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【小説】六年一組のけものクラブ

    【あらすじ】
     貝原小学校六年一組の佐々木はるかは、とある理由でクラスでいつもひとりぼっちだ。同じように孤立している東郷凛と中村愛実とは給食の時間だけ一緒に過ごしているものの、二人はいつもケンカばかりで、この三人組は友だちとは呼べない関係だった。
     そんなある日、クラスメイトの水橋夏希が新たに給食仲間に加わる。彼女の良さを知ったはるかは、夏希がもとの人間関係に戻ることを望むが、そこには夏希が「親友の悪口を言った」というウワサを裏付ける証拠しかなくて__。

    0.プロローグ

     わたし、佐々木はるかはシンデレラではない。
    そう気がついたのは、小学生として最後の一年が始まる、始業式の日だった。

     うちばきを家に忘れてしまったわたしは、来客用のスリッパで階段を下りていた。

     靴下でスリッパを履くと、滑ってすぐ脱げちゃいそうになるよね。だから、わたしはつま先をなんとかスリッパに引っかけながら、ゆっくりと一歩一歩踏み出していた。

     それなのに、気を抜いた一瞬で、スリッパが脱げてしまった。
     ここでもう一度履き直したとしても、階段を下りるのにはまた時間がかかってしまうと考えたわたしは、脱げてしまったスリッパをそのままにして、とりあえず靴下のまま踊り場まで下りてみた。

     そして、生き残っていた右足のスリッパを脱いではじに寄せて、靴下のまま階段に取り残されたスリッパを取りに戻る。

     そのときだ。わたしがシンデレラではないと気がついたのは。

     もしわたしがシンデレラだったら、きっと白馬の王子様がガラスの靴______とは似ても似つかないけど、このスリッパを拾ってわたしに手渡してくれただろう。

     シンデレラじゃなくてもいい。もしわたしがお姫様だったら、こんなふうにひとりで困っているわたしを助けるため、王子様が駆けつけて来てくれるのに。

     それと比べて今は……。ひとりでスリッパを拾う自分がなんだかみじめで、どうか知り合いに会いませんようにと願ってしまった。

     素敵な王子様に一目ぼれさせるなんてフアンタジーだとは思うけど、どこかでそんなハッピーエンドを期待するわたしもいた。でもこれは今日で終わり。

     今日から六年生になるし、大人にならなくちゃとは思いつつも、わたしにはシンデレラのようなビビデバビデブーなミラクルはないと考えると、なんだかため息が出てしまう。

     でも、それは間違っていたのかもしれない。
     だれにだってチャンスは必ずやってくるよ、なんておとぎ語は、本当にあるのだ。

    「佐々木さん」

     目の前に立つクラスの王子様がまっすぐわたしを見る。

    「今日一緒に帰りませんか」

     運命の王子様がわたしの目の前に現れた。

    「俺、佐々木さんと、仲良くなりたいんだ。佐々木さんのこと、いいなって思ってて」

     この手を取れば、わたしはプリンセスになれる。憧れのお姫様に。
     だって王子様に選ばれたんだから。それなら、わたしがやることはただひとつだ。

     そう、わかっていたのに。

     わたしはその手を取れなくて、再びこう思う。
     やっぱりわたしはプリンセスにはなれないのだ、と。
     
    1.こんにちは、のけものたち

     キンコンカンコーン。
     給食の始まりを告げる鐘が鳴る。

     貝原小学校の給食の時間は、数人のグループで机を合わせて食べるのがルールになっている。

     本当はクラスの班で食べるっていう決まりなんだけど、そんなの今はだれも守っていない。みんな、好きな友だちと集まって食べている……あるひとグループを除いて。

     ちらり、とわたしはルルちゃんの席を見る。ルルちゃんは、ちょうど友だちと机を合わせているところだった。少し前まではそこがわたしのポジションだったのに。わたしはため息をついた。

     好きなマンガが同じだったルルちゃん。わたしの失敗話を、明るく笑い飛ばしてくれたルルちゃん。もう一度おしゃべりしたいな……。
    なんでこんなふうになっちゃったんだろ。日直の合図で手を合わせて、いただきますとつぶやいた。

     わたしとルルちゃんは、四年生のころから急に仲良くなって、ある出来事からもっと急に仲が悪くなった。
     自分のどこが悪かったのかなってずっと考えてるけど、いまだに答えは出ていない。過去にタイムスリップしても、同じ結果になっちゃうと思う。
    どうしようもないのかな……はあ。

    「おい! 昼飯の時間にため息つくなよ。ひとりで食べるならどうでもいいけどさ。おれ正面にいるから。そのため息がかかった給食食べろってか?」
     
     うっ。目の前のクラスメイト、東郷凛さんに怒られてしまった。
     自分のことを「おれ」と呼んでいるし、背が高く声も低めだからよく男の子に間違えてられるけれど、れっきとした女の子だ。
     無造作なショートカットに、黒いパーカーとジーンズ。わたしもオシャレには疎いほうだけど、東郷凛さんはわたしよりも気にしてないみたい。

     あっ、そんなふうに直接言ったら、怒られそうだから、言ってないよ。

    「ごめん。ため息しないようにする」
    「なんでそんなにビクビクしてんの? おれが悪いみたいじゃん」

     もっと怒らせちゃった。

     東郷さんの目はぎらぎらとしていて、その目だけでもわたしのことを怒っているんだって伝わってきた。こわい。今にもわたしに噛みついてきそうだ。
     このぎらつき、なにかに似てるなー……あ! この前テレビで見たサバンナのライオンだ。
     でもその番組は、怒ったライオンを前にしたときの対処法なんて教えてくれなかった。

     どうしたらいいか分からないけど、とにかく謝るしかないよね……。

    「ええと、ごめん」

     わたしがはしを置いてそう謝ると、東郷さんはさらになにか言おうと口を開いた。もっと怒られちゃう……!

     わたしはこわくなって目を閉じたけど、次に聞こえたのは東郷さんの声じゃなかった。

    「もぉ、はるかちゃんをいじめないでよねぇ」

     アニメの女の子みたいな高くてかわいい声で、中村愛実さんがわたしをかばってくれた。

     くるくると指に巻き付ける高めのツインテールはまるでアイドルみたいで、わたしなんかが同じような髪型をしたら笑われるだろうなって気がする。でも、中村さんなら似合っちゃうんだ。

     そのくらいかわいい女の子で、もちろんモテる。というか、男子と話してるところしか見たことがない。_____今の給食の時間は抜いてだけどね。  
     みんな、給食を食べるのは友だちと一緒がいいみたい。

    「は? ため息ついてるコイツが」
    「あ〜やだやだぁ。話通じない人がいるとご飯がまずくなっちゃうよねぇ。ね? はるかちゃん」

     にっこりと笑顔を浮かべる中村さん。
     いや、これは笑顔じゃないかも。目がまったく笑っていない。
     これもサバンナにいた……あ! トラだ。獲物を狙うトラに似てる。

    「飯がまずくなる? お前のその気持ち悪いしゃべり方を聞いてる方がまずくなりそう」
    「気持ち悪い? 愛実のどこがぁ? 言葉が汚いのは凛ちゃんでしょう? いや〜な言葉ばっかり使うのぉ、愛実、どうかと思うなぁ」
    「言いたいことあるならハッキリ言えよ」
    「ハッキリ言ってるじゃん。そんなふうにいっつも怒ってると、モテないよぉ」
    「モテるってなんだよ。男に好かれることのなにが大切なんだよ」
    「モテない人がなんか言ってるぅ」

     せっかくの給食の時間なのに目の前でケンカが始まっちゃった……。
     これで何回目だろう。なんだか二人の言い争いにも慣れちゃったみたい。はじめて三人で机を合わせたときからこんなだったからなぁ。

     ひとりで困っていたら声をかけてくれたのはうれしかったけど、だからといってケンカを始めるのは勘弁してほしかった。
     あのときはとってもハラハラして、白米の味がよくわからなかったのに、今ではもうハンバーグの肉汁を噛み締めることだってできるよ。給食のハンバーグっておいしいよね。

    「佐々木!」
    「はるかちゃん!」

     え?

    「コイツの恋愛脳どうにかしろよ!」
    「恋愛キライのこの子どうにかしてよっ!」

     待って待って。一気に言わないで。聞き取れない。
     がんばってもごもご口を動かして、ごくん。あー、えっと、どんな話か忘れちゃった。

    「えっと……給食のハンバーグも、家のハンバーグもどっちもおいしい……よね?」
    「はあ!?」

     さっきの言い争いの声よりも、ひと回りくらい大きな二人の声がわたしを吹き飛ばす。

    「だから、レンアイ! ラブ! どのハンバーグが一番おいしいか、なんて下らないことじゃねーよ。話聞いてろよ」
    「はるかちゃんも一緒に恋バナしたいもんねぇ。好きな人とおしゃべりしたいもんねぇ。あ、あと、おいしいのはお店のハンバーグのほうだよぉ」
    「は? 家のハンバーグのほうがうまいだろ」
    「好き、か……」

     二人からつめられたわたしは、ごまかすように口の中に入れたキャベツをゆっくりと噛みながら、「好き」の言葉について考える。

     好き。
     好き、か。好きってなんだろうな。

     わたしはお母さんのこともお父さんのことも好き。でもそれはみんなの言う「好き」じゃないんだって。二人が話しているのは恋愛のことだ。
     れんあい。……わたしは恋愛がまったくわからない。
     クラス中で飛び交うだれがだれを好きだとか、あの二人は付き合っているだとかウワサも、わたしにとっては難しすぎる。
     だから、恋愛に対してキチンと意見をもっている東郷さんも中村さんも本当にすごいと思っている。

     東郷さんは恋を嫌っているみたい。
     恋する女の子とか、モテるために色つきのリップをぬるとか。先週はそういうのがバカらしいって言い放って中村さんにキレられてた。クラスの子たちからはその強気な態度がイヤらしくて、避けられてるみたい。

     じゃあ中村さんはどうかというと、それはもう東郷さんとは正反対で、まさに恋に生きる女の子だ。いつもくちびるはツヤツヤで、いつも男の子と一緒にいる。クラスメイト……というか学年、いやもっと、それこそ学校中の男の子の視線を集める女の子だ。おとといはそのテクニックをたのんでもないのに解説し始めて東郷さんにキレられてた。クラスの子たちからはぶりっ子と呼ばれていて、避けられているみたい。

     つまり、この二人は、その……そう。これはわたしの個人的な感想で、二人にはヒミツにしておいてほしいんだけど、この二人はどこか似てるんだ。
    妙にいじっぱりで、自分で決めた道を突き進んでいるところとかすごく似てると思う。まあ、あと、みんなから避けられてるところも。

     ルルちゃんと仲良しだったころは二人との関わりなんてなくて、でも二人とも目立っていたから一方的に名前だけ知っていた。
     それにクラスの子たちが東郷さんと中村さんのことを悪く言うのを聞いたこともあった……実はわたしは二人のことをちょっぴり尊敬してたけど。
    だって、いつも堂々としていて、ビシッ言いたいことを言ってる感じがかっこよかったから。

     だからといって、二人と友だちになるキッカケもなかったし、友だちとの「あの子キライ」って雰囲気をこわす勇気もなかった。

     そう、弱虫なんだ。わたしは。二人と違って。
     わたしは大きな声で自分の主張をすることはできないし、友だちの意見に小さく首を振ることさえできないの。

     それでも、がんばってみたことはある。
     ためしにちょっぴり勇気を出してみたことはあるけど、それだけでかっこよくなれるわけなくて。

     ただ親友がいなくなっただけだった。

    「愛実たちは給食のときだけの関係だから、別に凛ちゃんがどうだって気にならないけどっ」
    「おれも同意見だ。除け者同士仲良くやっていこうぜ」
    「そうねぇ。な・か・よ・く、ね」

     あれ? ケンカをしていたはずの二人が、いつの間にか握手をしていた。仲直りしたんだ。

    「仲直りィ? お前ぜんっぜん話聞いてねぇな」
    「そうそうっ。仲直りしたよぉ。はるかちゃんも仲良くしようねっ。除け者仲間で」

     のけもの……? けもの……なにかの動物かな?
     よくわからないけど、響きがかわいくて好きだな。

    「うん。のけもの仲間」

     わたしがそう胸を張って言ったとき、東郷さんと中村さんから笑われた理由がわかったのは、家に帰ってお母さんに「のけもの」の意味を聞いたあとだった。

     心配するお母さんをなだめるの、そこそこ大変だったよ……。
    

    2.はじめまして、新しいあなた
     ぐぅ〜。
     おなか空いたなぁ。
     わたし、佐々木はるかは、女子にしては食べることが好きな気がする。でもそういうのを恥ずかしく感じちゃうのはなんでだろう。今だって腹筋に力を入れておなかの音を止めようとした。給食の前なんだからおなかが空いているのは当たり前なのにね。

     でも、たくさん食べることに対して前よりは遠慮しなくなったんだ。
    昔、ルルちゃんから「たくさん食べるね」って言われたとき、とても大きく胸が波打ったのを覚えている。
     ルルちゃんに「ふつうじゃない」って言われたような気がしたから。
     その後も、その言葉には「太ってる」とか「食い意地が張ってる」みたいな恥ずかしい意味が込められているような気がして、あんまり食べたいようにしなきゃって考えるようになった。

     でも、今はそれどころじゃない。だっていつも目の前の二人がケンカしてるんだもん。そっちに注意が向いて、他の声は気にならなくなっちゃった。
     そんな大げんか二人+傍観者一人の三人組がいつの間にか四人組になっていた。
     あ、怪奇現象とかじゃないよ。だれかが分身したとかでもない。

    「またケンカしてる。佐々木さんは気にならないの?」

     そうわたしに耳打ちする女の子こそ、最近の新メンバー、水橋夏希さんだ。

    「うーん。慣れたかな」
    「慣れかー。ウチはまだまだ修行が足りないなー」

     キッカケ、はよくわからないけれど、急に机が四つに増えていた。
     ……あれ、キッカケはわからないって思ってたけど、四人組になったキッカケはわたしかもしれない。

     あれはだいたい一週間前のこと。
     いつものようにわたしは、給食のフォーメーションに机を動かそうとしたけど、それはできなかった。給食のときに移動するはずの水橋夏希さんが、着席したままだったからだ。

     自分の席から立ちあがる気配はないのに、首だけを忙しそうに動かして、周囲をキョロキョロ見回していた。鈍感なわたしにまで困っていることが伝わってくるくらいオロオロとしている。

    「どうしよう……」

     水橋さんは実際に小さな声を出していた。
     あれ、じゃあわたしが察したわけじゃないのかもしれない。それに彼女が困っている理由もわからなかった。
     でも、どこか既視感がある。わたしは水橋さんの真似をして、周囲を見回してみる。

     _____ああ、わかった。

     わたしもやったことがある。ルルちゃんから避けられて、給食の居場所がなくなった日に、やったことがある。
     水橋さんは、たしかいつも仲良しの子と一緒にいたはずだ。えっと、そうそう、いつも髪の毛をポニーテールにしている渡辺亜子さん。
     わたしは水橋さんの視線の先の集団から、渡辺さんっぽい人を見つける。

    「えー? ほんと?」
    「ほんとだって! さっき見たよ」

     あ、これも知ってる。この光景ずっと見てきたもん。
     一番の仲良しだと思っていた親友が、わたしではない他のだれかと楽しそうにしている光景。

     それまではルルちゃんが他の友だちと話していても気にならなかったのに、あの日から、なぜか苦しさを感じるようになってしまった。
     ずっと頭の中に疑問が浮かんで、それで胸がいっぱいになるの。なんでわたしはダメなんだろう、どうしたらいいんだろう、とか、いろんなことを考えるの。だって、考えることしかできないから。これであってる?って本人に聞けないから。

     ううん、ほんとは聞けないことなんてない。きっと東郷さんも中村さんも、聞きに行けちゃうの。
     でも、わたしは弱虫だから。これ以上傷つくことがこわい。わたしなんかと一緒にしちゃいけないかもしれないけど、水橋さんのその顔は、わたしとよく似ていた。

     だから、声をかけていた。

    「あの、水橋さん」
    「……あ、ごめん。ジャマだったよね」
    「ううん。ジャマなんかじゃないよ。……あの、ね。イヤだったら断ってもいいんだけどね」
    「?」

     最初から言い訳を並べちゃった。やっぱりカッコ悪いなわたし。でも、声をかけたからには今さら逃げられない。続けなきゃ。

    「わたしたちの給食の机、三つしかないの。だからいつもイビツっていうか。ね、他のみんなは四つとかだからさ、キレイな四角形になるでしょ? でも、わたしたちは三つしかないから、いつも変な感じなんだよね。だからといって三角形になって食べるのもおかしくて」
    「う、うん?」

     水橋さんは困ったように首をかしげながら、わたしの話にあいづちを打った。
     そんな様子を見て、自分はなんて口下手なんだろうと泣きたくなる。でも、とにかく伝えたいことを無理やりにでも言わなくちゃ。

    「だからさ、水橋さんがわたしたちと一緒にご飯を食べてくれると、とってもうれしいんだ。ほら、すきまがうまってキレイな四角形になるでしょ? だから、できれば協力してほしいなって……あ! これわたしだけの意見ね。東郷さんと中村さんが四角形にしたいって言ってたわけじゃなくて。だからあの二人には関係ないからね」
    「_____あはははっ!」

     急に水橋さんが大笑いを始めた。え? なんで? 今の話におもしろいところあったかな?
     水橋さんはずっと笑い続けてる。

    「あははっ、そんなに二人のこと、こわいんだ」
    「えーと、それは……」
    「ごめんごめん。ふふっ。いいよ」

     えっ! いいよって言ってくれた。

    「佐々木さんは四角形が大好きなんだね」

     いや、そういうわけじゃないんだけど……。
     でも話の流れ的にそういうことになってるから、否定しちゃだめだよね。

    「うん! 大好き!」

     そう言って親指を立ててみせると、水橋さんはさらに笑い出した。な、なんで?

