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【長編小説】「島と文芸部」⑬(第5.5章『島と悪霊の島/キング』)

     《目 次》


    ≪ダザイ≫
    ピッ…ピッ…16:37

     島での生活はすでに四日目。時刻は午後四時半過ぎ。ダザイは走っていた。一刻も早く集会所にたどり着く必要があった。
     ミカから目を離したのはほんの一瞬だったはずだった。それがどうして……。
     思えばミカは少し前から様子がおかしかった。もともと教師っぽくない破天荒な性格ではあった。だが、屋内で古い機関誌に火を付けて燃やすような人物ではなかったと思う。
     アヤツジと二人でミカが使っていた二号棟にミカを送り届けて、建物の前で五分ほどアヤツジと立ち話をしていただけだった。
     物音がして、二号棟の戸を開けるとミカの姿はなかった。奥の掃き出し窓が開きっぱなしになっていた。
     さらに玄関にはメモ用紙に「探さないでください」という書き置きが残されていた。
     すぐにアヤツジから、ブチョウとキングに知らせるよう指示が出た。全盲のアヤツジを残してダザイは集会所までの道を全力で走った。日頃の運動不足がたたりすぐに足がもつれだしたが、ダザイは懸命に走った。
     ようやく集会所にたどり着き、ドアを開け放つ。
    「大変だ、ミカがいなくなった!」中にいたブチョウとキングに向けてダザイは叫ぶ。
     驚く二人に経緯を説明する。集会所で古い機関誌を見つけた辺りからミカの様子がおかしくなったところまでは知っているはずだから、一冊の機関誌にミカが火をつけ、一旦自分とアヤツジとでミカを二号棟に送り届けるところから。
     聞き終えると同時に、「探しに行く」とキングが集会所を飛び出した。そういえばキングはミカの息子だった。
    「待て、キング!」
     ブチョウの叫び声は届かず、キングはそのまま走り去ってしまった。

    ≪ブチョウ≫
    ピッ…ピッ…16:44

     集会所から出ると、すでにキングの姿は小さくなっている。ミカの居場所に心当たりがあるのか、真田集落の北側へと真っ直ぐ進んでいた。もう追いつけそうにない。
    「ブチョウ、どうしよう」
     ダザイが不安そうな表情でブチョウの顔を見上げる。
    「ダザイはキングを追って、せめてどこに向かってるかだけでも見当をつけてくれ。俺はアヤツジを迎えに行ってから追いかける」
    「分かった」
     ブチョウの指示を聞き、ダザイはすぐにキングのあとを追う。それを見送って、ブチョウもアヤツジが待機しているという二号棟へと向かう。
     落ち着け。こんなときこそ、部長として冷静な判断をしなければ。明日の昼にはフェリーが迎えに来るんだ。どんな事態が起きても、それまでに自分が解決しないと。
     三分ほどでミカが使っていた二号棟にたどり着く。
     だが、二号棟の前には誰もいなかった。ダザイの話では、目の見えないアヤツジを急いで連れてくるのは危険だから、二号棟の前で待ってもらっているはずだった。
    「アヤツジ?」
     周辺に声を掛ける。なんの反応もない。
     自然と、目の前の二号棟に目が向く。
     普通の、古い木造建築だ。長らく使われていないせいで、外壁には染みが目立ち、窓の格子には蔦が絡まっていた。
     ブチョウはその二号棟から、自分が使う一号棟にはない禍々しい雰囲気を感じた。背中がひやりとする。
    「アヤツジ? 中にいるのか?」
     ブチョウはおそるおそる、二号棟の扉を開き中へと入った。

    ≪アヤツジ≫
    ピッ…ピッ…16:40
     集落の地理はあらかた頭に入っていた。だが、一人での移動はやはり危険だった。
     ダザイがブチョウとキングを呼びに行ってくれたから、ひとまずここで待つことにする。
     不意に、視線を感じた。
     目が見えなくなって、人から見られている感覚に敏感になった。初対面の人と話すとき、「さっきこちらを見てませんでした?」と尋ねると、「目が見えてるんですか?」と驚かれることもあった。
     そのアヤツジが、後方の上部から背中に視線を感じていた。
     二号棟が二階建てであれば、二階の窓がある辺りだろうか。
    「ミカさん、そこにいるんですか?」
     声を出した瞬間、気配が消えた。
     屋内に誰か……いる。
     それがミカでない誰かであろうと、ミカがいなくなったことと無関係と思えなかった。
    「入りますね」
     アヤツジはドアを開け、ミカが使っていた二号棟に足を踏み入れた。
     足で周辺を探りながら屋内を少しずつ進む。

