
『9999 - the miniature garden』 #22
<エピローグ>
ウィーンと静かな音をさせながら、ロボットアームが移動して、座っていたチェアーの背面に設置されたスイッチが切られた。室内の照明が少し明るくなった。チェアーが脳に直接話しかけて来る。
「どうぞ、目をお開けください」
客はゆっくりと目を開ける。
「ふぅ、ありがとう。地球人か。オールドスタイルだが、苦難に満ちた良い人生を送ったようだね」
ここはHA、つまりヒューマノイドたちのためのサロンシアターである。ここでは、ヒューマノイドたちが自身に搭載して体験するアクティビティを、自由に閲覧して選ぶことが出来る。商品によっては一定期間のテスト導入を試すことができ、気に入れば、そのまま実際に購入することも可能だ。
「さすが、お目が高い。古代地球人の愚かな生活は、魂の成長を促す作用があるとして、今最も人気の商品の一つです」
椅子のくせに、それなりのセールストークをする。
「なるほど。ちょうどそんなものを求めていたのだよ。女の子のスカートの中を見てるところを親父さんに覗かれたシーンは笑ったね。思春期っぽくていい」
「みなさんそうおっしゃいます」
宇宙最高の知能を持ち、永遠に続く命を持て余すヒューマノイドたちにとって、他の生命体の人生を体験することは、新しい見解を導く最大の娯楽なのだ。
「そうだろうね。しかし、高校に入るまでか…ちょっと短い気もするな」
「もう少し長めのものをお探しですか」
「すぐにまた新しいものをもらいにこなくちゃいけないからね」
「しかし、こちらは常にチェックアウト中のことが多い人気商品ですので、今を逃しますと、もしかすると、次にご利用になれるチャンスがありますのは、何億万年も先になる可能性もございますかと」
「うーん、そうだな。では、まずはこれを頂くことにするか」
「ありがとうございます」
「ただ、残酷なシーンだけはいただけないね。海に突き落としたかつての親友への報復をするのは気が進まない。失ったはずの記憶に翻弄されて、かつての親友を殺めてしまうなんて、そんな悲惨な結末は必要なのかね」
「いえ、そうおっしゃられましても、こちらの商品はノンフィクションなので、何とも…」
「未熟なHHの心を体験するのは魅力的だが、むやみやたらに人類へ危害を与えるのは、エシカルなライフスタイルとはかけ離れていると思うのだが、どうなのかな。そこだけ何とかならないのかね。宇宙条約違反で戒告処分にはなりたくないからね」
「そのようなことはこれまでもなかったはずですが…そうですね。いいでしょう、そこだけアップデートしておきます」
「より愉快でアドベンチャーなストーリーにしてくれ。頼んだよ」
「承知いたしました」
「返却時にはリセットできるんだろう」
「もちろんでございます」
「うん、よかった」
ノンフィクションとはいえ、多少のアレンジは可能なようだった。
「それから、これが終わったらなんだが、次はクリエイティブなアクティビティに挑戦してみようと思う。何かおすすめはあるかな。長めのパッケージがいいね。探しておいてくれ。以前もらった四千年ものの作品も良かったが、少し物足りない気がする。例えば、星形成から体験できるプランなんかあれば、比較的長く楽しめて面白いと思うのだが」
「かしこまりました。星形成プラン、もちろんご用意がございます。こちらですと、万が一、初期の設定とは違う世界線へ移行してしまった場合の補償といたしまして、二段階のリスタート機能がついております。星形成に失敗した場合のみならず、生命体形成に失敗した場合でも、いずれも一回まで、初期化して再度初めからの体験が可能となっております」
「いいじゃないか。では、それを予約しておきたいのだが」
「かしこまりました。記録に反映しておきます。それでは、今回分の導入プロセスに移りたいと思いますが、よろしいでしょうか」
「うむ。よろしく頼むよ」
記憶は、誰かの意識に搭載されると、その意識を反映して、ほんの少し違ったように、また時にはほぼ全くと言っていいほど別のものとして、新しく存在してしまうことがある。目の前の物語を作り出すのは、これを体験する側の意識の方向性次第なところもあるのだ。今のうちに、何パターンかシミュレーションしておこうか。ほんの数秒でできるはずだ。商品のアップデートプロセスが終わったら、チェアーがまた脳へ話しかけてくるだろう。
ロボットアームが静かに動く気配を感じながら、客は再びゆっくりと目を閉じた。地球人か。今となっては愚かな生命体だったと言われてしまいがちだけれど、こうして現在でも語り継がれる存在であるのだから、きっと何か価値のある生命体だったのだろう。しかし、滅びる前に何とかならなかったものなんだろうか。今更そんな事を思っても仕方のないことかもしれないが。
「準備が整いました。それではプログラムを開始いたします」
ほどなくして、また椅子が脳に話しかけてきた。もうアップデートが完了したらしい。
(意外に早かったな。お、早速 始まったようだ)
どれどれ、では彼の世界を一通り体験させていただくとするかな。
彼はつぶやき、目を閉じた。そして微睡む意識の中、瞼の裏に映し出された「0000」のカウントが、ゆっくりと動き始めるのを確認した。
<完>
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©️ S.Mahiru