    「よし、じゃあ四角形をつくりにいこっか」
     
     落ち着いた水橋さんは椅子から立ち上がって、机を動かし始めた。待って待って。わたしが先に行かなきゃなのに。こんな勝手なことしたら東郷さんと中村さんに怒られてしまう。

    「お邪魔します」
    「うん」
    「はぁい。あ、愛実アスパラきらいなの。あげる」
    「うげっ。自分で食えよ」

     あれ、反応薄い……というかいつも通りのやり取りをしてるというか、むしろ今日は仲良しなほうかも! 二人の機嫌がよくて助かった。

     わたしはホッとひと息つくと、四角形を作るため、空いたすきまに机を動かした。

     でも、結局二人がケンカしなかったのは、この日だけだったんだよね。次の日にはもう言い争いを始めてて、水橋さんが困惑していたのを覚えている。なぜかケンカ自体には無関係なわたしが申し訳なさを感じて、謝っちゃったりもした。

     そんな日が続いて、わたしと水橋さんは移動教室のときには一緒に行動するようになっていた。こんなふうにだれかと話しながら廊下を歩く感覚が久しぶりで、やけに移動が楽しかった。

     水橋さんが、「いつも三人で一緒にいるのかと思ってた」と、わたしに耳打ちをしたことがある。うーん、たしかに。わたしたちの関係ってかなり変かもしれない。
     男子と歩く中村さん。だれよりも早く教室を移動する東郷さん。そして、マイペースなわたし。そんな好き勝手なわたしたちが交わるのは、給食の時間だけ。だから話すのもその時くらいだし、会話らしい会話はしていない気がする。

    「そうなんだ。不思議な関係だね」

     わたしの説明を聞いても水橋さんはピンときていなかったけど、自分を納得させるためにうなずいた。
     気持ちはわかるよ。本当に不思議な関係だと思う。というか、ちょっと前の自分ですら、こんなことになるだなんて想像できなかった。
     それに、ずっとひとりでいるのも、無理だと思ってた。常にだれかと一緒にいないとダメって思ってたのにな。意外とできちゃった。

     _____もしかしたら、ひとりでもなんとかなるのかな。
     例えば、わたしはこの先ずっと恋がわからないままだったら、たぶん人と付き合うなんてなくて、ましてや結婚なんて選択肢すら出てこない。でも、どうしてかはわからないけど、自分も結婚するんだと思ってた。 
     だってまわりの大人たちはみんなそうだから。わたしだってお母さんとお父さんが付き合って、結婚して、それでこの場所にいるんだもん。

     お正月とかお盆のときに、親戚が集合した光景を見ると、わたしはびっくりする。こんなにもたくさんの人が恋愛をしているのかって。
     もちろん、結婚していない大人もいるけど、その人たちは、周りから「早く相手見つけろよー」とつっつかれたりしてる。わたしはそれを見るたびに、なんだかその人が悪いことをしているように思った。

     だから、わたしはそうなっちゃダメだと_____だれかと一緒にいなきゃだと思ってたのに、最近、それは違うのかなって思うようになった。
     もちろん本当の意味でひとりで生きてるわけじゃないけど、自分の気持ちを無視してまで、彼氏とかにこだわらなくてもいいのかな、なんて思ったりもした。
     でも、水橋さんがとなりにいる今は、ひとりよりも居心地が良い気もしていて_____でも、だからこそ、このままじゃいけないって思ったんだ。
     

    3.どういたしまして、なんてね
    「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
    「なに?」
    「めずらしいねぇ。どしたのぉ」

     あ! 二人ともレバーがキライだからってわたしのお皿に入れないでよ。わたしは苦手じゃないけど好きでもないよ。
     ……じゃあこれ食べるから、代わりに話をちゃんと聞いてね。

    「水橋さんって、なんで友だちに避けられてるの?」

     水橋さんは今日お休みだ。
     体調不良らしくて心配だけど、これはいつか聞かなきゃだけどずっと先延ばしにしてるわたしへの、神さまからのチャンスなんだと思う。

    「そんなことも知らなかったのか? おれを勝手に巻き込んでおいて」

     うっ。そんなことも知らなくてゴメン……! 勝手に巻き込んでゴメン……。でも、そういううわさ話みたいなのって友だちの輪がないと、なかなか伝わってこないから……。

    「え〜。それははるかちゃんがオトボケさんだからでしょ? 愛実は知ってるよぉ?」
    「中村友だちいないのに?」
    「いるよっ! 凛ちゃんとは違うんだから」
    「は? アンタがボッチなのは事実だろ」

     マズイ。またケンカが始まっちゃう!

     この人たちいつもケンカするだけで給食の時間全部使うからなぁ。わたしは口の中に三倍の量に増えたレバーを一気に詰め込んだ。ほら、わたしはやることやったよ。だからわたしの質問に答えてっ。

    「なんで水橋さんは急に避けられてるの? あんなにいい子なのに」
    「……いい子ねぇ」

     東郷さんは箸を置いてほおずえをついた。

    「表の顔が良くても、裏の顔も良いとは限らないからな」
    「なんでこっち見るのかなぁ?」
    「べつにー。他意はありませーん」

     あ、またケンカを始めようとしてる。時間ないんだって。

    「どういうこと?」
    「水橋は裏ではトンデモナイことしてたってこと」
    「とんでもない? でもそれよくやることじゃない?」
    「アンタはそうかもね。おれは違うけど」
    「どの口が言ってるの?」
    「この口だけど?」

     あーもう!

    「もったいぶってないで教えてよ。なに? とんでもないことって」

     わたしが東郷さんをせっつくと、東郷さんはコソリとつぶやいた。

    「悪口」
    「え?」
    「陰で、一番の親友の悪口言ってたんだって」

     悪口。それは、人のあることないことを悪意をもって話題に出すこと_____だよね。それを、あの水橋さんが?
     しかも、一番の親友、だなんて。

    「ほんと? それってほんとに水橋さんなの?」

     水橋さんがそんなことするなんて。信じられないよ。

    「あ〜。それ愛実も最初思ったよぉ」

     中村さんが賛成してくれた。やっぱりそうだよね。おかしいもん。

    「そうだよね。そんなのやるわけない。水橋さんのニセモノが現れたんじゃないかな」
    「うんうん」
    「妖怪とか。ドッペルゲンガーとか」
    「あれ〜? そっちの方向いっちゃうのぉ?」

     そっちの方向ってなに? 水橋さんがそんなことするわけないから、ニセモノがいるってところには同意してくれたのに。というか、ニセモノっていったらそういうものしかないよね。

    「違う。性格の悪いこの人が言ってるのは、だれかが水橋にイヤがらせしたくて、悪口を言ったってこと。水橋が悪口言ってたってことにするためにね」
    「性格が悪いのは愛実じゃなくて凛ちゃんですぅ。でもそれ以外には賛成。イヤな思いさせたくて悪口言ってたのに、それがバレて自分が嫌がらせされるだなんて、マヌケすぎるでしょ?」
    「たしかに。自分だったらもっとうまくやるもんな」
    「はあ? どういう意味よ」

     ま、待って待って。ついていけないよ。
     じゃあ水橋さんはだれかに嫌われてて、その人が水橋さんのニセモノになって悪口を言ったってこと?

     キンコンカンコーン。

     あ、給食の時間終わっちゃった。

     二人の話を聞くことに一生懸命になりすぎて、自分の給食はまったく減っていなかった。でも、ご飯を食べることよりも、水橋さんの話を知ることのほうが大事だから。
     一旦ごちそうさまをして、じゃあ、話の続きを……。

    「ごちそうさまでした」
    「ごちそうさまっ」

     あれ? 食べ終わってる。二人ともずっと話していたはずなのに。もしかしていつもケンカしてるから、ペース配分がうまくなっているのかな。変な特技だ。

    「食べ終わったから話は終わり」
    「え? まだ聞きたいことが」
    「お昼休みにもおしゃべりするの? そんな仲良しさんじゃないよぉ」

     バイバイ、と中村さんは軽やかにどこかへ行ってしまった。
     東郷さんはというと、歯を磨きながら本の世界に入り込んでしまっている。ダメだ、今声をかけたらとてつもなく怒られそうだし、やめておこう。

     まずは自分のことだ。わたしは残りの牛乳を一気に飲みながら、今日聞いたことを整理する。

     まず、水橋さんが避けられている理由は、水橋さんが一番の親友_____つまり渡辺亜子さんの悪口を言っていたから、らしい。

     うーん……やっぱり信じられないよ。
     水橋さんとはほんの数日、一緒にいるだけの仲だけど、優しくて、明るくて、話し上手で……そんなことするとは思えない。

     でも、東郷さんも言ってたよね。『裏の顔がある』……水橋さんの裏の顔がそれだったってこと? 一番の親友の悪口を言うような人なの?わたしはそこで中村さんの言葉を思い出した。
     人に嫌がらせしたかったのに自分が嫌われるなんてマヌケ。言い方はトゲトゲしかったけど、結果的に友だちから避けられているのは本当のことだ。
    そもそも、なんで水橋さんが悪口を言ったんだってバレたんだろう。バレバレなくらい大声で人の悪口なんて言うかな?

     それに、悪口を言ったのは水橋さんひとりだけだったのかな? 悪口って、だれかのことを悪く言う言葉なんだから、その言葉を聞いた相手もいたはずだよね。
     まさかひとりごとの悪口をするなんて人いないし_____いや、わたし、そんなことをする人を知ってる。東郷さんはだれに頼まれたでもなくひとりで悪口を言っている気がする。そしてその結果孤立してるけど……。

     いや、これはかなりのレアケースだよ。
     水橋さんがところ構わず噛み付く東郷凛二号だったらあり得るかもしれないけれど……いやいや、絶対ない。

     やっぱりおかしいよ。水橋さんがもし悪口を言っていたとしても、一緒になって悪口を言ったり聞いたりしていた人がいるはず。
     そう、そうだよ! 水橋さんがひとりで困っているなんておかしい!
     共犯者がいたはずなのにそんな人見当たらない……つまり、ムジュンが生じたため、そもそも水橋さんは悪口を言ってない!

    「こんなふうに考えたんだけど、どうかな!」
    「意義あり」
    「えーっ!」

     次の日の給食の時間、きのう思いついたアイデアをさっそく二人にぶつけてみたけれど、良い反応は返ってこなかった。
     今日も水橋さんはお休みで、給食の四角形は欠けている。

    「アンタの言った通り、ひとりごとの悪口っていうのはないかもしれない。おれのだってひとりごとじゃなくて、クラス全体に向けた悪口だし」

     そうだったんだ。それはそれでどうかと思うけど……。

    「でもさ、聞いてる相手が一緒になって悪口を言うとは限らないだろ。聞いた相手が水橋の悪口に怒ったかもしれないし、それこそ、その人が水橋の言動を他のだれかに言ったら、水橋だけがハブられるのは当然だ」
    「あっ。たしかに……水橋さんが悪口を言ったって、どうやってバレたんだろうって思ってたけど、それならクラスに伝わるよね」
    「そう。あとバレるで言うなら、悪口を聞いてた人が、水橋との話し相手だけじゃなかったかもしれない。たまたま通りかかった人とか、もしかしたら本人が聞いちゃったとかもあり得るかもね。自分の名前ってヤケに耳に入ってくる気がするし」

     ずず、と東郷さんはみそ汁をすすった。
     今日はワカメと油あげの入ったみそ汁。こういうシンプルなみそ汁って、ホッコリできていいよね。

    「あれ〜? 愛実のみそ汁ワカメばっかで油あげ入ってないなぁ」
    「あははっ。ワカメが必要だと思われたんじゃね?」
    「はぁ? 愛実の髪の毛が少ないって言いたいのぉ?」

     わたしは髪の毛の量が多くて大変だからうらやましいなぁ。

    「少なくないっ! 失礼だなぁ、もう。……夏希ちゃんの話でしょう? 最初から説明してあげる」
    「優しいじゃん」
    「愛実はイジワルなだれかさんとは違うからぁ。そもそも、夏希ちゃんの悪口がなんでバレたかっていうことの答えは簡単なの」

     簡単な答えがあるの?
     わたし、きのうからずっとずっと考えて、それでなんとかひねり出したアイデアも、すぐに違うって言われたのに。

    「それは、夏希ちゃんがネットで悪口言ってたから」
    「ネットで、友だちの悪口を……」
    「そう。インスタって知ってるよねぇ?」

     インスタ……えっと、たしか、写真を投稿するアプリだよね。
     わたしはスマホをもっていないからくわしくないけど、昔ルルちゃんと遊んだときに見せてもらった記憶がある。

    「インスタに『ストーリー』っていう機能があるのは分かる?」

     えーっと……ゴメン、分からないです……。
     あ、中村さん、イヤそうな顔した。それはわたしでも分かるよ、「めんどくさい」の顔だよね。

    「とにかく、ストーリーにはね、自分が見せたいなって人にだけ、自分の投稿を見せる機能があるの。そこで夏希ちゃんが悪口……というか自慢をしてたんだって。学校を休んで旅行に行って、『みんな学校がんばってーウチは旅行楽しんでるけどー』みたいな。
     しかも、そこで『あっちゃん』____あ、これは渡辺亜子ちゃんのことね。『あっちゃんの家って貧乏でかわいそう。貧乏がうつるから話したくないなー』って言ったんだって。それを、夏希ちゃんは友だちとつながってるアカウントに、間違って投稿しちゃったらしいよ。本人はそんなことしてないって言ってたらしいけど、その説明が信じてもらえるわけなくて、友だちと大ゲンカ。その結果が今ってこと」

     中村さんはいつもと違うハキハキとした口調で説明すると、動かされずにそのままの位置にある水橋さんの机に視線を向けた。ちょっと前までは、その席に渡辺さんをはじめとした何人かが集まって楽しそうにおしゃべりしてたのに。ほんの数日、主人をなくしただけだったけど、その机はもう何十年も使われていないように見えた。

     わたしはその席に座る水橋さんの姿を、ぼんやりと思い出す。
     ぼんやりとしか思い出せなかったのは、水橋さんのことがわからなくなってしまったからだ。

     それと、急に耳に入ってきた悪口_____だれかを確実に傷つけるために生まれた言葉たちが、とても強烈に、騒動とは無関係なわたしの心までえぐってきて、その傷がヒリヒリと痛むからだ。

