
おはなし(短編):難病のアマス
難病のアマス
あるところに、とかげの小学生がいました。名前は「アマス」といいます。
アマスは、ある難病にかかっていました。しっぽが数日でとれる病気です。
ふつう、とかげは、何もしなければ、一生しっぽはとれません。たまにしっぽがとれてしまうときがありますが、それは、ドアにしっぽがはさまってピンチのときや、誰かにしっぽを強くひっぱられてしまってピンチのとき、しっぽをおとりにして逃げるときなど、とにかくピンチのときだけです。
しかし、アマスのしっぽは、何もしなくても三日程度で自然にとれてしまいます。しっぽがとれた後は、すぐに新しいしっぽが生えてきます。十日もあれば元の長さまで生え替わります。しっぽが生え変わることは、特に特殊なことではありません。アマスの病気で特殊なのは、しっぽが元の状態に完全に戻ったところから三日程度で、また自然にとれてしまうことです。
しっぽがとれてしまうと、アマスはとてもおなかがすきます。しっぽがとれた後、完全に元の状態に戻るまで、アマスはふつうの三十倍くらいごはんを食べます。お医者さんによると、それは、新しいしっぽをはやくつくるために、体が栄養を求めているからだそうです。そのときにあまり食べないようにしてしまうと、他の病気になってしまうそうなので、アマスは、おなかがすいたときは満腹まで食べるようにしています。
しっぽがすぐにとれてしまうこと自体は、慣れてしまえばそんなに問題ではありません。しっぽがとれるとバランス感覚がおかしくなるというとかげもいます。しかし、アマスの場合は、しっぽの長さや重さは毎日どんどん変わるので、自然にバランスをとることをしっぽに頼らなくなりました。しっぽがとれるタイミングは突然なので、それには毎回ちょっとびっくりしますが、それよりも問題なのは、とれたしっぽの処理です。とかげのしっぽは、取れた後もしばらくうねうね動きます。ぼとっと落ちてうねうね動き続ける長いしっぽを道ばたに放置しておくわけにもいきません。アマスは、とれたしっぽを入れるための袋をいつも持っておくようにしています。
しっぽがとれた後の食欲も問題です。ふつうの三十倍ごはんを食べるということは、とかげ三十匹分のごはんを食べるということです。しっぽが完全体になると食欲は落ちるので、その時期は一匹分のごはんですむのですが、完全体になってから三日程度たつとしっぽはとれてしまうので、そうなると、また食欲は三十倍になります。
とかげ三十匹分のごはんを食べさせるために、アマスの家はお父さんもお母さんも、たくさん働かなければなりません。アマスはそれを申し訳ないなと思っていました。でもおなかはすくし、食べないと病気になるので、ふくざつな気持ちですが、いつもごはんをもりもり食べています。せめてはやく食べようと努力しているところです。すききらいせず食べるようにもしています。
・・・
ある日のことです。とかげ三十匹のごはんをたいらげてから、ごはんの片付けをしているとき、アマスは思いました。「とれたしっぽは、家のゴミ箱に入れるようにしているけれど、そうするとどんどんゴミが増えてしまうなあ」
ゴミを増やすのは良くないから、これからしばらく、とれたしっぽは自分の部屋に保管していくことにしようと思いました。ちょくちょくゴミ箱に入れるよりも、まとめて捨てた方がまだマシかもしれない。いや、でも、たくさんのしっぽがゴミ袋にぎゅうぎゅうずめになっていたら、みんなびっくりするだろうか?大量殺とかげ事件とかんちがいされるかもしれない。どうやって捨てるのが効率的で安全だろう。
そう悩みつつ、とれたしっぽを自分の部屋に保管し続けていたら、アマスはいつのまにか中学生になっていました。
古いしっぽはどんどんひからびていって、皮がはげていきます。その皮は半透明で、しわしわで、やわらかく、のびの良いものでした。アマスは、この皮で何か作れないだろうか?と思うようになりました。
そしてある日、家でテレビを見ていたとき、アマスはぐうぜんテレビで「皮職とかげ特集」を見ました。皮職とかげ(人ではないので、革職人ではなく、皮職とかげ)は、皮でいろんなものを作っていました。
「かばんとかは無理でも、財布とか、小さいものなら、しっぽの皮でもつくれるかもしれない」
それから、アマスは、古いしっぽから皮をはいで、チクチクぬいあわせました。いちばんさいしょの作品は、たくさん隙間や穴があって、財布にすると小銭が落ちるような粗の多い作品でしたが、たくさん練習をして、アマスはどんどん腕前をあげていきました。
しかし、腕前をあげても、アマスの作った財布はなかなか売り物にはなりませんでした。財布としてはじゅうぶん使えるのですが、とかげの皮で作った財布をとかげが使うというのは流行らなかったのです。
財布じゃなめなのかな?他のものを作ろうかな?