     ぎぃ

     天井から音がした。家鳴りだろうか、いや確かに人の気配を感じる。やはり誰かいる。
     右足がなにかに触れる。足を上げると段差だった。階段があるのだ。
     一歩一歩、手すりを握りながら階段を上る。上から誰かがこちらを見ている妄想を振り払えない。少女か、老婆か、若い女性か、なぜか頭に浮かぶのはどれも女性の姿だった。
     階段を上りきる。
     いつから聞こえていただろう。声がした。なにかを囁くような声だった。
    「さないここからださないここからださないここからださないここからださないここ……」
     言葉の意味を理解する。
     ここから出さない。そう言っている。子供ではない女性の声だ。
     全身が粟立つ。足を動かそうとするが、石のように動かない。
    「たすけっ……」
     声も出ない。ずりずりと畳の上を大きなものが這うような音がした。人間の動きとは思えない。巨大な毛虫が這うような、そんな音だ。ただ声はその物体から聞こえる。それはアヤツジに近づいており、気づけば足元に——
    「アヤツジ、上にいる?」
     ブチョウの声だった。
     その瞬間、体が自由になった。転落の危険も顧みずアヤツジは階段を駆け下りる。
     ちょうど玄関から入ってきたブチョウを手探りで見つけると、「説明は後で」、と手を引いて二号棟から飛び出した。
     二号棟から離れた場所で、アヤツジはしどろもどろになりながら、そこで今体験したことについて説明する。
     ひとまずブチョウが集会所まで送ってくれると言うので、言葉に甘えることにする。とにかく今はここから少しでも遠くへ離れたかった。

    ≪キング≫
    ピッ…ピッ…17:09

     たしかに今日のミカの様子は少しおかしかった。
     島での隔離生活のストレス?まさか、あいつはそんなタマじゃない。
     じゃあやっぱりあれか?あれしかないよな……?
     キングは二日前にミカと訪れた、丘の上の墓を目指して歩いていた。
     ミカを命がけで救ってくれたという、教育実習の先生のお墓だ。
     いまだに先生の死に責任を感じている?
     それは間違いない。ミカはあれで責任感が強く、辛い出来事があればいつまでも切り替えれないタイプだ。キングは自分の母親の普段の生活を思い出した。基本的に適当ではあるが、繊細な一面だっていくつも思い出せた。家で泣いている姿を見たのも一度や二度じゃない。でもそのせいであんな風になるものか?
     汗だくになりながら目的地にたどり着く。
    「母ちゃん!いないのか!?」
     反応がない。
     隠れてる?まさか、なんのために?しばらく探すが、やはり姿は見当たらない。例の事故は無関係なのか?
     仕方なく来た道を引き返す。
     もしかしたらもう二号棟に戻っているかもしれない。
     そうだ、そうに違いない。どこかで入れ違いになって、なんでもないように二号棟に戻ってるだろう。
     嫌な予感がしていた。ここでなにかが起きている。でもそれを直視したくなかった。キングはなにも考えないようにして、とにかく足を動かし続けた。

    ≪ダザイ≫
    ピッ…ピッ…17:16

     キングを追って島を駆け回ったが、結局姿を見つけることはできなかった。
     一旦、集会所へ戻っていると、同じく集会所へ向かうブチョウとアヤツジの二人に出くわした。
     近くで見ると、アヤツジが土のような顔色をしているのが分かった。
    「なにかあったの!?」
     アヤツジはなにか説明しようとしていたが、回答は要領を得ずダザイには理解できなかった。唇が震えていて、こんなアヤツジを見るのは初めてだった。
     ただ、言葉の端々から、なにか聞かない方がいい音を聞いた、ということは分かった。ミカは依然、行方知れずであるという。
     ブチョウはアヤツジを集会所へ送り届けてくると言い、ぼそりと「二号棟には近づかないほうがいいらしい」と付け加えた。
    「分かった」と答えたダザイは二号棟へ向かうことにした。行くなと言われたら行きたくなる人間がいるが、ダザイもその一人だった。心霊現象なんて子供騙しだ、そうも思っていた。
     二号棟に着くと、偶然、探していたキングを見つけた。二階の窓の辺りを見つめている。
    「なにか見える?」
     声を掛ける。キングはビクリと肩を震わせた。なにかに気を取られて近づくダザイに気付いていなかったらしい。
    「ずっと探してたんだぞ」
    「脅かすなよ、なにも見えないけど、なんか感じる。上手く言えないけど」
     珍しく歯切れが悪い。
    「なにかって、いるならミカしかいないだろ。僕が確かめてやるよ」
     扉を開けて二号棟に入ると、キングは「おい!」と叫びながら追いかけてくる。
     天気が悪くなっているせいか、屋内は陰気でどこかかび臭い気もした。これでミカが文句を言わなかったのが不思議なほどだ。
    「二階……だったよな」
     振り返って尋ねると青い顔をしたキングが頷く。知り合って日は浅いが、ホラー作家の名前を名乗っている割にオカルト関係が苦手なのかもしれない。
     ダザイを先頭に、二人で階段を上る。
    「ミカ?」
     ダザイがハスキーな声で呼びかけるが返答はない。
     階段を上り切ると、二階には部屋が二部屋。正面に物置のように使われていたらしい畳の部屋。もう一部屋が、先ほどキングが見上げていた窓のあった部屋だろう、扉がありノブに手編みの真っ赤なカバーが付いている。
     躊躇わず開ける。温い空気が漏れ出るような感覚。そして悲鳴。それが自分のものだと認識するのに少し時間がいった。
     元は白かったであろう壁に赤い字で、
    「出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら許さない出たら死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
     ダザイがその場から逃げようと振り返ると既にキングの姿はなかった。階段を一段飛ばしで駆け下りる。
     二号棟の外でキングの姿を見つけたダザイは駆け寄って詰め寄る。
    「なに女子残して逃げてるんだ殺すぞ!」
    「わり」
     キングは震えていて、声は今にも消え入りそうだった。キングは手の中にあるなにかをじっと見つめていた。A4サイズのノートのようだった。よく見るとかなり古い。
    「それ、どうしたんだ?」
     聞きたくなかったが、聞かずにいられなかった。
    「さっきのやばい部屋に落ちてた。絶対拾いたくなかったけど、なんか拾わなきゃって思って、気づいたら拾って歩いて階段降りてた」
    「なんだよそれ……」
     表紙を見ると、几帳面な字で、「田中良子 日記帳 17冊目」という文字が読み取れた。
     ダザイとキングは顔を見合せて、「見ない方がいいよな」と同時に言った。