    「……なんでそんなことしちゃったのかな。そんなにも友だちを傷つけたかった?」
    「本当は悪口を言うためのアカウントがあったんだろうけど、そんな余裕ないくらいたまってたんだろ。アンタだってキライなマッシュルームをずっと食べろって言われたら、最初は我慢できても、絶対どこかでイヤになる。そこで悪口言うなんてふつうだろ」
    「たしかにずっとはイヤだなぁ……。でも……」

     水橋さんがそんなことするとは思えない。でも、それはわたしが水橋さんをまだ知らないからだ。
     わたしは友だちを傷つけたいって思ったことはないけど、それはただ、わたしが鈍感なだけだからだと思う。水橋さんは繊細で、我慢できないくらいイライラがたまってたのかな。

     _____あれ、今さらだけど気になったことがある。

    「二人ともありがとう。水橋さんのことたくさん話してくれるの嬉しいけど、なんでそんなに優しいの?」
    「愛実が優しいのはいつものことだけどねぇ。理由、かぁ」

     中村さんはそこで一度言葉を切り、ひと呼吸置いてから言葉を続けた。

    「夏希ちゃんの体調不良、もしかしたら心の不調もあるかもしれないでしょ? 友だちからハブられるストレスで。それで不登校になったとかあったら、そんなの、いやだよ」

     だんだんと声を落として、最後の方は聞き取れないくらい小さな声になっていた。

     そっか。そうだよね。
     友だちがいないと、一日は長すぎるし、教室は広すぎる。朝から夕方まで、広い広い学校で、他のみんなが楽しそうな中、ひとりで過ごす。それは、とてもとてもつらいことだ。

     それに、わたしの場合は、あの日ルルちゃんと一度ケンカしただけだけど、話を聞く限り、水橋さんがケンカしたのは複数人の女子だと思う。やってないと主張したなら、一度きりの衝突では終わらなかったかもしれない。
    そう考えると、水橋さんのつらさは、わたしとは比べものにならない。

     わたしは、水橋さんが学校を休んでいるのは、ただ風邪をこじらせているのかと思ってた。

     わたしこそ気づくべきだったのに、気づけなくて、ごめんなさい。
     わたしが水橋さんの席に向かって頭を下げると、中村さんはため息をついて、東郷さんは顔をゆがませた。

    「アンタそんなことも知らずにいろいろ首突っ込もうとしてたの?」
    「……うん」

     実はそうなんです……。

    「いや〜? まだ首突っ込んでもないよぉ。ようやくクラスのみんなと同じくらい夏希ちゃんについて知っただけで、今までマイナスだったのがゼロになっただけでしょ。世間知らずのはるかちゃん」
    「……ごめん」

     わたしは反射的に頭を下げる。
     あ、ここで謝るの間違いだったかも。二人が「なにやってんの?」って目をしてる。

    「なんでも謝るなよ。こっちが悪いみたいじゃん」

     正解だったみたい。

    「まぁまぁ、自分が悪いって思ったから謝ったんだよねぇ?  あ、愛実は許さないよ。でも唐揚げくれるなら許してあげる」

     え! 今日の主役の唐揚げを人質(鶏質?)にするってこと?
     えー……とっても美味しい唐揚げを、ひとり二個しかない唐揚げをあげちゃうのは……でも、そうしないと中村さんはわたしを許さないみたいだし……唐揚げ一個で中村さんとのケンカを避けられるなら……。

    「はーい。やっぱりおれも佐々木のこと許せないわー。おれにも唐揚げちょうだい」

     えっ!? 東郷さんも?
     じゃあ、大切に残しておいたこの唐揚げたちを、わたしは食べずに終わるの? ちょっと、それは悲しすぎるよ……でもそうしないとダメなんだよね……。
     わたしが手を震わせながら唐揚げを二人に差し出すと、くすりと笑い声が聞こえた。

    「冗談だよぉ。はるかちゃんが自分で唐揚げ食べてねぇ」

     いいの!?

    「あー中村が佐々木泣かしたー」
    「泣かせてないっ。……泣いてないよね?」

     うん、と中村さんの問いかけにうなずくと、わたしは帰ってきた唐揚げたちを大切に抱きしめるフリをした。だってそのくらい唐揚げに愛情を感じちゃったんだもん。
     食べるのが惜しくなるなぁ……きちんと食べるけど!

    「もう。そんなふうになるなら、なんでもかんでも謝るのやめてよねぇ。そんなにたくさん謝ってたら、ほんとに謝りたいときに気持ちが伝わらなくなっちゃう。今度から、もし謝りたくなったら、自分の唐揚げをあげられるって思ったときにだけ謝ってよねぇ」
    「おっ! じゃあおれは中村から唐揚げもらえるのか?」
    「なんで愛実が凛ちゃんに唐揚げあげなきゃいけないのぉ? 愛実がもらう側だよねぇ?」
    「なんだとコラ」

     二人が唐揚げをめぐってバトルを始めたすきに、わたしは唐揚げを素早く、できるだけ大切に噛みしめながら食べた。
     やっぱりおいしいなぁ。あと三日は唐揚げ食べ続けられるなぁ。こんなにおいしいもの、できればあまり人にあげたくない。

     _____わたし、今までたくさん謝ってきたけど、この気持ちに釣り合うぐらいの気持ちを込めて謝ってたかな?
    「ゴメン」って言葉を使えばいいと思ってなかったかな?

     うん、やっぱり二人はすごいよ。わたしに足りないところを、たくさんもってて、それをたくさん教えてくれるの。
     そんな二人に、最後にひとつだけ聞きたいことがある。

    「二人は、やっぱり水橋さんが悪口を言ったと思う? 水橋さんが仲間外れにされてるのは、当たり前のことだと思う?」

     二人は動きを止めて、わたしのほうを見た。
     言いたいことはわかるよ。わたしは人の意見にすぐ乗っかって自分で考えようとしない__だから、それくらい自分で考えろって。だれかに頼らずに自分の答えをもてって言いたいんだよね。
     わかってるよ。大丈夫。ちゃんと答えは、自分で考えて考えて出すよ。でも、ちょっとだけ手助けがほしいの。二人の言葉があると、わたしのとっ散らかった頭の中が整理しやすくなるんだ。

     わたしのことバカとか弱虫とか言ってもいいよ、そんな言葉もわたしの考えるヒントになるから。だから、なんでもいいから言葉がほしいんだけど……あーあ、口下手だからこんなふうに考えたこと全部伝えられないな。
     伝えられないならいいやって話すことをやめるの、悪いクセだ。本当に自分がイヤになるなぁ。

    「自分で考えなよ」

     東郷さん……。うん。そうだよね。

    「自分がだれを信じるかくらい、自分で決めなよ。それが間違ってても、それが自分の正しいことだと思うなら、信じることくらいは勝手にすればいい」

     _____間違っててもいいの?

    「そうそう。凛ちゃんなんて間違いまくってるのに堂々としてるからねぇ。反省しないのはどうかな〜って思うけど、そこは見てておもしろいよぉ」
    「ぶりっ子続けてるアンタのほうが見てておもしろいけど」
    「きゃっ、愛実、みんなから愛されてるってことかなぁ?」
    「見せ物としてね」
    「うるさいなぁ! あ、とにかく、愛実ははるかちゃんの信じたいように信じて、行動すればいいと思うよぉ。愛実はそうしてるし」

     信じたいように信じて、行動する。

     二人の振る舞いはずっとそうだ。
     自分が正しいと思うことを掲げて、それをもとに行動し続けてる。その結果、人から悪く言われることもあるけど……でも、その姿がとってもカッコいいんだ。憧れなんだ。

     わたしも、二人みたいにカッコよくなれるのかもしれない。

     わたし、カッコよくなってみたい……!
     わたしがそう決意した瞬間、給食の終わりを知らせる鐘が鳴って、ごちそうさまでした、と手を合わせる。

    「あ、あとひとつ」

     東郷さんが立ち上ってお盆を持ち上げながら言った。

    「アンタみたいなお人よしを除け者にしてるクラスメイトのこと、別に気にしなくていい。こんな無害なヤツのことハブってるクラスのほうが間違ってると思う。おれは」
    「うん。愛実もそう信じてるよぉ」

     東郷さん……中村さん……。

     今ものすごく二人に対して唐揚げをプレゼントしたい気分だ。そう、こういう時に言う言葉は、ごめんなさいじゃなくて__

    「二人とも、ホントにありがとう!」

     よし。わたしは、水橋さんを信じる。
     そして、わたし自身を、信じるっ!
     

    4.すみません、聞かせてください
    「おはよう」
    「おはよう水橋さん。風邪大丈夫?」
    「うーん……まだ元気ってわけじゃないけど、授業遅れるのイヤだから」

     ちょっとだけ久しぶりに会った水橋さんは、休んでいたはずなのに、以前よりも疲れているような気がして、とても心配になった。「無理しないでね」としか言えない自分が悔しい。
     本当は水橋さんのアレコレについて聞きたいけど、辛そうな水橋さんにもっと辛い記憶を話してもらうのは良くないよね。それに、わたし自身がそうであるように、避けられている理由を本人が全部わかってるなんてことない気がするし……。

     じゃあ、どうしよう。

     もしわたしが探偵だったら、最初にするのは事情聴取だ。この前読んだ名探偵の活躍する小説では、まず周りの人に聞き込みをしていた。

     つまり、わたしが話すべき人は、事件に関わりのある人で重要そうな……渡辺亜子さんだ。
     渡辺さんは、水橋さんの一番の親友で、たしか悪口を言われた張本人だ。
    善は急げ。佐々木はるか、勇気を出して行動開始です!

     登校してきた渡辺さんがカバンを机に置いた瞬間、わたしはサササと渡辺さんのとなりに参上する。

    「おはよう。渡辺さん」
    「お、おはよう……えっと? なにか用かな?」

     渡辺さんは一瞬ビックリして目を大きく開いたあとに、戸惑いながらもわたしの話を聞いてくれた。

     渡辺さんはとても警戒しているみたい。
     そりゃそうだよ。わたし渡辺さんと話したことないもん。そんなやつが急に話しかけてきたらビックリするよ。

    「うん。その、ちょっとだけ聞きたいことがあって。できれば、教室の外で話せると、うれしいかなー……」
    「なに? わたしに答えられることあるかな」
    「その、水橋さんのこと、です」

     今度は目が大きく開かれただけでなく、肩をビクッと震わせながら驚かれた。そして石のようにかたまってしまった。知らない人から見たらわたしが渡辺さんをいじめてるみたいに見えそうだ。

     無言の渡辺さんを前にして、どうしたらいいかわからないわたし。
     あれ、渡辺さんが急に歩き出した。どこに行くんだろう……あっ教室の外か。わたしがそこで話したいって言ったんだもんね。ビックリして忘れちゃってた。

     朝早くの廊下にはあまり人はおらず、ナイショ話にはうってつけだった。

    「ナッツのこと? なんで」

     渡辺さんの小さく開けられた口から、ナッツ_____水橋夏希さんの名前が絞り出されるように出てきた。その声は少し震えていて、怯えているようだった。
     わたしは、目の前の人にそんな反応をされたことがなかったから、戸惑ってしまったけど、とにかく言いたいことを伝えることに集中する。

    「そ、その。水橋さんが悪口を言った、とか、なんとか言われてるけど、もしかしたら違うのかなーって。誤解とかないかなって」
    「誤解……どういうこと?」
    「本人じゃなくて……オバケがやったとか……」

     聞きたいことはあったけど、具体的になんて話そうか考えていなかったわたしは、意味のつながらないことを口に出してしまう。
     オバケ……そりゃ渡辺さんもポカンとするよね。困らせてゴメン。すっごく口下手なんです、わたし。

    「と、とにかく! 水橋さんがそんなことするなんて思えなくて。だから、そう、ニセモノ! 水橋さんのニセモノが現れて、勝手に悪いことしたんじゃないかなって思ったの!」
    「なんで、そう思ったの?」

     わたしが大きな身振りをつけながら必死に言葉をつなげると、それをバカにせずに渡辺さんはそう返してくれた。なにかを確かめるように、ゆっくりとそう言った。
     だから、わたしも自分の気持ちを、信じたいことをきちんと伝えなきゃって思った。

    「なんでって……だって、水橋さんが友だちの悪口だなんて言うような人に思えなくて。だって、だって、すごくいい子だよ水橋さん。優しくて、明るくて、ニセモノが水橋さんにイヤがらせしたとしか思えないよ」
    「……知ってるよ。ナッツがいい子ってこと」
    「そうだよねっ。渡辺さんもそう思うよね」
    「でも、悪口を言ってたのはホント。あの人、わたしたちの悪口言ってたの。わたしも見た」

     それは冷たい言葉だった。
     その冷たさが水橋さんには似合わなくて、わたしは渡辺さんに言い返す。

    「それってホントに水橋さんなの?」
    「ナッツだよ。間違いない」

     そう言い切る渡辺さん。

     わたしは実際にその悪口を見ていないけど、渡辺さんは本当に見たって言ってたから、こんなにもハッキリと言い切れるのかな。
     わたしが言いよどんでいると、今度は渡辺さんがわたしに疑問を投げかけてきた。

    「ナッツがどんなこと言ってたか知ってる?」
    「くわしくは知らないけど、旅行に行ったとか、その、貧乏だとか」
    「うん。だいたいそんな感じ。体育でマラソンした日あったでしょ? その日に旅行しててたみたい。それで、さっき佐々木さんが言ってたみたいなことを投稿した。旅行の写真も一緒に。みんなが見たって気がついてすぐに消したみたいだけど」

     マラソンの日……そういえば二週間前くらいの体育の時間で、急にマラソンをやらされたときがあった。

     そのときのイヤな記憶を思い出すと同時に、渡辺さんのことも少し思い出した。たしか、がんばりすぎて具合悪くなっちゃって、早退したんじゃなかったっけ? そんな辛いことがあったから、余計に水橋さんに怒ってるのかな。

    「その、勘違いだった、とかはあり得ないのかな?」
    「ないと思う。わたし、信じられなかったからナッツのアカウントを確認したけど、間違いなく本人だったもん。わたし以外にも同じように見たって子いたし」
    「でも、ニセモノがなりすましてる、とか」
    「それもないよ。もしだれかがニセモノだったとして、どうしてナッツが旅行してることを知ったの? ナッツは旅行のこと隠してて、先生に体調不良ですってウソまでついてたのに。
     それに、ナッツはね、その悪口の投稿をしたちょっと後に、それと同じ写真を投稿してたの。旅行日も、平日じゃなくて休日だよってウソついて。それがあるまではね、わたしもなにかの間違いだと思ったの。でも、ナッツが旅行の写真を投稿する前に、同じ写真をあげるなんて、本人にしかできないよ」

     う、うーん。

    「その、記録とか残ってたりは……?」
    「インスタの投稿は消せるもん。あてにならないよ。あ、そもそもインスタもよく見せてくれなかったの。絶対他にも悪口言ってるから見せられないんだよ」

     そ、そんな……。
     じゃあ本当にその悪口を言ったのは水橋さんなの?

