
【エッセイ風短編小説】#2アパレルショップの裏切り
我が家の長女は、服の好みが本当にめちゃくちゃ難しい。
反抗期特有の「親が勧めるものはとりあえず却下する」というスタンスに加え、最近は部屋を衝動的に青一色にするほどの「推しのメンカラ(青)」へのこだわりが混ざり合い、彼女のファッションセンスはもはや難解な現代アートのようである。もはや、満足する服を自分で作ってくれ、である。
週末
重い腰を上げて娘の服を買いに出かけたが、いつも利用している定番のショップでは、流れるように、全却下された。
彼女の眼鏡に適う服はこの世に存在しないと思う。
諦めかけたその時、ふと、普段は入らない少し尖ったデザインのセレクトショップが目に留まった。
当たって砕けろ精神で、冷やかし気分でショップに入った。
しかし、店内を探索すること数分
私の目の前に、それは現れた。
少し光沢のある、深いブルーのオーバーサイズシャツ。多分トレンドのシルエット。娘の好きな青。これなら文句は出まい!
私は「見つけたぞ、正解を」という確信を胸に、シャツを掲げて娘に差し出した。
「これどう? 娘の好きな青だし、可愛いんじゃない?」
娘はスマホからゆっくりと視線を上げ、私の掲げたシャツを上から下まで冷たい視線で見つめた。そして、こう言い放った。
「…虫みたい」
虫。
まさかの昆虫認定である。
トレンドの光沢感が、彼女のフィルターを通すと「カナブンの羽」か何かに見えたらしい。どう見えたのか、娘になってこのシャツを見てみたいものである。
自信満々だった私のハートは、その一言で一瞬にして粉砕された。
へこむ私を置いて、娘は早くも店を出ようと背を向ける。結局、ここにも娘がお気に召すものはなかったようだ。
そう諦めた時。
その時、背後から「いらっしゃいませ」と、いかにもオシャレな20代の女性店員さんが、スッと近づいてきた。私は心の中で救いを求めた。プロの販売員だ。
きっと「お客様、こちらは今季のトレンドで、光沢感が非常に上品で…。センスがございますね!」と、娘の暴言をフォローしてくれるに違いない!
しかし、店員さんは娘が「虫みたい」と言い残したシャツをそっと見つめ、深く、深く頷いた。
「…分かります。これ、タマムシですよね。私も入ってきた時から、ずっとそう思ってました」
まさかの全面同意である。
しかもカナブンより高級な「タマムシ」という具体的な品種まで特定してきた。
店員さんのプロの眼識は、服の素晴らしさではなく、その昆虫としての再現度の高さに向けられていた。
「特にこの肩のラインのテカリが、完全に甲虫のそれなんですよね(笑)攻めてますよね、このブランド(笑)」
半笑いで語る店員さんの横で、娘が「ほらね」と言わんばかりにフッと鼻で笑った。
アパレルショップというお洒落の聖地で、実の娘と初対面の店員さんが「服の虫っぽさ」で奇跡のシンクロを遂げている。
なんという光景だ。
その光景に私が立ち尽くしていると、店員さんは「でも、こっちの青なら虫じゃないですよ」と、奥から別のくすんだブルーのパーカーを持ってきた。
「これは完全に、梅雨明け直前の、ちょっと湿気を含んだ朝の空の色です」
詩人の語彙力である。
虫から一転して「朝の空」というエモい表現をぶつけられた娘は、すっかりその店員さんをロックオンしてしまった。
「あ、それ可愛い。買う!」
さっきまでの塩対応はどこに行ったんだ!
娘は嬉々としてレジへ向かった。
私の「青いシャツ(タマムシ)」は完全に踏み台にされた形だ。
帰り道、娘は買ったばかりのショップの袋を大事そうに抱えて歩いていた。
これから先、洗濯カゴの中にあのパーカーが入っているのを見るたびに、私はきっと、今日のことを思い出すだろう。
娘が実の母親の提案を「虫」と切り捨て、見ず知らずの店員と「タマムシ」の解釈で固い握手を交わした、あの孤独な週末の午後を。
なんと悲しき週末だ…。