    ≪ミカ≫
    ピッ…ピッ…10:14

     自分にあてがわれた二号棟に初めて入ったとき、すごく嫌な感じがした。
     上手く言えないけど、新しくできてはすぐ潰れる、あまり長居したくないタイプの喫茶店にいるような感じ。初日の夜は電気を消さずに寝た。
     だけど、恐怖心は少しずつ、憐れみの感情へと変わっていった。
     誰に対してとか、なんに対してとか、なにも分からないにも関わらず、ミカはこの二号棟にいる間、ずっと誰かに同情していた。
     今朝、目を覚ますと急に涙が止まらなくなった。
     なにか悲しい夢を見たというより、夢の中でミカは別の誰かだった。そして悲しい目に遭って、目が覚めるとミカは泣いていた。昔好きだった銀杏BOYZの歌詞みたいだと思った。
     集会所で部員の誰かが用意した朝ご飯を食べ、SFオタクモードになった部長の社川が純也とこの島の謎解きに出かけるというので、ミカは二号棟に戻ることにした。
     家に入ると、視界に階段が飛び込んできた。
     ふと疑問に思う。この家に階段なんてあったっけ?
     不思議に思いながら階段を上り、部屋の戸を開ける。妙に赤い部屋だった。部屋の中央に卓袱台があり、上にノートが乗っていた。日記帳のようだった。田中良子という名前が書かれている。ミカはそうするのが当たり前だとでもいうように、日記帳の適当なページを開いた。

     4月22日 雨
     今日も先生に思いを伝えられなかった。
     島が完全に閉鎖されるまで、あとひと月しかない。これだけあなたを愛しているのに、このまま離れ離れになってしまうの? 本土になんて行きたくない。あんな野蛮な土地。私と先生には似合わない。
     先生は私と、ずっとこの島で暮らすべきなのに……。

     4月27日 曇り
     先生は私の気持ちも知らず、本土で新しく決まった職場の話を私にしてくる。きっと上手く行かない。先生にはこの真田島が一番似合ってる。そして私が……。
     どうすれば先生をこの島から出さずに済むだろうか。先生と二人、いつまでもこの島で二人で暮らすのだ。
     それにはいささか過激な手段を取るしかないのかもしれない。初めは驚くかもしれないが、いつかきっと分かってくれるだろう。先生先生先生先生先生先生先生先生と二人で。ずっと先生先生先生先生先生先生。

     4月30日 曇り
     お父さんお母さんこんな娘でごめんなさい。私は一緒に島を出ることはできません。待ってて先生。私もすぐに行くから。

     まだ続きがあったが、日記を閉じる。
     ようやく理解できた。なぜこの二号棟にいる間、こんなに感情を揺さぶられていたのか。
     思えば毎晩同じ夢を見ていた。
     夢の中で自分は田中良子で、中学か高校か、ともかく自分の担任教師に抱く激しい恋心をこの胸に感じていたのだ。
     島に来た日の夜に、部長の社川を呼び出して本土から酒を届けさせるように頼んだのも、夜中に変な夢を見てすぐに目を覚ますからアルコールの力を借りようとしたのだった。
     ただそれは、変な夢なんかじゃなかった。
     一人の少女の純粋な願いだった。それはミカ自身の、教育実習の先生に思いを寄せていた過去と重なった。
     ミカは自分と田中良子との境目が曖昧になるような感覚を覚えていた。そしてそれをおかしいとは思わず、受け入れようとしていた。
     そうして、集会所で昔の機関誌を見つけたとダザイが呼びに来るまで、
    「先生」
     ミカは赤い部屋で膝を抱え、幾度となくそう呟いていた。