    「で、でも」
    「ニセモノだったらよかったのに」

     渡辺さんがポツリとつぶやく。

    「最近ナッツと仲良くしてるみたいだけど、気をつけてね。いつ悪口言われるかわからないよ。……わたしすごいショックだった。一番の親友だと思ってたのに」

     わたしはその言葉に衝撃をうけた。悪口って、その言葉自体が人を傷つけるだけじゃない。それ以上に、今までの関係のすべてを傷つけるんだ。
    だから、渡辺さんはだれよりも水橋さんのニセモノを願っていたのだ。

     きっと、最初は渡辺さんも水橋さんの言い分を信じたのだろう。今までの積み重ねがあるから。ウソをつくような人じゃないってわかってるから。
     でも、ある時思ってしまったんだ。本当は水橋さんに裏切られてたんだって。

     わたしは水橋さんを信じた。こんなことをする人じゃないって。
     そして、それは渡辺さんもそうだった。ううん、わたし以上に、もっと強く信じてたんだ。だって、一番の親友だったから。

     でも、結局そこにあったのは、自分に向けられた悪口だけだった……。

    「もういい?」
    「うん。ありがとう」

     ぺこりと頭を下げながらお礼を言うと、渡辺さんは教室へ戻っていった。
    わたしはおじぎの体勢からなかなか頭が上げられなくて、うつむいたまま壁にもたれかかった。

     わたし、渡辺さんを傷つけちゃった。
     たくさんたくさん傷ついた人のことを、さらに傷つけてしまった。無自覚に、これが正しいと思って。

     わたし、今と同じようなことを何回も繰り返してきたんだろうな。
     あの日、わたしはルルちゃんを傷つけてしまった。でも、もしかしたら、気づいていないだけでもっと傷つけていたかもしれない。

     それなのに、もう一度友だちになりたいだなんて……。そんな都合のいいこと、許されるわけないじゃん。当たり前だよ。

    「大丈夫か」
    「東郷さん……」

     声をかけられて顔を上げると、ちょうど教室に入ろうとしている東郷さんがいた。

    「なんかあったのか」

     すべて話してしまおうか。そうやって泣きつけば、少しは心が軽くなると思う。
     でも、それでいいのかな。人の心を傷つけてまわる、イヤなわたしのまま、変われないんじゃないかな。

    「ううん。いろいろあったの」
    「は? どっちだよ」
    「あー、えっと、ね。『ううん』っていうのは、東郷さんに全部話したくなったけど、それはしないよって意味。『全部』っていうのは、さっき渡辺さんと話した内容と、それを聞いた自分のこと。それがいろいろあるから、『いろいろあった』って言ったの」
    「うん」

     東郷さんは軽くうなずいた。
     なんか、うれしいな。

     話す内容がうまくまとまってないことは自分でもわかってるし、それでイヤな顔されることも多い。でも、東郷さんはイヤな顔せずに真面目に聞いてくれた。それがうれしかったんだけど、渡辺さんから聞いたことも説明したくて、あーダメだ、うまく伝えられない。
     わたし、みんなみたいに、伝えたいことをすぐにまとめられないの。時間がほしいな。

    「東郷さん。わたしたちは給食の時間だけの仲間だよね?」
    「突然なに? まあそうだけど。別にそれ以外一言も話さないわけじゃ……」
    「わたし、給食の時間までに言いたいことまとめてくるっ!」

     わたしは東郷さんに宣言した。
     なぜかというと、宣言したほうが「やるぞー」って気持ちになってやる気が出る……ような気がするから。
     メラメラ燃えるわたしと違って、東郷さんは冷めた感じだ。

    「はあ」
    「待っててねっ! わたし、がんばるから!」

     わたしは教室に走っていった。

    「アイツ変なところでムキになるなあ」

     わたし、ぜったいにやりきってみせる!

    *

    「東郷さん! 中村さん!」
    「な、なに?」

     いつもノロマなわたしが、だれよりも早く机を動かしていたことに、中村さんは戸惑って目をぱちくりさせ、東郷さんは面倒くさそうにため息をついた。
     なんで面倒くさそうなの!? さっきはあんなに真面目にわたしの話聞いてくれたのに!

    「愛実、コレはおれのせい。ごめん」

     コレって……指ささないでよ。

    「凛ちゃんが謝るなんて珍しいねぇ。愛実、こんなにめんど……元気なはるかちゃん初めて見たぁ」

     面倒って言おうとした!?
     もう! 二人とも失礼すぎるよ。わたしだってやる時はやるんだから。わたしは、またもや空席になった水橋さんの机を見て、よし、と気合を入れた。

     水橋さんはだいぶ無理していたらしく、四限の途中で保健室に行ってしまった。保健室の先生が水橋さんの分の給食を取りに来てたから、まだ早退はしていないみたい。

    「わたし、朝の時間に渡辺さんに話を聞いてきたの。ほんとに水橋さんが悪口を言ったのか」
    「わーお。ダイタンだ」
     東郷さんがわたしをからかうように笑った。
     バカにしてるなぁ。わたしって実は行動派なんだからね。成果もゲットしてきたもん。

     ……そう、成果があったんだ。

    「そしたら、やっぱり水橋さんが悪口を言っていたみたいで……。わたし、その証拠を渡辺さんからいくつか聞いてきたの」
    「証拠ねぇ。愛実が知ってるのは、夏希ちゃんが悪口の投稿をしたってことだけだなぁ。それだけでみんな信じちゃうよねぇ」

     中村さんがのんびりとうなずきながら、スープをすくって口に運ぶ。
     その言葉自体は他人事なのに、なぜか思い出を話すような言い方をしていた。もしかしたら、同じような体験をしたことがあるのかな。

     わたしは、はしを置いて、ピースサインを掲げながら口を開いた。

    「悪口を言ったのが、水橋さんだって疑われている証拠は、大きく分けて二つあります。
     ひとつは、そのアカウントが本当に水橋さんだったって確認した人が、複数人いること。もうひとつは、悪口とともにのせられていた旅行の写真が、そのあと本人から投稿された写真と同じだったこと。あ、あと、水橋さんがアカウントを見せてくれなかったとこもあやしいって」

     アニメの中の名探偵がやっているように、いろいろな証拠を説明するわたし。本物の探偵みたいでカッコいいかもしれない!

    「ふーん。思っていたよりもちゃんとしてんじゃん」
    「結構マジの証拠だねぇ」
    「案外使えるな」

     あれ? それ、もしかして、わたしのことほめてる?
     あれあれ? 二人ともバカにせずにわたしのこと見てくれてる?
     
     これ、実ははじめてのことかも……よろこぶべきか、それとも今までバカにされ続けてきたことに怒るべきか。難しい問題なので後回しにしちゃおう。

    「わたし、水橋さんを信じようって決めたのに、いろいろ聞いたら、もしかしたらホントに水橋さんが悪口を言ってたのかなって思っちゃって」
    「ん~、まあそうなるよねぇ。愛実はぁ、夏希ちゃんの友だちがやったって思ってたけど」
    「それは……水橋さんの友だちが、水橋さんのニセモノになったってこと?」

     わたしは、中村さんの考えを理解するため、かみしめるように聞き返した。

    「うん。実はねぇ、愛実はそれがいちばんあるって思ってたの。それこそ、話を聞いてきた、渡辺亜子ちゃんが夏希ちゃんのニセモノになって、悪口を言ったんじゃないかなってぇ」

     え!?

    「あ、それおれも思ってた」

     ええっ!?
     なんで二人ともそんなヒドいこと考えるの? 二人はいつも一緒の大親友だよ。

    「にらまないでよぉ。愛実はねぇ、夏希ちゃんがホントになにもしてなくて、じゃあだれがなりすましたのかなって考えたら、亜子ちゃんのことを思いついたってだけだよぉ」
    「だから、なんでそんなこと……。渡辺さん、とっても傷ついてたよ」
    「愛実ばっかり悪者にしないで。愛実がやったわけじゃないのに責めないでよぉ」
    「う、ごめん……」

     わたしは頭を下げる。
     これは、唐揚げをあげなきゃいけないくらい、自分が悪い。でも、それはそれとして、知りたいの。なんで、そんなことするの?

    「愛実知~らない」

     プイッとそっぽを向かれた。機嫌悪くしちゃったみたい。

    「だって、愛実、亜子ちゃんじゃないから気持ちわかんないし、そもそもほんとにニセモノがいたかなんてわかんないからね。でも、ニセモノの理由なら考えられるよ。
     ニセモノはこの状況をつくりたかったんじゃないかなぁ。夏希ちゃんがハブられる、今のクラスを。そのくらい、夏希ちゃんがキライだったか、恨んでたんじゃないかなぁ。愛実だって、クラスでハブられちゃえ~って思う人いるもん」

     そ、そうなんだ。

    「勝手に妄想してても解決しないだろ。それで? 名探偵。次はなにするの?」

     名探偵!
     良い響きだねっ。それじゃ、二人はワトソンくんかな?

    「いや、ワトソンはアンタでしょ。証拠を集めるために走り回るのよく似合ってるよ。我々名探偵は、アンタががんばって集めた証拠をもとに推理するのが仕事」

     あれ、わたしのほうが助手なの?
     ふーん……じゃあわたしが質問していいかな? 探偵ならいい感じに答えられるよね?

    「じゃあ聞くけど。次はなにをすればいいの、名探偵さん」
    「うーん、水橋の悪口の投稿を実際に見てみたいかな。みんな気づいてないだけで、ニセモノの証拠があるかもしれない。もしニセモノがいればだけど」

     すごい。ちゃんとしてる。わたしの負けかあ。
     あーもうわかりましたよ! わたしが足を動かしますよ! 渡辺さん以外の友だちに聞いて来ればいいんだよね?
     そういうの得意じゃないんだけどなぁ。それに、消された投稿を見つけるなんてできるのかな。

    「いやぁ、そんなことしなくてもいいと思うよぉ?」

     中村さんはそう言って、ごちそうさまでした、と手を合わせた。

    「貝原小学校でウワサを集めてる迷惑さんがひとりいるでしょ?」
    「ま、そうだな」

     そ、そんな人いるんだ。

    「あーあ、アンタが言わなければ佐々木があちこちで聞き込みまわって、不審者として新しいウワサになるところだったのに。余計なこと言うなよな」

     東郷さんそんなこと考えてたの!? ひどすぎる。

    「愛実的にはそれもみたかったんだけどぉ」

     やめてください。

    「それよりも、その大迷惑さんに直接言いたいことがあって~。ま、今回のことはそのついでに聞けばいいかなって」

     にこり、と笑う中村さん。
     いつもキュートなその笑顔は、いつも通りかわいいんだけど、どこか真っ黒なオーラが漂っていた。

    「そういうことね。ならおれもひとこと言いたいかもなー……よし、放課後行くか。佐々木もこいよ」
    「えっ、放課後?」

     わたしはビックリして聞き返してしまった。

    「なに? 用事あんの?」
    「だって、わたしたちって、給食の時間だけの関係でしょ? それ以外で話していいの?」

     あれ、二人ともめんどくさそうに顔を歪ませて、同時にお互いを指差しちゃった。どういう意味?

    「アンタのせい!」
    「凛ちゃんのせい!」

     責任の押し付け合いしてる。どっちが悪いか、わたしが決めてあげようかな_____なんてね。

    「元はといえばアンタのせい!!」
    「元凶さんは反省してくださぁい」

     あれ、わたしのせいなの?
     中村さんがため息をついて、その勢いのまま「あのね」と口を開いた。

    「給食の時間以外にも話すでしょ。用があるならね」
    「今まで話してこなかったよ」
    「用がないからだろ」

     東郷さんの言葉に、たしかに、とわたしはうなずいた。
     もし同じマンガとかアイドルが好きならそのことについて話せるけど、共通点がなにもないわたしたちは、そんなことできないもんね。
     好きなものが同じじゃなくても、性格が似てるとかでも話しやすいんだけど……わたしたちはまったく似てないなぁ。

     それに、東郷さんと中村さんはちょっとだけ性格が似ているけど、いつもケンカしてるしね。

    でも、わたし、ちょっとうれしいかも。

    「こんなふうに放課後もお話しするのって、仲良しの友だちみたいだね。うれしい」

     わたしが我慢できずにちょっと笑いながら言うと、ニヤニヤするなとツッコミされると思いきや、二人ともただ首をかしげるだけだった。
     あれ、こんなふうに思ってるのわたしだけ? うれしいよね?

    「そもそも愛実たちお友だちじゃないよぉ」

     ガーン。ハッキリと否定されちゃった。
     しかも、いつも厳しい東郷さんからじゃなくて、中村さんから言われるだなんて。余計ショックかもしれない。

    「そうなの……じゃあわたしたちってどういう関係なの?」

     わたしは気になったことを問いかけてみた。

    「それは……」
    「とにかく! 放課後は一組集合。放課後すぐな」

     わたしたちの会話がなかなか決着しないことにしびれを切らした東郷さんが、無理やり割り込んできた。時計を見ると、たしかにもう少しで休み時間も終わりそうだ。

     放課後一組集合ね、なるほど。了解。
     あ、実は東郷さんはわたしの味方だったりしないかな……。いつもクールだけど実は友情にアツい!みたいなの、かっこよくて好きなんだけどな……。

    「東郷さんの机に集合でもいいんじゃないかな」
    「そんなことしない。仲良しじゃないんだから。現地集合。現地解散」

    やっぱりダメか。
     
    5.ありがとう、すてきな人
     さようならーという合図と同時に(フライングだったかも……?)、教室を飛び出す東郷さん。
     もしかしたら、その迷惑さんはすぐ学校から帰っちゃうのかも。それか、ウワサを集めるために動き始めるから、クラスをすぐ出ちゃうとか、かな?
    とにかく、わたしも急いで向かわないと。

     帰りの支度は帰ってきてからまたやることにして、よし、行くぞ!

     ……ってアレ? 中村さんはまだ自分の席に座ってる。というか、男の子とおしゃべりしていて、まったく急いでない!
     一組に行かなくていいのかな。忘れちゃってる……なんてことないよね?
    確かめたいなって気持ちもあるけど、あの輪の中に入るのは怖いなぁ。
     あ、迷惑さん、実はのんびり屋さんだったりして。だから中村さんはそんなに急がなくていいやーっておしゃべりしてるとか。

     うん、そうだそうだ。そういうことにしよう。

     わたしは、ひと足お先に行っちゃうね、って心の中で声をかけて、一組の教室に向かった。

    「遅いッ!」

     そういえば、迷惑さんの顔知らないなって気がついたのは、一組の教室に着いたときだったけど、イライラしてる東郷さんがあまりにも目立っていたから、すぐに見つかった。
     東郷さんのとなりで難しそうな雑誌を広げている女の子が、迷惑さんだろう。わたしだったら近づきたくないくらいのイライラのオーラを発している東郷さん。迷惑さんは、そのすぐとなりにいるとは思えないくらい平然としている。

    「なんでこんなに遅いんだよ! コイツすぐどっか行こうとするの知らないのかよ」
    「知らなかったです……。あと、中村さんが急いでなかったから、そんなに急がなくてもいいのかなーって思っちゃいました。ごめんなさい」

     なんかコレ、責任を中村さんに押し付けてるみたい。
     違うの、あの、悪いのはわたしだってわかってるよ、ホントにごめんなさい。

    「当たり前だろ。アイツを参考にして行動したアンタが悪い。アイツの行動なんて当てにならないだろ。一ミリも信用するな」
    「な~に? 愛実の悪口言ってるのぉ? それをマルちゃんにウワサとして広めてもらおうとしてるんだぁ」

     中村さん! そんなこと思ってないよ!

    「ああそうだよ。遅刻だバカ」
    「ちこくぅ? どこがぁ? 愛実、凛ちゃんの言う通りにすぐ来たよ。それにマルちゃんいるなら間に合ったってことでしょ?」
    「間に合ったのはおれが早く来たからだ! おれが着いたときにはもうどっか行こうとしてるとこだったし。マジで感謝しろよ」

     あ、そうだったんだ。
     じゃあ本当に東郷さんに助けられたんだね。

    「ありがとうございます」

     わたしは深々と頭を下げてお礼を言ったけど、となりの中村さんはそっぽを向いて無視してる。そんな態度に腹を立てた東郷さんが、「あのなぁ」と口を開いた瞬間だった。

    「帰っていいかな? やる事がたくさんあるんだ」

     今まで「無関係です」みたいな顔で雑誌を読んでいた中心人物が、顔を上げて割り込んできた。
     フレームのない楕円型の眼鏡をかけた、丸顔の女の子。座っている姿は小柄に見えるし、つり目がネコみたいで、かわいい女の子だなって思ったけど、イライラしている東郷さんを無視できるあたり、かなり肝のすわった子みたいだ。

     その子に、帰っていいかな、だなんて人ごとっぽい言い方されちゃった。もしかして、自分の頭上で起きているケンカに気がついていないのかな?

