待つ間は「ながら作業」。
    食器を片付けたり、スマホを見たり、ついせかせかと動いてしまいます。
    でも今は、病み上がりの少しだけゆったりとした時間。だから今日は、ただお湯を沸かすという「一つの作業」だけに向き合って、イスに座ってじっと待つことにしました。

    静かな部屋にシューっとケトルの音が響きます。
    ただその音に耳を澄ませるだけの時間。
    他のことは何もしない、本当に「コーヒーを淹れるためだけ」の時間の使い方ができたことで、「ああ、私いま、ゆっくりコーヒーを淹れられているなあ」と、心がすーっと静かになるのを感じました。

    いざドリッパーに向かうと、数日ぶりだからか、少し手元がぎこちない。
    でも、日常にすっかり溶け込んでいたこの動作を、また自分で体を動かしてできていることが、なんだかすごく嬉しくて。

    そして何より、私の心を一番満たしてくれたのは「香り」でした。
    休んでいる間も、夫がコーヒーを淹れる香りは感じたけれど。
    自分で淹れるからこそ感じられる、一番近い距離での、豆の香ばしい匂い。
    その香りにふんわりと包まれた瞬間、
    『コーヒーを淹れている』
    という実感が、じんわりと胸に広がっていきました。

    ただの1杯のコーヒー。
    けれど、この数日ぶりの一杯は、私にとっていつもより少しだけ、特別に感じられます。

    なんだか心が削られてしまったな、という時には、焦らずゆっくり。
    温かいコーヒーが落ちる時間くらいは、立ち止まって自分を労ってあげたいですね。

    すっかり頭もクリアになった今日の朝。
    普段通りに過ごせることに、感謝できる時間でした。

    みなさんも、心に余白のある、穏やかな1日を過ごせますように☕️

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    yuuri.

     
     
    日々の気持ちのきろく。 コーヒーの時間の奥にあること。 いつか、誰かの心がホッと休まる「静かな場所」と余白を届ける人になりたくて。 こっそり夢見ながら、ここで言葉を積み重ねています。 日々のコーヒーはInstagramにも☕️ @quiet.coffee.time

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