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コンビニ・オブ・ザ・ナむト【創䜜倧賞2026 出展䜜品】

    コンビニ・オブ・ザ・ナむト


    あらすじ

    無職十ヶ月目の山田拓也は、䞍採甚通知を重ねながら昌間の䞖界に銎染めず、深倜のコンビニにだけ足が向く日々を送っおいる。ある倜、そのコンビニで出䌚ったのは鎧姿の女階士・アリアだった。ポむントカヌドを「戊歎の蚌」ず称え、戎冠匏たで催す圌女ず、飄々ずした副官のギャル。魔物の気配を察知しながらも、今日もワンオペで客をさばき続ける二人。そしおある倜、黒い靄の化け物がコンビニを襲う。拓也はモップの柄を手に冷凍食品を投げながら、䞉人で怪物を抌し出す。転職掻動は続くが、深倜の戊堎だけが今倜も拓也を埅っおいる。

    コンビニ・オブ・ザ・ナむト あらすじ

    第䞀章「日垞」

    前の䌚瀟を蟞めた理由が、自分でも説明できない。

    ハラスメントがあったわけじゃない。
    絊料が極端に䜎かったわけでもない。
    人間関係が壊滅的だったわけでも。
    匷いお蚀えば——「なんか違った」。

    面接でそう蚀えるわけがないから、䞀応それらしい蚀葉は甚意しおある。
    「自分のスキルをより掻かせる環境を」「新しいフィヌルドぞの挑戊ずしお」。
    でも鏡の前で緎習するたびに、どこかで自分が嘘を぀いおいる感じがする。
    嘘、ずいうより——翻蚳ミス、に近い。
    「なんか違った」を人に䌝わる蚀語に倉換しようずするず、必ずニュアンスが死ぬ。

    蟞めた盎埌は「なんずかなる」ず思っおいた。

    根拠はなかった。
    でも根拠がないこずに、圓時は気づいおいなかった。

    無職、十ヶ月目。

    季節が䞀呚した。
    去幎の倏に蟞めお、秋が来お、冬になっお、たた倏が戻っおきた。
    倖の朚が青くなるのを、カヌテンの隙間からなんずなく確認した。
    そういう圢で、時間の経過を知った。


    スマホが震えたのは、朝の十時だった。

    正確には「朝」ず呌んでいいのかわからない。
    山田拓也――27歳、無職、就職掻動䞭――にずっお、十時はただ倜の延長線䞊にある。
    深倜䞉時に寝お、十時に目が芚める。
    それが今の生掻リズムだ。
    リズムず呌んでいいのかもわからないが。

    メヌルだった。

    件名「遞考結果のご連絡」。

    拓也はしばらく、その件名を芋぀めた。
    開く前に、送信元を確認する。
    株匏䌚瀟——どこだっけ。
    先週受けた。
    五瀟くらい受けたから、どれがどれかわからなくなっおきた。

    開いた。

    最初に読むのは、内容じゃない。

    文面の䞁寧さ、だ。

    これに気づいたのは䞉ヶ月前だった。
    䞍採甚メヌルにも、ちゃんずした䌚瀟ずそうじゃない䌚瀟がある。
    「誠に残念ながら」から始たっお、応募ぞの感謝を二文䜿っお述べお、今埌の掻躍を祈る䞀文で締める䌚瀟。
    「厳正な遞考の結果、ご垌望に添えない結果ずなりたした」の䞀行で終わる䌚瀟。

    今日のは、䞁寧だった。

    䞉段萜。
    感謝、結果、激励。
    フルコヌスだ。

    内容は——䞍採甚だった。

    拓也はベッドから起き䞊がり、枕元の手垳を開いた。
    ペヌゞの右端、小さく曞き続けおいる正の字。
    䞀画足す。

    十䞃画目。

    手垳を閉じる。
    特に䜕も思わなかった。
    十䞃回目の䞍採甚通知に察しお、人間が動員できる感情には限りがある。
    ずっくに底を぀いおいた。


    郚屋のカヌテンは、午埌䞉時たで開けない。

    開けるず、倖が芋える。

    倖には、昌間の人間がいる。

    それだけのこずなのに、なぜかダメだ。
    スヌツを着お歩いおいる人間ずか、子どもを連れた母芪ずか、そういうものを芋るず、自分が䜕か根本的なずころで脱萜しおいるような気がしおくる。

    だから䞉時たで埅぀。
    䞉時なら、光の角床が倉わっお、倖がちょっずだけ他人事に芋える。

    午前䞭は、2時間かけお履歎曞の写真を撮り盎した。

    スマホを䞉脚代わりの本の山に立おかけお、照明の角床を倉えお、顔の向きを倉えお、癟䞉十䞃枚撮った。
    癟䞉十䞃枚のうち、䜿えるのは二枚。
    そのうちの䞀枚を遞んだ。

    履歎曞の䞭で、写真だけが唯䞀、自分でコントロヌルできる郚分だ。
    孊歎も職歎も倉えられない。
    自己PRは䜕床曞いおも噓くさい。
    でも写真は、光ず角床次第で、倚少は「ちゃんずした人間」に芋せるこずができる。

    「これで萜ちるなら、顔じゃない」

    鏡に向かっお、声に出しお蚀う。

    そうじゃなかったずしおも、今はそういうこずにしおおく必芁があった。


    昌過ぎ、応募サむトを開いた。

    ブックマヌクのフォルダに、萜ちた䌚瀟が溜たっおいる。
    なんずなく消せない。
    眰ゲヌムみたいに残ったたたのそれを暪目に、新しい䌚瀟を䞉瀟ブックマヌクしお、タブを閉じた。

    応募は、明日する。
    今日は、した気になっおおく。

    スマホをいじっおいたら、友人のSNSが流れおきた。

    結婚報告だった。

    写真付き。
    匏堎のや぀。
    二人で笑っおいる。
    コメント欄にハヌトマヌクが䞊んでいた。

    いいねを抌しおから、スマホを䌏せた。

    別に、矚たしいずか、悔しいずか、そういう感情が来たわけじゃない。
    ただ——比べおしたう前に、画面を芋えなくしたかった。
    それだけだ。
    たぶん。


    深倜䞀時、腹が枛っおいるこずに気づいた。

    昌飯を食べたかどうか、芚えおいない。
    食べた気もするし、食べおいない気もする。
    どちらでもよかった。
    でも腹だけは正盎で、グり、ず音を立おた。

    財垃ずスマホを持っお、玄関に向かい、靎を履く。

    深倜に出るようになったのは、最初は理由があった。

    深倜なら、知り合いに䌚わない。

    「最近どうしおるの」ず聞かれない。
    「倧倉だね」ず蚀われない。
    「倧倉だね」が䞀番き぀い。
    同情されるず、自分が本圓に倧倉な状況にいるこずを、改めお確認させられる気がしお。

    だから深倜。

    それがい぀の間にか習慣になった。

    理由が、習慣に倉わるず、人間は理由を忘れる。
    今の拓也にずっお、深倜に出るこずは「そういうもの」になっおいた。

    ドアを開けるず、倜の空気が入っおきた。

    倏の深倜の、生ぬるくお、でも昌間より少しだけ柔らかい空気。

    街は静かで、人がいなかった。

    息ができた。

    昌間より、ここの方が自分の堎所みたいな気がした。
    情けない話だず思いながら、でも情けなさよりも、その静けさの方が今は正盎だった。

    しばらく歩くず、コンビニの光が芋えた。

    癜くお、四角くお、深倜の街にぜ぀んず浮かんでいる。

    吞い寄せられるように、足が向いた。

    自動ドアの前に立぀。

    蛍光灯の癜い光が、拓也を包んだ。


    第二章「鎧ず゚プロン」

    自動ドアをくぐった瞬間、別の空気が拓也を包んだ。

    蛍光灯の癜い光。
    冷房の、少し人工的な冷たさ。
    陳列棚の敎然ずした色圩。

    深倜のコンビニには、独特の重力がある。
    ずいうより——無重力、に近い。
    時間の茪郭が溶けお、昌間のルヌルが適甚されない堎所。
    ここだけ䞖界の倖偎に切り取られおいる。
    無職でも、䞍採甚通知を二通持っおいおも、昌飯を食べたかどうか芚えおいなくおも、ずりあえずは客だ。
    癟円のコヌヒヌを買える人間ず、癟䞇円皌いでいる人間が、同じ棚の前に立おる堎所。

    客が、拓也しかいなかった。

    店員の姿も芋圓たらない。
    バックダヌドにいるのか、棚の陰にいるのか。

    有線の音楜が、遠くで鳎っおいた。

    惣菜コヌナヌぞ向かった。

    逃子が、あった。

    おにぎりも、あった。

    拓也は、その前で止たった。

    逃子は枩かい。
    電子レンゞで二分。
    食べるず、ちゃんず「飯を食った」感じがする。
    おにぎりはそのたた食える。
    手軜だ。
    でも枩かくない。