    「いいわけないだろ。アンタのために来たんだから」
    「マルちゃんのせいで、せっかくの放課後なのに、口うるさいこの人の顔見なきゃいけないんだけどぉ?」
    「あ! ハイハイ! わたし、あなたに用事があるの!」

     東郷さんと中村さんのケンカが終わらない予感がしたから、さっき迷惑さんがやっていたように二人の会話に割り込んだ。

    「あの、貝原小学校のウワサを集めてるってホントですか?」
    「うん。そうだよ。ワタシ、穂波まひる。マルって呼んでね_____よし、自己紹介終わり。それで、なんの用?」

     マルさんはニコリと笑った。
     ネコのようなつり目が一気に一直線になって、もっとネコに近づいた。やっぱりかわいい。

     ネコと言えば、近所の野良猫のネコ吉、元気かな。最近見てないから心配だな。わたしがネコ吉の思い出にひたるスキをついて、東郷さんがわたしに代わって口を開いた。

    「文句言いに来た」
    「えー……困ったなぁ」
    「心当たりがないなんて言わせないんだからね」

     さっきまでケンカしていたとは思えないくらい二人の息はピッタリだった。二人の気持ちの切り替え方、見習いたいなと思ってたけど、ここまで極端すぎるのはちょっとやりすぎかもなぁ。
     あと、こんなに二人から圧をかけられても、にっこり笑顔を崩さないマルさんもすごい。

    「逆だよ。心当たりがありすぎて困ってる」

     あ、悪い顔してる。
     悪い顔できるのってすごい。わたしがやってみたら変顔になっちゃうと思う。やっぱり練習してるのかな。

    「ふざけんなよ。おれの知らないのがまだ他にもあるのかよ」
    「文句言いに来たんだって? いいよ、聞いたげる」
    「聞くだけじゃダメッ。愛実の『高校生の彼氏が三人いる』ってウワサ今すぐ取り消して。三股とかひどすぎるからっ」

     そんなウワサあったの?

    「おれの『校長先生と口げんかして勝った』ってやつもな。なんでおれが校長と言い争いそってんだよ」

     そんなウワサあったんだ。
     二人はあるわけないから!と怒ってるし、突拍子もないものなんだけど……どうしてかな? ちょっとあり得るかもと考えちゃう自分がいる。

    「いいけどさ。ワタシが取り消して意味ある? 広めてるのはクラスのみんなでしょ? それにウワサなんてすぐに消えちゃうから大丈夫大丈夫」
    「たしかにそうかもね。でも、うわさを流したマルちゃんが言う資格ないからね」
    「そもそも、アンタが余計なことしなければ済んだ話だろ。責任転嫁するな」
    「そっかそっか。じゃあ今度からそのウワサは嘘でーすって伝えるようにするよ。でも、ワタシとしては、このままほっといておくのをオススメするけどね。せっかく消えかかってるウワサなのに、今から『そのウワサ嘘だよー』ってもう一度話題に出すほうが、記憶に残りそうだからさ」

     たしかに……。今からわざわざ波風立てない方がいいのかもしれない。

    「そのウソが真実として記憶される方がイヤだ」

     たしかにそうだ! それが本人の中で本当のことになるもんね。ちゃんと間違ってるよって言わなきゃ……あれ、やっぱりわたし、人の言葉に流されすぎ?

    「あーわかったわかった。そんなににらまないでよ、訂正しておくから。これで用事は済んだ?」
    「うん」
    「よし。帰ろ」
    「ちょっと待ったーっ!」

     東郷さんと中村さんが帰ろうとするのを、わたしは全力で引き留める。まだ本題に入ってないからっ。帰ろうとしないで。

    「マルさん、水橋さんのウワサについて知ってる?」
    「水橋さん……水橋夏希さんね。うん。知ってるよ」

     うなずくマルさん。

    「そのことについて詳しく教えてほしいの。あと、もしその悪口の写真とかあったら、見せてほしい。お願い」

     わたしは深々と頭を下げた。

    「うん。わかった。じゃあ教えてあげるよ。水橋夏希のこと」

     やった!
     予想していたよりもあっさりと教えてくれそうで、わたしはホッとする。
    今までの会話から、かなり変な人だと思ってたから。それこそ、あの二人と同じくらいの。

    「ありがとう!」
    「ただし」

     マルさんは咳払いをして、ひとこと付け加えた。

    「タダで教えてあげるワケじゃない。よく言うだろう? 情報は通貨なんだ。情報を渡すからには、そちらからも有益ななにかを渡さないと。そうやって取り引きは成立するんだ」

     ……取り引き。わたしがお菓子を買いたいときに、その分のお金を払ってお菓子と交換するのと同じってこと、かな?
     うーん、大丈夫かなぁ。わたしあまりお金もってないよ。

    「お金なんてとらないよ。ただ、ワタシが知りたいのはひとつ。君のことだよ。佐々木はるか」

     わたし?

    「小倉くん告白事件。その当事者である君に、話を聞きたいんだ。_____あの事件はあまりにも不可解なことが多すぎる」

     不可解? そんな言葉、刑事ドラマの中でしか聞いたことないよ。それにあの出来事にそんな名前がついていたなんて知らなかった。大げさだよ……。

    「あ、それは愛実も聞きたーい」

     はいはーい、と中村さんが手を上げた。

    「愛実、そのウワサのことしか知らなかったから、はるかちゃんのこと、もっとヤバ~い人だと思ってたんだぁ。でもちょっと話してみたら全然違ってビックリしちゃった」
    「賛成。アンタの頭の中どうなってるの?」

     東郷さんがうなずく。
     急に三人からの鋭い視線の的になったわたしは、うろたえながらも、ええと、となんとか声を出した。

    「わたし、説明するの下手だから、わたしの頭の中のことを話そうとしても、うまく伝わらないと思う……。でも、なにがあったかを話すくらいならできる、と思う」
    「ダメだ」

     え? それを説明してほしいんじゃないの?

    「なにがあったかくらい知ってる。さっきも言ったけど、おれが知りたいのは、佐々木はるかの頭の中。
     正直、アンタって本当に意味がわからない。弱虫で受け身かと思えば、急に積極的に行動したり。今だって、自分だってハブられてるくせに、水橋のために状況を改善しようとしてる。自分を後回しにして。どうしてそんなことしてんの?」
    「どうしてって……。わたしが仲間外れにされてるのは当たり前だけど、水橋さんは違うかもしれないから……」
    「なんでそう思うの?」
    「なんで……? えっと、その、わたし、考えてることはいろいろなんだけど、うまく言葉にできなくて」
    「うるさい。全部言え」

     暴言!

    「全部って? わたしの頭の中めちゃくちゃだよ」
    「全部教えて。愛実たち、はるかちゃんと話すたびに、はるかちゃんのことわかんなくなるの。なんでかなぁ?」

     そうなんだ。わたし、そんなふうに思われてたんだ。
     わたし、自分でも何を考えているかわからないくらい、頭の中がゴチャゴチャになっちゃうことはよくあるけど、考えていることは単純だよ。
     ただ、単純な考えが頭の中に溢れかえっているだけ。でも、うまくまとめられないから、ゴチャゴチャのまま出力するしかなくて。

     それで、いつも伝わらないから、もう伝えなくてもいいかなって思っちゃってた。でも、それじゃダメなんだね。

     _____じゃあ、全部話すよ。長くなると思う。ごめん。

     わたし、シンデレラじゃなかったんだ。
     
    6.ごめんなさい、わたしのすべてに
     わたしは昔から『かわいい』ものが好きだった。
     理由はわからないけれど、ずっとそうで。
     たぶん深い理由もないと思う。みんなそれぞれ好きな色があると思うんだけど、その中でわたしはピンクが好きだった。それで、ピンクのものを選んでいったら、いつの間にか『かわいい』にかこまれていたっていうだけ。

     そのままおとぎ話のお姫様に憧れていったのは、たぶん自然な流れだったと思う。
     だって、お姫様が一番かわいかったから。わたし、お姫様になりたかった。

     _____恋愛のことなんてよくわからないくせに、がんばってついていこうとしたのは、そのためだったと思う。

     だって、シンデレラだって白雪姫だって、王子様と結ばれてハッピーエンドだったから。
    恋愛のことはまったくわからなかったけど、お姫様は最後に王子様と結ばれるから、それが正しいと思っていた。

     でも、わたしはうまくいかなかった。ううん。それでもね、がんばってたの。
     だれが付き合ってるとか、だれが好きとか、だれがキライとか。
     そういう話に興味がもてなかったし、人のことをアレコレ言うのは苦手だったけど、それを言うのがふつうだと思ってたから、みんなの真似をしていた。

     それに、よく読んでいたマンガの女の子たちは、いつも恋してて、キラキラしていて、それがとってもかわいかったから。

     だから、ルルちゃんの恋バナについていくためにも、クラスで一番人気があるって聞いた男の子が好きだってウソもついてた。

     でも、急に、自分はお姫様じゃないってことに気がついたの。
     ううん、気がついたじゃなくて、『認めた』ほうが正しいかな。
     みんなに言うのが恥ずかしいくらいしょーもないことがあって_____本当にしょーもないことだったんだけど、それで糸がプツンと切れちゃって、わたしは宙ぶらりんになった。

     自分がわからなくなったんだ。

     わたしはなにをするにもダメダメだけど、それでもお姫様っていう目標を目指してた。

     でも、その支えがなくなって、なにが正しいのかわからなくなった。
     そこでもう一個気づいたの。わたしは他の人の言葉に流されてばっかの人間だって。でも、どうしたらいいかわからなくて……糸なんか切れてませんよーって、切れ目を隠しながら、恋してるフリをしてたの。

     そんなある日だった。

     いつも通りルルちゃんとおしゃべりしていると、小倉天くんが近づいてきた。

     小倉天くんは学年で一番カッコよくて、モテている男の子_____つまり、わたしが恋してるっていう設定の男子だ。

     だから、小倉くん近づいてくることに気がついたルルちゃんは、わたしの肩を何度も叩いて、うれしそうに声を弾ませた。わたしとのおしゃべりでは聞いたことのないくらい、うれしそうな声だった。

     最初はすれ違うだけだと思っていた小倉くんは、わたしたちの前で歩みを止めた。
     用事はなんだろう? わたしには関係ないことだろうし、対応はルルちゃんに任せよう。それで、終わったあとに、「ドキドキしたー」って騒ごう。
    そう思ってわたしは小倉くんから目をそらした。

     その時だ。

    「佐々木さん」
     名前が呼ばれた。小倉くんの声だった。

     わたし、なにかやらかしたかな。
     宿題出してなかったっけ? 先生に呼び出されて怒られるのかな? イヤだなー。先生もわざわざこんな目立つ人に頼まなくてもいいのに。

     それとも、もっと悪いことがあったのかな。
     小倉くんがなかなか続きの言葉を言わないから、わたしはおそろしい想像をいくつもして、ショックに備えた。

     しかし、予想はどれも当たらなかった。

    「今日一緒に帰りませんか」

     _____は?
     一緒に帰る?
     わたしと、あなたが? なんで? わたしの聞き間違い?

     意味がわからなくてルルちゃんをチラリと見ると、ルルちゃんも口をポカンとさせていた。ルルちゃんもよくわかってないみたい。

     わたしは、多分、それ以上に混乱してる。

    「な、なんで……?」

     本当に意味が分からなくて、素直に聞き返した。
     そこでわたしは、小倉くんの顔が真っ赤になっていることに気がついた。

    「……俺、佐々木さんと、仲良くなりたいんだ。その、いいなって、思ってて」

     鈍感で察しの悪いわたしは、その言葉や小倉くんの耳の赤さの意味がわかるまでに三十秒近くかかった。
     _____三十秒後には、わかってしまった。

     わたしにある選択肢はひとつ。首を縦に振ることだ。
     ルルちゃんからの視線を感じる。
     そうだ、そうだよ。わたしがやることはひとつ、ひとつだけなのに_____なんで体が動かないの?

     ドクン。

     胸の鼓動が大きくなる。息苦しくて、息を吸う。息を吐く。吸う。吐く。
    それを何回か繰り返しているうちに、わたしの口から空気ではなく、声が飛び出した。

    「わたし、わからない」

     わたしは_____わからなかった。
     だから、逃げた。

    「わたし、そういう、恋愛とか、まだわからなくて」
    「……俺のことどう思ってる?」
    「_____わからない。キライじゃないし、好きだけど、これは小倉くんと一緒の『好き』じゃないような気がする。だから、ゴメン」

     わたしが声を振るわせながらそう言うと、小倉さんは「そっか。こっちこそゴメン」と立ち去ってしまった。

     わたしは緊張でものすごくドキドキしていた。
     たぶんコレは、マンガの女の子たちのドキドキとは違うんだろうなって気がした。女の子たちがドキドキしてる姿は、とってもかわいいけど、今の自分は一ミリもかわいくない。
    
    「もう、はるちゃんったら。恥ずかしいのはわかるけど、ちゃんと『はい』って言わないと」

     ルルちゃんにこそっと耳打ちされる。ああ、ダメだ。ドキドキがうるさすぎて聞き取れない。
     なんでだろう。恋してるってウソつき続けてるからかな。もし、ウソだってルルちゃんにばらしたら、楽になれるかな。
     うん、大丈夫だよ、ルルちゃんなら許してくれるよ、あーもう、限界だ__

    「ゴメン。さっき言ってたのホント。わたし、恋愛がまだわからなくて、なのに小倉くんのこと好きだってウソついてた。ごめんなさい」

     ルルちゃんなら、わたしのドキドキをおさめてくれる、よね?
     だって、親友だもん。

    「……は? なにソレ?」

     放課後のクラスは騒がしいはずなのに、ルルちゃんの小さな声はやけに響いた。

     ルルちゃん、怒ってる。わたしに。
     ルルちゃんと先生のグチを言い合うことはあっても、その怒りのターゲットになったことのなかったわたしは、はじめて見るルルちゃんの表情に、恐怖心を抱いた。

    「ルルちゃん……?」
    「はるちゃん小倉くんのこと好きって言ってたじゃん。それがウソなの? じゃあルルにずっとウソついてたんだ。ウソついて、ルルのことバカにしてたんだッ!」

     ルルちゃんの大きな声で、あんなに騒がしかったはずの教室が一気に静かになる。

     水に潜ったときの息苦しさを思い出す静かな教室で、わたしたちはクラス全員の注目を集める。こんなにもたくさんの視線の的になるのは、授業でみんなの前で発表するときくらいだ。

     そこではいつも緊張してしまうけど、そのときのわたしは、なぜか冷静なままだった。

     _____ああ。わたしは、期待していたのかもしれない、と。
     もしかしたら、ルルちゃんがわたしの気持ちをわかってくれるかもしれないって。
     いつもみたいに「それなー」なんて、たくさん考えごとしちゃうわたしに、軽い言葉をかけてくれるんじゃないかなって。

     でも、それは叶わなかった。
     当たり前だよ。
     わたし、ルルちゃんにウソついてたんだもん。怒られて当然だ。

    「バカになんてしてないっ」

     でも、ルルちゃんの恋心をバカになんてしたことない。

     わたしはいつもうらやましかった。
     恋してるルルちゃんは、マンガの主人公みたいにキラキラしてて、とってもかわいかったから。
     だから、ルルちゃんの真似をすればわたしも近づけるかな、なんて考えたの。そう伝えたいのに。

    「じゃあなんでそんなウソついてたの? ルルが椿くんのこと好きなの、バカにしてたんじゃないの? 両想いになれるわけくせにって」
    「違う! そんなこと考えてないよ。ホントにわからないの。恋するのがわからないから、ルルちゃんの真似をして」
    「やっぱりバカにしてるじゃん!ルルね、最近おかしいと思ってたの。はるちゃんに恋バナしても、反応が変だなって。でもね、ルルは気のせいかなって思ってた。だってはるちゃんがそんなことするはずない。いつもルルたちと恋バナしてたじゃん。はるちゃん小倉くんのこと好きって言ってたじゃん。足速いところが好きって、笑顔が好きって言ってたじゃん! あれ全部ウソだったんだ」
    「それは……」

     痛いところをつかれたわたしは、口を閉じてしまう。

    「ルルの恋バナ聞いて、話合わせるためにウソついて? ルルは、はるちゃんのこと友だちだって思ってたから話したのに。はるちゃんは違ったんだ。ルルのことバカにしてたんだ!」
    「違う、違うよ……」
    「お前なんか大キライ。二度と話さないから」

     そう言い捨てたルルちゃんは、教室を走り出した。
     わたしは……わたしはその背中を追いかけることができなかった。
     それに、教室の気まずさにも耐えられなかったから、ランドセルを背負って教室を出た。ルルちゃんの姿は見えない。

     少し歩いたところで、立ち止まると、あんなに静まり返っていた教室からザワザワとした声が聞こえてきた。きっとわたしのことを話しているんだろうな。

     わたしはその場にしゃがみ込んだ。周りには何人も人がいたけど、気にならないくらいショックを受けていた。もう二度とルルちゃんと下校することはないんだなって実感がわいてきて、涙がこぼれた。

     わたしは、名前と顔しか知らない、クラスで一番かっこいい男子よりも、いつもとなりで笑ってくれる友だちのほうが大事だった。
     遠くから見てるだけの恋した男の子よりも、いつも近くにいる友だちのほうを大事にしてほしかった。
    
    「_____それで、今のようになりました」
    「聞いてたウワサと違うんだけどぉ?」

     ちなみに、その、ウワサというのは……。

    「佐々木はるかは小倉天をたぶらかしたウソツキヤバ女」

     なにそれ!?
     たしかにウソをついてたのは本当のことだけど、たぶらかしてなんかない! たぶらかすって何!? それに、わたしがウソつきなことと、小倉くんがわたしを好きなことは関係ないのに。

    「あー、アンタ被害者に見えてきたわ。突然テロに巻き込まれた犯罪者。ウソつきの犯罪は悪いにしろ、それでテロに巻き込まれるのはカワイソー」
    「テロ? どこが? ドッキドキのシーンじゃない! 少女マンガみたいであこがれちゃうなぁ!」

     えー、大変だったけどなあ。
     わたしも少女マンが読むけど、現実で起こったらたまったもんじゃないよ。

    「おれ、小倉のことムカついてきたな。自分勝手に人のこと巻き込みやがって」

     そ、そこまで怒ることはないと思うけど……。

    「でも、小倉くんがはるかちゃん好きなの、ほんのちょっとだけわかったかもしれないなぁ」
    「え?」

     中村さんの言葉に、わたしはビックリしてしまう。わたしにはミリョク的ななにかがあるの……?