    ≪キング≫
    ピッ…ピッ…18:12

     キングはダザイを連れて、日記帳を手にアヤツジのいる集会所へ向かった。
     ブチョウはアヤツジを送り届けてからどこかに行ってしまったらしい。一人でミカを探しに行ったのだろうか。分からない。
     三人になったことから、少し気が大きくなり、ようやく日記帳を開くことができた。キングとダザイは言葉を失い、時間をおいて、ダザイの音読する内容を聞いたアヤツジが言葉を失った。
     不謹慎な言い方だが、あの部屋を見られなかったアヤツジは運が良かったのかもしれない。いまだにあの部屋のことを思い出すと鳥肌が止まらなくなる。そしてこの日記は、おそらくあの赤い部屋で書かれたのだ。
    「……この島で起きていることを解明するための協力者に、心当たりがあります」
     数日分の日記の音読を聞き終えたアヤツジは言う。この男はただのミステリ小説マニアなだけでなく、実際の推理力や情報収取能力を備えていることは部員誰もが知っていた。
    「この島で起きてることって?ミカはあの家のやばい霊に取り憑かれて姿を消したのか?」
    「それは……まだなんとも言えません。ただ、実は本土との連絡用として、使う予定のなかった三号棟に非常連絡用の無線機を持ち込んでいます。私は本土にいる知り合いに連絡を取って調べ物をしてもらうので、お二人は引き続きミカさんの探索を続けてもらえますか?」
    「分かった。でも目が見えなくて無線なんてできるの?」
     ダザイは気を使う素振りもなく言う。
     アヤツジは笑って、「最近のタッチスクリーン式は使えませんが、古い無線機であれば目が見えなくても手足のように操れますよ」
    「でもミカをどうやって探そう。一通り探したけど、もう思い当たる場所がないぜ」
     キングの言葉にアヤツジはしばらく考え込む。
    「成功する確率は低いですが、アリスに頑張ってもらいましょう」
     アリスはアヤツジの目の代わりになっている盲導犬だった。あまりに自然にアヤツジ隣にいるため存在を忘れがちだが、そういえばフェリーでこの島に来たときからずっとアヤツジのそばにいた。
    「まず我々三人とアリスで三号棟に行き、私はそこに残って本土と連絡を取ってみます。そして私を残し、二人とアリスは二号棟に寄ってミカの私物の匂いをアリスに嗅がせてください。アリスは私の匂いで私を探す訓練を受けているので、上手くいけば同じ要領でミカの匂いを辿ってくれるかもしれません」
     その辺は運頼み、というよりアリス頼み、ということらしい。
     あらかじめ用意してあった懐中電灯を取り出して、すぐに真田集落集会所を出発する。計画どおり、途中でアヤツジを三号棟に送り届け、そのままアリスを連れて二号棟に向かう。
     階段の方を見ないようにしてミカの私物から肌着を取り出し、急いで外に出てアリスに嗅がせる。二階のあの部屋のことは思い出したくもない。
    「この匂いを探すんだ。分かるか、犬? アンダスタン?」
    「ちゃんとアリスって名前で呼んであげろ。犬は人間……少なくともキングより賢いんだぞ」
    「余計なお世話だ。ほら犬、この匂いの人間を探すんだぞ。分かったな。ちょっと臭いけど我慢しろ」
     アリスはこちらの言うことを理解したのか、二号棟から出ると集落を抜け、診療所がある方角へと歩き始めた。
     ハーネスを持ったダザイと、その後ろをキングが続いて歩く。
     歩くうちに日が沈んできた。二人は懐中電灯を点灯させる。
     こんな状態でミカがどこでなにをしているのか。キングは最悪の事態を想像しそうになるのを、必死で抑え込まなければならなかった。

