
2026年にもなってアサイーデビューした話
月1回、ネイルのために中目黒へ行く。私は必要最低限の時以外、専らすっぴんである。すっぴんと中目黒。この組み合わせの相反し方たるや、もはや事件であるが、人の顔など誰も見ていないのだ。好感度が必要な時以外、なるべく楽に生きていたい。
中目黒はオシャレな街だと言われるが、そんな優しいもんじゃない。実態はもっと残酷で、格差社会と激動街道が高速で同時進行している街、それが中目黒である。毎月同じ道を数分通るだけなのに、毎回どこかの店構えが変わっている。特に目黒川沿いの回転率はすごい。いや、ハンドクリーム屋のAesopだけはいつもあるな。安定の象徴、格差社会の香る防波堤。
その隣には月見大福専門店というコアな店が生まれ、代わりに前あった平凡なカフェが忽然と消えていた。こういった入れ替わりの裏にどれだけ多くの挫折があったのだろうと思うと、通りすがりの他人の人生に勝手にもらい泣きしそうになる。
街並みを眺めながらネイル屋に到着する。今日のネイルはシンプルだった。来週末はコミケでラブライブ!穂乃果ちゃんとけいおん!唯ちゃんをコスプレする予定であり、ナチュラルに仕上げる必要があったのだ。
次の予定まで時間がある。13:15、お昼はまだ食べていない。こういう時、基本的にはスパイスカレーを食べると決めているけど、次の予定はジムだったので、運動前にカレーは少し重い。中目黒のスパイスカレー屋はもう全部制覇済みだし、今夜はカレーだし、リピート気分でもなかった。
ふらふら歩いていると、ある看板が目に入った。アサイーである。ショート動画でやたら見るあれだ。最近はセブンにも並んでいるイメージがある。私は初対面の人間に「原宿でタピオカ飲んでそうっすねw」と言われたことがあるような顔をしているらしいが、実のところ流行にはとことん疎い。アサイーブームはとうの昔に来ていたはずなのに、時は2026年8月。私はアサイーというものを一度も食べたことがなかった。もうだいぶ遅れている。人類が月に何度も行った後で初めて空を見上げるような、そういう遅れ方である。でも物は経験。運動前にも軽くて良いだろう。私はそっと扉を押した。
注文から待つこと15分。長い。カレーなら1杯食べ終わっていてもおかしくない時間である。そしてアサイーはやってきた。見た目はたしかに美しい。紫のグラデーションがSNS映えの権化のような佇まいである。期待に胸を膨らませ、一口食べてみると、その正体はサクサクして冷たい、ブルーベリーヨーグルトアイスだった。
まぁ普通に美味しいとは思うが、一体何がそんなにいいのか分からず、2口目あたりでスマホを取り出し「アサイー 人気 なぜ」と検索する。スーパーフードであることと、見た目の可愛さが主な理由らしい。なるほど、健康なのだ。それならもっとありがたく食べたいと思い、成分を確認した。
推定 約550kcal・P7g・F15g・C95g。
結構なカロリーである。脂質は良質なのかもしれないけれど、ヘルシービジネスもここまで来たか。健康志向を謳う大嘘食物にこの世は溢れていて、私もいつもひっかかる。またやられた。
そうして私は、紫色の情報をありがたがって飲み込んだ。「アサイーを食べる」実績解除である。なんだか達成感が薄い。
なんとなくしっくりこない気持ちのまま、満たされない私の目に、確実に美味しいと分かっているものが飛び込んできた。I'm Donutである。このドーナツは本当にふわふわもちもちで、他とは次元が違う、ポンデリングもびっくりの美味しさなのだ。
いつもは行列ができているのに、夏だからか。食欲が失せるのか、この日は1人しか並んでいなかった。並ぶ。1つ220円のプレーンドーナツ。買う。
結局、私の胃と心を満たすのは、遅れてきたスーパーフードではなく、いつものドーナツになった。話題作りのために流行を追いかけ、健康を意識したつもりが、いつもの安心と余分なカロリーに着地する。健康思考はどこへ行ったのか。これもまた、私という人間のあるあるである。
バッグの中に紙袋がひとつ。拳1個分の中目黒の空気を乗せて、秋葉原へ帰っていく。