    「変だから」

     あれ?

    「変人だから。他の人とは違ってるから」

     あれれ?
     この流れだと、わたしほめられるはずじゃなかった? なんで悪口言われてるの?

    「みーんな黒い服着てるのに、はるかちゃんだけ白い服着てたら目立つでしょう? それが小倉くんの目を引いたんだよぉ」
    「たしかにな。でも白っていうよりグレーとかじゃね? パッと見た感じだと気がつかないけど、よくよく見たら全然色違うじゃんってなるやつ」

     やっぱり悪口言われてるよね?

    「佐々木はるか……」
    「は、はい?」

     ずっと静かだったマルさんが、急にわたしの名前を呼んだ。

    「ワタシは感動したよ!。こんな面白いヤツがいるなんて! ああもう自分のリサーチ不足には嫌気がさす。卒業前に知れてよかったよ佐々木はるか!」
    「はい?」

     すごくハイテンションなマルさんに両手を握られる。
     ちょ、ちょっと痛いかな。

    「水橋夏希のこと知りたかったんだっけ? なんだって教えてあげる」

     な、なんでもは教えてもらわなくて大丈夫だよ……。
     こんなにキラキラとした目線を向けられたことないから、なんだか照れちゃうな。

     わたしはマルさんから顔をそらしたけど、マルさんの手を握る力が強すぎて逃げられない。助けてほしい、と東郷さんと中村さんに視線を送ったけど、二人ともおもしろがって笑うだけだ。
     これ以上どうしようもない、とあきらめたわたしは、この状態のまま本題に入ることにした。

    「最初にも言ったけど、水橋さんのウワサについて知りたいの。なにかくわしいことを知ってたら、教えてほしいんだ」
    「そりゃあもう佐々木はるかの頼みならなんでも聞いちゃいますよ! 本当はテキトーなこと言って追い返そうとしてたんだけどね。これ見せちゃう」

     追い返そうとしてたんだ……ってことは置いておいて、ようやく手を放してくれたマルさんがスマホを操作して、ある画像を見せてくれた。

     まず画面に映し出されたのは、ウワサ通りの悪口。『みんな学校がんばってーウチは旅行楽しんでるけど♡』とか『みんなはこんなにおいしいスイーツ食べたことないよねーお金ないもんねー』とか。
     あ、これは渡辺さんに向けられたってやつかな。『あっちゃんの家って貧乏でかわいそう。いつも同じ服だし、持ち物全部ボロボロだよね? 貧乏がうつるから話したくないなー』……。

     うーん。なかなかひどいものばっかりだ。

    「それで、これが水橋夏希のインスタのアカウント」

     次に、マルさんはインスタの画面を見せてくれる。

     水橋さんのアカウントのアイコンはかわいいお花の写真で、それはまさに悪口の投稿に写っていたものと同じだった。

    「愛実、実は夏希ちゃんのインスタ知ってたんだよねぇ。いろいろ投稿してるから、ちょっとだけ有名なんだよぉ」

     中村さんが画面をスイスイとなぞって、水橋さんの投稿内容を画面に映した。

     見たこともないくらい真っ白な砂浜と真っ青な海、教科書にのっていた立派なお城、立ち並ぶ高層ビル。どこかで一度は目にしたことのある、有名な場所の写真がたくさん投稿されていた。
     とってもきれいな風景でいっぱいだなぁ。

    「すごいっ。水橋さん写真上手なんだ」
    「へー。金持ちなんだ」

     同時にまったく別のことを言うわたしと東郷さん。
     金持ち……たしかにこんなにたくさん旅行するなら、お金がたくさん必要だよね。うちなんか、年に一回となりのとなりの県に一泊するだけだし……。

    「で、これが例の投稿。投稿日はたしかに休日だ」

     マルさんが一番新しい投稿をタップすると、西洋風のお城の写真が現れた。これも見たことある……あ、シンデレラ城だ。じゃあ水橋さんはディズニーランドに行ったんだね。いいなあ。

     わたしはその投稿と、悪口の投稿とを何回か往復する。
     ……あれ、この写真、なんか違和感あるかも? でもだれも言わないし、わたしの気のせいかな。

    「ま、次にやることは決まったな」

     わたしはまだスマホの画面とにらめっこしてたけど、ちょっと見ただけですぐに興味を失ったらしい東郷さんが、大きく伸びをしながら言った。
    え、もう決まったの?

     わたし、目の前のことにいっぱいいっぱいで先のことなんて考えてなかった……これが名探偵と凡人の差なのかな。

    「水橋ってまだいる?」
    「もう帰ったと思うよぉ? 具合悪そうだったし」
    「よし、じゃあ明日の給食の時間にまた会おう。今日は解散」

     え! 急に解散!?
     次になにするか教えてくれないの?

    「はぁい。じゃあみんな、また明日ねっ」

     ちょっと、中村さんも帰っちゃうの? 東郷さんの思いついたこと気にならないの?

    「佐々木はるかさん。もしまた聞きたいことがあったらすぐにワタシのことを呼んでください。いつでもかけつけますから、ね」

     もう、こっちはこっちで変になってるし……。みんなマイペースすぎるよ……。
     
    7.さようなら、大切なお友だち
     翌日の給食の時間。
     水橋さんが学校に来れるか心配だったけど、ちゃんと朝から来てあいさつをしてくれたし、そのあとも一緒に授業を受けられた。でも、水橋さんは「食欲ないんだ」って言って、半分くらい給食を残していた。やっぱり体調は回復してないみたい……。

     でも、今日は名探偵東郷凛がなんとかしてくれる、はず!
     わたしは名探偵の登場を今か今かと待ってるんだけど、食事の時間は大切にするのがモットーの探偵らしく、本題に入ったのは全員が食器を片付けたあとだった。

    「水橋。ちょっといいか? スマホもって着いてきてくれ」

     東郷さんが水橋さんにそう言った。わたしも着いて行っていいのかな……。
     あ、東郷さんが、どこかへ行こうとしていた中村さんを連行してる。じゃあ、わたしも着いて行こっと。

     わたしたち四人組は、ぞろぞろとふたつとなりのの空き教室へと歩いて行った。
     教室に到着して、中村さんの拘束を解いた東郷さんは、水橋さんの正面に立つ。

     水橋さんの手にはスマホが握られていた。
     一応スマホは禁止されてるけど、それほどきびしく取り締まってはないんだよね。

    「アンタ今ハブられてるよね? ズル休みして旅行するわ悪口言うわで」
     
     東郷さんの鋭すぎる言葉に、水橋さんの表情は一気に固くなる。ちょ、ちょっとそれはやりすぎじゃないかな……。

    「う、うん」
    「このウワサってマジなの」
    「ちがう! その日は本当に体調不良だったし、悪口なんて言うわけない!」

     水橋さんはうろたえながらも、しっかりと否定の言葉を吐いた。あの日からずっと言い続けてきたとわかるくらい、ハッキリとした言葉だった。 
     そんな水橋さんを見て、東郷さんは軽くうなずいた。

    「単刀直入に言う。この状況を打破するには、アンタが悪口を言ってないって証拠を見せるのが一番だ。だから、スマホの写真フォルダを見せてほしい」

     東郷さんの考えたアイデアは、想像よりもシンプルで、その分強力だった。
     でも、なんで写真フォルダ? インスタじゃダメなの?

    「インスタの投稿は完全に削除できちゃうからねぇ。まあ写真フォルダからも削除できるけど、せっかくの旅の記録を、そんなに簡単には消せないもんねぇ。頭良くて性格悪いなぁ凜ちゃんは」
    「それをカンペキに理解してるアンタも同罪。さ、ホラ、早く出して」

     なるほど。
     ここで水橋さんの無実の証拠をゲットして、それをみんなに知らせれば、誤解が解けるってことだね。

    「渡辺に頼まれたときには断ったらしいけどさ。恥ずかしい投稿とか写真があるかもしれないのはわかるよ」

     わかるんだ。東郷さんのスマホには恥ずかしい写真が入ってるのかも。

    「でもさ、このままのほうがイヤだろ。今ある悪いウワサだって、おれらがなるべく協力して消すようにするからさ」

     東郷さんは、いつもは見せない優しい表情をした。

     東郷さんがこんなにも協力してくれるとは思っていなかったけど、実は正義の心をもったアツい人間なのかもしれない。そういえばこの前も、落ち込んでいたわたしに声をかけてくれたことがあった。
     そんなふうにわたしはひとりで感心なんてしちゃってたんだけど、その間も水橋さんは黙ったままだった。

    「……」
    「……別におれは怒ってないよ。むしろ好感。あんなに仲間外れにされてんのに、毎日ちゃんと学校来てるしさ。ホラ、さっさと苦しいのやめにしようぜ」
    「そうだよ! もしかしたらほんとーに恥ずかしい事情があるのかもしれないけど、わたしたち口固いよっ! すっごく固いんだから」

     わたしも負けじと声を上げる。

    「水橋さん、ずっと辛そうだよ。やってないことをずっと責められ続けてたらイヤになるよね。もしかしたら、証拠があってもウソだって言われるかもしれないし……。でも大丈夫! わたしたち味方だから。なにがあっても、水橋さんのそばにいるから。だから……」
    「ごめんなさい!」

     水橋さんが頭を下げた。
     え? 水橋さん、なんで謝るの? 謝ることなんてひとつもないのに。

    「その日、旅行に行ってた」

     ……え?
     水橋さんはなにを言っているのだろう。聞き取れなかったわけじゃないのに、うまく理解できなかった。

    「家族で旅行、行ってた。ウソついて、ごめんなさい」

     ウソ?
     わたし、ウソつかれてたの?

     だまされてたの? え? なんで?

    「……なぁんだ。ズル休みして旅行してたんだぁ。へぇ。楽しそうでいいねぇ」
    「その日じゃないとダメだったの。パパとママの結婚記念日で、ずっと前から休みとってて、それで」
    「なぁるほどぉ。それはと~っても楽しかったんだろうねぇ。悪口言いたくなるくらい楽しくなっちゃったぁ?」

     あはは、と笑い声をあげる中村さん。
     なにがおもしろいんだろう。ううん。目は全然笑ってない。信じられなくて、笑いごとにしたくて笑ってるんだ。

    「ちがうっ! ウチ、本当に悪口は言ってないの! たしかに、間違えて旅行のストーリーを投稿しちゃったけど、すぐに消したし、昼間だったからクラスのみんなは見てなかった」
    「だから急にインスタの履歴を見せてって言われてできなかったんだぁ。ズル休みがバレちゃうから……。でもさぁ、その履歴って完全に消せるよねぇ。だからないんじゃないのぉ?」
    「ち、ちがう。ホントに知らないの、信じて……」
    「……は?」

     今まで静かだった東郷さんが、ひときわ低い声をあげた。

    「信じてってなんだよ! お前が勝手に裏切ったんだろ!」
    「凜ちゃんっ」

     水橋さんにつかみかかろうとした東郷さんを、中村さんが引きはがす。でも、体格差がありすぎて、東郷さんの右腕しかとめられない。
     東郷さんは左手で水橋さんの襟元をつかんだ。

    「はるかちゃんっ」
    「う、うん」

     中村さんに呼ばれて、わたしの体もようやく動き始め、二人を離そうとする。
     でも、力の強い東郷さんと無抵抗の水橋さんを引きはがそうとしても、わたしができることはなにもなかった。

    「おれは、アンタがズル休みしようが悪口言おうが、どうでもいい。一番ムカつくのは、アンタがおれたちにウソついてだましてたことだッ! おれらだけじゃない! 親友にも、他の友だちにもウソついてたことだよッ!」

     東郷さんの叫び声が響く。

    「やめようよ! ほら、他の子が見に来てるから! 先生呼ばれたら面倒だよ」

     ふと教室の外に視線を向けると、東郷さんの声に驚いたらしい人がこっちを見ていることに気がつく。同じことに気がついたらしい東郷さんは、水橋さんから手を離した。

    「不思議だったんだよな。なんでクラスのヤツらはこんなウソっぽい悪口を信じちゃうのか。今わかったよ、アンタが大ウソつきだからだ。みんな、うすうすアンタがどうしようもない人間だって気づいてたんじゃない? たまってたんだよ、相当。それがこの悪口で爆発した……今のおれみたいに。
    言いたいことはそれだけ。じゃ」
    「愛実も行くねぇ。サヨナラ」

     そう言って東郷さんは立ち去ってしまった。
     ケンカの仲裁役MVPの中村さんも、先ほどの必死な姿がニセモノだったみたいに軽やかにどこかへ行ってしまった。
     
     残されたのはわたしと水橋さん。
     いくら空気の読めないわたしでも、ここで水橋さんになにも言えないことはわかってる。一応、だまされた側の人間でもあるし。わたしも二人に続いて教室を出た。

     でも、こんなのは言い訳だ。
     わたしは水橋さんにかける言葉も、できることもなにも思いつかなかった。ただ、自分が気まずいから、その場所から逃げただけ。

     しんどいな。
     友だちからウソをつかれるって、だまされるってこんなに辛いんだ。同じ立場に立って、ようやく、カンペキに、わかった。

     わたしは甘かった。
     もしかしたらルルちゃんといつかわかり合えるかも、なんて淡い期待を抱いていた。

     でも、そんな奇跡は起こらない。
     わたしのしたことはそれほどまでに許されないことで、もう絶対にルルちゃんと友だちには戻れないのだ。
     自分でわかっていたはずなのに、改めてその事実に押しつぶされる。なに被害者ぶってるんだ、とも思うけど、それでも傷ついた心を無視できない。

     わたしは空き教室から出たものの、すぐにその場にしゃがみ込んでしまった。
     頭が殴られたようにガンガンと響く。東郷さんの言葉がずっと頭の中をグルグルと回り続ける。

