
他人の残した本を読む
二拠点先の片付けをしていた時のことだ。
売主さんが残していった残置物の中に、料理や茶花の本が何冊かあった。
その中に一冊だけ、少し毛色の違う本が混じっていた。
コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ傑作選』である。
初版は1992年。この本が印刷されたのは2001年らしい。
もちろんホームズそのものはもっと昔の作品だが、この単行本だけでも四半世紀近く前の本になる。
誰が読んでいたのだろう。
そんなことを考えながら、私はその本を持ち帰った。
最近、本を読む時間がめっきり減った。
子どもの頃は図書館や図書室に入り浸っていたし、『赤毛のアン』に夢中になって夜更かししたこともある。
社会人になってからもエッセイや実用書はよく読んだ。
ところがここ数年は、YouTubeやSNSに押されて本を開く機会がずいぶん少なくなった。
だから久しぶりの紙で読む小説である。
最初の物語は「ボヘミア王家のスキャンダル」。
もしかすると昔読んだことがあるのかもしれない。
だが思い出せない。
私は昔から記憶力がそれほど良くない。
若い頃は少々不便だと思っていたが、この年になると悪いことばかりでもない。同じ本を何度でも新鮮に読める。
非常に経済的だ(笑)。
早朝、窓を開ける。
風鈴が鳴る。
インスタントコーヒーを片手に古い単行本を読む。
しかも自分で買った本ではなく、誰かが残していった本だ。
考えてみると少し不思議な時間である。
その人がこの本を読んだのはいつだったのか。
ホームズは好きだったのか。
それとも買っただけで読まなかったのか。
今となっては分からない。
分からないまま、私はその続きを読んでいる。
本には前の持ち主の姿は残らないが、こうして誰かの本棚の続きを読んでいるような気分になることがある。
FIREだ二拠点生活だとあれこれやっているけれど、最近いちばん贅沢だと思ったのは、風鈴の音を聞きながら古いホームズを読む朝だ。