
彼女のとなりで
「どうしてこんなに違うんだろう」
高校時代、ずっとそう思っていた親友がいました。
美人で、お金持ちで、夢も叶えていった彼女。
けれど年月を経て気づいたのは、私が羨ましかったものの正体でした。
約2,500文字のエッセイです。
お時間のあるときに読んでいただけたらうれしいです🍀
私たちは、同じ中高一貫の学校に通う同級生だった。 お互いの家は遠く、学校という共通の場所から一歩外に出れば、それぞれが全く違うグラウンドで生きていることを、当時の私はまだ知らなかった。
高校1年の、よく晴れた週末。初めて彼女の家に泊まりに行くことになった。 待ち合わせの駅に到着すると、ロータリーでひときわ異彩を放つ、真っ赤なポルシェが待っていた。
運転席から滑るように降りてきたのは、品のある綺麗な女性。彼女のお母さんだった。 「ここねちゃん?」 そう言って私に手を振る姿はどこまでも自然で、気取ったところがひとつもない。それがかえって、育ちの良さを物語っているようだった。
車は静かに滑るように走り、やがて大きな門の前で止まった。自動でゆっくりと開いていく重厚なアイアンゲート。私はその光景に、ただ息をのむしかなかった。テレビの向こうでしか見たことのない世界が、そこにあった。
その豪邸に住むのが、私の親友だった。
彼女はとびきりの美人だった。渋谷や原宿の雑踏を歩けば、何度も芸能事務所から声をかけられ、道ゆく男子たちはみんな吸い寄せられるように彼女を見ていた。 その隣を歩くことは、私にとってどこか誇らしくもあった。けれど同時に、浴びせられる視線の数の違いに、何となく自分に対する自信がすり減っていくのを感じてもいた。まぶしい光のすぐ隣で、私の輪郭だけがぼやけていくような、そんな感覚。
もちろん、彼女は何も悪くない。 それどころか優しくて、明るくて、一緒にいるだけで心が弾むような人だった。不思議なほどピュアな心の持ち主で、私は彼女のことが大好きだった。
だからこそ、苦しかった。
彼女の隣にいると、鏡を突きつけられたように、自分の平凡さばかりが目につくのだ。どうして同じ年に生まれ、同じ制服を着て、同じ教室で学んでいるのに、こんなにも世界の色の鮮やかさが違うのだろう。そんな割り切れない思いが、いつも胸の奥底に澱(おり)のように溜まっていた。
けれど不思議なことに、彼女自身は自分の「特別さ」に驚くほど無自覚だった。 誰もが振り返る美貌を持ち、あの豪邸に暮らしていながら、価値観は驚くほど庶民的。 「大学生になったら、マクドナルドでアルバイトしたい」 彼女は本気でそう言っていた。私はそのたびに、羨望と切なさが混ざった複雑な気持ちを隠すように笑ってしまった。 いつでも、どこまでも「普通」だった彼女。その無垢な普通さが、彼女の輪郭をさらに眩しく、魅力的に仕立て上げていた。(その後、本当に3年間マクドナルドでアルバイトをしていました。)
彼女には、昔からブレない夢があった。 飛行機に乗るたびに目を輝かせていた、客室乗務員(CA)になること。 そして彼女は言葉通り、本当にCAになった。さらにその後、物語の続きを描くように、憧れだったパイロットと結婚した。
まるで映画のスクリーンのような人生。 結婚を機に、彼女は青い海と空が広がるハワイへと移住していった。
その後、私たちはお互いに海外生活を経験するなど、それぞれの人生を慌ただしく泳ぎ進めることになった。連絡なんて、取ろうと思えばいつでも取れたのだ。携帯の画面を数回タップすれば、いつでも彼女と繋がれた。 けれど私は、彼女のことを少しだけ、避けていた。 日々の忙しさを言い訳にしながら、自分から積極的に連絡をすることはしなかった。無意識のうちに、彼女の眩しさから自分の目を逸らし、これ以上自分の自信をすり減らさないよう、心の距離を置いて自分を守っていたのかもしれない。
けれど、そうして彼女と離れて過ごした「余白のベール」のような時間が、私に大切なことを教えてくれた。
今なら、あの頃の影の正体がよくわかる。 私が本当に羨ましかったのは、彼女の美貌でも、駅に迎えに来たポルシェでも、ハワイでの華やかな暮らしでもなかった。
自分の夢を1ミリも疑わずに信じ抜く強さ。そして、自分が特別であることに甘んじることなく、軽やかに人生をステップしていく足取り。
彼女の隣で感じていたあの惨めさは、彼女が放つ光のせいではなく、私自身が勝手につくっていた影だったのだ。
彼女はずっと変わらなかった。変わる必要がなかったからだ。彼女はただ、自分の人生の真ん中をまっすぐ歩いていただけ。 そして私は思った。
あの頃の私は、彼女になりたかったのではない。
ただ、自分以外の何者にもなれない自分を、好きになりたかったのだと。
その本質に気づき、私が私自身の人生を愛し、自分の足でしっかりと大地を踏みしめて歩き始めたとき。つまり、私が私をちゃんと好きになれたとき、運命の歯車がカチリと音を立てて回り始めた。
先日、共通の友人から思いがけない連絡が入った。
「ねえ、びっくりしないでよ? 彼女、いまここねのめちゃくちゃ近くに住んでるんだよ。同じ市の、まさかの同じ区内! 」
その瞬間、言葉にならない鳥肌が首筋を駆け抜けた。 ハワイの大気の中にいたはずの彼女が、いま、私のすぐそばの空気を吸っている。
ずっと避けてしまっていたことへの、罪悪感は不思議となかった。 かつて彼女の光に気圧されて小さくなっていた少女は、もうここにはいない。今の私は、自分の人生の主人公としてここに立っている。私が私を好きになるのを待って、宇宙が「もう一度、等身大の私たちで笑い合おう」と、この完璧なタイミングで、彼女を私の元へと急速に手繰り寄せてくれたのだと確信している。
出会ったあの日から、長い時間をかけて、私はようやく「私」になることができた。 今度会うときは、遠い世界の憧れの人としてではなく、地続きの空の下にいる大好きな親友として、あの頃みたいに、思いきり笑い合うつもりだ。