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氞遠のゞュリ゚ッタ〜運呜の茪を廻しお〜人ず銬、巡る愛の物語 #創䜜倧賞2026 #恋愛小説郚門



    あらすじ

    瀟䌚ずいう日々の快速電車を降りた悠茔。
    劻ず別れ、40歳にしお自分の人生を考える。
    これたでは人生を考えるこずを流しお生きおきたのかもしれない。亡き䌯母から平屋の䞀軒家を
    受け継ぎ、そこで過ごすノスタルゞヌ、行き぀け
    の喫茶店で皋よく亀わすマスタヌや垞連客ずの
    感情。疲れた心を癒す䞭で、䌯母の人生を灯す、競争銬を巡る事実を知る。叀き良き時代、倢を
    远いかけた䌯母が憧れの女優の名前を぀けた雌のサラブレッド・ゞュリ゚ッタ。䞻流から倖れた血統のゞュリ゚ッタから人々を熱狂させる競争銬が生たれた。華やかな䞖界を生きた䌯母が、本圓に倧切にしおいたこず、幞せずは。䌯母の人生を取材するフリヌラむタヌの凛子ず、どこか䌌たもの同士の悠茔。二人に静かに吹く颚のような感情。




    忘れおいた写真のような颚景。
    小埄に入るず、叀めかしい家が建ち䞊ぶ。
    この季節は鮮やかな色にしお、けれども
    玠朎な、そしお揚々ず咲く、癟日草が出迎える。

    正面の戞を開けるず、ただ残る、䌯母の家の匂い。
    短い廊䞋を歩くず、少し床の軋む音がした。
    台所にはきちんず磚かれた小さなダカンず鍋が
    そのたたに。悠茔は居間の雚戞を開ける。
    時代を巻き戻したような、平屋造りに広めの庭。

    陜圓たり良く、初倏の颚が吹き抜ける。
    䌯母が倧切にしおいた庭。
    山玫陜花ず玫君子蘭が咲いおいる。
    䜕幎も前に、小さな雑皮犬が䜿っおいた
    小屋は、この庭を瞄匵りにする気たたな
    兄匟猫の䌑息の堎所になっおいた。
    悠茔は倖の氎堎で蛇口をひねり、バケツに
    䞊々ず溜める。
    兄匟猫が通りがけに氎を飲んで行くからだ。

    悠茔は䞭孊生くらいから気が向くず
    䌯母の家を蚪れた。
    「あら。たた突然やっお来お。あなたは
    颚来坊の颚茔くんね。」そう䌯母に蚀われた。
    華奢な䜓で目元がはっきりずした䌯母は
    若い頃、女優だったが、悠茔に自分の話をしたこずは殆どなかった。
    䌯母にはかわいがっおもらったが、それは
    小遣いをくれるずか、そんなふうではなく、
    母より13才も幎䞊の䌯母はたるで祖母の
    ようでもあった。 
    䌯母の家は悠茔にずっお居心地が良かった。

    悠茔は子䟛の頃から特に理由もなく、
    なずなく぀たらないような、どこか諊めた
    ような気持ちになるこずがあった。
    飄々ずしおいる、ずよく呚囲から蚀われた。
    そしおその、なんずなく諊めた気持ちになるず、
    ふらりず䌯母の家に行きたくなった。

    ささやかな庭、ささやかな暮らし。
    なぜか、ずおも萜ち着く。

    悠茔はCDラゞカセのスむッチを入れた。
    流れおきたのは
    ガヌシュりィンのパリのアメリカ人。
    䌯母が奜んだ、シネマベスト集。

    亡き埌、この叀い家を受け継いだ。
    たたに蚪れおは郚屋に颚を入れおいる。
    もうすぐ2幎。道具もそのたたに、たるで、
    ただここで暮らしおいるような、䜕も倉わらない、
    穏やかな日が続いおいるように感じる。
    小さな茶箪笥の䞊の写真立おの䞭で、
    䌯母ず䌯父が笑っおいる。
    その真ん䞭には现面で県のかわいい、
    サラブレッド。色は明るめの鹿毛。
    それは家族写真だった。
    䌯父は地方で名を成した実業家であったずいう。
    このサラブレッドはふたりにずっお子䟛のようだった、ず聞いた。

    衚珟者を倢芋た䌯母だったが身を匕き、地方の実業家の劻ずなった。競走銬を持ち。
    しかし、最期はこの、小さな叀めかしい家でただ穏やかに暮らした。

    人の生涯においお運呜の茪は䜕床廻るのだろう。


    悠茔は瞁偎に座り、がんやりずしおいた。
    今日、猫たちはやっおこないかもしれない。
    行き圓たりばったり、気たたで、呑気で。
    喧隒の䞭にはない、この感芚に心が解れる。


    パリのアメリカ人の次に流れおきた
    曲はラ・ストラヌダ。
    フェリヌニの映画の䞻題曲。
    物悲しく、滑皜な、人ずいう存圚が曲の䞭にある。

    40歳になった悠茔。
    なんずなく40歳たで生きたように思う。
    倧孊を出お、䌁業に就職し、27歳で結婚し、
    35歳で離婚をした。ひずりになっお5幎。
    仕事の激務から睡眠障害になり、そしお来週には
    退職をする。䞖の䞭がザワザワしおいおも、
    なんずなく、飄々ず生きおきたのかもしれない。
    もうずっず、思春期の頃から、なんずなく
    諊めの感情を抱えお。


    映画音楜はずおも感情的で、切なさや
    そこにある矎しさ、怒りや、喜びがある。
    自分の䞭にあるのか、ないのか、
    わからない感情を悠茔は音楜に感じおいた。


    猫たちが珟れないのでバケツの氎を
    怍朚にやろうずしお、ふず、
    気配を感じ玄関先を芋るず、女性が䜇んでいた。
    癟日草を眺めおいるように。

    圌女は気が぀くず、軜く頭を䞋げた。
    顎のあたりで切り揃えた髪が揺れた。
    目元がはっきりした顔立ちは
    若い頃の䌯母のようにも芋えお悠茔の錓動が
    䞀瞬、早くなった。

    「突然、すみたせん。
    癟日草が矎しかったので。」

    癜いシャツに、现身のズボンが、
    圌女のしなやかさを匕き立おおいた。

    「フリヌラむタヌの、䞭岡凛子ず申したす。」
    圌女は名刺を差し出した。
    静かな、萜ち着いた声だった。

    「あ、そう‥ですか。」

    「私、甲田嘉䞖子さんの、評䌝を曞いおいたす。
    倱瀌ですが、芪族の方で」

    圌女、凛子の県差しはたっすぐだった。
    悠茔はその、たっすぐさに戞惑いながら蚀った。

    「甥です。䌯母の女優時代を取材されおいるの
    ですか」

    凛子は少し、悠茔をうかがうように芋おいた。

    悠茔は父芪䌌だった。
    他人の凛子の方が、たるで䌯母の姪のように、
    雰囲気や目元が䌌おいる、ず悠茔は思った。

    「僕、䌌おいないですよね、䌯母に。」

    悠茔の独特の、飄々ずした䜇たいを
    凛子は眺めおいた。

    「嘉䞖子さんのお話、聞かせお
    いただけたすか」

    悠茔は真面目な凛子に少し圧倒された。

    「どうぞ。」

    悠茔は瞁偎に座った。

    流したたたのCDから曲は
    ゚ラ・フィッツゞェラルドが歌う、
    ムヌンラむトセレナヌデに倉わっおいた。

    「すみたせん、あの‥‥
    嘉䞖子さんの、女優時代は取材は出来た
    のですが、匕退しおからの取材があたり
    出来おいなくお。」

    瞁偎に䞊んで、懐かしい庭を眺めながら
    悠茔は凛子の話を聞いおいた。

    「岩手で結婚され、静かに暮らしおいた
    嘉䞖子さん。けれども矩理の息子さんが
    継いだ䌚瀟が倒産しお、負債を肩代わりした
    盎埌にご䞻人が亡くなり、東京に戻っおきた、
    ず聞いおいたす。」

    悠茔は凛子の話を聞きながら、
    䞀方で、甘くお切ない、けれども煌めき
    のある、゚ラの歌声に聞き惚れおいた。

    凛子は、悠茔の暪顔を陀き蟌んだ。

    「䌯母ずうちの母ずは13歳も離れおいお。
    䌯母だけどおばあちゃんみたいでもありたした。
    頑固ではないけれど、自分をしっかり持っおいお、譲らない信念がある、ずいうのか。」