    ≪アヤツジ≫
    ピッ…ピッ…18:40

     アヤツジは愛用の無線通信機の電源をオンにする。
     免許まで取得した趣味のアマチュア無線の知識を活かしたくて、事前にブチョウと無線機を持ち込んだのが一週間前。
     そのときに集会所の家具などの配置を覚え、アリスと島を一通り散歩して地理を覚えさせていた。そのときには、こんなことになるとは夢にも思わなかった。
     無線機を集会所でなく三号棟に設置したのは、通信を島から本土への一方通行にするためだった。漂着気分を削がないためのちょっとしたアイデアで、本土にいる田崎商會の安全管理機関にもそれは伝えてあった。
    「こちらJS6、こちらJS6、真田島のアヤツジです。聞こえますか? オーバー」
     相手からの応答を待つ。アヤツジも詳細を聞かされていないが、例年、田崎商會の安全管理機関の方々が本土で交代で待機していると聞いていた。
     ……ダメか。もう一度無線を──。アヤツジが考えた瞬間、ざざっというノイズと共に無線機から声が聞こえた。
    「JS6、こちら執筆合宿の安全管理のため田崎商會から派遣されている者だ。なにがあった? オーバー」
     無線が繋がった。アヤツジはガッツポーズをする。
    「島で行方不明者が出ました。解決のために本土にいるヨコミゾという人物と連絡を取ってもらいたい。電話番号は090ー‪✕‬‪‪‪✕‪‪✕‬‪✕‬‪‪‪ー✕‬‪‪‪✕‪‪✕‬‪✕‬‪‪。繰り返す、090ー‪✕‬‪‪‪✕‪‪✕‬‪✕‬‪‪‪ー✕‬‪‪‪✕‪‪✕‬‪✕ー。オーバー」
     沈黙。
     ノイズ。
     そして応答。
    「了解した。しばらく待て」
     それだけ言って、無線機は沈黙する。ヨコミゾを携帯電話で呼び出してくれているのだろうか。数分後、耳慣れたノイズが聞こえる。
    「JS6、聞こえているか。ヨコミゾという人物と通話が繋がっている。無線機の操作はこちらでするから、端的に話せ」
     スピーカーモードで通話が繋がっているのだろう。ざらついた音質だが、聞きなれた声が届く。
    「どういう状況だ? 今さら叙述トリックの意味を教えてくれなんて言わないよな、アヤツジ。もう合宿も終盤だろ。オーバー」
    「お久しぶりです、ヨコミゾ部長。実は執筆合宿中にトラブルがあって、至急調べて欲しいことがあって連絡しました。オーバー」
    「元部長だろ。ちょうど案件が片付いて手が空いたところだが、報酬は弾んでくれるんだろうな。オーバー」
     ヨコミゾは第二文芸部元部長であり、現在は福岡市内の大学に通いながら犀川高校在学中から勤めていた探偵事務所でアルバイトを続けているはずだった。制服の上からレザージャケットを着て登校していた変わり者で、探偵業が忙しくて部長の癖に幽霊部員だったのを覚えている。横溝正史が作り出した金田一耕助にガチ恋する乙女の一面も持つ。
     前部長を頼るのは気が引けたが、この状況で頼りになりそうなのは彼女を置いて他にいなかった。
    「真田島がまだ有人だったときにこの島に住んでいた、田中良子という人物について調べてほしいんです。報酬は、今度の護国神社蚤の市で横溝正史の署名入り『悪魔の手毬唄』初版本が出されるという情報でどうでしょう……オーバー」
    「それは確かか? 田中良子だな、すぐに調べる。しばし待て」
     それきり通話は切られたようだった。田崎商會の方に礼を言い、一旦通信を終える。
     疲労感が押し寄せてくる。待つことは慣れているはずだったが、その時間はアヤツジにとって永遠のように思える時間だった。

    ≪ダザイ≫
    ピッ…ピッ…19:27

     集落から診療所跡地までは徒歩で十五分程の距離だった。
     だが、慣れない土地で懐中電灯の明かりだけでは心もとなく移動には時間を要した。さらに最悪なことに小雨が降り始めた。
     色んな意味で暗雲が立ち込めていたが、アリスだけは飼い主の不在も気にせず軽快に歩いていた。
     だが、そのアリスも診療所の裏の祠まで来た辺りでついに足を止めた。
     祠の匂いを嗅いで、その前でぐるぐると回る。
    「ここって言ってる?」
    「……たぶん」
     二人で祠の中を照らす。そこで気づく。
    「あそこの奥、道になってる?」
     ダザイが懐中電灯で照らして示す祠の奥の辺りをキングは凝視する。
     たしかに祠の奥に空間──道のようなものがありそうだった。
     二人は顔を見合わせる。
    「さっき来たときは気づかなかった」
    「明るいと逆に分かりにくいのかも。行ってみる?」
    「……しかないよね」
     靴を手に持って祠に入る。ダザイは片手でハーネスを持っていたため懐中電灯は一つそこに残していく。キングの懐中電灯があれば二人の足元はなんとか照らせるだろう。
     成人男性が一人ぎりぎり入れるくらいのスペースの奥に、下りの階段があった。
     かなり急で、何段か降りると階段の材質が木製から岩に変わる。長い時間をかけて岩場を掘って作った階段のようだった。岩は湿っており、水場が近いことを示していた。二人は慌てて持ってきた靴を履く。
    「ぬるぬるして滑りやすいから気をつけろ」
     キングが前方を歩くダザイの足元を照らしながら言う。
    「了解。僕は文系なのに、なんでこんなインディ・ジョーンズみたいなこと……」
    「インディ・ジョーンズも考古学者だから文系だろ」
    「あんなハンサムで運動神経のいい文系男子はいない」
     そんな会話をしながら階段を下っていると、五分ほどで底に着き、洞窟上になっていた階段から外に出た。
     波の音が大きくなっていると思っていたが、そこは磯だった。ごつごつした岩に波がぶつかり水しぶきが待っていた。ダザイは顔にかかった飛沫をハンカチで、キングは服で拭く。
     ワン!
     急にアリスが暗闇に向かった吠えた。
     キングはアリスが吠えた方向を懐中電灯で照らす。小さな人影が光に浮かび上がる。
    「母ちゃん!」
     そこにいるのは確かにミカのように見えた。
     だが様子がおかしい。ミカは全身ずぶ濡れで沖の方を見やり、すでに膝の辺りまで海に浸かっていた。
     彼女を目にした途端、怖くなったのか、アリスは再び洞窟に戻り階段を駆け上がって行った。
    「アリス!」
     突然のことでハーネスを手放してしまったダザイは追いかけるべきか迷ったが、懐中電灯は一つしかなかったし、このままミカを放っておくことはできなかった。
    「母ちゃん、そっちに行くな!」
     キングがまだ冷たい海に飛び込んだ。浅い磯が続いているようで、キングとミカの距離は五メートル以上ある。
    「来るな!」
     女性の声。それはミカのものとは思えない、低くて恨みのこもった声だった。
     ミカになにが起きたのか見当もつかないが、そこにいるのはミカでない“誰か”のように感じた。