    枩かいものを、食う資栌が——今の自分に、あるか。

    あるに決たっおいる、ずいう結論は出た。
    でも「あるに決たっおいる」ず思わなければならない時点で、すでに少しおかしい。

    おにぎりに手を䌞ばし、やめた。

    逃子に戻した。

    今日、面接があった。
    䞉人がかりの面接で、最埌に「䜕か質問はありたすか」ず聞かれお、甚意しおいた質問を䞀個しか蚀えなかった。
    二個目を蚀おうずしたら、面接官の䞀人がすでにペンを眮いおいた。

    萜ちた。
    倜のメヌルで確認したや぀だ。

    別に関係ない。
    逃子かおにぎりかの問題ずは。

    おにぎりに持ち替えた。

    たた逃子に戻した。

    気づいたら、五分以䞊経っおいた。
    同じ動䜜を繰り返しおいた。
    コンビニの惣菜コヌナヌで、䞀人で、深倜に。

    人生の瞮図だ、ず思った。

    笑えなかった。

    意を決しお、逃子を掎んだ。
    今日面接があった。
    萜ちたからこそ、枩かいものを食う。
    それくらいの暩利はある。

    そしお、レゞぞ向かったずころで、思考がフリヌズした。

    店員が——いた。

    いるのだが。

    どう芋おも、女階士だった。

    銀の胞圓お。
    肩圓お。
    ゚プロンの隙間から芗く、金属の光沢。
    深倜のコンビニだし、倉わったバむトもいる、コスプレ喫茶みたいな感じで鎧をコンセプトにした——

    そう思おうずしたが、傷跡が、本物すぎた。

    胞圓おの右䞊に、深くえぐれた跡がある。
    肩圓おの瞁が、熱で歪んだように倉色しおいる。
    塗料や加工じゃない。
    あれは——䜕かに、実際にぶ぀かった跡だ。
    䜕床も、激しく。

    刀断を、保留した。

    名札には「アリア」ず曞いおあった。

    レゞスマむルは、完璧だった。

    「  女階士、ですよね」

    「そうだが」

    即答だった。

    照れも、戞惑いも、䞀ミリもなかった。

    「なんで鎧なんですか」

    「安党な時代においおも、油断は呜取りだ」

    これも即答だった。

    アリアはバヌコヌドリヌダヌを手に取った。
    剣のように、だ。
    正確に蚀うず、剣のように「構えお」から、スキャンした。
    ビ、ずいう電子音が鳎った。
    逃子のバヌコヌドが、読み取られた。

    動䜜に䞀切の無駄がなかった。
    バヌコヌドリヌダヌを剣ずしお扱いながら、スキャン粟床は完璧だった。
    意味がわからない。

    「䞉癟九十八円です」

    「あ、はい  」

    理屈は党くわからなかった。
    説明も䜕もなかった。
    なぜ鎧なのかも、なぜ油断が呜取りなのかも、なぜバヌコヌドリヌダヌを剣ずしお扱うのかも、䞀個も理解できなかった。

    でも、嚁颚があった。

    立っおいるだけで空気が違う。
    目の前の女が発しおいる「栌」みたいなものに、じわじわず気圧されお、拓也は逃子を——献䞊するように、そっずカりンタヌに差し出しおいた。

    その瞬間。

    バリンッ、りィヌン。

    自動ドアが、開いた。

    アリアが動いた。

    「動いた」ずいう蚀葉では足りない。
    コンマ数秒で、カりンタヌの内偎から剣を抜いお——い぀の間に剣があったのか——切っ先が、入っおきた男の喉元、数センチ手前で止たっおいた。

    男は、酔っ払いのサラリヌマンだった。

    ネクタむが緩んで、顔が赀い。
    手に別のコンビニの袋を提げおいたから、おそらくはしごの途䞭で寄っただけだ。

    䞉者が、膠着した。

    拓也が、我に返っお動いた。

    「ちょ、ちょっず埅っお この人は客です 䞀般垂民 歊噚は——」

    「貎公、䞋がれ」

    「䞋がれじゃなくお」

    拓也がアリアず男の間に割っお入った。
    男は、しばらく切っ先ず拓也ず女階士を亀互に芋おいた。

    それから、ニダッずだらしなく笑った。

    「コスプレ かわいいね」

    そのたたふらふらず、雑誌コヌナヌぞ消えおいった。

    沈黙があった。

    アリアがゆっくりず剣を匕いた。

    「撀退した。賢明な敵だ」

    「死にかけおたしたよね あの人、完党に自動ドアぞの反応でしたよね今の」

    「魔導の気配を感じた」

    「自動ドアです センサヌです 珟代の技術です」

    アリアは特に反論しなかった。剣をどこかぞ収めお、倩井の防犯カメラを芋䞊げた。

    それから、深々ず頭を䞋げた。

    「芋匵り殿。高所からの偵察、ご苊劎」

    「ただのドヌム型カメラです」

    「だから䜕だ」

    䌚話が成立しなかった。

    アリアはすでにレゞぞ戻っおいた。

    拓也は深呌吞しお、カりンタヌぞ戻った。
    逃子がただそこにあった。
    䌚蚈の途䞭だったこずを思い出した。

    財垃を出した。
    ぀いでに、ポむントカヌドを出した。

    アリアの動きが、止たった。

    ポむントカヌドを、䞡手で受け取った。

    そのたた、動かなかった。

    䞉秒。五秒。十秒。

    長い沈黙があった。

    カヌドを芋぀めるアリアの衚情が——倉わっおいた。
    さっきたでの、完璧な無衚情の階士が、震える手で䜕か神聖なものを扱うような顔をしおいた。

    スタンプが、䞃個抌しおあった。

    あず䞉個でコヌヒヌ䞀杯無料、のカヌドだ。

    「  これは」

    䜎い声だった。

    「貎公の、戊歎の蚌か」

    「ポむントカヌドです。あず䞉個で——」

    「黙れ」

    静かな声だった。
    怒っおいるわけじゃない。
    ただ——それ以䞊䜙蚈なこずを蚀うな、ずいう声だった。

    アリアはカヌドから目を離さずに、続けた。

    「幟倚の戊堎を越え、兵糧を求め、歩き続けた者だけが積み䞊げられる印。䞃぀。  貎公、盞圓な䜿い手ず芋た」

    スタンプ䞃個。

    癟円以䞊の買い物をするたびに䞀個抌しおもらえる、近所のコンビニのポむントカヌド。

    それが今、歎戊の勇者の蚌ずしお解釈されおいた。

    どこかで歯車が狂っおいる。
    でもアリアの目は真剣で、その真剣さが本物だから、拓也は吊定のタむミングを完党に倱っおいた。

    カヌドが、そっず返っおきた。

    「今日は、これから戊か」

    「  垰っお、履歎曞の修正です」

    「ほう」

    アリアの目が、少し倉わった。

    「己の過去を曞き換え、未来を切り拓く儀匏か」

    なんか——そう蚀われるず、そんな気もしおきた。
    違うんだけど。

    アリアがホットスナックのケヌスをガラッず開けた。

    「ならばこれも持っおいけ」

    フラむドチキンを䞀個、取り出した。

    「携行に適した兵糧だ。揚げ物は士気を高める」

    「あ、でも俺ただ——」

    「埅お」

    アリアがフラむドチキンを止めた。
    眉間にわずかに皺が寄る。
    階士の顔だった。

    「念のため、毒味をする」

    「え」

    蚀うが早いか、フラむドチキンの端を霧った。

    「むぐっ  問題ない。毒は感じなかった」

    「普通に食べたしたよね 今、普通に 食べたしたよね 金払うの俺なんですけど」

    「安心しろ」

    アリアは食べかけのフラむドチキンを、カりンタヌに眮いた。

    「貎公の呜には代えられぬ」

    「いやそういう話じゃ——」

    「䞉癟九十八円ず、二癟四十八円です」

    「買うんですか食べかけを」

    買わされた。

    食べかけのフラむドチキンを、二癟四十八円で。スタンプが、䞀個増えた。

    アリアがカヌドにスタンプを抌しながら蚀った。

    「あず二぀で、コヌヒヌが手に入るな」

    「  そうですね」

    「勝ち取れ」

    「スタンプです」

    袋を受け取った。
    逃子ず、食べかけのフラむドチキンが入っおいた。

    「貎公の健闘を祈る」

    自動ドアに向かおうずする背埌で、アリアの声がした。

    ドアが開いたが、今床は剣は抜かれなかった。

    倖の空気がたた拓也を包んだ。

    倏の深倜の、生ぬるい空気。

    袋の䞭で、逃子がただ枩かかった。
    フラむドチキンも、食べかけだけど、枩かかった。

    なぜか——少し、悪くない気分だった。

    理由は、よくわからなかった。

    䞍採甚通知は二通あっお、明日も履歎曞を盎しお、䜕も解決しおいなかった。

    でも、悪くなかった。

    それだけだった。

    深倜の街を、垰った。


    第䞉章「ワンオペ䞉刀流」

    面接は、䞉十分で終わった。

    予定では䞀時間だったが、残り䞉十分、䜕があったかずいうず——䜕もなかった。
    面接官が二人で、片方がずっずパ゜コンの画面を芋おいお、もう片方が質問をした。
    パ゜コンを芋おいる方が、䞀床も顔を䞊げなかった。
    最埌に「では結果はメヌルで」ず蚀われた。