    「ええ。わかりたす。
    私、嘉䞖子さんの、そういう、
    匷さず、ささやかなこずを倧切にしお
    玠朎さを倱っおいない、そこに惹かれお。
    今宮豊監督の、春ぞの道暙で嘉䞖子さんが
    挔じた、䞻人公の効圹が奜きで。」

    凛子の、熱のこもった話ぶりず
    小さく笑みが溢れる無邪気さを悠茔は芋おいた。

    「僕、䌯母の映画、芋たこずないです。
    すみたせん。䌯母は、自分のこずは話さないし
    僕にずっおはたたに䌚うおばあちゃんみたいな。
    ふらりず遊びに来る僕は颚来坊だず蚀われたした。
    突然やっお来お、ず蚀いながら
    台所で豚汁を䜜っお、鶏飯を䜜っお。あの甘い、
    砂糖ず醀油の銙り。母には䜜れない味でした。」
    悠茔はそう蚀っお、振り返り、懐かしそうに
    台所を眺めた。
    凛子はあたり、反応しなかった。
    䌯母のこの家の暮らしには興味が
    なさそうだず悠茔は感じた。

    「そうだったのですね。
    ずころで、競争銬のミカヅキボンゎを
    ご存知ですよね」

    凛子の唐突さに悠茔は戞惑った。

    「ミカヅキボンゎあの、匷い競争銬ですよね」

    ミカヅキボンゎは囜民的ヒヌロヌの
    競争銬だった。
    䞻流から倖れた血統で評䟡が䜎かったが、
    G1タむトルを6勝し、生涯獲埗賞金はおよそ20億。
    ひたむきに走り、決しお諊めない、人の心を動かす競争銬だった。

    「嘉䞖子さんが、お持ちだったむタリア
    血統の競争銬、ゞュリ゚ッタ。ボンゎの母が
    ゞュリ゚ッタなのはご存知ですか」

    悠茔は驚いた。
    そしお急いで居間に䞊がるず、茶箪笥の䞊の
    写真立おを手にした。

    「ゞュリ゚ッタです。」

    悠茔は凛子に芋せた。

    華やかさのある䌯母ずかわいらしい
    ゞュリ゚ッタ、そしお優しさが滲む䌯父。

    「嘉䞖子さん、きれい。
    ゞュリ゚ッタ、なんお愛らしいのかしら。」

    凛子は写真を眺め、埮笑んでいた。

    「党然、知らなかった。
    考えもしなかった。
    䌯母が手攟した銬だったし、
    名前は写真の裏に曞いおあったから。
    たさか、ミカヅキボンゎの母銬だったなんお。」

    悠茔は少し興奮気味に蚀った。

    「ボンゎがクラシックを勝った時、
    ゞュリ゚ッタを探す動きがありたした。
    でも、ゞュリ゚ッタは20歳を越えおいお
    もう母銬ずしおは無理だろうけれど。
    それでも、ゞュリ゚ッタを探し出そう
    ずする動きがあっお。芪亀のあった堎長は
    ゞュリ゚ッタの珟況は䞍明だず。
    けれどもゞュリ゚ッタは隠されおいる
    ような気がしたす。」

    「䜕か、お金目圓おがあったのかな」

    悠茔の問いに凛子は答えにくそうに芋えた。

    「そればかりではないでしょうけれど。
    ボンゎは䞀䞖を颚靡した
    時代のヒヌロヌですし、それは
    人が忘れおしたった䜕かを思い出させる、
    叀き良き、ヒヌロヌ。」

    競銬界ずいう倧きな䞖界は到底、自分には
    蚈り知れない、ず悠茔は思った。

    ふず、今日は来ないず思っおいた猫の
    ハチワレ兄匟が庭に珟れた。
    兄猫はお腹を揺らしお貫犄を芋せ぀けるように
    通り過ぎた。そしお埌から现身で、前足だけ靎䞋を履いた、匟猫が走っおくるず、蟺りを芋回し、
    それから山玫陜花の朚の䞋に座った。

    「久しぶり。」

    猫に話しかける悠茔を凛子は芋おいた。

    匟猫は毛繕いを始めた。

    気たたな匟猫を眺めながら、ほくそ笑む
    悠茔に、凛子は蚀った。

    「䞀緒に旅行しおもらえたせんか。」
    突然の蚀葉に悠茔は戞惑った。
    「えっ旅行」

    「はい、2人で。」

    凛子の真剣な県差しに悠茔は少し困惑しながらも、
    心がそわそわする感芚があった。

    「2人で旅行。」

    悠茔が呟くず、凛子は慌おお蚀った。

    「もちろん、取材旅行です。
    ゞュリ゚ッタを探すための。」

    悠茔はハッずした。
    そしお少し、萜胆した。

    「そうですよね、取材。」

    「はい、取材です。」
    凛子ははっきりず蚀い攟った。

    毛繕いに飜きお、のんびり暪になっお
    寝おいる匟猫を芋ながら、悠茔は返事をした。

    「いいですよ。来週からでしたら。」

    悠茔の蚀葉に凛子の目が茝いた。

    「ありがずうございたす。」

    それから悠茔が頷く間も無く、凛子は蚀った。

    「来週の金曜日、午前10時に東京駅の
    東北新幹線改札口で。」

    勢いに圧倒され悠茔は、ただ軜く頷いた。

    「良かった。甥っ子さんが䞀緒なら
    ゞュリ゚ッタに䌚えるかもしれない。」

    悠茔は、凛子の熱意を矚たしく感じた。

    「あ、癟日草、持っお行かれたすか
    お奜きなら、どうぞ。」

    凛子は銖を振った。

    「嘉䞖子さんの庭には、嘉䞖子さんが
    いらっしゃるから。花たちは嘉䞖子さん
    の偎で咲き続けおこそ、矎しいず思いたす。」

    䌯母の小さな庭。
    敎え、䞹粟を蟌めお䞖話をしおきた、
    ささやかで氞遠のような庭。


    䌯母は庭の山茶花を芋ながら
    生涯を静かに終えた。
    䌯母が還るべき堎所ぞ、還っおも
    花々は咲き続ける。

    必然でありながら䞍思議な、
    氞遠を玡ぐ、䜕か。




    悠茔は自分の感情を探っおいた。
    突然、凛子ず出䌚い、取材を持ちかけられ、
    そしお䌯母の人生ず愛銬・ゞュリ゚ッタを
    巡る小旅行ぞ。

    2人で旅行を、ずいう蚀葉に
    少し゜ワ゜ワした。


    自分の感情を探る必芁などないのだが、
    飄々ず、䜕も感じないような人ず
    蚀われた自分を、それがどうしおなのか
    芳察する奇劙な癖が぀いおいた。

    静かだずか、個性的だずか、
    自分のペヌスで生きおいるずか、
    それずはたた違っお、あたり感情が
    䌝わっおこない人。

    別れた劻にはそんなふうに蚀われた。

    「私ず、どんな人生を歩みたいのかが
    芋えない。」
    思いもよらぬ蚀葉だった。

    仕事は忙しかったが、付き合いや
    趣味で劻を眮き去りにするこずは
    なかった。淡々ず日々を重ね、
    満員電車に揺られお、日間を過ごし、
    残りの日は䌑息した。

    「子䟛がほしいのはなぜ
    マンションを買いたいのはなぜ
    私ず、どんな生掻をしたいの
    私を愛するこずは悠茔にずっお䜕」

    その問いに悠茔は答えられなかった。
    愛するこず。
    それは䜕だろう。
    幟぀かの蚀葉で繋ぎ合わせお
    どう衚珟したらいいのか。
    そしおただ、わからなかった。


    䌯母の家を埌にし、悠茔は小さな駅で降りるず、
    路地を歩く。叀めかしく、懐かしいような、
    そんな堎所が奜きだった。
    それは、倕陜が沈むのを眺めおいる時の
    感情を探る必芁のない、ただ眺めおいたい
    ずいう、それに䌌おいる。

    煉瓊造りの倖芳に幎季の入った、
    けれども立掟なドア。
    䜕幎も悠茔が通い詰めおいる
    喫茶店・ゞニアのドアに手をかけるず、
    悠茔は心が軜くなるのを感じた。

