
【小説】炎の神様は私に微笑んではくれない⑩
母が亡くなる前から、父は血圧が高かった。
「気を付けてくださいね、倒れられたら大変なんですから。」母が父にそう言って諫めていたのを覚えている。
父は母には頭が上がらない、ああと言って言う事を聞く。
食事の味が薄すぎるとか、もっと味を付けてと言った要求はしないと決めている様に見えた。
実際にはどうだったのかは解らないが、母が死んでからは変わった、私には食事の味が薄すぎるとか、もっと味の濃い物を持ってこいとか、言い放つようになっていた。
「高血圧だから薄い方がいいでしょ。」と言いながら、私は出汁の味を強くしたり工夫して食事を作る。
それでも、父は納得はしない、今考えるとあれはある種のセルフネグレクトだったのかも知れない。
父は醤油や塩で濃く味付けをしたものしか食べなくなって、薄味の物は捨ててしまう。
『もう、どうにでもなれ。』と考えたのと、父が私のコピー作品を作ると言ったのは同じころだった。
誰かが、食事を作っている人間は、食べる人間の生死を掴んでいると言っていた。
そうか、私は父親の事を考えて食事を作る必要は無いのだ。
それからは、父親の食事だけ味付けを濃くしてゆく、それでも殺そうと言う気持ちは無い。
半身不随にでもなれば、自分では何も出来なくなるだろう、位の考えだった。
だけど、結果は違った。
父は高血圧からくる脳梗塞でこの世を去る。
私は実際的に手を下したわけでは無いけれど、父を死に追いやったと言ってもいい。
これを知っているのは私のみ、違うな、きっと炎の神様は見ているだろう。
炎の神様に微笑んで貰えなくとも、私は私を生きるしかない、人としての罪を抱えながら、自由で厳しく自分だけが頼りの世界が待っているのだろう。