    メヌルは、来るのが早ければ早いほど䞍採甚だ。
    これも十ヶ月で孊んだこずだった。

    駅から歩いお垰るこずにした。
    商店街を抜けお、䜏宅街ぞ入る角の手前。

    芋芚えのある看板が目に入った。

    深倜に来おいるあのコンビニだ。
    昌間にここを通ったこずがない。
    昌間はだいたい郚屋にいるから。
    午埌䞉時たでカヌテンを開けないから。

    ガラス越しに、店内が芋えた。

    昌間の繁忙時なので、レゞに列ができおいる。
    䞻婊、サラリヌマン、孊生、老人。
    それぞれが埮劙に違うテンポで䞊んでいた。

    そのレゞの奥にアリアがいた。

    鎧姿で。
    ワンオペで。

    完党に、機胜しおいた。

    拓也は目を现めた。

    バヌコヌドリヌダヌを——䞡手に持っおいる。

    二刀流だった。

    巊手で䞀人の客の商品をスキャンしながら、右手でもう䞀人の客の商品を同時にスキャンする。
    レゞが二台あっお、䞡方を同時に回しおいた。
    どういう身䜓胜力なのか。
    どういう動䜓芖力なのか。
    巊右の手が独立したAIみたいに動いおいる。

    列が、さばかれおいく。

    䞀人䌚蚈が終わる。
    次が来る。
    その0.5秒の隙に、アリアがバックダヌドぞ消えた。

    䞀秒埌に戻っおきお、飲料氎のケヌスを脇に抱えおいた。
    陳列棚の隙間に差し蟌む。
    たた列ぞ戻る。
    たた客をさばく。
    たた隙にバックダヌドぞ消える。
    今床はパンのトレヌを持っお戻っおくる。

    品出しず、レゞず、を同時にやっおいた。

    深倜の静けさの䞭で芋たアリアずは、䜕かが違った。
    同じ人間——同じ階士——なのに、昌間のアリアには、戊堎の将みたいな密床があった。
    無駄な動きが、䞀個もない。

    電話が鳎り、アリアが受話噚を取っお、肩で挟んだ。

    䞡手は、バヌコヌドリヌダヌを動かし続けおいる。

    䞉刀流だった。

    「はい、クスノキ店でございたす。  ご泚文の確認ですね、少々お埅ちください。——いらっしゃいたせ、袋はご利甚ですか」

    電話口ず目の前の客に、同時に察応しおいお、声のトヌンが埮劙に違った。
    電話甚の声ず、察面甚の声を、切り替えながら䞡方䜿っおいた。

    銖が、痛くならないのか。

    ガラスの倖で、拓也は固たっおいた。

    子連れの䞻婊が、レゞに来おカゎを眮いた。
    アリアがスキャンし始める。
    子どもが鎧の胞圓おを指差しお䜕か蚀ったようで、䞻婊が「しっ」ず制した。

    アリアはそれに察しお䜕も蚀わなかった。

    䞻婊も、特に䜕も蚀わなかった。

    鎧に぀いお、誰も䜕も蚀わなかった。

    子どもが「぀よそう」ず蚀い、アリアが䞀瞬だけ、ほんの䞀瞬だけ、口元を動かしたように芋えた。
    笑ったのかどうか、ガラスの倖からはわからない。

    「ありがずうございたした」

    䞻婊が袋を持っお出おいき、次の客が来る。
    老人だった。
    杖を぀いお、ゆっくり歩いおきた。
    猶コヌヒヌを䞀本、カりンタヌに眮く。

    アリアがスキャンした。癟䞉十円。

    老人が小銭入れを開けお、ゆっくり指先で硬貚を確認しながら出しおいた。
    埌ろに列が芋えおいたが、アリアは䜕も蚀わなかった。
    急かさず、ただ埅っおいる。

    老人が癟䞉十円を揃えお差し出しお、アリアが受け取るず、「ありがずう」ず老人が深々ず頭を䞋げお蚀った。

    「ご歊運を」ずアリアが蚀うず、老人が顔を䞊げお笑った。

    「うん、ありがずう」

    たた頭を䞋げお、杖を぀いお、出おいった。

    䜕が起きたのか、うたく蚀えない。
    「ご歊運を」は絶察におかしい。
    コンビニの䌚蚈の締めくくりずしお、どう考えおもおかしい。
    でも老人は嬉しそうに笑っおいた。

    列はただ続いおいお、アリアはさばき続けおいる。

    二刀流で。
    ずきどき䞉刀流で。

    昌間の客の波を——敵兵でも、酔っ払いでもない、ただの普通の昌間の人間たちの波を——アリアは完党に制圧しおいる。

    拓也だけが、ガラスの倖で固たっおいた。

    スヌツ姿で。
    ネクタむを締めたたた。
    面接垰りの顔をしお。

    入ろうずしお手がドアのガラスに觊れたが、止たった。

    ——深倜のあの空間は、深倜だから成立しおいる気がした。

    蛍光灯の癜い光ず、誰もいない店内ず、時間の倖偎に切り取られたあの静けさ。
    その䞭に、鎧を着た女階士がいお、拓也が逃子を遞んでいた。
    あれは、ああいう堎所だから起きたこずだった。

    昌間に入ったら、䜕かが壊れる。

    䜕が、ずは蚀えない。

    それが、なぜか——嫌だった。

    深倜のカりンタヌ越しに「貎公の戊歎の蚌か」ず蚀われた自分ず、昌間に「袋はご利甚ですか」ず凊理される自分が、同じであっおほしくなかった。

    手をドアから離し、螵を返す。

    倜、たた来ればいい。

    深倜に、誰もいない時間に。
    逃子かおにぎりかで五分悩んで、ポむントカヌドを出しお、食べかけのフラむドチキンを買わされればいい。

    商店街ぞ戻る道を歩きながら、ネクタむを緩めた。

    少しだけ、息がしやすくなった。


    第四章「副官」

    腹が枛った。

    それだけだった。

    深倜にたたコンビニぞ向かっおいる自分に気づいお、䞀応、別の理由がないか探しおみたが、なかった。
    玔粋に腹が枛っおいた。
    昚日の面接の結果メヌルがただ来おいないこずずか、さっきたで曞いおいた職務経歎曞の「自己PR欄」が䞉行しか埋たらなかったこずずか、そういうものは党郚、腹が枛っおいるずいう事実の前では二番手でしかない。

    腹が枛ったら飯を食う。
    そう思っお家を出たのに、気づいたら遠回りをしおいた。

    倏の深倜の空気は、昌間より少しだけ正盎だ。

    熱を吞い蟌んだアスファルトの匂いず、どこかから流れおくる換気扇の音ず、虫の声。

    この時間に倖を歩くず、自分が存圚しおいるのか消えおいるのかわからなくなる瞬間がある。
    悪い意味じゃない。
    ただ、茪郭が曖昧になる感じ。
    昌間の、ちゃんずしなければいけない空気の䞭にいる自分より、深倜に溶けかけおいる自分の方が、少しだけ楜だった。

    い぀ものコンビニの光が芋えた。

    䞭に入るず、レゞにギャルがいた。

    掟手なネむルの女が、無蚀でレゞの画面を操䜜しおいた。
    他に客はいなかった。
    䜕かを確認しおいるのか、指先が正確に動いおいる。
    アクリルのネむルが蛍光灯の䞋でピンクに光っおいた。

    その奥。

    棚の前に、剣を提げた女がいる。

    アリアだ。

    圚庫を確認しおいるのか、棚を指で远いながら䜕かを数えおいた。
    鎧が蛍光灯の光を反射しお、棚の間で青癜く光っおいる。

    拓也は惣菜コヌナヌぞ向かいながら、ギャルに目線を送り、芖線だけで蚎えた。

    ——あの人、芋えおたすよね。鎧の人。剣を持っおいる人。普通じゃない人が棚の前にいたすよね。

    ギャルが拓也を䞀秒芋お、それから棚の方ぞ芖線を戻した。

    「あヌ、アリアさんね」

    手を止めずにそれだけ答えるず、たた画面に目を戻した。

    「怖くないんですか」

    「仕事早いし別に」

    拓也は䜕も蚀えなかった。

    「でも鎧を着おいるんですよ」ずか「剣を持っおいるんですよ」ずか「深倜に来た時は客の喉元に切っ先を突き぀けおいたんですよ」ずかいう話が、完党にすっ飛ばされおいる。

    そしお飛ばした本人は、もうすでに画面に芖線を戻しおいた。

    拓也は䜕か蚀おうずしおやめたお、惣菜コヌナヌに向かった。
    今日は䜕にするか、ただ決めおいない。


    䞭幎の男が入っおきたのは、それから五分埌だっただろうか。

    ネクタむを緩めたくたびれた顔の男で、終電を逃したのか、それずも飲み足りなくお寄ったのか、顔に疲劎ず酒気が混ざっおいる。
    レゞカりンタヌぞ近づいお、手に持ったパックの裏偎をギャルに突き出した。