    小さなりィンドチャむムが透き通る音を立おる。
    コヌヒヌのいい銙りがする。

    「いらっしゃい。」

    「こんにちは。」

    このやりずりを、䜕床しおきた
    こずだろう。

    「時ちゃん」

    垞連の柳沢が声をかけおきた。

    「お疲れさたです。」
    そう蚀っお悠茔はカりンタヌに座った。
    奥の垭には同じく垞連の広田が、パ゜コンの
    画面に目を凝らし向かっおいた。

    「広さん、お疲れさたです。」
    悠茔が声をかけるず、広田は
    「おおっ。」ず倧きな声で返事をした。

    「時ちゃん、ランチただあるよ。」
    柳沢が蚀った。

    「あ、日替わり、今日は䜕ですか」

    「今日はタルタルメンチカツ。」
    マスタヌはい぀もの、優しい笑顔で
    答えた。

    「じゃあ、タルタルメンチカツを。」

    埗意先回りの垰りに、ふらりず立ち寄っお
    から数幎、
    マスタヌの人柄も、垞連客同士も
    皋よい距離感に、たたにお節介もあり、
    それがあたたかい、そんな付き合いのある
    叀き良き喫茶店だった。

    マスタヌはりィングカラヌに蝶ネクタむ、
    ベストに、ギャル゜ン゚プロン、
    髪をきちんず敎え、品の良さず穏やかさを
    兌ね備えおいた。
    店内は煉瓊颚の壁ず、叀いレコヌドプレヌダヌ、
    倧理石調のテヌブルに深緑色の゜ファヌが映える。
    音楜はだいたい、ゞャズかリズム&ブルヌス
    を流しおいた。

    「時ちゃん、䌚瀟来週たで」

    「はい。来週火曜日たで行っお氎曜日
    から有絊消化です。」

    「そうか。お疲れさた。
    で、マスタヌの埌継になるの」

    柳沢の蚀葉に悠茔は苊笑いを浮かべた。

    「お埅ちどうさた。」
    揚げたおのメンチカツ、溢れそうなキャベツに䞁寧に切り揃えられたトマト、キュりリ、そしお
    もちろん自家補のタルタル゜ヌス。皿に盛った
    癜飯から湯気が䞊がる。コン゜メスヌプの、あめ色。

    「いただきたす。」

    芖芚で堪胜し、それから悠茔はタルタル゜ヌス
    を乗せたメンチカツを頬匵った。

    「うたヌいヌ」

    思わず声をあげた。
    マスタヌも、柳沢も嬉しそうにしお
    悠茔を芋おいた。

    りィンドチャむムが鳎っおドアが開くず、
    たた垞連客がやっお来た。

    「こんにちは。」

    元芞人で、今は療逊䞭のムンタだった。

    「ムンちゃん、いらっしゃい。」
    すかさずマスタヌより先に柳沢が声を
    かける。
    悠茔の隣にムンタは座った。
    「時ちゃん、矎味しそうだね。」
    ムンタが蚀うず、悠茔は笑顔で頷いた。

    「今ね、時ちゃん、口の䞭が至犏だから。
    ムンちゃんも日替わり行っちゃう」

    マスタヌはメンチカツを揚げおいた。

    「ムンちゃん、最近どう」

    「うん。最近はだいぶ、今の生掻に
    慣れおきたみたいで、䜕にもしない自分を
    蚱せるようになったよ。」

    ムンタはそう蚀っお少し目を䌏せた。

    「そう、なら良かった。」
    悠茔は優しく蚀った。

    「䜕にもしなくたっおいいよ。
    俺なんか幎金生掻で奥さんが働いおるよ。」

    柳沢の蚀葉に広田が反応した。

    「時ちゃんもムンちゃんもただ若いからな。
    色々、思うこずあるだろうよ。」

    悠茔はキャベツにタルタル゜ヌスを
    絡め、最埌たで味わった。

    「時ちゃん、どうするの、マスタヌの埌継問題。」
    タルタルメンチカツに満足気な悠茔に
    ムンタは蚀った。

    「ちょっず、埌継のこず、みんなで
    時ちゃんに聞かないでよ。」

    マスタヌが諭すように蚀う。

    「でもなぁ、時ちゃんが継いでくれるのが
    いちばんだけどなヌ。」

    柳沢の蚀葉に、ムンタも広田も頷く。

    悠茔は返事に困っおいた。
    75歳のマスタヌは来幎、匕退を決意しおいた。
    マスタヌが玡いできた、人ずの繋がりも、
    コヌヒヌや料理の味も、この空間も
    すべおが終わりを迎えるこずになる。

    悠茔は湯気から湧き立぀、コヌヒヌの銙り
    に、思わず埮笑んだ。

    息子のような幎霢の悠茔ずムンタを
    芋守る、マスタヌは蚀った。

    「今日ね、ブレンドに優しさ入れたよ。
    時ちゃんずムンちゃんのために。」

    メンチカツを頬匵りながらムンタは
    少し目を最たせた。

    「あったかいな。優しさ。」

    ムンタは呟いた。

    「時ちゃんもムンちゃんも、
    この腐った䞖の䞭でよくやっおきたよ。」
    広田の声が䜎く響く。

    「人生っおさ、勝ち負けじゃなくお
    オリゞナリティだよね。
    けれど男も女も勝ち負けに拘るよね。」
    そう蚀っおムンタはコン゜メスヌプを飲み干した。

    「ムンちゃんはやっぱり、蚀うこずが
    䜜家的だよね。」
    ムンタの個性をわかっおいるマスタヌは蚀った。

    人生の勝ち負け。
    それはいったい、䜕だろうか。
    誰かず競うこずをやめお、
    誰かの基準に沿っお歩くのをやめお、
    䞍甲斐ない自分を受入れお。

    「やっぱりマスタヌが淹れるコヌヒヌはおいしいな。」
    悠茔は呟いた。


    郜䌚の倜空。
    密集した䞭の、ネオンの、
    その䞊に、星が光る。
    窓を開けお、颚を入れお。

    眠れずに深倜、゜ファヌに座っおいた。
    眠れぬたた、朝になっおも、䜕にもせかさ
    れるこずはない。仕事のために無理をしお
    䜓を敎える必芁もない。


    自分は人ず違う、どこかを生きおいる
    ず悠茔は感じおいた。
    なぜか、それが心地よい。
    行き先が同じの列にはもう䞊ばない。


    凛子が話しおいた、叔母の出挔映画
    「春ぞの道暙」
    準䞻圹を挔じた、圓時は28才くらいで
    あっただろう。
    時代の過枡期に翻匄されながら、
    自身の人生をどこに芋出すのか、それは
    人に生たれたならば終わりなきテヌマ。
    その、思いがこもった長い台詞。

    「運呜の茪が䞭途半端に止たったら、
    私は鬱蒌ずした颚景に萜胆するわ。
    だから自分で、運呜の茪を廻すの。
    人生を創るのは自分。
    玍埗できない颚景で生きたいずは思わない。」

    癜黒フィルムの䞭で甲田嘉䞖子は
    匷く、瞬く星のような瞳で、
    どこか別の颚景を芋おいるようだった。
    それは、圌女が生きおいたい、運呜の堎所、
    玍埗する颚景を芋おいたからだろうか。


    䌯母の人生を巡る取材旅行の日、
    行きの新幹線の䞭で、
    悠茔は凛子に日皋を説明された。
    凛子は今日も有胜な秘曞
    のような雰囲気だった。

    凛子にひず぀だけ持っお来お欲しいず
    頌たれたのは、茶箪笥の䞊に食っおいた
    家族写真。
    䌯母ず䌯父ず、ふたりの嚘である、
    サラブレッドのゞュリ゚ッタ。

    「昚倜、春ぞの道暙を芳たしたよ。」

    「ご芧になりたしたか嘉䞖子さん、
    芯のあるいい挔技でしたよね。」
    凛子は嬉しそうに蚀った。

    「女優を匕退する、幎くらい前の映画
    ですよね。」

    「海倖で評䟡が高い䜜品ですよ。
    嘉䞖子さんも、いい挔技をする女優ずしお
    認知されおいたす。今でも嘉䞖子さんの
    ファンがいたすし、ドむツの著名な監督は
    カペコは僕のミュヌズだず蚀っおいたした。」

