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世界名もなき家事選手権、我が家大会

    世の中には、名前のついた立派な家事があふれている。「料理」「洗濯」「掃除」。どれも履歴書の特技欄に書けそうなくらい堂々とした佇まいであり、こなせばそれなりに達成感もあるし、家族からも一応「ありがとう」の言葉がもらえる。

    しかし、本当に我が家の生活を回しているのは、彼ら華やかな主役たちではない。その影に潜む、おびただしい数の「名もなき雑務」たちだ。彼らはあまりにも地味で、あまりにも一瞬で、そして驚くほど誰もその苦労に気づかない。気づかれないということは、当然、誰からも褒められないということだ。人間、褒められないタスクを毎日ノーミスで続けるのは、なかなかに精神が削られる。

    そこで私はある日、決意した。誰も褒めてくれないのなら、この狭い我が家を舞台にして、脳内で壮大な「世界選手権」を執り行えばいいではないか、と。審判も、観客も、選手も、すべて私一人。開幕のファンファーレはすでに鳴っている。

    エントリーナンバー一番。私が勝手に「空(から)の番人」と呼んでいる競技がある。麦茶のポットを、あと一口分だけ残して冷蔵庫に戻す同居人との心理戦だ。あれはなぜ、律儀に「一口だけ」残すのだろう。あの、ほぼ空なのに形式上はまだ入っているという絶妙なトラップを朝一番に見つけた時の脱力感は凄まじい。しかし、ここでチクリと小言を言っては一流の生活者とは言えない。

    私は無言でポットを掴み、中身を捨てて洗い、新たなパックを投入して水道の蛇口をひねる。この一連の流れるような動作に対し、脳内の実況アナウンサーが絶叫する。 『出たー!見事なリカバリー!誰もやりたがらない「麦茶生成の儀」、今ここに完了です!』 冷蔵庫の扉をパタンと閉める瞬間、私は心の中で、表彰台の一番高いところで金メダルを首にかけられている。観客席からは拍手喝采だ。

    あるいは、トイレットペーパーの芯。あれはなぜ、使い切った瞬間に重力が五倍くらいになり、ホルダーの真下に置き去りにされるのだろうか。たった数歩歩いてゴミ箱に捨てれば済む話なのに、なぜかそこが「芯の終の棲家」になりがちだ。私が夜中にトイレに入り、無造作に転がる芯を見つけた時、心の中で『トイレットペーパー芯・回収業』のベテラン職員(勤続五年)の顔になる。指先で芯を器用に拾い上げ、ゴミ箱へ向けて地味なスリーポイントシュートを放つ。ナイスシュート。これで世界の秩序は保たれた。

    さらに難易度が高いのは、「ゴミ箱の袋セッティング・アート」だ。ゴミ袋を満杯まで詰め込んで集積所へ持っていくまでは「ゴミ出し」という名のつく家事だが、本当のドラマはその後に始まる。空になったゴミ箱に、新しいゴミ袋をふんわりと、かつ、ゴミを投げ入れた時にズレ落ちない絶妙なホールド感でセットする作業。これはもう、家事というよりは職人技の領域に近い。四隅のバランスをミリ単位で調整し、縁を少しだけ外側に折り返す。「よし、完璧だ」と満足げに頷く私に、脳内の審査員たちは全員一致で「10.0」の満点を掲げる。芸術点、技術点ともに文句なしの金メダルだ。

    こうした「脳内表彰式」を始めてから、私の生活は少しだけ機嫌が良くなった。洗面所に落ちている誰のものともつかない髪の毛をティッシュでピッ(通称:ヘア・サルベージ作戦)。金曜日の夜、砂まみれのまま裏返しで丸まっている息子の靴下を、ため息と一緒にひっくり返す(通称:ソックス・リバース・エキシビション。なお、砂が床にこぼれたため減点一)。

    以前なら「なんで私ばっかり」とチクリと胸を刺していたざらついた感情が、脳内のファンファーレによって綺麗に吹き飛んでいく。他人の評価に依存するから疲れるのだ。自分で自分をプロデュースし、自分で自分を大絶賛すれば、世界はいつだって私の味方になる。今この瞬間も、地球のどこかで、別の誰かがトイレットペーパーの芯を拾いながら、孤独な世界選手権を戦っているのかもしれない。そう思うと、名もなき雑務もなんだか誇らしく思えてくる。

    今日も一日が終わり、部屋の明かりを消していく。ふと見ると、玄関の靴が、まるで台風が通り過ぎたあとのように乱雑に脱ぎ捨てられていた。「やれやれ」と私は腰を落とし、それらを一足ずつ、爪先を揃えて並べる。左右のペアがぴったりと並ぶたび、小さな達成感が指先からじわりと広がっていく。

    誰も見ていない。家族はもう夢の中だし、明日になればまたすぐに散らかるのだろう。けれど、綺麗に並んだ靴の前で、私は心の中で深くお儀をした。 『ご覧ください。誰も気づかない場所で、今、この家の治安が完全に維持されました。見事なナイト・ルーティンです!』

    私の人生の主役は、他の誰でもない私だ。ならば、その舞台裏を支える最高の名脇役たちにも、相応のスポットライトを当てて然るべきだろう。明日もまた、誰も気づかない小さなメダルを拾い集めるのだろう。とりあえず今は、明日の朝一番にシンクで私を待ち構えているであろう「一晩水に浸けておいた、あの頑固なカレーの鍋」との決戦に備えて、静かに目を閉じることにする。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    昔書いていた拙い小説の欠片を少しずつ編み直しています。不定期で、かなりのんびりとした更新になりますが、どこかの街の小さな図書館に立ち寄るような、そんな穏やかな時間をお届けできれば幸いです。昔書いた小説のリライトのほか、現在進行形のお話も書いていきます。どうぞ宜しくお願いします。

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