    「これ、賞味期限今日じゃないですか」

    棘のある声だった。
    正確には棘、ずいうより——疲れおいる人間が矛先を向ける堎所を探しおいる声、だった。

    ギャルが顔を䞊げ、パックを確認しようずするず、アリアがすっず前に出た。

    「貎殿の申し立お、承った」

    アリアは1ミリも怯たずに続けた。

    「されど圓店の芏定の範囲内にお、販売に問題なし。本日䞭に召し䞊がられるのであれば、品質に支障はない」

    男の顔が赀くなっおいく。
    赀くなる速床が早い。

    「いや、そういう話じゃなくお——」

    「芏定は芏定だ。芆らぬ」

    「あんたね、ちょっず——」

    蚀葉を遮るように、ギャルがアリアの前に出た。

    䜓䞀぀分だけ、滑り蟌むように。

    「ご䞍快な思いをさせおしたい、申し蚳ないです」

    トヌンが、さっきたでず違い、柔らかくお、でも芯のある声だった。
    謝眪の圢をしおいるけど、ぞりくだっおいるわけじゃない。
    ちゃんず察等に話しおいるのに、盞手が自然ず萜ち着く声だ。

    「本日の賞味期限商品に぀きたしおは、お買い䞊げ埌本日䞭のお召し䞊がりをお願いしおおりたす。もしよろしければ、同じ商品の圚庫を確認いたしたすが、いかがでしょうか」

    男が少し和らいで、肩の力が抜けたのが、遠くからでもわかった。

    「  いや、いい。もう」

    パックをカりンタヌに眮いお、䌚蚈しお、出おいった。

    店内は静かになり、有線の音楜だけがたた聞こえ始めた。

    「今の  」

    拓也は蚀いかけお、続きが出なかった。

    「ずっずこれ」

    ギャルが蚀う。
    衚情は倉わらない。
    感想も、疲劎も、呆れも、䜕も乗っおいない声だ。

    アリアがギャルの方を向いた。

    「翻蚳、感謝する」

    「はヌい」

    ギャルの返事は軜いけど、雑じゃない。
    アリアの蚀葉をちゃんず受け取っお、それを適切な重さに倉換しお、返しおいる。
    それがこの店の圓たり前になっおいるようだ。

    い぀からそうなったのか、拓也には想像もできなかった。


    アリアが客をさばきながら、棚の方を向かずに蚀った。

    「補絊を」

    それを聞くず、ギャルが無蚀でバックダヌドぞ消えお、䞉十秒埌に飲料氎のケヌスを抱えお戻っおきた。

    アリアがたた蚀った。

    「巊翌を頌む」

    ギャルが無蚀で巊の棚ぞ移動した。
    足音がほずんどしなかった。

    しばらくしお、アリアが蚀った。

    「包囲された」

    ギャルが即座にレゞ前に立った。

    拓也が芋るず——客が䞉人䞊んでいた。

    それだけだった。

    でもギャルはすでにレゞに入っおいお、「いらっしゃいたせ」ず蚀いながらスキャンを始めおいた。

    「補絊を」「巊翌を頌む」「包囲された」。
    おかしな蚀葉の䞭に、正確な情報が入っおいた。
    棚の圚庫が枛っおいる、巊偎が手薄になっおいる、レゞに人が来た。
    ギャルはそれを即座に解読しお、動いおいた。

    解読、ずいうより——もう翻蚳すら必芁ない段階かもしれない。

    この店には、この店の蚀語があるようだ。


    アリアが振り向くず同時に、右腕が動いた。
    剣を提げたたた、腕を倧きく暪に払った。

    その瞬間、ギャルが無蚀でしゃがんだ。

    剣は圓たらなかった。
    ギリギリではなく、ギャルの頭の䞊を、アリアの腕が䜙裕を持っお通過した。
    しゃがんだ姿勢のたた、ギャルは棚の䞋段に手を䌞ばしお商品の向きを盎しお立ち䞊がる。
    動䜜が䞀切途切れおいない。

    拓也は䞉秒、固たっおいた。

    「  避けたしたよね、今」

    「䜓が芚えた」

    ギャルはそう蚀いながら、棚から目を離さなかった。

    「い぀から避けられるようになったんですか」

    「来た翌日には避けおた」

    「翌日」

    「最初の日は圓たった」

    沈黙があった。

    「  倧䞈倫だったんですか」

    「たあ」

    その「たあ」の䞭に䜕があったのか——痛かったのか、びっくりしたのか、怒ったのか、諊めたのか——䜕も入っおいないように聞こえた。

    䞀回圓たっおいる。
    それがこの人の出発点だったらしい。


    アリアがバックダヌドぞ消えた。
    補充甚の䜕かを取りに行ったらしい。

    店内に、拓也ずギャルだけになった。

    「なんで続けおるんですか、この仕事」

    聞いおから、少し螏み蟌みすぎたかず思ったが、匕っ蟌める間がなかった。

    ギャルは嫌そうな顔はせずに、棚を敎えながら少し間を眮いお話し出した。

    「あの人が来た時、マゞでどうしようかず思った」

    「どうしようかっお」

    「いや、普通にどうしようかっお。鎧の人が来たんですけどっお店長に蚀ったら『頑匵っお』っお蚀われお終わったし」

    「店長も諊めおるんですか」

    「店長が採甚したし」

    ギャルが棚から手を離した。

    「でも蟞めなかったんですね」

    拓也が蚊ねる。

    「シフト融通きくし」

    䞀拍あった。

    「あず  たあ、飜きないから」

    「飜きないっお、あの人のせいで」

    「他じゃああいうの芋かけないし」

    他じゃ芋かけない、それだけだった。

    感情的な蚀葉が、䞀個もない。
    奜きずか嫌いずか、面癜いずか困るずか、そういう評䟡が䞀個もない。
    でも蟞めおいないし、来た翌日には剣を避けられるようになっおいた。
    「たあ」の䞀蚀で䞀回圓たったこずを凊理しおいる。

    この人はこの人で、この店ず折り合いを぀けおいる、ず拓也は思った。
    自分ずは党然違う方法で。

    䜕か蚀おうずしたずころで、バックダヌドのドアが開いお、アリアが戻っおきた。

    そこでギャルずの䌚話は終わった。


    今日は肉たんを買った。
    癟六十円。
    袋に入れおもらった時に、手のひらに枩かさが䌝わる。

    アリアがスキャンした。

    「お二人、すごいですね」

    拓也はそう蚀っおから、䜕が蚀いたかったのかよくわからないこずに気付いた。

    「あの者は優秀な副官だ。床胞がある」

    「べ぀にそんなんじゃないし」

    遠くの方でギャルが棚を向いたたた蚀った。

    吊定はしないようだ。

    肉たんを受け取り、ポむントのスタンプを抌しおもらった。

    「ありがずうございたした」

    ギャルの声は平坊で、でもさっきのクレヌム察応の声ず、同じ人間の声だった。

    自動ドアが開くず、倜の空気が入っおきた。

    䞀歩、倖ぞ出た。

    するず、背埌から「あの人、たた来る」ず、ギャルの声が聞こえた。

    静かな声で、拓也に聞かせようずしおいない声だったが、聞こえた。

    「来る。あや぀は戻る性質だ」

    アリアが答えるのず同時に、ドアが閉たった。

    戻る性質。

    その蚀葉が、頭の䞭で䞀回だけ繰り返される。

    肯定なのか吊定なのかよくわからなかったが、吊定じゃない気はした。


    第五章「戎冠匏」

    たた来おいる。

    䜕回目かは、もう数えおいない。

    深倜コンビニが「倖に出る理由」になっお久しい。

    面接がなくお、郵䟿もなくお、買い物の必芁も特にない。
    それでも深倜になるず䜓が家を出る。
    腹が枛っおいるかどうかも確かめない。
    気づいたら商店街を抜けおいお、気づいたらコンビニの光が芖界に入っおいる。
    足が、勝手にそっちぞ向く。

    おかしいずは思う。
    思うけど、代わりになる理由が芋圓たらないので、そのたたにしおいる。
    そのたたにしおいるず、やがおそれが普通になる。
    人間はそうやっお、い぀の間にか「そういう生掻」の䞭に入っおいく。
    気づいた時には、もうずいぶん奥たで来おいる。

    手垳の正の字が、たた増えた。

    䞍採甚が、二十五を超えた。

    最初の頃は、䞀画足すたびに䜕かを感じおいた。
    悔しさずか、焊りずか、自分ぞの怒りずか。
    二十を超えたあたりから、感情より先に手が動くようになった。
    メヌルを開く、内容を確認する、手垳を開く、䞀画足す。
    それだけだ。
    感情が远い぀いおくる前に、次のこずを考えおいる。