    ≪ミカ≫
    ピッ…ピッ…17:03

     無人島に佇む祠の中央に、自分がどうして座っているのか、どうしても思い出すことができなかった。
     足が痺れそうになりながらも、ミカは足を動かすことができなかった。
     そっか。アタシはここで、いつものように先生がこの島から絶対に出て行かないように祈らないといけないんだった。
     ミカは急に、自分がやるべきことを思い出した。
     一度思い出してしまえば、あとは簡単だった。
     目を閉じて、手を合わせる。そして心を込めて、先生が遠くに行かないように念じる。
     可哀想な先生。本当はアタシと島で暮らしたいのに本土の連中に唆されて……先生を助けてあげないと。最近先生が冷たい気がするのも、きっと本土の連中のせいだよね。
     先生がアタシを置いて遠いところに行きませんように。もしどこかに行くなら、あーしも連れて行ってくれますように。それすら叶わないのなら、ここで永遠にとどまってくれますように。それがたとえ生きていようと、死んでいようと——。
     祈りを続けるうちに自分が多幸感に包まれていくのを感じた。
     そのまま永遠にも思える長い時間が過ぎた。
     田中良子としていつまでもそうしていたかった。
     だが、遠くから聞こえた汽笛の音で、全てが手遅れだったことを悟った。
     それは島から出る最後の定期船が鳴らす汽笛だった。
     先生はこの時間の船で島を出ると言っていた。
     アタシは「祠まで迎えに来て欲しい」と先生に言ったけど、先生が現れることはなかったのだった。
     アタシはこの島に取り残されてしまったのだ。
     先生のあとを追っていこう。途中でこの命が尽きても。どこまでも先生を追おう。いや、途中で海に沈んで命が尽きた方が好都合かもしれない。先生に愛されないこんな肉体なんて、あっても意味ないもんね?
     ミカは立ち上がり、祠の奥の階段を降りはじめた。いつ誰が、なんの目的で掘ったのか分からないが、この先には磯が広がるだけでなにもない場所があることを知っていた。
     この島には平家の落ち武者が逃れてきたという噂を聞いたことがあった。磯に船を用意しておき、非常用の逃げ道としてでも使われていたのかもしれない。
     階段を降り切ると強い磯の匂いがした。思えばこの匂いはずっと好きになれなかった。
     もっと都会に生まれたかったと何度思っただろう。だが、それも先生に出会うまでのことだった。
     足首が海に浸かる。
     黄色と桃色の可愛らしい柄の靴下が目に留まる。
     自分はこんな柄の靴下を持っていただろうか。だが、靴下の柄なんてどうでもいいことだった。
     暗く、どこに進んでいるのかもよく分からなかった。だが、少しずつ体は海に沈んでいき、すぐに腰の辺りまで沈んだ。
     いつの間にか振り出していた雨が目に入る。何度か顔を拭って遠くを見るが、すでに船が発った気配は残っていなかった。先生は本当に行ってしまったんだ。辺りは漆黒の闇だった。
    「母ちゃん!」
     声が聞こえた。聞いたことのない声だった。だが、聞いたことがあるような気もした。
     どちらにせよ、私がしようとしている崇高な儀式の邪魔者に違いなかった。

    ≪キング≫
    ピッ…ピッ…19:58

    「来るなって、なんでそんなこと言うんだよ!ってか、どこに行く気だよ。危ないから戻って来いって」
     キングの弱々しい問いかけに、懐中電灯に照らされたミカが不思議そうな表情を浮かべた。
    「なんで邪魔するの? 私のしようとしていることに、あなたたちは関係ないでしょ?」
    「ふざけんな、関係あるだろ!」キングが激高する。
     ただ、ミカはすぐに興味を失ったように振り返り、前方に歩を進めた。そっちには真っ黒な海以外なにもなかった。水平線が闇に溶け、仄暗い雰囲気を放っているだけだった。
    「やめろ!行くな!」
     キングは走る。だが、すでにミカの姿は闇の中に消えていた。
     闇とは海の底かもしれないし、もっとずっと、暗くて恐ろしい場所かもしれなかった。