    「そんなに評䟡されたのに、なぜ匕退を」

    悠茔の問いに凛子は走り出した新幹線の
    その窓の倖を芋ながら蚀った。

    「むタリアの血を匕く監督ず恋愛関係
    にあったようです。2人ずもフェリヌニ
    に感銘を受けお。嘉䞖子さんは
    ゞュリ゚ッタ・マゞヌナに憧れおいたした。」

    「あっ、だから銬の名前はゞュリ゚ッタなのか」

    「ご存知なかったのですか
    ゞュリ゚ッタず名付けた由来。」

    少し冷めたような凛子の口ぶりに
    悠茔は䜕も知らない自分が気恥ずかしかった。

    「監督の曞き䞋ろし脚本䜜で
    嘉䞖子さんは䞻挔が決たっおいたした。
    けれども、発衚されたキャストには
    嘉䞖子さんの名前はなく、倧手事務所が
    売り出し䞭の女優が䞻挔でした。
    嘉䞖子さんは監督に裏切られお、傷぀き、
    匕退した、ず聞いおいたす。」

    話を聞きながら悠茔は切なさを感じおいた。


    「そんないきさ぀が‥‥。
    昚倜、初めお芳た映画の䞭では
    䌯母は茝いおいたした。
    䜕だか、玔粋で。生きおいるず、
    倱くすものがいっぱいありたすよね。
    いちばん、倱くしおしたうのは、
    玔粋な思いかもしれないですね。」

    その蚀葉に凛子は悠茔の、心の现やかさを感じた。

    「嘉䞖子さんが倧切にしおいたのは、
    玔粋な思いだったのでしょうか
    ただ、私にはそれがわからないのです。」

    生真面目な凛子は女優・甲田嘉䞖子ぞの
    思い入れがあり、この取材旅行も
    䌯母の人生を蟿る、正統掟ドキュメンタリヌ
    のような、そんな雰囲気を醞しおいたが、
    悠茔は同行者だからか、気楜に感じおいた。

    「あ、良かったら、どうぞ。」
    悠茔は駅で買った、牛すき匁圓を凛子に手枡した。
    凛子は䞀瞬、戞惑っおいた。
    「旅には駅匁ですからね。うたいですよ。」
    笑顔の悠茔に぀られお、凛子も笑った。



    凛子は完璧な匕率係のたたに、
    牧堎たでの道のりを説明した。
    ロヌカルバスを降りお、およそ45分
    歩くずいう。

    「はぁ‥‥。」

    悠茔は埮劙な声を挏らした。



    バスに揺られ、窓から入っおくる颚は、
    草の匂いがした。
    山に囲たれ、草原が続く。
    空が青く、雲が浮かび、鳥が飛ぶ。
    遠くで畑仕事をする人がいる。
    それぞれの、人生の颚景が倧地にある。

    2人は誰もいない、䜕もない、停留所で降りた。

    「ここからは分です。」

    ちょっず堅い、女性教垫のように凛子は蚀った。
    田舎の道路路は、ひたすら続き、
    そしお行先は芋えない。


    「ポンゎはなぜ、あんなに匷かった
    のですか」

    「未知数のむタリア血統だった
    ゞュリ゚ッタは地方競銬で3戊3勝の
    成瞟を残したした。胜力ず匕き換えのように、
    脚を痛めお匕退したした。
    ゞュリ゚ッタは匟むようなフットワヌク、
    スピヌド、そしお匷い心を持っおいた、ず。
    繁殖入りしたものの、ゞュリ゚ッタは受胎率が悪く今のずころ生涯で3頭しか、子䟛を残しおいたせん。
    ポンゎはゞュリ゚ッタの3頭目の子䟛です。
    䞀郚で、行方䞍明のゞュリ゚ッタはもう
    この䞖にはいない、だからポンゎは
    ゞュリ゚ッタのラストグロップだず蚀われお
    いたした。未知数だったむタリア血統、
    その牝系、ゞュリ゚ッタの血統はポンゎ
    の父芪ずの配合で花開いたようです。」

    淡々ず語る凛子の、暪顔を悠茔は芋぀めた。

    「ポンゎの掻躍は䌯母にずっお、
    埅ちわびた倢のようなものだったのかな。」

    悠茔は呟いた。

    「そうでしょうね、きっず。
    燊然ず茝く、スポットラむトを济びた、
    ポンゎの掻躍を嘉䞖子さんは
    自身ず重ね合わせおいたのかも。
    あのたた、映画䞻挔しおいたら、囜際的
    な女優ずしお掻躍できたかもしれない。
    鮮やかに茝いお。」

    「ゞュリ゚ッタのこずも、ポンゎのこずも
    䌯母は誰にも蚀わなかった。
    どうしおでしょうね。
    あんなに匷く、人々を熱狂させたポンゎ。
    あれは自分の嚘の子だ、ず蚀おうずは
    しなかった。」

    悠茔の蚀葉に、凛子は考え蟌むような
    様子を芋せた。

    「堎長も嘉䞖子さんも、なぜ
    ゞュリ゚ッタを隠すのかしら。」

    悠茔は蚀葉にはできない、
    ゞュリ゚ッタを隠したいずいう
    䌯母の気持ちが、なんずなくわかる
    ような気がしおいた。

    話しながら歩いおいたが、
    牧堎はただ、芋えなかった。

    「ただ‥‥分で着く気がしない。」

    「䜕にも芋えたせんものね。」

    凛子は他人事のように蚀った。

    「先が芋えないっお、たるで今の僕
    みたいなぁ。」

    そう蚀っお悠茔は凛子に笑いかけた。

    「今週、䌚瀟を蟞めたした。
    幎前に離婚もしおいお。
    それたで圓たり前だず思っお
    いたのか、ただ流れるたただったのか、
    䌚瀟勀めも家族も、気が぀いたら倱くしお
    いたした。」

    䞖間的なものを倱くした、ず語りながら
    なぜか枅々しい顔の悠茔を凛子は眺めおいた。

    「もう、誰かず同じ列に䞊ばなくおも
    いいのだ、ず。」
    悠茔はそう蚀っお、空を芋䞊げた。

    「時川さんはパヌトナヌを解消しお軜くなられた
    のですね。最初は良くおもなぜ共に
    いるのか、ず思うこずがありたすよね。
    心が離れおもたた家族を再線するのか、
    別の人を遞ぶのか。別の人を遞んでも
    たた同じこずが始たるのに。」

    凛子がそれたでにない感情を芋せた。

    真昌の青空にも、星は茝いおいるのかもしれない。
    芋えない、ず思い蟌んでいるだけで。


    郜䌚にさらされ続けるず、
    自然の颚景は解攟感がある。
    それは珟実逃避なのだろうが、
    珟実は人それぞれであり、たったひず぀
    の同じ珟実だけを芋぀めお、そこに収たろう
    ずする必芁はない。
    倧地の䞊にはそれぞれの人生があるのだから。



    牧堎に蟿り着き、
    悠茔ず凛子は郚屋に通され、堎長を埅っおいた。
    食られた数々の銬たちの写真から、
    圌らの勇姿が䌝わっおきた。
    隣に座る凛子は、背筋をピンず䌞ばし、
    緊匵の面持ちであった。
    悠茔はい぀ものように、飄々ずしおいた。

    「お埅たせしたしたねえ。」

    思ったよりも䜓の倧きな堎長は
    ダンガリヌシャツにゞヌンズ、
    タヌコむズの装食のベルトをしおいた。
    たるでカりボヌむの長老のようであった。

    凛子は玠早く立぀ず、名刺を差し出した。
    「お忙しい䞭、ありがずうございたす。
    フリヌラむタヌの䞭岡凛子ず申したす。」

    堎長は名刺を受け取り、衚裏に目をやった
    埌で、悠茔を芋た。

    貫犄のある堎長の芖線に少し圧倒されながら、
    悠茔は急いで写真をカバンから取り出した。

    「初めたしお。楠田嘉䞖子の甥の、
    時川悠茔です。」

    堎長は写真を眺めおいた。
    目を现めお懐かしそうに。
    それから
    「あなた、䌌おないね。」
    ず、悠茔の顔を芋るなり蚀った。

    「あ、僕は父芪䌌です。」

    悠茔は少し気たずそうに蚀った。 

    「嘉䞖子さんは、い぀、お亡くなりに」

    「幎前の、11月の末に。
    庭の山茶花を眺めながら、穏やかに。」

    堎長は写真を芋぀め、頷いた。

    「蚘者さん、あなたは嘉䞖子さんの人生を
    曞きたいず蚀っおたすが、ゞュリ゚ッタは
    嘉䞖子さんの女優時代ずは関係ありたせんけどねえ。」

    その蚀葉に凛子は堎長をたっすぐに芋お答えた。

    「嘉䞖子さんの、人生を曞く䞊でゞュリ゚ッタは
    嘉䞖子さんの嚘ですから、ゞュリ゚ッタに぀いお
    曞かないこずは考えられたせん。」

    きっぱりず蚀った凛子に堎長は反応もせず、
    写真を眺めおいた。

    「ポンゎが掻躍しお、誰に聞いたのか
    私らの元に、蚘者だずか、䞀般のファン
    だずかが来たしおね。奇跡の名銬の、
    その母銬の物語だずか、なんだずか。
    ゞュリ゚ッタは今は、䞀個人の飌い銬ですよ。」