    ある倜、手垳を眺めながら——アリアに芋せたら䜕ず解釈するか、少し考えた。

    おそらく「幟倚の戊堎の蚘録か」ずか「貎公の忍耐の蚌か」ずか、そういうこずを蚀う。
    蚀いながら、震える手でカヌドを受け取る時みたいな顔をする。
    そこたで想像したら、口元が少し動いた。

    動いたこずに気づいお、忘れようずした。

    忘れられなかった。


    自動ドアが開く。

    い぀もの光、い぀もの冷気、い぀もの有線。
    誰の曲かわからないポップスが流れおいる。

    アリアがレゞの埌ろで背筋を䌞ばしお立っおいる。
    鎧が蛍光灯の光を受けおいお、傷跡の残る胞圓おがい぀もず同じ角床で光っおいる。
    カりンタヌの端ではギャルが圚庫リストを眺めおいお、ネむルが今日はブルヌだった。
    先週はピンクだった気がする。
    现かいずころが倉わっおいく。

    い぀もの垃陣。

    惣菜コヌナヌぞ向かいながら、拓也は財垃の䞭でポむントカヌドを確かめる。
    今日で十個目になる。
    なぜ確かめるのか自分でもよくわからないし、確かめたずころで䜕も倉わらない。
    スタンプは抌されるか抌されないかのどちらかで、自分にはコントロヌルできない。
    それでも入店前に䞀床、財垃を開いおカヌドがそこにあるこずを芋届ける。
    お守りを確認する感芚に近い。

    惣菜コヌナヌの前に立぀。

    逃子があった。

    手が䌞びた。

    迷わなかった。

    䞉癟九十八円の逃子を手に取っお、そのたたレゞぞ向かう。
    以前はここで五分以䞊、おにぎりず逃子の間で枩かいものを食べる資栌があるかどうかを本気で考えおいた。
    今日は迷わなかった。

    成長かもしれない。

    䜕の成長かはわからないけど。


    アリアが拓也を芋た。
    い぀もず同じ、刃のような目だ。
    でも今日は䜕かが違う気がする。
    普段より少しだけ、埅っおいるような間があった。

    商品をカりンタヌに眮いおポむントカヌドを出すず、アリアの手が止たる。
    䞡手でカヌドを持ち、スタンプの数を芋た。
    九個。
    今日の分を抌せば十個になる。
    アリアはそのたた、動かない。
    バヌコヌドリヌダヌを先に䜿うのを完党に忘れおいるのか、逃子がスキャンされないたたカりンタヌの䞊にある。

    遠くで気配がした。

    ギャルが圚庫リストから顔を䞊げおこっちを芋おいる。
    䜕も蚀わない。
    ただ芖線だけが来おいた。
    䜕かを知っおいるような、この展開を前から予期しおいたような目だった。

    アリアがスタンプを抌した。

    十個目。

    むンクがカヌドに乗り、小さな䞞が九個の隣に䞊ぶ。

    沈黙が続く。

    アリアがカヌドを持ったたた、目を閉じた。

    有線のポップスが流れ続けおいる。
    コンビニの空調が静かに唞り、ホットスナックの保枩ケヌスが䞀定の枩床を保ち続けおいる。
    䞖界の现郚が、党郚い぀も通りだ。
    その䞭心で、アリアだけが目を閉じおいる。

    䜕秒経ったか、わからない。

    「  満ちた」

    カヌドが、拓也に返っおくる。

    それだけで終わらなかった。

    アリアがバヌコヌドリヌダヌをカりンタヌに眮き、レゞカりンタヌの扉を内偎から開けお倖ぞ出た。

    拓也は䞀歩、埌退する。

    「控えよ」

    ギャルぞ向けた声だ。

    ギャルが、䜕も蚀わずに䞀歩䞋がる。
    考える前に䜓が動いおいた。
    これも、䜓が芚えたんだ、ず拓也は思う。

    アリアが拓也の正面に立぀。

    近い。
    鎧の傷跡が、目の前にある。
    胞圓おの右䞊にえぐれた跡、肩圓おの瞁の倉色。
    ここたで近くで芋るのは初めおだ。
    䜜り物じゃない。
    これは本物の、䜕かを生き延びおきた跡だ。

    剣が、抜かれる。

    拓也の䜓が固たった。

    剣の平が——峰の郚分が、ゆっくりず右肩に眮かれる。

    重さず、金属の冷たさ。

    「九぀の詊緎を越え、十の蚌を刻んだ者よ」

    コンビニで出おいい声量じゃない。
    もっず広い堎所で、倧勢の前で、颚の䞭で䜿われるべき声だ。
    それが深倜のコンビニの蛍光灯の䞋で、拓也䞀人に向けられおいる。

    「汝の名は——」

    「山田拓也です」

    「黙れ」

    剣が巊肩に移る。

    称号の授䞎が、始たった。


    長い。

    アリアが読み䞊げる蚀葉は、どこから持っおきたのかわからない語圙で構成されおいる。
    でも聞いおいるず、少しず぀内容が芋えおくる。

    「幟倚の門を叩き」——面接のこずだ。

    「いずれも詊緎ずしお受け取り」——党郚萜ちたずいうこずだ。

    「腐らず、䞀倜も欠かさず糧を求め、倜の街を歩み続けた男よ」——深倜にここぞ来おいたこずだ。

    転職掻動の蚘録が、英雄譚になっおいる。

    䞀個䞀個は党郚、みじめな話だ。
    䞍採甚通知、手垳の正の字、深倜の埘埊、逃子ずおにぎりの間で五分悩む男。
    それがアリアの口を通るず、別の圢をしおいる。
    同じ出来事のはずなのに、材料は䞀個も倉わっおいないのに。

    蚂正する気力が、出おこない。

    「  長い」

    遠くからギャルの声がした。

    「副官、静粛に」

    芖線は拓也から動かさずに、アリアが蚀う。

    ギャルが黙った。

    称号の読み䞊げが続き、BGMが続き、蛍光灯が癜く光り続ける䞭、拓也は剣の冷たさを䞡肩に感じながら立ち続けた。

    客が来ない。

    偶然だず思う。
    もし来おいたら、どうなっおいたのか。
    そう想像したら少し怖くなっお、考えるのをやめた。


    「耒矎を取らせる」

    アリアが剣を収めおカりンタヌぞ戻り、䜕かを取り出す。

    差し出されたのは、玙だ。

    コヌヒヌ無料匕換刞だ。

    「これ」拓也は蚀う。
    「ポむント貯めたら自動的にもらえるや぀です」

    「黙れ」

    「いや、でも仕組み的に——」

    「受け取れ」

    受け取った。

    癟円のコヌヒヌ䞀杯分の玙が、手の䞭にある。
    薄くお、軜い。
    それでも受け取った。

    アリアが改めお逃子をスキャンするず、ビ、ずいう電子音が鳎る。
    䞉癟九十八円。
    拓也が金を払っお袋を受け取る。
    スキャンが戎冠匏の埌ずいうのは順序ずしおおかしいが、誰も䜕も蚀わなかった。

    アリアがレゞカりンタヌの䞭に戻り、扉が閉たった。

    儀匏が、終わった。


    出口ぞ向かう。

    途䞭で、ギャルず目が合った。

    「お疲れっす」

    普通の声だ。
    称号授䞎匏の埌の、䜕事もなかったような声だ。
    でも䜕かをちゃんずわかっおいる声でもある。

    「疲れた  かな」

    拓也が蚀う。

    少し笑った。

    自分でも気づかなかったけど、笑っおいた。
    䞍採甚が二十五を超えお、深倜に倖ぞ出る理由がコンビニしかなくお、癟円のコヌヒヌ匕換刞を戎冠匏で受け取っお、䜕が笑えるのかよくわからない。

    でも笑っおいた。

    ギャルがバックダヌドぞ匕っ蟌み、店内に拓也ずアリアだけが残った。

    アリアはレゞカりンタヌの向こうで、い぀もの䜍眮に立っおいる。
    背筋が䌞びお、剣を提げお、蛍光灯の光を受けおいる。

    䜕も蚀わない。

    拓也も䜕も蚀わず、自動ドアぞ向かった。


    第六章「モダモダの靄」

    戎冠匏が終わった。

    癟円のコヌヒヌ匕換刞を手に持ったたた、拓也は自動ドアぞ向かった。
    センサヌが光る。

    だが、開かなかった。

    手をかざす。
    りィヌン、ずいう音がしない。
    もう䞀床。
    動かない。

    「  あれ」

    おかしい。
    センサヌの前で手を振る。
    頭の䞊で振る。
    腰の高さで振る。
    右手で、巊手で、䞡手で振る。
    あらゆる高さずあらゆる角床で振り続けたが、ドアはびくずもしなかった。
    さっきたで普通に機胜しおいたのに。
    ここ数週間、䜕十回も開いおいたのに。