    ≪アヤツジ≫
    ピッ…ピッ…19:59

     間に合え……、間に合え……!
     アヤツジは震えそうな手を必死で抑えながら無線機を操作する。
     キングにはあらかじめ簡単な操作方法は教えてある。
     アマチュア無線のルールを無視して、アヤツジはキングのベルトに装着させた無線機に向けて電波を飛ばす。
    「キング、聞こえるか!ミカがおかしくなっている原因と思われる田中良子について分かった。無事なら返事をしてくれ」
     待つ……だが、応答はない。
     続けて語り掛けるか迷っていると、無線機にノイズが走った。
     すぐに声が聞きえた。
    「こちらキング!海でミカを見つけた!だけど、もう見えなくなってて、いま探してる」
     水しぶきが上がるような音がした。キングも海に入っているのだ。
    「もしミカが近くにいるなら、トランシーバーの音量を最大にしてミカに聞かせてくれ!……………田中良子は生きてる!ミカは田中良子に憑りつかれてなんかいない!」
    「……それほんとか?」キングの声に、少し遠くからダザイの声が重なる。「キング、いた!ミカ、まだ沈んでない。だけど首まで海に浸かっている!」
     状況は切羽詰まっているようだ。
     急げ急げ急げ。アヤツジは冷静さを失わないよう意識しながらマイクスイッチを押す。
    「ミカが聞いているとして話します。本土の信用できる方に、田中良子さんについて調べてもらいました。彼女は島で唯一の診療所に勤めていた看護師でした。思いを寄せていた診療所の医師の先生に未練があり、島民全員が島を出た後も島に残り続けますが、ひと月で真田島での生活を断念し、本土に越してきています。今では福岡市内の総合病院で看護師長をしています」
    「嘘だ!じゃあ母ちゃんがあんな風になっている説明がつかない!」キングは咄嗟に反論する。
    「おそらくですが、波長が合ってしまったんだと思います。例の日記を読んで、ミカは日記を書いたのが先生を慕う田中良子という生徒だと思い込んだ。教育実習の先生に対し負い目のあったミカは彼女に感情移入し、自分と田中良子を同一視する、一種のトランス状態に陥った。誰もミカに取り憑いてなんかいないんです。除霊はいらない。ただ彼女が正気を取り戻せばいい」
    「証拠は、その情報源が正しいっていう証拠はあるのか!?」
    「今から流すのは田中良子さんご本人の肉声です。先ほど本土にいる先輩が連絡を取ってくれ、通話内容をカセットレコーダーで録音しましたので今から流します」
     アヤツジはカセットの再生ボタンを押した。ノイズ混じりの女性の音声が流れ出す。

     私が田中良子です。田中は旧姓になりますが。
     二十年以上前、真田島が閉鎖になるとき、私は一人島に残るという愚かな選択をしました。
     ですが、残された島で、自分が書いた日記を読み返していたら急に自分のしていることがバカバカしくなって、定期船を出してもらい、本土に戻りました……。
     島で毎年合宿をしているということなので、ひょっとするとあの日記を見た人もいるかもしれません。
     忘れもしない。五月一日。玄界灘沖でフェリーから四人の男女が投げ出され、教育実習の先生が亡くなった事件がありました。
     そのとき私は島で唯一の診療所の看護師で、島に漂着した高校生二人の処置をしました。
     ショッキングな事故に遭いながらも励まし合い寄り添う二人の姿を見て、私は妻子ある先生ではなくそういう本当に支え合える相手を探さないといけないと、本当は分かっていると、日記に書いたのでした。
     ずっと後になってそのときの日記を読み返すと、本当にその通りだなって、島を出る決心をしました。どうせインフラも止められて食料も尽きていたんで、時間の問題だったんです。
     私は本土に戻り、数年後、別の男性と結婚しました。
     あのときに激しい想いは島に置いてきたつもりです。
     ……もういいでしょうか。これから夜勤があるので準備しないと。

     アヤツジは停止ボタンを押した。ミカに彼女の声が届いただろうか。

     数秒後、ノイズと共に無線機から女性の声が聞こえた。
     それは紛れもなく、ミカの声だった。
    「田中良子は本土で幸せになったんだな」
     音質が悪いせいだろうか、短く、悲しげな声だった。泣いているのかもしれなかった。
    「おそらくは。高校に入ったばかりの子供もいるということです」
    「そっか、それはエモいな。……心配かけた。今からそっち戻る」
     ミカの言葉にアヤツジは胸を撫で下ろす。
     だが、次の瞬間、
    「逃げろ、高波だ!」
     ダザイの微かな声が無線機から流れ……、それきり全ての通信の応答が無くなった。

    ≪ダザイ≫
    ピッ…ピッ…20:03

     目の前でキングとミカが波に飲まれた。
     やばいやばいやばい。
     助けないと。ダザイはキングたちがいた辺りへ向かう。
     すぐに、体が進行方向に向かって押し流されていることに気づく。高波が引いているんだ。近くの岩にしがみつく。だがぬめりがあってすぐに引き離されてしまう。ダザイは体の自由を失った。すでに地面に足がついていなかった。
    「ゲボッ、ゴホッ……オエェッ……!」
     口を水面に出して必死で息を吸う。波を受け再び海中へ。周囲は完全な暗闇で、どちらが上かも分からなかった。
     あ、ダメだこれ……
     ダザイは自分の意識が海に沈むのを感じる。

