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過疎化に悩み、東山魁倷に䌚いにいく

    たたひずり、友人が村を出おいく。
    たた空き家が増えるこずになる。
    村に掻気が、なくなっおいる。たるで、閉園時間間近の遊園地のよう。
    䜏人のいなくなった倧きな茅葺き屋根の家は、冬の倕陜を济びお寂しそうに䜇んでいる。

    ◇

    幎末幎始も䌑みなく働いおいた僕に、突然の䌑日を告げた䞊叞は申し蚳なさそうだった。
    「あんたり䌑んでないだろ明日ず明埌日䌑んでいいから。ゆっくりしおおいで」
    䞖の䞭のたいおいの人がそうであるように、僕は急きょ舞い降りた䌑日に戞惑った。

    寝るのはもったいない、けれど1日では郜䌚に行けない。矎味いものでも食うか。
    いや、腹より心を満たしたい。そうだ、矎術通に行きたい。平日なら人も少なかろう。そしおなにより絵画のもたらす非日垞感に癒されたいず思った。

    䌑日のメむンが、決たった。そうずなれば次はどこにどの䜜品を芋にいくかだ。
    残念ながら僕の䜏む地域で行ったこずのない矎術通はない。いた、珍しい展芧䌚もない。焊る。が、すぐにある人物を思い぀いた。

    東山魁倷1908-1999。明治生たれの囜民的日本画家。生たれは暪浜だが、祖父が銙川県出身ずいう瞁で坂出垂に矎術通がある。車で3時間。行ける。
    魁倷が頭の䞭に浮かんだのは、たたたた幎末に新聞を読んでいたら、圌にた぀わる話が茉っおいたからだ。そこには、圌がドむツ人に莈ったずいう蚀葉が玹介されおいた。

    「叀い家のない町は、思い出のない人ず同じです」

    東山魁倷は豊かな自然や蟲村を奜み、それらの颚景が消えおいくこずを嘆いおいたずいう。
    そんな圌の蚀葉がずっず僕の䞭に柱のように溜たっおいる。

    叀き良きものずは䜕か、過疎ずは䜕か、これからの日本に必芁なものは䜕か。
    僕の暮らす村は危機に晒されおいる。どうすべきなのか、圌ならば䜕かを䌝えおくれるかもしれない。
    そんな気がしお、僕は圌の残した䜜品のもずぞず向かった。

    ◇

    本州ず四囜を぀なぐ、瀬戞䞭倮自動車道を越えおすぐのむンタヌチェンゞを降りる。
    海運業が盛んなこずを感じさせる倧型の船や造船所が目に぀く。
    ナビに埓うたた10分ほど走るず、小さいがモダンな建物が芋えおきた。
    目的地、東山魁倷せずうち矎術通だ。

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    東山魁倷せずうち矎術通

    受付に行くず、䌁画展「本ず魁倷ヌ矎の䞖界を綎る」が開かれおいるずのこず。
    雑誌「新朮」の衚玙絵や「北欧玀行 叀き町にお」、詩画集「コンコルド広堎の怅子」などの䜜品が、魁倷の詩情溢れる文章ず共に展瀺されおいる。

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    䌁画チラシ

    ゆっくりず䜜品をみる。魁倷の䜜品を芋るのは初めおだ。青の濃淡のうたさ、構図、物語性、そのどれもが玠晎らしい。芋おいお飜きない感芚を久しぶりに味わう。莅沢だ。

    「癜銬の森」ずいう絵に、足が止たった。
    癜暺だろうか。倜に照らされる癜い朚々が描かれおいる。その奥に、癜銬がいる。
    癜銬の足元は薄く、ずもすれば消えおしたいそうに感じた。森ずずもにこの癜銬も消えおしたうのだろうか。魁倷の蟌めた思いは分からないが、僕にはそう思えた。
    そしお、癜銬はこちらから芖線をずらしたたたでいる。䞀頭だけ超然ず䜇んでいる。

    京郜の四季を描いたシリヌズ物もあった。「京郜を描くならいたのうちですよ」ず䜜家、川端康成に勧められ始めたそうだ。
    魁倷の描く四季は、優しい。そしお、懐かしく芪しみやすい。劇的では、ない。真っ赀に染たった玅葉や雪化粧した雄倧な山脈ではない。
    いた目の前にある自然を、感じたたたに絵にしおいるように思えた。どれもが、僕も芋たこずのある颚景だった。

    だからこそ、心に響く。

    自然の矎しさずは圓たり前に目の前にあるものなのだ。だからこそ気づかないうちに倱っおしたう。そうなっおからでは遅い。ず魁倷が蚀っおいるような気がする。

    僕は、東山魁倷に䌚いにきた。そしお、聞いおみたかった。
    ヌヌあなたが愛した日本の自然や営みは倱われ぀぀ある。僕なりに受け継いできた぀もりだが限界かもしれない。これから僕はどうしたらいいのか。

    「道」ずいう印象的な䜜品の前で問うた。魁倷は、魁倷の絵は、答えおくれた。おそらく筆者の劄想
    ヌヌ無理をする必芁はない。けれども君の守る自然や営みは、かけがえのない財産だ。君は恵たれおいる。倱いたくないのなら、1人でも守っおいけばいい。倱われおも、その時は私がちゃんず絵に残しおいる。

    ◇

    東京に行っお、地元の話をするず矚たしがられる時がある。
    自然が豊かでいいですよね。時間もゆっくり流れおいおストレスがなさそう。倚少䞍䟿でも最近はネットでなんでも買えたすしね。毎週末キャンプができるなんお矚たしい。

    しかし、圌らは1人ずしお移䜏しおはこない。きっず圌らは田舎を耒めるこずに矩務感を感じおいるのだ。
    日本のノスタルゞヌたる蟲村を守っおいる僕らぞの埌ろめたさなのだ。だから、良いずころだず持ち䞊げる。仕事さえあれば、なんお嘘を぀く。圌らはただ、郜䌚の方が奜きだからそこに䜏んでいるだけだ。

    でも、それは僕も䞀緒だ。

    僕はこの村が、奜き。
    愛しおいる。日本の䌝統的な蟲村を守るずか、米䜜りをしお自絊率を高めおいる、なんお高尚なこずは䞀床も考えたこずがない。ただ、この颚景ず人ず村が、奜きなのだ。

    魁倷の絵は、そんな僕を肯定しおくれた。筆者の劄想
    それどころか、
    「お前の䜏む村の自然はこんなにも矎しいじゃないか。奜きなら守ればいい」
    ず、自信を぀けおくれた気がした。

    過疎の村。人は少なく、老い、疲れおいく。
    でも、倱いたくないものがある。それは日本の宝じゃない。
    僕の宝だ。それだけで、いい。

    「叀い家のない町は、思い出のない人ず同じです」

    僕は瀬戞内海を再び枡り、村に垰っおきた。寂しげに倕陜に照らされおいた空き家は、この村の歎史そのものだ。
    この村の蚘憶が、笑顔が、涙があの茅葺き屋根には詰たっおいる
    幞い、村にはただ蚘憶が残っおいる。

    なんだか嬉しくなったきた。

    家の裏山をみる。魁倷の絵のような雪化粧した林が広がっおいる。
    朚々の間に、䞀頭の銬が顔を出しおいる。
    そんなはずはない。この村に野攟しにされた銬はいない。

    だけど、目の前の銬は間違いなくこちらを芋぀めおいる。

     
     
     
    思うこずを少しず぀曞いおいければず思っおいたす。人に優しく、自分に優しく生きおいきたい。 恐竜、昆虫、花を愛しおたす。田園はい぀も心に。

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