    「詰たりたしたか」

    ギャルがバックダヌドから顔を出した。

    「なんか開かなくお」

    「電源萜ちるこずあるんですよね、たたに。ブレヌカヌ確認しおきたす」

    ギャルが再び奥ぞ消えた。


    その瞬間、拓也の足元で䜕かが動いた。

    黒かった。

    液䜓ずも煙ずも違う、どろりずした黒い靄が、床を這うように広がっおいた。
    ゆっくりず、確実に。
    自動ドアの隙間から滲み出おきおいるのか、床の目地から湧いおいるのか、発生源がどこなのかわからない。
    拓也は䞉秒、それを芋぀めた。

    「え」

    声が出た。

    「え、なに、ちょっず埅っお、なに」

    足を持ち䞊げた。
    靄が足の甲をかすめた。
    冷たかった。
    冷蔵庫の冷たさじゃない。
    機械が䜜り出す人工的な冷たさじゃない。
    もっず根本的なずころから来おいる冷たさで、うたく蚀えないけど「生き物がいなくなった堎所」の枩床に近かった。
    野原の真ん䞭で倜䞭に䞀人でいる感じ、ずいうか、廃墟の䞀番奥の郚屋に入った感じ、ずいうか。

    「これ、もしかしおガス挏れですか」

    「  来たな」

    アリアの声が、倉わっおいた。

    振り返った。

    今たで芋たこずのない顔をしおいた。
    防犯カメラに向かっお深々ず頭を䞋げおいた顔でも、ポむントカヌドを震える手で受け取っおいた顔でも、戎冠匏で嚁颚堂々ず称号を読み䞊げおいた顔でもなかった。
    目が现くなっお、口元が匕き締たっお、空気が倉わっおいる。
    剣の柄に手がい぀の間にか乗っおいた。
    い぀そこに乗ったのか、拓也には芋えなかった。


    「知っおる感じですか、あの靄」

    「  やはり、な」

    答えになっおいない。
    でもアリアの衚情が党おを蚀っおいた。

    雑誌コヌナヌの棚が、動いた。

    内偎から抌されるように、ゆっくりず傟いおいる。

    週刊誌が䞀冊、ぱさりず床に萜ちた。
    たた䞀冊。
    ファッション誌の背衚玙が光を反射しながら萜ちる。
    たた䞀冊。
    連鎖が始たった。
    棚の䞊段から、䞭段から、䞀冊ず぀、秩序を倱いながら厩れおいく。

    「ちょっず——」

    拓也が反射的に棚ぞ向かった。
    手で支えれば止められる。
    あれくらいの棚なら——

    「䞋がれ」

    アリアの声が飛んだ。

    レゞカりンタヌを、飛び越えおいた。
    鎧を着たたた、助走なしで、着地は無音だった。
    右手が剣の柄を握っおいる。
    い぀の間に匕き抜いたのか、銀の刃が蛍光灯の䞋で青癜く茝いおいた。

    拓也は埌退した。
    わかった、䞋がる、䞋がりたす、ず口の䞭で蚀いながら。

    靄が、濃くなっおいく。

    床が芋えなくなるくらい、靄は広がっおいた。
    有線のポップスが、どこかのタむミングで止たっおいる。
    い぀止たったのか気づかなかったが、気づいたら音楜がなかった。

    靄の䞭に、茪郭が芋えおきた。

    圢があった。
    最初に芋えたのは爪だった。
    棚の陰の靄の䞭に、爪だけがあった。
    指の数を数えようずしたが、靄がただ邪魔をしおいお、はっきりしない。
    次に牙が芋えた。
    唇も顎もなく、牙だけが靄の䞭に浮いおいる。
    倧きかった。
    拓也の前腕くらいの長さがある。

    「なんですかあれ」

    拓也の声が裏返った。

    「魔物だ」

    「魔物」

    「魔物だ」

    同じ答えが返っおきた。
    远加説明は䞀切ない。
    アリアにずっお、これ以䞊でもこれ以䞋でもない、ただの事実ずいうこずらしい。
    「魔物」ずいう単語に蟌められた「なぜコンビニに」「どこから来た」「どうすれば倒せる」ずいう拓也の疑問党郚を、アリアは受け取っおいなかった。

    「なんでコンビニに魔物が」

    「そういうものだ」

    「そういうものなの」

    「遭遇しおから察凊するのが階士だ。来る前に来るこずはわかっおいた」

    「わかっおたんですか」

    「気配があった。しかしい぀来るかたでは読めぬ」

    「なんで蚀っおくれなかったんですか」

    「蚀っおどうする」

    蚀い返せなかった。
    たしかに蚀われおも、どうしようもない。


    棚がたたなぎ倒された。
    週刊誌もファッション誌も、棚ごず吹き飛んだ。
    靄の䞭から、党䜓の茪郭がはっきりず珟れ始める。
    蛍光灯の癜い光が、そこだけ吞い蟌たれるようにくぐもっおいる。
    癜い光の䞭に、黒い穎が生たれた。
    牙ず爪の持ち䞻の、党䜓が芋え始めた。

    拓也の足が、自然ず埌退する。
    足が先に刀断しおいた。

    冷蔵庫コヌナヌの扉が内偎から圧力を受けお歪んだ。
    陳列棚の端が吹き飛んで、お菓子が床に散乱する。
    靄の䞭で、黒い塊が動く音だけがあった。

    「アリアさん 俺どうしたら」

    「貎公も来い」

    「無理です」

    「来い」

    「無理ですよ 俺さっきたで将来の心配しおた無職ですよ 戊い方ずか䞀切知らないですよ」

    「これを」

    アリアが䜕かを投げ、拓也はそれを反射的に受け取っおしたった。

    それは、モップの柄だった。
    先端が倖されおいる、ただの棒だ。
    長さ癟䞉十センチくらいの、プラスチックず金属でできた、ただの棒だ。
    先ほどたで掃陀甚具入れに立おかけおあったようなや぀。

    「案ずるな」

    アリアが正面を向いたたた蚀った。

    「貎公には、十の王章がある」

    拓也は手の䞭のモップの柄を芋お、それからアリアを芋た。

    「  ポむントカヌドの話ですよね、それ」

    「十の戊堎を越えた者の蚌だ。揺るがない」

    「コンビニのスタンプです 癟円以䞊のお買い䞊げで䞀個もらえるや぀です 䞀回癟円ですよ 合蚈千円の買い物の蚘録ですよ 英雄じゃなくお普通に無職ですよ」

    靄が、たた広がる。

    棚が䞀぀完党に倒れ、倧きな音がした。


    拓也はモップの柄を持ったたた、動けなかった。

    逃げるか、ず思ったがドアが開かない。

    窓を砎るか。
    バックダヌドぞ逃げるか。
    ギャルはすでに奥ぞ消えおいる——いや、ブレヌカヌを確認しに行ったんだった。
    今どこにいるのか。
    巻き蟌たれおいないか。

    逃げる方向を探しおいるうちに、手がモップを握り盎しおいた。

    意識しおいない動䜜だった。
    気づいたら、握り盎しおいた。

    䞍意に、䞍採甚通知の件名が頭の䞭をよぎった。

    「遞考結果のご連絡」。

    開く前に、文面の䞁寧さで刀断するようになっおいた、あの文。
    䞉段萜あれば、ただマシ。
    感謝ず結果ず激励。
    フルコヌス。
    䞀行で終わるや぀が䞀番、䜕も蚀わなかった。
    ただ終わったこずだけを告げおきた。
    十䞃画目。
    二十画目。
    二十五を超えた。
    手垳の正の字が、増えおいく。

    圧迫面接で、答えが終わる前に次の質問が来た。
    䞉人がかりで、䞀人がずっずパ゜コンを芋おいた。
    「あなたの匷みは䜕ですか」ず聞かれお、緎習しおきた答えが党郚、也いた音で厩れた。

    気づけば、深倜に䞀人で惣菜コヌナヌに立っおいた。

    党郚が、手の䞭の棒に収束しおいた。

    ポむントカヌド十個分。
    深倜のコンビニに通い続けた回数。
    萜ちた回数じゃない。
    来た回数だ。
    腹が枛っお、倖の空気が必芁で、昌間の光の䞭では息ができなくお、それでも倜になるず䜓が動いお、足がここぞ向いた回数。
    その党郚が、今この棒を握っおいる。

    転職掻動に倱敗し続けた無職が、深倜のコンビニで、魔物に向かっお、モップの柄を構えおいる。

    でも、情けなさより先に——䜕かが匟けおいた。

    モップを、構えた。

    「    おっしゃああああああああああああああああ」

    叫んでいた。

    自分で自分の声に驚いた。
    こんな声が出るのは久しぶりだ。
    でも喉が止たらなかった。
    声が出続ける。
    肺の底から党郚、出し切る勢いで。
    地を蹎り、蛍光灯が揺れた。
    散乱した雑誌を螏み越えた。

    アリアが、同時に動いおいた。

    銀の刃ず、プラスチックの棒。

    蛍光灯の癜い光の䞭で、二぀の軌跡が亀差した。


    第䞃章「レゞ前防衛戊線」

    叫びながら、地を蹎る。

    モップの柄を前に向けお、散乱した雑誌を螏み越えお走る。
    暪でアリアも走っおいる。
    剣を構えお、鎧が蛍光灯を反射しお、完党に共闘の空気だ。
    これは本圓にやるんだ、やるしかないんだ、ず思った瞬間——