・・・
高校生になったアマスは、そろそろべつのものを作ろうかなと考えていました。そのくらいのときでした。アマスの住んでいる地域が、大きな地震に見舞われたのです。
地震は、アマスが経験したことのないくらい大きなものでした。家の棚のなかみはあふれ、お皿はたくさんわれ、ガスや水道、電気は止まりました。家の外は別世界のようで、道はボコボコに隆起し、電柱は倒れて道をふさいでいました。さいわい、アマスとお父さん、お母さんは地震のとき一緒にいて無事でした。
家での生活が成立しなさそうなので、アマスとお父さんお母さんは、避難所に行くことにしました。避難所は家のわりと近くだったのですぐに着きましたが、たくさんのとかげがあふれかえり、外にテントをはっているトカゲたちもいました。避難所の中はぎゅうぎゅうなので、アマスたちも、家に帰ってテントを取ってきました。
避難所の外にテントをはると、アマスの家のテントはちょっと穴があいていました。
「これでは外からテントの中が見えてしまうし、中に風が入ってしまう」
何かでふさぐことはできないか?うーん、と考えた後、アマスは自分が皮職とかげセットを持っていることを思い出しました。針と糸、皮があります。アマスはここのところ、時間をみつけては新しい皮製品を考えていたので、いつもそれらの材料と道具を持っていたのです。
「この皮で穴をふさいであげるよ」
アマスは慣れた手つきでテントの穴を閉じて、必要なときは皮をめくって風を通せるようにしました。
「アマス、いつのまにこんなことができるようになっていたの?その皮はなに?」
お父さんもお母さんもびっくりしていました。
「皮はもう少しあるんだ。他に必要としているとかげがいないか、みてまわってくる!」
アマスは避難所をうろうろして、いろんな穴や隙間を皮でふさいであげました。皮がなくなっても、針と糸でできることはしてあげました。他にも、荷物を運ぶのを手伝ったり、道案内をしたり、炊き出しの作業を手伝ったり、途中からは、皮と関係ないことをしていました。
「あ…そういえば…」
炊き出しの作業を手伝いながら、アマスは思い出しました。自分は、しっぽがとれてしまうと、ふつうの三十倍の食欲がわいてくる。アマスのしっぽは、ちょうど昨日くらいに完全体になったところでした。あと三日すれば、しっぽは取れて、食欲が出てくるはずです。
「どうしよう。避難所で、ごはんを三十倍もくださいなんて言えない」
今は役に立てていても、ごはんをそんなに求める自分は、そのうち邪魔者扱いされるかもしれない。アマスは落ち込んで、とぼとぼと自分たちのテントに戻りました。
お父さんとお母さんは、アマスのかかりつけ医と連絡をとっているところでした。大きな地震に病院は耐えたようです。ただ、今は地震で被害に遭ったケガとかげがたくさん病院に運ばれ、慌ただしい様子でした。
かかりつけ医は、しっぽが取れる頃、あと三日したらアマスは病院に来るようにと言いました。病院なら、とのとかげと理由を説明すれば、ごはんをたくさんもらえるかもしれない。病院で安静にしていれば、あまりおなかがすかなくてすむかもしれない。
「世の中が元に戻ったら、すぐに病院へむかえに行くよ。すぐにまた元の生活に戻るさ」
お父さんは、アマスが落ち込んでいる様子に気付いて、はげますように言いました。
お母さんは職場と連絡をとっているようです。元の生活に戻ったら、また元のようにたくさん働かなくてはならない。お母さんはもう、先のことを考えているようです。お父さんもお母さんも、アマスに食べさせるためにたくさん働かなくてはならないのです。