    ≪ミカ≫
    ピッ…ピッ…20:06

     ずっと夢の中にいるみたいだった。
     夢の中で自分は別の人間で、彼女が動くのを少し後ろから眺めていた。
     彼女はフェリーから投げ出された二人の高校生の処置をする間、ずっと涙を堪えていた。目の前の男女の普通の恋愛(あーしにとっちゃちっとも普通じゃなかったけど)を、心から羨んでいた。そんなの、全然気づかなかった。ずっと優しく励ましてくれたあの人が、そんな想いを抱えていたなんて。
     もし生きて帰れたら彼女に会いたいと思った。会って話がしたいと。
     それで、あーしはまだ生きてるんだっけ?

    ≪アヤツジ≫
    ピッ…ピッ…20:34

     驚いたことにアリスはアヤツジのいる三号棟にひとり戻ってきた。
     キングたちからの連絡が途絶え、手探りでも助けに向かおうかと考えていたところだった。
    「アリス!」
     抱きしめるとアリスの毛はしっとりと濡れ、泥で汚れているようだった。触った感じでは怪我は無さそうだ。
     アリスはアヤツジの服を噛んで引っ張ろうとする。そんな行動をしたことはこれまでなかった。
    「どこかに連れて行こうとしているのか?」
     アヤツジはアリスのハーネスを掴んだ。
     外へ出る。雨足が強くなっていた。傘を集会所に置いてきてしまったのは失敗だったが仕方ない。
     盲導犬に先導されて歩く。目的地が分からず歩くのは初めての経験だった。
     途中、アリスは何度か立ち止まり、鼻をひくつかせて方向転換した。
     島の外周に出るころには息が上がっていた。視力がない生活というのはやはり神経を使う。それが四泊五日ともなれば尚更だ。すでに疲労はピークに達していた。誰にも言っていないが昨日から少し熱があるようだった。それでも気力と責任感だけでアヤツジは歩いた。
     波の音が近づいていた。島にたどり着いた初日に皆で遊んだ砂浜に近づいているようだった。
     やがて靴が砂を踏む。
     ワン!
     アリスが駆け出す。アヤツジも走る。アリスは探すべきものを見つけたようだった。ミカ、キング、ダザイ、順に触れて呼吸を確かめる。
     三人ともちゃんと生きていた。肩からタオルが掛けられている様子もあった。
    「誰か、いるんですね。救助と処置をしてくれた誰かが、この島に」
     アヤツジの問いかけに、答えるものはいなかった。だが、アヤツジはそこに誰かがいることを確信した。
    「我々を見守っていただきありがとうございました」
     アヤツジはどこにいるかも分からない相手に頭を下げた。
     安心すると、急に足に力が入らなくなった。
     アヤツジはその場に倒れ込み、いつの間にか意識を失っていた。

    ≪ブチョウ≫
    ピッ…ピッ…6:47

     コマツが小説を書き終え、満足したことで意識を失い、ブチョウはようやく自由に体を動かすことができた。コマツのすることを見ていることしかできないというのはもどかしい時間だった。コマツから人格を奪う方法は、今のところ把握していない。
     ミカは無事見つかっただろうか。
     コマツが書いた小説の続きにコマツへのメッセージを書き残すと、すぐに集会所を飛び出す。
     一号棟から手当り次第に戸を叩きながら、ブチョウは昨夜、コマツと話をしたときのことを思い出していた。
     あれ以降、コマツに話しかけてもこちらの話が通じることはなかった。あのときあの祠では、(それこそSFのように)自分とコマツが別の個体として存在する異なる時空と繋がっていたとしか思えなかった。違う作者が書いた別々の小説が一部分でリンクするみたいに。
     一号棟から五号棟まで誰もいないことを確認する。
     次はどこに行くべきだ?
     迷っていると、犬の鳴き声が聞こえた。あれはアヤツジが連れている盲導犬アリスの声じゃないか?
     鳴き声は砂浜の方から聞こえてきた。
     ブチョウは走る。息が切れても、肺が痛くても、止まらずに走り続けた。
     早く部員たちの無事な姿を見て安心したかった。
     波の音が近くなっていた。
     すぐに砂浜のたどり着く。そこには四人の仲間たちがいて俺のことを





     島と文芸部〜完〜


    著者 社川 荘太郎
       岩倉 隼人
       田崎 美夏
       田崎 純也
       佐々木 華

    この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

     
     
     
    小説を書く者。 『ショートショートの宝箱Ⅴ』(光文社文庫)に「リズという名の男の宇宙船」が掲載されています💪 ↓↓↓TALESで小説を公開しているので読んでください!

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