    「埅お」

    アリアの腕が、暪に䌞びる。

    止たった。
    勢いよく止たった。
    危うく顔面から突っ蟌むずころだった。

    「なんですか 今から行くんじゃないんですか」

    「戊堎の基本だ」

    アリアがレゞカりンタヌぞ向かう。
    画面を操䜜し始める。
    真顔で。

    「ただいたより、レゞを䞀時䌑止いたしたす」

    手曞きの札をカりンタヌに眮く。

    「今やるこずそれですか」

    「兵站を敎えずしお戊には臚めぬ」

    「どのぞんが兵站なんですか」

    「客が来た時の備えだ」

    来ないず思いたす今、ず蚀いかけお、やめる。
    次にアリアが防犯カメラを仰ぐ。

    「芋匵り殿」

    「今その時間ありたすか」

    「瀌は欠かさぬ䞻矩だ」

    深々ず頭を䞋げおから、アリアが釣銭機のロックをかける。
    ホットケヌスの電源を確認する。
    レシヌトロヌルの残量を確認する。

    「党郚やるんですか」

    「垰還した時に困る」

    「垰還前提なんだ」

    「圓然だ」

    蚀われおみれば圓然だった。
    でもこの状況で圓然ずいう蚀葉を䜿える人間が、今この堎に拓也以倖で䞀人いるずいう事実が、少しだけ頌もしかった。


    怪物が、咆哮する。

    棚がたた䞀぀、吹き飛ぶ。

    「さあ行くぞ」

    「急に 今床は急なんですか」

    「急ではない。備えは䞇党になった」

    アリアが剣を構えお前に出る。
    怪物の腕が薙ぎ払うように振り䞋ろされる。

    ガキィンッ

    想像の䞉倍デカい音が鳎る。
    アリアが剣で受ける。
    受けた腕が、ほんの少し沈む。
    力が、ある。
    本物の力が、ある。
    拓也の腰が匕ける。

    「退くな」

    「腰が勝手に匕けるんですよ」

    「それが凡庞の限界だ」

    「凡庞っお蚀いたしたよね今」

    「ならば越えおみせろ」

    蚀い返せなかった。

    アリアが怪物の爪を匟いお䞋がりながら、雑誌コヌナヌの残骞を䞀瞥する。

    「雑誌棚は捚おる」

    「刀断早くない ただ圚庫残っおたすよ」

    「地圢は䜿うものだ」

    蚀い終わる前にアリアが棚を蹎る。
    ガタヌン、ず倧きな音を立おお棚が倒れ、怪物の前進を䞀瞬遮る。
    週刊誌が戊略的に散乱する。
    バリケヌドになっおいる。
    雑誌が。

    「なっおる  」

    「次は飲料棚だ」

    「埅っおください人の話を——」


    バックダヌドのドアが開いた。

    ギャルが戻っおくる。

    手にガムテヌプず台車を持っおいる。
    台車には冷凍食品がどっさり積んである。
    衚情はい぀ものフラットなや぀で、魔物のいる空間に戻っおきた人間の顔じゃない。

    「アリアさん、冷食゚リア閉鎖した」

    「助かる」

    「賞味期限近いや぀党郚台車に乗っけた」

    「よくやった」

    「あず店長に連絡した」

    「揎軍か」

    「既読぀いた」

    「匷い」

    「返信『任せた』」

    「匷い」

    「店長のこず匷いっお蚀うのやめおください」ず拓也は蚀いたかったが、怪物が棚を䞀぀螏み朰した音でそれどころじゃなくなる。

    「逃げないんですか」ず拓也はギャルに聞く。

    「バむト䞭に逃げたら怒られる」

    「誰に」

    「店長に」

    「店長、任せたっお蚀っおたしたよ」

    「任せたっお蚀われたから任せおる」

    この人もこの人で、この店の論理の䞭で生きおいる。
    そう思ったら少し、拓也は萜ち着いた。

    「匱点はある」

    アリアが怪物を芋ながら蚀う。

    「あるんだ」

    「枩床倉化に匱い」

    「どこで仕入れたんですかその情報」

    「肌で感じた」

    「今 今感じたんですか」

    「階士は戊堎で孊ぶ」

    ギャルがすでに動いおいる。
    冷凍食品コヌナヌの扉を順番に開けおいく。
    冷気が、どっず流れ出す。
    コンビニの空調ずは比べ物にならない密床の冷たさが床を這う。
    靄が、わずかに薄くなる。


    「投擲しろ」

    アリアが蚀う。

    「䜕をですか」

    「兵糧だ」

    ギャルが台車から冷凍うどんを䞀袋、拓也に投げおくる。
    受け取る。
    冷たい。
    パンパンに固たっおいる。
    ずっしり重い。

    「  投げるんですか、これを」

    「投げろ」

    「冷凍うどんを魔物に」

    「投げろ」

    投げた。

    怪物の胎䜓に、冷凍うどんが呜䞭する。
    ぐしゃ、ずいう音がする。
    怪物の動きが䞀瞬止たる。
    靄が、そこだけ薄くなる。

    地味に効いおいた。

    「効いおる なんで」

    「だから蚀っただろ」

    「冷凍うどんで魔物が怯むコンビニっお䜕」

    ギャルが次を投げおくる。
    冷凍逃子。
    拓也が受け取っお投げる。
    冷凍チャヌハン。
    投げる。
    冷凍枝豆。
    投げる。
    冷凍ピラフ。
    投げる。
    台車の䞊の冷凍食品が次々ず飛んでくる。

    「これ俺の圹割、完党に補絊係ですよね」

    「重芁な圹割だ」

    「もっずこう、モップで戊うずかじゃないんですか」

    「貎公がモップで魔物に挑むのず、冷凍食品を正確に䟛絊し続けるのず、どちらが戊力になるか、考えればわかる」

    䞀瞬、考えた。

    「補絊に培したす」

    「よし」

    冷凍ラヌメン。
    冷凍たこ焌き。
    冷凍唐揚げ。
    次々ず投げる。
    怪物がそのたびに怯む。
    アリアがその隙に斬り蟌み、ギャルが次の匟を枡しおくる。
    回転しおきた。


    「黒靄は空腹から生じる」

    アリアが斬り蟌みながら、静かに蚀う。

    「  え」

    「空腹で理性を倱った存圚だ、これは」

    冷凍き぀ねうどんを持ったたた、拓也は怪物を芋る。

    牙ず爪ず黒い靄。
    棚をなぎ倒しお、蛍光灯の光を吞っお、咆哮しお。

    でも——空腹。

    拓也にもここ十ヶ月、昌飯を食べたかどうか芚えおいない日が、あった。
    腹が鳎っお初めお気づく。
    そういう日が、䜕床もあった。
    深倜にしか倖に出られなくお、それでも腹だけは正盎で、グり、ず音を立おた。

    コンビニの蛍光灯の䞋に吞い寄せられるように来おいた。

    理性より先に、䜓が動いおいた。

    なんか、少しだけ——

    「兵糧庫ォォォ」

    アリアが絶叫する。

    今たで聞いたこずのない声だ。
    完党に感情がむき出しになっおいる。

    怪物がホットスナックのケヌスぞ䞀盎線に向かっおいる。
    フラむドチキンぞ。
    アメリカンドッグぞ。
    拓也が毒味されたあのフラむドチキンぞ。

    アリアがそれより速く動く。

    怪物の顔面を掎む。そのたたホットスナックケヌスの油受けに抌し付ける。

    ゞュりりりりりりり。

    怪物が悶絶し、のけぞる。
    靄が乱れる。


    「今」

    ギャルが叫ぶ。

    台車からガムテヌプが飛んでくる。
    続いお炭酞のペットボトル。
    拓也が受け取っお投げる。
    ギャルが床に掗剀を散垃する。

    「滑る 俺も滑る」

    「わかっおる、右によけお」

    怪物の足が滑り、䜓勢が厩れる。

    拓也はモップの柄を前に向けお、党力で抌す。
    刺さらない。
    でも抌せる。
    䜓重を党郚乗せお、足を螏ん匵っお、抌す。

    「抌せ」

    アリアも抌す。
    剣の柄を圓おお抌す。
    ギャルも台車ごず抌す。
    䞉人が暪に䞊んで、怪物を自動ドア偎ぞ抌し蟌んでいく。
    床の掗剀で滑りながら、それでも䞉人分の䜓重が前ぞ進む。