    「ゞュリ゚ッタは生きおいるのですね」

    凛子は身を乗り出した。

    悠茔は倖の颚景を芋た。
    柄んだ、青い空。


    「䌯母が、ミカヅキポンゎの歌を
    口づさんでいたこずがありたした。
    豚汁を䜜りながら台所で。
    そしお、倉な歌よね、倉な名前よね、
    ず蚀っおいたした。」

    悠茔の蚀葉に、堎長は軜く笑った。


    「嘉䞖子さんがこんな田舎に来た時、
    女優さんだけあっお、華やかで。
    楠田さんは20才も幎䞊でね。
    あの人は懐が倧きくお、芪の地盀で成功しおも
    若い䞖代に投資をしたり、優しい人でした。
    女優さんを埌劻にしたらかえっおバツが悪い、ず。
    自分は女優さんを迎えるような立堎にない、
    だから瞁談を断る぀もりで、ここぞ連れおきたの
    ですよ。最初で最埌の、牧堎デヌトですな。」

    悠茔は話を聞きながら、䌯母が奜きだった
    叀いゞャズスタンダヌドの曲、
    テンダリヌを思い浮かべおいた。

    テンダリヌ、優しくしお。

    「嘉䞖子さんが、咲いおいた癟日草を
    摘んで、銬の額革にそっず挿しお
    錻面を撫でおいたした。
    その姿の、䜕ず矎しいこず。
    たるで映画のようでしたよ。
    ため息が出たしたよ。なんお綺麗なのかず。
    それを芋た楠田さんは惚れおしたったのですよ。
    そしお嘉䞖子さんも、楠田さんの人柄に
    安心しお、嫁ぐこずに。」

    鮮やかにしお玠朎な癟日草。
    䌯母が玄関先に怍えたのは、出䌚いの思いから
    だろうか、ず悠茔は思った。

    凛子は堎長の話を聞きながらメモを取っお
    いたが、時折、聞き入っおいた。

    「䌯父は䌯母のためにゞュリ゚ッタを」

    「2人の間には子䟛がおりたせんでしたからね。
    ちょうどむタリアの銬が入っおきお。
    かわいいかわいいっお嘉䞖子さんが
    気に入っおね。時代も良かったのですよ、
    ただ、あの時はね、2人にずっお。
    楠田さんは嘉䞖子さんを想っおいたしたからね。
    初めお䌚った時から亡くなるたでずっず。」


    「幞せだったのですね、䌯母は。」
    堎長は軜く目を閉じお頷いた。

    「今日もたた、どこかの蚘者が
    奇跡の名銬を远いかけおきた、そう思っおいたしたが、私は思い出話をずいぶんずしたものだ‥。」

    堎長はため息を挏らした。

    「嘉䞖子さんの人生は嘉䞖子さんにしか
    わからない。それでも、女優だったずか、
    銬を持おるくらいの資産家の劻だったずか、
    そんなこずより、楠田さんず過ごした日々や
    ゞュリ゚ッタをかわいがっおきたこずが、
    嘉䞖子さんの、人生のかけがえのないもの
    だったず、私はそう思いたすねえ。」

    堎長はたた、悠茔の持っおきた写真を手にした。

    「これはねえ、家族写真ですよ。
    川の字になっおねえ。」

    話ながら、堎長の目が少し最んだ。

    「楠田さんの死埌、嘉䞖子さんはたるで
    远われるように東京ぞ垰っお行きたした。
    垰る前日にゞュリ゚ッタに䌚いに来おね。
    おかあさんを蚱しおね、ず錻面を撫でながら
    泣いおいたした。ゞュリ゚ッタもわかったのか
    嘉䞖子さんに頬擊りしお、なかなか離れた
    せんでしたよ。」

    「本圓に、䌯母にっおゞュリ゚ッタは
    嚘だったのですね。」

    悠茔の目にもうっすらず涙が滲んでいた。

    「‥楠田倫劻ずの心からの亀流があった
    から堎長はご自身でゞュリ゚ッタを
    匕き取ったのですね楠田倫劻の倧切な
    嚘の䜙生を匕き受けお、そしお倧切に。
    そしお銬の䞖界っお凄いですよね。
    僅かな産駒からポンゎずいう名銬が珟れた。」

    凛子が淡々ず語るのを
    堎長は聞いおいた。
    そしお蚀った。

    「ゞュリ゚ッタは、離れにおりたすよ。
    私の孫に案内させたすから。」

    「ゞュリ゚ッタはやはり生きおいるですね」
    堎長の蚀葉に、凛子の目が茝いた。

    「‥ありがずうございたす。
    䌯母倫婊を、思い遣っおくださっお。」

    悠茔は蚀った。


    「嘉䞖子さんに、幎半くらい前、
    手玙をもらいたした。
    私も、そう遠くない時期にあちらぞ
    行くでしょうから。
    甥っ子さんが、写真ず䞀緒に持っお
    いおください。
    嘉䞖子さんず、楠田さんず、ゞュリ゚ッタ。
    叀き良き、時代ですなぁ。」





    「぀いおきお。」

    少幎に案内され、
    離れたで歩いおいた。

    「ゞュリ゚ッタはね、今は僕の銬だよ。
    ちゃんず䞖話もしおいるよ。」

    少幎は蚀った。

    少し冷たい颚が吹き抜ける。
    攟牧堎が芋えおくる。
    そこに、ゞュリ゚ッタがいる。

    「ミカヅキポンゎ、ミカヅキポンゎ
    額に䞉日月キラキラず
    諊めないよ、どんな時も
    いちばん茝く颚になる」




    少幎はミカヅキポンゎの歌を口づさんだ。

    「倉な歌。センス悪いよね。」
    そう蚀っお笑った。

    「本圓だね。」
    悠茔も凛子も笑った。

    少幎は柵の䞭にいる銬を指差し蚀った。
    「あれがゞュリ゚ッタだよ
    ぶ぀けおしたっお、片目が芋えないんだ。
    それに、もうおばあちゃんだから。」

    悠茔も凛子も、䞀歩䞀歩、近づきながら
    䜕か、ずおも、神聖さの䞭を
    歩いおいるような気がしおいた。

    仲良しの少幎を感じおか、ゞュリ゚ッタ
    は錻を鳎らした。

    「ゞュリ゚ッタ、ゞュリ゚ッタ」

    少幎が声をかけるず、ゞュリ゚ッタは
    銖を傟げ、耳を立おた。


    ゞュリ゚ッタは䜇んでいた。
    陜の光が、芋える方の目に圓たり、
    それは、星のように茝いおいた。
    鬣が颚に吹かれお、静かな波のように
    靡いおいた。
    ゞュリ゚ッタはゆっくりず歩み寄っお来た。


    「おじさんたち、撫でおいいよ」

    少幎はそう蚀っお、楜しそうに戯れおいた。

    ゞュリ゚ッタは片方だけの、
    優しい瞳で悠茔ず凛子を芋おいた。
    そしお銖を傟げ、たるでい぀かの蚘憶を
    蟿っおいるように芋えた。

    「別れたたた、嘉䞖子さんはゞュリ゚ッタ
    に䞀床も䌚えなかった。そしお䌚わなかった。」
    凛子は蚀った。

    「手攟しおしたったこずや、苊劎をかけた
    こずを、ゞュリ゚ッタにずっず詫びおいたのかな。
    心の䞭ではずっず䌯父ずゞュリ゚ッタず䞀緒にいたのかもしれない。」

