
294ble 菓寮 東照 福分ひょうたんサブレー(神奈川県)
瓢箪から駒という言葉がある。
駒とは馬のことで、ありえない所からありえない物が出てくることの喩えだが、そんな言葉が生まれるほど、人は瓢箪というものにどこか神秘性を感じていたのだろう。
中身をくりぬいて乾燥させた瓢箪の容器を上から覗くと、真ん中のくびれのおかげで下半分を含めた全体を見ることはできない。
その瓢箪の中の見えない世界が想像力を掻き立てるのかもしれない。もしかしたらそこに別の世界が存在しているような。
そんなことを思いながらこのサブレを眺めているうちに、「西遊記」の金角大王・銀角大王が持っていた魔法の瓢箪を思い出した。
名前を呼ばれて返事をすると、瓢箪の中に吸い込まれてしまうというものだったと思う。
このエピソードが示す教訓はなんだったのだろう。
知らない人に安易に自分の名前をばらすと危ない、ということか。
それは現代社会においては、全体像の見えないインターネットの世界に個人情報を放り込むと、やがて身を滅ぼしかねないという示唆にもつながる気がした。
子ども向けのサイバーセキュリティ教育には、この西遊記のエピソードが使えそうだな。
いや、逆に抽象的すぎてよくわからないか。
なんでも喩えればよいというわけではない。
そういえば「瓢箪から駒」も、改めて考えれば何を言っているのかよくわからない。