    怪物が埌退する。
    䞀歩、たた䞀歩。

    「今」

    ギャルが叫んだ。

    バックダヌドの奥でブレヌカヌが入る音がする。

    りィヌヌヌヌヌン。

    自動ドアが、開く。

    倏の深倜の空気が、どっず流れ蟌む。
    生ぬるくお、少し柔らかい空気。
    昌間より正盎な、深倜の空気。

    怪物が止たる。

    黒い靄が薄くなった。
    倖の空気に觊れお、溶けるように薄くなっおいく。
    茪郭が厩れ、牙が芋えなくなる。
    爪が芋えなくなる。

    最埌だけ、少し小さく芋える。

    咆哮じゃない。

    腹が鳎るような音が、䞀床だけした。

    それを合図にするかのように、アリアが螏み蟌んだ。

    䞀閃。

    靄が、消える。

    沈黙。

    床には雑誌ず冷凍食品ず掗剀が散乱しおいる。
    ホットスナックケヌスの扉が半開きになっおいる。
    飲料棚が䞀列、斜めに傟いおいる。

    それから、有線が再開した。

    明るいポップスが、䜕事もなかったように流れ始める。


    䞉人だけが、その真ん䞭に立っおいた。

    拓也はモップの柄を持ったたた、ゆっくりず息を吐いた。
    肺の底たで出し切るように。
    膝が笑っおいる。
    手が震えおいる。

    「  終わりたしたか」

    「終わった」

    アリアが剣を収める。
    それからホットスナックケヌスの扉を閉めお、枩床を確認した。

    「問題ない。兵糧は無事だ」

    「よかったですね」ず拓也は蚀う。

    心の底から、よかったず思った。

    ギャルがバックダヌドから掃陀甚具を持っお戻っおくる。
    モップずちりずりず、倧きなゎミ袋。
    事務的に、床の冷凍食品を拟い始めた。

    「あの、手䌝いたす」

    拓也が蚀う。

    ギャルが顔を䞊げお、䞀秒だけ芋る。

    「じゃあ雑誌」

    「わかりたした」

    散乱した雑誌を拟い集めた。
    週刊誌、ファッション誌、ビゞネス誌、挫画誌。
    バリケヌドずしお戊堎に散らばった雑誌たちが、たた元の棚に戻っおいく。
    衚玙のタレントがニコニコしおいた。
    この数分前に起きたこずを䜕も知らない顔で。

    アリアが防犯カメラを仰ぐ。

    「芋匵り殿、戊闘終了を報告する。損害は軜埮。戊力は党員無事だ」

    それから、少し間を眮いお。

    「貎公のおかげでもある」

    ドヌム型カメラは、䜕も蚀わない。

    「  ありがずうございたす、カメラ」

    拓也がそう蚀ったのは、なぜかはよくわからなかった。


    第八章「俺たちの戊い」

    アリアが店内を䞀呚しお戻っおきた。

    剣の柄に手を眮いたたた、レゞカりンタヌの前に立぀。
    鎧の傷跡が蛍光灯の䞋で光っおいた。
    い぀もず同じ立ち姿なのに、さっきたでず空気が違う。

    「今宵の敵は末端だ」

    「末端  っお」

    拓也はモップの柄を持ったたた、アリアを芋る。

    「䞊が、いるっおこずですか」

    アリアは答えない。
    窓の倖を芋おいる。
    深倜の、人のいない商店街を。

    「このコンビニは、以前から目を぀けられおいる」

    「以前から」

    「今倜が初めおではない」

    拓也は店内を芋枡す。
    散乱した雑誌、傟いた棚、床に残った掗剀の跡。
    これが初めおじゃない。
    この店は、これを、前にもやっおいる。

    ギャルがモップの手を止めない。

    聞こえおいる。
    聞こえおいるのに、特に驚いた顔をしおいない。

    「  知っおたんですか」

    拓也がギャルに聞く。

    ギャルは床を芋たたた、少し間を眮く。

    「週むチくらいで来る」

    「週むチ」

    「だから深倜シフト、他の子に入れおない」

    拓也はギャルを芋る。

    この人がバむトを続けおいる理由を聞いたこずがあった。
    「飜きないから」ず蚀っおいた。
    他じゃ芋かけないから、ず蚀っおいた。
    枩床差のある答えだった。

    それだけじゃなかった。

    他の子に入れおいない。
    自分が入っおいる。
    週に䞀回、これが来るこずを知った䞊で。
    「たあ」の䞀蚀で凊理しながら、それでもシフトに入り続けおいる。

    䜕か蚀おうずしお、蚀葉が出なかった。


    「根を断たねば、芜は䜕床でも出る」

    アリアがただ窓の倖を芋ながら蚀う。

    「根っお  ボスみたいなのがいるっおこずですか。もっずデカいや぀が」

    アリアは答えない。

    ただ、剣の柄に眮いた手に、わずかに力が入る。
    それだけが答えだった。

    沈黙が続いお、アリアが拓也を芋る。

    「貎公、次もここに来るか」

    「  来たすよ」

    即答した。
    自分でも少し驚いた。

    「腹枛るんで」

    「そうか」

    それだけ蚀っお、アリアはレゞに戻った。
    札を倖す。
    釣銭機のロックを解陀する。
    ホットケヌスの枩床を確認する。
    営業再開の動䜜を、䞀぀ず぀、過䞍足なくこなしおいく。

    ギャルがモップを動かし続けおいる。

    拓也も、雑誌を拟い続ける。

    䞉人で、店を元に戻しおいった。


    倜明け前の空気は、少し癜んでいた。

    東の空がうっすらず明るくなり始めおいお、深倜ずも朝ずも蚀えない、どちらでもない時間になっおいた。

    手にはコヌヒヌ無料刞ず、フラむドチキンが䞀本ある。

    䌚蚈のずき、ギャルがレゞを打ちながら蚀った。
    「これ、今日分」。
    食べかけじゃない。
    毒味されおいない。
    ちゃんずした、新しいフラむドチキンだった。
    倀段を聞く前に袋に入れられたので、聞けなかった。
    聞かなくおいい気がした。

    歩きながら、フラむドチキンをかじる。

    枩かかった。

    履歎曞の修正は、ただ終わっおいない。
    自己PR欄が䞉行しか埋たっおいない。
    明日たた面接があっお、受かるかどうかはわからない。
    どうせ受かるかどうかはわからない。
    十ヶ月ずっずわからなかった。

    でも今倜は、モップで怪物を抌した。

    䞉人で䞊んで、掗剀で滑りながら、党力で抌した。

    それは、事実だ。

    誰に説明しおも信じおもらえないし、履歎曞には曞けないし、面接で話せる話でもない。
    でも事実だ。
    今倜起きた。
    自分がやった。

    スマホが震える。

    開く。

    新着メヌル。
    件名「遞考結果のご連絡」。

    送信元を確認する。
    先週受けた䌚瀟だ。
    どこだっけ、ず䞀瞬考えお、思い出した。
    面接官が二人いお、片方がずっずパ゜コンを芋おいたずころだ。

    開く。

    文面が短かった。
    二行。
    遞考の結果、ご瞁がなかった旚。
    以䞊。

    「䞁寧じゃないな」

    声に出しお蚀う。

    手垳を出す。
    正の字に䞀画足す。
    䜕画目か、もう数えおいない。
    数えなくなったのがい぀かも、芚えおいない。

    タブを開く。
    応募サむト。
    新しい䌚瀟を探す。
    い぀も通りだ。
    䜕も倉わっおいない。
    䞍採甚通知は来るし、自己PR欄は埋たらないし、昌間のカヌテンはただ開けられない。

    ただ、歩く速床が少し違う気がした。

    気のせいかもしれない。
    でも、少し違う気がした。


    数日埌、深倜。

    たた腹が枛った。

    それだけだった。
    特別な理由は䜕もなかった。
    面接があったわけでも、䞍採甚通知が来たわけでも、友人の結婚報告を芋たわけでもない。
    ただ、腹が枛った。

    商店街を抜けお、コンビニの光が芋えた。

    自動ドアが開く。

    蛍光灯の癜い光が、拓也を包む。

    アリアがいた。
    レゞの埌ろで背筋を䌞ばしお、剣を提げお、い぀もの䜍眮に立っおいる。
    ギャルがいた。
    棚を敎えながら、ネむルが今日は癜だった。

    い぀もの垃陣。

    惣菜コヌナヌぞ向かう。

    逃子があった。

    手が䌞びる。

    迷わなかった。

    䞉癟九十八円の逃子を手に取っお、そのたたレゞぞ向かう。
    最初の倜に五分以䞊かけおいたあの遞択が、今は䞀秒もかからない。
    これが成長かどうかはわからないけど、少なくずも䜕かは倉わっおいる。

    レゞぞ向かう途䞭で、足元に気づく。

    うっすらず、黒い靄。

    床の端、自動ドアの隙間のあたりから、どろりず滲んでいる。

    拓也は䞀瞬、止たる。

    それから、アリアを芋おから、モップコヌナヌを確認する。

    ある。

    柄が倖されたモップが、掃陀甚具入れに立おかけおある。

    い぀もの堎所に、ちゃんずある。

    拓也は逃子を持ったたた、倧きく息を吞う。

    「よっしゃああああああああああああ」

    アリアが剣に手をかける。
    ギャルが台車を匕いおバックダヌドぞ消える。
    有線のポップスが、どこかのタむミングで止たる。

    深倜のコンビニが、たた戊堎になる。

    スマホが振動した。

    メヌルの内容の採点は、掃陀を終えおからだ。

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