     あの言葉は、わたしに向けられたものでもあるのだ。

    「佐々木さん?」

     名前を呼ばれて、声の主がわからないままに反射的に顔を上げてしまう。自分の中に閉じこもって、それ以外の全部をシャットアウトしてるつもりだったのに。わたしって単純だ。

     それにしても、顔を伏せているのに、わたしだってわかる人いるんだ。だれだろ。

    「小倉くん……?」
    「どうかしたの? 具合悪い?」

     そこには小倉天くんがいた。
     こんなふうに小倉くんから話しかけられるのは二度目で、会話をするのも二度目だった。

     その程度のかかわりでしかないのに、わたしを心配して話しかけてくれるところに、小倉くんが人気者である理由があるような気がした。
     いつもだれかに囲まれている人気者の小倉くんが、こんなふうにひとりでいるなんて珍しいな。わたしと違って。
     わたしはいつもひとりだけど、もし小倉くんがこんなふうにイジけてたら、何十人もの人だかりができるんだろな。
     あっ、ダメだダメだ。ネガティブになってる。

    「ううん。ちょっと疲れただけだから。大丈夫」
    「そうなんだ……なにかあったの?」

     小倉くんはわたしと目を合わせるためにしゃがみこんでいた。心配してくれてる。
     心の弱ったわたしは、そんな小さな気遣いでとてもうれしくなってしまった。

     でも、それだとダメだと思ったから、彼を突っぱねようとして、なにか言おうと考えた。いろいろなことが起こっていたからか、うまく頭が働かなくて、考えがまとまる前に、勝手に声が出ていた。

    「なんであのときわたしに話しかけたの?」
    「え?」
    「なんで誘ってくれたの? わたしたち、全然かかわりなかったよね。なのに、なんでいいねって思ったの? なんでその気持ちのまま話しかけられるの?」

     わたしはいくつもの疑問点を早口で言い終わったあと、自分の身勝手な振る舞いに気がついて、一気に青ざめる。なぜなぜ期の子どもみたいだ。
    こんなこと聞いてどうするんだ。小倉くんを困らせてどうするんだ。

     でも、これらのことが気になってたのはホントだ。
     いつか聞きたいとは思ってたけど、まさかこんなタイミングになるとは。
    ゴメン今のなし、と取り消そうとして、でもその前に小倉くんが返事をしてくれた。

    「えっと、なんで好きになったかとかはハズいからなしだけど、どうして行動したかは言える。佐々木さんのこと、好きだなって思ったときに、そうしようって決めたから」

     決めた、から……。

    「うん。俺決めたことはなるべくやり切ろうとしてて」

     小倉くんが、わたしのワガママな言動にまったく気づいていないかのように、ハツラツと言葉を出した。

    「やり切る……」
    「そう! だってさ、なにかをやり切るのってカッコいいじゃん。ただそれだけなんだけどね」

     それに続く、「迷惑かけてごめん」という小倉くんの謝罪の言葉は、わたしの耳には入らなかった。いつものわたしならそんなことしないし、もしかしたら騒動が小倉くんにも広まっていることに落ち込んだかもしれない。
     でも、それ以上に、小倉くんの信念に興味を持った。

     やり切る、か。
     あれ、わたし、なにかをやり切ったかな。いろいろ信じてみたり、行動してみたりしようとは思ってるけど、でも全部中途半端だ。それってすごくカッコ悪い。そういうの、やめようって決めたじゃん。

     そうだ、決めたからにはやり切ろう!
     失敗とか、ダメだったとか、やり切ってもないわたしが言う権利ないよ。
     わたしだってなにかひとつ、やり切ってみたい! カッコよくなってみたい!
     ううん、なるんだ。絶対カッコよくなるんだ!

    「小倉くん、ありがとう。わたし、まだやり切れてないことがあった。だから、行かなくちゃ」
    「うん? なんかわかんないけど、がんばれ!」

     わたしは走り出した。

     こんな気持ちでスタートをきったのは初めてだ。
     体育や教室の移動のときにさんざん走ってきたけれど、そのどれも、自分から走りたいわけではなかった。
     そうしないと怒られるから、迷惑がかかるから。
     でも、今は違う。自分のために、わたしが走るべきだと思ってるから走ってるの!
     早く目的地に着きたいから、全力のスタートを決めたの!

    「マルさんっ!」
    「佐々木はるかさん! どうしたの?」
    「あの、確かめたいことがあるのっ!」

     わたしは頭を下げた。
     
    8.もう一度、はじめまして
    「渡辺さん!」
    「佐々木さん?」

     わたしは猛スピードでダッシュしながら朝の教室に飛び込んだ。

     渡辺さんの登校時間はいつも早いらしい。そのことはリサーチ済みだったから確認せずに名前を呼んだけど、もし渡辺さんがいなかったらめちゃくちゃ恥ずかしかっただろうな。
     成功してよかった……はずなのに、渡辺さんは不思議そうにわたしを見つめてる。
     うわー、また変な人だと思われてる……いやいや違う! 今はそんなこと考えてる場合じゃない!

    「水橋さんのインスタの投稿見た?」
    「ナッツの? なにか投稿してたっけ?」
    「うん、それがね、実はまた悪口書いてるの」

     そう言って、わたしはマルさんから借りたスマホを見せる。

    「え……?」
    「見てコレ。『中村愛実は大学生の彼氏が五人もいる最低女』、『東郷凛は校長先生を病院送りにした暴力女』とか! ひどすぎるよ」
    「ちょっと待って、これ本当にナッツが書いてるの?」
    「だってこれ水橋さんのアカウントでしょ? それで、この悪口みた東郷さんと中村さんが……あ! ヤバいっ!」

     ガララッと大きな音をたてて教室の扉を開け、見てわかるくらいの怒りのオーラを出しながら東郷さんと中村さんがやってきた。

    「オイ、アンタら水橋夏希知らねぇか?」

     知らないです、と渡辺さんと一緒に全力で首を横に振る。
     わたしは水橋さんじゃないのに、ものすごく怒られているような感覚がして、「知ってます」なんて言ったらわたしがボコボコにされそうな気配を感じた。

     となりにいる中村さんは、いつもの笑顔は崩していなかったが、それが余計に怖かった。

    「ほんとさぁ、愛実のことなめてるのかなぁ。どんな目にあわせてやろーかなぁ」

     え、笑顔ってこんなに恐ろしく感じることがあるんだ。

    「おれ、家からバッドもってきた」
    「ちょ、ちょっと待って!」

     渡辺さんが声を上げた。怖くないのかな……ううん、やっぱり怖いみたい。
     声が震えてる。

    「なにかの間違いだよ」

     渡辺さんは、水橋さんをかばった 

    「間違い? 亜子ちゃんも夏希ちゃんに悪口書かれたんでしょ? それと同じだよ」
    「それは、そうだけど……」
    「でしょう? あ、亜子ちゃんも一緒に行こうよぉ」
    「そりゃいいや。水橋、ムカつくもんな。一発殴りに行こうぜ」
    「ち、違うっ!」

     渡辺さんがもう一度叫んだ。
     自分じゃなくて水橋さんのピンチなのに、顔は真っ青で、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

    「違くないよ。だって、見てよこの写真。夏希ちゃんのでしょう?」
    「ナッツはやってないよ。その投稿、ナッツのニセモノだよ」
    「は? 意味わかんねーよ」

     バシッ!
     東郷さんが、握りこぶしを反対の手のひらに勢いよく当てると、鈍い音がした。

     わたしはその音に悲鳴をあげそうになったけど、渡辺さんはその音に負けないように、声を張り上げた。

    「できるよっ。ナッツの写真を投稿する偽物のアカウントつくっちゃえば、そんなのすぐにできる! だから、その投稿はだれかがナッツになりすましたニセモノなんだよ!」
    「あなたがしたみたいに?」
    「え?」

     わたしの言葉にポカンとした表情をつくる渡辺さん。
     言っている意味がわからないみたいだったから、わたしはさらに核心に迫るセリフを続けた。

    「水橋さんのニセモノ、渡辺さんだよね」
    「_____っ!」

     声も出せないくらいに、目を見開いて驚く渡辺さん。
     すごくうろたえる渡辺さんに、わたしは「やっぱ今のナシ」と言いたくなる。
     名探偵たちはこんなプレッシャーと罪悪感に打ち勝ってきたのか……。そんな精神力の強さも必要なんだな。

    「佐々木さん、急にどうしたの?」

     あくまでしらをきるつもりの渡辺さんに、もう一度スマホを見せる。

    「これは、悪口の証拠画像。渡辺さんが証拠としてマルさんにあげたんだってね。それで、こっちが本物の水橋さんのアカウント。よく見て。どっちも同じ風景の写真に見えるけど、ちょっとだけ違ってるよね?」

     悪口とともに投稿されていた写真と、水橋さんのアカウントから投稿された写真は、パッと見る限りは同じに見える。でも、角度とか、色とか、目の錯覚だと勘違いしてしまうそうなくらい、小さな違いがあった。

     きのう、わたしはこの違和感を思い出し、マルさんのスマホを借りて、もう一度じっくりと写真を見比べてみた。そうしたら、やっぱり違いがあったの。

    「水橋さん、写真がとっても上手で、プロみたいだよね。しかも有名な観光地の投稿が多い。これ、ネットで調べたら、似ている写真がたくさんあったよ。
     有名な場所だと、一番キレイに見える場所で写真を撮る_____つまりみんな一緒の場所から写真を撮るもんね。だから、水橋さんのアカウントのアイコンも、投稿も、プロフィールも、同じような写真を探してくれば再現できるんだよ。ほら、このシンデレラ城の写真見て。悪口の投稿に一緒についていた写真と完全に同じだよ」

     渡辺さんは、うっ、と小さなうなり声をあげた。
     でも、それだけじゃない。わたしは昨夜徹夜しながら考えた文章の続きを話す。

    「あと、信ぴょう性を高めるために、複数人の目撃者がほしかったんじゃないかな。マルさんに聞いてみて知ったけど、ストーリーって、だれが見たかわかる機能があるんでしょ?
     ニセモノは、悪口のストーリーをだれかが見るのを待ってて、だれかが見た瞬間、その人に用意しておいたメッセージを送ったんじゃないかな。『水橋さんが悪口を言ってる』って。
     それで、目撃者の人は、プロフィールを確認する。友だちが急に悪口を言うなんてショッキングなことがあったら、細かいところは確認できないから、ちょっとした違いには気がつかない。水橋さんがやってないって言っても、旅行に行ってたのはホント。だから、スマホは見せられない」

     ここで、わたしは一息つく。そして大きく息を吸って吐く。
     わたしに探偵は向いてないみたい。だれかを疑うのって、こんなに大変なことなんだ。

    「そして、旅行のことを知ることができたのは、渡辺さん、あなただけだよね」

     ゆっくりと、確かめるように言う。
     渡辺さんはなにも反応しない。
    
    「マラソンで具合が悪くなった後、早退してたよね? そこで、たまたま見ちゃったんじゃないかな。渡辺さんが旅行を楽しむ投稿を」

     違うなら違うと言ってほしい。
     それでもなにも言わずにうつむく渡辺さんに、わたしはどうしようもなくて、助けを求めた。

    「水橋さん。入ってきて」

     わたしが廊下に向かって声をかけると、渡辺さんと同じくらい苦しそうな顔をした水橋さんがやってきた。
     重苦しい雰囲気にわたしは押しつぶされそうになるけど、二人のことをちゃんと見届けなきゃダメだから、逃げずにそこにいた。

    「あっちゃん」
    「ナッツ……」

     二人がこのようにして向き合うのは何日ぶりなんだろう。
     もしかしたら、こんなふうに真正面からぶつかり合うことは初めてかもしれない。わたしだって、やったことないもん。

     覚悟を決めたように大きく息を吐いて吸った水橋さん。
     二人は気まずそうにお互いから目をそらし続けていたけど、その静けさを破ったのは、水橋さんの方だった。

    「あっちゃん。ごめんなさい。ウチ、本当はズル休みして旅行に行ってた。なのにウソついててごめんなさい。あっちゃんは具合悪くなるくらい、すごい大変だったのに、知らなくて、ごめん。本当に、ごめんなさい」

     水橋さんは泣きじゃくりながらとにかく頭を下げ続けていて、最後の方は聞き取れなくなるくらいしゃくりあげていたけど、それでも必死に伝えようとしていた。

    「あっちゃん。本当のこと教えて。ウチ、信じてるよ。こんなふうに、あんなにイヤなこと言われたのに、それでもウチのことかばってくれるあっちゃんのこと、信じてる。『あっちゃんが悪いことしてない』っていうのを信じてるんじゃないの。『あっちゃんならここで話してくれる』って信じてるの」

     水橋さんの声が震える。

    「だって、ウチら、親友だから」

     水橋さんの目からひときわ大きな涙のかたまり、こぼれた。

     そっか。
     水橋さんは渡辺さんのことをずっと信じているんだ。

     それに、もしかしたら渡辺さんがニセモノかもしれないって思った日もあったんだ。
     でも、それは口に出せなかった。そんなことしたら、もう二度と友だちに戻れなくなるから。

     でも、今は違う。
     渡辺さんと正面から向き合って、それで渡辺さんのこと信じてるから、本当のことを教えてほしいって頼んでるんだ。

    「わたし……」
    「あっちゃん……」

     わたし、わたし_____渡辺さんは何度も声を詰まらせる。
     言いたいのに、言えない。まるで声を失った人魚姫のようだ。

     そして人魚姫が、最期、剣先を自らに向けるときのように、渡辺さんはぎゅっと両手を握って、伝えてくれた。

    「わたし、ナッツのニセモノになって、悪口書いた……」

     か細い声だったのに、やけにハッキリと響いた。
     そのときのわたしには、うれしいとか、そういう気持ちがなかった。予想定では、わたしが信じてきたことは正しかったんだって喜ぼうと思っていたのに、一ミリもスッキリしない。
     グルグルとした頭の中のモヤは消えなくて、それでもわたしは、正直なことを言ってくれてよかったなんて思う。それしかできなかった。

     重苦しい静けさの中、時計の音がひときわ大きく響いたときに、東郷さんが口を開いた。

    「理由、聞いてもいいか?」

     顔は真顔だったけど、東郷さんは優しい口調で問いかけた。その代わりにトゲトゲしい口調になったのは、渡辺さんのほうだった。

    「だって、だって……」

     苦しそうな渡辺さんの声は、わたしは責めているような気がして、でもわたしは悪いことをしてない、と気を強くもつ。
     悪いことをしたのは、渡辺さんだ。

    「うらやましかった」

     渡辺さんは、その言葉から話を始めた。

    「わたしの家、お母さんしかいなくて、それで妹と三人でいるんだ。だから、あんまぜいたくできなくて……お母さんががんばってくれてるから、いつもお腹すいてるとかじゃないんだけど、すごく余裕ある感じでもないの。でも、家族のことみんな大好きだし、幸せなの。
     でも、さ。ナッツの家はお金持ちじゃん。ナッツは自分のことふつうっていうけど、それ、全然違うよ。すっごいラッキーだよ。

     最近ね、お母さんがスマホを貸してくれるようになって。これでナッツと一緒だってうれしくて。本当にうれしかったけど、インスタの楽しそうな投稿を見るのは、ちょっと辛かった。住んでる世界が違うって気づいちゃうから。
     それでね、ナッツが旅行に行った日、わたし、ちょっとしたイライラがたまってて、それをお母さんに八つ当たりしちゃったの。ナッツの家とうちとを比べるひどい言葉を使った。
     それで、朝ごはんをあまり食べずに飛び出して、そのあとマラソンがあった。走りながら、自分のことがイヤになって、イヤなことがグルグルうずまいてるうちに、マラソン中に限界がきて、吐いちゃった」

     わたしは、マラソンのときの、青白い顔をした渡辺さんを思い出した。
     見かけたのはほんの一瞬だったけど、それだけで心配になってしまうくらい、渡辺さんは苦しそうだった。

    「それで、早退して、わざわざお母さんに仕事抜けてもらって、病院に行って。そこで気分を紛らわせるために、なんとなくインスタを見たの。そしたら、たまたまナッツの旅行の写真があがってて。
     わたし、頭が痛くなった。わたしがお母さんとケンカして、マラソンして、吐いて、泣いてたときに、この人は学校休んで、家族旅行してたんだ、って。