    心の䞭で結ばれた家族。

    ゞュリ゚ッタは悠茔の匂いを嗅ぐように、
    䞊唇を䞊げた。
    そしおじっず、䜕かを感じおいるようだった。

    「初めたしお。僕のいずこだね。」

    悠茔はゞュリ゚ッタの錻面を撫でた。

    凛子はそっずゞュリ゚ッタに觊れた。
    優しい手だずわかったのか、
    ゞュリ゚ッタはおずなしく撫でられおいた。


    無邪気な少幎は、走り回っおいた。
    そしお戻っお来るずその手に、名前のわからない、可憐な癜い花があった。少幎は摘んできた花を、
    ゞュリ゚ッタの額革に挿すず、ゞュリ゚ッタの顔を撫でた。
    ゞュリ゚ッタは気持ち良さそうにしおいた。
    少幎に頭をもたげ、穏やかで幞せそうに。


    それはい぀かの、映画の堎面のようだった
    のかもしれない。
    䌯母が䌯父ず出䌚った時の、矎しい堎面。


    ゞュリ゚ッタは
    家族の愛に守られお奇跡的に生きながらえた。
    幟倚の、運呜の茪が廻された。
    その床に、翻匄された。
    奇跡の名銬を産んだ、その賞賛よりも、
    穏やかな安䜏の堎所で、静かに時を重ねお。
    そしお氞遠の愛の䞭を生きおいる。









    倕方の最終バスを叀いベンチに座り、埅っおいた。

    「ありがずうございたした。
    時川さんが同行しおくれたおかげで
    堎長さんに取材もできたした。
    そしおゞュリ゚ッタに䌚うこずができたした。」

    「いえ‥‥。僕も、来およかった。」

    それから、しばらく、二人は倕暮れを眺めおいた。

    そしお悠茔は堎長から枡された、
    手玙を開いた。


    ご無沙汰しおおりたす。
    ゞュリ゚ッタのこず、本圓に倧切に
    しおいただき、ありがずうございたす。
    私のわがたたを聞いおくださり
    倧倉、お䞖話になっお。
    長い、長い、お付き合いを。
    心から感謝を申し䞊げたす。

    先日、思い立ち、競銬堎ぞ行きたした。
    たくさんの人がいたした。

    おばあちゃん、䞀人で来たのず
    呚囲の若い方に蚀われたした。

    凄いレヌスでした。
    あの子は、先頭を駆け抜けたした。
    その県に、星が光っおいたした。
    ゞュリ゚ッタの、僅か3戊の競争、
    䞀床も負けるこずなく、先頭でゎヌル
    したゞュリ゚ッタの県にも星が光っお
    いたした。
    あの時、私たちは玠晎らしい嚘を持ったね、
    ず、䞻人ず話したした。

    あの子はゞュリ゚ッタにそっくりでした。


    呚囲の人たちがあの子の名を呌んで
    ポンゎ、ポンゎ、ず。
    皆、泣いお歓喜しおいたした。
    私も誇らしかったです。
    そしお䞻人も、きっず同じ気持ちです。
    䞻人も空から芋おいたのだず思いたす。



    悠茔は胞が熱くなった。
    䌯母がどれほど、ゞュリ゚ッタを愛し、
    思い出を愛しおいたこずか。
    そしお愛嚘の産んだ子が英雄になったのを
    静かに芋守っおいた。
    思い出を倧切にしおいるからこそ。

    「どうぞ、読んでください。」

    悠茔は凛子に手玙を枡した。

    悠茔の心に、切なさずあたたかさが
    混ざり合う、そんな感情があった。
    凛子は深呌吞をしおから、手玙を読み始めた。
    そしお、凛子の瞳から䞀筋の涙が溢れた。

    矎しい倕暮れの䞭で、
    涙を流す凛子に、悠茔の心は揺れた。

    「どうしおこんなに涙が流れるのだろう。」
    凛子は呟いた。




    駅に着くず、凛子は蚀った。

    「私、もう少し取材がありたすので、ここで。」

    䞀緒に東京ぞ垰ったなら、どこかで
    食事でも、ず思っおいた悠茔は
    少し寂しい気持ちになった。


    「本圓は自信がなくなっおしたっお。
    嘉䞖子さんの、玔粋な思いを、私は
    曞くこずができるかな、っお。」

    匱気になっおいる凛子を芋぀めながら
    悠茔は蚀った。

    「䌯母が倧切にしたかったのは、穏やかに続く愛
    だったのかもしれない。誰しも運呜の茪が廻り、
    人生は䜕床も困難がやっおきお。
    困難の䞭で、自分にずっお倧切なこずに
    気づいたのかな。」

    「嘉䞖子さんの思いを、曞き䞊げるこずが
    できないず感じるのは、私が本圓に
    人を愛したこずがないからかもしれたせん。」

    「僕も‥‥そうですよ。
    本圓に人を愛したこずが、きっず
    ないず思いたす。」

    悠茔の蚀葉に、凛子は目を䌏せた。
    それから顔を䞊げお蚀った。
    「曞き䞊がったら、連絡したす。
    ぜひ、読んでください。」

    「楜しみにしおいたす。」
    凛子のこずを、悠茔は名残惜しく、
    少しばかり、愛おしく感じおいた。


    叀き良き時代の、
    その氞遠であるゞュリ゚ッタ。
    人々の思いが、ゞュリ゚ッタの䞭に
    流れおいる。悲しみ、悊び、
    やるせなささえも。そしおそれは、
    透明な、柔らかい炎になっお
    ゞュリ゚ッタの生ずしお、
    静かに燃え続ける。


    その日の午埌は、
    過ぎ行く倏を懐かしむように秋颚が吹いた。
    郜䌚の倏は、切り倒された暹々たちの、
    その遠い詩さえも聞こえない。
    あの暹々たちは、どこぞ行ったのか。
    颚を運ぶ、あの暹々たちは。


    悠茔は喫茶ゞニアのカりンタヌ垭で
    コヌヒヌを飲んでいた。
    「銙りが華やかですね。
    でも、深過ぎず、優しい。銎染む感じで。
    すみたせん、䞍噚甚な感想で。」

    そう蚀っお悠茔はコヌヒヌをたた䞀口、
    飲む。
    銙りが広がり、けれども優しい味わいに
    心が解れる。

    「時ちゃんは矎味しそうに飲んでくれる
    から、嬉しいよ。」
    マスタヌの優しい笑顔。

    「このカップ、初めおだなぁ。」

    色絵のコヌヒヌカップは
    赀い花が䞀茪、描かれおいた。

    「このブレンドは
    そのカップに泚いで。
    ブレンドの名前はバット・ノット・フォヌミヌ。
    その、どうしょうもなさ。誰かを思う
    こずで生じる、倱意かな。」

    「バット・ノット・フォヌミヌ‥‥。」

    悠茔は呟いた。

    「䜕か、いきさ぀があるのですか」
    悠茔が尋ねるずマスタヌは
    い぀ものように優しく埮笑んだ。

    「ただね、僕が店を始めた頃、
    倏の終わりの、涌やかな雚の倜、
    初めお来たお客様でね。
    小柄な女性だけど、パッず華やかな。
    情熱的な目をした矎人だけど、
    内偎から䜕か、光るものを攟っおいる
    感じで。
    ビリヌホリデむが聎きたいず。
    それでバット・ノット・フォヌミヌを
    かけおね。そう、レコヌドの針を萜ずした。」

    悠茔はコヌヒヌを味わいながら
    マスタヌの話を聞いおいた。

    「矎味しいコヌヒヌね、ず笑顔を
    芋せおくれた埌で、圌女の頬に䞀筋の涙が。
    矎しくおね、参っちゃったよ。」

    マスタヌはい぀もの、愛嬌のある
    蚀い方で、少し照れたように笑った。
    それから懐かしそうな目をしお
    思いを銳せるように語り続けた。

    「ビリヌは幞せだったのかしら。
    名声を埗お。才胜を認められお。
    本圓は穏やかに続く愛を求めおいたの
    かもしれない。そう圌女は頬杖を぀いお
    ぜ぀りず蚀った。それがね、映画の
    シヌンみたいでね。」

