メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ちょっと前までのわたし。

    これは、
    ちょっと前までのわたしの気持ちの話。


    一度落ち込んでから、
    私は人と距離を置きたいと思うようになった。
    この感情は、私にとって初めてだった。

    きっかけが何かあった訳ではない。
    対人関係で悪いことがあったとか、嫌なことをされたとか…
    むしろ、どちらかと言えば人間関係は良好だった。
    そして、私は人が好きだった。
    人と関わることが大好きだった。
    一人でいることよりも、誰かと会うことを好む。
    おしゃべりが好き。

    どうして人と距離を置きたいと思うようになったのか。
    今でも、ときどき考える。

    全く関わりを断ちたい訳ではない。
    家族、親しい友人と一緒に過ごすことは、大好きな時間で、とても安心する。
    けど、そこまででいいかな、と思っている。

    それ以上の、少し遠い関係性の人とはちょっと距離を置きたい。
    そして、社会で人と関わることが、なぜか大きいハードルになってしまった。

    多分私は、悪い意味で八方美人だった。
    誰からも好かれたい、良い人でありたい。
    そんなこと、到底無理なのに。

    外でずっといい顔をして過ごしてきたように思う。
    家にいる時と、社会に出る時は、分かりやすくスイッチが切り替わっていた。

    加えて、周りからどう見られるかを、
    とにかくずっと気にしていた。
    自分は〇〇したい、
    でも周りはこれ見たらどう思うかな、
    …やっぱりやめよう。
    自分はこう思うけど、
    言ったら相手はどう思うんだろう。
    …やっぱりやめよう。

    ずっと、他人軸で生きてきたように思う。

    本当はこうしたい、と思っても、
    その前に「相手はどう思うだろう」が浮かんでしまう。
    それで、いつの間にか自分の「したい」よりも「こうすべき」が優先してしまうようになった。

    だから、色々積み重なって落ち込んだ時、
    私の頭の中は
    「べき」でいっぱいだった。
    だから、
    その「べき」と乖離すると苦しかった。
    いつも、
    「べき」に向かっていくことに必死だった。
    気づけば、
    「したい」がなくなっていた。

    そこから療養を経て、
    自分の内側と向き合う時間が増えて、
    今やっと自分の「したい」を少しずつ感じることができている気がする。
    noteを始められたのも、きっと自分の「したい」を感じ取って、尊重できたからだと思う。

    『自分のことを友達のように接する。』
    最近読んだいくつかの本に同じようなことが書いてあった。
    友達にはきっと「べき」の押し付けはしない。
    もしできないことがあっても、それを責めることもしない。
    じゃあ自分には?
    そう思ったら、結構きつい接し方をしてきたんじゃないかと思う。

    自分を大切に。
    こう聞くと、どうすれば良いのか分からなくて、難しかった。
    でも“友達のように”と言われれば、少し分かりやすい。
    大好きな友達が頭に浮かんでくる。

    きっとまだ、社会に出たらこれまでの八方美人の私が顔を出してくると思う。
    「こうすべき」と思うこともあると思うし、それを減らすには時間も練習も必要だと思う。
    それでも、これまでの自分の姿に気がついたことは、大きなポイントなんじゃないかと思う。

    元々人が好きだったし、接客の仕事も好きだった。
    だから、もう少し時間が経って、人と関わりたいな、という気持ちが顔を出してくれたら嬉しいと思う。
    でも今は、ゆっくり自分と向き合う。
    そして、noteの距離感が今はとても心地いい。



    あの頃は、
    「人と距離を置きたい」という気持ちが、
    自分でも少し怖かった。

    でも今振り返ると、
    あれは人を嫌いになったというより、
    ずっと外側に向いていた意識を、
    一度自分に戻そうとしていた時間だったのかもしれない。

    最近は、
    「また少し働いてみようかな」と思えたり、
    人と関わることに対して、
    前ほど強い怖さを感じない日も増えてきた。

    だからこれは、
    “今の気持ち”というより、
    当時の自分の記録として残しておきたいと思う。

    今は外に出て、ひとりカフェだって楽しめちゃうんだ。

     
     

    yuuri.

     
     
    日々の気持ちのきろく。 コーヒーの時間の奥にあること。 いつか、誰かの心がホッと休まる「静かな場所」と余白を届ける人になりたくて。 こっそり夢見ながら、ここで言葉を積み重ねています。 日々のコーヒーはInstagramにも☕️ @quiet.coffee.time

    あなたへのおすすめ