     わたし、もう限界で。全部ナッツのせいだと思った。こんな辛い気持ちなのは、全部全部ナッツのせいだって。だって、そうじゃないと……もうわからないよ。なんでこんなに違うの? わたしとナッツはなにが違うの? ナッツだけ楽しそうなのが許せなくて、だから、このことを思いついたの」

     渡辺さんは、感情をむき出しにしながら、とりつくろいもせずに、ただただ説明を続けた。

     友だちがうらやましくて、イジワルをしたくなった。
     道徳の授業では許されないような告白だったけど、だからといって、だれも渡辺さんを責めたりはしなかった。

     だって、自分にも心当たりがあったから。
     わたしだって、たくさん旅行してるのをうらやましいなって思ったし、家族に八つ当たりしてしまったこともある。たぶん、わたし以外のみんなも。

     たしかに、渡辺さんのやったことは悪いことだったけど、それ以上に、その行動を思いついてしまった、渡辺さんの今までの人生に、感情に、思いをはせてしまった。

    「あのとき書いた悪口はね、ナッツがそう思ってたからいいのにって思って書いたの。もしそうだったら、わたし、ナッツのことキライになれるから。
    でも、そんなわけない。ナッツはいつも優しくて、おいしいものがあったら、お土産として渡してくれる。わたしのことだって、バカにされたことない。それどころか、他の子に『ずっと同じカバンだね』って言われたとき、『あっちゃんは物をていねいに使うんだね』って言ってくれた。そんな子が、人の悪口なんて言うはずない。だからすぐウソだってバレると思ってた。
     でも、その悪口を見たみんなは、やっぱり、って言ったの。『いつも金持ちアピールしてる』とか、『お土産買ってくるのは自慢したいから』とか言い始めて。
     わたし、それが一番ショックだった。ナッツはそんなことしないのに。なんで誤解されてるの? でもそれを引き出したのは自分で。わたし、わたし」

     かける言葉が思いつかなくて、わたしは渡辺さんから目をそらしてしまう。
     ダメだ。わたしは絶対そらしちゃいけないのに。
     もしわたしが水橋さんと渡辺さんの間に首を突っ込まなければ、こんなことにはならなかったんだ。
     責任はわたしにあるんだ。これが、自分の信じた道を突き進む意味だ。

    「ごめんなさい。本当にごめんなさい。どれだけ謝っても足りないと思うけど、とにかく、ごめんなさい」
    「あっちゃん……」
    「もう、友だちも終わりだね」

     そう言うと、渡辺さんはずび、と鼻をすすって、目をごしごしとこすった。

    「あんなこと言って、もう信じてもらえないと思うけど、わたし、ナッツのこと大好きなの。話も合うし、優しいし、こんなに自分が自然体でいれる人、はじめて会ったの。だからまだ話して、遊んでたいの。
     今さらこんなこと言ってもしょうがないのはわかってる。わたしがこんなこと言える立場じゃないのはわかってる。
     だから、友だちやめよう。
     これが当たり前だよ。こんなに友だちのこと傷つけたんだから。
     でも、ナッツのことキライっていう渡辺亜子がナッツの中に残るのはヤダ。わたしはナッツのこと好き。これだけは誤解してほしくない」

     渡辺さん……。
     渡辺さんは、キチンと伝えようとしていた。それは、水橋さんも同じだった。

    「あっちゃんは……? あっちゃんは、ウチのこと、まだ好きなの?
    だって、ウチがあっちゃんを傷つけたのは、本当のことだもん。本当にごめんなさい」
    「なんで謝るの。わたしのせいでナッツ、クラスの人からも避けられて」
    「それは悲しかった。でも、あっちゃんと会えないことが、一番イヤだった」
    「じゃあまた友だちになればいいんじゃねーか」

     東郷さんが口をはさむ。

    「でも、だって、このままじゃ」
    「愛実の好きな人はたくさんいるけど、みんな、良いところも、イヤなところもあるなって思うよぉ。全部大好き~って難しいんじゃないかなぁ」

     中村さんが笑顔でそう言う。
     中村さんのコミュニケーション能力の高さがわかる考え方だ。

    「佐々木さんはどうなの?」
    「わたし? えっと、わたしに、今、友だちと呼べる存在は……」

     急に話を振られると思ってなかったわたしは、返答に困ってしまう。すると、思わぬ助け舟が現れた。

    「え~? 愛実はぁ?」
    「許可してやる。おれのこと話していいぜ」

     中村さん……! 東郷さん……!

    「い、いいの? うれしい。わたしホントにうれしい……!」

     わたし、二人の友だちになれたってこと? 友だちって呼んでいいの?
    ホントにうれしい!
     この気持ちを伝えたいけど、まずは二人の質問に答えなきゃだよね。

    「……んーじゃあね、二人のイヤなところは、怖いところ。圧がすごくて、話すだけで緊張して、自分が悪いことしてる気分になるの」
    「うん」
    「あと、すぐケンカするところ。毎日毎日ケンカしてるよね? わたしその時どうすればいいかわからなくて困っちゃうの。あの時間イヤだなぁ」
    「……うん」
    「あとは……」
    「多くねぇか!?」

     わたしは次に言いたいことも思いついていたけど、それは止められちゃった。

    「ちょっと! 愛実たちそんなイヤな子だった? あ、そっか。愛実じゃなくて、凛ちゃんがヤバいんだよねっ」
    「押し付けるな! アンタもだいたい同罪だよ」
    「ほ、ほら、はるかちゃん。愛実たちの良いところ、言う番だよ」

     そ、そっか。まだ言いたいことあったんだけどな。

     次は、二人の良いところを言う番だ。
     これもたくさんあるんだけど、特にいいなって思うのは、やっぱりこれだなあ。

    「えっと、わたしの思う二人の良いところは」
    「うん」
    「給食をすごくおいしそうに食べること」
    「は?」
    「え?」

     こんなふうに、良いところを真正面から言うのは初めてだから、ちょっと恥ずかしいな……。でも伝えたいな。
     だって、本当に素敵なところなんだもん。

    「一緒に給食を食べるようになって気がついたんだけど、二人ともすっごくおいしそうにご飯を食べるの。たまに苦手なものもあるみたいなんだけど、それもだれかに渡したりしてムダにしないし。なにより、ご飯をほおばるときの顔がすごくキラキラしてて、おいしそうに食べるの」

     _____ってあれ? なんでふたりともそんなこわい顔してるの……?

    「もっと愛実のいいとこないの? なんかダサくない?」
    「バカにされてる」

     なんで!?

    「してないよっ。すっごくほめ言葉だよ」
    「じゃあ、佐々木にとっておれらは、ご飯をおいしそうに食べることしか良いところのない、ケンカが多くて怖い二人ってことかよ!?」

     それだけが良いところとは言ってないよ!
     でも、それを説明するよりも、まず話をまとめなくちゃ、だよね。

    「そうっ。ほら、渡辺さん。友だちって、良いところも悪いところもあるけど、一緒にいると楽しかったりするよね」
    「そんなこわ~い人と一緒にいても、楽しそうじゃないんだけどぉ?」
    「なんなんだよ! やっぱりお前とは友だちじゃない!」
    「_____あははっ」
    「あははははっ! みんなおもしろいね」

     ついきのうまではあんなに仲が悪くて、ついさっきまで号泣していた水橋さんと渡辺さんが、いつの間にか笑っていた。
     笑われたことは納得いかないけど、楽しそうなら、まあいいかな。

    「やっぱりさ、あっちゃんと話してると、こんなふうに一緒に笑えるところが多いの。うちがいることであっちゃんがイヤな思いするなら、もう近づかない。でも、もしまだとなりにいていいなら、そばにいさせてほしい」

     二人は、逸らしていた目線を合わせて、体ごと正面から向き合った。

    「渡辺亜子さん、ウチと友だちになってください」
    「水橋夏希さん、わたしと友だちになってください」

     二人は同時に手を差し出して握手をして、そのまま強く抱きしめ合った。
     そんな光景を見て、わたしも決心する。

     わたしにも、伝えなきゃいけない人がいる。

    *

    「ルルちゃん」
    「……」
    「謝りに来たの」
    「……」
    「ごめんなさい。わたし、ウソついてた。ホントは小倉くんに恋してない。それに、まだ恋をしたこともないの」

     ルルちゃんは立ち止まった。

    「なのにウソついて、ルルちゃんの真似して、ごめんなさい。許さなくていいの。ただ、わたし、きちんと伝えたくて。

     わたし、恋するルルちゃんが憧れだったの。とってもキラキラしてて、マンガの主人公の女の子みたいで、ホントにホントにキラキラしてて、わたしもキラキラした女の子になりたくて、だから恋したらなれるかなって思ったの。なれなかったけど……。
     あの、なにが言いたかったっていうとね、もし、ルルちゃんが、わたしにバカにされてるって考えて、恋なんてもうイヤだって気持ちになってたら、わたし、すごくイヤなの。
     だから、やめないでほしい。ずっとキラキラしたままでいてほしいの」

    「どういう意味?」

     ルルちゃんが振り返った。ぶっきらぼうな言い方だっけけど、怒ってるとかじゃなくて、本気で困惑しているみたいだった。

    「ごめん。あの、でも、でもね。ホントにルルちゃんってかわいくて、あこがれで」

     やっぱりうまく伝えられない。
     これもカンペ書いて来ればよかった。ルルちゃんと話せるせっかくのチャンスなのに。
     しどろもどろになりながらも、なんとかルルちゃんを引き留めようとするわたしの気持ちに負けたのか、ルルちゃんがもう一度口を開いた。

    「……あのあと。はるちゃんのこと悪く言う人がたくさんいた」

     そりゃそうだよね。
     小倉くんのファンって多いもん。

    「その中に、ちょっとだけ、ルルのこと言う人もいた」
    「え? ルルちゃんはなにも関係ないのに?」
    「あのとき、ルル、自分が椿くんのこと好きだって、いつのまにか言っちゃってたみたいで。そのこと言われたの。ルルと椿くんなんて釣り合ってないって」

     はぁ!?

    「どこのだれがそんなこと言ったの! わたし許さない。そんなやつ、ルルちゃんのキラキラを知らないから言ってるんだよ。ルルちゃんのこと知らないくせに、釣り合ってないだなんて……! わたしにとっては椿さんのほうがルルちゃんに釣り合ってない!」

     _____ふふっ。
     ルルちゃんが噴き出す。

     最近こういうの多くない? なんで笑うの?

    「あはっ。なんでそんなに怒るの? はるちゃんが言われたんじゃないのに。やっぱりはるちゃんはおもしろいなぁ。おもしろくて、すごいよ。
     ……ごめん。本当はそれ、あの時ルルが言うべきだった。ごめんなさい。でも、やっぱり悲しいのは悲しいの。そんなふうに思えなかったルルは、はるちゃんの友だち失格だよ」
    「そんなの、いいの。ウソついてルルちゃん傷つけたわたしが悪いの。だから」
    「ごめん」
    「ルルちゃん……」
    「ごめんね。時間が欲しい」

     ルルちゃんの言葉に、わたしはただうなずいた。
    
    9.エピローグ
     キンコンカンコーン

     貝原小学校六年五組の給食の時間が始まった。
     クラスのみんなが、仲良しのお友だちと机を囲んで、おいしい給食を食べる楽しい時間……のはずなのに、友だちじゃないけど机を合わせる、変な三人組がいた。

    「オバケのせいにしたの」
    「は?」
    「だれかを除け者にするオバケがいて、それが水橋さんになりすました……ってことにしました」

     あのあと。
     ルルちゃんと話をつけたわたしが水橋さんと渡辺さんの様子を見に行くと、二人で仲良く(泣きながら)おしゃべりをしているところだった。キョロキョロと教室を見回してみるけど、やっぱりそこには二人しかいない。
     え? 東郷さんも中村さんも教室に帰っちゃったの?

     わたしは「置いてかないでよ!」と文句を言いたくなったけど、先に置いて行ったのは自分だったし、なにより水橋さんと渡辺さんの邪魔をしたくなかったんだろうな、と口を閉じた。
     じゃあ、わたしも退散しますよー。

    「待って。ちょっと手伝ってほしいことがあるの」

     そそくさと教室を出ようとしたとき、水橋さんに呼び止められた。
     手伝ってほしい……? わたしになにかできることがあるの?

    「それで、三人でこの騒動をおさめるにはどうしたらいいかアイデアを出し合いました。そしたら、なんとわたしのオバケのせいにするという案が採用されちゃいまして」

     あんなに褒められるなんて、エヘヘ、と照れながら説明するわたしを、東郷さんは鼻で笑う。

    「そんな子どもだまし、だれが信じるんだよ」

     その反論はごもっともだ。オバケのせいだなんて、おとぎ話みたいだ。
     でも、おとぎ話のすべてがウソだなんて思わない。
     たとえ自分がお姫様じゃなくたって、彼女たちから学べることはたくさんある。

     そんなふうに、必要とする人に届けられればいいんだ。

    「信じたい人が信じたらいいの。そのための理由づくりをしただけ」
    「ふぅん。まあいいかもな。下手な言い訳するよりも、オバケのせいでーすってごまかせるなら」
    「まあよかったってことねぇ。あ、あとは、はるかちゃんも仲直りできるといいねぇ」

     あ! それ違う。

    「ケンカしてないよっ」

     わたしはきちんと訂正を行う。誤解されたくないところは、キチンと伝えなくちゃね。

    「わたしとルルちゃんは、今は友だちおやすみ中なの。友だちだからずっと一緒じゃなくてもいいんだよ」

     わたしはルルちゃんのほうを見る。
     相変わらず目が合うことはないけど、なんだか心は軽い気がする。なんでだろう? 自分の中で答えを出したいな、と思ってちょっと考え込む。

     あ、わかったかも。

    「心でつながってるんだよ」

     その言葉に、東郷さんは顔を歪めて、中村さんは顔を輝かせた。

    「遠距離恋愛ってことねっ。愛実応援するよぉ」
    「また恋愛かよ。恋愛脳。佐々木もなんか言えよ。アンタもアンチ恋愛だろ」
    「わたし恋愛反対じゃないよ。だからごめん」

     東郷さんにペコリと頭を下げる。

    「そうだよねぇ、愛実と一緒に恋バナしようねぇ」
    「わたし恋愛はよくわからないからそれも難しいかな。やっぱりごめん」

     もう一度、中村さんにペコリと頭を下げる。

    「ははっ。フラれてやんの」
    「凛ちゃんもでしょ?」

     あーまたケンカが始まっちゃった。
     今となっては、慣れたを通り越して、ケンカを見ないと落ち着かなくなってきた。

    「あ、あのさ……!」

    え?

    わたしは急に後ろから声をかけられた。

    だれだろうと思って振り返ると、そこにはなぜか小倉さんがいた。
    なんで? あれ、机も一緒にもって……本当になんで?

    「俺も一緒に食べていいかな」
    「は?」
    「いいよぉいいよぉ。一緒に食べようねっ。ささっ、愛実のとなりどうぞ〜」

     うまく反応できないわたしと東郷さんを見向きもせずに、中村さんが声のトーンを上げて返事をした。
     素早い。この速さがモテる秘訣なのかな? わたしはまだ状況が理解できずに固まっている。

    「痛っ。アンタ力強いな」

     中村さんは痛がる東郷さんを無視しながら机ごとズラして、無理やり自分のとなりにスペースをつくった。

     しかし、小倉さんはわたしのとなりで動きを止めた。

    「いや、俺佐々木さんのとなりがいいから」

     え?
     小倉くんがまっすぐわたしを見つめる。

    「佐々木さんの言葉で思い直したよ。やっぱり一度決めたことはやりきろうと思う。よろしくな、佐々木さん」

     ……え、わたしのせいなの?

    「コイツ、見かけによらずめっちゃヤバいヤツだ……」
    「小倉くんものけものクラブの一員だったかぁ……」

     六年一組のけものクラブ、新人が加入しました。

    終わり


     
     
    だいたいごはんのこと 野菜は苦手 がんばること→なまけないようにすること

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