三日後、アマスはしっぽがとれて、病院へ行きました。病院に着いた頃には、とてもおなかが空いていました。
・・・
三十年後
「それで、おじいちゃんは、病院でご飯いっぱい食べれたの?」
「それが、そうもいかなくてのう…」
アマスは目を細めました。目尻からはシワが走り、手もシワシワ、体中シワシワのとかげおじいさんです。アマスは、シワシワの手で裁縫をしていました。
孫とかげの、好奇心に満ちたキラキラした目をまぶしそうにみつめながら、アマスは続けました。
「病院に行ったからといって、三十倍のご飯は食べられなかったんじゃ。地震のことで、病院側も大変でのう。でも、担当医の先生のおかげで、十倍くらいは食べられたかのう」
ごはんが足りず、それでアマスは免疫が落ちて他の病気にかかってしまい、それが治るまで半年ほど入院していました。
父と母は、地震の後の様子が対極的で、母は仕事に前よりものめり込んでいくようでした。アマスのごはん代なんて一人で稼いでしまうくらい働きました。母があんなに働いていたのは、ごはん代を稼ぐためだけではなかったのかもしれないと、今は思います。
父は、地震の後、家の補修のことや、アマスの入院の世話があるからと仕事を休み、その流れで、勤務日の少ない仕事に転職しました。そのときにはもう、母がかなり仕事をしていたので、父はほとんど主夫のようになっていました。父が家にいることが増えたことで、アマスは父とたくさん話したし、遊びました。アマスはあの後、ときどき入院することもありましたが、長く入院したのは地震のときだけでした。
「おじいちゃんのしっぽはまだよくとれるの?」
「最近は、完全体になってから七日くらいでとれるかのう。どうも、代謝が落ちると、しっぽが取れるペースは落ちるらしい。おまえはしっぽがとれたことはあるか?」
「ない!とれたらいたい?」
「いたくはないが、変なかんじはするかのう。ほら、できたよ」
アマスは、さっきから動かしていた手を止めて、糸を切りました。孫のぬいぐるみを直してやっていたのです。
「ねえ、おじいちゃん。おねがいがあるんだけど」
孫は小さな声で言いました。
「このトカゲのぬいぐるみさあ、しっぽが取り外しできるように改造できない?」
孫のらんらんとした目を見て、アマスは吹き出しました。
「それはええが、そのためには、ぬいぐるみとかげくんに長期入院してもらう必要がある。入院の準備ができたら持っておいで。とりあえず、なおったことをお父さんお母さんに報告してきらどうじゃ?」
「そうする!」
孫は走り去って行きました。
アマスは慣れた手つきで針と糸をしまいます。皮製品づくりはまだ続いていました。高校生のときは独学でしたが、その後学校へ行き、アマスは本当の皮職とかげになりました。自分のしっぽの皮で財布を作るのは、今となってはライフワークです。しっぽの皮財布はまだ売れないままです。
ぼと、とアマスのしっぽが取れて落ちました。床でうねうね動いています。
ため息をついて、アマスはしっぽを拾い上げると、ぽい、と、自室の古いしっぽ入れに放り投げました。しっぽはまだうねうねしています。
それを見ながら、急におなかがすいてきたのを感じて、アマスは席を立ちました。
「ばあさーん、何かおやつをくれるかい?」
しっぽのない、身軽になったアマスは、ゆっくりと部屋をあとにしました。

おしまい