
珍しい客〜謎の紳士と白い蛇 / 純喫茶リリー#80
ある日、純喫茶リリーに、身なりのきちんとした紳士がやってきた。
リリーにはあまり似つかわしくないタイプだった。
大巻さんのようにピカピカのスーツでもなく、荻原のじいさんのようにステテコ姿でもない。
ただ「ちゃんとした人」という感じがした。
少なくともこの店の常連にはいない種類の「清潔感」だった。
その紳士は、ホットコーヒーを注文して、ゆっくりと口に運んだ。
そして、漫画を読みふける律子を、じーーーーっと見ていた。
あまりにじっと見られるものだから、律子は「え、なにこの人。怒られる?なんかした?」と身構えた。
他の客がいなくなったころ、ママが言った。
「律子、あんたのおじいちゃんだよ」
え?おじいちゃん?
律子に、おじいちゃんなんていたの?
一瞬きょとんとしたあと、「おじいちゃん」という言葉を頭の中で何度も転がした。
クラスの子が「おじいちゃんの家に行った!」とか「おじいちゃんに買ってもらった!」とか羨ましく聞いていた。
周りのおじいちゃんとかおばあちゃんは文句なしに優しい。
いいな、みんなは持ってて。律子も欲しいな。と何度も思ってた。
「律子のおじいちゃん」
そう思ったら、急に怖くなくなった。
目を合わせるのは少し恥ずかしいけど、優しそうな人だな、と思った。
おじいちゃんは、帰る時に律子に小さなポチ袋を渡した。
中にはお小遣いが入っていた。
これが「おじいちゃん!」みんなが言ってたやつだ!
律子は自分にできた「優しいおじいちゃん」を駅まで送った。
駅はリリーから徒歩5分だけど、おじいちゃんは律子にいろいろ質問してきた。
「学校はたのしいですか?」
「おともだちはたくさんいますか?」
「勉強は好きですか?」
律子はいい子に見せたくて、背筋を伸ばして大きな声で「はい!」と返事をした。
おじいちゃんが敬語を話すので、律子も「うん」じゃなくて「はい!」と返事をした。いい子に思われたかったから。
その時、歩いてる隣のブロック塀を、白い細長い蛇が壁をよじ登っていた。
「ぎゃーっ!へびっ!こわいっ」

おじいちゃんは笑って言った。
「ははは、大丈夫ですよ。近寄らなければ何もしません。
それにね、蛇を見ると縁起がいいんですよ。
律子さんにもいいことありますよ、きっと。」
おじいちゃんは律子を「律子さん」と呼んだ。
ちょっと大人になった気分で少し照れ臭かった。
駅に着くと、おじいちゃんは帽子を少し持ち上げて言った。
「送ってくれて、ありがとうございました」
その姿が、なんだか映画みたいだった。
律子は思った。
——おじいちゃん、かっこいい。
たった一度しか会っていないのに、もう大好きになっていた。
おじいちゃんが自分にもいたことが、ただ嬉しかった。
でも、あとになって思う。
あのとき嬉しかったのは、家族が増えたからじゃない。
見捨てられるのが怖かっただけだ。おじいちゃんの家に預けられるのも嫌だけど、施設よりはマシ。
子どもなりの、保身だった。
でもあの日、白いヘビを見たのは本当だ。
たぶんあれが、律子にとっての“縁起のいい日”だったのだ。