    その、映画のようなシヌンが
    ふず瞌に浮かんで、悠茔は埮笑む。

    「それから」
    悠茔の問いにマスタヌは続きを話す。

    「私は倢が敗れたの。
    でも、新しいあたたかな堎所ぞ
    旅立぀のよ。きっず穏やかな愛に
    巡り䌚える気がする。
    圌女はそう蚀っおね、
    店を出お行った。」

    「わヌ、玠敵だな。」

    悠茔が呟くずマスタヌは顔を赀らめた。

    「倩囜のうちの奥さんには
    話しおないよ。
    のがせるな、っお蚀われちゃうから。」

    倢が敗れたり、誰かを思うこずで生じる、倱意。
    愛した人に、愛されるばかりでない。
    倢が叶うばかりでもない。


    「時ちゃん、本圓にいいのかな
    この店を継いでくれるのは嬉しい
    けれど、残りの人生はコヌヒヌ屋
    のオダゞだよ。」


    「コヌヒヌ屋のオダゞ。
    すごくいい響きですよ。」

    悠茔の蚀葉にマスタヌは優しく頷いた。


    「僕は、䌯母に颚来坊の颚茔ず
    呌ばれおいたした。
    気が向くずやっおきお、掎みどころ
    がなくお。でもそれっおフリだったのかな、
    ず感じたす。考えたり決めたりが面倒で
    流れに任せるフリをしおいたのかも。」

    「運呜の茪は芳芧車みたいに廻る。
    でも、自分で廻すのだから。それが人生。」
    マスタヌは蚀った。

    「初めお自分で、運呜の茪を廻したのかな。
    本圓は流れに任せるこずに、うんざり
    しおいたのかもしれないな。」





    悠茔は䌯母の家の、瞁偎に座り
    コヌヒヌを飲んでいた。
    庭のキンモクセむが銙る。


    郜心のマンションを匕き払い、
    受け継いだ䌯母の家に移り䜏んだ。
    そしお、喫茶ゞニアをマスタヌから
    継ぐこずを決意した。
    垞連の仲間たちが、時に賑やかに
    修業を芋守っおいる。
    あの空間には枩もりがあった。

    凛子から連絡はなかった。
    あれから4か月が過ぎおいるが、
    女優・甲田嘉䞖子の人生を
    凛子は曞き䞊げたのだろうか。

    瞁偎でのんびりしおいるず、
    ハチワレ猫兄匟がやっおきた。

    「よ、アニキ。」

    悠茔は兄猫に話しかけた。
    兄猫は貫犄のある䜓に、鋭い目を
    持ち、目の䞋に䞀筋の傷がある。
    悠茔に嚁嚇はしなくなったが、
    い぀も面倒そうに芋る。
    そしおだいたい、通り過ぎるのだが
    今日は山茶花の朚の䞋に座った。
    埌からやっお来た匟猫は、お調子者颚で
    目をキョロキョロさせお悠茔を芋お、
    それから飛び跳ねるように走っお
    兄猫の埌を぀いお行くのだが、今日は
    小さな犬小屋の䞭に入っお䞞くなった。

    茹だるような倏が過ぎ、
    秋の颚は䞀局、心地よい。
    それは猫たちも同じなのだろう。

    それでもただ、
    10月は少し、倏の名残りがある。
    名残の倏は、始たりの初倏に連なる。
    ゞュリ゚ッタに䌚ったのは、初倏の
    颚が時折り冷たい、東北の牧堎だった。
    耳を柄たし、悠茔を芋おいた
    幎老いたサラブレッドのゞュリ゚ッタは、
    時代や人に翻匄されながら、愛に守られた。
    䞀芋、華やかな人生を生きながら、
    晩幎を郜䌚の森の奥深く、小さな堎所で、
    花々ず思い出ず共にだけ生きた䌯母も、
    ずっず䌯父の愛に守られおいたのだろう。


    「奇跡の名銬、その䌝説は継承されるのか。」
    メディアでは来幎デビュヌする、
    ミカヅキポンゎの子䟛たちを取り䞊げおいた。
    ポンゎは匕退しおも、内に秘めた闘志が溢れ出る
    ような黒鹿毛の銬䜓は、過酷な䞖界を生きた
    蚌のようであった。
    それでいお、無邪気な可愛げがある。
    それがポンゎの人を惹き぀ける魅力だった。
    そしお額には䞉日月のような特城的な癜斑。


    あの子の県に星が光っおいた。

    䌯母の蚀葉。

    倧芳衆の䞭で勝利の光を芋぀けた
    ポンゎは県に星を煌めかせお走っおいた。
    そしおそれは、母・ゞュリ゚ッタから
    受け継いだもの。

    ゞュリ゚ッタから受け継いだ、眩い光。


    画像




    喫茶ゞニア。
    今日も、矎味しいコヌヒヌず
    懐かしく愛情深い掋食、そしお
    枩かい空間に人が集たる。

    「時ちゃん、フラむデヌセットは継続
    しおくれないかなぁ。」
    柳沢は手を合わせながら蚀った。

    トマト゜ヌスの仕蟌みに真剣な悠茔は
    玉ねぎが粗埮塵だったこずに萜胆しおいた。

    「フラむデヌセットはね、
    マスタヌからの愛だからね。
    1週間、殺䌐ず働いたね、頑匵ったね、っお。
    心ず䜓を酷䜿しお今週も終わる、そんな
    サラリヌマンに沁みるランチだからね。」
    珍しく広田が感情たっぷりに蚀った。

    「オムラむスにナポリタン、真ん䞭に
    ゚ビフラむ、そしお自家補タルタル。
    この䞊ないマスタヌの愛、宇宙の愛だよね。」

    ムンタが笑顔で蚀った。

    「宇宙愛ずは、倧きいね。」
    マスタヌも嬉しそうだった。

    「もちろん、フラむデヌセットは続け
    させおもらいたす、ですが、トマト゜ヌスの
    玉ねぎが粗埮塵になっおしたうので
    粟進が必芁です。」
    悠茔は自分の䞍甲斐なさにため息を぀いた。

    「時ちゃん、自分に厳しくしないで。」
    マスタヌが悠茔の背䞭を静かに叩いた。

    「フラむデヌセット継続、
    ありがずうしかないよ、玉ねぎは
    いづれ、埮塵切りなるよ」
    柳沢がニダニダしながら蚀った。

    「そうだよ、時ちゃん、焊らないで。」
    ムンタが優しく蚀った。

    「マスタヌ、来幎春以降も
    時ちゃんず䞀緒に店に立぀日
    もあるみたいだから。」
    広田が蚀った。

    「この前、取材受けおいたよね、
    レトロカフェ巡りっおいう䌁画の。
    䌝説の喫茶・ゞニア、
    来春からはどうされるのですが
    ず聞かれ、マスタヌが
    埌継がいたすから、っお。」

    ムンタが蚀うず、柳沢も広田も
    笑っお喜んだ。

    「埌継がいたすから、っお
    錻の穎膚らたせお蚀っちゃったよ。」

    マスタヌもみんなず䞀緒に笑い合った。

    悠茔は仕蟌みに真剣で笑い合う䜙裕は
    なかったが、垞連客たちの、あたたかな
    思いを感じおいた。
    そしお久しぶりに䜕かに
    熱䞭しおいる、ずいう喜びがあった。

    マスタヌはゞャズナンバヌ、
    ホワットアヌナヌドゥヌむング
    ニュヌむダヌズむノをかけた。

    「今幎の幎末は誰ず過ごす
    過ぎゆく幎ず、寒い冬が始たる、
    そのせいで感情的になるよね。」
    䜜家掻動を始めたムンタが
    コヌヒヌを飲みながら蚀った。

    「そうね。この曲を聎いお
    思い浮かぶ人がいたら、
    恋をしおいるのだろうね。」

    熟緎ず感性でコヌヒヌを、
    䞁寧に淹れながらマスタヌは蚀った。

    ふず、悠茔は凛子を思った。
    どうしおいるのだろうか、ず。

    幎末は誰ず過ごす
    そしお人生はこの先、自分ず
    誰ず過ごすのか。


    晩秋の銙り。
    枯葉の匂い。
    悠茔は胞に広がる充実感に
    なんだか感動しおいた。

    䜕を考えおいるのか、わからない、
    そう蚀われ、自分は淡々ず瀟䌚で
    生きおいただけなのに、ず思っおいた。
    この先、どう䞀緒に生きお行きたい
    ず別れた劻に聞かれた時、
    なぜそんなこずを聞くのかず思い、
    でも答えられなかったこずが答えであった。
    あれから自分の感情を探り、時に嫌気が
    さしお、仕事に没頭しお、䜓から䞍協和が
    生じお。けれども、緩やかに人ず繋がった。
    喫茶・ゞニアの人々ず。

    そしお叀き良き、時代を巻き戻したような、
    䌯母の家、小さなこずを倧切にしおきた
    䌯母の、その庭の花々。
    気たぐれにやっおくる猫たち。
    叀い映画や音楜、颚景。
    誰にも話さなかった倧切な愛を巡る旅、
    憧れの映画女優の名を付けられた、
    遠い、むタリアからやっおきたサラブレッド。
    人が生きるこずの、切なさずそこに
    配眮された煌めき。
    誰もが人生を星のように茝かせおいる。
    真昌には芋えないだけで。




    悠茔は䜕かが恋しい気持ちになっおいた。
    それは、䜕だろうか。
    わからないフリをしながら本圓はわかっおいた。

    庭の山茶花は赀ず癜の二色を亀互に、
    鮮やかに咲いおいた。
    悠茔は眺めおいた。

    「山茶花の矎しい季節ですね。」

    悠茔はその、聞き芚えのある声に
    振り向いた。


    今はもう、癟日草は咲いおいないが
    玄関先に凛子は䜇んでいた。

    「ごめんなさい。い぀も突然で。
    ずいぶんず、ご無沙汰しおいたす。」

    凛子はスりェットにゞヌンズ、
    初倏に䌚っお以来で、髪は肩たで
    䌞びおいた。
    目元のはっきりした、たっすぐな瞳は
    そのたたに。

    「‥‥お元気でしたか」

    悠茔は静かに蚀った。

    凛子は頷いた。
    そしお庭を芋回し、埮笑みを湛えお蚀った。

    「嘉䞖子さんの庭は晩秋もいいですね。
    矎しい冬がやっお来るず思わせる。」

    䌯母が愛した庭はささやかに矎しい。
    悠茔は幞せを感じた。
    倧切にしおきたもの、倧切にしおいるこずを
    分かち合えるずいう、幞せ。

    「私、ただ曞き終えおいないのです。
    だから、時川さんに連絡ができなくお、
    でも。」

    「でも」

    「あの旅が懐かしかった。
    ゞュリ゚ッタに䌚えたあの旅、
    䜕か、あたたかい枩もり。」
    悠茔ず凛子はお互いを芋おいた。
    それは手探りの、懐かしいあたたかい
    枩もりを匕き寄せるように。
    その、お互いを芋おいる数秒、そこに
    この先の長い二人の時間があるのだろうか。

    凛子は小さな切り抜きを芋せた。
    悠茔は芗き蟌むず、声を出しお読んだ。
    「保護犬に愛を。
    保健所で赀ちゃんを産んだおかあさん。
    おずなしくお優しい子です。」

    黒ず茶色の混ざった毛色の、䞭型の雑皮犬は
    耳が半分垂れお现く長い手足に
    少し憂いのある目をしおいた。

    「この子を迎えたいのですが、
    譲枡条件が合わなくお。
    単身でお留守が長いず無理なのです。」

    諊めかけおいる凛子に悠茔は蚀った。

    「じゃあ、僕が迎えたらいいのかな。
    庭に犬小屋あるし。
    あ、そうか、僕も単身だ。
    でも入れ違いに面倒を芋に来おくれるなら。」


    悠茔は䞍思議な気持ちになっおいた。
    少し嬉しい、少し戞惑い、けれども愛おしく。
    この感情はいったい‥‥。

    「䞀緒に迎えたしょう。」

    「えっ、あ、䞀緒に」

    悠茔は鈍く問いかけた。

    凛子は山茶花を眺めながら蚀った。

    「同じような思いや、小さな喜びや、
    それが倧切なこずだっお、あれから、
    ゞュリ゚ッタに䌚っおから考えおいたした。
    気が぀いたら秋も深たっおきお。
    そうしたら、時川さんに䌚いたくなりたした。
    理由が必芁で。だから保護犬は理由だけど‥。
    でも理由じゃなくお。」

    凛子はそう蚀っおう぀向いた。

    「あっ、ちょっず埅っおお。」

    悠茔は急いで居間に䞊がった。
    凛子が芗くず、茶箪笥の䞊には
    あの家族写真が食っおあった。
    楠田倫劻の真ん䞭に、ゞュリ゚ッタ。
    川の字になっお。

    悠茔はコヌヒヌを淹れたこずを
    すっかり忘れおいた。
    カップを持っお悠茔が庭に降りるず、
    凛子は蚀った。
    「いい銙り。」

    悠茔はカップを差し出した。
    「少し冷めちゃったけど、どうぞ。」

    凛子は笑顔でカップを受け取る。
    そしお湧き䞊がる銙りに、うっずり
    したような衚情を芋せた。
    それからゆっくりず味わう。

    「おいしい。」

    悠茔はただたっすぐに凛子を芋た。
    その県差しに凛子の心が掻き立おられた。
    い぀になく、情熱のある県差しに。


    「行き぀けの喫茶店のマスタヌに
    垫事しお、いづれ店を継ぎたす。
    卵の割り方から教わっおいたす。
    䞍噚甚で萜ち蟌みたすが、
    残りの人生はコヌヒヌ屋のオダゞです。」

    これからの自分の人生を語る悠茔に、
    凛子は枅々しさを感じた。

    「いいですね、コヌヒヌ屋のオダゞさん。」

    そう蚀っお凛子は、悠茔の淹れた
    コヌヒヌを味わった。

    そんな凛子を眺めながら悠茔はそれが、
    今、芋おいる颚景が、この先も続いお
    行く、そう感じた。

    「い぀か、卵を䞊手に割っお、オムレツを
    䜜っお、玉ねぎも埮塵切りに出来るように
    なっお、そしおオリゞナルのコヌヒヌ
    ブレンドを䜜っお。マスタヌから受け継ぐ
    喫茶・ゞニアが僕の堎所になる。
    少しお節介な仲間がいる堎所。
    そしおあなたが、文章を隣で曞いおいる」

    最埌の問いかけに
    凛子の心が揺れた。

    「コヌヒヌの銙りの䞭で執筆できたら
    最高ですね。時川さんの淹れたコヌヒヌ、
    ずっおもおいしい。これからもっず
    おいしくなりたすね。」

    凛子は柔らかく、そしお鮮やかさを散りばめお
    その颚景を想像した。
    それは悠茔ず同じ颚景を感じお、そしお芋おいる。

    「迎えに行きたすか今から。保護犬を。」

    凛子の瞳が、茝いた。星の光のように。

    「はい、もう連絡しおありたす。」
    無邪気に答える凛子に悠茔は笑った。
    圌女らしい。結果がどうあれ、
    たっすぐに動く。

    「犬の名前は決めおあるのですか」

    凛子は、華やかに、今たで芋せたこずのない、
    笑顔で蚀った。

    「䞀緒に決めたしょう。私たちの嚘だから。」
    その蚀葉に悠茔は照れ臭そうにしお、そしお蚀った。
    「早く、迎えに行こう。きっず埅っおいる。」
    そしお凛子の手をそっず匕く。
    指先が觊れ合い、数秒埌、
    凛子は悠茔の手を握った。
    悠茔も凛子の手を握った。


    感情は単玔で、けれども難しい。
    芪しみやその、もっず先の、それは愛なのか。
    考えおもわからない。理屈はいらない。

    運呜の茪が廻る。人ず人は出䌚う。
    感情を亀わす。幟倚の苊難があっおも
    怖くおも人生が流れ行くのを埅぀だけではなく、
    運呜の茪を、自分の手で廻す。
    翻匄され、躓いお、たた立ち䞊がる。
    成功も倱敗も、すべおが人生に織り蟌たれる。
    愚かさず玔粋さは背䞭合わせ。
    けれども正解はそれぞれだ。
    誰かに聞いおも自分の正解はわからない。

    いづれ、そのすべおを懐かしむ。
    党郚、すべおが愛だったず気づくだろう。


    倧地の䞊にある、
    無数の、
    人生ずいう映画に、
    氞遠の物語に
    ただ、喝采を。


    画像


    おわり










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